あんな奴を好きだった自分、ホント馬鹿じゃねぇ? 百合カップル? クソだよクソ! 過去に戻れたら絶対に選ばんわ!   作:Yunoko

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第15話 昔のようにはなれないけれど 後編

 

「……お部屋、凄いね」

「あぁ、ホントにな」

 

 予約してた旅館に到着し、案内してもらった部屋に入った時。

 亜紗がわぁ、と声を漏らした。

 次いで簡潔に驚きを口にして、私もそれに続く。

 

「私とあんたの2人には広すぎるね」

「ほんとだねえ。ふふ、凄いよ。椅子もテーブルもたくさんある」

 

 入ってすぐのリビング(リビングで合ってんのか?)の時点でテーブルや椅子、ソファーがいくつも並び、部屋の端には暖炉があって、その上にでかいテレビが置かれてた。

 

 リビングから右側には和室があって、その奥には和風の露天風呂が見えて。

 左側にはベッドルームが2部屋並んでて、やはり奥には洋風の風呂が見える。

 そんで入口の横にはシャワールームや洗面所にトイレ、小さなキッチンまで備わってる。

 

 こんなもん、完全に持て余すわ。

 2人用の部屋じゃないだろこれ。

 

「わぁ、海綺麗……」

「ちょっと荷物置いてさ、見てみようぜ」

「うんっ」

 

 リビングの床やテーブルに荷物を置いていき、私と亜紗は正面奥に広がるテラスの方へ。

 スライド式の引き戸を開ける。

 

「…………」

 

 瞬間、潮の香りが鼻腔をくすぐる。

 こんな高階層でも、海の匂いって届くもんなんだな。

 

 この旅館のアピールポイントに嘘偽りはなかった。

 高階層から見えるそれは絶景だと思った。

 私の語彙力がなさすぎてどうにもならんが、思わずスマホで写真を撮るくらいには忘れがたい景色だと思う。

 

 わぁっと亜紗の弾む声が隣から聞こえてくる。

 こいつが喜んでくれてるようで良かった、本当に。

 

 雲一つない空の淡い青と、穏やかな海の濃い青。

 空と海の曖昧な境目が視界に広がる。

 

 きっと夕陽が沈む時や朝日が昇る頃は、もっともっと美しい光景が見られるのだろう。

 亜紗と一緒に夕陽はともかく、朝日は見てられるかな。寒いか?

 いや、温泉に浸かりながらだったらいけるのか? 早朝に私が起きられるのかという問題もあるけど。

 それにしても、景色は確かに素晴らしい。

 でもさぁ。

 

「手すりとかって無いのか」

「落ちたら危ないよね、これ」

 

 ここ13階だぜ。

 危ないどころかほぼ即死だわ。

 下を覗き込もうとも思わん。

 

 というか、落下防止の策とかフェンス的なやつはねぇのか。

 もしかしたらすぐ下に何か備わってるのかもしれんが、確かめる勇気はない。

 それにしても、客側の安全意識頼みって危なくないのかね。

 おふざけで落下みたいなケースとか、今まで無かったんだろうか。

 

「でも、本当に良い景色……」

 

 亜紗の声でハッとする。

 旅館の安全管理について思いを馳せてたわ。

 

「…………」

 

 亜紗はというと、テラスに並んだ座高低めのローチェアに座ってぽんぽんと隣を叩いてる。

 私にも座れってか。

 

 要望に応えて隣に座る。

 座面が柔らかい。良い素材使ってんだろうな。

 ていうか、ここの露天風呂でふざけたりしてたらお湯で濡れたりしないのかコレ。

 雨の日とかは毎回ちゃんと屋内に片づけてんのかな?

 

「こうやってボーっとしてるの、良いよね」

「ん、そうだな」

「ほのちゃんと一緒にさ、こうやって並んで座ってるだけで私は幸せ」

 

 亜紗の方へ視線を向ける。

 よくもまぁ、ストレートにそんな事を言えたもんだ。

 亜紗は静かに微笑んで、私を見返してくる。

 

「そうか。少しは楽しめてるか?」

「うん、ありがとね」

「あぁ」

「…………ふふ」

 

 私の気のせいじゃなきゃ、亜紗の様子がおかしい。

 

 やり取りはいつもとそんなに変わらないように見える。

 でも、こいつは何か考え込んでる、悩んでいるような気がした。

 私の勘レベルでしかないけど、多分合ってると思う。

 

