転移者たちの代理戦争 作:蕎麦味噌オンザライス
その後、レイナさんとの組手が終わったところで、ちょうど午前の部が終了。
終礼の後、荷物を持ってくることを理由に昼食を辞退して、ミュールさんと一緒に寄宿舎に戻った。
もちろん、道中も鍛錬を行う。
探知の他、練気をしながらの下山だ。
探知といえば、少し意外なことがわかった。
体内の気や魔力に関しては、自他ともに探知が及ばなかったことだ。
感じ取れる自分のものはともかく、他人の流れが見えるのであれば攻撃を読んだりできるかもと思ったけど、当てが外れたかたちだ。
だけど、それは望み過ぎの部類だろう。
すっぱりと諦め、下山と鍛錬に集中した。
首都に戻り、昼食を食べるために月下亭に寄る。
「あ。藍くん、いらっしゃいませー」
出迎えてくれたのは井坂さん。
「……?」
なんだろう。
何か、違和感を覚えた。
だけど、顔色も髪型も制服もいつも通り。
最近慌ただしかったから、彼女のゆったりとした雰囲気が久しぶりと感じてしまったせいかもしれない。
「藍くん、召喚士のチームに入ることになったんだってね。おめでとう!」
「ありがとう」
いつも通り、井坂さんは笑顔を見せてくれる。
でも、それは長くは続かなかった。
彼女は少しだけ苦笑に変えて、「でも」と視線を逸らす。
「少しだけ寂しいかな。藍くんが、遠くに行っちゃいそうで」
「井坂さん――」
「あっ、ごめんね、今行きます!」
俺が何かを言う前に、井坂さんはお辞儀して厨房に去って行ってしまった。
ずっと変わらないと思っていた関係が変われば、それを寂しいと感じるのは仕方ないことだと思う。
そう感じてくれているのなら嬉しいし、その関係に戻るためにも、……戦う必要のない世界にするためにも、俺は強くなりたいと思う。
でも取り敢えず今は、周囲から向けられている敵意の視線を受け流せるようになりたい。
看板娘さんに手を出したわけでも手を出そうとしたわけでもないのに!
「……ご主人も大変ですね」
ミュールさんは一人、お冷の氷を齧りながらそんなことを呟いていた。
昼食を無事終えた後は寄宿舎に戻って荷物を回収。
その足で道場に向かった。
道場で待っていてくれたセリアちゃんは俺の荷物の少なさに驚いていた。
でも、そもそも天珠のせいか物欲もないから、物が増えるわけないんですよね。
荷物を新しい部屋に配置した後は、セリアちゃんとゆっくりと寛いだ。
その後、役割分担の家事のためにセリアちゃんが去ると、レイナさんが部屋に訪れた。
引っ越し祝いだと言うお茶菓子とお茶に二人で舌鼓を打ち、ここでもゆっくりとした時間を過ごす。
「気になっていたんですが」
「んー? なぁに?」
俺が口を開くと、レイナさんは俺のベッドから身体を起こした。
よくここまで寛げるもんだ。
そんな感心は置いておいて、ちゃんと聞いてくれる様子のレイナさんに俺は訊ねる。
「操流術って学院の教本には書いてありませんでしたけど、【漑源流】だけの術なんですか?」
「それにしては、誰でも習得できそうだ、って思った?」
まるで、俺の心を読んだような言葉だった。
そして、正鵠を射ていると確信しているんだろう。
悪戯の成功した小悪魔のような笑みを浮かべた。
そして少しだけ居住まいを正したレイナさんは、表情を少しだけ真面目そうにする。
「操流術は、鍛えられた身体と強さに溺れない心、それと確固とした集中力を維持する精神力を持っていなければ習得できないからね。簡単だと感じたのなら、それはアオがこの一年頑張って来たって言う証。えらいえらい」
子供にするように頭を撫でてくるレイナさん。
師範の時と違ってからいかい混じりだってわかるけど、それを突っぱねるような精神は持ち合わせておりません。
俺が反応しないから飽きたのか、レイナさんは俺の頭から手を離し、「それに」と言葉を続けた。
「師範はアオがここに引っ越すって決めたから教えるって言ってたでしょ?」
「はい」
「それも一つの条件なんだと思うな」
条件?
