転移者たちの代理戦争 作:蕎麦味噌オンザライス
「あら、どうしたんですか、ツラナギくん。オールウェイさんとデートかしら」
「白々しい真似はやめてほしいんだけど」
先生の態度が気に入らなかったのか、オールウェイさんは早くも喧嘩腰になっていた。
先に何か言われ、完全にキレてしまう前に口を挿む。
「先生、その妖精は貴女が召喚したんですか?」
「ご明察。貴方がして見せてくれましたからね、宝珠が無くても召喚できると。……いけませんね。教科書に載っていなかったからというだけで、固定観念に囚われてしまっていたようです」
そう言って、先生は本当に嬉しそうに笑った。
自分の優位を確信しているのか、全く隠そうとしていない今のうちに聞いてしまうべきか。
そう考えて、質問を続ける。
「その子の力は、ミュールさんと同じ空間に干渉するものですか?」
「はぁ?」
首を傾げ、馬鹿にしたような声を上げたのは妖精の方だった。
その声に、一瞬ミュールさんが肩をビクつかせたことに気付いたのは、恐らく俺くらいだろう。
「その半人前の変態と一緒にしないでよね」
妖精の言葉に、先生がくすくすと笑う。
「あら、そんなことを言っちゃ可哀そうよ、セラ」
「ごめんなさいドーラ。私って正直者だから」
気色悪い笑顔を交わす二人にキレたのは、ミュールさんではなくオールウェイさんだった。
「取り消しなさい」
刀を構え、怒気と殺気を露わにする。
そんな彼女に怯む様子もなく、妖精はオールウェイさんに視線を移して首を傾げる。
「あら、どうして?」
「ミュールが居なければあんたたちは見つけられなかった。侮辱しないで!」
「分かってないわねえ」
尚も妖精は笑う。
「その子は――」
「止めてください!」
「ぷっ、あははははははっ!」
言葉を遮る様にミュールさんは叫んだ。
それを見た妖精は、更に顔を歪めて声を上げて笑いだす。
いよいよ堪忍袋の緒が切れ、疾走したオールウェイさんの刀は、先生が手を掲げたことによって空中で止まってしまう。
妖精はオールウェイさんに目もくれず、ミュールさんだけを見て笑う。――嗤う。
声高らかに。
「あはっ! あんた! 言ってないんだ! 黙って、騙してるんだ! あはは、あひゃはははは!」
「やめてっ、止めてくださいっ!」
「ねぇあなたの召喚、事故みたいなものだったんでしょう? ならその子との契約、とっとと破棄して召喚し直しなさいよ」
「セラ!」
身体を張って止めようとしたのか、俺の頭から飛び出したミュールさんだったが、オールウェイさんの刀同様視えない壁に阻まれてしまう。
先生たちは詠唱をしていない。
なら、あの手が発動の鍵なのだろうか。
俺がそんなことを考えている一方で、妖精が告げてくる。
「そうすれば、ちゃんと空間魔術が使える子が来るわ」
「やめて、くださいっ……!」
「だって、その子だけなのよ!? その子だけ、妖精なのに空間魔術を使えないんだから! あはははははは! 貴方もすごい確率でハズレを引いたわね! あははははは!」
やってみよう。
俺は練気で気を活性化させてから、一気に駆けた。
狙うは、先生の背後。
身体能力が強化されていることを加味しても、身体能力に特化していない先生の後ろを突くのは簡単だった。
一応反応した先生の脇に、掌底を打ち込む。
「させないわ」
が、それは手を掲げた妖精によって阻まれてしまった。
やはり、手を掲げた面に障壁を発生せているのかもしれない。
でも、まだ判断材料は足りないか。
「どうして、俺たちにあんなことをしたんですか!」
悲痛な表情を浮かべて叫ぶ。
勿論、精神的に追い詰められている演技だ。
どう表情を造れば人にどう思われるのか、どんな言葉を告げれば人にどう思われるか、冷静に人を観察してしまう俺は、知識として記憶している。
それを使い、演技する。
人が他者の感情に触れたときの反応は、引きずられるか反発するかのどちらかだから。
