8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……?   作:グラナデンロップイヤー

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第9話

 朝を迎えた。

 うどんを食った影響か、二人が帰ってから程なくして気付けば寝落ちしていた。

 朝飯として残っていた弁当を温めて食し、仕事の準備をする。

 結局、いろはや幼女が俺の下に訪れることはなく、九時になりデスクの上に社用のノートパソコンを開いて在宅ワークを開始した。

 それはつまり、いろはなりの決別だろう。

 彼女がそう判断したのなら、俺はそれを尊重する。

 だが――。

 

「トーヤー、いるー?」

 

 ドンドンと玄関が叩かれたので立ち上がり、鍵を開ける。

 ガチャリとドアを開ければそこには。

 

「おー、いた! お腹すいたー」

 

 数時間前に見た時よりも明らかに大人びた、いろはと同年代と思える少女が立っていた。

 だがその話し振り、灰色がかった亜麻色の長い髪に深紅の瞳。

 それら全てが"あの子"なのだと俺に理解されたのだった。

 

「いいよ、何食べたい?」

 

 そう言って身体をズラせば遠慮なく中へと入って来た。

 いろはの拒絶は尊重する。

 だが同時に――この子が望むものも、俺は尊重する。

 

「そういえばトーヤは学校には行かないの?」

 

 訊ねられた疑問に苦笑する。

 

「もう学校は卒業したから、家に居て出来る仕事をしてるんだよ」

 

「ふーん。彩葉も家でべんきょーすればいいのに」

 

 それは如実に拗ねた口調。

 苦笑しつつも冷蔵庫を開けて弁当を取り出す。

 夜の残りで数はまだそれなりにあった。

 

「何食べたい?」

 

「んー、これ」

 

 そう言って指差したのは、かつ丼だった。

 電子レンジで温め始めると背後から声がする。

 

「何このイス! 座りやすっ!」

 

 振り返ればゲーミングチェアに腰掛ける少女の姿。

 

「ずっと座ってられるー、いいなぁ!」

 

 どうやらお気に召した模様。クルクルと回りながら楽しそうにしている。

 だったらノートパソコンを動かそうと、デスクから移動し床に置いた。

 テーブルはこの後弁当食べるし、それが終わるまでは膝の上に置きながら仕事しよう。

 暇を持て余している少女はいつの間にか俺のパソコンを立ち上げており勝手にログオンしていた。

 別に見られて困るものも無い為、そのまま放置しているとレンジから完了の音。

 取り出して、割り箸とともにテーブルに置けば少女がゲーミングチェアから飛び降りた。

 

「わあ、これもおいしそー!」

 

 熱いから気をつけてねと言って、冷蔵庫から数種類の飲み物を出しコップとともにテーブルに載せる。

 炭酸ジュースを選んだらしくコップに注いだ飲み物を口に含み「何これ!? シュワシュワする!」と良い反応を示していた。

 

「うんまああ! 卵の下の肉から肉汁が溢れてくる~」

 

 楽しそうな食事風景を視界に収めつつ、床に胡坐をかいてノートパソコンを乗せて仕事をする俺。

 今日のタスクは一つのランディングページの作成と、別のページのメンテナンス更新作業。

 それほど大変な作業ではなく、少女の相手をしながらでも十分に提示内に作業完了できる見込み。

 暫く作業に没頭し、目の前の画面に映るテキストエディタに意識が集中。

 

「そこのコード、もっと簡単に出来るのにしないの?」

 

「え?」

 

 不意に真横から聴こえた声に振り向けば、いつの間にか少女が座っていた。

 

「ちょっと貸してー」

 

 そう言って俺からノートパソコンを奪い取り、目にも止まらぬタイピング速度を披露すること数秒。

 

「はい、できたよ~」

 

 返されたノートパソコンには百行ほど省略されたソースコードが表示されていた。

 首を傾げながらも一旦ローカル環境で動作確認してみれば、問題無くページ内の動的要素が挙動したログが返ってくる。

 しかも動作自体が軽くなっており、明らかにアップデートされた内容だと理解出来た。

 思わず再び少女を見つめる。

 

「にしし、いいカンジでしょ?」

 

 そのしたり顔を見つめ、理解した。

 やはりこの子は、夜に言っていた通り月から来たのだと。

 何故、生後四日の少女がここまでコーディングを理解しているのか。

 "普通じゃない"。その認識がここにきてようやく、自分事として降りてきたと思えた。

 今まではどこか他人事だったのだと理解させられたのだった。

 そして更に理解するは――月に住む者というのは、俺が想像している遥か上を行く知能を有しているのではないかということ。

 だが……そうならそうで、受け入れるだけ。

 

「助かったよ、ありがとう」

 

