転移者たちの代理戦争 作:蕎麦味噌オンザライス
それから別段話題や空気に変化はなく、少し休憩してから隊長と別れた。
寄宿舎に着くと不動産の方から送られた書類が届いていて、退室に向けて準備を進めていく。
「ご主人、アルス様からその天珠をいただいて、今みたいになっちゃったんですか?」
余程暇なのか、学校では大人しくしていたミュールさんが軽く毒を吐く。
なっちゃったって。
まあ俺自身そう思ってる部分があるから、否定できないんだけどね。
「いや、前世の俺と同じ道を辿らないように、生まれ変わる時から授かっていたものらしいよ」
「同じ道ですか? 心が動じない……心が強い……その逆……?」
ふよふよと俺の周りを漂いながら、ミュールさんは小首を傾げて何かを考えている。
そして何かを思いついたのか、ぱっと笑顔を咲かせて俺の目の前にその身を躍らせた。
「あれですかね!? あまりに多くの女性を囲み過ぎて、政治を蔑ろにしちゃったダメダメな王様とか! ご主人の魅力は前世から変わってないんですね!」
本当にこの子は、俺を持ち上げたいのか馬鹿にしたいのか分からない。
まぁ動揺しない、欲求に負けない心にされたということは、逆説的にそういうものに負けた人生だったといえるかもしれない。
とはいえ、地球の人口から考えれば、王様なんて確率は低いと思う。
「せいぜい、ギャンブルで身を滅ぼした大莫迦者あたりだよ」
「ご主人は夢がありませんね~」
女性にうつつを抜かす人生を夢だとは思いたくないです。
でもハーレムを夢だって言う人もいるかもしれないから、見事に同じ道を辿らないよう防ぐことができているとも言えるのかな?
「何にしても、知りようのない前世を考えても仕方ないね」
「ええ~、楽しいじゃないですか、妄想!」
本当に暇つぶしだったらしい。
「じゃあ逆に、ミュールさんは生まれ変わったらどうなりたい?」
「生まれ変わったらですか? そうですね~」
楽しそうにふわふわと浮かぶ彼女は、妄想を膨らませるように宙を仰ぐ。
「ご主人のいた世界に生まれるのもいいかもしれませんね~」
「平和に生きたいなら、日本はいいところかもね」
他の国は状況にもよるだろうけど。
それでもまともな国なら衣食住に不安は無いし、魔族や魔物なんていう絶対的な敵は存在しない。
「ですよね! あ、でも地べたを這いずり回って生きる人生はつまらないかも知れません!」
「君は本当にいい笑顔で毒を吐くね」
「照れます~」
突っ込まないからな。
「あとは、飛べるとしても知能の足りない鳥畜生や羽虫は御免ですね」
「ふむふむ」
「あちらにはヒト以外いないんですよね? じゃあやっぱりこっちの世界がいいですね!」
「ほほう」
「となると竜ですかね~。あ、天使なんかも捨てがたい!」
「そうきますか」
よし、あと少し。
「やっぱり、妖精が一番ですね。今度生まれ変われば私にも……って、聞いてるんですか!?」
「勿論聞いてるよ。やっぱり、どんな体でも愛着を持ってしまうと離れ難いよね」
完成した書類を纏めながら言葉を返す。
これは天珠の恩恵なのかはわからないけど、集中すれば色んなことを同時にできるっていう特技が俺にはある。
マルチタスクというやつだ。
ちゃんと答えたから少し訝る程度だけど、ミュールさんは不満そうに頬を膨らませている。
実に妖精らしい、愛らしさに満ちた表情だと思う。
「夕飯にしようと思うけど、何か食べたいものはある?」
「ホットケーキが食べたいです!」
一瞬で笑顔に戻るミュール。
実に扱いやすい素直な子である。
「わかった。ちょっと待ってて」
それからは夕食を食べて、荷物をまとめた後はシャワーを浴びてベッドに潜る。
【漑源流】の術に、召喚士の組織と〈風紀委員〉。
いろんなことがあったせいか、眠りは直ぐに訪れた。
翌朝。
目が覚めた後は、いつも通りの日課を熟し、道場に向かった。
今日は受ける講義もないから、一日かけて引っ越す部屋の掃除をするつもりだ。
先輩が居たら手伝うと言っていたかもしれないけど、今日はギルドに顔を出しているのか門の前に彼の姿は無かった。
……その代り、と言えばいいんだろうか。
俺を迎えたのは、見事に掃除の行き届いた和室の空間だった。
「歓迎の意を込めて掃除はさせてもらったよ」
「……私も頑張ったよ?」
そう言ったのは、部屋に案内してくれたエスターさんとセリアちゃん。
「ありがとうございます。わざわざすいません」
「もうウチの一員なんだ。そう余所余所しくするな」
そう言って俺の肩を叩き、エスターさんは大広間に戻って行った。
