転移者たちの代理戦争 作:蕎麦味噌オンザライス
召喚術は、触媒と血によって別の領域に住む相手とパスを繋ぎ、精神力によって融和の神アルスの権能を発動させ、主従契約を結ぶ。だから、魔力が関係ないことも含め、精神力が異常に高い俺とは相性がいい。
本来その儀式には国宝とも言われている宝珠と祭壇が必要なこともあり、一般人に手が出せるものじゃない。
だけど、俺たちは神の代理人という特例として、望む者に召喚の儀式を行ってもらえることになってる。
そして、呼び出される召喚獣は、自らの身体で攻撃する者ばかりではなく、魔術で攻撃する者もいるらしい。
後者とうまく契約を結ぶことができれば、遠距離攻撃ができない俺の欠点を補う、強力な相棒になってくれるかもしれない。
その可能性に望みを託し、一言も聞き逃すまいと教師の言葉に耳を傾ける。
「おいおいヘタレ。自分の代わりに召喚獣に殺させようってか?」
「卑怯っつーか、せこくね?」
にやにやと笑みを浮かべながら話しかけてくるが、無視。
陰口とか幼馴染との関係性を揶揄する流言飛語だとか、昔から煽り耐性は高かったけど、あれも天珠のおかげだったんだろう。
無視しても相変わらず……というか、むしろ余計に口数が増えていく男子たちに、凛とした声が響いた。
「貴方たち、真面目に受ける気が無いなら出て行って」
黒髪ロングの正統派美人さんが立ちあがって言葉を突きつけると、居合わせた他の女子たちの視線も強大な圧力となって彼らを襲う。
男子たちは見るからに委縮していたが、やがて席を立ち教室を出て行った。
「先生、申し訳ありませんでした」
「い、いえ」
教壇に立っていた教師、ドーラ・バンディーニ先生に正統派美人さんが頭を下げると、バンディーニ先生はあからさまに動揺する。
まぁ、本来なら教師が私語は慎めと注意すべきところだけど、俺たちがどんな人格でも神の代理人って教師たちには伝わっているわけで、神を信奉する彼女たちが強く出られるわけがない。
ともあれ、授業再開。
「……今日は、宝珠による召喚対象の変化についてお話ししましょう」
そう言って教師が招き入れた騎士たちが手にしていたのは、六色の水晶。
透明な水晶の内部で渦を巻くように赤、青、緑、黄、白、黒の光が輝いている。
「まず赤の宝珠ですが、これは先日お話しした、火の領域に住む者を呼び寄せるための触媒となります」
火の領域。
それはゲーム風に言えば火の属性を持つ生命体であり、攻撃的な性格をしている個体が多く、また火の魔術を使える者が現れる可能性がある。
火の魔術の多くは攻撃力に重きを置いているし、補助魔術では攻撃力を上昇させるものが多い。……らしい。
知るのと知らないのでは対策が全く変わるから、一応調べられる範囲では調べてはいたけど……さすがに正式な講義を受けていないから、あやふやな部分も多い。
「青の宝珠は水の領域、緑の宝珠は風の領域。黄色の宝珠は土の領域に存在するものを呼び寄せます」
この辺は「火の領域」の「火」の部分が、それぞれの属性に置き換えればほとんど同じ。
「白の宝珠は光の領域に住むものを呼び寄せ、黒の宝珠は闇の領域に住むものを呼び寄せます。ですが、先日もお話しした通りこの二つに関しては未知の部分が大きいので、安易に選ぶのは絶対に控えてください」
光の領域は、光を司る神・バースレイの眷属を召喚するものと考えられており、過去に呼び寄せようとした者は、四枚の羽を生やした人型の生命体に光の塵にされたらしい。
地球で言う天使だね。
となると、闇の領域は悪魔みたいなものを呼び寄せるのかもしれない。
光も闇も魔術は研究が遅れていて、どんな効果があるか分からないから、正直俺が選ぶのは博打に不安要素を重ねるようなものだからパス。
因みにアルスが融和の神であるように、光だけでなく火や水といった全ての属性にそれぞれ司る神がいるらしい。
「では、次回の講義は召喚の儀式となります。皆さんは、志望される領域を考えておいてください」
来た。
明らかに興奮した様子を見せる者もいて、それを見た教師は苦笑する。
