転移者たちの代理戦争 作:蕎麦味噌オンザライス
彼女がいたのは、次に授業が行われるらしい教室。
甘ったるい雰囲気の中で、彼女だけが群がっている男たちの声を完全に無視していた。
「オールウェイさん」
今回は前回の失敗を踏襲して、天ヶ崎さんに呼んできてもらうことになった。
天ヶ崎さんも男たちに群がられそうになったけど、それを振り切って二人で教室を脱出してくる。
俺を見て一瞬警戒したオールウェイさんだったけど、噂で俺の天珠を知っていたからか、すぐに緊張を解いてくれた。
空き教室に戻った俺たちは、オールウェイさんに状況を説明した。
エリーさんに異変について聞いていたのか、すんなりと受け入れてくれた彼女は、
「面白そうだし、やってみようか」
と気楽にエリーさんを嗾けていた。
「そうですね。アオ様以外の方は目を瞑っていただけますか? 私が目を向けなければ大丈夫だとは思いますが、万が一の場合でも進行を遅らせられますので」
そう言って、エリーさんは俺と正面から向き合う。
魔眼なんて使わなくて十分人を魅了できるような持ち主のエリーさん。
いや、そんな美貌の持ち主だからこそ、そんな魔眼が備わったんだろうか。
見つめ合いながらそんなことを考えていると、微笑んでいたエリーさんの表情にふと影が差す。
何か不具合でも起きたんだろうか、と思うよりも先に彼女はくるりと振り返り、オールウェイさんたちの方に向き直った。
「もう大丈夫ですよ」
「「「 ………… 」」」
俺以外の四人がまずエリーさんを見て、次に俺に視線を移す。
魅了されていた状態の俺を警戒していたのか、若干緊張気味だった彼女たちの表情は、俺の姿を認めて安堵の色を浮かべた。
その一方で、エリーさんが浮かべたのは、どこか苦笑じみた微笑み。
「あまりに平然となさるので全開で力を使ったのですが、効果はありませんでした。美の悪魔としての自信を失ってしまいそうです」
よよよ、と落ち込んでしまったエリーさんを見て天ヶ崎さんが苦笑し、相棒を侮辱されたと感じたのかオールウェイさんがじとっとした視線を向けてくる。
俺、別に悪くないよね。
たぶん、魅了されてたら魅了されてたできつい視線を向けられてるだろうし……詰んでるじゃないですか。
そこで唯一味方をしてくれたのは、我が相棒の妖精。
「ご主人は女性に恥をかかせられるだけの器量をお持ちですから!」
笑顔と口調だけは褒めている感じなのに、明らかに毒づいているミュールさんを無視して、俺たちは話を進めることにした。
「これで、精神干渉は無効化されることが証明できたね」
或る意味というか、九割は自分が、残りは他の人たちも確認ができたっていう意味の言葉だったんだけど、聞いた天ヶ崎さんが頭を下げた。
「疑った挙句、刃を向けてしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、必要なことだったし、謝る必要はないよ」
「そうですね。ご主人は言葉に思慮が足りないと思います」
「とうとう完全な批判を始めたね」
でもこの横やりが良かったのか、頭を上げた天ヶ崎さんは一瞬目を瞬かせた後、呆れたように苦笑を零していた。
ミュールさんの毒もいい方向に効くこともあるんですね。
(そう言えば、君はどうして無事なんだ?)