師範に次いで門下生の人気を集めていると言うのも頷けるかっこよさだった。
セリアちゃんはまだ俺を見上げていて、その様子が褒めて欲しいと尻尾を振っている子犬に見えたのは幻覚だと思いたい。
「セリアちゃん、ありがとう」
そう言って撫でると、目を細めて喜んでいた。
どうも幻覚ではなかったらしい。
ともあれ、俺の住む部屋だ。
女性たちの住む寮や師範の住む母屋の一室ではなく、離れのような小屋。
雰囲気としては、蔵と言うよりも茶室のような造りと言えばいいのだろうか。
受け入れてくれてるといっても、女性の中に住まわせるのは体裁が悪い。
そんな配慮が感じられて、素直に嬉しいと思えた。
問題、というか欠点を挙げるなら、大浴場が遠いことと、母屋や寮とは廊下などを経由しないから、雨なんかの時には濡れることくらいか。
前者は小さい浴室もついてるし、後者も濡れるくらい別に気にするほどのことでもない。
結論をいえば、全く問題はない。
「アオ兄、荷物は?」
「お昼にいったん戻って取ってくるよ。元々少なかったから、一回で運べるだろうしね」
「そっか……」
手伝いたかったのか、しょんぼりとしてしまったセリアちゃん。
そんな彼女の頭を撫でて、笑顔が戻ってから大広間に向かう。
いつものように礼から始まる修練。
そして、いつものように組手が始まると思っていた俺の目の前に立ったのは、アルセイドの守護者と名高い師範その人だった。
事前に伝えていなかったのか、師範代の二人以外は動揺を隠せずにいる。
「では、昨日言った通り“操流術”を教える」
「宜しくお願いします」
「攻撃の型は難しくない。今までに師範代の二人がお前に仕掛けていた“あれ”だからな」
師範のその言葉に、師範代の二人は苦笑を浮かべる。
守りが主体で攻撃の型がないとか言いつつ繰り出されていた激しい攻撃。
その祖語を不思議に思っていたけど、実際に【漑源流】で習うものだったらしい。
まんまと騙された。
「流石に型だけで操流術を使っていたわけではないけどね。だから、実際に受けてもらう。そうして、乱された“気”や“魔力”の流れを感じ取りなさい」
「はい」
「うっかり避けないようにな」
師範の冗談に、ほんの少しだけ笑みが周囲に広がった。
そんなことは有りえないと思いつつ、どんな攻撃が来ても良いように意識を集中させる。
そして、
「ぐっ……!」
次の瞬間、俺は膝を着いて倒れていた。
うっかり避ける?
無理だ。有り得ない。
動いた。
そう捉えた時には既に、師範の手が俺の身体に触れていた。
知覚できる速度を超えている?
……だとしたら、この人はどれだけの高みにいるんだろか。
俺の持つ天珠で、そこまでの高みに届くだろうか。
常に身体を高速で揺らされているような感覚……といえばいいんだろうか。
そんな感覚に襲われながら、俺は感嘆ぎみに考えていた。
そして、身体にも思考を向けてみる。
揺らされていると言っても、三半規管が狂っているような酔う感覚ではない。
全身の動き全てが阻害されているような、自分の身体が自分の物ではないような違和感だ。
やがてその違和感が収まってくると、全身を不規則に動いている何かを感じた。
身体の揺さぶりは、その「何か」の動きと連動している。
そして同時に、脳から身体への命令を阻害されているのだとわかった。
さらに時間が経つと違和感はより改善されて、全身で動いていた「何か」の流れは規則正しいものに変化していく。
やがて違和感がなくなった時には、「何か」の流れそのものを感じなくなっていた。
「今のが“気”だよ。生命力と言い換えてもいい」
師範の言葉に姿勢を正し、正座する身体に不調が無いかを確かめる。
「全身の気を掻き乱されれば、行動不能に陥ってしまう。今のは手加減したから意識を保てたけどね。気の乱れは収まった?」
「はい」
「なら、今の状態からもう一度気を感じ取りなさい」
「はい。わかりました」
できるかできないかじゃない。
やるしかない。
そう断じて、身体の中に意識を集中する。
ミュールさんの探知があれば助けになるかもしれないけど、まずは自力で試みる。
「自然な流れになれば感じなくなっているだろうけど、それは身体が慣れてしまっているからだ。気は確かに流れている。それを感じ取りなさい」
「……はい」
集中。
集中。
集中。
……あった。
感じた。
全身を淀みなく流れる、力の流れ。
「うん。ちゃんと感じ取れたようだね」
「わかるんですか?」
俺の疑問に、師範は微笑む。