 原因は……やっぱり、さっきの元旦那との遭遇が尾を引いてんのか。

 まさかあの野郎に未練……はないと思う。そう思いたい。

 私の背後に隠れてて、身体震わせてまで実は私も会いたかったなんて展開は無理があるだろ。

 もしそうなら演技派だが、連絡先の交換も何もできてないから意味がないし。

 

 ただ、あの男も騙されてたっていう点は亜紗と共通してる。

 なんなら騙してきた奴まで一緒だし、何か思うとこはあるのかもしれない。

 

「…………」

 

 もし亜紗があいつに未練とかだったら絶対嫌だ。

 確かに私と亜紗はセフレの関係で、今の状態はルームシェアの延長みたいなもので、さっきは元旦那の前で恋人だとか啖呵切ったけど、私は自分の気持ちをちゃんと伝えられていなくて。

 それなのに私は、亜紗が私から離れてしまう事を恐れている。

 

 私達は正真正銘の恋人じゃないのにさ。

 今の関係から変わる事もできず、壊れてしまうのも怖いからと、前に進んでもいないのに。

 

 

※ ※ ※

 

 

「いっぱい食べちゃったねえ……」

「あぁ、腹一杯」

 

 時刻は午後8時。

 バイキング形式の夕食を終え、私と亜紗はエレベーターで14階に来ていた。

 夕食の際、レストラン内には客もまばらで、亜紗にそこまでの負担を与える事もなく。

 それぞれの食べたい物を満腹となるまで口にできていたと思う。

 

 内容としては和洋中が揃い踏みで、目の前でステーキを焼いてくれたり、何十種類ものスープやら色とりどりのデザートやらと、選択肢が実に豊富だった。

 味はまあ……そこそこ。

 食べ放題だし、お値段相応といえばそこまでだ。

 でも、食べてたら亜紗の作った飯が恋しくなってきた。

 亜紗の作ったご飯が食べたい。

 

「…………」

 

 あれからも亜紗は様子がおかしい。

 自分から話しかけてくるし、私との会話はいつも通りの反応だし、あからさまに暗いとか悲しいみたいな様子はみられない。

 精神薬だってちゃんと内服したのを確認もしてる。

 

 でも、喋り続けているとなんとなく分かる。

 少しずつ会話のテンポにズレが出てきて、返事に一拍、二拍と間が空いてくる。

 私に対して触れる時、一瞬だけど遠慮がちに指先が止まる時があって。

 私と手を繋いだ時、握った手の温度がいつもよりも冷たくて。

 ふと目が合った時、私から視線を逸らそうとしてしまい、慌てたように視線を合わせてきている。

 

 些細な事だと思う。

 私の気のせい、思い違い、勘違いの可能性は十分にある。

 

 でも一度気になってしまったら。

 いつも通りの行動や反応、仕草や口調の小さなひずみ……ひずみで合ってるのか知らんけど、見えてきてしまうわけで。

 

 これは……このままじゃ束縛してしまいかねない。

 亜紗のする事をなんでも気にしてしまう。

 重たい女になっちまってる。

 

「ここだな……うん、ちゃんと貸し切りになってる」

「わ……凄い。本当に貸し切っちゃっていいのかな? こんなに広いのに」

「いいの。平日でだーれも予約入れてないから」

 

 とりあえず予定の通り、ナイトテラスへと足を踏み入れる。

 私達2人が過ごすにはあまりにも広い空間だけど、これでいい。

 今この時、この場所は私達だけが自由に振舞える場所であり。

 誰にも邪魔されない空間だから。

 

「綺麗……本当に綺麗。ここにいたら、現実じゃないみたいだよね」

「ああ……」

 

 亜紗の呟きに大袈裟だなといいたいところだが、確かに幻想的かもしれない。

 空はとっくに陽も沈み、代わりに月がやってきて、薄雲の間から淡く照らしていて朧げだ。

 ここのテラスも青白いライトアップが煌々と輝き、その中で佇む亜紗は本当に綺麗で、思わず私は見惚れてしまったくらい。

 くそ、この時の私の見ている視界視覚を言語化できないのがもどかしい。

 

「……」

 

