転移者たちの代理戦争 作:蕎麦味噌オンザライス
翌朝。
俺はいつものように起きてランニングの準備を終えると、ミュールさんを連れて外に出た。
まだ眠いのか、彼女は俺の肩に止まって目を擦っている。
「まだ寝ててもよかったんだよ?」
「そうはいきませんよ~少しでもお役にたちます」
キリッと顔を引き締めるミュールさん。
でも寝癖の付いた髪のせいで、抜けている感が否めない。
というか、暴走の危険性があるというくらいだから、召喚獣と契約者はもっと危うい関係だと思っていた。
けど、ミュールさんの言動は端々が殊勝で、どこかすり寄ってくる感すらある。
他の召喚獣も同じような感じなんだろうか。
他の人にも聞いてみようという考えは頭の隅に置いておいて、俺はストレッチをしながら彼女に話しかけた。
「コネクトに何かデメリットってある?」
「デメリットですか……。強いて言えば、制限をかけないと情報の多さにご主人が参ってしまいかねない、ということでしょうか」
昨日の時点で学院のほぼ全体を覆っていたんだけど、あれで制限をかけていたらしい。
でも、俺が聞きたいのはそういうことじゃない。
「俺のデメリットじゃなくて、君のだよ」
「へ? あぅ……ええっと……その……」
よほど意外だったのか、ミュールさんは呆然としながら目を瞬かせた直後、気まずそうに言葉を吃らせていた。
探知じゃなくてコネクトのデメリットを聞いたから、それで伝わると思ったけど……契約で繋がっていても、誤解せずに伝えるのは難しいみたいだ。
他にも何か勘違いさせているのかもしれないから、一応捕捉しておこう。
「これからできるだけ同調するようにして、慣れて行こうと思ったんだ。君にデメリットがないならお願いしたいんだけど」
「そ、それなら大丈夫です! イケますよ!」
「本当に?」
強い否定は自身の迷いや猜疑心を悟られないため。
これまでに得た知識でそう判断し、念のために強く聞いてみる。
すると、ミュールさんはバツが悪そうに目を逸らした。
「……その、あまり長時間同期してると、両者の意識が混濁する危険はあります……」
それってかなり危険じゃないのか?
そう思った俺の考えを払拭する様に、ミュールさんは強い声で言う。
「でも、ご主人は男の人だし、人間なので大丈夫です! それに、昨日の探知範囲でも無事でしたし、精神力も相当ありそうですし……」
「精神力が高ければ危険は無いってこと?」
「は、はい」
「なら大丈夫だね」
どうして俺が言いきれたのかわからないせいだろう。
ミュールさんが怪訝とした表情をしていたから、俺の天珠【不動の精神】について説明した。
それで納得してくれると思ったけど、逆に不振がられてしまったらしい。
共有に天授とかステータスみたいな神が関わる部分は含まれてなかったんだろうか。
彼女は微妙に眉を顰め、そしてなぜか少し焦ったように、
「な、なら、どこまで探知の制限を解除できるか試してみましょう!」
と提案してきた。
まぁ限界を知るのは大事だと思い、俺はその提案を承諾。
頭に乗ったミュールさんが号令をかけてくる。
「行きますよ。せーのっ」
「「 コネクト 」」
一気に広げるのかと思ったけど、範囲は昨日と一緒だった。
(まずは、知覚対象を増やしますね)
ミュールさんがそう言った次の瞬間、その言葉通り情報が一気に増えた。
虫のような小さな生物、音にもならない空気の振動、空気や物体の温度……。
一つ一つ情報が増える度に背中をひやりとした感覚が走り、脳を圧迫されるような不快感を催す。
が、耐えられないほどではないし、それもすぐに慣れた。
そして、最後に追加されたのは、色とりどりの歪みだった。
(これは?)
