アンサーとミスティックのおかげで、大王は倒された。周りの暗黒は次第に晴れていき、町は元の輪郭を取り戻していった。もう二度と世界が嘘で覆われることはない。
「アンサー…。これで終わったんだね」
「うん…。ミスティックのおかげだよ」
「ポチタンもポチ!」
ポチタンが、間に入ってくる。
「そうだね。ポチタンも、ううんアルカナもエクレールもジェット先輩も、みんなで掴んだ勝利だよね」
ミスティックがポチタンを抱き寄せて、笑顔で言った。アンサーは、いつもと同じその笑顔がどこか眩しくて、少しだけ顔を背けた。
「やったわね。名探偵さんたち」
するとアルカナとエクレールが此方にやってくる。どうやら無事だったみたいだ。
「流石ね二人とも。私は信じてたよ」
エクレールはいつものフワフワとした調子で、にこりと微笑んだ。
「これでゆっくりアイスが食べられる。エクレール、作ってね。頼んだ」
「もー。アルカナは早速それなの?」
「あははは」
いつもの探偵事務所の光景に戻る。やっと平和が戻った証拠だ。
「おーい! やったな、みんなー!!」
ジェット先輩が、向こうから走ってくる。後ろには、ファントムのメンバーもいて、みんな勢揃いだった。
「うん! ジェットせんぱ──え!?」
ミスティックが横を向くと、アンサーの変身が解け、身体の周りから光の粒子のようなものが漂っている。普通ではない、不思議な光景に皆一様に驚いた。
この中で、驚いていないのは、ただ一人だけ。
「(そうか──もう)」
あんなは分かっていた。もう時間が無いことを。
大王に聞かされた言葉が嘘ではなかったことを。
「あんな!」
同じく変身の解けたみくるが、あんなの方へ駆け出す。
「もう…お別れなんだね…」
「みたいだね…」
「あんなのおかげだよ。憧れの名探偵プリキュアになれて、困ってるみんなを助けられて、こうして平和になって、あんなと過ごした日々はずっと楽しくて………ぐすっ」
喋っているとみくるはだんだんと涙が止まらなくなった。
「ごめんね、あんな。最後くらい…泣いちゃ駄目だよね」
「みくる…」
「また未来で…2027年で会おうね。絶対に…」
涙をぬぐいながら、そう言うみくる。その言葉はあんなの心に重くのし掛かった。でもそんな素振りを見せてはいけない。あんなは口を開く。
「うん……未来で待ってる…」
──それは、あんなが吐いた最初で最後の嘘。
「…みくる、私たちにも言わせて」
「るるかさん」
するとるるか達が、あんなの元へ集まる。
「色々あったけど、また4人で名探偵プリキュアできて良かった。あんながいてくれたから、エクレールの謎も解決できた。あなたは最高の名探偵ね」
「うん。そうだね。あんなちゃんが私たちを救ってくれた。最高の名探偵よ。先輩二人が言うんだから、間違いない」
るるかとエクレール、二人が交互に言った。この二人とは色々あった。でも今では大事な仲間。そんな二人に褒められて、あんなは嬉しかった。
「未来へ帰るんだね、ベイビー。まあ君たちには邪魔された思い出しかないけど、最後くらいは礼を言っておくよ」
「はっはっはっ! ニジーは素直じゃねえな。そこは" ありがとう " でいいんだ! プリキュアよ、またどこかであいまみえよう!」
「ま。私たちは敵同士だったし何も言うことはないけどー。でも、あんたたちのおかげで、ウソノワール様の敵はとれたし、まあチョベリグって感じねー」
ファントムの幹部たちが、いかにも彼ららしい一礼を交わし、最後の言葉を伝えた。
「あんな」
そして、最後にジェット先輩がマシュタンとシュシュタンを抱きながら、此方にやってきた。
「もう帰るんだな…。どこか痛むところはないか?」
光に包まれ消えいくあんなを、ジェット先輩は気にかけてくれた。まるでそれは父親のようで──。
「ううん。大丈夫だよ」
「そうか。まあ…色々と世話になったな。言い足りないことがまだまだあるが、とにかく、お前はキュアット探偵事務所が誇る名探偵だったよ。ありがとうな」
そう言って、握手を求めるジェット先輩。
あんなはそれに応じ、その手をギュッと握った。ぽかぽかとする、太陽のような温もりを手に受けながら。
「…あ」
あんなの周りを漂う光の粒子が、更に細かくなり、勢いを増す。もう消滅が間近だった。
「あんな…」
「もう...」
顔を上げると、ジェット先輩とみくるが心配そうに此方を見ている。なんだかその光景が可笑しくて、微笑ましくて、口角が自然と上がった。
「みくる、ジェット先輩、二人とも仲良くね…」
それだけを伝えて、あんなは世界から消えた。
───
…ここはどこだろう。
目の前には闇が広がっている。大王と戦った場所よりも深くて、暗くて、まるで無のような空間。