(……ご主人と探知のために繋がってるからじゃないでしょうか。基本的に召喚獣はマスターの精神状態をそれとなく認識してますけど、私たちの場合は相手の心理状態に引きずられますから)
成程……天珠が良いように反応したってことか。
それは兎も角、この状況を改善しないといけない。
べ、別に一人ぼっちが寂しいとか、あの雰囲気が鬱陶しいとかいうわけじゃないんだからー。
……演技なら冗談も言えるんだけどな。
「皆にかかってる精神干渉の詳細は分かる?」
「皆様の状態から察するに、これは、性欲が高まっているのだと思います」
俺の質問に答えたのはエリーさん。
「魔術だと仮定した場合、これほど残り香を感じさせないのですから、それほど強いものではありません。ですが、断続的に影響を受け続けることで理性が麻痺して、より強く影響を受けるようになることが考えられます」
「このままいくと、どこまで状態は悪化すると思う?」
「食事と睡眠以外は性行為に明け暮れるでしょうね」
平然とエリーさんは答えたけど、オールウェイさんと天ヶ崎さんは顔を真っ赤にして俺を咎めるような視線を向けてきた。
いや、だってそこは明らかにしておきたいじゃないですか。
もし今の状態で済むのなら、時間的に猶予もあったかもしれないけど、そうも言っていられないらしい。
「絶対このままにはしておけないっていうことだね」
「あら、いけないことですか?」
「「 !? 」」
エリーさんの発言にオールウェイさんと天ヶ崎さんは驚きを隠せずにいる。
俺は驚けないだけだし、ミュールさんはどちらかというとどうでもよさそうで、エルさんは明らかに眉を顰めてエリーさんを見据えていた。
「はっちゃけたり楽しいのは好きだけど、無理やり理性を取り払われてなんて間違ってる。誰かに頼まれても絶対に乗らないで」
「畏まりました、リズ」
恭しく首を垂れるエリーさんが、オールウェイを試したとは思えない。
たぶん本当にどっちでもよくて、主人である彼女の意向に沿うだけ、なんじゃないだろうか。
だから、影響から守るだけで、改善の助言をしたりしなかったんだと思う。
なら、俺が聞くべきことは二つ。
「干渉を止めるには、どうすればいい?」
「原因が魔術だとすれば、発生原因を無くすか、一人一人に精神防御の魔術をかけていくしかありません」
後者は時間がかかりすぎるし、そもそも効果が切れた後も二度とかからない確証は無い。
「エリーさんは、この干渉の原因がどこにいるかわかる?」
「いえ。申し訳ありませんが、先程述べた通り、魔術の痕跡を感じられませんので」
探知があるからエリーさんの情報を聞けば犯人が特定できるかと思ったけど、そう上手くは行かないみたいだ。
いや、そもそもおかしな点がある。
「皆、聞いてほしい」
全員の視線が俺に集中する。
「オールウェイさんはもう知ってるけど、ミュールさんの探知では魔力の変化を見て取ることができる」
オールウェイさんと天ヶ崎さんの首肯を確認して、俺は言葉を続ける。
「だけど、今この学院全体を覆うような魔術は発生していない。これをどう考える?」
魔術の勉強を受けていない俺には、この事態を理解、或いは考察することができない。
だから、他の人たちの力を借りる。
一人で解決してやる、とかいう無駄な矜持を持たずに済むのは天珠のおかげだろう。
まあ考え方によっては男らしくないとか言われそうだけど。
俺の発言の後、最初に声を発したのは天ヶ崎さんだった。
「エル、貴女も気付いたことが有ったら発言してください」
「エリーもお願い」
召喚士の言葉に、幼女天使と美女悪魔は頷く。
そして、次に発言したのは、幼女天使エルだった。
「魔力の変化というのは、具体的にどういうものなのでしゅか?」
相変わらずの舌足らずな声に緊張感が崩壊しかけるが、別に問題は無いから放置する。
彼女の問いは、ある意味彼女たち自身が魔力の変化を視認できていないということだけど、それも今は置いておく。
「例えば、魔術を発動しようとすると、その発動する場所に魔術の属性に沿った色が集まっていく、っていう変化だね。以前の模擬戦の際には黄色の魔力が俺に伸びてきて、その黄色が一定以上濃くなった瞬間、雷として発現してた」
