あんな奴を好きだった自分、ホント馬鹿じゃねぇ? 百合カップル? クソだよクソ! 過去に戻れたら絶対に選ばんわ! 作:Yunoko
「亜紗最近どしたん。こっち帰ってこないじゃん」
スマホから聞こえてくる声に、私は顔をしかめてたと思う。
電話先の相手は美春。
小学生の時からの同級生で、よく一緒に遊んでた友達。
高校卒業してからはすっかり遊ばなくなった。
ぶっちゃけ、もう会わなくても困らねーっていうのが本音。
たまにLINEでやり取りするけど、正直ほとんど興味がない。返信すんのもめんどい。
気になる人ができたり、彼氏ができる度にいちいち報告してくる。
彼氏ができても「へーおめでとー」って感じだけど、その名前とか見た目とか情報全部がどうでもいい。
アイドルの誰々、有名人の誰々に似てるとか、仕事は何々で~って言われてもさ。
つるんでる時は付き合いもあるから覚えてたけど、今となってはすぐに忘れちゃうし、記憶するのもかったるい。
こっちとしてはフェードアウトしたいのに、向こうは中々離れてくれない。
正直うっとうしい。
「ごめん、こっちも忙しくて」
「仕事?」
「仕事。詰められてばっかり」
「へー。アパレルだっけ? 亜紗でも大変なんだ」
「キツイ。給料も安いし」
実際安い。
私の手取りは20万にも届かない。届いた事が一度もない。
店の売り上げが伸びなきゃ利益出ないし、私の給料も出せないから仕方ないけど、安いもんは安い。
売れなきゃ上の人が延々詰めてくるし、改善案を出してとかうるさいし、自分がやれって言った事も覚えてないし、ストレスばっかり溜まる。
アパレルにオシャレなイメージがあって働いてみたけど、現実はこんなもん。
「じゃあ亜紗もこっち帰ってきたら? 今ウチらさぁ、駅前のスウィートで働いてんの」
「スウィート?」
「ガルバだよガルバ。てんちょが若い子集めててさぁ。亜紗がきたら稼げるよ絶対」
「あー……なるほど」
ガールズバーね。
まあ、アパレルより稼げるんだろうけど。
話半分でしか知らないけど、お店の中で男の人相手にお喋りして、お酒とか料理出すんだっけ?
キャバとの違いがイマイチ分かんないし、アルコールも強くないから飲もうとか言われたら嫌だ。
「なんなら穂乃花も働いたらいーじゃん」
「ほのちゃんが? いや、ほのちゃんは難しいよ。男苦手だし」
「へぇ? やっぱ彼女はなんでも知ってんね?」
「……まあね」
言い方うっざ。
いつの間にか、私とほのちゃんが付き合ってるのがバレてんだよなぁ。
誰が話したのか分からないが、二人でデートしてるとこを見られたらしい。
まあ、隠れもしないでラブホとか入ってたし、バレるのは時間の問題だったけど。
女同士で付き合ってる事をからかったりはされたけど、「気持ち悪い」とか「ありえない」って言う子はいなかった。少なくとも表では。
友達には恵まれてたのかもしんない。
「美春の気持ちはありがとだけどさ。でも、もうちょっとこっちで頑張るつもり」
「亜紗なら男もちょろいのに。もしかして、穂乃花に心配かけたくないって事?? 今まで色んな男と付き合ってきたのに、すっかり変わっちゃってぇ」
「……まあね」
電話越しに冷やかす声が聞こえてくる。
心の中で舌打ちする。
美春と八奈子は表面上こそ、同性での恋愛をすごいだのなんだの言ってるけど、穂乃花の事を小馬鹿にしてるところがあるから嫌いになった。
さっきは友達に恵まれたといったけど、こいつと八奈子は間違いなく例外。
ほのちゃんの背が低いとかスタイルがどうこう、顔が地味とか舐めた事言いやがって。
穂乃花にお前らが勝ててるのは身長と横幅と、頭と性格の悪さと股を開く速度くらいじゃん。
あとはまぁ、化粧の厚さと図々しさも負けてないんじゃない?
高校の時から、あんたと八奈子の2人で年上のおじさんとホテル行ってお小遣い貰ってるの知ってんだよ。
パパ活だからセーフじゃねーよ。
やってる事は売春じゃん。
娘がこれじゃ親が泣くよ。特に美春はお母さんがPTA役員なんでしょ? 心配かけていいの?
