あんな奴を好きだった自分、ホント馬鹿じゃねぇ? 百合カップル? クソだよクソ! 過去に戻れたら絶対に選ばんわ! 作:Yunoko
「今日良い天気でよかったね、ほのちゃん」
「ん」
「お出かけ日和だねえ」
「ん」
「……」
亜紗の声に対し、短く応じる私。
別に意地悪じゃない。
ちょうど分かれ道に差し掛かってんだよ。
私も道を間違えないように注意を払ってんのよ。
だからこのくらいであんたも凹んでんじゃないよ。
「ごめんて。道間違えねぇように集中してた」
「そっか……ごめんね、運転に集中してたのに声かけちゃって」
「いいよ。ほんとに良い天気だな」
「うん。良い天気だねえ」
まあ、ホントに天気が良い。
雲一つない青空が広がっているのが運転席からもよく見える。
でも外に出てみると肌寒い。
そんなアンバランスな天候と気温の秋の中、私は車を走らせている。
自宅を出たのが午前9時過ぎ。
目的地は車を走らせて1時間そこそこ。
予約した旅館のチェックインは午後3時以降だし、早めに現地へ到着するのは間違いない。
なのでチェックインの時間までに昼食を済ませ、周辺の観光スポットを散策して時間を潰すというのが私のおおまかな予定である。
平日なので観光客や泊まりの客だって少ないはずだし、それなら亜紗への負担も多少マシになんだろ。
そのくらいの配慮は私だってしてるし、その程度の気遣いもできないようでは誘う資格もない。
「あの、ほのちゃん」
「ん?」
「ホントにいいの? その、お金払わなくて」
「旅館の事か? いいよ、そんなの気にしなくて」
「でも……結構良いお部屋、だったよ?」
まあ、亜紗がおずおずと聞いてくるのも無理はない。
今回予約した旅館だが、2人で8万円。
それなりのお値段なのは確かだ。
私が予約した旅館は海側に面しており、全室オーシャンビューというのがウリらしい。
なんなら高階層に至っては、どの部屋も完全に海を一望できるオーシャンフロント。
そんな感じでホームページには書かれていたし、客室の参考写真や宿泊案内のPVを確認した感じも結構良かったので、是非とも満喫する予定。
ちなみに私が予約したのは13階にあるプレミアムルームという、いっちゃなんだが何の捻りもない客室だ。
でも上から数えた方が早いレベルでお高い部屋だぞ。
もちろんオーシャンフロントであり、テラス側には露天ビューバスが備わっている他、ベッドルーム2室、和室も1室、和洋に合わせた露天風呂付(なんなら普通のバスルームも備わってる)の結構良い部屋だったりする。
絶対に2人で泊まるには広すぎるが、まあ気にしない。
夕食と翌日の朝食だってバイキング形式で付いてるし、それ以外にも海鮮料理で評判の料亭チックな部屋も利用できるし、せっかくなので14階のナイトテラスだって貸し切りにしてやったわ。
平日は料金も安めで予約も入ってなかったから実にスムーズに事は進んだ。
上記を踏まえてみれば、2人で8万円なんてぶっちゃけ安いレベルだ。
それなりに稼げている今の私にとって、これくらいは平気。
「私の分くらい払っちゃダメ?」
「ダメ。あんたには……亜紗には家の事を色々としてもらってるし。その労いって意味もあんだから、私が払うわけ。あんたは黙って楽しめ」
「いいのかな」
「いいんだよ。なんだ、もしかして私の気持ちを受け取らないってのかぁ? あぁん?」
「ずるいよぉ、その言い方ぁ」
「知ってるよ。あんたが断れないの分かってて言ってんだから」
「もうっ、もうっ」
なんともいいがたい顔をしていた亜紗。
私にボディタッチでやり返したい様子だったが、運転中な事もあってそれもできず、「んもー、んもー」と不満気にぼやいていた。