「なるほど……ありがとうございましゅ」
ぺこりと行儀よく頭を下げるエルさんに、つい「どういたしまして」とつられてお辞儀を返してしまう。
「魔力に変化は無いということですが、それは色の変化がないということですか?」
そう訊ねてきたのは天ヶ崎さん。
当然俺は肯定する。
それを受けた天ヶ崎さんはさらに考えるように首を傾げて宙を眺め、やがて降ろした視線をエリーさんに向けた。
「今回の精神干渉の魔術って、長時間、広域に発動できるものなんでしょうか」
「できますよ。ですが、そのためには効果範囲に陣が生じますし、消えた後にも魔力の残滓がすぐに消えることはありません」
なら、今の状況はどういうことなんだろう。
俺が推測を得るよりも早く、オールウェイさんが考えを纏め終えたらしく、口を開いた。
「考えられるとすれば、学院以外の場所……寄宿舎なんかで魔術をかけられたか」
「もしくは、呪術ではないという
エルさんの言葉は流石に意外だった。
まず検証すべきなのはオールウェイさんの言葉だけど、寄宿舎も同じように魔力の残滓は見られないから、可能性は低いと思う。
そんな風に言えたら楽なんだけど、プライバシー云々の問題もあるから一応別の理由を伝えておく。
「寄宿舎ではないと思う。寄宿舎を出て結婚したっていう生徒も、影響を受けてたみたいだ」
俺の言葉に、皆はさほど驚きもせずに納得してくれた。
と言うよりも、エルさんの言葉が気になってると言った方が正しいかも知れない。
早々に一つの可能性を切り捨てた俺たちの視線がエルさんに集中すると、彼女はその期待に応えるように口を開く。
「空間を統べる魔術には、空間内の
ようしょ……。要所じゃなくて要素、かな?
皆がその言葉に再考を始める中、俺は逸早く頭上のミュールさんを仰いでいた。
「知ってる? ミュールさん」
「……私が知らないわけないじゃないですか! ご主人も御人が悪い!」
一拍を置いて偉そうに胸を張る彼女だが、違和感が半端じゃない。
間が空いたこともそうだし、本当に知っているのなら途中で教えてくれそうなものだし。
とはいえ、変に勘繰ったことを言って機嫌を損ねるわけにもいかない。
「教えてくれるかな」
「……はい」
また、少しの間があった。
一度俺の目を見てから少しだけ目を伏せたミュールさんは、返事をして目を開き、意を決した様に真剣な……沈痛にさえ見える表情で口を開く。
「空間魔術には、エルさんが仰ったように指定した要素を阻害したり断絶するものがあります。外界からの干渉を阻害する術は総じて結界術と呼ばれますし、変化という概念を絶ったものは封印術と呼ばれています。この辺りは、空間魔術とは知らなくてもご存じなのではありませんか?」
ミュールさんからの問いかけに、エリーさんやエルさんが頷きを返した。
「……そして、侵入者の意識を奪ったり、理性を奪ったりする空間魔術もありまして、それは……私の故郷で、住処を守るために利用されていたりしました」
「じゃあ、今回のは性……その、欲求を増大させたんじゃなくて、理性を奪ったってことなんですか?」
天ヶ崎さんの問いに首肯して、ミュールさんは答える。
「力の強い奴なら、もっと具体的に性欲以外の感情を奪うことだってできます。……でもそうなると、わざわざ自我が残る様に削って行ってる理由がわかりませんけど」
忌々しげに吐いたミュールさんは、はっと我に返ったように顔を上げて笑顔を浮かべる。
「私の知識、お役に立てたでしょうか? 良かったですね~、ご主人が私を召喚できて! さあご主人を褒め称えなさい! 今はこのご尊顔を直視することを私が許しましょう!」
扱いに慣れて来たのか、彼女の発言を流して考え込む皆さん。
対してミュールさんも特に気にした様子を見せず、「むふー」と満足げな表情で俺の頭に戻った。
……この子はこれで誤魔化せると思ってるんだろうか。
まぁ今はよそう。
「ミュールさん。その空間魔術を使える相手はわかる?」
「……流石にそこまではわかりませんよぅ」
呆れられてしまった。
それでも、察しが良くない俺としては疑問を一つ一つ解消していくしかない。