「……」
でも、私が貞操しっかりしてるかっていったら……パパ活なんてしてないし、付き合うまではエッチもしないけど、逆にいえば付き合ったらオッケーしてたし……。
性的関係について、あんまコイツに強く言えないのがムカつく。
「でもさー、亜紗と穂乃花って付き合って2年半くらいっしょ? そろそろ飽きたりとかしない?」
「しないよ全然」
「へぇ~……」
あんたってすぐ感情が声に出るよね。
面白くない、つまんないっていう気持ちが出すぎ。
そんなんでガールズバーのお客さん相手に接客できんの?
「気分転換に男と関わったらさ、穂乃花も嫉妬してくれんじゃない? 良い刺激になんでしょ」
「…………」
ざけんな。
ほのちゃんが嫉妬してくれたら、そりゃ嬉しい。
私を誰にもあげたくないって言ってくれると、ぞくぞくってする。
でもさ、その時のほのちゃんってホントに苦しそうな顔してんだよ。
私がナンパされてる時、ほのちゃんは私の事を庇おうとしてくれてる。
でも、男の人が苦手だから固まっちゃうし、声が出せない。
私を引き離したいのにできなくて、悔しそうな顔とか、悲しそうな顔してんの。
心配しなくても、私はナンパなんてしょっちゅうされてるから、あしらうのは慣れてる。
私は大丈夫なのに。
でも。
「ごめんね、あーちゃん」
私を守れなかった事を申し訳なさそうにするほのちゃん見てると、私もしんどくなる。
そんなほのちゃんに、試すような真似して不安にさせたり、心配かけるなんて嫌だわ。
まともな恋愛してきてないから、そんな馬鹿みたいな提案できんだねアンタは。
そのあとも美春や八奈子から、しつこくガールズバーに誘われたが、断り続けた。
多分スカウト料みたいな感じでお金が出るから、何度も誘ってきてたんだと思う。
いい加減ブロックして、完全に関わらないようにしようと思ってた時に転機が来た。
そこから先は、私にとって忘れたくても忘れられない日々。
後になってみれば、悔いしか残らない日々。
なかったことにできたら、どんなにいいか。
※ ※ ※
「ねえ、最近は穂乃花と上手くやれてる?」
「え、いきなり何?」
声が低くなってしまう。
そろそろ付き合って3年目になるからさぁ、こっちは記念日にどうしようか悩んでんのに。
まだ私とほのちゃんの事を煽る気?
電話越しじゃなかったら、アンタ蹴ってるよ。
まあ最近は忙しいのか、ほのちゃんが出勤する時間は早くなり、帰ってくる時間が遅くなってきてる。
確かに寂しい。
でも、ほのちゃんは相変わらず私に甘えてくれてるし、好きだって何度も言ってくれてる。
別に心配してもらう必要ない。
「あのさ、ウチの勘違いだったらホントごめんだけど」
「ん?」
美春の声が低くなる。
電話越しでひそひそする必要あんの? 聞き取りにくいんだけど。
「今近くに穂乃花いる? 帰ってきてる?」
「まだ仕事中。忙しくて残業」
「あ~……やっぱり」
「何が?」
「穂乃花、アイツ……浮気してるかもしんないって噂。知ってる?」
「は? んなワケないじゃん。誰と浮気? 誰が見たのそれ? ねぇ、いつ?」
誰だよ、そんな噂を流してるやつ。
勘違いとか、冗談なんて言ってみろ。
すぐ殴るよ? もちろんグーで思い切りやる。
私がキレかけてたら、美春が慌てた感じで「待って待って」と連呼する。
「ウチも知らないけど、そういう噂ってだけ!」
「じゃあ、そのいい加減な噂を流してるやついたら教えて。その馬鹿タダじゃおかないから」
「わっ、分かったから。でも、あんたちょっとは疑った方がいいよ」
「誰を? ほのちゃんの事って言わないよね?」
「え、いや……」
ほのちゃんが裏切るわけない。
どーせ、私とほのちゃんが思ってたより長く続いてて、この関係が悪くなったら面白いかもみたいな嫌がらせでしょ。犯人は美春か八奈子なんだろ。
無責任に噂なんて流してさ、いつまで学生気分なの。
少なくとも、この時点でも私はほのちゃんを疑ってなかった。
本当に?
