あんな奴を好きだった自分、ホント馬鹿じゃねぇ? 百合カップル? クソだよクソ! 過去に戻れたら絶対に選ばんわ! 作:Yunoko
『もしもし~ご無沙汰ちゃん』
意を決して折り返した電話に対し、1、2コールで彼女は出た。
スマホのスピーカーから聞こえてくるダウナー系の声。
間違えようもない、白河千早(しらかわちはや)の声。
「もしもし……久しぶり、千早。ごめんね気付くの遅れちゃって」
『いーよ。あたしも急にかけてすまん』
千早の声を聞くのはいつぶりだろう?
着信履歴通りなら、去年の7月が最後のはず。
少なくとも、亜紗と同居する前だったのは確かだろう。
亜紗との事、聞かれるかな? 聞かれるよなぁ……多分。
「なにか用事とかあった? 大丈夫?」
『んー……用事ってほどでもないけど。今度そっちの方に何日か寄るかもしんなくてさ』
「へぇ、こっち来れるんだ」
『まだ日程も決まってないけどね。そん時、穂乃花の顔見たいな~って』
「確かに、私も久しぶりに千早の顔見たい」
去年は2回会ってるけど、今年はまだ会えていない。
髪切ったりとか染めたりとかしてるのかな。
ファッションやメイク変わってたりしてないだろうか。
千早は美人系でクールなお姉さんって感じの子だ。
黙っていても喋っていても綺麗な子で、身長も高いしスタイルも良いし足も長いしで私の理想形……なりたかった姿の持ち主といってもいい。
ただまぁ、お酒はガンガン飲むし、タバコ(今は電子だったかな?)だって吸いまくるので、将来的な身体の心配はあるけど。
耳にはあちこちピアスだってしてて、ファッションもモード系っていうのか? 全体的に黒めの服装してて、初見だと喋りかけづらい雰囲気をしてるのは確か。
でも話してみれば意外なぐらいに気さくでフランクだし、結構世話焼きで細かい事まで気付いてくれたりするし、本当に良い子で優しい子。
これは間違いない。
それにあの日……私が亜紗に裏切られて傷心状態の中、亜紗や美春達の言葉にも一切耳を貸さず、ずっと寄り添ってくれてたのが千早だ。
私が立ち直るまで親身になってくれた彼女に対し、感謝したってしきれない。
交友関係の中で一番の親友だと思ってる。
だからこそ、亜紗の事で話せてない現状が後ろめたく心苦しいのだが。
『じゃあ、そっちに行く日が決まったら連絡すっし』
「……うん。私も早めに返事できるようにしとく」
『あいよ。じゃあ、また』
「うん、またね」
通話が切れて、亜紗に対しての言及がなかった事をホッとしてしまう私はなんと情けない女なのだろうか。
聞かれなかったからよし、じゃないよ。
都合の悪い事こそ、自分から言わなきゃなのに。
今度千早と会う時、ちゃんと報告しないと……。
※ ※ ※
千早に対し罪悪感を抱いたり、今度会ったらどう切り出すかなどと思っていた私だが。
悩んでいる間にも、亜紗とのパートナーシップ宣誓やペアリング購入、フォトウェディングの予定は次々と迫ってきており、次第にうじうじと考える暇もなくなっていた。
「こちらがですね、パートナーシップの宣誓書受領証となりまして……2種類ございます」
2月25日。
パートナーシップ宣誓当日。
指定された市民センターでの一室にて、私と亜紗はテーブルの上に置かれたそれを見入っていた。
これがパートナーシップ宣誓書受領証……。
財布の中で収まる程度のカードサイズと、もう一つはA4サイズのちょっと立派な紙の2種類だ。
言っちゃなんだが、しょぼい。
特にカードの方の薄っぺらさよ。
縁こそ色鮮やかな装飾が施されてるものの、とにかく薄い。
病院の診察券の方がよっぽど厚みがあるってもんだぞ。もっと予算かけてよ。
私が適当にパソコンで作って印刷してさ、それっぽいハンコ押してラミネートしただけでも作れそうなんだけど?
