8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……?   作:グラナデンロップイヤー

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第8話

 少女の言葉に、幼女がスプーンを動かしていた手を止める。

 

「んっ」

 

 短音を発して窓を指差した。

 つられて顔を向ければ、窓の外に映る月が見える。

 顔を戻せば、少女は何かを理解したように、けれど理解したくないように顔を歪めていた。

 

「で? 宇宙人は何しに来たの? 侵略?」

 

 相手に対してあまりに強い言葉を使う少女に思わず目を丸くする。

 だが幼女はさして気にした様子は無く僅かに首を傾げた。

 

「うーん、何かあんまりよく憶えてないんだけど~。とにかく、毎日超つまんなくて~。楽しいところに逃げた~いって、思った気がする」

 

 自分事でありながらどこか他人事な話しぶり。

 

「逃げんな~」少女の声。

 

「え~、なんで~?」幼女の返し。

 

 少女が幾分か険を込めた目付きで幼女を見る。

 

「逃げるのは簡単だけど、そのあと再スタートって大変だよ? 覚悟あんの?」

 

 それはまるで人生の先輩としての言葉。

 だが俺からすれば、まだ女子高生でしかない彼女には早すぎると思える言葉。

 逃げも再スタートも、どちらもまだ行える年齢なのだから。

 けれど俺から何も言えることはない。

 少女にとって、俺はそこに踏み込める関係性ではないのだから。

 ただ見守る。それが俺に出来る唯一の事。

 

「覚悟~? やりたくなかったらやんない。やりたかったらやる!」

 

 幼女のお気楽な言葉が、俺も同意出来た。

 人生、そんなもんでいい。

 それは果たして俺が、一度死んだ人間だからだろうか。

 

「あと日々がつまんないとか当たり前」

 

「え! やだー! 彩葉ほんとにそれでいいのー?」

 

「良いとか悪いとかじゃな……」

 

 そこで不意に、少女の声が止まる。

 

「って、なんで私の名前知ってる!? そういえばさっきも呼んでたし!」

 

 少女の叫びに、俺もようやく気付いた。

 いろは。幼女は何度か、少女に対してそう呼んでいたのだ。

 改めてそれが少女の名前だと認識。

 けれど下の名前だろう"いろは"と、俺が呼べるわけもなく。

 少女こといろはの言葉から、どうやら幼女は何かしらの手段でいろはの名前を知ったらしい。

 

「ふっふっふ、知りたい~?」

 

 どや顔でニンマリを笑う幼女に、いろはが溜息を吐いた。

 その視線が一度俺へと向き、やがて幼女に戻る。

 スマホを手に持って操作し、幼女へと向ける。

 

「あのさ、ちなみにだけど、これに心当たりは?」

 

 ちらりと見えたその画面には"竹取物語"と書かれていた。

 

「なにこれ?」不思議そうに首を傾げる幼女。

 

「竹取物語。月からやって来た姫が竹の中から出てきて、翁が拾って育てて、結婚迫られたりとか色々あって……まあ、ごちゃごちゃありますって感じのお話」

 

 ざっくりとした概要がいろはの口から説明された。幼女はその間、オムライスを食っていた。

 だが、その説明で何となく、いろはが幼女へと訊ねた意図が分かった。

 幼女の出生。そして今の状況。

 

「けっこん?」

 

 可愛らしく首を傾げた幼女にいろはが僅かに息を呑む。

 だがやがて、何故か毅然とした表情へと変わった。

 

「たけー?」

 

「まあ、あんたが出てきたのは竹じゃなくて電柱だったけどね」

 

 光る電柱から産まれたこの幼女。たった三日で赤子から急成長した姿。そして絶世たる容貌。

 確かに、竹取物語を現代の都会版にしたならば、竹の代わりに電柱を使ってもそこまで違和感はないのかもしれないと思えた。

 

「もしかして……かぐや姫なの?」

 

 いろはが、俺が幼女を見た。

 

「おいしそう……」

 

 オムライスを平らげた幼女はそう言って、殆ど進んでいないいろはののり弁当に目を奪われていた。

 いろはの目が半目に細められる。

 ゲーミングチェアから立ち上がり、幼女へと声をかけた。

 

