8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……?   作:グラナデンロップイヤー

6 / 27
第6話

「満足した?」

 

「…………しま、した」

 

 夕方になってようやくとノックされた玄関。

 ドアを開ければ少女が立っていた。

 不機嫌そうに、それでいて気まずげに顔を逸らした少女の姿。

 その表情に思わず笑ってしまえば睨みが返された。

 そして訊ねたのが、冒頭のセリフだった。

 明らかに不完全燃焼といった様相。

 

「……迷惑かけてるし、時々泣き声聴こえるし、全然集中出来なかったです」

 

 それはどこか負け惜しみとも思える声色。

 

「全然頭回らなくて……勉強しなきゃいけないのに、全然、手に付かなかったです」

 

 思わず笑いそうになるが必死に堪える。

 

「ッ、笑わないでください……!」

 

 悔しげに見上げてくる彼女に「ごめんごめん」と言いつつ中へと案内。

 お邪魔します、と礼儀正しく頭を下げて入った彼女はそのまま赤子の下へと向かい、その眠り姿を見下ろす。

 そんな後ろ姿を見つめつつ、笑いではない笑みが浮かぶ。

 

「……寝てる」

 

 ぽつりと溢した呟きが俺の耳にも届く。

 彼女は、この子を手放せないだろう。

 それが分かった。

 しゃがみ込んで、赤子の髪を優しく撫でる後ろ姿。

 

 赤子の姿を見てようやく安心するなんて、引き離されそうになったら間違いなく必死に引き留めるだろ。

 

 そう思わざるを得ないほどに、彼女の後姿はその解答を如実に表していた。

 ならば俺がやるべきは、やはりこの少女が潰れないようにサポートすること。

 さっきまで時折起きた赤子にミルクをあげたりおむつを変えたりするのは俺でも出来た。

 あやすのは彼女よりも大分時間はかかったが、それでも結果的には泣き止んで眠ってくれた。

 だから平日の育児に関しては俺が代わりに行うのも大丈夫そう。

 ……なるべく彼女の負担を減らせるようにしよう。

 後ろ姿を見つめながら、そう決断した。

 

「じゃ、ちょっとご飯買ってくるよ」

 

 夕飯は流石に買いだめしておらず調達せねばならない。

 少女が勢いよくこちらへと振り返る。

 

「あっ、だったらそれは私に払わせてください」

 

「出世払いってことで」

 

「それ、受け取る側のセリフじゃないです」

 

 そんなやり取りをしつつ急いで外に出る。

 ふはは、赤子がいる以上二人揃って外出は不可能なのだ。早い者勝ちである。

 外階段を下りながら思うは、少女の事。

 やたらと清算したがる彼女は、ヘロヘロになるまでバイトしている苦学生。

 金に余裕などない筈だ。

 

「ほーん……」

 

 間延びした声を漏らしながら、ふと悪戯を思いついた。

 高い飯を買っていったら果たしてどんな反応をするのだろうか。

 決して彼女を虐めたい訳ではない。

 ただ、不満げな表情を浮かべる彼女が少し気に入っただけ。

 まるで全てを一人でこなそうとする彼女の中に現れた等身大の姿。

 何となく、そんな顔がもっと見たいと思った。

 スマホで近隣の店を調べる。

 ふむ……これにするか。

 そう決めて目的地へと歩き出す。

 サプライズには金を厭わないのだ。

 

 

 我が家のドアをノックして、中から返事があったので家に入る。

 赤子は起きており、少女から哺乳瓶でミルクをもらっていた。

 その飲みっぷりに思わず笑みが浮かぶ。

 

「元気そうだね」

 

 訊ねれば少女は曖昧に笑いながらも頷いた。

 

「少し前に起きて、一人で動き回ろうとしてたんで落ち着かせるのが大変でした……」

 

 疲れた顔で告げる少女に苦笑する。

 テーブルに袋を置けば、匂いが届いたのだろう。

 ぐー、と少女から腹の虫が鳴いた。

 ただひたすらに耳まで真っ赤に染まった顔を俯かせる。

 

