転移者たちの代理戦争 作:蕎麦味噌オンザライス
「はぁ……」
空を仰いで息を吐くと、空気を白く色づけてから溶けていく。
気温が低いせいだろう。
息を吸うと喉や肺が冷やされて、痛みに似た苦情を訴えてくる。
どうせすぐ慣れると無視をして、一段一段を確実に踏みしめながら進んでいく。
なにせ、日によっては雲に隠れてしまう程の高さを誇る階段だ。
気を抜こうものなら転げ落ち、そのまま死んでしまうだろう。
地上に落ちて天に召されるなんて、面白くないもない冗談だ。
やがて見えてきた荘厳とした門に一層気を引き締め、階段を上りきる。
「おっ、やっときたな」
そう言って破顔したのは、門の前に立っていた男性。
歳は十九で、茶色の髪を後頭部で括り、顔の造りが中性的なこともあっていっそう優男に見える。
彼が着ている服は朱色の道着で、七分丈の股下は初級から中級者である証だ。
一方で、俺が来ているのは紺色の同じもの。
「おはようございます、先輩」
「ああ、おはよう。もう皆揃ってる。早くいこうぜ」
そんな風に急かすのは、彼自身のためであることを俺は知っている。
それでも、利用されることを責める気はない。
登り切った先に佇む、背丈の三倍はありそうな巨大な門。その脇にある小さな扉から身を縮めて中に這入り、中央の屋敷に足を進める。
玄関ではなく裏の勝手口から屋内に入り、木でできた床の通路を進むと、畳に似た床材の敷き詰められた広い空間に辿りついた。
上座に正座しているのは白の道着に黒の袴を穿いた女性。その面前には50人以上の人間が対面する様に正座している。
そして、その全員が女性。
対する男は、俺と先輩の二人だけ。先輩が俺の存在を有り難がり、一緒に行動しようとするのは無理もないことだろう。
俺たちはその空間に踏み込む直前で止まり、一礼。
それから中へと進み、列に習う様に正座する。
目を伏していたというのに、それで全員が揃ったことを察した上座の女性が正座したまま一礼。
それに倣う様に、俺たちは全員が礼を返した。
「皆、おはよう」
「「「 おはようございます! 」」」
「今日も寒い。良く身体を解してから修練に臨む様に」
「「「 はいっ! 」」」
女性の声に掻き消されながら、俺と先輩も返事をする。
やがて朝礼を終えた所で先頭の二名が立ち上がり、上座の女性に一礼。
頷きを返されたのを認めて振り返る。
「「 起立! 」」
その一声で上座の女性以外が立ち上がり、
「「 礼っ! 」」
「「「 よろしくお願いします! 」」」
礼をしてから修練が始まる。
まずはランニングと柔軟を……なんてことはなく、そういった基礎的なことはここに来るまでに済ませておくという暗黙のルールが存在する。
なので、まず俺たちがやるのは簡単な組手だ。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
俺と先輩は互いに向き合い、一礼。
攻撃を仕掛ける側と受ける側を決め、交互に型の確認を行う。
攻撃とは言っても、ここハルス道場の流派【漑源流】には明確な攻撃の技は無く、単純な殴打や蹴りを行う程度でしかない。
漑源流の極意は攻撃を受け流し、或いは利用して相手へと還すこと。
漫画で見た合気道みたいだ、と思うのはきっと俺だけじゃないだろう。
何はともあれ、先輩から繰り出される攻撃を受け、往なし、躱していく。
型の確認が主な目的だから、攻撃はゆっくり行われる。だけど、これが上位にいくと普通に相手が怪我する速度だったり、実践を想定して武器が使われたりもする。
怪我しては元も子もないから、当然と言えば当然だ。
しばらくすると、師範代の女性が手を叩く音がして攻守の交代。
俺の攻撃を先輩が受け流していく。
防御が主流とは言っても、攻撃する側も手を抜くわけにはいかない。
何処を打たれると躱しにくいのか。
どの手順で攻撃を繰り出すと相手の動きがどう変わるのか。
常に考え攻防を繰り返す。
交代を六回ほど繰り返した所で、上位の物が下位の者と組み、手加減しながらもより実践的な組手を行う。
俺の相手は股下の代わりに袴を穿いた、上級者の女性になった。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
道場に通うようになって、初めのうちは感じていた、「男への敵愾心」のようなものが今は無く、ただ同門の後輩を見るような視線になってくれているのは有り難い。
でも、その攻撃は生かさず殺さずという過酷なものであって、考える間もなく反射的な防御になってしまう。
攻撃の手が止んで何とか凌いだと思ったら、今度は相手が師範代の一人、レイナさんに代わっていた。
その手練の熾烈さに地獄を見たというべきか。
これ、殺られるんじゃない?