※ ※ ※
「最近ほのちゃん忙しいね」
「うん……疲れた。主任が辞めるからフォローと、新人の子が辞めないように悩み相談してるの。私に相談しても……なんだけど」
ほのちゃんはホントにお疲れ気味だ。
私に負けないくらい性欲強い子なのに、エッチよりも眠る事を優先しちゃう日があるくらい、ほのちゃんは疲れて帰ってきてる。
「その新人って女の子なんだよね」
「そう。とんでもない子なんだよ。入社初日で飲酒運転しながら出勤」
「……やばいね。そんなんクビじゃないの?」
「私もそう思う。でも上の人が怒るのかと思ったら、私に注意するように言ってきて……」
「え、なんで?」
「女の人に注意するなら、同じ女の方が言う事聞きやすいとか、若い人には若い人だとか、要するに自分が注意して嫌われたくないって感じだった」
「ありえなっ。その上司役に立たなすぎでしょ」
確かにそういう先輩とか上司は、私の職場にもいる。
女に注意して自分が嫌われたくないから、他の人に任せるっていうやつ。
そして注意が終わったあとにフォローに入って良い顔するわけ。
マジでカスだわ、そういう男。
注意させた側には適材適所だとかケースバイケースだとか、舐めた言い訳してきてさ。マジ嫌い。
いっとくけど、注意される側もそんなの見抜いてっからね。
気付いてないのはアンタらだけだし。
女舐めんな。
ほのちゃんの愚痴を聞き、一緒になって怒った。
ほのちゃんはこのあとも忙しくて、拘束時間が増えてく一方だった。
私の方も仕事が中々上手くいかないし、怒られてばっかだし、給料も安いし、ほのちゃんとも関わる時間が減っていくし、ろくな事がない。
だからなのかな。
私は寂しくなって、どんどん不安になっていっちゃった。
そして――――
※ ※ ※
「ねえ亜紗。こんな事言うの、ホントにウチも嫌なんだけどさ……」
場所は地元のファミレス。
目の前には申し訳なさそうな声を出す美春。
その隣に座っている八奈子も、しきりに私と美春へと視線を向ける。
呼び出され、テーブルの上に置かれたスマホ。
その画面に写っているのは、私が見間違えるはずもない彼女の姿。
「ほのちゃん?」
「やっぱり、そうだよね」
「私らの見間違いじゃなかったんだ」
美春と八奈子が顔を合わせて頷いているが、そんな事どうでもいい。
私が知りたいのはこの画像だ。
ほのちゃんが写ってる、それはいい。
問題は場所とそこに写っている人物。
「ここどこ……ほのちゃんがいるのってホテル? ラブホじゃないんだろうけど、向かいに座ってるこの女って誰?」
「それはウチにも分かんないけど……亜紗は知らないの? 心当たりないん?」
「知らない。こんな子……あっ」
もしかして、このめちゃくちゃ明るい金髪の子が例の新人?
でも、なんでホテルのロビー? に2人でいるの?
ほのちゃんは泊まり込みで仕事とかしてないし、そもそも会社の中で仕事してるはずだから、外に行く必要がないはずなのに。
揺らがないと思ってた穂乃花への信頼に、少しずつヒビが入っていく。
なんで私はここで穂乃花に直接聞かなかったんだろう。
穂乃花がスマホを私に見せなくなったから。
守秘義務がどうこうって、例の新人さんとのメッセージを見せてくれなかったから。
いつの間にか、穂乃花のスマホにパスワードが設定されてたから。
何か隠してるんじゃないかって疑ってしまった。
それから、美春と八奈子が色んな写真を送ってきて、穂乃花がこの新人女とレストランで食事してたり、どっかの町中を歩いてたり、ホテルに入ったりとしてるのが分かり。
最後に3人で尾行して、穂乃花と例の新人がホテルへ入っていくのを確認した時に私の穂乃花への好きは嫌いに反転した。
大人になってから、久しぶりにわんわんと泣いてしまった。
近くにいた美春と八奈子が慌てふためくくらいに。
この時だって、まだ巻き返せるチャンスはあったのに。
すぐにホテルに入って穂乃花を問い詰めていれば、新人の子から事情を聞いて、本当の事が明らかになったはずだ。
なのに、私は美春や八奈子の言葉に乗せられてしまった。
いや、乗ってしまった。
※ ※ ※
「あーちゃん、おはよう」
「……ん」
その日から、私は自分でもびっくりするくらい穂乃花に冷たくなった。
自分から私に告白してきたのに。
子供の時から好きだって言ってたのに。
私が手に入ったら、もう飽きちゃったって事?
