あんな奴を好きだった自分、ホント馬鹿じゃねぇ? 百合カップル? クソだよクソ! 過去に戻れたら絶対に選ばんわ!   作:Yunoko

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第19話 天ヶ崎亜紗(幕間④)

 

「パートナー……私とほのちゃんがパートナー……ふふ」

 

 私はきっと気味が悪いくらいにやにやとしている。

 ほっぺたはずっと緩み続け、口の端は上がりっぱなしだろう。

 身体だってなんだかゆらゆらしちゃうし、声だって思わず洩れちゃう。

 だって嬉しくて幸せなんだから、仕方ないよ。

 

 私の手に持っているのは、先月にほのちゃんと一緒に受け取ってきたパートナーシップなんとか証明書。

 大きい方の紙はすぐ額縁に入れて飾ったし、小さい方のカードはこうして私が眺めてる。

 ほのちゃんも自分のスマホケースに入れてるし、大事にしてくれてて嬉しい。

 

 私の名前とほのちゃんの名前が書かれた証明書。

 国が私達の関係を証明してくれた証拠*1がここにあるんだ。

 

 それだけじゃない。

 私の左手薬指には、ほのちゃんとの繋がりを示すための指輪だってしてる。

 

「私とほのちゃんの指輪……ふふ、ふふふ」

 

 今月だってほのちゃんと一緒に指輪を見に行って、一緒に選んで、一緒にお揃いの指輪を着けたんだ。

 ほのちゃんとパートナーになって一緒の指輪まで着けてるんだから、こんなのもう結婚指輪だし、結婚してるようなものだよね。

 ここまでしてくれてるって事は、そう簡単にほのちゃんも私の事を……捨てたくないって事でいいんだよね。

 

「……ほのちゃん、今日は何時に帰ってくるかな」

 

 家にいる時の私の楽しみは、ほのちゃんが帰ってくるのを待つ事。

 ほのちゃんが朝ご飯を食べて、着替えたり準備を済ませて家を出るのが朝8時。

 そこから私は帰ってくるまでに家事を頑張る。

 

 まずはね、食器とか洗って拭いて片付けるでしょ。

 シンクとかキッチンの掃除して、そのあとやかんでお茶を沸かして(牛すじとか角煮とか作る時だったら下茹でしてさ)その間にお部屋の掃除をして。

 掃除って言ってもクイックルワイパーで床を拭いて、テーブルとかカウンターを布巾で拭いたりするくらいだけど……。

 

 そのあとは洗濯物を干したり畳んだりして、簡単にお昼ご飯作って食べる。

 ほのちゃんのいないご飯だから本当にさくっとしたやつで十分。

 なんならご飯を食べてる間にこの日の晩御飯をどうしようかなーって考えてるし。

 私にとっての本番は、ほのちゃんと一緒に食べる晩御飯。

 

 それから歯磨きとか洗い物を済ませたら、ちょっとだけソファーで休憩。

 歳のせい……と思いたくないし、多分私の病気もあるんだろうけど、とにかくすぐ疲れちゃう。

 その割に、ほのちゃんと何時間いちゃいちゃしてようがエッチしてても平気なの意味分かんないけど。

 したい事だったら平気なのかなぁ。

 こっちの方がよっぽどハードな運動だと思うんだけど。

 

「えっと……牛乳はあと1本で、卵はまだ足りてるし、野菜はっと」

 

 午後からは本格的に晩御飯作りの準備して、今度の買い物で何を買ったらいいのかメモする。

 お肉とお魚を交互に使って、野菜も色んなの使いたいし、和風洋風中華でバランスも考えて……と。

 

 冷蔵庫にメモを貼り付けて、私は満足して頷く。

 私だけじゃ買い物に行けないし、ほのちゃんに頼る以上はもたもたしたくないし、ちゃんとできてるアピールを見せて褒めてもらいたい。

 あと、早く買い物を済ませたらその分余った時間でくっついてられるし。

 ちゃんとしてたら良い事づくめ。うんうん。

 

「さぁ頑張ろ。ほのちゃんが来るまでに済ませるぞ」

 

 お金も稼げない、それどころかほのちゃんに頼ってばかりの私。

 人が怖くてろくに外も出歩けないくせに、ほのちゃんが誰かと話してるだけでもやもやして、嫉妬しちゃう私。

 ほのちゃんが傍にいないと不安で怖くて、ほのちゃんだって仕事とか色々疲れてるのに、それでも探してくっついてしまうのが私だ。

 

 とんでもない足手まとい。

 いい歳してるのに料理以外はなんにもできない役立たず。

 身体くらいしか使い道のない精神病持ちの金食い虫。

 そんなの分かってる。

 