「まだ食べられそうならうどん作るけど食べる?」

 

 幼女が俺へと顔を向ける。

 

「うどんー?」

 

「そうそう、うどん。今食べたオムライスとはまた違う味で美味しいよ?」

 

「美味しいの!? 食べたい!」

 

 目を輝かせる幼女に笑みを浮かべて冷蔵庫からうどんを一玉取り出そうとすれば。

 

「……白羽さん!」

 

 いろはの声に、思わず動きを止めた。

 振り返れば毅然とした表情のままに俺を見つめる姿。

 

「……白羽さんは、甘やかしすぎです。白羽さんが甘やかすのは、こいつにも良くないと、思います」

 

 続けられた言葉はどこか、絞り出した様な声色。

 その姿から、分かった。

 これまでの言動と、整合性が取れた。

 この少女は誰かに頼ることが出来ないのではない。

 誰かに頼ることを良しと、思えないのだ。

 家庭環境なのだろうか。いろはの年頃を考えればその可能性は高い。

 だが俺が踏み込める領域ではない。

 そして更に、俺のお節介。

 この全てがいろは自身も気付かずに――彼女へとストレスを与えていた。

 故にこれは、いろはなりの"拒絶"。

 俺が関わること自体を、いろはの領域に踏み込むこと自体を拒む言葉に思えた。

 彼女がそう言うなら、俺はそれに合わせよう。

 

「うどんまだー? うーどーんー」

 

 幼女の催促が耳に届く。

 テーブルをドンドンと叩く音は待ち遠しさを如実に表している。

 

「ちょっと待ってね、今作るから」

 

 そう返してうどん一玉を冷蔵庫から取り出した。

 

「ッ、白羽さん!」

 

 いろはの声を無視して鍋を持ち、流しで水を注ぐ。

 トテトテと足音が聴こえ、気付けば幼女が真横に来ていた。

 

「何してるの?」

 

「ん? 料理だよ」

 

 料理と呼んでいい工程なのかは分からないがそう答えた。

 だが、それを聞いた幼女の目が輝く。

 

「りょうり~? してみたああああい!」

 

 わくわくを全面に醸し出した雰囲気に笑いつつ、鍋をコンロに載せて火を点ける。

 見上げてくる幼女の頭に手を乗せた。

 

「もう少し大きくなったらね」

 

「えええ! やりたいやりたーい!」

 

 駄々をこねる幼女の髪を撫でれば、サラサラとした髪質が心地よい。

 この子にとってはシンクやコンロの位置は高く、料理をするには危ないだろう。

 だからもし料理をするなら足場を用意して高さを合わせる必要がある。

 

「じゃあ今度、一緒に料理作ろっか」

 

 俺の言葉に「ぶうー」と不満げな声を漏らすがその場から動くことはない。

 湯が沸騰してきた頃合いで頭から手を離し、うどんの梱包を軽くほぐしてから封を解き鍋の中へと投入した。

 不意に背中に重さを感じる。

 

「よいしょ、よいしょ」

 

 幼女が俺の背中によじ登り、鍋を見つめた。

 

「ちょ、ちょっと危ないからやめなさい!」

 

「やーだー! 見たいもん!」

 

 背後のやり取りを聞きつつ、菜箸を出してうどんを解していく。

 その間に上の戸棚から器を取り出し麺つゆを注ぎ、鍋から湯を入れて味を薄める。

 頃合いを見て火を止め、シンクにザルを置いて麺を掬って入れていき、ザルを振って水気を落とした。

 麺を器に入れて更に鍋から湯を追加し、完成したのは正に男の料理と呼ぶべきシンプルなうどん。

 

「おー! おいしそ~」

 

 耳元から聴こえた声に笑みを浮かべながら取り出した割り箸とフォークとともに器を運び、幼女を背負ったままにテーブルへと移動。

 器を置いて空になった容器を回収すれば、幼女は背中から飛び降りて元の位置に着席した。

 フォークを手に取りすぐさま麺を掬って口に運んだ。

 

「あっつううううい!」

 

 だがすぐに離し、そう叫んだのだった。

 

