そして事件は起きた。
それは、ロドス本艦がそこそこ大きな街に立ち寄った時の話。
エリジウムが食堂で徹底的に話を無視するソーンズに、各地で見た不思議な現象を熱弁していた時、テンニンカが慌てた様子で飛び込んできた。
「ねぇねぇ大変なの! フォックスちゃんがいないの!」
そう言ってちぐはぐな言葉で話すテンニンカの要点だけ整理すると、どうやらフォックステイルがロドスのどこにもいないようである。近くに街があるから休息のために出掛けたんじゃないかとエリジウムは言ったが、テンニンカは首を振った。
「ううん、そんなはずないもん! だって今日は、みんなで花輪の作り方を教えて貰おうって約束してたから……」
とだんだん肩を落とすテンニンカが可哀想になってきて、エリジウムはそこにいるソーンズを見やった。ソーンズもテンニンカの緊急事態に既に気づいていて、目を上げてこう言った。
「探しに行こう」
こういう時ばっかりいいところ取るんだから、とエリジウムは思ったが、大切な大将軍の困りごとを放置する程、冷たい男ではなかった。じゃあソーンズはもう一度ロドスの中を探してみて、僕は外を見てくるから、とエリジウムはすぐに分担の指揮を執り、テンニンカたちと一旦分かれて探すことになった。
エリジウムは自前の通信機を抱えて外に出る。エリジウムはこんな感じではあるが、情報収集のプロでもあった。街行く人に、黄色っぽい色をしたヴァルポを見なかった? とか最近怪しい話とかある? と聞き回っている内に、こんな噂が浮き彫りになってきたのだ。
「ここらで希少な生き物を密猟して売買している集団があるらしい」
という噂だ。
とはいえ最初は、フォックステイルとは関係ないとエリジウムも考えていた。なのでエリジウムは、そんな噂を頭の片隅に置いておくだけだったのだが、どんなに話を聞いてみても、誰も「ヴァルポの青年を見た」とは言わないのである。
つまりエリジウムの推測はこうだ。
療養庭園で昼寝をしていたフォックステイルは、あまりにも小さく身を縮めて眠っていた。ということは、フォックステイルは希少な生物として勘違いされて誰かに捕まったのではないか、という推測だ。
あまりにも突飛な推測でまたソーンズに「嘘だ」と言われそうなのだが、エリジウムは類稀なる直感で、本当のことのように思えていた。
とはいえ自分一人では解決出来なさそうなので、せめて確信に近づける情報だけでも手に入れようと、エリジウムは怪しそうな集団にこっそり近づいた。
それは、町外れにいた、やたら多くの荷車を引いている集団の一つ。エリジウムは自分の通信機を横倒しにし、荷物の裏で何か声が聞こえないかと探っていたところ、案の定不穏な会話が飛び込んできた。
「おい、例の奴、逃げ出したって?」
と男が声を潜めて問う。
「……ここだけの話、そうみたいなんだよ」と男勝りな女性の声が返ってきた。「まさかあのバカ、人間を攫ってくるなんて。しかも逃げちまったんだから仕方ない奴だよ」
不穏な会話にエリジウムはますます息を殺しながら、二人の会話を盗み聞き続けた。
「逃げた人間ってのは、野生生物を身代わりにしたっていうんだろ? その野生生物は、価値はなさそうなのか?」
と男が聞くと、女は怪しく笑った。
「ヒヒッ、それがさ……大収穫なんだよ!」と女は小さく叫ぶ。「絶滅していたと思われていた欺瞞獣だったんだよ! これはきっと、高く売れるはずだよ!」
と喜ぶ二人だったが、エリジウムの心境は最悪だった。どうやら捕まった人間は助かったようだが、その代わりに哀れな野生生物が犠牲になったようだ。
会話が遠くなっていくのを待ち、エリジウムは荷物の影から顔だけ出した。大きな荷台が五台ある。よくよく耳をそば立てれば、荷台の中から動物の鳴き声や息遣いが聞こえてきた。どうやら彼らが、野生生物を密猟している輩らしい。
(さすが僕、こういうのを見つける天才だよね)
とエリジウムは自負しながら、フォックステイルを探すついでに、無理矢理捕まってしまった動物たちをどうにか解放出来ないだろうかと考えた。テラにいる希少な生き物というのも気になっていたし、いずれ何かの問題になるのはゴメンだとエリジウムは考えたのだ。
そうして周囲を調べてみたところ、この密猟者たちには屈強な身体をした護衛と思しき者がいない。野生生物の密猟ではなく、ただの家畜の販売集団だと思われているのか、思わせているのか。エリジウムはじっくりと考えた上で、これは一人で解決出来そうだと判断したのだ。
それもすぐ実行出来る形で。
エリジウムは自分の目立つ通信機をこっそりと別の場所に隠し、荷台の後ろに回り込んだ。その荷台の後ろの扉から鍵をピッキングで開けて、あとは中にいる生き物を逃がすだけ。
生き物は狭いところに長時間いたのか苛立っていて、真っ先に密猟者たちへ飛び込んでいったのだ。
「うわぁ?! 中の動物たちが脱走したぞ!」
「調教師! 調教師を呼んでこい!」
「もう諦めて逃げましょうよ!」
そうして大混乱となった集団の中、エリジウムは次々に荷台の扉を開き、動物たちを解放する。最後に少し離れた荷台にいた動物も解放しようとして、エリジウムは一時足を止めた。
「この子は……へぇ、焔尾獣じゃん。確かに珍しいね」
琥珀色の毛並みをした焔尾獣。確かに売ったら高価そうではあるが、人間の勝手で命を弄んでいい訳じゃない。エリジウムは焔尾獣を捕らえている檻の鍵を開けたが、怪我をしているのか、横になったまま動かなかった。
「あれ、どうしたのかな? もしかして足でも怪我をして……」
とエリジウムが近づくと、焔尾獣はカッと目を見開いて飛び退いた。
「フーッ……!」
まさしく野獣のそれが見せる威嚇。エリジウムは危害は与えないよ、と両手を上げてなんとか落ち着かせようとして、あれ、前にもこんなことあったな? とどこかで思い出していた。
そんなエリジウムの言いたいことが分かったのか、奥にいた焔尾獣がわずかに真っ黒な目を見開いた。
「グゥッ……!」
エリジウムの思考が状況に追いつくより早く、焔尾獣が飛びついてきた。エリジウムは何歩も後ずさりした。
「なになに、どういうこと?!」
エリジウムがよく分からずに暴れている内に、焔尾獣に首をキツく締められて息が苦しくなった。ちょっと待ってとエリジウムがなんとか隠した通信機に手を伸ばそうとした直後、焔尾獣がみるみる内に姿が変わっていることに気がついた。
「……え?」
エリジウムはだんだん冷静になり、自分の胸に飛びついた生き物をよーく観察してみる。
……人の姿をしている。
しかもよく知ってる顔の。
「このことは秘密にして、エリジウム!」焔尾獣だった彼は、涙目になりながら話し出した。「僕、ようやく人間になれたんです! 今更大将軍様に、人間じゃないって言えませんよ!」
そう、フォックステイルは、焔尾獣だったのだ。