 こんなのと一緒に住んでくれて、それだけでも感謝なのに。

 ほのちゃんは私とパートナーになる事を選んでくれて、それを後押しするように指輪も買ってくれた。

 来月の私の誕生日には、フォトウェディングだって予約してくれてる。

 

 本気でこんな私の事を大事にしてくれている。

 バカな私だって間違えようも、勘違いしようもないくらい、愛してくれてる。

 その気持ちに少しでも私は応えなくちゃいけない。

 ほのちゃんを裏切る事はもちろん、ほのちゃんをがっかりさせるような事はしちゃいけない。

 

「…………ほのちゃん」

 

 スマホのホーム画面には、私とほのちゃんのツーショットが写ってる。

 ほのちゃんと旅行に行った時、ほのちゃんから結婚しようかって言ってもらえた日の翌日。

 海を背景に2人で並んで撮った写真。

 この先もずっと忘れる事なんてしない、したくない思い出の日。

 

 かっこよかったなぁ、あの時のほのちゃん。

 あの2日間はずっとドキドキしっぱなしだった。

 前の旦那だった葛原から庇ってくれた時、私を恋人だって言ってキスしてくれた時、守ってやると言い切った時、そしてあのプロポーズ(私から誘った流れな気もするけど)してくれた時のほのちゃんの顔。

 

 これからも一緒にいたい。

 どんどん歳を取って、その内おばちゃんになっておばあちゃんになって、それでも一緒にいて。

 すっごい贅沢な事をお願いしてもいいなら、最期は一緒のお墓までいられたらいいんだけどなぁ……。

 

 

※ ※ ※

 

 

 ほのちゃんがいつものように仕事を終えて帰ってきた。

 扉の開く音と、それに続く「ただいま」の声。

 聞き慣れてるはずなのに、いつでもその声を聞くと私の鼓動は高鳴るのを止められない。

 

 私はIHの火力(火力で合ってるよね?)を弱くし、手もちゃんと洗って玄関へと向かう。

 そしてほのちゃんの姿を確認して、抱き着く。

 いつもの流れ、いつもの私達。

 

「…………?」

 

 あれ、ほのちゃんの匂いだけじゃない。

 この臭いって……タバコ?

 それになんだろ、この臭いに覚えがある気がする。

 でも、ほのちゃんは吸わない人だけど。

 

 私はすぐに確認する事にした。

 今日誰に会ったのか、その人は仕事関係の人かどうか。

 ほのちゃんの仕事は営業だし、出先でタバコを吸ってる人と関わる可能性はあると思う。

 だけど、ほのちゃんからそういう臭いって滅多にしないし……多分仕事以外の人だよね。

 

「ちゃんと亜紗に誰と会うか言っとくべきだった。ごめんね」

 

 ほのちゃんはあっさりと、仕事終わりに友達と会ってたと教えてくれた。

 隠すつもりはなかったけど、私が心配したり嫉妬すると思って言い辛かったみたい。

 気を遣わせてごめんね……でも確かに私は嫉妬しちゃう。

 相手が誰かとか関係なく、ほのちゃんに近付く人の誰に対しても。

 

 だって私はその場所に行けないし、ほのちゃんが口説かれても止める事ができないから。

 もしも万が一、その人をほのちゃんが好きになったら、惹かれちゃったら、私なんかじゃ勝ち目ないから。

 

 だから怖い。

 怖くてたまらない。

 私以外の誰にも、ほのちゃんと会ってほしくない、見てほしくない、話してほしくない、触ってなんか絶対してほしくない。

 

 ほのちゃんの魅力に気付いて、ほのちゃんの事を好きになるって人が出てくるに決まってるんだから。

 ほのちゃんが私の事をどうでもよくなって、その人を好きになったらどうしようもないから。

 

「千早って分かる?」

 

 その名前には聞き覚えがある気がした。

 でも、誰なんだろう。

 多分学校のクラスメイト……だよね。

 知り合いレベルかもしれないけど、さっきから胸がざわざわして落ち着かない。

 

「白河千早────」

 

 その単語が聞こえた時、そのあとの言葉は一切耳に入らなかった。

 点と点が繋がるって、こういう事なんだろうか。

 千早という言葉にもやもやとしてた私の中で、記憶がはっきりと浮かんできた。

 

 

※ ※ ※

 

 

『こんな事なら、あんたなんかにやるんじゃ……我慢なんかしなきゃよかった!』

『お前みたいな簡単に股開きまくる淫売の中古女にっ、穂乃花を渡したあたしが馬鹿だった!』

『穂乃花がお前を裏切るわけないのに! 浮気なんかするわけねーのに! そんな事も分っかんねーのかよ馬鹿女ぁ!』

『二度と穂乃花に近付くなぁ! あの子にお前が近付く資格なんてない!』

 