(魔力の流れです。色が濃くなった場所で魔術が発動する感じです)
(なるほど……)
これはかなり有用な能力じゃないだろうか。
魔術で一番厄介なのは、発動するタイミングや範囲が、術者の実力などでも異なるため、実際に発動されるまで分からない場合がほとんど、という点だ。
それらを認識できるなら、魔術以外での対応も可能かもしれない。
俺がこれからの展望に思考を向けている傍ら、ミュールさんは俺がまだ無事だと判断したのか、
(次は範囲を拡大していきますね)
と言って、知覚範囲を広げ始めた。
寄宿舎全体から始まり、そこから徐々に広がって学院、庁舎、神殿、首相官邸、繁華街、住宅街、工業区、商業区、農業区と拡大。
やがて首都全土を抜けて、郊外にまで広がりをみせていた。
因みに、寄宿舎の一室で美人さんが竜に抱き着きながら幸せそうに寝ているのも見えるし、地下牢の一室に昨日の男子生徒が拘束されているのも見える。
着替えている女性なんかも見えてしまうけど、不動の精神のおかげで不純な興奮を抱くことは無い。
天珠万歳。
それはともかく、今まで見えなかったもの、知りえなかった部分を知覚しながら感心していると、競技場に魔法陣を描くバンディーニ先生がいた。
今日行われる儀式のためだろう。
朝から大変だと思ったけど、魔法陣を描いたままにして悪用されたら問題だし、他に方法はなさそうだった。
(ご主人……本当に人間ですか?)
不意にそう言ったミュールさんは、頭の上で明らかに呆れたような顔をしていた。
(天珠のおかげだよ)
(でも、狭くなるどころか広がるなんて……)
拡大が止まった所を見ると、これが探知の限界らしい。
大体直径20キロってところだろうか。
……天珠ってすごい。
ただ、最大範囲では一つだけ問題があった。
それはあまりに認識範囲が広すぎて自己認識の感覚がバグったのか、上手く動くことができなかったことだ。
そのため、行動に支障がないバランスを見極めるため、範囲を少しずつ狭めてもらった。
現状、普段通りに身体を動かすことができる認識範囲は2キロ前後。
慣れさえすれば、もう少し広げることできるかもしれない。
そう考え、4キロほどに範囲を広げながらランニングに出た。
ランニングを終えた後は、そのまま道場へ。
途中、寄宿舎の一室で性交渉を見てしまった俺はミュールさんに頼み、生命体の知覚を切ってもらった。
彼女としてはそう言った事情……というよりも人間そのものに対して特に関心が無いらしく、特に反応も見せず、むしろ不思議そうにしながら受け入れてくれた。
何はともあれ、道場に到着。
「その子がアオの召喚獣?」
挨拶を終え、駆け寄ってきたレイナさんの言葉で視線が俺に集中する。
「ミュールさん、あまり失礼な言葉は言わないようにね」
「わかってますよ~」
にこにこと笑顔を見せるミュールさん。
だが、その笑顔で毒を吐いた実績があるのだから、信じる根拠がない。
「へぇ~ミュールちゃんっていうんだ。妖精さん?」
「はいです」
「もっと厳ついのが来ると思ってたから、安心した」
「こういう姿だから狙われることもあるんですけどね~」
終始そんな無難な感じで、結局皆さんとの顔合わせは何事もなく終了。
組手を始めることになり、俺はミュールさんに生命体の感知も加える様に頼んだ。
三百六十度どころではなく、相手の身体の動きを全て知覚して組手を取れば、もっと効率よくその技術を盗めると思ったからだ。
「アオ、召喚の疲れ残ってる?」
「……いえ、大丈夫です」
そんなふうに最初こそ不調かと不審がられたものの、次第に慣れ、徐々に普段通りの動きを取り戻すことができた。
最小の力で最大の効果を発揮する。
相手をしてくれたレイナさんの動きは、【漑源流】だけでなく魔銃を開発したアルセイドの信条そのもの。
途中からは俺が攻めの役割を担い、なんとかレイナさんの捌きを阻害する様に身体を操作する。
そう、それは操作の間隔に似ていた。
もともと天珠のせいか思考と体が離れているような感覚はあったけど、探知をしながらの組手はその感覚をさらに強くした。
集中力が高まり、考えながら行動しても、身体の反射を阻害しない状態に。
そのせいか、認識している世界がひどくゆっくりと動いているようにも感じる。
「ははっ」
いっぱいいっぱいな俺に対し、目の前には満面の笑みが咲いている。
これだけして拮抗するのがやっとなのだから、レイナさんの実力は底が知れない。
「「 ありがとうございました 」」
互いに礼。