「俺がミルクあげるから食べなよ」

 

「い、いえっ! 白羽さんは気にせずに食べてください!」

 

 照れ隠しのように早口で告げながらも、時折視線がテーブルへと向かう。

 

「その音を聴きながら俺は食べればいいのかな?」

 

 再び訊ねれば真っ赤な顔でキッと睨まれた。

 その時、哺乳瓶から口を離した赤子から「けふっ」という満腹の合図が聴こえる。

 

「じゃ、ちょっとだけ俺に抱っこさせてもらってもいいかな?」

 

 赤い顔のまま、少女が俺を見て赤子を見る。

 やがて、小さく呟いた。

 

「……お願いします」

 

 そう言って僅かに赤子を身体から離して俺が差しだした腕に乗った瞬間。

 

「やあああああ!」

 

 突然、赤子がぐずり始める。

 

「やああ! うえええ!」

 

 必死に小さい身体を捩り少女へと腕を伸ばす赤子を何とか抱き留めた。

 

「やぁあ! やあああああ!」

 

 泣きながら腕を伸ばし続ける赤子に、少女が眉を下げながらも口を開いた。

 

「あ、あの、やっぱり私……」

 

 その言葉に苦笑しつつも口を開く。

 

「いや、大丈夫だよ。気にせずに食べちゃってよ」

 

「で、でも」

 

「いいからいいから」

 

 数往復のやり取り。

 やがて顔を自身の胸元へと向ける。

 

「やああああ! やぁあ!」

 

 母を求めるように必死に手を伸ばし泣き叫ぶ。

 あやすのは得意じゃないが、少女がサプライズを楽しんでもらえるように何とかするしかない。

 優しく腕を揺らしながら口を開く。

 

「君はご飯を食べたから、今度は彼女がご飯を食べる番だよ」

 

「やあああああ!」

 

 当然、伝わるはずのない自然言語による説得。

 だがこれしか方法は分からない。

 

「ご飯を食べたらきっと、あの子も笑顔になるからさ。ダメかな?」

 

 赤子になんて到底伝わるはずのない言葉。

 だが――。

 

「やあぁ……うえっ」

 

「えっ?」

 

 少女が驚いた声を上げる。

 

「君も、あの子が笑顔の方がいいでしょ? だから少しだけ、俺と遊んでくれないかな?」

 

「えうっ……あう」

 

 赤子の泣き声はすすり泣きへと……そして最後の涙が流れた。

 

「えっ……すご」

 

 視界の端に映るは、呆然とした少女の姿。

 腕を優しく揺らしたままに歩き、ゲーミングチェアに腰掛ける。

 そして赤子を、テーブルの向こうにいる少女へと向けた。

 

「大丈夫だから、ゆっくり食べてね」

 

 そう告げれば少女は僅かに肩を揺らし、やがておずおずとテーブルに移動する。

 ちらりと俺を見上げた。

 

「えっと……その、いただきます」

 

 笑みのままに頷きを返せば、おずおずと袋に触れて中身を取りだす。

 

「……ふえ?」

 

 そんな気の抜けた声が少女の口から漏れ出た。

 その手に持っているいるのはプラスチックの容器。

 どこか呆けたままに少女の手が動き、袋から全ての容器がテーブルへと並べられた。

 そこにあったのは五つの容器。

 天津飯、フカヒレのスープ、エビチリ、北京ダック、杏仁豆腐。

 計九七〇〇円。

 少女の手が震え、全身が震える。

 呆然としたままに再び俺へと顔を向けた。

 

「し、ししし白羽、さん……こ、ここれっ、これって」

 

「ん? 中華料理だよ」

 

「み、見れば分かります! じゃ、じゃなくてこれ! これ、明らかに超高級そうなんですけど!?」

 

 超高級かは分からないが、確かに普段は食べない金額の料理ではある。

 

「実は俺、店で食ってきちゃったから腹一杯なんだよね。もし君が食べないなら捨てるしかないかな」

 

「捨てッ……!?」

 