「こちらにお二人のお名前と生年月日、住所とご記入ください」
それでも。
目の前に置かれたこれに私と亜紗の名前を書く時、心が躍っていたのは確かだろう。
1文字ずつ丁寧に書いていき、亜紗が記入したカードの方にも私の名前や諸々を書いていく。
亜紗も真剣な顔で私の持ってたカードへと名前を書いていた。
「……」
まじまじとカードの方を確認する。
名前よし、生年月日よし、住所も問題なし。
宣誓日は2月25日、交付番号は7番。
7番目。
つまり、私達の前に6組の同性カップルが同じようにパートナーシップ宣誓をしてきたという事。
傍目には分からないのだろうけど、同じ自治体で同じように手続きを踏んできたカップルが6組。
もしかしたら、気付いていないだけで町のどこかですれ違っているのかもしれない。
その人達だって働いていて、知らない内に声を交わした可能性だってあるかも。
自分が女、あるいは男なのに同じ性別の相手を好きになった時。
どう感じたのか、少し知りたいと思わなくもない。
自分が異常なのだと、おかしいと感じたりしなかったか、葛藤はなかったのか。
相手に受け入れてもらえるだろうか、もし気持ち悪いと思われたどうしようと不安は抱かなかったのか、とか聞いてみたい。
まあ私は自分がレズビアンだからと、自分の性愛対象について悩んだ事はそんなにないけどさ。
私が悩んだとしたら、私が女だから亜紗に受け入れてもらえない可能性とか、結ばれても男と同じようにはなれないって事だし。
同じ女を好きになった事への疑問って正直ない。
「嬉しいなぁ…………」
「ん?」
隣に座っている亜紗の呟きで、私は視線を横へ向ける。
亜紗はパートナーシップ宣誓書受領証を折り曲げたりしないよう、丁寧にファイルへと挟んでいた。
「これで私とほのちゃんはパートナーだよ。パートナー」
「ん、そうだね」
満面の笑顔を浮かべる亜紗に、私も思わずつられて笑みをこぼす。
その様子を微笑ましそうに向かいの席の2人────ダイバーシティ人権推進課から来てくれたのであろう本日の担当者(こちらを気遣ってくれたのか、どちらも女性。若い、私らより若いだろこれ)が見てくれている。
ちょっと、いやかなり気恥ずかしい。
そら、気味悪がられるよりは全然いいけどさ。
「花咲さん、天ヶ崎さん。あらためまして、この度はパートナーシップ宣誓おめでとうございます」
担当者の女性2人が拍手と共に丁寧にお辞儀してくれた。
ご結婚おめでとう、みたいな感じだろう。
私と亜紗は一瞬視線を交わしたが、慌てて頭を下げて「ありがとうございます」と返していく。
このあとは、本当にざっくばらんとパートナーシップ宣誓後の利用できるサービスだとか、分からない事があった時の連絡先だとか、制度の手引きを開きながら説明をしてもらい。
一通りの予定が終わったところで簡単に雑談したりもした。
「カードの下の方をご覧いただけたら記載されていると思いますが、今回の花咲さんと天ヶ崎さんとのお二人で7番目の宣誓なんですよ」
「だからというわけじゃないんですけど、私達もまだモデルケースといいますか……どんな風に進めていったら安心と納得のしていただける内容とできるか、試行錯誤してまして」
「この一連の流れも、よそのやり方を真似してるだけですから、本当にこれでいいのかって思うんですよね。もっと色々と考える事だらけです」
「ごめんなさい。せっかくのおめでたい日にこんな事をお話しちゃって……」
自分から色々と内情を話してくれた担当者の小桜(こざくら)さん。
びっくりするくらいフレンドリーな人で、私と亜紗の手を握って「お幸せに」と微笑んでくれて、私は単純なのでそれだけで好印象を抱いてしまった。
病んでて対人恐怖症気味な亜紗も、たどたどしくはあるけど「ありがとうございます」とお礼を言えたし、笑顔だって浮かべてた。まあ、大分困ったような笑顔だったけど。
なんなら、小桜さんが私の手に触れてたことを後で不満そうにもしてたけど。
