転移者たちの代理戦争 作:蕎麦味噌オンザライス
競技場のただ広いだけの空間に、天ヶ崎元先生とその横に浮かぶラージさん、頭に捕まるミュールさんを乗せた俺が並ぶ。
その対面に、闘牛を従えた東条くんが佇む。
観覧席には召喚士の皆がこちらを見つめていて、この戦闘の行方を見守っている。
「開始には音が鳴る。四回目の音で戦闘開始だ。いいね?」
「ああ」
元先生の言葉に動揺も見せず、刃を潰した大剣を肩に担ぐ東条くん。
それなりの重量があるだろう大剣を軽々しく扱うあたり、力だけでなく天珠による能力のサポートもあるに違いない。
アルスによって与えられた力。
俺が格闘戦の天珠を持っていても、条件は変わらない。
いや、魔術が使えることや、武器にリーチがあるという時点で彼の方が有利だ。
でも、それは1対1だった場合の話。
今の俺には、三人も味方がいる。
短い音が競技場に響いた。
続いて短い音が二つ。
そして、長い音――模擬戦の開始だ。
「「 ――リーンフォース! 」」
「「 コネクト! 」」
元先生と東条くんの声、そして俺とミュールさんの声が重なって競技場に響く。
実際にはずっと同期していたんだけど、同期には声が必要だって示しておいただけ。
要は示威行為だ。
「――ブレイズバインド」
そして、一拍遅れてラージさんの詠唱が完了。
光の鎖が生じ、ベガさんと共にこちらに向けて疾走していた東条くんを拘束する。
ここまでは順調。
そんなことを考えていられる余裕も、もうなくなるかもしれない。
俺の目の前には迫る牛の巨体。
競技場の広さを得て本来の大きさを取り戻したその身体は、勢いによる迫力でさらに巨大に見えた。
そして、その巨躯の周囲に黄色の靄が強くなっていくのを捉えた。
この色が一定の色まで濃くなると、身体を纏う様に雷の閃光と音が発生する。
防衛本能なのか、それとも威嚇か。
開始前にも同様の現象を見ていたことで、その発露する「濃さ」はわかっていた。
靄が真っ直ぐ俺の方に伸びてくる。
もちろん、それは探知していなければ認知できない速度で。
靄はやがて濃く色を深め――
(今だ)
その靄から離れる様に横へと跳躍。
直後に雷が真横を走る。
「「「 !? 」」」
動揺しているのは、俺とベガさん以外の全員。
これが魔術ではなく自然現象であれば、導かれるように俺は被弾していただろう。
魔術に落とし込むことによって、拡散や逸れることなく狙ったものに雷を走らせることができても、それがメリットばかりとは限らないってことだ。
そして俺が一番警戒しておかなければいけないのは目の前の敵だから、全く気は抜けない。
とはいえ、彼(?)が動じなかったからといって、影響がなかったわけじゃない。
「――光あれ」
ラージさんは詠唱を開始。
俺は一拍遅れて迫るベガさんの体当たりを躱す。
そんな俺の身体を、白い靄が覆っていく。
そして俺だけでなく、眼前にも。
靄を連れたまま走り、東条くんに挟撃されないよう注意しながら敵を誘導。
靄は次第に色を濃くしていく。
「――ミラージュ・ライト!」
間もなく、ラージさんの詠唱が完了。
同時に、靄は色を超えて完全な実像を結んだ。
俺は東条くんに目標を変え、走り出す。
一方で、ベガさんは俺を追ってこようとはしない。
それどころか、元先生やラージさんとも異なる、全く見当違いな方向へと駆けていく。
これは作戦通りだけど、予定外だったのは東条くんの行動だ。
彼は俺の接近にも関わらず、わき目も振らずにラージさんの方へと走り出していた。
予定では、こちらが攻撃を仕掛けるくらいまでは光の鎖で拘束している算段だった。
なのに、彼は自ら鎖を引き千切り、拘束を解除。
さすが天珠を授かった神の代理人と言うべきか、恐ろしい速度で戦闘に加わろうとしてる。
でもさせない。
東条くんの間合いまであと一歩、という所でラージさんの術の一つが時間切れ。
「なっ!?」
いきなり現れたように見えたんだろう。
