あんな奴を好きだった自分、ホント馬鹿じゃねぇ? 百合カップル? クソだよクソ! 過去に戻れたら絶対に選ばんわ!   作:Yunoko

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第16話 私は亜紗と結ばれたい 前編

 

 私が亜紗を好きだと告げて、あろう事か結婚しようなどとプロポーズまでしてしまった夜。

 あれから亜紗は大号泣し、感情はぐちゃぐちゃ、顔だってくちゃくちゃ。

 メイクもスタイリングも乱れちまったが、それでも亜紗は可愛いからずるいよな。

 

 おかげで旅館での一夜を楽しむどころじゃなかった。

 嬉しくて泣いてるといって憚らない亜紗を、延々と宥め続ける羽目になってしまった。

 

 予定は未定であり、決定にあらずとは誰の言葉だったか。

 本当に私の立てる計画ってやつは、いつだってままならない。

 

 でも、今回の予定外は悪い事ばかりでもない。

 だって私が結婚を申し込んで、亜紗がそれを受け入れてくれたんだから。

 彼女が私の伴侶(女同士でこの表現が適切かは知らん)になってくれると肯定してくれたのだから。

 

「嬉しい」

「夢みたい」

「好き、大好き」

 

 それらの言葉を、何度亜紗は口にしてくれただろう。

 本当に珍しい事なのだが、あの夜に私は亜紗と身体を重ねたりしなかった。

 その代わり、ベッドの上で手を繋ぎ、お互いの身体を寄せて眠りに就くまで過ごしていた。

(結局、いくつも並ぶベッドも布団も使う事なかったわけだ。なんと贅沢で無駄な使い方よ)

 

 とはいえ、中々眠気が訪れない。

 それは多分、亜紗もだろう。

 隣で横になっている彼女から寝息が一向に聴こえてこない。

 

 亜紗もそうであれば嬉しいが、私はまあ昂って滾ってしまい、眠れなかった。

 まさか流れるようにプロポーズを自分がしてしまうとは、想像すらしてなかった。

 半年前の自分に「お前さぁー亜紗とセフレになって仲直りして、しまいにゃ結婚申し込むよ」と言ったところで絶対に信じないはずだ。

 

 あの頃の私は、亜紗が憎くて仕方なかったはずだから。

 なのに、あの時の憎かった気持ちも辛かった気持ちでさえ、今は薄れて消えてしまいつつある。

 あと半年もすれば、それらの気持ちはすっかり風化してしまうのだろうと思う。

 我ながら、なんて単純なのだろう。

 

「…………」

 

 翌日の早朝。

 私にしてはこれもまた珍しい事だが、朝の5時頃に目が覚めた。

 隣の亜紗もあれから眠りに就けたみたいで、今は小さな寝息を立てている。

 

 そういえば、亜紗の寝顔って中々見れないな。

 付き合ってた頃からそうだったけど、亜紗はいつだって目覚めるのが早い。

 時々昼寝してる時もあるから見れなくもないんだけど、完全な寝顔というのは結構レアだ。

 

「……おはよ、あーちゃん」

 

 亜紗の髪と頭を軽く撫でて、私は静かにベッドから身を起こす。

 バスタオルや着替えを用意し、私はロフトの露天風呂に浸かる事にした。

 秋風を肌に浴びつつ、身体は湯に浸かるってのも悪くない。

 

 朝の5時といっても、今は11月でなんなら12月も間近。

 外はまだまだ暗くて夜のような状態、つーかほぼ夜。

 日が昇ってくる気配もまだなさそう。

 まあ、これはこれで夜景の中の夜風呂って感じでいいのかもしれない。

 

 まだ昨日の興奮も完全には冷めてないし、胸だってずっとドキドキしてる。

 呼吸がいつものリズムじゃない。

 あからさまに乱れてるわけでもないし、苦しいとまでいわないけど、それでも不規則なのが分かる。

 ちょっとしたきっかけで、嬉しいって感情が爆発して泣きそうだ。

 多分、今の私はにやにやと気持ちの悪い顔をしてると思う。

 

 こんな顔を亜紗に見られたくない。

 どぎまぎとして、動揺する様子を亜紗に悟られたくない。

 リードされるのが好きだと、今の私をかっこいいと言ってくれたあの子の前では冷静な自分でいたい。

 

