転移者たちの代理戦争 作:蕎麦味噌オンザライス
翌日の早朝。
朝食の後にシャワーを浴びてから道着に着替え、部屋を出る。
ランニングとして街の中を走っていると、仕事を始める街の人たちをちらほらと見かけた。
彼らと挨拶を交わしながら一時間ほど走ったら、街の外に出て道場に向かう。
この世界には魔物がいるけど、定期的に討伐隊を出しているため、街の近くに現れることは滅多にない。
同じ道場に通う先輩も、その討伐に参加したりするギルドの一員だ。
こちらに来て暫くして、実戦訓練の時に学院を訪れたギルド員の一人だったんだけど、その際、魔物に刃を向けながら止めを刺せずにいた俺に、ハルス道場を勧めてくれた人でもある。
まぁ、誘ってくれた動機も女性ばかりで自分が居づらいっていうのが本音だったらしいけどね。
「おーう」
階段を上ると、先輩が待っていた。
そんなに居づらいのに、どうして先輩がこの道場に入門したのか、俺はまだ知らない。
軽い事情ならそもそも続けないだろうから、深い事情があるかと思うと簡単には聞けなかった。
ともあれ、稽古開始。
今日の相手は終始レイナさんだった。
彼女は本当に楽しそうに稽古をするけれど、相手にする俺としてはしんどい時間だ。
でも、相手してくれるレイナさんには感謝してるし、必要だと思うから嫌だとは思わない。……ストレスになるからかネガティブな感情が湧かない疑惑があるけど、こんな感想くらい天珠の影響ではないと願うばかりだ。
午前の部が終わっても、今日は講義が無いからそのまま道場の縁でお昼を食べて、午後の部にも参加した。
午後の部を終えたらセリアちゃんの勉強を手伝い、その報酬(?)として夕食をいただいてから帰宅。
明日の準備をして就寝した。
さらに翌日。
午前中に歴史の講義があるから道場には行かず、学院のトレーニングルームに向かった。
そこは日本の知識を参考にして作られた器具の数々が並び、ジムさながらの設備が整っていたりする。
ガラス越しには校庭……競技トラックが見えていて、数人が魔術と魔銃の練習をしていた。
中でも目を引くのは、魔術使いの女の子と、魔銃使いの女の子の撃ち合いだ。
魔術の長所はその干渉力と効果範囲であり、発動の速さで干渉力の低さを補う魔銃は、真っ向勝負となった場合には不利となる。
その理由は対魔銃用の魔術障壁の存在だ。
日本でいう種子島のように、出現から間もなく猛威を振るった魔銃。
その脅威に対抗すべく、他国で開発された魔術障壁によって干渉が阻まれてしまい、効果はかなり減衰する。
一対一の場合、二重、三重と重ねて発動すれば、完全に封じた上で一方的に魔術を放つことが可能だった。
だけど、彼女たちの演習は拮抗していた。
魔銃使いの女の子が使っているのは、二丁のアサルトライフル。
その圧倒的な弾幕で魔術使いの女の子が発動させている障壁を多重に維持させず、攻撃魔術を発動させる隙を与えない。
魔銃の基本コンセプトは、『最小の魔力で最速の発動』。
起動する際と発砲する際に魔力を消費して、弾に刻まれた魔術を着弾点に発動させるのが用法だ。
その中で、アサルトライフル型は面での制圧を可能とさせる攻撃力重視の特性をもつ。
反面、発動させれば発動させるだけ魔力は消費されるため、結果的だけを見れば同じ魔力で魔術を使った方がより強い魔術を撃てたり、制圧範囲を広げられたり……なんてこともあるらしい。
二丁撃ち続けるほどの魔力を持ちながら、敢えて二丁使っているのだとしたら、魔銃の女の子は魔力操作が苦手なのかもしれない。
魔力操作が苦手な人は、魔術の発動や干渉に不要な魔力を使ってしまったり、見当違いな場所に発動させてしまったりするらしいから。
色々と考えたけど、ただ魔銃が好きだって可能性もある。
俺の場合、操作するほどの魔力もないから選り好みとかできないしね。
と、そんなことを考えている間に魔術使いの女の子の動きが変化した。