初めてこんなに一緒にいて楽しいって、ずっといたいって思ったのに。
初めて、誰かを本気で好きになれたんだって思ったのに。
「あーちゃん、好きだよ」
「そう」
裏切りやがって。
女同士で結婚とかどうしたらいいのか、私真剣に考えてたのに。
よく分かんないからネットで調べたりしてたのに。
何が好きだ、ふざけやがって。うそつき。
許さない。許してやるもんか。
「そろそろ……3年になるね」
「何が?」
「えっと、私とあーちゃんが付き合ってから3年」
「あー、そうだったっけ」
覚えてるよ。
穂乃花も覚えてんだ。
なのに、どうして。
「あーちゃん……もしかして、怒ってる? 私、何かしちゃった?」
「いや。なんも」
すぐに怒鳴りつけて、証拠を見せつけて、全部ぶちまけて出ていってやりたい。
私の貴重な時間を奪ったんだ。
私の気持ち、想いを踏みにじったんだ。
『やり返してやりなよ亜紗。浮気されて別れるだけじゃ不公平っしょ』
『そうそう。アイツにひどい事されたんだから、こっちもやり返すのはとーぜんの権利じゃん』
そうだよ。
確かに、美春や八奈子の言う通り、ただ別れるだけじゃ気が済まない。
私も穂乃花に――――。
※ ※ ※
「……」
あれからの私は荒れた。
少しずつ、でも確実に、ほのちゃんを苦しめた。
最初は私も苦しかった。
浮気されてるのは私なのに、どうして私が辛いと思わなきゃいけないのかと余計に腹が立った。
まずは素っ気なくして、態度もどんどん冷めていき。
ほのちゃんと身体を交える事もしなくなったし、キツイ物言いばかりした。
ご飯だって手抜きにして、美春と八奈子が紹介した男と遊ぶようになり、その内エッチだってしてやった。
ほのちゃんの連絡に返事は遅く、既読スルーだってどんどん増え、通知音も切って。
デートの時間は私への慰謝料くらいに考えてた。
あれだけ尽くしたんだから、私にブランドを買うのは当然だって。
ほのちゃんにしてあげる事なんてもうないから、やっすいケーキでも買って食わせればいいんだって。
あの時の私は本気でそう思ってた。
そして交際4年目のあの日。
もう一緒にいるのも嫌になってた私は別れを切り出して。
やっぱり男が好きだったと言い放ち、堂々と浮気宣言して、ひどい言葉をぶつけまくった。
ただ別れるだけじゃなく、部屋まで荒らした。
私との思い出なんて残してやるものかとぶちまけて。
慰謝料代わりにと物まで持っていった。
私に何も言えないよう、LINEやSNSも全部ブロックした。
美春や八奈子がみんなにこの事を教え、私の味方に立ってくれた。立ってくれたと思ってた。
私も何をされたのか言いふらし、ほのちゃんの味方を奪ってやった。
ここまでやれば、もう私も未練を断てるとか考えて。
そして最後に、良い人と結婚して幸せになった私の姿を見せつけて。
腐れ縁だった関係を完全に終わらせてやった。
取り返しなんてもうつかない。
どうにもなんなくなっちゃってから、私はやっと後悔した。
ホントに馬鹿だ。
※ ※ ※
「――――っ!?」
私のスマホから通知音が鳴った時。
それがほのちゃんからのメッセージだと分かった瞬間。
私は文字通り飛び起きた。
横になんてなってらんなかった。
「ホントにほのちゃん? 間違いじゃない? 夢じゃない?」
何度も何度も確認した。
久しぶりの挨拶と、時間のある日に少しだけ話してもいいって内容だった。
言葉遣いが丁寧で他人行儀で、その事に私は胸が苦しくなったけど。
でも、こんな私に会ってもいいって。
すぐに会いたい。
でもほのちゃんは仕事してる。忙しい。
私みたいに引きこもってて、病院に通う以外は何もしてない無職と違う。
そうだよ。
だって、ほのちゃんは私と違って仕事ができて、会社の人にも期待されてたじゃん。
出世して、先輩や後輩にも頼られてた。立派に仕事してた。
でも、私から裏切られたショックでほのちゃんは会社に行けなくなった。そのあと辞めちゃった。
私はそれを聞いて喜んで、ファミレスかどっかで、美春や八奈子と笑ってハイタッチしてた。
ざまぁみろって騒いで……ホントに私はクズだ。
「……既読つかない。見て、くれてるかな」
ほのちゃんにメッセージを送っても既読にならない。
もしかしてブロックされてるのか不安になって、また送る。
LINEスタンプのプレゼントはできるみたいだし、ブロックはされてなかった。
何度も送信して、既読になってないか確認して、もしかして失礼な文章じゃないかチェックして、そのあと既読になっても返事が来ない。
落ち着かない……。
電話できたらいいのに。
住んでるところが分かるなら、近くまで会いに行きたい。
声が聞けたら、すぐに謝りたい。
ほのちゃんの声を聴いていたい。
どこでもいいから触りたい。
握手でもいいからダメかな……ダメだよね。
『あー……ご無沙汰です』
ほのちゃんとやっと再会できた日。