 だから、少しでも自分を抑えたい。

 温かなお風呂に浸かってクールになれるのかは甚だ疑問だけれど。

 

「……」

 

 全裸になって外に出る。

 室内の、それも外から丸見えの状態で脱ぐのって解放感と背徳感があって……なんかエッチだな。

 他人から裸を見られるなんて絶対嫌だけど、露出狂の気持ちがほんの少しだけ分かるかもしれない。

 

「つか、寒っ」

 

 当たり前だが寒かった。

 めちゃくちゃ冷えんじゃん。

 秋風が身体の芯まで沁みるわ。

 このまま馬鹿な事を考えてたら、ヒートショックでやられちまうよ。

 

 かけ湯でサッと身体を流して湯に浸かった。

 お湯に浸かってから、どうせ誰も見てないんだし脱衣用のカゴをここまで持ってきて、ここで脱げばよかったと思った。

 

「……」

 

 あぁ、あったかい。

 顔と首以外をお湯に浸して息を吐く。

 冷たい風を頬で浴びると良い感じに気持ちいい。

 

 冷やしたお茶でも持ってくればよかったな。

 流石にこの時間でお酒は飲めないけど、何か飲みながら日の出を待って眺めるっていうのも洒落てるじゃん。

 まあ、あんまり長々とお風呂に入ってられるタイプじゃないんだけどな。

 

 それに、そもそも11月の日の出っていつだよ。

 午前6時じゃまだか? 7時くらいには流石に明るいよな?

 

 昔、あれはまだ中学生くらいだったか。小学生じゃ……なかったと思うが。

 大晦日の時にたーぼ(寺生まれの男友達。性欲と食欲にまみれた破戒僧。三度の飯も好きだし、それ以上に女を抱くのが好き。よく私はこいつと友達になろうと思ったな)の家で私やクラスの色んなやつらが集まって、新年の初日の出を見たのは何時頃だったっけな。

 

『うひぃ~~寒ぅ。なっかなか来ないじゃんね日の出』

『ふふ、ホントだね』

『私カイロ持ってきてるからさ、ほのちゃんも一緒に握ろっ。ちょっとはマシになんよ!』

『いいの? ありがとっ、あーちゃん』

 

 あの日はクソ寒い冬空の下、みんなで文句を言いながら初日の出を待ってた。

 私はあの時、確か亜紗と一緒に寒い寒いといいながら除夜の鐘を鳴らすやつ(名前知らん)のところで座ってたはず。

 亜紗が持ってた使い捨てカイロを一緒に握って、寒さを凌いでたっけなぁ……。

 

 懐かしい。

 あの頃、とっくに私は亜紗の事が好きだった。

 でも絶対に言えないと我慢していたはずだ。

 頑張って自分を抑えていただろうよ。

 

 想いを告げてしまえば、この関係は絶対に終わってしまうとどこかで分かっていたんだろう。

 今よりもずっと夢見がちで世間知らずな私でも、それくらいは理解していたんだ。

 ……それが今じゃこうなるとは。

 分かんないなぁ、人生は。

 

「ほのちゃん」

「ん?」

 

 振り返ると、そこには亜紗が立っていた。

 こちらからだと光の加減でいまいち表情は窺えない。

 

「お風呂入ってたの?」

「うん……珍しく早起きしてさ」

「そっか……私も入ろっと」

 

 言うや、浴衣をばさりと脱ぎ捨てる。

 その下はパンツのみであったが、それもぽいと脱いでいき。

 ここ最近ですっかり見慣れてしまった全裸の亜紗がそこに立つ。

 相変わらず肉感的で、なのに幼げで童顔気味の顔とのアンバランスさが私の欲情を刺激しよる。

 

 とか思ってたら、亜紗は身体をぶるりと震わせた。

 ついでに乳とか尻も揺れてた。

 こんな歩くエッチ、そら男も視線向けますわな。

 私もガン見しとる。

 

「寒ぃ、寒いねぇ」

「そらそうだ。早く入りな」

「う、うん。そうする」

 

 逃げ込むようにお湯へと浸かり、私の隣へと座り込む。

 肩からお腹、お尻に足と順に密着させてきて、亜紗の肌の滑らかさは私をムラムラとさせる。

 くっそ、なんでこんなすべすべもちもちとしてんだこの女。

 ムダ毛も全然生えてこないしよぉっ。

 