「その空間魔術は、探知でも見れないのかな」
「……」
「ミュールさん?」
答えない彼女に声をかけると、仰々しい溜息が聞こえた。
「全く仕方ありませんねえ。私がいないと本当にご主人は駄目なんですから」
「否定はできないけど」
「いえいえ。こうしてお会いしたのも何かの運命でしょう。存分にお役立て下さい♪」
反応に困る。
冗談ならスルーしていいんだけど、本気で言ってそうな感じもするから本当に反応に困る。
俺がそのまま反応せずにいると、こほんと咳払いをしてからミュールさんは言った。
「わかりますよ。色としては無色ですが、よく見れば空気が霞むような歪みが視えると思います」
歪みと聞いて真っ先に思い出すのは、首都に入ってから感じた空気の違和感。
あれか、と思い再び探知の範囲を広げてもらうと首都全土にその違和感があった。
改めて見てみると、学院が一番酷い。
酷いと言っても一番感じるという意味であって、歪みが分かり易いということじゃない。
そのくらい、巧妙に隠されているってことだろう。
学院の外でも同じような場所が無いかを確認していると、気になるものを見つけた。
「君の故郷で空間魔術を使っているのなら、他の妖精には空間魔術が使える者もいるってこと?」
「…………はい」
ミュールさんは呟くような声で、小さく頷いた。
彼女は、同胞が俺の仲間に危害を加えていることを心苦しく思ったのだろうか。
そう考え、口頭から内心での会話に切り替える。
探知能力を同期しているのだから、彼女にも見えているだろう。
見知った人物と一緒に行動している、ミュールさんに似た妖精の姿を。
(ミュールさん。この妖精の能力だと思う?)
(……はい。他にそれらしい種族はいませんし、ただの人間では首都全部を覆うだけの力は無いと思います……)
そこまで言ってから、ミュールさんは俺の髪を掴んでいる力を強めて言う。
(でも、ご主人が捕まえに行くのは反対です! 遠距離の攻撃手段の無いご主人では、下手に敵対すれば命取りになります!)
(そうかもね。でも、俺たちが行かなきゃ正確な位置は掴めないし、逃げられてしまう可能性もある)
俺一人の命と俺以外の地球人の命。
合理的に考えれば、どっちを優先すべきかなんてわかりきった事だ。
「犯人が分かったかもしれない」
「「「 !? 」」」
俺の唐突な発言に、俺以外の全員が驚愕する。
ミュールさんだけはそこに含まれる感情が違うだろうけど、そこは俺と契約してしまったことを後悔してもらうしかない。
「俺は今から確認しに行きます」
「私も行きます」
「勿論私も」
天ヶ崎さんとオールウェイさんの言葉に、俺は頷かずに確認を取る。
「もし本当に犯人だとしたら、空間魔術を操る危険な敵になるかもしれない。それでも」
「行くよ」
「行きます」
二人の意思は固いようだった。
なら、俺がとやかく言える立場じゃない。
そもそも、俺なんかより強い二人だ。心強いと言った方が正しい。
(君も協力してくれないかな)
(……召喚獣に、拒否権はありませんよ)
正確には、召喚士の命令に強制力が働くだけで、本気で拒めば召喚獣も拒絶できる。はず。
いずれにせよ完全に機嫌を損ねてしまったけど、そこは諦める。
「では、目標の位置を確認しつつ接近し、包囲する」
「なら、私は――」
天ヶ崎さんの発言を軸に作戦を考えて、俺たちは犯人と思われる人物と妖精の元に向かった。
こちらが探知しているのだから途中で気付かれるかと思ったけど、殆どの距離を気づかれずに進むことができた。
そう言えば、ミュールさんの探知能力は仲間の中でも特に高い、みたいなことを言っていた気がするし、その実力の差なのかもしれない。
何はともあれ、俺たちは何事もなく目標と接触した。
「バンディーニ先生、こんにちは」
ドーラ・バンディーニさん。
召喚術の教師だった彼女は、その身分から国の財産である宝珠を使うことができず、召喚獣を従えていなかった。
なのに今、彼女の肩にはミュールさんとよく似た妖精がとまっている。
妖精は終始にこにことしているが、バンディーニ先生が俺たちに向けた笑顔は、嘲笑にしか見えないものだった。