前へ進もうとしても、足がぬかるんでいるようで、これ以上先に進めない。もう私はここに囚われるしかないんだと、そう言われている気がした。
たぶんこれが消滅する、ということなのだろう。
覚悟していた。それが私の答えだと結論付けていた。
その筈なのに、こんなにも孤独は寂しいなんて思いもしなかった。
「みんなに会いたい………」
私はその場にしゃがみこみ、低く呟いた。
「……一人は…寒いよ……怖いよ……寂しいよ……」
弱音を吐き続けた。
ずっと抱え込んでいたものを、絞り出すように口から出た。弱音なんてみんなに聞かせたくなくて、普段は言わないようにしていたけれど。やっぱり、辛いものは辛い。苦しいものは苦しい。
「みくる………お母…さん」
その時
「あんなー!!」
私を呼ぶ声が何処からか聞こえた。
すごく聞き慣れた、まるで幼さを残す、妖精の声だった。
「ポチタン!?」
「お待たせポチ!」
なんでいるの、そう問い掛けようとした時、私の頬をポチタンの手が触れた。
「泣かないで、あんな」
「え?」
知らず知らずのうちに、涙が頬を伝っていた。それをポチタンは拭ってくれた。
「大丈夫だよ、あんな。君は消えない。消える必要なんかないんだ」
「でも…」
そんな訳にはいかない。
歴史を変えてしまったんだ。もう私には未来がない。どうすることもできない。
「大王の言っていることは真実だよ。でも、そんなことは関係ないんだ。ポチタンの力で、時間軸を収束させれば───もう全部解決だよ」
ポチタンが淡々と言う。
「だから、もう泣かないで。目が覚めたら、きっと元通りだから」
そう言いながら、ポチタンは光り輝く。
周りの暗闇が晴れていき、白く瞬く。
でもそれは希望の光には思えず、どこか不穏な空気を帯びていた。
「でも…ポチタンは?」
私がそれを聞くと、ポチタンはにこりと微笑んで、何も言わなかった。嫌な予感がして、私はポチタンの方へ手を伸ばした。
「待って……」
「大丈夫だよ」
ポチタンがだんだんと遠ざかる。私の元を離れて、光の奥へと消えていく。
「待って……!」
「またみんなと会えるから…」
「ポチタンは! そこにポチタンはいるの!?」
伸ばした手が空を切る。走り出そうと足を動かすが、前へ全く進まない。何も上手くいかない。
「あんな、ごめんね。君一人を大変な目に合わせて。そしてありがとう。一緒に1999年に来てくれて」
それは今生の別れのような、喪失と安堵を帯びた言葉。
「最後に言いたいこと──────」
それだけを伝えて、ポチタンは消えた。
「ポチターーーーン!!!!!!」
───
「──ッタン!!!!」
気がつくと、私は天井へと手を伸ばしていた。視界に映るのは、見慣れた天井。
はっとして身を起こす。
そこは私の部屋だった。14年を共に過ごした、自分の部屋。
ふとカレンダーを見る。2027年と書かれていた。その数字を見た瞬間、胸の奥に詰まっていたものが少しだけ緩くなった。
「……戻ってこれたんだ」
ずっと願っていた。元の時代へ帰ることだけを目標にしてきた。ようやく叶ったはずなのに、胸は不思議なほど空っぽだった。
嬉しいはずなのに。どこか、寂しかった。
そのとき。廊下の向こうから、どたどたと慌ただしい足音が聞こえてくる。
「あんな!!」
勢いよく扉が開いた。
そこにいたのは、お母さんだった。息を切らしながら、真っ直ぐこちらを見ている。
一年ぶりに見るお母さんの顔。懐かしくて、愛おしくて、思わず涙が出そうになる。
「お母さん……」
名前を呼ぶ。すると、お母さんは大きく息を吸い込んだ。
「……あなたは明智あんな。私の娘で、私の大事なパートナー。名探偵プリキュア!!」
え…。
どうして…。どうして覚えているの、お母さんが。
「そして私は小林みくるだった。あんなとはずっと一緒だった。どうして今まで忘れていたんだろう…! こんな大事な記憶を」
歴史が修正されている。
私がタイムスリップしてきた時間軸と、元の時間軸が良い具合に繋がったんだ。
「あんな……あんなぁ!」
お母さんが駆け寄ってくる。ベッドの傍で膝をつくと、そのまま私を強く抱き寄せた。
ぎゅっと。力いっぱいに。
「会いたかったよ! 1999年から2027年……長かったけど、やっと会えたね……! もう離さないから……! 絶対に離さないから!」
「お母……………みくる……みくるっ!!」
私も抱き返した。服を掴む指に力が入る。
次の瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出した。母の胸に顔を埋めると、温かくて懐かしかった。
ずっと帰りたかった場所が、そこにあった。
安心した途端、止まっていた時間を取り戻すように私は泣き続けた。
「うわあああん!!」
「うん…。いっぱい泣いていいからね……!」
「──おい」