 天は二物も三物も与えすぎだろ。

 世の不公平感、不条理感を1人で加速させてんじゃねぇぞ。

 

「はぁぁ……あったかぁ」

「寒い時のお風呂は沁みるな」

「うん……それもあるけど、ホッとしちゃって」

「何にホッとしたん?」

「ほのちゃんがいてくれた事」

 

 亜紗が身体をさらにくっつけてきて、頭を寄せてくる。

 甘い匂いだ。それでいて私を惑わせる悪い香りが鼻腔を刺激する。

 多分私の脳の中からいけない快楽物質も出てるはずだ。

 だってムラムラすんだもん。

 

 でも私は自分を律した。

 なぜなら亜紗の顔はずっと寂しそうで、今にも泣きだしそうだったから。

 とてもエッチな雰囲気に持ち込んじゃいけない空気だと、賢い私は明敏に察した。

 できる女は空気も読めるし、エッチだって我慢できる。

 

「さっき起きて……隣にほのちゃんがいなくて。トイレかな? って思って待ってたけど来なくて。どこか行っちゃったのかなってだんだん怖くなって私も起きて……探しちゃった」

「……そっか、心配かけてごめんな」

「ほのちゃんが謝る事じゃないよぉ」

 

 そうだった、迂闊だった。

 亜紗の今の状態ならこうなる事くらい、予見できたはずだ。

 

 心配をかけて悪い事をしたと思う。

 でも、それとは別に私がいない事で亜紗が不安になり、探し回ってくれて嬉しく思う自分もいた。

 なんて浅ましく醜い感情なのだろうか。

 亜紗を心配させて、苦しませて喜んでんじゃねぇよ私。

 

「昨日……さ」

「う、うん?」

「亜紗に、そのさぁ、プロポーズみたいに告っちゃっただろ」

「あ……そ、そうですね」

「……なんで敬語。とにかくさ、それで私も上手くいえないけどなんか落ち着かなくて」

「うん」

「夜も中々眠れなくて、テンションおかしいし、ドキドキは止まらないし、喉も渇くし」

「うん」

「これからどうなんだろ、どんな風に接したらいいんだろって考えてばっかでさ」

「うん」

 

 しどろもどろとなった私だが、亜紗は笑ったりしないで聞いてくれている。

 昔から……私が上手に言葉を伝えられなくても、亜紗は茶々を入れたり、ふざけたりしないで聞いてくれてたっけか。

 

「昨日の事ってさ、夢じゃないんだよね」

「うん……夢じゃないよ」

「私は亜紗と夫婦……いや、パートナーでいいのかな」

「パートナーだよ。私はほのちゃんのパートナーにしてもらったんだよ」

 

 亜紗の言葉が不思議と私の耳朶に触れる。

 私の言葉を否定せず、同意してくれることがどこまでも嬉しくて、喜びが胸の底からこみ上げてきそうだ。

 

 夢じゃない。

 これは現実だと、亜紗が私の人生の相方なのだと肯定してくれている。

 

「亜紗、私は亜紗が好きだよ。愛してる」

「私もだよ、ほのちゃん……穂乃花」

 

 私はずっと亜紗と一緒にいられるだろうか。

 ずっと、というのは贅沢な望みなんだろう。

 でもせめて、出来るだけ長く幸せでいられたらいいなと切に思う。

 

「好きだ、大好き。私さ、亜紗を離したくない」

「うん……ずっと一緒。一緒にいてね」

 

 見つめ合い、数秒くらいで私は亜紗の顎に触れる。

 亜紗は自然と顔が上を向く。

 唇が触れ、重なり、そのまま数秒。

 

 亜紗に言いたい事なんていくらでもある。

 全然、私の想いは伝えきれてない。

 だから伝えきれていない言葉や感情を込めるように、私は亜紗とキスし続けた。

 

 

※ ※ ※

 

 

 あれから。

 2日目の旅行は特に問題もなく終わった。

 お土産買って、ドライブして、海を見ながら橋を渡っていき、美味い海鮮料理も食べて、神社で縁結びの祈願もして……あ? ダイジェスト?

 うっさい、こちとら亜紗とのこれからに向けて忙しいんだ。

 楽しくスムーズに終わった事をちんたら語ってらんねぇよ!