 思い出した。

 思い出したくなかった。

 

 あの時、私がほのちゃんを信じてあげられなくて……美春や八奈子、他にもたくさんの子とひどい事を言って、ほのちゃんを笑い者にしてた。

 そんな時に真正面から、ほのちゃんはそんな事をしないって言ってきたのが白河さんだ。

 ほのちゃんを信じるといって、最後まで主張を崩さなかった子。

 

 当時の私はそれを鼻で笑った。

 周りのみんなも笑ってた。

 実際にこの目で見てきた私達に対して、何を言ってるんだろ、信じるも何もあるかと小馬鹿にしてた。

 一番好きだったのに裏切られたのがこの私だと、疑いもせずに言ってのけた。

 なんてひどくて醜い姿なんだろう。

 

『あんな浮気女、もうどうでもいい』

 

 やめて……思い出させないで。

 どうでもなんてよくない。

 ほのちゃんは浮気なんてしてなかったのに。

 私を裏切ってなんかいなかったのに。

 

『女同士で好きとか馬鹿みたい。どうせ結婚できるわけでもないし、どうせいつかは他所の男か女を好きになって終わっちゃうのにさー』

 

 やめてよ……それ以上何も言わないで。

 馬鹿じゃない。

 女同士でも結婚だって出来る。

 ずっとお互いの事を好きでいられる。

 裏切らないで傍にいられるんだ。

 

『穂乃花の事がそんなに好きなの? だったらあげるよ。もう捨てちゃったからいらないし』

 

 これ以上はやめて。

 あげない。

 私は捨ててない。

 誰にもあげたくない。

 私以外の人を好きになんてならないで。

 私以外の人がほのちゃんを好きにならないで。

 

「……やめてよ」

 

 夜中に目が覚めた。

 ほのちゃんと話してた途中から、記憶がほとんど残ってない。

 いつ私は眠ってたんだろう。

 

「……はぁ、汗ひどっ」

 

 元々汗かきだったけど、今日は本当にひどい。

 どこもかしこも汗ばんでて、ベッドシーツまで湿っぽくなってる。

 明日は洗濯しないとダメかも……。

 

「…………」

 

 さっきまでのは夢だ。

 でも、夢じゃない。

 あれは確かに私が言った事。

 無かったことにできない、私の罪。

 

 白河さんに来てほしくない。

 でも、私が拒んだら……私の知らないところで白河さんがほのちゃんにバラしてしまうかもしれない。

 

 もう既にほのちゃんが知ってる可能性だって……ううん、あの時の事を知ってたら、ほのちゃんだって私と結婚しようなんて思うわけない。

 あそこまで醜い私と一生一緒なんて思ってくれるわけがない。

 だから、まだほのちゃんは知らないんだ。

 知らないからこそ、私といてくれてるんだ。

 

「ほのちゃんに近付いてほしくない……でも……」

 

 私は白河さんがやってくるのを断る事も、拒む事もできない。

 だからせめて、その日が何事もなく済むように祈るしかできない……。

 

 

※ ※ ※

 

 

 その日はあっという間にやってきてた。

 この日の天気といえば、私の心の中とはまるで正反対の快晴日和。

 これが旅行の日とかであれば、どれだけ心が晴れたんだろう。

 

 こんなにも待ち遠しくない来客は初めて。

 でも、逃げるわけにはいかない。

 逃げたらほのちゃんが取られてしまう。

 それだけは絶対にダメ。

 

「ん、来たみたい」

 

 来客を知らせるチャイム音。

 あぁ、来てしまった。

 ほのちゃんが白河さんを出迎えている間に、私はキッチンに行く。

 そして静かに包丁を取り出して腰に差した。

 

 大丈夫。

 これはいざという時のための保険。

 使わないように頑張るから、何も問題ない。

 

 せっかく来てくれてるし、もしかしたら本当に白河さんはお祝いの言葉を言いに来ただけかもしれないから。

 だからお願い。

 お願いだから用が済んだらすぐに帰って、白河さん。

 そうじゃないと私は。

 

「……ご無沙汰。天ヶ崎さん」

「うん、ご無沙汰してます。白河さん」

 

 久しぶりに見た。

 相変わらず綺麗でスタイルが良いな、この子。

 目つきも変わって、ない。

 私の事、嫌いなんでしょ? 伝わってきてるよ。

 

「……」

 

