8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……?   作:グラナデンロップイヤー

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第5話

「わ、私は自分の部屋に戻るんで白羽さんはゆっくりしていてください!」

 

「いいからいいから」

 

 慌てたように言い縋る少女をやんわりと退け、玄関の扉を閉めた。

 外階段を下りて夜道を歩く。

 向かう先はネカフェかホテルかを決めあぐねていた。

 あの後、買ってきた総菜と弁当を温めて一緒に食べた。

 冷蔵庫には昼に買った弁当がそのまま残っていたため、赤子への出費だと再び脅して弁当を食わせる。

 随分と恐縮しきった様子で縮こまる少女だったが、空腹には勝てなかったらしくやがて静かに箸を取って弁当を食べ始めた。

 そして食後に飲み物を出しながら、昨晩は聞けなかった詳しい話を聞く。

 バイト終わりで帰っていたら道すがら七色に輝く電柱があった。

 幻覚かと思いつつも近寄ってみれば光っている部分が扉となって開き、その中には赤子が眠っていた。

 どうすれば良いか分からず、けれどこのままにしておくのも忍びなく、赤子を抱きかかえてみれば扉が閉じて七色の光が消え通常の電柱に戻ってしまった。

 現実なのか分からなかったが腕の中の重みは現実で、更に大声で泣き始めてしまったことに慌てて自宅へと駆け込んでしまったのだと。

 こんな不可解な状況を誰にも説明出来ないと思っていたところで、昨晩の俺との邂逅に繋がったらしい。

 うむ。さっぱり分からん。

 夜道を歩きながら頭を捻るが、何度考えてもその結論に至る。

 だが事実だけを見れば、少女が赤子を拾って、その赤子は現に俺の部屋で寝ている。

 それだけは揺るぎない事実だった。

 ならば一切分からない起因について深く掘り下げようとしても無駄であり、行うべきはこれからのことへの思考。

 今は三連休だからまだ少女も付きっ切りでいられる。

 だが休みが終われば、少女には学校がある。

 そうなれば赤子はどうする。

 ならばテレワークの俺が、彼女が学業やバイトに専念している間は引き受けるべきだと思えた。

 故に今宵は俺の部屋をも彼女達に明け渡すことにした。

 赤ん坊は慣れない環境では落ち着かないこともあるため、少しでも慣れてもらえるように。

 そして同時に、夜泣きの際に起こるかもしれない壁ドンを防ぐために。

 そして同時に、よそ者の男である俺が居ない方が間違いなく少女も過ごしやすいだろうから。

 何故ここまでするのか。

 そう考えても、具体的な答えは出ない。

 ただ、多分。

 

 下心はなくとも、可愛い子の前ではカッコつけたいという男の性質がそうさせているのは間違いなさそうだった。

 

 だから俺の行動は彼女のためじゃない。

 情けは人の為ならず。俺は俺のために自宅を少女に開放して一人、こうして寝床を求めて夜道を歩いているのだ。

 後は俺自身も、正直に言えば赤ん坊の泣き声は苦手だというのもある。

 前世で甥っ子が泣いている時も「おー元気だなー」と笑っていたが、内心としては"おー元気だなー"という言葉を自分に言い聞かせ続けていた。

 それもあり尚の事、二人に自室を明け渡して離れるという選択肢は、自分のためだと断言出来た。

 鍵は彼女に渡しており、俺は持っていない。

 昼の出来事からちゃんと施錠して寝る様にと伝えたから今回はきっと大丈夫だろう。

 赤ん坊が室内を徘徊しても大丈夫なようにデスクや家具家電で角が尖っている部分、壁などで段差になっていそうな部分には幼児用の緩衝材をつけたし、問題ないと思う。

 ネカフェかホテルか調べた結果、朝食に簡易バイキングがついていてそれなりに安いホテルがあったので、電話したら空室がありそこに決定。

 ホテルにチェックインし部屋に入れば、そこはありきたりなビジネスホテルの狭い室内。

 喫煙可で灰皿がテーブルに置いてあり椅子へと掛けて早速と喫煙開始。

 静寂に包まれた室内で浮かぶはやはり少女達のこと。

 俺は果たして、隣人の少女が可愛いから手を貸そうと思ったのだろうか。

 俺は果たして、隣人の少女が可愛くなかったら手を貸さなかったのだろうか。

 何度考えても答えの出ない"もしも"。

 事実として、少女は容姿が整っていた。

 事実として、俺は手を貸そうと思った。

 何度考えても揺るぎのない"事実"。

 