 

「…………」

 

 というわけで、旅行を終えて。

 私と亜紗は少しずつ、結婚に向けての準備や行動を起こしていた。

 まあ、正確には結婚と呼べるようなものではないんだけどさ。

 

 最初に、私と亜紗は結婚届にお互いの名前や住所とか記入しあった。

 書いたところで、すべての記入欄を埋めたところで意味はない。

 今の現行法では同性同士での結婚は認められていないし、市役所に出したところで受理もされない。

 

 でも書きたかった。

 どんな形でも、私達が結ばれたのだと目に見える形で残したかった。

 だから、私と亜紗で記入して大事に保管しておこうと話し合ったのだ。

 いつか、同性婚が認められるようになった時、これを提出しようと誓って。

 

 ……まあ、その時は書式も変わってるだろうから、結局書き直しになるんだろうけど。

 だってさ、書いててつくづく思ったんだけど、結婚届の記入欄は夫ありき、妻ありきなんだぜ。

 同性同士での結婚なんて端から想定されちゃいない書式なんだもん。

 

 私は夫の記入欄を黙って二重線で消して、妻に書き直してから記入してやったわ。

 亜紗はそのまま書かせればいいんだけど、初婚・再婚の項目で躓いていた。

 再婚のところへチェックを入れるのが嫌で、初婚にチェックを入れたがってた。

 

「んなもん気にしなくていいんだ。再婚って書きな」

「……初婚だったら良かった」

「昔はともかく、今は私だけを見てくれてるんだ。それで十分なんだよ」

「……」

 

 仮にさ。

 亜紗と最初に付き合えるかもしれない、最初にエッチだってできるかもしれない。

 でも、どこかで別れて縁が途切れるかもしれない。

 そうなるくらいだったら、再婚だろうがそこからずっと一緒にいられる方が私は嬉しい。

 

 最初の彼氏であるより、最後の夫でありたい……的な?

 この例えが適切かは知らん。そもそも彼氏じゃなくて彼女だろうがよ。

 でも私にとって大事なのは、今この瞬間、亜紗の好意や愛情が私に向けてくれてるって事なんだ。

 そんな感じの理屈を私は伝えていく。

 

 まあ、最初から初婚で徹頭徹尾、最後までずっと添い遂げれる可能性について言及されたら弱るなぁとか思った。

 でも亜紗はそのへんについて考えが回らなくて助かった。

 代わりに亜紗は泣きながら頷いていた。

 こいつ、いつも泣いてんな。

 

 あとは結婚届の証人問題。

 別に証人が家族である必要もないけど、この際どちらの家族にも報告するかという話になった。

 時期は年末年始の帰省がてらで。

 

 久しぶりに実家へ戻りつつ、そこでとんでもサプライズな置き土産まで残していく。

 私の家はともかく、亜紗のお母さんに伝えるのは緊張するが……。

 つうか、結婚を認められたらおばさんじゃなくて、お義母さんって呼ぶんだよな。

 それも変な感じがする。

 

 

※ ※ ※

 

 

 結婚届の記入を一通り終え、来る年末までに私はパートナーシップ制度についてもあらためて調べた。

 付き合ってた時にも一度は調べたけど、あの時はまだ制度も手探り状態だったし、私も別れてから記憶が色々と飛んでるからな。

 両者家族からの結婚が許されたら、来年にはパートナーシップの宣誓だって行うつもりだ。

 

 必要な書類は大体把握した。

 本人確認書類はまず大丈夫。

 戸籍謄本や住民票なんかはマイナンバーカードさえ持っていけば、今時コンビニで揃えられる時代だ。

 こちらも時期さえ気を付ければ問題なし。

(発行してから3カ月以内の物と記載されてた。まあ、宣誓日と合わせて調整するだけだが)

 

 あとはパートナーシップの宣誓日くらいか。

 いってしまえば結婚記念日のようなものだから、なんとなく私と亜紗にちなんだ日にしたいと思ってしまう。

 すっかり擦れて爛れた私の中にも、まだ乙女心みたいなもんが残っていたとはな。

 こいつぁ驚きだ。

 

「亜紗はいつがいい?」

「私は……ほのちゃんと初めて付き合った日にしたい」

 

