転移者たちの代理戦争 作:蕎麦味噌オンザライス
軍とオールウェイさんたちを見送った後、俺たちは学院に戻ることにした。
「少し休憩しよっか」
「え? あ、大丈夫です」
そう言って天ヶ崎さんは笑ったけど、無理をしてることは俺にも丸わかりだった。
見て見ぬ振りをする方が良かったかもしれないけど、気づいてると気付かせなければいいだけのことだ。
俺は演技も上手いっぽいし。……そう自分に言い聞かせる。
「学院に戻ったら、正気に戻った皆に説明しなきゃいけないしさ」
「あ、うわぁ……」
「休憩していこう」
「そう、ですね」
これからの面倒事を想像して気が滅入ったんだろう。
二度目の誘いに、彼女は同意した。
近くにあった喫茶店に入り、注文したメニューが届くのを待つ。
天珠があるおかげで、異性との二人きりの状況で会話が無くても気にしない。
でも天ヶ崎さんはそうもいかないかもなー、なんてことを考えながらも、意識していると思われたら厄介そうなので、街の外を眺めているふりをしていた。
だけど、探知を続けていたせいで、テーブルの下に隠れていた彼女の手が、小刻みに震えているのがわかってしまった。
「天ヶ崎さん、ありがとう」
「……え?」
唐突な俺の言葉に、予想できていなかった天ヶ崎さんは目を瞬かせる。
これから言う言葉に演技が混じっていても、今のお礼は本心だ。
「天ヶ崎さんが居なかったら、オールウェイさんたちが怪我をしていたかもしれない。貴女が居てくれて、本当によかった」
「私は、そんな……」
謙虚な否定じゃない、本心でバツが悪いと感じているような様子で、天ヶ崎さんはお礼の言葉を受け入れない。
頼んでいたドリンクが来て、誤魔化そうとした彼女はティーカップ脇の砂糖に手を伸ばし、取りこぼしてしまう。
さっきまで隠していた、手の震えが完全に露見してしまったことに天ヶ崎さんは一瞬愕然とした後、すぐに苦笑を浮かべて俺に見せた。
おどけているつもりなのかもしれないけど、正直言って全然隠しきれてない。
俺が隠されていることに乗らない……誤魔化されないと気付いたのか、天ヶ崎さんは手を引っ込めて力なく微笑みながら視線を落とした。
彼女の目の前に置かれたティーカップには、角度的に天井しか映っていないはずだけど、彼女の目には何か別のものが映っているみたいだった。
やがて、呟くような弱い声で、彼女は口を開く。
「……本当の意味で、誰かを撃ったのは、今回が初めてでした」
本当の意味。
それはきっと、「的や模擬戦以外では」という意味だろう。
生徒たちの中には、ギルドとして魔物の討伐経験がある者も少なくないと言うし、彼女はそれもなかったのかもしれない。
いや、魔物と人では、ストレスが全く違うか。
「ダメですね……。自分で言い出したことなのに……こんなに……っ」
言葉が続けられず、天ヶ崎さんは机の下で固く握った自分の右手を左手で掴んだ。
それでも、震えは収まらない。
「天ヶ崎さん」
「っ」
思考の底に嵌まり込んでしまっていたのか、俺が声をかけると、彼女は跳ねるように顔を上げた。
申し訳ないけれど、俺には貴女を慰められる言葉が思い付かない。
だから、
「俺が、不動のヘタレって呼ばれていたことは知ってる?」
俺は俺の話をしよう。
切り出した俺の話題に、天ヶ崎さんは小さく首を横に振った。
それに頷きを返し、説明を始める。
「俺は魔力が全く無くて、模擬戦や訓練で全く人に勝てなかった」
そこで、俺は劣等のレッテルを貼られた。
事実だから、レッテルでは少しニュアンスが違うか? まぁそれはいい。
「だから、せめて魔術の使えない魔物を倒せるようになろうと思って、ギルドの人たちに付いて討伐訓練に出たんだ。武器の天珠はなかったけど、それまでの訓練の甲斐あって、魔物との戦闘はそれなりに有利に運ぶことができた」
ここまでいい?