「……ま、可愛かったからっしょ」

 

 考えるのが億劫になり、雑に導いた結論を独り言ちる。

 事実はそうだったのだ。

 所詮自分はそんな人間だと総括。

 ベッドに寝転がりながら寝落ちするまで、子育て中の注意事項などをサイトや動画で調べていた。

 

 

 翌朝。

 シャワーを浴びて朝食バイキングに舌鼓を打ち、ホテルを後にした。

 さて、どうするか。

 このまま帰るには、もしかしたらまだ彼女達は寝ているかもしれない。

 かと言ってどう時間を潰すか悩む。

 当然ながら少女の連絡先は知らないため、帰るのはある種のギャンブルとなる。

 何故連絡先を聞かなかったのか。いや、普通に考えて事案だろ。

 大人の男から女子高生の連絡先を聞く勇気は俺にはなかった。

 結構な不便ではあるが、もし彼女から連絡先を訊ねられればその時に交換出来ればとは思っている。

 現状で必要な子供用品は一通り揃えたから、特に必要な物もない。

 故にどうしようかと悩んだ挙句。

 

「……そうだ。せっかくだし買ってくか」

 

 そう言って足を運んだのは開店したばかりの家電量販店。

 向かうは携帯電話売り場。

 昨晩子育てについて調べていて見つけた一つ。

 在宅ワーク時に赤子をあやす方法の一つ。

 何やら赤子向けの動画をスマホやタブレットで見せてあげると集中してぐずりが減るらしい。

 反対の意見もあったりはしたが、総合的に考えればもし俺があの子の面倒を見る時間があるとしたら、この術を持っておくに越したことはない。

 まずはタブレットを見ていくが生憎と安すぎる、動作がイマイチ安定しない製品かべらぼうに高い物しか在庫がなかった。

 続いてはスマホを見ていく。

 こっちはエントリーモデルからハイエンドモデルまで網羅されており在庫は良好。

 その中で色々と操作性やら性能を確認していき、もし育児用に使わなくなっても自分のサブ端末として活用できそうなスペックを選定し、購入。

 家のWi-Fiを使えばいいだけなので通信契約は無し。必要になったらeSIMででも契約すりゃ問題無し。

 画面はそれなりに大きく、金額は約六万。

 昨日今日でかなりの出費だったが、別にまだ貯金は少しだけ余裕があるし、給料が入れば問題無いと財務思考を切り捨てる。

 前世で甥っ子に対しても気軽にゲーム機を買ったりとあまり変わらない性格故、若干テンションを上げながら買い物を済ませた。

 

 

 アパートに着き、外階段を上る。

 時刻は昼過ぎ。

 パチ屋で再び時間を潰し、流石にもう起きてるだろうという時間を見計らって家へと帰った。

 小さく、ドアをノックする。

 中から慌てたような音がして、やがて扉が開かれた。

 

「白羽さん、おかえりなさい」

 

 どうやら我が家に居たらしい。

 少女が出迎えてくれた。

 

「大丈夫そう?」

 

 そう訊ねれば「はい、少し前に寝てくれたので」と告げ、中に入れてくれた。

 彼女が俺の家にいるのは一重に――俺が鍵を渡しているから。

 きっと、俺が帰ってきた時に家に入れず迷惑をかける訳にはいかないという責任感からに違いない。

 部屋の中には昨日と同じくタオルケットにくるまりながら眠る赤子の姿。

 その頭上付近に丁寧に畳まれた客用の布団を見れば、どうやら彼女は昨日ここで寝たらしいことが分かる。畳まれている布団の位置が異なっていたから。

 だからこそ危惧すべきは少女の体調。

 

「昨日は結構夜泣きした?」

 

「はい……それで何度も起こされて……」

 