病んではいても、やっちゃいけないラインは守ってくれるようで安心したわ。
ただ、私が道の駅に立ち寄った際にはここぞとばかりに肩や頬をつつかれたり、トイレへ行くまでにべたべたしてきやがる。
まあ、機嫌良くて笑顔だからいいけどさ。
「ね、コーヒーって美味しい?」
「いや、別に美味しくはない」
「そうなの?」
トイレやら諸々を済ませて再び車内。
道の駅で買った缶コーヒーを見つめてくる亜紗に、私は運転しながら答えていく。
「前はほのちゃん、コーヒー飲んでなかったよね?」
「そうかもね」
「やっぱり、飲んだら目が冴えるの? カフェイン入ってるから眠くならない?」
「どうだろな。分かりやすく効いた事はないかも」
「へえ~」
私が今の仕事に就いてから本格的に飲みだしたんだっけな。
亜紗と別れてから立ち直って、色々と変わりたいって考えて……。
すっげぇ安直だけど、好きでもないコーヒーを飲むようになったのもその一環だったりする。
コーヒーを涼しい顔して飲んでれば大人の女性……ってそれ自体が子供の発想だ。
ホントの大人はいちいちそんなの考えない。
でも当時の私はほんの少しでも変わりたかったし、嫌な事や辛い事を忘れるためにとにかく行動を起こしたかった。
そして気付いたら習慣になってたわけ。
コーヒーを好きか嫌いかでいえば、今でも嫌い寄りだ。
ブラックは大嫌い。でも甘すぎるのも嫌。
だから間をとって微糖とかミルク入りを私は飲んでいる。
そして腹を下す。
カフェインの刺激が腸によろしくないのか? 知らん。
ちなみに家でインスタントコーヒーを作ったりもしたが、私が作るとあまりに不味くてやめた。
料理もそうだけど、私は自分の好きな味を目指すとダメにしてしまうようだ。
「一口だけ飲んでいい?」
「ん? 別にいいけど……甘くないからね」
ちょうど赤信号で一時停止したところで、亜紗の方へと缶コーヒーを差し出す。
「ありがと」と受け取った亜紗が一口、二口と飲む。
飲んだ時点で顔を歪め、喉に流し込んだ後には苦々しい顔と変化していく。
「んん。やっぱり苦いね……」
「だから言ったろ……つかやっぱりって。飲んだ事あんのかよ」
「あー……うん、実はあった」
別に飲んだことがあってもいいけどさ。
なんでコーヒー知らない態で言ってたんだこいつ。
でも、考えてみればこいつが知らない方がおかしい話か。
今はともかく、前のこいつの性格は気になる事をすぐに尋ねるし、未知の事があればすぐ経験したがるやつだったからな。
今まで付き合ってきた彼氏の中でコーヒーを飲むやつだっていたはず。
こいつなら絶対質問して試しに飲むくらいやってるわ。
「なんで知らねぇフリしてんだよ」
「間接キスしたかった」
「ばっかじゃないの」
「ふふ」
こいつ、何をあざとい事を。
お前も私もそろそろ30歳まで秒読みだぜ。歳を考えろ歳を。
つーか、今さら間接キスくらいで恥ずかしそうに顔を傾げてんじゃねぇ。
私とあんたでもっと恥ずかしい事やえげつない事をいくらでもやってんだろうが。
間接キスどころか口移しで飲ませ合いしてるし。
それだってやった回数は二桁や三桁で済まないレベル。
なんせ亜紗は昔から水分をあまり摂らない。
それで膀胱炎になったり、おしっこの色がひどくなってんだから、エッチ時の私にも実害が及んでしまう。
だって昔のひどい時なんて、アンモニア臭がして色は汚いし、しょっぱい上にビールをみたいな苦い後味すらしたんだぜ。
そんなもんを下手しなくても顔にかけられるわけで。
健康的な心配もあり、見かねた私が水や茶を飲むように促せば、「ほのちゃんが飲んで、私に移してくれたら飲める」などと抜かす始末。