そう確認する様に天ヶ崎さんを見ると、話題の変化に少し戸惑いながらも、小さく頷いて見せてくれた。
「問題が起きたのは、止めを刺そうとした時だった」
俺は天ヶ崎さんから視線を外し、自分の手を見る。
「魔物に、剣を振り下ろせなかった。それまでは何の問題もなく振れていたのに、最後の止めだけがどうしても振れなかったんだ」
頭は冷静なのに、身体が言うことを聞かなかった。
周囲は命を絶つことへの忌避感と考えていたらしく「じきに慣れる」と言っていたけど、天珠を持っている俺にそれは考えられなかったし、事実、俺が魔物を倒すことは無かった。
「それどころか、止めを刺せなかったせいで他の方に被害が出てしまった。……それなのに、それ以降も俺は止めを刺すことはできなかった。その話がいつの間にか広まって、天珠の不動の精神と掛け合わせて“不動のヘタレ”になってたんだ」
「……今なら、殺せなかった時の気持ち……分かるかもしれません」
そう言って力なく笑った天ヶ崎さんには悪いけど、俺は殺したくないとか思っていたわけじゃなかったりする。
生きるためには仕方ない、とすっぱり割り切って考えられるのも天珠の恩恵かもしれない。
というか、今話したかったことはそこじゃない。
「だから今回、天ヶ崎さんの提案を受けたのは、先生を倒さなくちゃいけなくなった時、俺にできないことをしてもらうため……貴女の力を利用しようと思ったからなんだ」
「え……?」
余程意外だったのか、それとも裏切られたと感じたのか……天ヶ崎さんの表情が固まる。
「俺は天珠のせいか、生来の性格なのかわからないけど、必要があれば殺すという手段は間違った物だと考えてない。なのに、自分ではそれができない。だから、俺は貴女を……いえ。貴女だけじゃなくて、ミュールさんも、オールウェイさんも、エリーさんも、エルさんも利用させてもらった」
じっと視線を合わせ、俺の言葉が真意だと感じてもらいながら、言う。
「貴女は、罪悪感で自分を責める必要はない。よくも利用したな、って俺を恨めばいい。天ヶ崎さんは、俺に利用されただけなんだから」
「…………」
天ヶ崎さんは理解が追い付かないのか、何を言うでもなく、呆気にとられているような表情のまま俺を見ている。
次に浮かぶ表情が怒りか嫌悪か分からないが、せめて、罪悪感を滲ませるような表情でなければいい。
彼女は俺なんかとは比べ物にならない、大事な戦力だ。
こんなところで失うわけにはいかない。
そう考えていた矢先のことだった。
彼女は口に手を当てたまま顔を逸らし、肩を小刻みに揺らし始める。
なぜ笑っているのだろうか。
その疑問が解消される前に、
「……ふぅ」
と口元を隠していた手を降ろし、再び俺を見た彼女の顔には苦笑が浮かんでいた。
苦笑とはいっても、そこに罪悪感のような卑屈さは感じられず、単純に呆れを含んだ笑顔のようにも見える。
その印象は当たっていたのだろう。
「……結構、しょうがない人ですね。ツラナギさんて」
そんなことを言われてしまった。
思っていた反応と違う。
用意していたどの言葉も告げられず、新しく言葉を考えようとしていた俺に、彼女は言う。
「今の言葉を本気にして、本当に貴方を恨むことができるなら、そもそも悩んだりしないと思いますよ?」
「……本心なんだけど」
最後の悪あがきともいう俺の反論に、天ヶ崎さんは苦笑じゃない、正真正銘の微笑みを浮かべた。
「なら、そういうことにしておきましょう」
それこそ意味が無い。
でも、彼女の考えを覆そうにない。
詰んでしまったこの状況の打開策が思い付かず、二の句を継げずにいる俺とは対照的に、天ヶ崎さんは悠々とティーカップに口をつけていた。
が、砂糖を入れていなかったせいか、顔を顰める。
そしてそれを俺に見られていたと気付き、笑う。
ひとしきり笑った彼女はやがて一息ついて、窓の外を眺めながら不意に呟いた。
「……何もかも上手くなんて、いかないんですね」
その言葉に、俺は心から同意した。
魔力があれば、もう少し違った道を選べたかもしれない。
でも、そのおかげで【漑源流】と出会うことができた。
魔物を殺せたら、違う道が開けていたかもしれない。
でも他の道を選ばなかったおかげで、ミュールさんと出会うことができた。
俺は、今の道を選んだことを後悔したことは無い。他の道を選ばなかったことを後悔したことは無い。
それが、自分の意志なのか天珠の影響なのかはわからないけれど。
「天ヶ崎さんは、後悔してる?」
「……わかりません」
窓の外を眺めたまま、再び苦笑を浮かべて彼女はそう答えた。
余計なことを言っちゃったか?