目の前に現れた俺の姿に、東条くんは動揺した。
至近距離なら詠唱する余裕がないから魔術は使えない。
より多い段階を踏む魔銃を持っていたとしても、使えない。
この距離なら、俺にデメリットはない。
だけど、東条くんの行動は早かった。
すぐに動揺を振り切り、最短の行動で迎撃に出る。
それは、大剣の突き出し。
速い。
俺がかつて振った短剣の速度なんかより、ずっとだ。
でも、攻撃としては遅い。
自身の勢いを殺さず最小の行動で回避。
剣を掴んでいる手を掴み、ひねり、繰り出された攻撃の勢いを利用し――投げる。
「がハッ!?」
宙を一回転した東条くんは、背中から地面に衝突。
衝撃が脳を揺らしたのか、手から零れ落ちた大剣を蹴り飛ばす。
受け身も取れず痛みに悶える東条くんは、暫く戦闘には復帰できないだろう。
「――ホーリーレイン」
東条くんが倒されたことで流石に動揺したらしい。
動きを鈍らせてしまったベガさんに、ラージさんの光魔術が降り注いだ。
ベガさんは倒れ、彼が追っていた『もう一人の俺』も光の余波を受け、粒子のように散りながら宙に溶けていく。
危ない場面はあったけど、作戦は成功といったところだろう。
元先生の建てた作戦は、光魔術による攪乱がメインだった。
まず元先生の強化魔術で俺の身体能力を底上げして、ベガさんに突っ込ませる。
そして時期を見て光学迷彩のような魔術・スモーザーライトで俺を隠す魔術を準備しつつ、もう一人の俺を作り出す投影機のような魔術ミラージュライトを準備する。
そしてその二つを同時に発動させれば、俺が姿を消したことを悟られず、もう一人の俺が囮としてベガさんを引きつけ続ける、というわけだ。
支援と後衛だけの元先生たちでは、東条くんたちの攻撃を凌げるかわからない。
俺は何とか東条くんの魔術を避けられたとしても、ベガさんを倒せるとは思えない。
二組だからこその勝利だ。
……と思いたい。
「くそっ……!」
何とか立ち上がろうとする東条くんに手を差し出すけど、素気無く断られてしまった。
「……次は負けねえからな……!」
「いや、もう決闘はしないからね?」
諭すように、苦笑気味に返したのは元先生。
それでも、東条くんはまるで噛みつくように叫んだ。
「同じ部隊にいりゃあ訓練で手合せしたりすんだろうが! 首洗って待ってろ!」
そんなセリフを、俺に向かって。
俺の返答を聞くこともなく、東条くんはベガさんを連れて競技場を出て行ってしまった。
客観的な評価を下すなら、今回は上手く動揺を誘えた結果。
策を講じるまでもなく、一対一で魔術を使われたら歯が立たない。
そう結論付けながら、俺は蹴とばした大剣を拾いにいった。
手にした大剣は、見た目相応の重さがある。
身体は鍛えてるから振ることはできるだろうけど、彼と同じ斬撃を繰り出すことは適わないだろう。
天珠があっても、何もしなければ才能が無いのと一緒。
彼も彼なりの意思や目的をもって、努力していた。それだけは間違いない。
そんなことを考えていると、元先生に声をかけられた。
「やりましたね、頬凪くん」
「はい。先生たちとミュールさんのおかげです」
「それは謙遜ではなく卑屈だね。ベガの雷と東条くんの剣を躱し、見事倒して見せたのは君の実力だ」
「御前立てがあったからです。もう行きませんか? 皆が待っています」
何か言いたげな元先生の先を制するように、言葉を続けて話題を切った。
確かに躱せたのは道場での練習があったからだ。
でも、雷はミュールさんが居てくれたおかげだし、剣は前に考えていた通り。
――そして、俺は今まで以上に、自分が戦場では役に立たないことを自覚した。
戦場では、敵を倒しただけでは意味がない。
足手まといを増やして敵軍の速度を削ぐ場合でもない限り、敵は完全に無力化しなければならない。
なのに、倒れた東条くんに対して俺は何もできなかった。
剣を蹴飛ばして、他の敵に拾われたら?
倒した後、すぐに復活して襲いかかってきたら?