すると、レイナさんはテンションが上がり過ぎたのか、俺の首に腕を回してヘッドロック紛いの密着をしてきた。
お互い汗だくでいい気分ではないけど、なんでこの人はこんなにいい匂いがするんだろうか。
「頭にミュールちゃん乗せてるからやり辛いのかと思ったら、今までで一番よかったね!」
「ありがとうございます……」
喜びを隠そうともしないレイナさん。
ていうか胸が当たってます。
顔には出ないものの、一応困っていたところにエスターさんの声が届く。
「レイナ、そのくらいにしておきなさい」
「ぶぅ~」
エスターさんに窘められ、レイナさんはしぶしぶながら離れてくれた。
午前の部の終礼を済ませば、後は解散。
俺は先輩に一言入れて師範の元に向かった。
師範代の二人が俺に気付くけど、師範に用があるのだと察してくれたのか、すっと身を引いてくれた。
二人に会釈して前に進み、改めて師範にお辞儀する。
「どうした?」
師範の柔らかい声に後押しされて、俺は師範を真っ直ぐ見つめながら口を開き、
「ご相談したいことがあります」
そう告げた。
誰もいなくなった大広間で、師範と俺(+ミュールさん)だけが向き合って座っている。
俺たちの前には御膳は、どうせなら食事をしながら話そうと言われ、昼食として用意してもらったものだ。
師範は師範代の二人に負けず劣らず綺麗で、三十代とは思えない若さを保っている。
見た目は若くても、その振る舞いは淑女といって差し支えない上品なもの。
食事でさえ、その一挙一動が気品に溢れていた。
「さて、話、だったね。察するに、ここに住むことに関することかな?」
「はい」
誤魔化しても仕方ないから、素直に肯定する。
「虫のいい話と思われるかもしれませんが、ここに住まわせていただきたく存じます」
「勿論歓迎するよ」
微笑みながらそう即答して、師範はすっと目を細めた。
「満足するだけの力を得られたのかな?」
「……いえ。本当のことを言えば、まだ足りないと思っています」
そう口にすると、俺の肩で身動ぎする感覚があった。
目を向けると、表情を硬くしているミュールさんと視線が合う。
確かに、彼女は俺の望んでいた攻撃魔術を持っていない。
でも、それとは全く系統の異なる強さ……探知と言う力を俺にくれた。
これは、敵を倒すための力じゃない。
敵の接近を知覚するという、守るための力だ。
「ですが、彼女のおかげで、ただ守られる立場にはならずに済みそうですから」
「ご主人……」
「ははは!」
そう呟いたミュールさんの言葉は、師範の笑い声に掻き消された。
俺たちの視線で笑いを抑えた師範だけど、結局堪え切れなかったのか愉快そうな笑顔を浮かべる。
「ごめんごめん。力を、とは聞いていたけど……まさかそんな理由で断られてると思わなくてさ」
一息入れた師範は改めて俺を見据える。
その表情は穏やかで、それでも真剣な色を含んでいる。
「アオ。お前は十分強いよ。実力も、強さに溺れないその心もね」
勿論、その賛辞が慰めを含んでいることは俺にも分かる。
そして、その心とやらが、天珠によるものであることも重々承知している。
それでも、師範の言葉はすっと胸に落ちるようで、もっと精進しなければと俺は気を引き締めた。
「じゃあ、今話せることは話しておこうか」
「よろしくお願いします」
それからは引っ越しの日程などを話し合い、ここに住むうえでの簡単な説明を受けた。
勿論そこには大浴場などの取り決めなんかもあるんだけど、いくら受け入れてもらえているからといって、さすがに入ることは無いだろう。
むしろ、部屋に一つ設置されているようだからそれで十全。
「……まぁこんなところかな」
「ありがとうございます」
「いや、アオが来てくれると喜ぶ子も多いし、力仕事も任せられるから、後で後悔しても逃がさないからね」
「望むところです」
こんな感じで、引っ越しに関する話し合いは終わった。
「あと、何か聞いておきたいことはある?」
その師範の質問に、俺は少し迷ってから答えた。
「こちらに住むこととは直接的な関係は無いのですが」
「構わないよ」
「師範もご存じのとおり、自分は魔術が使えません」
師範には入門するときに話してあるから、驚くことは無く頷きを返してくれるだけ。
だから、俺はその先を続ける。
「自分は、力が欲しい。何か、方法をご存じありませんか?」
その言葉で察してくれたんだろう。
師範は一度頷き、真っ直ぐに俺を見つめたまま問いかける。
「何のための力を欲しているの?」