そう思った俺に彼女は「でも」と言葉を続けて、こちらを見る。
そして、
「後悔しないよう、努力は続けていきたいと思っています」
そう言って、微笑んだ。
彼女はきっと大丈夫だろう。
ティーカップに手をかけようとして、慌てて砂糖を入れた彼女がお茶を飲み終えるのを待っている間、俺はそんな風に感じた。
一息入れた俺たちが学院に戻ると、妙な行動を起こさないよう見張っていてもらった副隊長と合流。
その後、少しずつ理性を取り戻していった仲間たちに、事の次第と経緯を説明した。
本心ではない不純異性(または同性)交遊をさせられた皆は、バンディーニ先生に対する憤りを見せた。
だけど、俺たちの行動にも問題があったことを指摘すると、怒りの声も次第に止んでいく。
結局、全員が保護されているという状況に慣れ過ぎてしまっていたんだと思う。
まだ他の神の代理人との戦闘は始まってさえいないんだから、日本の技術や僅かな労働力の提供以外では、俺たちはこの国の好意に甘えているに過ぎない状態だ。
俺たち代理人の中には、遜る人たちを目にして、無意識のうちに傲慢な態度を取っていた人もいるかもしれない。
そう気づけたのなら、この国の人たちと対等な関係を築けるよう努力すべきだ。
俺たちはそう再確認して、今回の事件を一つの教訓として受け止めることにした。
とはいえ、
「一生の恥だ……」
自分の行動を振り返ってそう項垂れる隊長や、
「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ……!」
そう言ってスカートの丈を必死に直している井坂さんみたいな人たちには、流石に同情したけどね。
一応追記しておくと、今回の件は被害ばかりを引き起こしたわけじゃなかったりする。
それは勿論“一部の男子や女子が良い思いをした”とかではなくて、煮え切らない態度だった男女の仲を進展させたというもの。
荒療治と言うか、不幸中の幸いと言うか。
まぁそんなことは元教師である副隊長に任せることになっていたので、俺は俺でちゃんと始末をつけなきゃいけないことがあった。
それは、先生と戦ってから一度も口をきいていない彼女のこと。
「いつまで黙り込んでるのかな、ミュールさん」
帰宅した離れのベッドでそう呟いたが、返事は無い。
彼女は専用の小さな枕に潜り込み、隠しきれていない下半身をびくっと揺らした。
彼女に主導権を握ってもらうためにあちらから話しかけてくるのを待っていたけど、もうそろそろはっきりさせておくべきだろう。
「話がある。出てきて」
「……はい」
召喚士の命令は強制力を持つ。
その契約に従い、ミュールさんは恐る恐ると枕から顔を出す。
ベッドの上で互いに正座して向き合うけど、相変わらず彼女は俺を見ない。
「まず確認だけど、あの妖精が言っていたことは本当?」
「…………はい」
小さい身を更に縮こまらせて、ミュールさんは肯定する。
じゃあ次。
「他に、能力のことで隠していることはある?」
「……私は」
彼女は俯いて俺の顔を見ないまま、訥々と語り始める。
「私は、生まれつき魔術が使えなくて、他の妖精たちから馬鹿にされて生きてきました」
ベッドのシーツに、小さなシミができる。
「それでも探知能力だけは誰にも負けなくて、皆を見返してやろうって、頑張りました。……そんなとき、事件が起きたんです。村の守り神とされてる宝石が盗まれたんです。私は、能力を使って、誰よりも先に宝石を見つけました。……褒められるって思いました。……皆から認められるって、期待しました」
はは、と乾いた笑いが彼女の口から毀れる。
「……バカですよね。そんなことで認めてくれる人たちなら、私を馬鹿にしたりしないのに。犯人を教えたら、逆に私が犯人扱いされました。……犯人が、長老の子供だったからです。それからは、皆の扱いがもっと酷くなりました。どこでも覗き見る変態とか、そんなことばかりしてるから、魔術が使えない半人前なんだとか」
ミュールさんは、服をギュッと握りしめる。
「あそこに、私の居場所は有りませんでした。だから……」
――ご主人に呼ばれて、嬉しかったんです。
彼女は、嗚咽交じりの声でそう言った。