「気を意識して廻らせる。それが気の操流術の基本であり、守における極意だ。自らの確固たる意識を持って身体を廻る気は、外からの干渉に強くなるからね」
そこで一旦言葉を切り、師範は自分の胸を指で示す。
「魔力を生み出す、魔核という器官があるのは聞いたことがあるだろう? それと同じように気を生み出す器官が私たちには備わっている。それを感じられるかい?」
気を生み出す器官。
その言葉を頼りに、俺は体の中に意識を集中。
気の流れを辿る。
すると、全身を巡る気が必ず戻ってくる場所があることに気付いた。
へその下あたりの奥。
そこに意識を集中させている間、全身の気がより多く廻り始めているような感覚があった。
俺が器官の在り処に気付いたことを察したのか、師範が笑いかける。
「そこが気核。人に依って位置はまちまちだから、こればっかりは気づけるかどうかは本人次第だ。よくやったね」
わしわしと頭を撫でられる。
「気核を活性化させると、全身を廻る気の量が増える、それが練気という肉体強化。人に依って上限は異なるけど、気核を鍛えれば鍛えるほど気の総量は増えるから、しっかり鍛えなさい」
「はい」
俺の返事に満足したのか、微笑みながら頷いた師範は、俺に手を差し出した。
「握りなさい」
「はい」
師範は美しい女性だが、天珠のおかげで疾しい感情を抱くことは無い。
立ち上がって差し出された手を握ると、師範に俺の手を握り返される。
「私に自分の気を送り込みなさい」
「はい」
返事をしたものの、どうすればいいか分からない。
取り敢えず、集中して気の流れを活性化。
より意識しやすくなったところで、繋がっている手の皮膚に向けてさらに集中。
すると、気の流れがそちらに寄り始めた。
取り敢えず、この方向で試してみることにした。
集中し、気の流れを手に集めていく。
もう少し。
もう少し――行った。
そう感じた瞬間、師範が体勢を崩した。
「……大丈夫だ。すぐ直る」
その言葉で原因を察し、俺は手を離した。
師範は笑ったけど、いつものような生気は無い。
「誰かが受けてみないと成功したかどうか分からないだろ? 私なら問題なく受けきれるし、本物の敵で試すような危険を冒させるわけにはいかないからね」
「ありがとうございました。もう大丈夫です」
「舐めたことを言うな」
自己嫌悪混じりの言葉を吐いたら、一喝されてしまった。
確かに、門下生に心配されたとあっては師範の名折れと感じるかもしれないし、今まで見てきた門下生の努力を軽んじるような発言と思われたかもしれない。
でも、事実だ。
「本当に大丈夫です」
「……エスター」
「はい」
「手合せしなさい。お互い、気勁を使ってね」
気勁というのは、相手に自分の気を送り込んで相手の気を攪乱させる、さっきの術のことらしい。
ともあれ、やって見せなければ師範が納得しないと理解しているからだろう。
エスターさんは全くいつもと同じ様子で俺の前に立ち、
「よろしくお願いします」
と頭を下げた。
証明するしかない。
俺は攻撃する覚悟を決め、礼を返した。
そして、組手が開始される。
まず感じたのが、速さだ。
遠慮なく錬気で活性させているのか、エスターさんの動きがいつもより早い。
断然、というレベルで。
それでも、錬気を使っているのは俺も同じ。
熟練度という点での差異は大きいが、辛うじてついていけるだけの実力差に留められている。
不利には違いないが、経験したことのある状況というのは大きい。
それに、彼女自身とレイナさんに教わっていたおかげで、攻撃の型は身に染みている。
気を付けなければいけないのは、“掌”だ。
だが、それに囚われてはいけない。
彼女ならそれを逆手に取り、体勢を崩すのは簡単だろうから。
結局のところ、普段通りにやるしかない。
全身全霊で集中。
エスターさんの攻撃を捌いていく。
だが、このままでは埒が明かない。
「っ」
俺は身体の流れに僅かな歪みを作る。
かつてのやられ方に似た、ほんの少しの歪み。
ほんの少しだとしても、エスターさんなら気付くだろう。
そして、わざと作ったと気付いたとしても、彼女はきっと仕掛けてくる。
何故なら、その実力をもってすれば、作為的に作った歪みでさえ覆すことのできない致命的な隙となるからだ。
「!」
期待通り、エスターさんは俺の隙をついて来る。
「っ……!」
明確な攻撃だからだろうか。
師範の時よりも強い違和感に身体がグラつき……膝をつく。
だけど、
「くっ……!」
それはエスターさんも同様だ。
仕掛けたのは、クロスカウンターのようなもの。
エスターさんの攻撃に合わせ、撃ち込まれる個所からこちらも気勁を撃ち込んだ形だ。