 驚きに固まった少女。

 眼下へと視線を落とせば、赤子は不思議そうに首を傾げて少女を見ていた。

 

「い、いやっ、こんなのいただけませんって! いくらっ? も、もしかしてい、一万は超えてる? そ、それって……ひゃ、一〇〇日分!?」

 

 一人百面相する少女を赤子とともに黙って見つめる。

 その顔には幾分か隈は見えるが、疲れ切った顔とは程遠かった。

 

「一〇〇日分をたった一食で!? い、いやいや無理無理無理!」

 

 一〇〇日分とは一体何なのだろうか。

 少女がやがて俺へと顔を向けた。

 

「し、白羽さん! こんなに豪華なのいただけませんよ!」

 

「じゃ、捨てるしかないね」

 

「何で捨てるんですか!? タッパーに移し替えて冷凍保存して何日にも分けて食べれるじゃないですかっ!」

 

「だって……めんどくさいし」

 

「めんどくさい!? めんどくさいでお金をドブに捨てるんですか!? お金は無駄にしちゃいけないんですよ! 今日の百円は明日の千円なんですよ!? 明日の自分に恨まれますよ!?」

 

 なにそれ、オモシロ。

 

「じゃあ、明日の俺に恨まれるかどうかは君にかかってるわけだ」

 

 そう告げて眼下に顔を向ける。

 赤子が、こちらへと顔を向けた。

 赤みがかった大きな双眸に俺が映る。

 

「ねー?」

 

 同意を促してみれば――。

 

「たい♪」

 

 無邪気な笑顔を少女へと向けたのだった。

 

「てな訳で多数決の結果、二対一で君が処理することになりましたー」

 

「きゃっきゃっ♪」

 

「な、ぁ……!」

 

 愕然とする少女に笑みを浮かべる俺と赤子。

 やがて少女の身体が再び震え始める。

 

「……分かり、ました……食べれば、いいんでしょ食べれば! ええ、だったら食べてやりますよ! 捨てられるくらいなら食べてやりますよっ!」

 

 吹っ切れた様子で叫びながら勢いよく容器の蓋を開けていく。

 箸やスプーンやレンゲのカトラリーを掴み、まずは天津飯を口いっぱいに頬張った。

 

「……うま、いぃ……! 美味すぎる、よぉ……料理はお金をかけるだけじゃないはずなのに……美味い、美味すぎるぅぅ……!」

 

 心底悔しそうな目なのに頬が限界まで緩むという器用な表情で涙を流しながら料理を口に運び続ける。

 

「これが本当のエビチリ……! ぺ、北京ダックとかこんな薄皮で量も少ないの高いだけの……美味しい料理だぁぁ……天津飯も卵がすごいフワフワで……フカヒレって食感だけじゃなくて染み出たスープもすごっ」

 

 独り言の様に感想を述べながらすごい勢いで食べ進める少女。

 

「こ、こんなに食べたら絶対太るのにっ、止まらないっ、止められないぃぃ……!」

 

 サプライズはこの上ない程に大成功と言えた。

 最後に杏仁豆腐を口に運んだ少女。

 

「はぅあっ、何この舌触り……滑らかすぎない? たまに自分へのご褒美で食べてたどのスイーツももうスイーツって思えなくなる……!」

 

 最後まで感想を残してようやくと完食したのだった。

 その表情には、笑み。

 少女をずっと見つめていた赤子に声をかける。

 

「ね? 食べたら笑顔になったでしょ?」

 

「きゃっきゃっきゃっ♪」

 

 心底楽し気な様子ではしゃぐ赤子に、少女がようやくと我に返った。

 俺と赤子へと顔を向け……。

 

「あ、ああああの! ち、違います! こ、高級な料理であまりにも美味しかっただけで、普段の私はさっきの私じゃないんですぅぅぅぅぅっ!」

 

 叫びとともに両手で顔を覆い俯いてしまった。

 しかし耳が真っ赤すぎて、羞恥の度合いが用意に把握できてしまう。

 その後、「ご、ごちそうさまでした!」と上擦った声で叫びながら神速で容器を袋にまとめて立ち上がり、俺から赤子を抱き上げた。

 