「このクラスの次の講義は三日後です。儀式には騎士と魔術師も同伴しますので、皆さんは召喚に集中できるよう、心身の充実に努めてください」
そんな感じで、今日は儀式の予行練習を行って講義は無事終了した。
教室にいる者のほぼ全員が浮足立っているけど、数人は冷静な様子で教室を出る準備をしていた。
数人ていうか、あの正統派美人さんと俺だ。
天珠のある俺は兎も角として、あの美人さんも何か能力を持ってるのではと疑いたくなる落ち着きようだった。
俺だって、一応喜んでるしね。
さあ帰ろうとカバンを持つと、人が傍に立つ気配があった。
振り向いた先に居たのは、正統派美人さんとその後ろに女子が二人ほど。
そういえば、さっきの礼を言ってなかったことに気付いた。
「さっきはありがとう」
「どういたしまして」
男のくせに言われるままにしてるなんて、等と不快感を表すこともなく、むしろ柔らかい笑みを浮かべる美人さん。
「でも、用があるのはこっち。はい、これ」
そう言って差し出されたのは数枚のルーズリーフだった。
受け取った時に見えた内容は今日の授業のもの。
「それ、彼らに渡してあげてくれない?」
「ああ、なるほど」
俺が渡すことによって、彼らは俺に感謝するかもしれない。
今まであんなに悪いことをしてきた俺たちのために、と。
それで厄介ごとが減れば彼女も気を煩わせずに済み、俺も五月蠅いのが減って一石二鳥、ってとこか。
色々考えてる美人さんですね。
「ありがとう。いつかお礼するよ」
「……別にいいです。それでは」
男のくせにプライドが無いのか、とか、考えが読まれたことを察して不快感を覚えたのか、理由は分からないけど、美人さんは少しだけ怪訝そうな顔をして、すぐに微笑に戻して教室を後にした。
一般教養の教室にいた男子二人にルーズリーフを渡し、そのままいつもの席に座る。
「あ、藍くん」
「やっほー」
井坂さんとその友達、吉野さんが隣のテーブルに座った。
「お昼は御馳走様でした」
「いえいえ」
何と言葉をかけるべきか迷った俺が言った言葉に、井坂さんは律儀に返してくれる。
そんな様子を見た吉野さんが呆れたように笑った。
「のほほんとしてるよね、あんたらって」
「い、いいじゃない別にっ」
抗議する井坂さんをのらりくらりと躱す吉野さん。
それこそまさに穏やかな光景で、そこだけ見れば異世界に来たとは思えない情景だった。
そうしているうちに一般教養の先生が来て、授業が開始される。
異世界の人間である俺たちにとって、一般教養は本当に基本的な情報を学ぶ場となる。
最も基本的なもので言えば、日付の数え方や金銭だろう。
復習がてらノートを捲っていく。
まず、この世界は一日24時間で、一週間は真円、左半、左弦、黒円、右弦、右半の6日。
一か月は5週の30日で、一年間は12か月の360日。
1月から3月までが春、4月から6月までが夏、7月から9月までが秋で、10月から12月までが冬。
銅が主原料の薄い板を1として、銅の丸い硬貨が10、銀の薄い板を100、銀の丸い硬貨を1000、金の薄い板を10000、金色の丸い硬貨を100000。
国ごとに通貨を作っているものの、これらが基本で、その含有量によって他国の通貨との価値の差が上下するっていう面倒な代物だ。
ただし、ここアルセイド及び各国のギルドでは、登録カードごとに設けた口座から引き落とすようにしてるため、価値が変動しない。そのかわり他国の通貨への換金ができないといった制限はつくが、それをメリットと捉えるかデメリットと捉えるかは人それぞれだろう。
なんにせよ、登録カードさえ紛失しなければ金の価値で詐欺に遭うことは無いと考えていいらしい。
そういう基本的なことを学ぶのが一般教養で、こっちに来て約一年が経つ今ではもうすぐ教えることがなくなると、今回の授業で先生は言っていた。
「藍くんはまた道場?」
「そうだね。二人は別の講義?」
「そ。経済だよ~」
井坂さんは自分のお店を出すのが目標で、吉野さんは文官志望だったはず。
経済学は外せない……か?