お互い練気で強化していたから、それほど時間を置かずに気勁の酔いから回復する。
いや、若干エスターさんの方が早かった。
そしてその少しの差こそが、実戦だった場合に致命的となる、実力の差を表していた。
「「 ありがとうございました 」」
お互いに礼。
エスターさんと一緒に師範を見ると、彼女は呆れ顔で頭を掻いていた。
「……わかった。アオが気勁を使えることは認める」
でもね、と続ける師範の赤い双眸が俺を貫く。
その瞳に含まれているのは、明らかな怒気。
「今みたいな玉砕覚悟の行動は絶対許さない。二度とやらないと誓えないのなら破門だ」
覇気、言葉の固さ、圧力の強さ。
その気に当てられた周囲の人たちの動揺が伝わる。
怖い……のかもしれない。
俺の精神状態はいつもどおりで、ただ尊敬する人にこんな態度を取らせてしまったことを申し訳なく思っていた。
「二度としません。申し訳ありませんでした。皆さんも、申し訳ありません」
俺の謝罪に師範が覇気を緩め、周りの人たちもほっと胸を撫で下ろした。
一息呼吸置いて師範は微笑みを浮かべ、俺の頭をワシワシと撫でる。
「私もお前を舐めていたわけじゃない。それだけは分かってくれ」
「はい」
それは言われるまでもないことだった。
師範は俺を心配してくれただけ。
そう理解していても、人を傷つけることをしたくなかった。
……結局エスターさんを傷つけてしまうことになったけど。
そう思ってエスターさんに目を向けると、彼女は俺の視線に気づき、気にしていないと言わんばかりに軽く微笑んでくれた。
「よし。午前中に魔勁も覚えてしまおう」
「よろしくお願いします」
気勁を受けた時のように魔力を乱す術、魔勁を受けた。
でも、ほとんど身体に違和感がない。
その結果が意外だったのか、しんと静まり返ってしまう大広間。
だけど、俺としては意外な結果でも何でもなかった。
だって、乱されるほどの魔力が俺の中にありませんし。
そんな俺の欠点を知っているエスターさんは目を伏せ、師範は苦笑を浮かべる。
レイナさんに至っては両手で顔を覆い、笑いを堪えている始末。
「自分の中の魔力を感じられそう?」
「……やってみます」
ほんの極僅かとは言え、違和感はあった。
後は、気の時と同じようにそれを感じとるだけだ。
意外なことに、それはすぐに見つかった。
気の流れの中に異物を感じてそれを探ってみたら、それがまさに魔力だったらしい。
そして、魔核は右胸のあたりにあった。
直径が一ミリもなさそうなくらい、小さな核だったけど。
もう一つ意外なことがあった。
それは魔力の操作。
かなり少ないからか、とてもスムーズに行うことができた。
「魔勁の方法は気勁と一緒。はい」
そう言って差し出してきた師範の手を、俺は直ぐに握った。
全く躊躇わなかった俺に師範は意外そうな表情を浮かべるけど、すぐにその意を察して微笑む。
手に流していた魔力を、繋がった皮膚を通して師範に送り込む。
「……うん。できたね」
思った通り、師範は平気そうだった。
俺が乱されても平気だったんだから、そんな俺の魔力にかき乱されてもほとんど効果はないだろう、という予想は当たっていた。
……かに見えたが、そうでもないらしい。
「言っておくけど、気勁と魔勁は別の人間の気や魔力を送り込まれたときに生じる、異物に対する拒絶反応を利用した術だ。魔力が少ないと言っても魔術の詠唱は十分防げるから、覚えておきなさい」
「はい」
アナフィラキシーショックのようなもの……だろうか。
ともあれ、俺のスズメの涙みたいな魔力でも活用法があるというだけでも僥倖だ。
むしろ、それ以上を望んだら罰が当たる。
「本当は他の術も教えておきたいところだけど、それは今後の成長次第だね」
「はい」
こうして、案外呆気なく術の習得は成功した。
魔勁に関しては希望薄だけど、気勁と気核は鍛え続けるべきだろう。
当然、攻撃の型ももっとしっかり練習しなきゃいけない。
基礎あっての応用だしね。
さあ特訓だ、と意気込む間もなく、嬉々として俺の前に立とうとしたレイナさん。
……を抑えたエスターさんと対面する。
「まさか、これほど早く膝を着けられる日が来るとは思わなかった。勁は無しでいいか」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
いつものように修練を開始。
その傍らで、風船のようにふくれっ面をしているレイナさん。
彼女とも組手をすることになったのは、経験の上では願ってもないことだった。
とても疲れたけど。