 試しにと聞いてみた私であったが、亜紗の返答は早かった。

 

「付き合った日か……高校の卒業前だから……」

「2月25日」

「……よく覚えてんな」

「うん……何度も考えてたから」

 

 私と同居を始めてからというもの、亜紗は度々と結婚を夢見るようになったと話す。

 でも恋人にまたなりたいと言えず、もしも結婚できたらこうしたい、ああしたいと妄想する事が何度もあったのだと恥ずかしげに語っていく。

 

「ふふ、妄想じゃ……私の妄想じゃないんだよね。これって」

「亜紗の妄想じゃない。私と亜紗で決めた事だね」

「うん。うん……っ」

「亜紗、最近はほんとに泣き芸みたいになってきてるよ」

「だっ、だってぇ……」

 

 泣いてる亜紗を撫でつつ、私は来年のカレンダー(卓上型のやつ)に予定を記入していく。

 来年の2月25日、この日が私と亜紗のパートナーとして宣誓する記念日となる。

 

 といいたいところだが、実際はいくつかの候補日を向こう(市役所)に伝える必要があるので、第二候補は亜紗の誕生日である4月9日、第三候補は私の誕生日である8月12日でいく事にした。

 

 私は何をしたいか、亜紗も何をしたいのか。

 二人で話し合い、メモに書いていく。

 

 お互いの家族にこの関係を話し、認めてもらう事。

 パートナーシップ宣誓を行う事。

 二人で結婚指輪を買いに行きたい。

 フォトウェディングがしたい。

 

 大まかだけど、私と亜紗でほぼ共通していたのはこの4つ。

 他にも、私は名字を一緒にするための養子縁組制度の利用や、私に何かあった時のための公正証書遺言についても提案したのだが、亜紗は頑なに拒んだ。

 

 特に私が遺言について話した時の取り乱しようはすごかった。

 久しぶりに、本当に久しぶりに亜紗が怒ったのを私は見たかもしれない。

 

「そんなの欲しくて結婚したいんじゃない!」

「いらない! 穂乃花がいたらあとはいらない! なんにもいらないの!」

「穂乃花は死なないし、私とずっと一緒にいるから大丈夫だし!」

 

 みたいな事を言って泣きながら抗議してきやがる。

 そうなってしまうと、亜紗は私に抱きついて離れないし、力は強いし、涙と鼻水とよだれでびっしゃびしゃだしで、私は踏んだり蹴ったりだ。

 

 思わぬところで私の計画が躓いて若干イラっとしたんだけど、この時の怒った亜紗が付き合ってた頃みたいな言い方をしてて、少し懐かしいと思ったのは内緒だ。

 これも惚れた女の弱みなのだろう。

 

 とはいえ。

 私だって別に死にたいわけじゃないし、その予定は当面ないわけよ。

 でも人生なんて何があるか分からないじゃん。

 

 車を運転してて、いきなり信号無視してきた車が横から猛スピードで突っ込んでくれば私は死ぬだろう。

 まあ可能性は低いけど、不整脈とか心筋梗塞だので突然死する事もあるかもしんない。

 若年性でもそういったリスクがあるって誰だったかに聞いたし。

 もしかしたら悪性腫瘍(ガン)になってさ、発見が遅くてどうにもならない可能性だってあるじゃんよ。

 

 それでまあ、最終的に私が死にましたってなったらよ?

 亜紗が1人残されたらどうなるのかって心配になるわけだ。

 

 まあ順当にいけば、あんたはお母さんの元に帰っていく形にはなるんだろうけど、問題はそのあとだ。

 あんたは自殺を怖いって言ってたから、そう簡単には死なないでくれると信じたい。

 間違えても後追いなんかしないでほしい。

 

 でも、生きていくには今のあんたはあまりにも弱すぎる。

 昔の明るさや無邪気さ、無鉄砲さがどれもなくなって、周りが怖くなったあんたが生きていくには厳しい。

 だからもしも万が一の事故とかで私が先に死ぬとしても、何かを残してあげたいってわけ。

 

 私は女だから、あんたに子供を残してもやれない。

 同性同士だから、法的な効力で繋がる事だってできない。

 私が死ねば、パートナーシップ制度の解消だって行わなくちゃいけない。

 それだって亜紗にできるのか……。

 