 予定では、ここで海や温泉街、明日向かうはずの島や渡るための大橋を眺めたりして、この夜景の中で亜紗と過ごす流れだった。

 会話の中でスキンシップを重ね、それとなく良い感じになったら、なんかいちゃいちゃしてやろう、ってつもりだった。

 流石にここでエッチしようとは思わん。

 誰かにみられるリスクは避けたいし、私はともかく亜紗の身体を、私以外の人間に見せたくないし。

 

 でも、心配しなくてもその展開にならないと思う。

 

 だって、ここに来てからの亜紗は、私と手を繋いだり、肩を預けるくらいまでしかしてない。

 いつもの亜紗だったら、夕食までにお風呂に浸かって前哨戦くらいのノリでエッチに持ち込んできてたはずだ。

 そうでなきゃ、外でも致せるように滑り止めマットなんか用意せん。

 客室を汚さないようにと、防水ラバーなんか何枚準備してきた事か。

 これらをウキウキで車の後部座席に積んでたのが他ならぬ亜紗なんだから、誤解や勘違いのしようもない。

 準備万端だぞ、この女は。

 

 まあ、こんなので判別したくはないけど、身体で私を繋ぎとめようとしてきた亜紗が、私を誘ったりしてこない時点でそもそもがおかしかったわけで。

 

「……なぁ、亜紗」

「うん?」

「なんか悩んでんのか」

 

 夜景を眺めていた亜紗の方がぴくりと揺れた。

 次いでこちらを見やった時の表情はほんの微かに陰りが見え、ぱっちりとした大きな目を伏し目がちにしながら、私へと視線を向けた。

 

 何か私に伝えたいんだろう。

 言い辛いのか、口元を強く噛んでいる。

 視線を私から逸らしてしまう。

 

「私……」

「私から聞いたくせにアレだけど、言い辛かったら無理に言わなくていいよ」

「ううん…………大丈夫。ちゃんと言う」

 

 首を小さく振り、目を一度瞑ってから開いた。

 私を真剣に見据えていた。

 意を決した、覚悟を決めたって顔。

 

 亜紗の口にする内容によっては、会話の流れによっては私も覚悟しなくちゃいけないかもしれない。

 このセフレ関係が終わるかもしれないと。

 胃が既に痛くなってきた。

 

「私、わがままなんだ」

「……?」

 

 ちょっと思ってた切り口と違う。

 言っちゃなんだが、別に最近のお前はわがままじゃないだろ。

 むしろ、私に従順すぎて私が曇っちまうレベルだぜ。

 

「私、ほのちゃんとセフレでいいって思ってた」

「……」

「このままね、ほのちゃんと一緒にいられたらなんでもいいって。正直、ほのちゃんとエッチするの楽しいし、嬉しくなるからセフレなんてご褒美でしかないんだけど……」

「……」

「でも、今日さ」

「……うん」

「あいつと、前の旦那と出くわしちゃって、私どうしていいのか本気で分からなくて。怖くなって声も出なかったんだよ」

 

 亜紗が私の元へと近付いてくる。

 一歩、二歩。

 

「ほのちゃんの背中に隠れてさ、震えて、何も考えたくなくて」

「うん」

「早くあいつにどっか行ってよって思って。でも全然離れてくれなくて」

「うん」

 

 私との距離はあと数歩。

 

「あの時、ほのちゃんが私を守ってくれたの本気で嬉しかった」

「そうか」

「それにほのちゃんさ、私の事をあーちゃんって呼んでた」

「……そんなん言ったっけ?」

「言った! 言いました! もう、なんで忘れるのっ。それに……それにさ、私の事を恋人だって、彼女だって言ってくれてたよね? ねっ?」

「…………あー」

 

 そうだけども。

 あの時は、あの馬鹿にはっきりと分からせるために私も見栄というか、ハッタリを効かせたところがあったんだが……。

 

「言っておくけど、あの時はそうするしかなかったって私も分かってるんだよ」

「んだよ、分かってたのかよ。驚かせやがって」

「あ、あったりまえじゃん。それでも嬉しかったって話なんだよ」

「そうかよ」

「ねっ……手を出して」

「ん?」

 

 私が差し出した手を、亜紗は胸元へと運んでいく。

 柔らかな感触……いや、今はちゃんとブラしてるから大して柔らかくはない。

 でも、厚みがしっかりしてる。

 なぜなら乳がでかいからだ。

 

「私、すっごいドキドキしてるの分かる?」

「いや……乳がでかすぎて心臓の音なんて聴こえねぇ」

「…………」

 