私が最後に覚えてるほのちゃんの姿は、あの日呼んだ結婚式が最後。
その時と、少し姿は変わってた。
伸ばしてた髪を切ってた。
クールな雰囲気の女の子になってて、ちょっと大人びた様子にどきりとした。
身長は小柄だけど、相変わらずすらっとしたスタイルで、だけどおっぱいとお尻はちゃんと出ててバランスも良い。
服装はそこまで変わってなくて、どうしてか私はホッとしてた。
でも私を見ても、表情はずっと険しくて。
笑顔なんてまったく見せてくれなくて。
その理由を私は分かってるのに、私はショックを受けてた。
亜紗さん、と呼ばれた瞬間には思わず泣きそうになった。
あーちゃんどころじゃない。
亜紗って呼び捨てにもしてくれない。
指定された場所が昔よく遊んでたカラオケ店で、もしかして、思い出とか話せたりするのかなって期待してた。
もしかしたら仲直りできるのかもって。
まだ、私は都合の良いことばっかり考えてた。
ほのちゃんの気持ちを考えてるつもりだったのに、まるで分かってなかった。
『思い出話はもういいよ』
私がどうやって謝ろうか、どう切り出そうかって思いながらしゃべってた時だった。
ほのちゃんの目を怖いと思ったのは、初めてだった。
こんな風に睨まれた事なんて、今まで一度だってなかった。
喧嘩した時、お互いに口を利かなかった時ですら、睨んだりしてこなかった。
いくら馬鹿な私でも間違えない。
ほのちゃんが私を嫌ってる、憎いって思ってるのが伝わる。
たくさん謝ったら、頭を下げたら、迷惑かけた分のお金を出して、いっぱいほのちゃんに怒られたら、少しは許してもらえるかも……なんて、あまりにムシの良すぎる考えだった。
お金は受け取ってもらえなくて、私はどうしていいか分からなくて子供みたいに言い訳して、そのたびにほのちゃんに言い返されて、それはその通りで、泣いて喚いて迷惑かけて。
ほのちゃんに縋りついて、なんでもいいから、また会えるようにとお願いした。
今の私なんかじゃ無理だと思ってたけど、なんとかセフレになる事ができた。
「穂乃花ちゃん」
すごく久しぶりに名前を呼んだ。
ほのちゃんの名前をちゃんと呼べたのは、いつぶりだろ。
それからの私はずっと幸せだったと思う。
正直、私ってリードしてくれる人に惹かれやすくて、今のほのちゃんがすごくタイプだった。
口調はぶっきらぼうで、昔みたいな優しさは全然向けてくれないけど、命令される度に子宮が疼く気がした。
ホテルへ行って、脱げとか、舐めろって命令されるのが嬉しかった。
ほのちゃんの身体に触れても、名前を呼んでも怒られない。
気持ちよくできたら、ほのちゃんが私の名前を呼んでくれてたから。
きっとほのちゃんは無意識だったと思うけど。
私は私で勝手に、昔の仲の良かった頃を思い出してた。
ほのちゃんが心の中でどう思っているのか、知りたいけど、知りたくなくて。
でも、身体を重ねてる時は嫌な事や辛い事、不安な気持ちも全部忘れていられた。
これからどうしたらいいのか、なんにも分かんなくなってたけど、この時は何も考えなくてよかった。
ほのちゃんの事を好きだって愛してるって声に出して、それを止められる事もなくて。
幸せだって思えてたあの時に、この瞬間、確かに私は戻れてた。
※ ※ ※
「おう、辛気臭い顔してんじゃん」
「ほのちゃん……」
私があの日、一緒に暮らしたいとか馬鹿なお願いをして1週間。
久しぶりにほのちゃんと会えた。
たった1週間会えなかっただけなのに、ほのちゃんの顔どころか、車が見えただけで感情が乱れてた。
こういうの、感極まるっていうのかな。
会っていきなり泣くとか、ほのちゃんからしたら意味分からないから、頑張って堪えた。
ほのちゃんは白のブラウスに、涼しそうな生地の黒のスラックス姿だった。
多分仕事が終わってから、そのまま来てくれたんだ。
向こうからここまで1時間はかかるのに。
私と話した後、家へ帰るのにまた時間をかけちゃうのに。
「今日お仕事だった?」
「あぁ。仕事帰りに来てやった。感謝しろよ」
「うん。遠くからありがとう。本当にありがとね。それと……お仕事お疲れ様」
「……おう」
私は笑顔で話せているのかな。
これから、何を言われても泣かずにいれるかな。
多分、いやきっと、一緒に暮らすなんて無理っていわれるに決まってる。
そんなの、ほのちゃんからすれば当たり前だから。
今は私も貯金あるけど、働いてない無職で収入なくて、外もまともに出られない、エッチする以外に役にも立たない私を置いとく意味なんてないもん。
あの時、別れた時にひどい事もして、家の中だってめちゃくちゃにしてるし、そんなのを家に置いて仕事に出るなんて嫌に決まってる。
こんな事も、あの日の私は考えもしないで口走って。
またほのちゃんに迷惑かけて、困らせちゃった。
彼女じゃない。
友達ですら、ない。
知り合いくらい、には戻れた?