私自身はそういうの好きだから、正直いって望むところだったりする。
なんなら興奮する有様よ。
終わってんなぁ。まったく度し難い変態よ。
たださ、口移しは衛生的にはマジでよろしくない。
経口感染のリスクもあんだし。
虫歯とかだって感染する可能性あるわけだし、単純に口の中が汚いとか思われたら嫌だから、私もこいつも食事をした後にはしないように(絶対しないとは言ってない)気を付けてはいるし、歯磨きやフロスとか欠かさないようにしちゃいるけど……。
「あ、そろそろ? あの看板」
「ん、そうだな……」
あー、しょうもねぇ事を考えてたら着いてしまった。
ここからは旅行気分に切り替えよう。
私もそうだが、こいつにとっても思い出になるような日としたいものだ。
※ ※ ※
「はい到着、と」
「ほのちゃん、運転ありがとね」
「ああ。でも、チェックインまで時間あるから時間潰さねぇとな」
「だねえ」
現地へ到着したのは午前10時半頃。
チェックイン可能な時間まで、まだまだ余裕もある。
軽く散策して、午後過ぎたあたりで昼食、それから折をみて旅館へ向かうとしよう。
とはいえ、今日の活動範囲で巡りたい観光スポットは実は大してなかったりする。
これだけだと失礼極まりない言い方だけど、この周辺には歴史的な建造物とか文化を学ぶコーナー的な場所が多くて、歴史にまったく興味関心を持たない亜紗を連れていっても……だったりすんだよ。
今の性格なら文句とか不満は言わないかもしれん。
でも、そんなところへわざわざ行くくらいなら、もっと喜びそうな場所に連れて行ったほうが建設的だって話。
行先候補は大体リストアップしてあるし、あとは流れ次第。
今日のメインはなんたって旅館で過ごす事。
だから、チェックインまでの数時間でやる事はそんなにない。
この温泉街の撮影スポットを巡って景色も見て、足湯もそこかしこにあるから浸かってみて、お昼には美味しいと評判の蕎麦屋で食事する。
あとは余った時間で散策してチェックイン……という流れで考えてる。
観光の点でいえば、明日が本番。
旅館をチェックアウトしたら、まずはお土産屋をいくつか巡る。
お互いの家族のため、私は会社の分も含めてお土産を先に買いたい。
そうすりゃ、あとは楽しむだけだし。
道中で良いお土産を見つけたとしても、それも追加で買えばいいだけだから問題ない。
お土産とか買ったら、この温泉街から海を隔てた先にある島に向かう予定だ。
島へ行くには大きな橋を渡って行くわけだけど、この橋自体が有名な観光スポットだったりする。
リゾートっぽい白い砂浜に青い海が広がってるから、橋を渡る前に近くで車を停めて写真撮影してもよし、海を見渡しながら軽く歩き、休憩するもよしだ。
その後は海沿いメインで観光したりちょっと神社に寄ったり、海の幸がおすすめの食事処で食事して、帰りは夕陽を見ながら大橋を渡って戻ってくる。
あとは時間次第だけど、途中で夕食を摂りつつ帰る……というのが大筋の流れ。
ここまでつらつら予定を並べたが、まず予定通りにはならん。
いくつかの候補は寄ってる暇がなくなる。
デートや旅行とはそうしたものだ。
亜紗と付き合ってた頃から、予定したデートプラン通りに進んだ事が一度もない。
計画が大雑把とかタイムスケジュールが杜撰と言われたらその通り。
でも意外なところでハマってはしゃいでる内に時間が経っちゃうんだから仕方ないだろ。
結局アドリブが求められる場面が多くなるし、こんなのは如何に経験を積んで、次に生かすかが大事なんだよ。
あとは絶対に外せない部分だけこなしゃいいんだ。
決して、私の計画性がない事を誤魔化してるわけじゃないぞ。