魔術障壁を貼りなおしつつ、ギリギリのタイミングで発動した魔術で干渉させたのは、彼女自身。
直後、移動を始めたその速度は、明らかにそれまでに比べてかなり速い。
が、それは数歩の間だけであり、移動中ずっと加速できるわけではないらしい。
瞬発力を強化する補助魔術……だろうか。
膠着している現状、消費量の多い彼女はジリ貧になるのを嫌い、攻撃が集中するのを防ごうとしたようだ。
そして、その策は功を奏した。
移動による攻撃頻度の減少に成功した魔術の子は、その僅かな猶予に攻撃魔術を発動。
魔銃の弾幕を中断させた。
魔術障壁の魔銃版……レーダーに対するチャフグレネードのように、魔術の干渉力を阻害する弾もあるらしいけど、魔銃の子がアサルトライフルをいじる仕草は見られない。
というか、魔術障壁みたいな外的要因を除けば、取り回しや応用力の低さが魔銃最大の欠点。
そんな対策をさせる隙を、魔術の子が与えてくれるとは思えなかった。
現に、攻撃魔術の頻度が増え、魔銃の子は移動しながら撃ち続けることでなんとかしのいでいる状況だ。
流れさえ切ってしまえば魔術使いの子が優勢か。
そう考えた矢先。
魔銃の子が加速した。
その様子は先の魔術の子が加速したのと同様で、普通に魔術も使えたらしい。
……だけど、魔銃と違って魔術は範囲が広い。
魔銃の子は魔術の範囲から完全に逃れられず、衝撃で吹き飛ばされてしまった。
勝負は魔術使いの子の勝ち。
結果だけを見れば、順当といえるだろう。
でも、普通の魔術使いに、あの二丁拳銃を止められるとは思えない。
それに、真っ向勝負は魔銃の本来の用途じゃない。
実際の戦争でも単純に対抗策のある魔術が勝つとはいえなくて、だからこそ、対策をたてられている現状でも、この国は平和を保てているわけだ。
魔術も魔銃も用兵次第。
それが、この世界の歴史から学んだ事実だった。
俺にはどっちも使えないんですけどね。
ともあれ、ずっと走っていて疲れたので、シャワーを浴びてからさっさと講義が行われる教室に向かうことにした。
「あ、おはよう。藍くん」
「おっはよー」
「おはようございます」
井坂さんと吉野さんに挨拶をして、真面目に歴史の講義を受ける。
地球では神話と呼ばれる時代がこちらでは正史として残っていて、そこには俺たちに天寿をくれたアルスの名前もでてたりする。
むしろ国に加護を与えているためか、メイン扱いと言ってもいいくらいだ。
アルスの扱いはともかくとしても、今受けている歴史の講義は古代から中世の物に移っているが、ここでも神々の争いは色んな国に影響を及ぼしていた。
中世に入るまで、ずっと争っていたはずのベゲルとリーゼナハト。
その二柱が恋仲になったことで、それぞれ加護を与えている二国が強制的に同盟を結んだり、
酷いものでは、クルフィアという神の乱心が、それまで争っていた筈の幾つかの神々が結託する程の混乱を齎したり、
虚妄を司る神・ローゼンクスィルムによって幾つかの国が亡び、激怒したそれらの国の神によって弑されたり……それらの影響は当然人々にも及び、神に翻弄されるのが人間の役割といわんばかりの歴史だった。
それまではある程度平穏が続いていたからこそ、これらの騒動は神の恐ろしさを刻むように事細かく載せられていた。
教科書を読む限り、ローゼンクスィルム以降に神が死んだと言う記載は無い。
秩序の神が代理人によって争わせようとしているのは、先に挙げたクルフィアとローゼンクスィルムの二柱が死んだことが原因なのかもしれない。
そんなことを先生が語っているうちに授業は終了した。
「藍くん、お昼はどうするの?」
「月下亭で食べようと思ってるよ」
「じゃあ一緒に行こうよ」
「あたしはお邪魔かなー?」
吉野さんが茶化して、井坂さんは真っ赤になって抗議した。
まぁ弱い上にぼっちな俺を気遣ってくれてるのは吉野さんも分かってるんだろうし、周囲への牽制も兼ねているんだろうから俺は突っ込まない。