「こ、このお礼は必ずします!」

 

 との言葉とともに「お邪魔しました!」と告げて足早に自分の部屋へと戻って行ったのだった。

 嵐の前の静けさならぬ、嵐の後の静寂に包まれる。

 立ち上がって流しの下の引き出しを開ける。

 取り出したのはカップ麺。

 湯を沸かして静かに注ぎ、割り箸を出してカップ麺とともにデスクへと持っていく。

 三分という短くも長い時間。

 そっと煙草を取り出して口に寄せれば。

 

 視界の至る所に映る子供用品の数々が目に入った。

 

 それらを暫し見つめる。

 ただ見つめ、やがて逸らした。

 

「……俺もとうとう、禁煙かなあ」

 

 そう言って煙草を再び箱に戻したのだった。

 赤子へのあやし方は、正しいのか分からないが何となく身につけた。

 少女が勉強に励んでいる間に色々試した結果。

 俺に合っていたのは――赤子へと語りかけることだった。

 何故かそれで静かになってくれるのだ。

 語る内容は当然ながら、少女のこと。

 やはりあの赤ん坊にとって少女の存在は非常に大きいのだと思えた。

 そして電柱で産まれたという特異性が、きっと俺の言葉を少なからず理解させたのかもしれないと思えた。

 何の根拠もない仮定にも満たない想像。

 だが事実はそうなのだから、そうなのだと思うしかなかった。

 三分が経ち、蓋を開けて麺を啜る。

 空きっ腹にはカップ麵のジャンクさが良く響いた。

 あの中華料理店では特に食べたいものがなかったから買わなかっただけ。

 ズルズルと麺を啜りつつ、思考するはやはり少女のことだった。

 きっとあの少女は、赤子の存在と関係なく……何かを抱えているんだと思う。

 でもそれは俺なんかが決して踏み込めるものではない。

 だが、さっきの光景を見れば。

 抱えているものを少しの間でも忘れさせることは出来るのかもしれないと思えた。

 きっと、少女が幸せにならなきゃ、赤子も幸せになれない。

 それはあの二人だけでなく、世の中の親子に共通して言えることだろう。

 食べ終えたカップ麺をゴミ袋に捨てて、再びゲーミングチェアへと腰掛けた。

 パソコンを立ち上げてウェブブラウザを開く。

 スマホと同期したアカウントを使っているブラウザ画面で動画配信サイトを開けば、多くの子育て系動画がおすすめとして表示された。

 赤ちゃんが体調を崩した時にやること。

 そんなサムネイルを見つめ、やがてクリックする。

 ヘッドホンをつけて遮音しながら、再生された動画を見つめた。

 そしていつの間にか寝落ちし、翌日を迎える。

 特筆すべきことのない、子育てのサポートをした連休最終日。

 昼ご飯の時に少女が俺に赤子を預けて財布片手に弁当を買いに行ってしまったので、大人が未成年の少女に奢ってもらうことへの申し訳無さが募る。

 だがその反面、俺に赤子を預けてくれたという事実は素直に嬉しかった。

 故に少女が買い物から帰ってきた時に明日以降、即ち平日のことについて話をしてみたのだ。

 俺は基本在宅ワークだから預かれるという旨を告げれば。

 

 ――で、でも、そこまでご迷惑をかけるのは。

 ――君のためじゃない。この子のためだよ?

 ――ぐぬぬ……!

 

 ひと悶着の後に、赤子の安全を考えて俺が預かることとなった。

 故に夕方に少女が自室に戻ってからはずっと、赤子の万が一について動画やサイトで勉強三昧。

 スマホに大量のメモを残してようやくと一息吐けば、すっかりと夜が更けた深い時間帯になっていた。

 明日は少女から赤子を預かるから寝過ごすわけにはいかないと、寝る前にシャワー浴びる準備をしていたその時。

 

「うわぁっ!」「うおぉっ!」

 

 そんな声が壁越しに俺の耳をつんざいたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。