――今の俺に、一人でも可能な解決方法は思い付かない。
やっぱり、俺はどこかの部隊に入って探知能力を生かすべきだろう。
そう結論付けるしかないことが歯痒い。
歯痒いと思うのに、それを仕方ないと抑え込んでしまう理性を自覚する。
天珠は精神安定剤みたいなものか。
そう思う頃には、頭に残っているのは「歯痒いと考えた」という記憶だけ。
俺はいつも通りの精神状態で、観覧席に向かう元先生の後を追った。
……全然関係ないけど、ベガって女性名じゃなかったっけ。
なんで東条くんは牡の彼にベガって名付けたんだろう。
観覧席は、にわかに活気づいていた。
どこか興奮気味な面々に、元先生は苦笑しながらそれを制する。
「君たちの言いたいことは分かりますが、それはまず置いておきましょう。東条くんは召喚士の組織に参加してくれるそうです。組織に参加する方は、教室に戻ってください。私と頬凪くんは着替えてから戻りますので」
そうして着替えた元先生と俺が教室に戻ると、東条くん以外の全員が席に座っていた。
元先生は壇上に移動。
他の人たちは元居た席に座っているようなので、俺もそれに倣って席に着いた。
天ヶ崎さん、高宮さん、オールウェイさんは明らかに上機嫌で、移動する際に目が合うと笑みを返してくれたりした。
理由はよくわからない。
「さて、これで全員が参加することになったわけですが、役員を決めていきたいと思います。まず組織の隊長、副隊長、前衛・後衛・支援の部隊を纏める部隊長です。前衛にも後衛にも動ける方は、場合に応じて動けるよう、部隊長への就任は控えてください」
ざわつく教室に、元先生は手を叩いて意識を向けさせる。
「まずは隊長、副隊長を決めたいと思います。この役職は部隊の管理や作戦の統括などを行いますので、その能力がある方が立候補、或いは推薦してください」
隊長の就任は決まっているようなものだろう。
そう考えている全員が眼差しを向けている人物、元先生はその視線を受けて苦笑し、自ら手を挙げて発言する。
どこか滑稽に思えて数人が笑みを浮かべるが、彼の発言はその表情を硬直させた。
「私は副隊長に立候補します。能力的にも後ろに控えているべき人間ですし」
そこで一旦言葉を切った元先生は、苦笑を濃くして言葉を続けた。
「何より、私は部隊の顔になるような人間ではありません」
「「「 ああ…… 」」」
ここはそんなはっきりと納得するところなんだろうか。
そう思いながら、確かに部隊の顔って言うのは大事かもと思う自分がいる。
組織の顔――象徴。
召喚士という名を率いて立つその姿が、一番似合う者。
「はーい」
どこか楽しそうな声とともに挙手したのはオールウェイさん。
皆の視線が集中する中、彼女はにこにこと笑みを浮かべたまま発言する。
「隊長はカエデが良いと思う!」
「なっ……!」
驚愕する高宮さん。
でも、その他の全員が全く驚いていないことに気付き、更に困惑していた。
彼女の能力、容姿、召喚獣。
俺でも、人の前に立つ彼女とその召喚獣の姿が容易に想像できる。
そのせいか、まさに満場一致という状態だった。
「り、リズがやればいいでしょ!?」
「私、前に進むのは得意だけど誰かを引っ張っていくのとか似合わないし。それに、可愛い悪魔っていうのもいいけど、やっぱり一体しかいないドラゴンっていうのが特別っぽいじゃない?」
オールウェイさんの言葉に、ほぼ全員が頷いた。
頷いているのは後半のことだろう。
前半を肯定してるのかもしれない、っていう可能性を考えずに上機嫌なんだとしたら、オールウェイさんが少し心配になる。
それはともかく、逃げ道を失った高宮さんはあうあうと言葉を継げず、やがて項垂れたように肩を落として元先生に視線を向けた。
彼女と目が合ったんだろう。
元先生は苦笑してゆっくりと頷いた。
逃げ場なし。
「……わかりました」
その一言で吹っ切ったのか、高宮さんは立ち上がり、
「不肖ながら、隊長を務めさせていただきます。私は規律を正しく守る組織が理想だと思っていますので、そのつもりで」
そう言って、微笑んだ。
美女の溜息が出るような微笑み。
なのに、どこか寒気がして、皆が拍手を一旦躊躇うと言う珍事があったものの、無事隊長と副隊長は決定した。