その反応を誘導し、感情を操作する。
そして、思惑通り興が乗って来たんだろう。
先生は愉快そうに笑う。
「そんなの、勿論貴方たちの本性を暴くためよ」
「本性だなんてっ……!」
先生の周囲を旋回する様に移動して打ち込み、阻まれ、移動して打ち込み、阻まれる。
先生の反応速度は遅いが、妖精によって確実に阻まれてしまう。
移動する度に焦ったような表情を先生は浮かべるものの、全く俺の攻撃が届かないことで気が緩んだのか、それまで以上に歪んだ笑顔を浮かべた。
「無駄! 無駄よ! 所詮あなたたちは神の代理人なんかじゃないんだもの!」
「えっ……!? ぐっ!」
動揺を装い手を止めると、いきなり衝撃を与えられて後退する。
「アオ!」
ようやく復帰したらしいオールウェイさんが攻撃を再開する。
っていうか、表情の変化と攻撃を止めたタイミング的に、俺が演技を始めたことが相当意外だったっぽい。
別にいいんだけどさ。
やはり掲げた手に刀が阻まれてしまうものの、俺がエリーさんとエルさんに目配せすることで、彼女たちも戦闘に加わってくれる。
「ハッ!」
「はぁあああああ!」
エリーさんはまだいいとして、エルさんがすごいことになってる。
幼女体型が大きく成長して、凛々しい美人のお姉さまになっていた。
すげえ揺れてるけど、痛くないんだろうか。
そんなことを考えつつ戦闘に復帰すると、
「くっ……!」
初ヒット。
当たったのは、先生や妖精の手が向けられていない箇所への攻撃。
先生たちの手はオールウェイさんたちの攻撃を防いでいるあたり、その手を向けられていない場所への攻撃は通ることが判明した。
予想通り、手を掲げていなければ障壁を張れないらしい。
なら、残る仕事は色々と聞き出すだけ。
「だからって、なんでこんなこと!」
と思ったら、オールウェイさんが先に訊ねてくれた。
「皆の目を覚ますためよ! あんたたちがただの人間だってことを皆に見せつけて! 今すぐこの無駄な優遇政策を止めさせる!」
俺以外の三人の攻撃と演説に集中している先生の視界を上手くごまかし、今のうちにとミュールさんを回収する。
「(コネクトできる?)」
「え、は、はい……」
眼は虚ろで声はかすれているけど、意識はちゃんとしている。
すぐに同期してもらって、戦闘に復帰する。
その瞬間、赤い魔力があちこちで収束していくのが目に映った。
「――バーンエッジ!」
辛うじて回避したものの、障壁を張りながらでも魔術が使えることが証明されてしまった。
まあそうでもなければ、身体能力で劣る先生が、オールウェイさんたちを前にして余裕でいられたことに説明がつかないんだけどね。
ともあれ、これは面倒な状況だ。
流石にあの障壁も大火力を与えれば防ぎきれることはないだろうけど、オールウェイさんたちが溜めている間に先に魔術を発動させられたら負けだし、現状ではこちらから魔術を邪魔するのは難しい。
障壁と魔術の組み合わせがこんなに厄介だとは思わなかった。
仕方ない。
「先生。皆への干渉を止めてもらうことはできませんか?」
「なに? 力づくで倒せないと思ったら今更泣き落とし?」
先生は嗤った。
そして次の瞬間にその笑みは消え、凍りつきそうな温度の視線が俺を射抜く。
「嫌よ。神の名を語った貴方たちを、私は許せない。精々後悔するといいわ」
「そうですか」
俺は皆に目配せする。
頷きすらない無言の同意があって、俺は駆けた。
更に一人、また一人と先生に迫る。
「やっぱり愚かね! 神の名を騙る偽物は!」
北を0時として、8時方向から斬りかかったオールウェイさんの刀。
10時方向からのエリーさんの槍による突き。
3時方向から振りかぶったエルさんの大剣。
1時方向からの俺の掌底。
全てが、先生と妖精の差し出された手から発生した障壁によって阻まれる。
「これで終わりよ」
先生は嘲笑う。
だけど、掌底とは逆の手を上げた俺を見て、その不可解さから動揺したんだろう。