「ああ、ごめんごめん。口でフーって息を吐きながら冷まして食べるといいよ」

 

 涙目の幼女に慌ててフォローすれば、何度も息を吹きかけてから恐る恐ると麺を口に運ぶ。

 

「ん~! おいし~!」

 

 ご満悦といった様子で頬を緩ませる幼女の姿があった。

 前世の甥っ子もうどんが好きだったから、その知見がまた活きたようだ。

 

「うまー、うままっ」

 

 食べ進める幼女を微笑ましく見つめた後、空になったオムライスの容器をゴミ袋に捨て、ずっと視線を感じる方向へと歩いた。

 戸惑いと不満を宿した表情で俺を見つめるいろは。

 全く食の進んでいない彼女の隣に腰を下ろす。

 

「うどんも好きかも~」

 

 なんて満足げに食べ進める幼女を見ていると、声が聴こえた。

 

「……そんなに甘やかすのは、あいつをダメな大人にすると思います」

 

 その言葉に苦笑。

 

「それは――あの子の"保護者"としての言葉?」

 

「ッ」

 

 俺の言葉に返答はなかった。

 満面の笑みで食べ進めている姿を見つめながら、言葉を続ける。

 

「君がもしあの子の保護者だって言うのなら、俺はその方針に従うよ。でも、そう言えないのなら……俺はあの子の幸せを願って俺なりに行動する」

 

「幸せ、って……」

 

 いろはの呟きに、俺が返せる言葉はない。

 だから、俺が言えることだけを言う。

 

「前にも言った通り、君がどう選ぼうが俺はそれを尊重するよ。それに例え三日間とはいえ、君が赤子を育て切ったことは本当にすごいことだよ」

 

 それは心からの感想。

 もしも高校生の自分が、前世という記憶を持たない自分が同じ立場になったら果たして、いろはの様に赤子へと尽くせただろうか。

 そもそも、赤子を見つけたとて彼女の様にあの子を助けるという選択肢を選べただろうか。

 分からないということは、出来なかったかもしれないということ。

 そして事実としていろはは高校生でありながら――あの子を救い、赤子という一番難しい状況を育て上げたのだ。

 

「君がしたことは本当にすごいことだよ。だからその事実があるだけで、俺は君の今後の選択を尊重するに値するんだ」

 

 隣にいるいろはがどんな顔をしているのかは分からない。

 だが見たとて、その真意は分からないだろうと思えた。

 

「尊敬、なんて……ずっと、白羽さんに助けられて、甘えていただけです」

 

「甘えてるっていうなら、大人に向かって一々お金を払おうとしないでほしいけどね」

 

「それ、は……それは、別の問題ですから」

 

「俺からしたら一緒の問題だよ。だから君の甘えは俺にとっての甘えじゃない。だから俺は君に、よく頑張ったねって思うんだよ」

 

 一方的な言葉の押しつけ。

 だが俺にはこうしか言えなかった。

 彼女が拒絶を望むのなら、俺はそれに従う。

 けれど彼女があの子の保護者と言えないのなら、俺はあの子のために自分が出来ることをする。

 矛盾しているのかもしれない。だが俺としては矛盾していないのだから仕方ない。

 俺を拒絶していろはが幸せになれるのなら、潰れずに済むのならそれが一番。

 あの子が俺に何かを求めてくるのなら、それに応えることがあの子の幸せに繋がるのだろうから。

 

「なん、で……あなた、は……」

 

 横から聴こえた呟き。

 だがそれを最後まで聴くことは出来なかった。

 

「トーヤー、おなかいっぱーい」

 

 かけられた声に意識が向く。

 

「残ったの食べて~」

 

 そう言ってこちらに器を差しだしてきた幼女。

 

「そっか、いっぱい食べれて偉いね」

 

 幼女から器を受け取り、箸を掴んで麺を啜る。

 

「トーヤ、おいしー?」

 

「おいしいよ」

 

 小首を傾げた幼女に笑みを浮かべれば「むふふ~」と満足げな反応が返ってきた。

 そしてうどんを平らげてから少し幼女と話をして、二人は自分の部屋へと戻って行く。

 結局いろははあの後、「お邪魔しました」という言葉以外を発することはなかった。

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