と本気で思ってしまったことに身体が反応したのか、レイナさんの突きを受け流すと見せかけて掴み、その勢いのまま身体を引き寄せる。
そのまま脇に腕を入れ、それを軸に回転させて――というところで逆に腕を取られて、捻られる歪みを変えられずに身体が傾く。
あとはバランスを崩して変に体重をかけてしまった足を払われて、手首を極められて抵抗することもできずに天井を仰いだ。
「まだまだだね」
「……ですね」
勝ち誇るというよりは、純粋な喜びを表しているような笑顔で見下ろされ、俺は苦笑でそう返した。
幸い床が石畳ではなかったことと左腕が開いていたおかげで受け身が取れて、立ち上がっても身体に支障はない。
先に相手をしてくれていた上級女子も何処かへ行ってしまい、結局レイナさんの鬼のような攻撃を耐える時間が続く。
その後は、同じレベルの者同士で実戦さながらの組手。……のが本来の流れだが、先輩がものすごい勢いで拒否したため、そのままレイナさんとぶっ続けで組手を行うことになった。
当然何度も転がされ、投げられ、極められる。
終わる頃にはお互い汗だくになっていて、俺はがぜぇぜぇと息を切らしている一方、レイナさんは狐のような耳をピンと立てて満面の笑みを浮かべている。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
互いに姿勢を正して向き合い一礼すると、レイナさんはもう一人の師範代エスターさんと同じように上座の前に立ち、門下生たちの前に立つ。
「「 整列っ! 」」
ささっと全員が開始時のように並び、整列する。
息を切らしている人や、どこか辛そうに腕を掴んでいる人もいるが、毅然と立つ彼女たちを休ませようとすれば、それこそ侮辱するようなものだ。
そんな空気の中、師範代の二人が皆に告げる。
「「 午前の部を終了とする! 解散っ! 」」
「「「 ありがとうございました! 」」」
昼食をとりに出る者、へたり込んでしまった者を介抱する者、柔軟を始める者……皆が午後の修練や仕事に向け、三々五々の行動を開始する。
師範代の二人はくるりと振り返り、上座の女性……師範と何かを話している。
あの二人は師範の世話係も兼ねているから、昼食を取りに行くんだろう。
そんなことを考えていたら、先輩が肩を叩いてきた。
「月下亭のメシ食いに行くんだろ? 早くいこうぜ」
今日の日替わりランチメニューは、ローテーションから考えてトンカツ定食。
大行列ができては品切れで涙をのむ者が続出する程の大人気商品であり、成長期の身にとってはそのボリュームもありがたい一品だ。
「そうですね」
俺と先輩は道場を出て、クールダウンも兼ねて階段ではなく山を駆け下りた。
階段を使わないのは、参拝者がいることや、強風に煽られて地上に急降下という惨事を避けるため。
本当は行きの際にも使いたいんだけど、山の土で道場の中を汚すことになってしまうから自重してる。
「先輩は、今日はギルドですか?」
「ちょ、おま……、まてっ……!」
先行しすぎたらしく、先輩が肩を揺らしながら木々の間を走っている姿が小さく見えた。
追いつくのを待ってから、走行を再開。
「今日は午後の部も出るんですか?」
先輩は修練に体力を使いすぎたらしく、走るのに集中していて返事が無い。
とはいえ視線は返してくれたから、後で纏めて話すつもりなんだろう。
俺は先輩の速度に合わせ、舞い落ちる葉っぱや虫を躱したり、掴んだりする練習を熟しながら山を下りた。
機械の国、アルセイド。
この国は、魔法があることが基本なこの世界で、機械という文化を発展させているため、そう呼ばれていた。