 おいやめろ。

 服の下から私の腕を入れようとするな。

 ちょっと考えりゃ分かるだろ、巨乳なやつが心音聞き取りづらい事くらい。

 

 私レベルでも、健康診断とかで聴診器を当てる時にちょっとずらしたりとかしてたからな。

 亜紗くらいになれば、乳をかき分けなきゃ聴こえないだろうよ。

 くそ、しまらねぇやつ。

 

「うー……仕切り直しっ! もっぺん!」

「そうしてくれ」

 

 あらためて、私達は向かい合った。

 でも、なんだか少しリラックスできた。

 ここまでの会話の流れの時点で、私にとって嫌な展開じゃないって分かったからかもしれない。

 

 とはいえ、亜紗は真剣だ。

 私もちゃんと向き合わないと。

 亜紗が息を吸って吐いて、深呼吸してから声を発する。

 

「私、ほのちゃんが本気で好き」

「……うん」

「私、ほのちゃんとずっと一緒にいたいです」

「…………うん」

「ほのちゃんは……穂乃花は私と一緒にいるの、嫌?」

 

 亜紗の瞳は微かに揺れている。

 ライトアップされてるとはいえ、夜空の下でも分かるくらいに緊張してるのが明らかだ。

 顔が青白く見えてしまうのは、メイクのせいとか、照明のせいだけじゃない。

 

 こいつも覚悟を決めてきてたんだよな。

 心が病んでるっていうのに、私より気合い入ってやがる。

 でもよ、それにしたって旅行中に告白とは……これで失敗したら明日が気まずいってもんじゃないぜ。

 その時は車内がお通夜になっちまう。恐ろしい。

 

 ……でも良かった。

 私の危惧してたような、最悪の方向じゃなかったから。

 

 むしろ逆。

 私にとっては歓迎するべき、喜ぶしかない言葉を口にしてくれた。

 正直、すっげぇホッとしてる。

 この時点で既に安心と安堵しかない。

 でも、だからこそ私も真摯に答えなくちゃいけない。

 ここまできて、この展開を台無しにしようものなら、死ぬまで私は後悔するだろうよ。

 

「私も一緒にいたいと思ってる」

「ほんと?」

「私もさ、あんたの事……亜紗の事が好きだよ」

「そ、そっか。そっか、そっかぁ…………っ」

 

 あーあ、また泣いちゃった。

 あんたの涙腺、すっかり緩くなったよな。

 でも、泣くくらい真剣に挑んできてくれたんだよね。

 だから泣き止むまで、胸くらい貸してやるのもやぶさかじゃないよ。

 

 ふふっ。

 私の計画とか予定は、本当にことごとく上手く進まない。

 本当はこの夜景を一緒に眺めて、ロマンチックなムードってやつで過ごすつもりだったのに。

 ぜーんぜん、ちっとも思うようにいかないんだ。

 でも、おかしな話だけど私は凄く嬉しい。

 

「……」

 

 今、私は間違いなく亜紗が好き。愛してる。

 

 屈託なく向けてくる笑顔が好き。

 私を呼ぶ無邪気な声が好き。

 ふにふにと柔らかくて綺麗な指が好き。

 右目の舌と口元のほくろが好き。

 綺麗で滑らかな髪が好き。

 

 全部、私のだ。

 誰にも渡したくない、渡すつもりもない。

 その気持ちに嘘はつけない。

 

 子供の時から好きで、一度は嫌いになって、また好きになって。

 もう別れる時の辛さを味わいたくないから、関係を築くのが怖かった。

 でも、曖昧な距離はもう嫌だ。

 自分に正直になりたい、素直でありたい。

 だから私はちゃんと想いを告げる。

 

「亜紗、ううん。あーちゃん」

「あ……うん」

「結婚しよっか」

 

 いつかは終わってしまう関係かもしれない。

 じわじわと、あるいは突然に訪れるかもしれない。

 恒久的ではきっとないと思う。

 

 だって、恋人だった時の私は恋を不変のものと信じていたのだから。

 それがある日崩れる事を私は知ったから。

 恋に絶対はありえない。

 でもさ。

 

 泡沫の恋。

 それでもいいじゃないか。

 泡のように弾けてしまう、いつかは終わってしまう不安定な関係だったとしても。

 好きだと胸を張って亜紗に伝えていきたいから。

 

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