「い、いくら私とほのちゃんの事をお祝いしてくれても……良い人そうだし、優しい人だとしてもさ……ほのちゃんの手に触るのはよくないんじゃ、ないかな」
帰りの車内でもやもやとしてるし膨れてるし。
「手くらいならいいじゃん。私と亜紗なんて恥ずかしいとこまで触れ放題だろ」
「それは……そうだけど、そうだけどっ。いやでも、ほのちゃんの優しくて柔らかい手を触っていいのは私だけ。私だけなんだよ? そうでしょ?」
コイツめ、粘るな。
今日会ったきりの人に嫉妬するかぁ? しかも次に会うかどうかだって分かりゃしないってのに。
独占欲を向けられ、執着されて困るどころか嬉しく思う私も大概だけどさ。
「……じゃあさ、家に帰ったら亜紗に上書きしてよね」
「…………うん。頑張ります」
何を頑張るって、そらぁスケベな事よ。
それにしても上書きだのなんだの、失礼な事を言ってごめんね小桜さん。
でも、今日担当してくれたのがあの人達で良かった。
おかげで私と亜紗も安心して宣誓できたし、幸せな気持ちのまま受領証を持って帰れるから、本当に感謝しているんだ。
※ ※ ※
亜紗とのパートナーシップ宣誓が終わってから暫くして。
私は自宅近くのファミレスで千早と出会う事になった。
その日は早めに仕事を切り上げ、近況報告とかしながらランチしようぜとなったのだ。
そして一通り食べ終え、雑談もそこそこにしたところで私は切り出した。
亜紗とセフレになるといってから、今日に至るまでの事の顛末についてありのまま。
語る時の心境? そらもう懺悔そのものよ。
「え、マジ?」
「えっと、マジです……」
私の話を聞き終えた時、千早は無言で固まっていた。
視線は私を見ているようで多分見てない。
それから数十秒くらいして、千早はマジかと尋ねてきた。
千早の驚く声は結構珍しい。
言葉は短かったけど、そこには色んな感情が混ざっていると思う。
主に呆れや失望、落胆とか……。
「まさか、ホントに復縁……しかもアレと……遅すぎた……」
私の左手の薬指、いや正確にはその根本に着けた指輪を凝視する千早。
なんだか手元を隠したくなったけど、それも失礼な気がして私は動けずにいた。
「……」
今日までの間に、私は亜紗とペアリング(私としては結婚指輪感覚)を購入しに行っていた。
事前に予約や相談していたとはいえ、自然と私と亜紗の指のサイズを測ってくれたり、私と亜紗の関係を特別視しないで普通のカップルとみなしてくれてて、私はとても嬉しかった。
あの店員さん(結奈さんって名前だった。すげぇ良い人だった)には本当に感謝しかない。
こないだのパートナーシップ宣誓の時といい、出会う人間に恵まれている。
あとはフォトウェディングを残すのみ、ってところで千早と久しぶりに再会したのが今日。
頭を抱えそうなくらい困惑している千早と、色々と申し訳なくて縮こまっている私。
「結婚……したんだ」
「結婚というか、パートナーシップってやつだけどね……同性婚はできないし」
「でもそこまで気持ちが固まったって事でしょ」
「まあ、はい……」
「……」
千早は天を仰ぎ、そのまま右の掌で顔を覆い隠した。
怒ってる? 怒るよね、そら……。
「ごめん、あれから報告も何もしなくて」
「……」
「怒られて当然だと思ってる。相談乗ってもらって、上手くいったら何にも言わないでいたし」
「……怒りはしないけどさ」
千早は静かに、けれど長い息を吐いていた。
それから水を軽く飲み流し、私へと視線を向ける。
「そもそも穂乃花とアレ……天ヶ崎の問題だったし……あたしがとやかく言う事じゃないしさぁ」
「……」
「ただね、あたしは正直言うと……まだ天ヶ崎の事、すっごい嫌い。散々穂乃花にひどい事して、あんまりな事言って笑い者にしてたから」
私は思わず顔を上げ、千早の顔を見つめてしまった。
千早の声が震えていたからだ。
当時を思い出したのかもしれない。
私と別れたあとの亜紗は、それはまあ悪辣だった。
美春や八奈子が加わっていたのもあるが、片っ端から共通の友人知人に都合の良い話をしてくれたもんだからなぁ。
未だに地元じゃ、私の印象は浮気束縛レズ女のままだろうし。