「海、綺麗だねえ」
「だな。ここらの旅館はどの部屋からでも海が見えるんだってさ」
「今日泊まる旅館もだよね?」
「ああ。海だって見えるし、上から町全体を見渡せる」
「そっかぁ、楽しみだねえ」
「うん」
旅館のチェックイン時間まで私と亜紗はのんびりと過ごしていた。
海沿いの公園を散策し、海を背景に亜紗を立たせては写真を撮り、この温泉街のマスコットキャラクターとおぼしきオブジェを中心にツーショットを撮ったり、無料利用可能な足湯に浸かって暫し休憩したり……。
私や亜紗の住んでた地元と町並みが似てて、手を繋いで歩きながら昔話に花咲かせたり。
あの頃、子供の時は無邪気に手を繋いでいられたし、恋人だった時は亜紗が私の手を引いてくれてた。
今はどうだろう。
私は自然と手を差し伸べられるようになったし、亜紗は私の手を嬉しそうに握り返してくれる。
亜紗は相変わらず柔らかな指先に手のひらをしていて、でも私との関係はころころと変わっている。
「美味しかったねぇ、お蕎麦」
「うん。でも高ぇわ」
「うん、そうだねえ」
昼食には町中の蕎麦屋で評判の天ぷら蕎麦を注文し、2人で食べた。
塩を軽く振っただけのシンプルな海老の天ぷらがメインのそれは、確かに噂通りの美味さだった。
一緒に付いてきた舞茸や大葉、かぼちゃの天ぷらも美味い、だし巻き卵だって美味かった。
どれも本当に美味かったが、如何せん高い。
だって1人3000円。
量が物足りない。全然足りない。
大して食べない私でも足りないって感じるレベル。
これで3000円とは中々攻めた価格設定をしてやがる。
観光客相手の強気価格やめろ。
でも美味かった。悔しい。
「美味かったけどさ……だし巻き卵は亜紗が作ったやつの方が旨いかな」
「そ、そお? じゃあ、帰ったら作ろっか?」
「明日か? 明日は疲れてるだろうから、それ以降に頼むわ」
「うん。私頑張って作る。美味しく作るから食べてね」
「あぁ、楽しみにしてる」
遠慮はしないよ。
だって私は亜紗の作ったご飯が好きだから。
「食後の運動にちょっと歩くか」
「うん」
その後だが。
散策するにあたり、他の観光客だとか地元民がどの程度出歩いているのかは私の懸念点だった。
だが、懸念は杞憂で終わった。
平日である事や、この温泉街周辺に若者が集まるようなショッピングモールやアミューズメント施設等がまったくないためだろうか。
全然人の気配はなく、まばらにカップルや夫婦っぽいのはいたがそれだけだ。
おかげで私は亜紗と問題なく過ごせたし、良い事でしかなかった。
ここまでは問題なかった。
問題があったとすれば、この先だ。
※ ※ ※
チェックインまで小一時間くらい余裕があったため、少し車を走らせてとある海岸に向かった。
そこは縁結びや恋愛長寿で知られる海岸で、私は密かに行ってみたいと思ってた。
もちろん亜紗はそんな事知らん。
言うの恥ずかしいし……。
有名な観光スポットだったけど、平日だからやっぱり人の数は少なくて私は油断していた。
というか、まったく想定していなかった。
「あれ、亜紗?」
「え」
まさか、亜紗の元旦那が来ているとか思わんだろ。
「やっぱり……亜紗じゃん。久しぶり!」
「えっと……」
「ほら、俺だよ俺。葛原(くずはら)! はは、元旦那を忘れるかぁ?」
元旦那はへらへらとしてるが、亜紗は私の背後にほとんど隠れてる。
くっついた身体は服越しでも分かるくらいに震えてて、とても再会を喜ぶ気配は感じられない。
そりゃそうだ。
浮気で別れた旦那と出会って普通は喜ばん。
まして、別れた後はこいつのお友達が亜紗に下心オンリーで近寄ったりしてたわけだろ?