ほのちゃんにダメだって言われても、泣くな私。
うじうじ言わず、考えてくれてありがとってお礼を言うんだ。
でも、せめてセフレに、今の関係だけでも続けていけるように祈るくらいはダメかなぁ……。
「何ボケっとしてんの。乗りなよ。蚊に刺されんぞ」
「あ……うん……お邪魔します」
車に乗り込んだ時、ほのちゃんの事をまじまじと見つめちゃって。
首元に、見覚えのあるペンダントのチェーンが見えた時、私は言葉が出なかった。
「……あんた、今日は静かじゃん」
「着けてくれたんだ」
「つけ……? あぁ、そういう。まあ、せっかくもらったから」
ぷいっと窓側を向いちゃった。
照れて……くれてる?
「ちょっと、ドライブしながら話してていいか?」
「えっと、うん。お願いします」
「あぁ。シートベルトちゃんとしろよ」
ほのちゃんが車を走らせる。
でも車内では静かで、私は助手席に座りながら、何か喋ったほうがいいのかな、余計な事を言わない方がいいのかなって考えて、分かんなくて黙ってた。
沈黙が怖い。
でも、この先のほのちゃんの声を聞くのはもっと怖い。
「亜紗」
「うっ、あっ、はい」
「うだうだすんの嫌だし、この間の返事をさっさと言うわ」
「……はい」
ほんの一瞬だけど、呼吸も心音も止まったような気がする。
胸の奥が冷たくなって、なのに目の奥は熱い。
やばい。何か言われる前に泣くかも。
「あんたと一緒に住んでもいい」
「………………え」
私、今きっと間抜けな顔してる。
なのに、ほのちゃんから視線を外せない。
「あんたに会いに、こっちまで来るの時間掛かるし、ガソリン代も馬鹿になんないし、めどんくさいし……」
「この間、あんたの飯久しぶりに食ったら美味かったし……またちょっと食べたいって思ったし」
「仕事して、家に帰った時に誰かがいてくれたら…………私が寂しくないし」
「……勘違いすんなよ。あんたのためじゃない。私のために、あんたを住ませてやるって話だから」
ほのちゃんの声は聞こえてるし、ちゃんと聴いてる。
でも、なんだか変。
私が言われてるはずなのに、なんだか別の人が言われてるのを見てるみたい。
ドラマのシーンみたいって……この言い方は合ってるのかな。
なんでだろ、なんで……。
「いっとくけどさ」
「……うん」
「彼女になるとかやり直すとか、そんなんじゃねーから。先に言っとく」
「……うん」
「私はもう誰かを好きになって、別れたりとか、ごたごたすんの嫌だから」
「…………うん」
「いつまで続けれるか知らんけど……なるべく長くいれたらいいかもね」
「………………うん」
あんなひどい事して裏切って、どうしようもない馬鹿なのに。
きっと、ほのちゃんは優しいから。
私を見捨てたり、突き放すってできなかったんだ。
そんな事くらい、私でも分かるのに、それでも嬉しい。
ごめんね。
できれば、できればだけど、ずっと一緒にいれたらいいなって思ってる。
ほのちゃんに新しい、私以外の恋人ができてほしくない。
最期の瞬間まで、私がほのちゃんの傍にいたい。