「守るための力です。守るために……敵を倒さなければいけないこともあると思います。だから」
「アオにとって、力とは何?」
言葉を遮って問われた質問は、あの空間で神・アルスに聞かれたものと同じ。
そして、今でも俺の考えは変わってない。
「相手を制するものです」
相手を制する……相手の戦意を殺げば、争う理由もなくなる。
俺の答えに満足してくれたのか、師範はもう一度頷いて、真剣だった表情を微笑みに変える。
「ちょうどこちらに引っ越してくれることだし、頃合いだ。アオには【漑源流】の
「術ですか……?」
【漑源流】で習ってきたのは、相手の力を利用して受け流したり投げ飛ばしたりする“技”であり、“術”という言い回しには違和感がある。
そんな俺には構わず、師範は人差し指と中指を立てて俺に示す。
「そう。守ることに特化した【漑源流】における、攻めの術。大別すれば、それは二種類」
中指を折り、人差し指を一本だけ立たせる。
「一つは、気を操る術。これは攻でもあり守でもある。敵の気を乱したり、自分の気を操って肉体を強化する術だね」
そして中指を立てて2を示す。
「そして、魔力を操る術。相手の体内に流れる魔力を攪乱させるのが主な使い道」
手を降ろし、師範は微笑みかける。
「距離を補うものじゃないけど、アオの力になるはずだよ」
「よろしくお願いします。精一杯努力します」
「うん。よろしく」
御膳を片し、俺は道場を後にした。
着替えるために寄宿舎に戻るけど、そもそも私物が少ないから、荷物を纏めるのは講義から帰ってきてからにすることにした。
今日で一般教養の講義は終わるから、後は試験を受けるだけ。
道場から通うには学院は遠すぎるけど、そこは路上列車を使えば大丈夫。
そもそも道場が学院に一番近い門の先にあるから、道場通いができたわけだし、問題は無いだろう。
「こんな国があるんですねぇ……」
学院に向かっている途中、肩に止まっているミュールさんがそんなことを呟いた。
「アルセイドには近寄らなかったんだ」
「妖精はあまり人里にはおりませんから~」
何故か苦笑するミュールさん。
田舎者だと言ったように思われたら心外だけど、わざわざ言って変な風に誤解されるのも面倒だ。
俺はそう考え、深くは追及しないようにした。
「ミュールさんの故郷はどういう所?」
「木と、花と、果実と泉があって、それ以外は何もない場所ですね~」
「そっか……。こんなことを言うのは筋違いかもしれないけど、帰りたくなったりはしない?」
召喚の儀式で呼ばれた召喚獣は、神に召喚された俺たちとは境遇も契約内容も異なる。
召喚した者の意思で儀式を行い、成立した契約を解除して元の場所に還すことができるのもその一つだ。
とはいえ、気に入らないからといって返還するのはあまり意味が無かったりする。
何故なら、召喚獣は最も呼びかけに応じる資格を持った者とパスが繋がるようになっているから。
それはつまり、同じ宝珠で儀式を行えば、また同じ召喚獣が呼ばれてしまう可能性が限りなく高い、ということを意味する。
そんなわけで、召喚した者を還そうと言う人は少ない。
だけど、俺の場合は状況が状況だったから、いい機会だと思って訊ねてみることにした。
……んだけど。
「そんなことはありません! ご主人は最高ですからね! 最高の探知の力を持つ私としても鼻が高いです!」
なんて、称賛なんだか自画自賛なんだかよく分からないことを捲し立てていた。
ミュールさんがいきなり大声を出したから変に注目されてしまったけど、そもそも神の代理人として注目されてきたせいか、今さらどうも思わない。
肩に乗ったままなんやかんやと言っている彼女の言葉を聞いているうちに学院に到着。
無属性の召喚を行ったせいか、生徒たちにまで注目を浴びながら講義を受けた。
「一般教養、終わったねー」
「そうだね」
井坂さんとそんなやり取りをしていると、近づいて来る気配があった。
ミュールさんの件は授業が入る前に粗方説明していたはず。
近づく人の動機が分からず、取り敢えずそちらに目を向けると、やって来るのは美人さんだった。
「頬凪くん、少しいい?」
「いいけど、時間がかかりそうな話?」
世間話をする間柄じゃない。
そう考えて聞いたのは正解だったようで、美人さんは小さく頷いた。
「少し時間はかかると思う。でも、君にとって必要なことだから」
「分かった。井坂さん、吉野さん、講義頑張って」
「うん、ありがとう」
「じゃあね」
二人と別れ、俺は美人さんが向かうままにその後を追った。