そんなもん誰が喜ぶって話よ。
「…………」
なにっ?
信じてもらえなくて浮気された挙句、交友関係やら諸々全部ぼろくそにされたのに、再会してセフレになって絆されてる奴がいるだと?
信じられん、そいつは馬鹿じゃないのか?
くそ、私じゃねえか。
まあいい、このままじゃ話にならん。
私が代わりに話してやる。
「亜紗の元旦那さん、こんにちは」
「えぇっ? 失礼ですが、どなたで?」
やっぱ覚えてないわな。
私だって最初分からなかったし。未だに同級生って聞いてもピンとこねぇ。
でも結婚式じゃもっと爽やかな好青年って感じだった気がするが、数年くらいで老けたなぁ。
身体もなんかだらしなくなってね? もっとスマートじゃなかった?
「私はこの子の友達です。初めまして」
「あぁ、どうも。こちらこそ初めまして……初めてでしたっけ?」
最初の自分の直感を信じてろ。
中途半端に思い出さなくていいんだよ馬鹿。
「そちらはおひとり様で?」
「いや……知り合いと来てます」
微妙に濁した。
恋愛関係で有名なスポットのここに来るくらいだ。
十中八九、女の知り合いだろ。
今カノか今嫁か、そうなりたい女友達あたりか。
そんなの連れてる時にこっちに声をかけるな。
気付いてもスルーしろアホ。
「じゃあ、そちらのお邪魔しちゃ悪いので私達はこれで」
「あ……いや、あの亜紗っ。せっかく会えたし、連絡先だけでもどう? 色々話したい事あるし」
どう? じゃねぇよ。
なんでたまたま出会った浮気野郎と繋がりを持つ必要があんだよ。
少しは亜紗の気持ちを考えろ、慮れ、察しろ間抜け。
亜紗の様子を見て、再会を歓迎されてない事に気付かねぇのか?
こいつ亜紗の事をなんも分かってないし、なんも見てない。
こいつじゃダメだ。亜紗がもし私に飽きて別の男に走るとしても、こんなのにはやりたくねぇわ。
「別に元嫁と連絡先の交換する必要あります?」
「いや、あんたには関係……」
「亜紗とどういう形で別れたか、知ってますよ私」
「えっ……」
「亜紗が貴方と出会って喜んでると思います?」
「それは……いや、亜紗とそのことで俺も話したい事があって」
私と亜紗を交互に見比べ、元旦那は言い訳を並べ立てた。
聞いてもいねぇのに話してきて、私達……いや、亜紗を逃がす気はないらしい。
しかも、まあ長くて要領を得なくて、自己弁護と責任転嫁のお手本みたいな内容でしたわ。
国語能力のない奴だ。
まとめる私の身にもなってくれ。
めちゃくちゃ省略しつつ、以下抜粋。
亜紗が浮気してると思ったが、実はそんな事なかった。
浮気してると教えてきたのは、亜紗の友達だった美春と八奈子。
その2人と不倫した挙句、亜紗と離婚した。
離婚後も2人と関係は続けていたが、その内に捨てられてしまった。
今じゃ後悔も反省もしてる。
連れの女は彼女とかじゃないし、心配いらないから(?)連絡だけでも取りたい。
可能だったら昔みたいにやり直したいとさ。
「…………」
おい、どこの幼馴染みの焼き増しだよコレ。
まんま似たような流れのエピソードを私、持ってるぜ。
交換してみる? 細部は少し違うけど、大筋同じだよ。
つうか亜紗の旦那の浮気相手、あいつらだったのかよ。
どこでも都合よく扱われる悪役さながらの世界の狭さよ。
あのプロテーゼ豚鼻女(美春)と全身整形サイボーグな鶏ガラ女(八奈子)、とことん舐めてやがる。
