ーエリジウム目線ー
その後、僕たちは負傷した「元の姿」のフォックステイルを抱えてロドスに戻った。
僕たちは、希少な動物を違法な値段で売り捌いていた密猟犯の居場所を偵察しに行った、テンニンカとフォックステイルの援助をしに行く予定だった。だけど、僕たちの任務はそれだけでは終わらなかった。
テンニンカとフォックステイルたちは、探りを入れられているという密猟犯に気づかれて攻撃をされているところだったんだ。
僕の通信機がテンニンカたちの居場所を探し当て、ソーンズが密猟犯を一網打尽にして捕まえたまでは上出来だった。
フォックステイルが、焔尾獣の姿で倒れているのを目視するまでは。
「どういうこと……?」
テンニンカは地面にベタッて座ったまま声を震わせていた。フォックステイルの怪我は酷かったが、ソーンズが応急処置をしていたし、ロドスに帰ればほとんど傷跡もなくなるくらいになるだろうと僕は思ったけど、テンニンカが腰を抜かしているのは、そういうことじゃないよね。
「エリジウム、こっちはなんとかする。テンニンカを連れて行け」
ソーンズに言われ、僕は座り込んだテンニンカに声を掛けたけど、自力では立てないくらい、目の前の状況に恐怖をしていた。僕は仕方なくテンニンカを抱えた。この時の僕の背丈を、これほどまで良かったと思ったことはなかったね。
帰艦してからも、ロドスは大騒ぎだった。というか僕にもそれのとばっちり。ケルシー先生や隊長に、フォックステイルの正体を「知っていたのか」と問い詰められ、僕はなんとか誤魔化そうとしたけど無理だった。テンニンカの証言と、ソーンズの見事にまで筋の通った推測と事実はピッタリとハマり(もちろん、ソーンズもフォックステイルの造影検査の診断書を持っていたことに関してはこってり絞られていたけど)、僕の説教は避けられないものだった。
ようやく2人からの説教が終わってフォックステイルの様子を見に行ったら、そばでテンニンカがちょこんと椅子に座っていてさ。見ていていたたまれなかったよ。フォックステイルの正体が、実はキツネだったってこと、一番ショックだったのは、テンニンカだっただろうし。
あの後、集中治療室に運ばれたフォックステイルは、ケルシー先生とロドスの最先端医療技術で一命は取り留めた。だけど、意識は戻っていない。ロドスに運び込まれてまだ数時間だろうけど、フォックステイルから離れないテンニンカが、あろうことか何も食べていないと医療オペレーターがわざわざ僕に相談に来たんだから、よっぽどのことだったんだと思う。
僕は医療オペレーターから渡された、体温並に温められた食べやすい食事をトレーに乗せて、テンニンカのいる場所までやって来た。
「ねぇねぇ、お腹空いてない? 少しは食べたら?」
いつもの僕みたいに、明るい声で話しかけて。
「食べたくない……」
とテンニンカは言ったけど、次の瞬間には、グゥ〜と盛大にお腹のむしが鳴った。
「ほら、空いてるんでしょ? 少しは食べた方がいいよ」
僕がトレーを差し出すと、テンニンカがようやく少し顔を上げて、そこにあるスープを覗き込んだ。普段、食欲旺盛なテンニンカにとって、空腹は耐えられないものだろう。野菜を柔らかく煮込んだスープの入った器を奪うように取り上げると、天井を仰ぎながらあっという間にスープを飲み干した。
「ちょっとちょっと、いくらお腹空いてるからってむせるよ?」
「ゴホッゴホッ……」
「ほら、言わんこっちゃない」
僕はテンニンカの背中をさすりながら声を掛けた。きっと、マッターホルンさんが気を利かせてじっくり煮込んだ野菜スープなんだろうけど、急いで飲んだらむせるに決まってる。
「……たの?」
落ち着いた頃、テンニンカは前屈みになったまま何かを聞いてきた。僕はぐっとテンニンカの頭に自分の耳を近づけた。
「何か言った? もう一回言ってくれる?」
僕がそう聞くと、テンニンカはまだ前屈みになったまま、
「知ってたの?」
と聞いてきたのだ。
僕は慌てて姿勢をただして考えたが、こんなところで嘘をついても仕方ないと開き直った。
「そうだよ」
広い安静室。今日は患者もいないみたいで、僕の声だけが響くみたいだった。
「……そっか」
テンニンカの返事がそれだけだったのが、僕の中でかなり痛かった。
僕はそっと、手身近な棚にトレーを置いた。
「フォックステイルくんは、テンニンカを騙そうとして人に化けていた訳じゃないと思うよ? 真剣に悩んでいたんだ。いつかは話そうと思っていたよ。テンニンカに、本当のことを……」
「うん、分かってる」
あの大将軍が、こんなに落ち込む声を出しているなんて、僕には信じられなかった。
だけど、その隣のベットで横になっている焔尾獣の姿を見れば、ここが現実だと、嫌でも思い知ってしまって。
「フォックスちゃんは、ホムラくんだったんだね」
テンニンカが、ぽつりと言った。
「ホムラくんって?」
もしかしてそれって……と聞いちゃいけないのに、僕の口は勝手に動いていた。
「あたしと一緒にいた、焔尾獣っていうキツネさんのことだよ。あたし、エリジウムの話を聞いて、ホムラって名前で呼ぶことにしてたの」
それまでは名前はなかったの、とゆっくり話すテンニンカ。僕は、なんて声を掛けたらいいか分からなかった。
「もっと早く教えてくれたら良かったのになぁ」
テンニンカは、まるで独り言のように話を続け、顔を上げた。泣いてはいなかった。むしろ力なく笑っていた。それが僕にとっては辛かった。僕は、頭を下げた。
「ごめん、黙ってて」
僕は、それしか言えなかった。