「みくる…! みくるっみくるぅっ!!」
「あんな…。いいんだよ、あんな…!」
「───おいって!!!」
再会の空気の中に、声が割って入った。
声のした方を見ると、そこには、金髪に白衣を羽織っている大人の男が立っていた。
「え……。お父さん……!?」
「ジェットくん!」
「おいおい、どうなってんだこれは……」
───
「なるほど…。修正された歴史のおかげで、記憶が戻ったと」
お父さん──ジェット先輩が、顎に手を置き、納得した様子で頷いた。
「ジェットくんも記憶が?」
隣にいるお母さん──みくるがジェット先輩に訊ねた。
「ああ。あんなの誕生日プレゼントのスマホを買うために、
「私も同じだ。名探偵プリキュアだったこと、あんなと一緒に戦ったこと、全部いつの間にか忘れていた」
なんか変な感じだ…。
「どうした、あんな?」
もじもじしている私を不思議に思ったのか、ジェット先輩が聞いてきた。
「ジェット先輩とみくるがこうして大人の姿で喋っているのが、なんだか不思議で…。私のお父さんとお母さんだったこともそうだし。というか、ジェット先輩ってそんな大人の姿になれたんだね。はなまるかっこよくて、びっくりしちゃった」
「まあ本来はこっちの姿が本当だからな。今までは子供の姿の方が便利だからそうしていただけで」
「そうだね~。あの頃のジェットくんはちっちゃくて可愛かったな~」
みくるが、ジェット先輩をツンツンとつついた。
「からかうな!」
その手を払い、顔を赤らめながら言うジェット先輩。
その光景は、1999年でも見たものと同じで、あんなはとても安心した。ずっとお母さんとお父さんは、傍にいてくれてたんだって思うと嬉しかった。
「まあとにかく、るるかもマシュタンも、他のみんなも僕たちと同じように記憶が戻るだろうな」
「そうだね。でもなんで急に記憶が戻ったんだろう…?」
そうだ。
それだけが分からない。
なんで歴史は収束したのか。
誰かがやってくれたような。そんな気がする。
でも記憶を掘り起こそうとしてみるが、何故かは分からない。
「…あんな、大丈夫?」
私の肩にそっと手を触れて、みくるは私を気にかけてくれた。
私は頬に冷たい感覚を覚えた。知らず知らずのうちに、涙を流していた。
「あれ? あれれ? どうして涙が出ちゃうんだろう…」
「あんな…」
「大事なことを忘れている気がするの。みんな思い出して、全部解決した筈なのに、あと一つ大事な、あと一人、私たちには大事な仲間がいた気がするの…」
そうだ。
あと一人。
大事な人が確かに存在していた。
でも何も思い出せない。
「──じゃあ、探しにいこう」
みくるが私に言った。
「記憶だよ。見つかるはずない。無理だよ……」
「決めつけちゃ駄目! 諦めないで探せば、きっと見つかるよ。だって──」
そう言って、私の手をそっと握る。
「私たちがいるじゃない」
「みくる……」
「そうだな!」
ジェット先輩が勢いよく立ち上がる。白衣の裾が、ふわりと翻った。
「2027年……キュアット探偵事務所、再結成だ!!」
「ええ! 名探偵プリキュア復活ね!」
みくるも同じく立ち上がった。
私は二人を見上げると、二人は何も言わず、ただ当たり前のように私へ手を差し伸べた。
その手を見つめていると、張り詰めていた心が少しずつほどけていくのを感じた。
胸の奥に、じんわりと温かなものが広がる。
私は小さく息を吐き、二人の手を取った。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「あともう一つ。あんなに言い忘れていたことが」
「お。そうだな!」
ジェット先輩とみくるが顔を見合わせる。
どちらも、いたずらを企む子供みたいな顔をしていた。
「「せーの……」」
二人が息を合わせる。
「「あんな、誕生日おめでとう!!」」
そうだ…。今日は私の誕生日だった!
そのときだった。
失われていた記憶の欠片が、ふいに胸の奥から浮かび上がる。
あのとき。
本当に最後の最後に、私へ向けてくれた言葉。
『最後に言いたいこと───あんな、誕生日おめでとう!』
少しだけ思い出した。
その一言を。その声を。その笑顔を。
気付けば、また涙が滲んでいた。
だけど今度は、悲しいだけの涙じゃない。
私は袖で目元を拭い、大きく頷く。
「うん……うん……!」
そして、二人の顔を見た。
「探しにいこう。ジェット先輩、みくる!」
待っていてね。
私は絶対に見つけ出してみせる。
どんな難事件だろうと。
どんなに手掛かりのない探し物だろうと。
必ず。
だって
私は、名探偵プリキュアだから!
そうして私たちは、元の時代で、また新たな一歩を踏み出した。
ありがとうございました。
ただの妄想を見ていただき。
最終回が早く見たいけど、終わって欲しくないジレンマ…。