あいつら、私と出会ったらマジで覚えとけよ。
徹底的に扱き下ろしてやるし、二度と私に舐めた事ができないようにしてやる。
「って事だけど亜紗? どうする?」
「……」
「亜紗?」
「……」
亜紗の方を見てみる。
顔色は良くない。
眉はひそめたまんまだし、唇は噛んだまま。
視線は私から一向に外さないし、私の手は握ったまま。
うん、元旦那には万が一にも復縁の線は無さそうだ。
「……連絡先教えたい?」
「……」
私が小声で話しかけると、亜紗は静かに首を振る。
「こいつとやり直したい?」
「……絶対やだ」
よし決まり。
「亜紗は連絡先を教えたくないみたいですし、復縁も考えてないみたいですよ」
「いや、俺は亜紗に聞いてる。あんたじゃなくて、亜紗の口から聞きたい」
「はぁ~~~~」
もう取り繕う必要もない。
「この子は私の恋人だから、あんまりちょっかいをかけるなって言ってるんですけど?」
「恋人……? いや、あんた女……まさか、お前が元カノ」
「あぁ知ってんの? そうだよ、私が元カノ。そんでまた付き合ってる。こいつは今じゃ私のなんで、気安く声かけるなって言ってんだ」
亜紗を抱き寄せる。
「おい、あーちゃん。口開けろ」
「えっ、あ、うん……んっ……んんっ」
顔を寄せて口づけを交わす……といいたいところだが。
そんな上品なキスをしてやるつもりはねぇ。
亜紗の口腔内へと舌を滑らせ、こいつの舌と絡ませる。
こいつの舌はもちろんの事、綺麗に並ぶ上下の歯も、すべすべな歯茎も、頬の内側に至るまで私が舐めて犯す。
呼吸が苦しくなるくらい、強引なキス。
時間にしたら10秒も足ってない。
でもそれでいい。
この未練たらたらのぼんくらを黙らせ、亜紗を落ち着かせるにはこれで十分。
これで亜紗は私のだって理解できたか?
「……ふぅ」
「…………」
亜紗は何も言わなかった。
いや、何か言おうとしているのだがパクパクと口を動かすばかりで、声になってない。
今までにないくらい顔を真っ赤に紅潮させて、瞳を潤ませている。
公衆の面前(まばらだけど人が集まってやがる)じゃなければ、ベッドインだって出来そうな顔してら。
でも、今はそんな場合じゃない。
先にこっちの元旦那をあしらってやらんとな。
「……お前、頭おかしいわ」
「おかしいのは、自分の不倫で別れた元嫁に連絡先を聞き出すてめぇの未練がましさだろ。自己分析しろよ過去の人。今は私がこいつの恋人だってんだよ」
「……きめぇ、ありえねぇ」
このくらいで呆気に取られて語彙力失ってんじゃねぇよ。
てめぇも30手前のいい歳した男だろうに、情けねぇ野郎だ。
こんな野郎と亜紗が結婚してたって事実に腹が立ってきたわ。
「ありえねぇのは元嫁とたまたま出会っただけなのに、復縁ができないかワンチャン狙うお前の浅ましさだっつーの。まあ復縁の線はなくなったんだし、大人しく一緒に来てるっていう連れの子と恋愛長寿を祈って帰れや」
「……」
「あぁ、もしかしてそこにいる姉ちゃんがお連れ?」
「あ? お……」
あぁ、本当にそうなのか。
さっきからこっちを見てるギャラリーの中で、1人だけ険しい感じの顔してる女がいたからな。
視線はこいつに向けてたし、表情を見た感じじゃ印象はよろしくなさそうだ。
やったぜ。
つうか、こんな若くて可愛い子がいるのに元嫁に声をかけるか普通?