その言葉に違和感を覚え、訊ねようとしたところで扉をノックする音がした。
扉を開くと、そこに立っていたのはエスターさん。
「アオ、レイナを見なかったか?」
「はいはーい?」
「ここにいたのか……時間だ」
言われてみれば、もうすぐ午後の部が開始される時間だった。
「あはっ。ここ居心地良過ぎて困っちゃう」
ベッドに倒れ込み、枕を抱きしめるレイナさんの軽口はスルー。
先に大広間に向かったエスターさんを追った。
午後の部も、勁を使わない普通の組手をレイナさんと熟していく。
先程の抜けた雰囲気からは考えられない、激しい組手でした。
ほんといい笑顔。
そんな風に楽しめるようになれたらな、とほんの少し羨ましさを覚えながら組手を終え、エスターさんとも一通り熟したら午後の部が終了。
引っ越し祝いを兼ねた夕食をいただいて、屋敷で迎える初めての夜の中。
俺は鈴虫の声を聴きながら眠りについた。
因みに、ベッドからは少しだけレイナさんの匂いがした。
「マーキングですかね~」
聞こえない。
俺には何も聞こえない。
何と言うことでしょう。
「アオ兄、起きて」
俺は、セリアちゃんの声で目を覚ました。
こっちの世界の妹は優しいなあ。
「おはよう、セリアちゃん」
「おはよう。……朝ご飯は食べる?」
ああ、朝食がいるかどうか聞きに来てくれたのか。
「お願いします。手伝えることは有る?」
ふるふるとセリアちゃんは首を振り、離れを後にした。
目も覚めたことだし、いつもよりちょっと早いけどランニングに出ることにする。
着替えてストレッチをしていると、ミュールさんがもぞりと身動ぎして大きな欠伸をした。
「ふぁあ……。ごしゅじん、もういくんです……?」
「うん。君はどうする?」
「いきまふ……」
明らかに眠そうだったけど、ふわふわと宙に浮いた彼女は俺の頭に捕まった。
走った時に揺れて気持ち悪くならないのか心配になったけど、今までに何度もやってきたから今更だと思って気にしないことにした。
落ちても飛べるしね。
探知と練気をしながら山を駆け回り、帰って汗を拭いた後はみんな揃っての朝食。
一休みしたら制服に着替え、学院に向かった。
……。
「ご主人?」
首都に入った時から、妙な感覚があった。
視界は真夏のアスファルトの上に立ったような歪みがあって、でも熱いわけじゃないから違和感ばかりが俺の感覚に残る。
何か魔法だったら魔術の色が見える筈だし、体調の影響っていう可能性もある、か?
(ミュールさん、何か違和感はありますか?)
(え? い、いえ。私は何も感じませんが)
(そうですか……)
俺だけのようだ。
とはいえ、風邪というには熱も喉の痛みもないし、鼻にも異変はない。
他に思いつくとすれば、昨日の気勁や魔勁を受けた影響が今になって出てきた、という所だろうか。
もしそうなら、取り敢えず俺にできることは無い。
そう判断して、そのまま学院に向かった。
そして、違和感は学院の中に這入ると更に強くなった。
今度は空気だけじゃなくて、人の視線にも違和感を覚える。
うまく言えないけど、良くない感じだ。
廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「藍くん、おはよう」
「おはよう」
声をかけてきたのは井坂さん。
こうして挨拶を交わすのはいつものこと。
だけど、普通に挨拶を返すことができたのは、天珠のおかげだろう。
そうはっきりと思うくらい、井坂さんの服装が昨日までとは異質だった。
言ってしまうと、、スカートがかなり短かい。
短さそのものは、女子としてはありふれているくらいの丈だ。
だけど、井坂さんはそういった趣向の人ではなかったから、よけい違和感を覚えてしまう。
イメチェンですか? なんてことを聞いて、セクハラ呼ばわりされるつもりは毛頭ない。
なんとなくやってみたって可能性だってなくはないだろうし。
そう結論付けた俺は普通に流し、それぞれの教室に向かう。
だけど、一緒に歩く距離が異様に近い。
似たシチュエーションを挙げるなら、『ヒロインの思わぬ接近に主人公が動悸を覚える』距離感だ。
「藍くんっ」
「ん、どうかした?」
「ううん。呼んでみただけ」