ただし、純粋な機械化学ではない。
アルセイドの民は内包する魔力量が少なく、他国からの侵略を防ぐため、より効率よく魔法を行使するために機械を用いているからだ。
それでも似通った文化は似た感性を育むのか、アルセイドの首都は近代日本のような街並みをしている。
俺と先輩は生体認証で首都の検問を抜け、月下亭へと急いだ。
だが、時間はすでに正午から20分ほど経過。
店の前でトンカツ定食が売り切れた旨を説明している店員の姿があった。
「ごめんなさい! 次のご来店をお待ちしています!」
ぺこぺこと頭を下げているのは、店の看板娘と名高い店員の少女。
彼女は俺たちを見つけると、申し訳なさそうな表情を少しだけ和らいだ様に微笑む。
「いらっしゃい、藍くん」
「こんにちは、井坂さん」
彼女の名前は井坂雪乃。
俺と同じ、この異世界に召喚された日本人だ。
彼女と二言三言会話を交わして列に並び、先輩と一緒に自分たちの順番が来るのを待つ。
俺と先輩は道着だけど、他の人も作業着だったりするから問題なし。
店も広く、席の数も多いため回転は速く、すぐに俺たちの順番になった。
席に座り、列で待っている間に決めていたメニューを井坂さんに告げ、料理が来るまでの間さっき聞こうと思っていたことを先輩に訊ねることにした。
「先輩は今日ギルドに行くんですか?」
「そうだなー。ちょっと小遣い稼ぎでもしてるさ。お前は学校だろ?」
「はい」
俺の通う学校は、国立アルセイダー学院。
そこは俺たちの年代が本来通う日本の高校のような教育機関ではなく、自分が選択した教科を受ける形……元教師の人たちが言う、大学に似た授業体系となっている。
俺が受ける講義は一般教養・歴史・政治・召喚術の四つ。
そのうち今日受けるのは、召喚術と一般教養だ。
「お待たせしました」
先輩と世間話をしていると、井坂さんが料理を運んできてくれる。
「藍くんは午後の一般教養に出るの?」
「うん、そうだね。井坂さんも取ってたよね?」
「うん」
そこまで言って、他の客に呼ばれて井坂さんは去って行った。
さぁ食べよう、と箸を料理に向けると、先輩が怪訝とした表情で俺を見てることに気付いた。
「どうしたんですか?」
「いや……お前、あの子と同郷なんだよな?」
「はい、そうですよ?」
「なんつーか、距離感が道場の先輩たちと同じ感じっつーか……」
同い年で、常連と言ってもいいくらいにこの定食屋には通ってる。
井坂さんも普通に接してくれているのに、同郷なのに接し方が変わらないのが気になるらしい。
「普通、こんなものじゃないですか?」
「……ふぅん? まぁ、分け隔てなく接するのはいいことか」
先輩は納得していない表情を浮かべていたけど、料理に箸を向ける。
対人関係で修正すべき点があるなら教えて欲しかったけど、わざわざ指摘する程のものでもなかったんだろうと判断して、俺も食事の手を進めることにした。
「ごちそうさまでした」
食事を終えて会計を済ませようとレジカウンターに向かうと、ちょうど井坂さんが先に会計を行っていた客にお辞儀しているところだった。
「ご馳走様でした。お願いします」
「はい、畏まりました」
登録カードを渡して井坂さんがレジのタブレットのような板に置くと、俺の口座から食事代が引かれる。
差し出された登録カードを受け取って出ようとしたところに、井坂さんの声がした。
「じゃあ、後でね」
「うん。じゃあね」
井坂さんと別れ、街をある程度歩いたところで先輩と別れた俺は、寄宿舎に寄って学院の制服に着替えてから校舎に向かった。