 そう返せば「むふふぅ」と満足げに笑うのだった。

 

「じゃあさ! これ買って!」

 

 不意に少女が俺の腕を掴んで立ち上がる。

 ノートパソコンを床に置いて俺も続けて立ち上がった。

 連行されたのは勝手に立ち上げられた俺のパソコン。

 

「これ!」

 

 彼女が指差した画面には、最短当日配送の通販ページ。

 そこに映る商品。

 

「……スマコン?」

 

 見覚えのある商品名を思わずと呟く。

 コンタクトレンズ型のPCデバイス。

 若者を中心にかなりの人気を博している商品だった。

 話題になっているから商品自体には見覚えがあった。

 目に入れるのは怖いという理由で使ったことはない。

 絶大な人気を誇るAIライバー――"月見(ルナミ)ヤチヨ"に会いに行くにはこのデバイスが必要だとかなんとか。

 値段を見ると一二四四〇〇円。……安くはないな。

 

 だが――。

 

「何かおもしろそーだし彩葉も持ってたから欲しいな~」

 

 こちらへと振り返り、あざとさ全開の笑顔を見せた。

 

「いいよ、買おっか」

 

「ほんと!? やたー!」

 

 喜びを全身で表わす少女を横目に、カートへと入れて購入画面に進む。

 考えてみれば前世と今世合わせて――この子現れたことで、俺の人生はそれなりに大きく変わった気がする。

 月から来たのだという謎の少女。

 この少女の行く末を、楽しみに思ってしまっている自分がいる。

 この少女の幸せを願っている自分がいる。

 見返りは、この子の無邪気な笑顔で充分。

 それなりの給料を貰っているが、エンゲル係数の殆どは食費の毎日。

 ならばエンゲル係数の殆どがこの子になっても悔いはない。

 どうせ死ぬ時は死ぬんだ。

 

 ――逃げるのは簡単だけど、そのあと再スタートって大変だよ? 覚悟あんの?

 ――覚悟~? やりたくなかったらやんない。やりたかったらやる!

 

 その通り。やりたいから、やるんだ。

 この時間に注文すれば、夕方前には届くらしい。すごい時代になったもんだ。

 購入完了画面に変わった。

 たった四日間で俺の貯金の四分の一が消費された。

 だが考えてみれば、俺の貯金の四分の一がこの子に使われたということ。

 

「買ったよ。午後には届くってさ」

 

「うわあ、楽しみ~」

 

 午後へと思いを馳せる少女を眺め、買ってよかったと再認識。

 

「あと買い物いきたい!」

 

「買い物?」

 

「うん。調べて料理出来るようになったから、作って彩葉が帰ってきたら食べさせるんだ~」

 

 少女の言葉に思わず返す。

 

「何作るの?」

 

 俺の言葉に、少女は待っていましたと言わんばかりにニヤリと笑った。

 

「生のトウモロコシから作ったポタージュと、新ゴボウとアスパラのカリカリサラダ温玉付きでしょ? そしてメインはトマト煮込みハンバーグ! ズッキーニのソテーを、そえて~」

 

 中々に本格的な料理である。

 だが俺が認識する彼女のスペックであれば、不可能ではないと思えた。

 

「じゃあ午後になったらスーパーに買いにいこっか」

 

「えええ~、今行きた~い」

 

「スマコンが届くまで俺と話をしてるじゃダメかな?」

 

「だってトーヤこっち見てくれないんだもん」

 

 つまんなーい、とゲーミングチェアに座ってぶう垂れる少女に思わず苦笑い。

 確かに一緒に居るとはいえ、仕事をしていれば俺の顔は常にノートパソコンに向いている。

 一緒に居るのに居ないような状態。

 言い得て妙だと思えた。

 と、そこで思い出す。

 今の彼女であれば尚の事、良い暇潰しになりそうな物。

 そして高校生くらいまで成長してしまった少女に、必要かもしれないとパソコンを操作する。

 

「なにしてんの?」

 

 覗き込んでくる彼女に「君が楽しめそうなこと」とだけ伝えれば「ええ!? なになに!?」と興味津々で画面を見始めた。

 五分ほどかけて沢山の入力欄と選択欄を選びつくし、"ご契約完了"の文字が表示された。

 その頃には少女は既に飽きた様で「早くでかけよーよー」とゲーミングチェアでグルグル回っていた。

 一時間ほど待てば作業を行い準備完了。

 だがその前に彼女へと渡せる。

 デスクの奥に袋のまま放置されていた小物と取り出し、中に入っていた箱を開けて中身を取り出した。

 元々は赤子がぐずらないようにと買ったスマートフォン。

 けれど俺のサブ端末としても使える様に、ミドルモデルの中ではかなり良いスペックの端末を購入していた。

 電源を入れ初期設定。俺の部屋のWi-Fiに接続し準備完了。

 一応、電話帳に俺の連絡先を入れ終えたので振り返れば、ジュースを飲んでいる少女の姿。

 