この寒い時期であの肌の露出具合、若さだなぁ。ギャルだわぁ。
亜紗も前はこんな感じだった……あんま考えたくないけど、元嫁と似た雰囲気の子を捕まえてるあたり、未練たっぷりの布石もばっちりって事かよ。
なんて気持ち悪い。
連れの子にどう話すのか、きっとこの男は脳をフル回転させているのだろう。
よかったな。歳を取ると脳を使う機会も減るからね。
しっかり働かせるといいぞ。
まあ、別に連絡先も交換してないし、よく分からん女(私)にボロクソに言われた挙句レズプレイを見せつけられただけなんだし、堂々としてりゃよくね?
話は終わったし、この流れで亜紗と恋愛長寿を祈るのもやりづらい。
後日また来るとして、今回はここらで失礼させていただく。
「あ、そうだ。おいお前」
「あ、あぁ?」
でもこれだけは言っておくわ。
「最後に言っとく。今後は亜紗の事を気安く名前で呼ぶなよ元旦那? もうお前の嫁でもなんでもねぇから」
立ち尽くすぼんくらを尻目に、今度こそ私は亜紗の手を引いていく。
もし逆上して追いかけられたり、殴られでもしたら敵わん。
私は非力だし、殴り合いの喧嘩になったら普通に負けるし、痛いのやだし。
つっても、あのぼんくらはこれから連れの子を対処しなくちゃいけないから大丈夫か。
このあとどうなるのかは気になったけど……。
個人的には今の彼女だったりしてさ、愛想尽かされて別れるって流れが一番気持ちいいぜ。
「あ、あの、ほのちゃん」
「ん?」
駐車場近くへ来たところで、亜紗に声をかけられる。
まあ、ここまで来たら大丈夫……だよな?
個人的には車に乗り込んで、さっさと離れたいんだが。
「さ、さっきはありがと」
「あぁ、いいよ別に」
亜紗の様子が変だ。
俯いてて、私と視線が合わない。
何かを堪えているような、我慢してるような、そんな表情。
いや、様子がおかしくもなるわ。
予想しないタイミングで元旦那に遭遇しちまったんだ。しかも復縁迫ってくる有様。
色んな記憶も思い出して、精神的に負担を与えてしまってる可能性もある。
車に乗ったら、とりあえず薬を飲ませるところからだな。
「あんたの元旦那を煽っちまったけど許せ。私、あいつ嫌いだし」
ついさっき思い出して嫌いになった。
「ほのちゃん」
亜紗に抱きつかれる。
しかも結構思いきり。
身長差とか肉の付き具合とか、単純に私よりフィジカルが強い事もあり、痛くて苦しい。
鯖折りしてくるつもりかコイツ。
「おい……離せ」
「やだ」
「じゃあせめて力緩めて」
「やだ」
「あのなぁ」
「やだっ」
やだじゃねぇ。
駄々をこねるなアラサー女がよぉ。
「はぁ……世話の焼ける」
仕方ない。
私もこいつを抱きしめる。
それから数十秒、数分と時間だけが経つ。
途中、若いカップルが「おぉ」とか言いながら通り過ぎていった。
くそ、恥ずかしい。
「ちょっと落ち着いたか」
「……うん」
「まさか元旦那がいるとは思わんかったな」
「うん」
「さっきは怖かったろ」
「うん、怖かった」
「でも心配すんな。私がなんとかしてやる」
「…………」
おい、そこで黙んな。
ここは「うん」って返事するとこだろが。
そりゃあ、私じゃ頼りないだろうけどさ。
全然スマートじゃないやり方で対応しちまったし。
「ほのちゃん」
「あん?」
「好きだよ、大好き」
「あっそ」
「かっこよかったよ」
「そうか」
「うん」
私からじゃ亜紗の顔がよく見えん。
でも、まぁ……嫌がってないなら良かったわ。
付き合ってた頃の私だったら、あの場面でどうしてただろ。
とりあえず、あんな人前でキスだの他人を罵倒だの出来なかっただろうな絶対。
そう思ったら、私もあの時より成長したって事なのかな。
そうだったら、いいんだけど。
でも、とりあえず……早く車に乗ってここを離れようぜ、亜紗さんよぉ。