にこにこと微笑んでいる井坂さんの行動が読めない。
いや、似たシチュエーションなら知ってるけど、それを俺に対してとる意味が分からない。
どうしてしまったんだろうか。
表には出さないが、内心では首を傾げていた俺の疑問は結局彼女と別れるまで解消されることは無く、むしろ教室につくと更に疑問が増えてしまった。
そこかしこでやたらと男女が密着している。
稀に同性同士もいるけれど、それはおおっぴらにしていいものなんだろうか。
ていうか、何かに似ていると思ったらクリスマスの街並みの雰囲気だった。
皆イチャイチャ。
天珠が無かったら「爆発しろ!」とモテない同志たちと一緒に叫んでいたかもしれないが、今この教室ではハーレムや逆ハーレムのような状況もあるようで、特に余っている人はいないらしい。
……俺以外。
何せ、あの身持ちの固そうな印象の隊長でさえ、男子たちに囲まれ、にこにこと会話に花を咲かせている。
どうしていきなりこんな状況になったんだろう。
一人ぼっちでそんなことを考えていると、政治学の先生がやってきた。
先生は教室の様子を見るなりうんざりした様子で溜息を吐き、重い足取りで壇上に立つと俺たちを見回した。
彼の視線は、学院に入った時に感じ始めていた視線と同じもの。
そう気付くと、視線には二種類の違和感があったことにも気付く。
一つは、今の先生のように、飽きれているような蔑んでいるような視線。
そしてもう一つは、生徒たちの粘り気のあると言うか、湿っているというか、そんな視線。
(ミュールさん、探知に生命体も加えてくれる?)
(わ、わかりました……)
彼女も今の状況には違和感があるのか、少し動揺しながらも承諾してくれる。
そして追加された情報は、ほぼすべての代理人が同じ違和感を生じさせていることを示していた。
加えて、代理人以外の生徒や先生も、壇上に立つ先生のような感情を抱いているらしいことも知ることができた。
これは、明らかに異常だ。
だが、これが作為的なものなのだとしたら、派手に動いてしまえば「俺は気づいています」と教えることになる。
自然に発生した異常なら杞憂で終わるけど、誰かに引き起こされている可能性を考えれば、警戒するに越したことはない。
俺は授業を終えると同時に普段通り教室を出て、目的の人物に向かって歩みを進める。
――いた。
目視できる距離になって、俺はいつも以上の笑顔を浮かべながらその人物に近づいていく。
「天ヶ崎さん、今帰り?」
「っ」
声をかけると、彼女は肩をビクつかせて振り返る。
そして俺を見て一瞬安堵したような表情を浮かべた。
が、俺の表情を見て怪訝そうにした後、ついさっきまでのように警戒の色を強くした。
「少し話したいんだけど、時間をもらえないかな」
「ご主人……」
(ミュールさん、ちょっと待っていてください)
彼女はドン引きしていた。
そんなに俺の笑顔は気味が悪いだろうか。
天珠があったってショックは受けるんだぞ。
……一応、「ショックを受けた」という記録として残るだけだけど。
「……ごめん、また今度にしてくれるかな」
断られてしまった。
良く考えたら、俺も皆と同じように振る舞っているってことは、彼女から見れば他の人と同じ状況だって勘違いしてしまうのは当然だった。
失敗したと反省しながら、俺は気色悪いらしい表情をやめ、普段の表情で言い直す。
「この状況のことを話したいんだけど、ダメかな」
「っ!」
彼女は俺の手を取り、走り出した。
そして、誰もいないことを確認した教室に入り、鍵を閉めて密室を作った彼女は、俺に向けて掌を突きだした。
その手からは魔力の色が発生し始め、エルさんも身の丈以上の大剣を構えた所で、俺は二人が臨戦態勢であることにようやく気付いた。
「貴方が何を知ってるのか、全て教えてください。いくら貴方でも、二つ同時に魔術を避けることはできませんよね」
「そうだね。全て話すよ」
両手を挙げ、戦う意思がないことを示す。
だけど、天ヶ崎さんは何故かさらに緊張した面持ちになり、眉間のしわを深くして俺を睨み付けていた。
さて、何から言おうかと考えようとしたら、「はぁ」と小さな溜息が頭上から聞こえた。
「ご主人、まずは自分も被害者だってこと言わないと、勘違いされたままですよ?」