「頑張って。じゃあ、また」
二人と別れ、一度寄宿舎に戻って道着に着替えてから道場に向かった。
道場の屋敷には寮があって、師範には「ここに住めばいい」と勧められたけど、思う所があって断った。
そもそも、女性の中に一人男と言うのも外聞が悪い。
なにせ、あそこは一種の駆け込み寺みたいな側面もあると聞いていたからだ。
確認してはいないがその話は事実だったらしく、今でこそ普通に接してくれるものの、初めはあからさまに避けられたり怯えられたりすることもあった。
それが今では、リハビリに使われてるくらいだったりする。
男でも倒せるっていうトラウマ克服に使われるほか、神の代理人だから無害だと思われているらしい。
「あ……アオ兄。お疲れ様」
「お疲れ様、セリアちゃん」
表を掃除していた女の子、セリアちゃんもその一人だ。
最初は俺を見る度に魔物を見る子供みたいに怯えていたけど、今では俺の姿を見つけると駆け寄ってきて、無邪気な笑みで迎えてくれる。
いつの間にか兄と呼んでいて、それとなく止めてもらおうとして泣かれそうになったこともあった。
「今日は、もう学校終わり……?」
「うん」
「わたしもドリル、終わったよ?」
「じゃあ後で答え合わせしようね」
「……うんっ」
俺が勝手口に着くまで後ろをついてきて、色んなことを話しかけてくれる。
慕ってくれるのだから、邪険にできるわけがない。
「じゃあ、また後でね」
「うん」
満面の笑みで返事をして、セリアちゃんはたたっと玄関の方に戻っていった。
「お前はセリアのことをどう思っている」
いきなり話しかけられて驚いたけど、いつの間にか背後に師範代のエスターさんが立っていた。
碧眼はともかく、黒髪のポニーテールが道着と袴姿に良く似合っている清廉美女のお姉さんだ。
そして、セリアちゃんの血の繋がったお姉さんでもある。
「どうって……可愛い妹、でしょうか」
「…………そうか」
その間は何?
と聞く間もなく、エスターさんは広間の方に去って行ってしまった。
後を追う形になってしまったけど、広間に着いた俺は挨拶のために師範の元に向かう。
「アオ・ツラナギ、修練に参加いたします」
「うん。励んでくれ」
午前中とは違い紺色の髪をサイドアップに結っている師範は、その赤い瞳を細めて微笑む。
午後の途中参加でも午前中とやることはほとんど変わらない。
たまに対外試合とかで他の流派や別の武術家なんかが来てたりするけど、今日はそんなこともないらしいから尚更だ。
「私が相手をしよう」
相手を探していた俺に声をかけて来たのはエスターさん。
その後ろではレイナさんが拗ねたような顔をしてたけど、関係ないと思いたい。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
午前中と同様、軽い組手を行った後は、より実践的な組手へ。
レイナさんが踏み込めば吹き飛ばされる暴風だとするなら、エスターさんは水面が静かだからって気を抜いて足を突っ込むと、複雑な流れや渦で一気に引きずり込まれる淵みたいなもの。
二人とも本来なら受けでこそ力を発揮するらしいけど、格下の俺を相手にするから攻撃に回ってくれる。
単純な膂力なら勝ってるかもしれないけど、そんなことはこの二人にとって関係ない。
むしろ、力を込めれば込める程逆に返される力が大きくなるだけだ。
「常に冷静でいられることはお前の強みだが……少し考えすぎだ」
「はい」
「お前には圧倒的に経験が足りない。学べ。盗め。お前にはそれができる」
「はい」
俺とエスターさん、それと結局参加したレイナさんとの組手を見ていた師範からの助言を聞いて、今日の修練は終わり。
午前の時のように全員で整列して終礼で締めると、レイナさんがこっちに向かってくるのが見えた。
「アオ、今日セリアちゃんのところに行くんでしょ? ご飯食べて行きなよ」
「あー……」
どうしよう。
別に断る必要は無いんだけど、レイナさんからの誘いだと別の意図があるんじゃないかって勘繰ってしまう自分がいる。
「そうしてくれ。セリアも喜ぶ」
エスターさんの追撃。
詰みました。
師範代二人に言われて断れるわけがありません。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
俺は個室の浴室を借りて汗を流し、寮の一室に向かった。
道順も部屋の場所も覚えてしまったセリアちゃんの部屋だ。