わずかに硬直し、
「……なんの真似か知らないけど――」
その言葉の途中――吹き飛んだ。
「ぁ、ぁが、っぁぁあああっぁあああ!!」
肩から血を大量に流して倒れる先生の上に跨り、拘束する。
すぐ横を見れば、胴体をごっそり吹き飛ばされて、頭と四肢、そして下半身だけが残った妖精の残骸が散らばっていた。
俺はもう一度手を上げて、6時方向の彼方……射線の通りやすいビルの上に陣取っていた、天ヶ崎さんに成功の合図を送る。
これで彼女も撤収してくれるだろう。
「痛い、痛い、どうして……!? セラっ、セラァァアアアアア!?」
事態が信じられないのか、涙と痛みで顔をぐしゃぐしゃにしながら、先生は妖精の残骸に向かって叫び続ける。
彼女たちを撃ち貫いたのは、天ヶ崎さんの長距離狙撃型魔銃によるもの。
発動させたのは、ロックバレットという岩の弾だ。
だけど、相手は空間を操る妖精。
片方ずつ狙ったのでは、防がれてしまうかもしれない。
そこで、天ヶ崎さんの編み出した技能“ダブルバレット”によって、先生と妖精を同時に狙撃したというわけだ。
もし防がれたとしても、狙撃を警戒しながらうまく立ち回れるとは思えないしね。
とはいえ、殺傷能力は折り紙付きだから、本当ならオールウェイさんたちだけで捕まえたかったというのが本音だ。
だけど、障壁がかなり面倒だったし、何より先生が大人しく言うことを聞いてくれそうになかったから、殺傷も視野に入れた作戦を実行したというわけだ。
泣き叫ぶのを辞めた先生は、無理やり首をねじって俺を睨み付ける。
そして、その口からは怨嗟とも取れる呪詛が吐き出されていく。
「認めない……! あんたたちが神の代理人だなんて、絶対に認めない!」
「何故ですか?」
俺は純粋な疑問として聞いていた。
もう同郷の人間に危害を加えることができない彼女に用は無いけど、一応聞いてみたかった。
「当たり前じゃない……! 平気で人を貶める! 嘲笑う! 嫉妬して他人を妨害する! そんなの神の代理人のすることじゃない! あんたたちはただの人間だ! アルス様は融和の象徴だ! あんたたちは違う! あんたたちは偽者だ!!」
大半が俺のせいっぽかった。
俺にも責任があるのかな、と思ったけど、オールウェイさんは目を逸らしてバツが悪そうにしてるだけで、俺に責めるような視線を向けてくるわけじゃなかった。
……気にしなくて良さそうですね。
まあ疑問に答えてくれたし、代わりに答えようと思う。
「俺たちはただの人間ですよ」
「なっ……!?」
「アルス様に命を拾われて、代わりに戦ってくれと言われたただの人間です。貴女がどう思おうと勝手ですが、俺たちは他に選ぶ道が無かった」
それこそ、神の使徒たるべくして、英雄となるべくして呼ばれたわけじゃない。
ただ、死ぬのが嫌だから。
二つしかない選択で、当たり前の選択肢を選んだだけ。
「だから俺たちは、偶然ここに居るだけの、ただの人間です。期待に沿えず、申し訳ありません」
何かを言おうとして言葉にならない様子の先生に、俺は告げる。
「貴女は俺たちに理想を押し付けて、俺たちは皆さんの好意に甘え過ぎていた部分があるのでしょう。改善するよう努力します」
俺に言えることはこのくらいだ。
正直に言ったら呆れてしまったのか、先生からは力が抜けて黙り込んでしまった。
それから少し時間が経ち、天ヶ崎さんが駆けつけてくるころには軍もやってきて、先生を運んでくれた。
先生はちらりと俺を見て、結局何も言わずに行ってしまったけど、俺からあの人に改めてかけられる言葉はないと、そのまま見送った。
神の代理人でも一応事情聴取はしなければいけないとのことで、俺が立候補しようとしたらオールウェイさんに先を越された。
「あんまり溜め込んじゃだめだよ」
去り際、肩に軽く手を置いて、彼女にそんなことを言われた。
まさかとは思うけど、俺の演技を信じてたりしたんだろうか。
……そんなことは無いと思いたい。