「え……?」
ミュールさんの言葉に動揺の声を上げたのは、天ヶ崎さんだった。
そんな彼女には目もくれず、ミュールさんの言葉は続く。
「ややこしい声のかけかたするから駄目なんですよ。そんなんだから、あの甘ったるい空気の中で一人ぼっちの寂しい時間を過ごさなきゃいけなくなるんですよ?」
「寂しいなんて思ってないけど」
「そんな強がりっぽい言葉は、私みたいな可愛い子が言わないと可愛くないです」
けらけらと笑うミュールさんに、天ヶ崎さんは呆気にとられているようだった。
もう、彼女たちの魔力の色は完全に霧散してしまっている。
「俺が知っていることは、俺たち日本から来た人間にだけ、異常がみられるってこと」
「え……そ、それだけですか?」
情けない話だけど、俺は素直に首肯する。
「あとは、副隊長とオールウェイさんは無事だっていうことだけだね」
「あの二人もですか? 話したんですか?」
天ヶ崎さんは完全に警戒を解いてしまっていて、突き出していた手も下げられている。
エルさんはまだしっかりと大剣を握ってるけど、魔力が込められていないガワだけの剣なのは探知で丸わかりだった。
「いや。話しかけられるのが天ヶ崎さんだけだったから、先に声をかけさせてもらったんだ」
「……どうして私は大丈夫って思ったんですか? 私が、この異常事態の原因かもしれないのに」
一番居心地悪そうにしていたから、とはプライバシーを覗かれていると思われてはいけないから、言うべきではないだろう。
「今回、影響がなさそうだったのは、天使や悪魔と一緒にいた召喚者」
それが、三人の共通点。
「彼らなら精神干渉を防ぐ術を持っていてもおかしくないから、原因ではないだろうって判断したんだ」
天ヶ崎さんの少し納得したような様子を見て取り、このまま言葉を続ける。
「こう言うのは失礼だと思うけど、悪魔と組んでいるオールウェイさんより、天使と組んでいる副隊長や天ヶ崎さんの方が可能性は低いと思ったし、もう一人悪魔と組んでいる筈の権田原くんは影響下にあるみたいだから、オールウェイさんは後回しにした、って感じかな」
俺の言い訳がましい説明を聞いて、天ヶ崎さんは少し考え込むような様子を見せた後、エルさんに視線を送る。
彼女からの目配せに頷いたエルさんは、剣を消して口を開いた。
「これはあなたのいったとおり、しぇいしんかんしょうだとおもいましゅ」
舌足らずな話し方のおかげで、全てが平仮名に聞こえる。
これは貴方の言った通り、精神干渉だと思います、か。(以後、わかりやすく変換)
「アリアへの干渉はわたしが
良く頑張ったね、と言うように天ヶ崎さんは微笑みながらエルさんの頭を撫でて、エルさんは嬉しそうに目を細めた。
そして俺に再び視線を向ける時には、先日のような落ち着いた様子で俺を見据える。
「そこで疑問なのですが、ツラナギさん。貴方はどうして無事なのですか?」
また天珠の内容を明かすことになるが、信用を得るためならば吝かではない。
以前隊長に説明した時のように、不動の精神について話すと、天ヶ崎さんは少し半信半疑のような表情を浮かべた。
「……分からなくないのですが、そこまで万能な能力は他の転変者にはいなかったので……」
「確かに万能ではないと思うよ」
少し便利な面が目立ってるけど、人間らしく感情を表現できないことが多くて、子供の頃は気味悪がられてばかりだった。
人との距離感は掴めないし、対人関係はマンガや小説を参考にしてる、なんて言えば不信感の方が強くなるんじゃないだろうか。
とはいえ、そんな話をしても仕方ないから、俺は一つ彼女に提案した。
「何か、精神干渉の魔術は使えませんか? 実践してみるのが一番だと思いますし」
彼女の疑いを晴らすことができるし、能力の効果を確信できる。
いい案だと思ったんだけど、
「……すいません、そういった呪術は私もエルも使えないんです」
と却下されてしまった。
なら、使える人のもとに行けばいい。
「じゃあ、オールウェイさんに会いに行こう。エリーさんなら、呪術も魅了の魔眼も持ってるし、影響のない彼女たちの協力を得られるかもしれない」
少し考えた天ヶ崎さんは、さほど間をおかずにこれを承諾。
俺たちはオールウェイさんの元に向かった。