 まだ、ただの挨拶。

 ここからお祝いの言葉だけ伝えて帰ってくれれば、私も馬鹿な事をしなくて済む。

 ほのちゃんに嫌われる事もない。

 白河さんを脅かす事もない。

 

「この度は……えっと、ご結婚おめでとうございますでいいの? とにかく、二人ともおめでとう」

 

 あらたまってお辞儀をする白河さんに、私もとりあえず頭を下げた。

 でも、安心は少しもできてない。

 この子の言う事はいつだって爆弾になっちゃうから。

 私とほのちゃんの縁も関係も簡単に壊せちゃうんだもん。

 さっきから……ううん、出会う前からずっと怖くてたまらないんだ。私。

 

「……さてと、挨拶も済んだところで今日は帰るかな」

「せっかく来たんだし、お茶だけでも飲んでいったら?」

「…………っ」

 

 や、やめて。そのまま帰って。

 ほのちゃん、お願い。白河さんを招かないで。

 

「あっ、あのね、白河さん。来てくれてありがとう」

「え? あ、うん」

「でもね、ごめん。今日のところはもう帰ってもらっていい?」

「お?」

「亜紗……?」

 

 大丈夫。

 まだ落ち着いてる。

 ちょっと呼吸の間隔とかおかしいけど大丈夫。

 身体が震えてる気もするけど、まだ大丈夫なはず。

 

 まだコレは使う必要がないはず。

 言葉だけで冷静に追い返せるはずだよね。

 

「大丈夫だよ、天ヶ崎さん」

「……」

 

 あぁ、分かってくれた?

 良かった、白河さんが意地悪な人じゃなくて良かった。

 何も言わずに帰ってくれるんだよね?

 

「今さら、昔の事をどうこう蒸し返すつもりはあたしだってない」

「…………ッッ!!」

「天ヶ崎さんだって、もう忘れたい事じゃないの」

 

 あ、ダメだ。

 この子、白河さん……白河はちゃんと私のやった事を覚えてる。

 その目は私を許してなんて、ほのちゃんとの関係を祝福なんて一欠片もしてない。

 

「かえって……帰ってッ!!」

「あ、亜紗っ」

 

 包丁の持ち手を握りしめる。

 白河千早は驚いている。

 ほのちゃんだってギョッとして私を見てる。

 

 ごめん、ほのちゃんを驚かせたり怖がらせるつもりはない。

 それに、ほのちゃんを傷付けるつもりなんて絶対にない。

 でも、白河があの時の事を……あの時の私が言ってた事を話したりしたら……。

 

 白河が本気でほのちゃんに好きだって伝えてきたら、私は勝てない。

 この子の言う通り、私は中古女で綺麗な身体じゃない。

 色んな男とエッチだってしてきたし、私の身体のあちこちを触られてきた。

 汚い。汚れてる。

 

 頭だって悪いし、人を見る目だって全然ないし、付き合ったら簡単にエッチしちゃうし、別れてもすぐ別の誰かと付き合っちゃうし。

 家事だって未だに料理以外下手だし、ほのちゃんは仕事で忙しいのに家に帰ったら私のできなかった分までしてくれてるし、迷惑かけてばっかだし。

 

 こんなに足を引っ張ってばっかりなのに。

 ほのちゃんの事を信じ切れず、ひどい事だってたくさんしてきた。

 そのくせ自分が裏切られて困ったら、ほのちゃんに頼って甘えて依存して、今じゃずっと一緒にいたいとか考えちゃってる。

 

 ほのちゃん……穂乃花は、こんな私を大事にしてくれる人。

 この人以外の誰が、私の事をここまで考えてくれるの?

 他にいる? いるわけないじゃん。

 穂乃花がいなくなったら、私、どうしていいのかもう分からないよ。

 

「…………やめて、私から穂乃花を取らないで」

 

 でも白河は違う。

 この子は、ずっとずっとほのちゃんの事が好きだった。

 ほのちゃんと結ばれる事を夢見て、まだ誰にも身体を許してないと思う。

 あの時、白河は確かにそう言ってたから間違いない。

 

 私と違って綺麗な身体のまま、多分今だって守ってきてる。

 私と違って、ほのちゃんが浮気したなんて信じなくて、私や美春、八奈子にも食ってかかってきた。

 私と違って、ほのちゃんを最初から最後まで愛してて、信じ続けてきてた……。

 

 美人でスタイルも良くて、性格だって悪くない。

 ちゃんと仕事もしてるし自立もしてて、私の勝てるところが何もないじゃん。

 でも、逆に白河は1人でも生きていけるって事じゃないの。

 

 私はね、違うよ。

 生きていけない。

 だから取らないで。

 

「私には穂乃花しかいないの。穂乃花がいないとダメなんだよ私」

 

 こんなの、こんなの。

 勝てるわけない。

 たまたま、運が良かっただけの私と、運が悪かっただけの白河。

 

 最初から私がこんな馬鹿でどうしようもないって知ってたら。

 白河がこんなにも純粋に穂乃花を好きで好きで、ずっと愛し続けてくれる子だって知られてたら。

 

 穂乃花は私を好きになってくれた?