「私の、いていい場所が……できたと思ったんです……」
だから契約を解除されないよう、他の妖精が魔術を使えることを黙っていた。
だから、自分の能力がいかにすごいかを声高に語り、妙な称賛やよいしょで俺に気に入られようとした。……
拒絶される恐怖か、嗚咽で声が詰まっているのか、声を紡ぐことが出来なくても、彼女の言いたいことは何となくだけど理解することができた。
彼女は、唐突に頭をベッドに着ける。
「ご主人様と繋がって、貴方がどんな人かなんとなく分かって気を抜いて、失礼なことを言ってしまいました。お許しください」
土下座にしか見えない格好で彼女から吐かれたのは、紛れもなく謝罪だった。
やがてゆっくりと身体を起こした彼女は、涙でボロボロになった顔を俺に向ける。
そして、
「短い間でしたが、楽しかったです。お元気で」
痛々しい笑顔で、そう言った。
俺は知らず息を吐いたことに気付き、たぶん表情は変わってないだろうけど、自分が呆れていることを自覚した。
呆れているんだろうな、と他人事のように捉えた。
「何で勝手に結論出してるのかな」
ミュールさんの表情が固まるけど、それは俺も同じ気分だった。
俺は、隠してることは有りませんか、としか言ってない。
「俺は、君を還す気はないよ」
確かに、他の妖精を呼んだり、宝珠を使ったりすれば魔術を使える召喚獣を得られるかもしれない。
でも、彼女には魔術とは違う力がある。
それは、いくら魔術を覚えても得られない力だ。
「え、でも、私……私は……」
「半人前だって? そんなの、俺だって一緒だよ」
「あ……」
俺も魔力が無くて、魔術が使えない。
その代り、彼女の力を受け止められる天珠がある。
俺は、彼女に手を差し出した。
その手に意味が分からないのか、じっと見つめるだけの彼女に俺は告げる。
「半人前と半人前でも、君の能力と俺の天珠が合わされば一人前以上になる」
今回のように。
「俺に、力を貸してくれ」
「っ……」
彼女は目を見開いて、何かを堪えるように口を結んで俯いてしまった。
何かを堪えている様に身体を震わせていた彼女は、やがて手や腕で顔を擦っていく。
そして次の瞬間、跳ねるように身体を起こした。
「仕方ありませんねっ!」
目元をや鼻の頭を真っ赤にした彼女は、何倍もある俺の手を掴む。
「ありがとう。皆を見返してやろう」
「……っ、はいっ!」
折角拭いた目元からぼろぼろと涙を流し……それでも純粋な笑顔で、彼女は頷いた。
術式なんかは発動しない脆い契約が、ここに成立した。
それでも、今までにない何かを、俺は繋がった掌で感じていた。
手を離し、専用の枕で顔を拭いていたミュールさんは、
「ところで!」
と唐突に身体を起こす。
「わ、私たちは対等です! 対等な相棒です!」
「そうだね」
自分で言ったのに、肯定されると顔を真っ赤にして枕に顔を埋めてしまう妖精さん。
なんというか、やっぱり妖精なだけに純情なのかと勘繰ってしまいそうな反応だった。
ともあれ、彼女の話はまだ終わっていなかったようで、視線だけをこちらに見せながら、彼女は俺に言う。
「……対等なんですから、その『さん』ってつけるの、何とかなりませんか……?」
距離感の例外をつくって、線引きが曖昧になるのは困るけど……まあ、それも改めて対等になったって言う証にするのもいいかもしれない。
そう。彼女は俺と対等だ。
普通の距離感は、彼女との関係を損ねる障害になるだろう。
そう強く考えることで、なんとか一つの定義を覆す。
「……わかった。よろしくね、ミュール」
「……うんっ!」
こうして、俺とミュールの関係は少しだけ変化した。
これも男女の関係が変わると言うことに当てはまるなら、今回の件は俺たちにも少しは恩恵があったのかもしれない。
この後、アオが最適な武具を得て無敵化したり、代理戦争が始まったり、アオの転生の秘密が明かされたりするんですけど、長いこと書いてないせいでやっべぇ書けねえ……ってなったんで、供養しました
文章力は大前提として、やっぱり最初から飽きさせず読んでもらえるキャッチーな展開とかキャラにしないとダメっすね!
(ここまで辿り着いてないだろうけど)途中まででも、読んでくださった方々、あざした!