まあ、今となってはあの連中と仲良くなりたいとも思わないし、よしんば真実を知って謝られても元の関係には戻れないだろうと思う。
そんな連中に対し、面と向かって「穂乃花がそんなんするわけないじゃん」と否定してくれたのが千早だった。
その千早に対しても、亜紗達は結構キツイ事を言ったらしい。
『──あのクソバカビッチ! マジであいつ許せねぇ! なんなん、あの頭も股も貞操観念も緩々の浮気女がさぁ! ホントにバッッッカじゃねぇの! バカだから簡単に騙されんだ! アホが!』
その当時泣いてばかりだった私が思わず呆然とするくらい、千早はキレてた。
私が知る限り、あそこまでキレ散らかした千早はあれ一度きりだ。
怒り心頭過ぎて、千早とは思えないくらい語彙力も低下しまくってたからなぁ。
普段はどれだけムカついてても、静かにクールにキレる千早があそこまで怒るなんて。
一体、どんだけ腹立つ事を言ったというのか。
でも、その内容について千早は決して教えてくれなかった。
『聞いたら穂乃花がショック受けるから言わん』
その一点張りであった。
私を慮り、気遣っての結果だと分かってる。
だから、私もそれ以上聞こうとは思わなかった。
ただ、感謝は忘れないようにと思った。
なのに。
「……千早にはホントに感謝してる」
「いきなり何」
「私を庇ったりしたから、千早も色んな子と縁切られたりしたんでしょ」
「別にあいつらと縁が切れて困った事は一度もないよ」
「それでもありがとう。千早がいなかったら立ち直れてなかったと思う」
「…………」
「だからごめんね。千早に報告もしないままに……してて」
喋っている内に、今度は私自身の声が震えている事に気付いた。
さっきの千早が怒りで震えているとしたら、私は悲しくてだろう。
口にすればするほど、私がやってきた事って不義理だと痛感せざるをえないからだ。
私を庇うために大勢に向かって面と立ち向かい、そこでひどい言葉だって浴びせられ、縁まで切られちゃって、不利益しか被っていないのに。
それでも私の傍で慰めてくれて、助けてくれてたのに。
「…………ごめん」
あぁ、視界が滲む。
鼻もなんかつーっと垂れてくる感覚。
私、泣いてる。しかも鼻水まで流す始末。
泣きたいのは千早の方だろ。
私のために交友関係を切ってまで亜紗と対立したってのに、その私が亜紗と復縁までしてるなんて聞かされてさぁ……。
「もう済んだ事はいいじゃん。穂乃花が……幸せになってるならあたしは別にいいよ」
テーブルの上に置かれていたティッシュケースをこちらへ差し出す千早。
私は繰り返し「ごめん」と言いながらそれを受け取り、ティッシュで目元の涙とか、鼻水とか拭き取っていく。
泣いて許しを請おうなんて思っちゃいない。
この歳でぽこすか泣くのなんて亜紗くらいで十分だ。
だけど。
今さらながら千早の有難みを実感して、同時に私の無神経さが恥ずかしかったからだろうか。
色々ごちゃまぜとなった感情が液体になって出てきてしまった……。
「ただ……」
そう言うと、千早の表情から笑みが消えた。
真剣な面持ちに対し、私も背筋を伸ばし、膝の上に載せていた拳を強く握る。
何を言われたとしても、きちんと受け止めなくちゃ。
「このあとだけどさ、天ヶ崎に……会わせてくれない?」
「亜紗に会う、の?」
「そ。会ってみて許せるかって言ったら、多分あたしは無理。好意的になんか絶対にならん。でも、穂乃花との関係を少しくらいは祝ってやれるかも……しれない」
千早の表情がこの短い間にころころと変わっていき、その時の感情がどれだけ複雑なものか、私でも一端くらい感じ取れた。
こんな不義理な事してる私を責めようともせず、祝おうとしてくれてる。
大嫌いな亜紗に対し、私との関係を受け入れようとしてくれてる。
ありがとね、千早。
そんでごめんね、こんなアホな私で。
※ ※ ※
「あっ……お帰りっ、ほのちゃん」
「ん、ただいま」
千早と解散して、家に帰ってきた私に抱き着く亜紗。
いつもの良い匂いに混じり、今日作っているのであろう料理の香りが鼻腔を刺激してきた。