 好きでいてくれて、告白なんてしてくれた?

 よしんば付き合って別れて、私をもう一度受け入れてくれるなんてありえた?

 ありえない。絶対に。

 

「お願いだから、帰って。もう来ないで。穂乃花に会わないでよ」

「亜紗、お願いだから落ち着いて。包丁を向けちゃダメだ」

 

 穂乃花、ごめん。

 私、気持ち悪いよね。

 ないよね、こんな女。

 

 必死になって包丁向けて脅して帰らせようとして。

 私の都合が悪くなるような事、穂乃花に嫌われちゃう事を言わせないようにして。

 白河が帰っても、これじゃ嫌われちゃうかな……。

 大体さ、ここで帰ったってあとでバラされたら終わりなのに……。

 

 ふふ、そんな事すら考えもしてなかった。

 どうしようもないな、私。

 

 どうにもなんないくらい、私は馬鹿だ。

 涙がさっきから止まんない。止まってくれない。

 視界が滲んできて、拭ってもどうにもなんない。

 でも穂乃花が悲しそうな顔して、一生懸命に私が馬鹿な事をしないように止めてくれてるのは分かる。

 

 ごめん、ごめんね穂乃花。

 私、ホントに穂乃花の事を好きなんだよ。

 

「天ヶ崎さん、落ち着きなよ」

「……」

「安心して。今さら、穂乃花を取ろうなんてしないし……」

「…………は?」

 

 なのにさ、どうして白河。

 あんたは冷静なの?

 こっちは……あんたと出会うってだけで一生分の覚悟を決めてさ。

 それでもいざ出会ったら怖くて、怖くなっちゃって、こんな事になっちゃったのに。

 

 どうして、どうして。

 どうしてあんたはいつも、そんなに余裕ぶってられるの?

 

 穂乃花があんたの前に立って庇ってくれるから?

 いざとなれば、私があの時に言った事を暴露するなりして、穂乃花を完全に奪えるから余裕なの?

 いつでも私から奪い取れるから、ここで言うつもりもないって、そういう事?

 

 穂乃花が好きになってくれたのは、私なんだよ?

 あんたじゃなくて、私を好きになってくれたんだよ?

 今だって、私の隣に……隣にいない。

 

 どうして、どうして白河の前に立ってるの、穂乃花。

 

「穂乃花……お願い、今だけどいて。私も白河を刺したいわけじゃないんだ……ただ、帰ってほしいだけ」

「亜紗……私が千早を帰らせるから、落ち着いて。危ないから包丁を向けちゃダメだ」

 

 包丁を持ってる手がぶるぶると震えてる。

 こんな事しといて怖いのかな、私。

 そりゃ怖いよね。

 ここからどうしたって、穂乃花に好かれる可能性ないんだもの……。

 

 でも、時間は掛かるかもしれないけど穂乃花は私をいつか許してくれる。

 だけど、ここで白河が余計な事を言っちゃったら、もう取り返しがつかない。

 

 だから────

 

「亜紗っ」

 

 私は無我夢中だった。

 何も考えてないだけかもしんない。

 怖くて不安で訳分かんなくて、この嫌な気持ちから解放されたくて。

 穂乃花を取られたくなくて、それができる白河を追い返したいだけだったのに。

 

 なんで、私は包丁を持って突っ込んでいるんだろう。

 どうして、その包丁が刺さっているのは白河じゃないんだろ。

 あれ、おかしいよ。

 

「穂乃花…………あれ? ほのちゃん?」

「な、なんで……穂乃花っ。穂乃花ぁっ!」

 

 なんで床にほのちゃんが倒れてるんだろ?

 どうして白河さんが泣きながらほのちゃんに縋りついてるんだろ?

 分からない、分かんない。

 何も考えたくない。

 

 ほのちゃん、お願い。

 助けてよ。

 どうしてこうなっちゃったの?

 何も分からないよ……私。

 

*1
国は証明してません。都道府県、あるいは各自治体がそれぞれ独自に取り組んでいる制度です。穂乃花はちゃんと説明してますし、一緒にネットとか手引書も見ているはずですが、亜紗がお馬鹿なだけですと一応補足。

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