ノックして声をかけると、勢いよくドアが開いてセリアちゃんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい、アオ兄」
「うん。お邪魔します」
彼女の部屋はいつもしっかり整理整頓されていて、散らかり放題だった幼馴染の部屋とは大違いだった。
というか、物がない。
街にいけば手ごろな値段でぬいぐるみが買えるし、屋敷の庭には綺麗な花だってある。
それでも、そんな装飾品がこの部屋には一つもない。
まぁエスターさんも華美を嫌いそうな性格をしてるし、姉妹でそういう所が似てるのかもしれない。
あんまり部屋をじろじろ見るのも変態と思われかねないから、じっくりと見渡したりしたわけではないけど、パッと見でそれが分かるくらい質素な部屋だった。
「……うん。全問正解。もう掛け算と割り算は覚えたみたいだね。すごい上達速度だよ」
「……」
言葉にはしないけど、思いっきり嬉しそうな笑みを浮かべるセリアちゃん。
「じゃあ、今度は文章問題に進んでみようか」
「うん」
即興で四則演算を用いる文章問題を考えていく。
セリアちゃんは退屈だろうに、じっと俺を見たまま黙って問題ができるのを待っている。
勉強が好きなようだし、それを伸ばしてあげたいところだ。
取り敢えず三つできたからセリアちゃんに渡して解いてもらってる間に、ドリル用の問題を考えていく。
あと一つくらい考えようかな、と考えていた時に、ノックの音とエスターさんの声が聞こえた。
「失礼するよ」
「お姉ちゃん!」
セリアちゃんは大好きなお姉ちゃんが来て喜んでるのかと思ったら、集中力を切らさられたのが嫌だったのか、意外と不機嫌そうな顔をしていた。
それを見てエスターさんは怒るわけでもなく、苦笑して見せるだけだった。
拗ねたように頬を膨らませるセリアちゃんと苦笑する俺を見遣って、エスターさんは口を開く。
「夕食の準備ができた。広間に来なさい」
「すいません、手伝いもせず」
「いいさ。セリアを見ていてくれたんだからな」
そう言ったエスターさんの微笑みはまさに慈愛に満ちていて、本当にセリアちゃんが大事なんだなって思った。
修練で使ったのとは別の大広間で、宴会場のようにコの字に配膳が置かれ、師範と門下生が一堂に会している。
やっぱりそこは女性だけだから気後れしてしまうけど、セリアちゃんに腕を引かれるままに席について、それを微笑みながら見ていた師範が頷いて、すぐ脇のレイナさんが口を開く。
「今日この日の生を感謝して。いただきます」
「「「 いただきます 」」」
それからは賑やかな食事だった。
皆修練の時とは違い気を緩めたように皆が笑い、穏やかな時間が過ぎていく。
まあところどころオッサンぽかったり言葉が汚かったりするけど、女子高のノリを幼馴染から聞いてたからそれほどショックなわけでもない。
セリアちゃんもこうなるのかもと考えたけど、エスターさんを見る限り、変な道に入らなければ大丈夫だと思った。
「で、アオはいつウチに来るんだい?」
師範が投下した爆弾で、若干空気が重くなる。
いや、重いと言うか張り詰めると言った方が正しいか……って、そんなことを考えてる場合じゃないか。
セリアちゃんの視線が射ぬかんばかりにジッと見てくるし。
「すいません。以前お話ししたとおりです」
「もう十分だと思うけどね」
俺の返答に対して、師範はそう言って苦笑した。
それで話は終わりと師範代の二人が気を遣ってくれて、さっきまでの空気は完全になくなる。
……いや、セリアちゃんだけは、しょんぼりと落ち込んでしまっていた。
慰めたくて思わず撫でてしまったが、特に不快に思われた様子は無く、
「応援してるね」
とだけ言ってくれた。
「ありがとう。頑張るよ」
これで引くに引けなくなってしまった。
ここで逃げたら男が廃るというものだ。
以前、ここに引っ越すよう提案してくれた師範に対する俺の回答。
それは「自分の身を守るだけの力を持つことができたら」というもの。
首都から少し外れた場所にある道場に住むのなら、最低でも自分の身は自分で守らないといけない。
なのに、俺は敵を殺すことができない。
一方的に守られるだけでは、この一つの家族みたいな空間に入る権利は無いと思った。
だから俺は、師範に言った答えを撤回するつもりはない。
――力を得るためにも、召喚術は絶対に失敗できない。
俺は改めて胸に刻み込み、屋敷を後にした。
こいつの周り女しかいねぇな