 収入面で亜紗が無収入なのを気にしているから、そこについても私は少しずつ動いてる。

 亜紗は精神科の初診日から1年半以上経過しているし、今だって定期的に通院している実績があるから、障害年金の受給条件を満たしている。

 年金申請についてまだまだ分かってないところもあるけど、条件自体は満たしているんだから、やってやれない事はない。

 

 でも、障害年金だけじゃ食っていけない。

 亜紗のお母さんが働けなくなったり、万が一の事があればやっぱり心配だ。

 私の家族は亜紗を助けてやってくれるのか、どこまで支えてくれるのか、それだって未知数。

 

「……」

 

 もしもだけど。

 私がいなくなったとして、亜紗を養ってもいいって男はきっといくらでも出てくるだろう。

 

 亜紗はとても献身的だ。

 昔からその傾向はあったけど、今はより顕著。

 とことん尽くしてくれる良い女。

 多少心は病んでるし、ネットで晒されたりしてるし、だらしない部分もそこそこにあるし、家事はまだまだ不出来なところもあるけど、一生懸命頑張ってくれる。

 

 毎日家で料理作ってくれてさ、慣れない家事も頑張って、帰りを待ち続けてくれる亜紗を嫌いになれるか?

 私には無理だ。好き、大好き、超好き。

 きっと亜紗を好きになった男だってそうなるはずだ。

 

 でも、それでも……。

 好きという気持ちは無尽蔵に湧き続けるものじゃない。

 お互いの努力がなければ、必ずどこかで綻びが生じてくる。

 感謝も気持ちは薄れてくるし、尽くしてくれる事が当たり前だって感じるようになったら、そこから先は終わりが早いか遅いかでしかない。

 

 そんな時、だんだん好きじゃなくなった相手に依存されても関係は続けていけるか?

 中途半端な気持ちで手を差し伸べてきた相手に依存して、最後は都合よく扱われて捨てられる。

 そんな亜紗は見たくない。嫌だ。

 

 となれば、だ。

 私が主体になって動かなくちゃいけないし、亜紗が後になって困る事がないように準備はしなくちゃ。

 そんで分かりやすく残せるのがお金なんだよな……。

 

 私はそれなりに稼げてるし、生命保険だって当然のようにそこそこのプランにも入ってる。

 億単位には届かないけど、数千万くらい軽々残せる。

 うちのお母さんは、私がその保険金の受取人を亜紗にしたからってとやかく言う人じゃないと思う。

 

 その上で。

 私の意志をきちんと明確にして、誰にも文句も後ろ指も差されないよう、きちんと書類を作った上で亜紗に残してやりたいわけだ。

 

 つっても億未満の金で一生暮らしていくなんて絶対無理だし、他にも色々と考えなくちゃいけない。

 今の仕事だっていつまで稼いでいられるものか。

 考える事はいくらでもある。

 

 でも、将来以前のところで大きな問題が浮上してきてんだよな。

 

「やだぁ、やだやだ……」

「ほのちゃん、どうしてそんな事するの?」

「私を置いていくの? そんなのダメだから……」

 

 亜紗である。

 私がどうにか困らないようにしたいと思ってる一番の存在が、私のやろうとしている事を拒んできてる。

 身も蓋もない事をいってしまえば、私は亜紗を助けたいのにそれを邪魔してくるのが亜紗なのだ。

 

 私がどれだけ言葉を噛み砕いて説明し、どんだけ優しく声をかけたとしても、亜紗はこの手の話に関しては頑なに理解を拒みやがる。

 そもそも説明しようとすると泣きついてくるからさ、同意どころの話じゃない。

 入口段階で既に躓いてしまっている有様よ。

 

 かといって、亜紗と離れているタイミングで私が書類とか作ってると、こういう時に限って亜紗は目敏く発見してきて、私が死ぬかもしれないという想像から不安を強める始末。

 

 弱ったな、おい。

 こいつ、私にめっちゃくちゃに依存しとるやんけ。

 私だってさ、あんたを残して死ぬつもりはないってのに。

 

 馬鹿だなぁ、ホント。

 でも本当の馬鹿は私だろう。

 だってさ、こんなに縋り付いて泣いてくれる亜紗を見て、私を必要としてくれてる、私がいないとダメなんだって、どこかで喜んでる私がいるんだから……。

 

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