「はいこれ、プレゼント」

 

「え?」

 

 きょとんと首を傾げる少女に笑みを浮かべる。

 

「スマホだよ。これで何か調べたり動画見たり色々できるよ」

 

 俺の言葉に、少女が呆然とスマホを見つめる。

 やがて、燦然と煌めいた。

 

「ほんと!? プレゼント!? やったー! ありがとートーヤっ!」

 

 スマホを受け取り思った以上のはしゃぎっぷりを見せつけた少女が、やがて両手で持ったスマホを見つめる。

 その表情は輝いており、喜怒哀楽で言えば"喜"で埋め尽くされているのは容易に見て取れた。

 彼女の表情を見て俺もまた、自然と笑みが浮かんだ。

 

「一時間くらいしたらちょっと貸してね。他の人たちとも連絡取れるようにするからさ」

 

「え!? 他の人と! 彩葉とも連絡できる!?」

 

「連絡先を交換すれば出来るようになるよ」

 

「わあぁ! 楽しみ~」

 

 気に入ったのか再びゲーミングチェアに座り、両手で高く持ち上げたスマホを見上げながらグルグルと回り始める。

 その様子を見ながら再び床に座りノートパソコンを触り始めた。

 進捗を考えれば、全くサボらなければ昼過ぎには今日の業務を終わらせられる。

 午後休を取るかと考え、作業に没頭することにした。

 だが十分と経った頃。

 

 再び俺の左肩に、少女の肩が触れた。

 

 両手に持ったスマホを見つめながら笑顔の少女が、俺の隣に座っていた。

 何やら楽しそうな雰囲気を感じ、まあいっかと作業に戻ろうとすれば――。

 

「昨日ね? 彩葉にかぐや姫の話を詳しく聞いたんだ~」

 

 不意に隣から声が聴こえる。

 

「かぐや姫って、地球で色々あって最後には月に帰ることになって終わりなんだって。めでたしめでたしなんだって」

 

 キーボードに手を乗せただけの俺に、言葉が続けられた。

 

「めでたしめでたし~パチパチパチなんだってさ。超バッドエンドじゃない? かぐや姫絶対バッドエンドじゃん! 何かいい話風になってるのが余計許せないし!」

 

 ひとりでにヒートアップし始めた少女に口を開く。

 

「そうかもね」

 

「でしょ!? そう思うよね! なのに彩葉"受け入れて覚悟するしか、ない"とかって言うんだもん!」

 

 少女が続けた。

 

「だから、決めたんだよね」

 

 ヒートアップから一転、落ち着きながらも芯のある声色。

 ノートパソコンを見つめる俺には、少女の表情は分からない。

 そして、見たところで真意は分からない。

 

「自分でハッピーエンドにする! そんでハッピーエンドまで彩葉も一緒に連れてくことにした!」

 

 真意は分からないが、気持ちは容易に理解出来た。

 

「でも彩葉何て言ったと思う!?」

 

「何て言ったの?」

 

「"ハッピーエンドはいらない、フツーのエンドで結構です"だってさ!」

 

 なわけないでしょ!? と同意を求めてくる少女に思わず苦笑。

 

「そうだね。ハッピーエンドの方が俺も良いと思うよ」

 

「だよねー!」

 

 そこで話は終わり、ちらりと横を見れば再びスマホを見つめる少女の姿。

 

「だから、決めた!」

 

 再び聴こえた、少女の芯の込められた声。

 

「彩葉だけじゃない! トーヤもハッピーエンドまで連れてく、一緒に!」

 

 それは俺へと向けられた声。

 少女がどんな顔をしているか分からない。

 笑顔だろうか、自信に満ちた表情ろうか。はたまたその両方か。

 ……コーヒーでも飲むか。

 そう考え、ノートパソコンを床に置いて静かに立ち上がる。

 見えたのは、こちらを見上げる不思議そうな表情だった。

 何となくその頭に手を置いて撫でれば「わぷっ」と小さな声が聴こえた。

 手を離して冷蔵庫へと向かう為に背を向ける。

 

「二人でハッピーエンドまで一緒に行くのを見せてくれれば、それが俺のハッピーエンドだよ」

 

 本心を口にして、冷蔵庫へと歩く。

 背後にいる少女は一体どんな顔をしているのだろうか。

 先程と同じく、不思議そうな表情をしているのだろうか。

 だが見たところで、真意は分からないだろう。

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