廊下に出ると人だかりができているのがわかって、井坂さんたちと一緒に何があったのかを確かめに行った。
人混みのなかに友達がいたらしく、吉野さんが一足先に駆けていく。
「のーどか。どうしたの?」
「あ、瑞樹。召喚獣だってさ」
指で示された方向を見ると、確かにそこには俺たち人間とは異なった生命がいた。
蝙蝠のような翼と爬虫類の長い尻尾、頭には羊のような渦巻き状の角があり、そして見るからに性を意識させるような身体つきをしている美しい容姿の女性。
誰がどう見ても、美女の悪魔だった。
その隣には、
「ちょっとリズ、あんたそういう趣味だったの?」
「違うよ! 私だってほんとは……」
ごにゅごにょといじけたように呟く少女がいた。
金髪に碧眼と言う明らかに日本人ではない容姿の女子は、確か留学生。
キリスト教徒ばかりの印象がある外国人の彼女が悪魔を召喚したことは意外だけど、あちらでは若者の宗教離れと叫ばれていた気もするし、そんなもの……と思えばいいんだろうか。
「マスター、お望みとあらば執事服を着ますが」
「言わないでよばかぁ!」
趣味(?)を暴露され、涙目になってしまった彼女が不憫になったのか、一人、また一人と人だかりから去っていく。
やがて人がいなくなって安心したのか、溜息を吐いている留学生。
いい機会だと思うことにして、俺は声をかけることにした。
「少しいいかな」
「……なによ」
明らかに敵意を向けてくるが、別に俺を嫌っているわけではないだろう。
なんたって初対面だし。
「君は、黒の宝珠を使ったの?」
「そうよ! 何か文句ある!?」
「まさか。無事で何よりだよ」
「え、あ……うん……。ありがと」
俺に侮蔑や敵意が無いと察してくれたのか、留学生は怒りを収めてくれた。
これで本題に入れる。
「君のパートナーに話を聞きたいんだけど、いいかな」
「……」
留学生は美女悪魔を一瞥して、頷いた。
「ありがとう。貴女は魔術を使える?」
「ええ。勿論です。力も人間よりは強いと自負していますが、どちらかと言えば魔術の方が得意です」
「そっか……ありがとう」
悪魔と留学生、どちらにも頭を下げて井坂さんたちの所に向かおうとすると、留学生から声がかかった。
「ちょ、今のはどういうこと!?」
「ああ、ごめん。……俺、魔力が低すぎて魔術も魔銃も使えないんだ。だから、魔術を使えるパートナーが欲しいなって思ってたから、参考にしたかったんだ」
説明しても、留学生はあまり納得してくれなかった。
俺の評価は広まってるのかと思ったけど、どうやら俺が考えているよりも、周りの人は俺に興味が無いらしい。
自意識過剰で恥ずかしくもあり、まだ皆の中に溶け込めるかもしれないと思えて嬉しくもある誤算だ。
再び踵を返そうとした俺に、再び留学生の声がかかる。
「あ、あたしはリズ。エリザベス・オールウェイ」
「俺は藍。ツラナギアオ」
「アオ、これからよろしくね」
それ以上のやりとりをすることもなく、その場の会話は終了した。
本当は、黒の宝珠で呼び出される存在は、皆魔術が使えるのかどうかも聞きたかった。
でも、それを肯定されたからといって彼女のように危害を加えられず、上手くパートナーにできる確証は無い。
やっぱり、呼ぶとしたら速度に優れる風の属性辺りがいいだろう。
そんなことを考えながら昼食を食べ終えた俺は、一旦寄宿舎に戻り、着替えて道場に向かった。
今日の相手はエスターさん。
なんというか、もう師範代の二人が相手にする流れになっている気がするけど、気にしたら負けだと思うことにした。
修練の後にセリアちゃんの勉強を見るのはいつものことだけど、明日は召喚の日だから早めに帰る旨を告げて夕食は断った。
……断ったんだけど、結局なんやかんやとあって夕食を御馳走になってから帰宅した。
そのうち寄宿舎に帰れなくなるんじゃないかって思ったけど、上手くいけば明日には道場に住むことになるかもしれないと後で気づいた。
頑張ろう。