「この匂いは……ハンバーグ?」
「そうだよ、流石ほのちゃん。だいせいか…………いっ」
私の顔にすりすりとして、ぎゅっと抱きしめていた亜紗の動きが止まった。
ピタッと完全停止。
「どうしたの」
「ね、ほのちゃん。今日誰かと会った?」
「えっと、うん」
私が言う前に亜紗が気付いた。
やっぱり女の嗅覚は鋭いっていうか、違いにすぐ気付く。
目に見えて動揺しているし、こりゃさっさと誤解を解いておかないと。
でも、そんなに匂いって分かるもんか。
私、女だけどあんま分からねぇんだけど。
「お仕事関係の人じゃ……ないよね? た、タバコの匂いとか、するし」
「そうだよ。仕事早めに終わらせてさ、友達に会ってたんだけど……そんなに匂う? 臭い?」
「う、うん……」
亜紗は特に嗅覚が鋭敏なのか、私が鈍いだけなのか。
いやでも、確かに千早は喫煙しまくりだし、今日だって出会った時はヤニの匂いしてたもんなぁ。
私がすぐに慣れただけで、しっかり匂いが移ってしまっていたんだろう。
こりゃ、今日は柔軟剤多めにして洗わないといけない。
「ちゃんと亜紗に誰と会うか言っとくべきだった。ごめんね」
「あ、そ、そんな事ないよ。ほのちゃんが友達と会うの、私がダメっていう権利、ないし」
慌てて亜紗が首を振っちゃいるけど、会ってほしくないって顔してるのがバレバレだ。
正式にパートナーとなって、一緒のペアリングを買って着けていても、まだまだ亜紗は安心ができないらしい。
でも、私を取られたくないと、誰にも渡したくないと言ってくれる内は私が安心できてしまう。
なんと歪な愛情確認なんだ。
しかし、ちゃんと言うべきだったかもしれない。
たださ、相手が千早だから言おうか迷ったんだよな……。
「千早って分かる?」
「ちはや……ちはや……?」
この間もちらっと口にした気がするが、やっぱ覚えてないか。
にーなの事だってさっぱりだったし。
「高校まで一緒だった子だよ……白河千早。昔はちーちゃんって呼んでたけど」
「白河……ちは、千早」
ここまで言ってもピンときてないか?
「千早」と繰り返し呟いてるけど。
「覚えてないかぁ」
「…………覚えてるよ」
亜紗の声はたどたどしくなっていく一方だ。
「千早はあんたに会いたいって言ってたよ」
「私に……会いたい……? あの子が?」
「うん。私と亜紗の事をお祝いしたいって」
「…………そ、そうなんだ」
亜紗の顔色がさっきから悪くなってる気がする。
かつて千早に対して暴言(と思うのだが真偽は分からん)を発した事とか、色々と思い出したのかもしれない。
今さら会わせる顔がないとか、会って怒られたらどうしようとか、頭の中でぐるぐると考えているのだろうか。
少なくとも、不安を強めているのは確かだ。
あんまり長々と話してもよくないし、切り上げよう。
「まあ、ホントは今日会いたいって言ってたんだ。でも亜紗に一回聞いてからって返事したから」
「…………」
「会うの難しい、よね」
「…………ごめんね、ちょっと考えさせてほしい」
「分かった。無理だったら遠慮なく言って」
「…………うん」
それからの亜紗は、私が心配になるくらい無口で静かになってしまった。
私が声を掛けてもほとんど空返事というか生返事というか、ほとんど耳に入っていない様子。
それでいて、すぐに慌てたように「ごめんごめん」と繰り返し、私に抱き着いて離れない。
あぁ、やらかした。
亜紗をまた不安にさせてしまった……。
私と亜紗の関係に理解を示してくれて、応援してくれる存在なんてほとんどいない。
だからこそ、千早が祝福してくれる事を嬉しく思えたし、亜紗と友達とまでは言わなくても、少しは話せる関係になれたら……と思ったのはあまりにも都合の良すぎる考えだったし、そもそもが時期尚早だった。
そんな都合よく、事は進まない。
「…………ほのちゃん」
この日、亜紗はもうべったりだった。
トイレを除けばずっとくっ付いて離れようとしない。
言葉は少なくて、表情は強張ってて、身体は時々震えてて。
こりゃ、会わせるのは無理かも。