 疲れ切った表情で少女が呟く。

 全く、世の中の親は大変だなあ……。

 彼女の姿に、漠然とそんな感想を抱いた。

 

「そっか。それで、今日は何かすることあるの?」

 

 そう訊ねればきょとんとした表情を浮かべる。

 だが次いで浮かべるは思案顔。

 

「えっと……あ、全然勉強してない……」

 

 そして浮かべたはやはり疲れ切った顔。

 

「この三連休は全部勉強に充てるはずだったのに……!」

 

 疲れ切った彼女の顔に含まれる感情は悲壮、そして戸惑い。

 その意味を俺が正しく認識することは出来ないだろう。

 そこまで親しくもない状況でこちらから訊ねるべき事柄でもない。

 だからこそ俺が言うべきは。

 

「じゃ、今のうちに勉強しときなよ」

 

「え……?」

 

 顔を上げた少女へと続ける。

 

「この子は俺が見とくからさ。満足するまで勉強してきて大丈夫だよ」

 

 俺を見つめる少女の顔が戸惑いに変わる。

 

「え、で、でも、それじゃ白羽さんにご迷惑を」

 

 その言葉に返す内容は一つ。

 

「君のためじゃない。俺自身と、この子のためだよ?」

 

「っ」

 

 息を呑んだ少女。

 やがて俺を見つめる双眸が半目へと細められた。

 

「……それ、ズルいです」

 

 暫くと俺を睨みつけ、やがて息を吐く。

 

「……じゃあ……申し訳ありませんが、この子をお願いします」

 

 そう言って自然な仕草で頭を下げた。

 そんな彼女に笑みを浮かべる。

 

「うん。君が満足するまで勉強してくるといいよ」

 

 再びそう告げれば少女が再び睨みつける。

 

「……すぐに終わらせて戻ってきます」

 

「はいはい、頑張ってね」

 

 どこか釈然としない表情のまま再び頭を下げた少女がやがて部屋を出て行った。

 はてさて、お帰りはいつになることやら。

 ゲーミングチェアに腰掛け、灰皿を手繰り寄せる。

 取りだした煙草を口に咥えたところで――視界に映る小さな存在を思い出した。

 

「……流石に禁煙か」

 

 独り言ちて煙草をしまう。

 椅子から立ち上がり赤子の隣に腰掛ける。

 あどけない寝顔ですやすやと眠っている顔。

 何故だか分からないが、見ていて見飽きる気配がない。

 甥っ子の時もそうだったか思い返すが、そこまで細かい記憶は存在しなかった。

 

「……君はどこから来て、どこに行くのかな」

 

 何と無しに零れた言葉。その意味なんて浮かばなかった。

 ただ本当に、何となく思った言葉だった。

 

「君もあの子も……幸せになれるといいね」

 

 開いた小さな手にそっと指を乗せれば、柔らかいが強く握りしめられる。

 その光景に思わず笑みが浮かんだ。

 

「ははっ……指切りげんまんか?」

 

 そう思えたからには、何かを契ろう。

 

「……君が幸せになれるように、俺に出来ることは全部やるよ」

 

 あまりにも小さなその身体に秘められているのは、無限とも思える大きさの未来。

 それが少しでも良いものになるように願って。

 

「――指きった」

 

 その言葉とともに、握られていた指への圧力が消えた。

 指を離して、少し寝汗を掻いている額に張り付いた髪を撫でる。

 少し厚いのかもしれないと、いつの間にか止められていたエアコンのスイッチを入れた。

 ……恐らく彼女が止めたんだろう。

 そんな感想を抱きながら、昨日調べた赤子向けの最適の室温に合わせる。

 再び隣に座り込んで寝顔を見つめた。

 少女は今頃勉強をしているんだろう。

 だが彼女には伝えていた。

 "満足"するまで勉強してきなと。

 果たして真面目な彼女が"満足"出来たと思えるの勉強に至るのはいつになるのだろう。

 

「あの子も頑張って成長してるから、君も頑張って成長するんだよ」

 

 そう言って、幾分か寝汗の引いた赤子の髪を静かに撫でたのだった。

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