あんな奴を好きだった自分、ホント馬鹿じゃねぇ? 百合カップル? クソだよクソ! 過去に戻れたら絶対に選ばんわ! 作:Yunoko
第1話 人生二度目の小学校生活
あれから一週間。
寝ても覚めても、私が小学生から大人に戻るなんて事はなかった。
悶々としたまま、今日も朝を迎える。
カーテン越しの空の明るさを一瞥し、枕元の携帯を確認して私は小さく息を吐く。
午前6時30分。
セットしたアラームは鳴っちゃいない。
朝に弱く、いつも一階から母に呼ばれて起きてたこの私が。
それでも起きれず、部屋までやってきた母に怒られ起こされてたこの私が。
なんなら、ご飯を食べたあとに「まだあーちゃんが迎えに来るまで時間ある」と二度寝してたこの私が。
ここ一週間、自力で目を覚ましている。
信じられない快挙だ。
「ふぅ~……っ」
腕を伸ばし、身体も伸ばす。
ナイトキャップ(春休み中に買った。三つ編みにして寝てもいいが、私は癖がつきやすい)を外し、ブラシで髪を軽く梳き、パジャマから私服へ着替える。
脱いだ服を手に廊下へ出て、一階に行って脱衣場のカゴにそれを放り込む。
そこからトイレを済ませ、再び脱衣場の洗面所で手を洗い、うがいを行う。
「…………」
鏡を見る。
映るのは子供の私。
肌はすべすべとしてるし、ニキビもないし、細かなシミやくすみだって見当たらない。
風呂に入った時に確認したが、腋や股周りはもちろん、腕や足、腹や背中にだってムダ毛が生えてない。
細かいスキンケアだとかムダ毛処理に悩まないで済むのは、子供時代の特権だと思うわ。
ま、これから先は嫌でも悩まされるんだがな! クソめが!
※ ※ ※
「おはよう~」
「おっ? 穂乃花、最近早く起きれてるじゃない」
「うん。えらいでしょ」
「まぁ……確かに」
リビングへ行って、まずは挨拶。
今まで何度も呼び出されてやっと起きてた私なだけに、母は驚きを隠しもしない。
既にご飯を食べてる父も、声には出さないけど目には驚きの色が隠せてない。
気持ちは分かるが、そろそろ一週間も続けてるんだし慣れてほしい。
ちなみにおばあちゃんはいない。
旅館の接待さんをしていて朝早いからだ。
午前5時半には旅館から迎えが来るから、着物の準備とか考えたらもっと早く起きてんだよな。
私には絶対真似できん。
蓮のやつもいないが、こっちは単に寝てるだけ。
あいつも朝弱いからな。
亜紗の迎えがある私と違い、こっちは自分で起きなくちゃだから、マジで二度寝して遅刻した事だって多数。
今思い返せば、姉弟揃って朝っぱらから何度も母に世話を焼かせたものだ。
しみじみと過去を振り返り、母の焼いてくれたトーストを齧る。
テレビのニュースをなんとなしに眺めるが、どの内容も懐かしい。
昔はほとんどが理解できなかったし、興味もなかったんだけどな。
私がもっと賢くて積極的な人間だったら、先々の情報を活かして何か一儲けとか出来るのかもしれんけど……。
「……ごちそうさま」
さくっと朝食を終え、皿やコップを洗っていく。
それから洗面所で歯磨きや洗面を済ませ、髪をちゃんと整えて。
ランドセルよし、携帯よし、上履き諸々もよし……と。
今日は始業式だけだし、午前中で学校も終わるはず。
とりあえず終わったら、久々の小学校見学でもするとすっか。
歳取ったら見たいと思っても中々見れんからな。
学校関係者にでもなるか、親になって子供の入学とか絡めば入ったりもできるけど、私の場合はどちらもありえねぇし。
「じゃあ、行ってきま~す」
「行ってらっしゃい。車には気を付けてね」
「はーい」
母と父のどこか腑に落ちない顔を横目に、私は玄関へ。
時間は7時40分。
玄関の鍵もちゃんと閉め、施錠できているか確認も行ってから道路の方へ。
「ほのちゃん! おハロー! グッモーニン!」
「おはよう、あーちゃん」
向かいの家から飛び出てくるのは亜紗。
この頃は私はもちろん、亜紗だってまだ身だしなみに頓着してなかったはずだけど。
それでも髪がつやっつやで、太陽の光に煌めくレベル(大袈裟)で輝いて見えるのは、惚れてしまったやつの弱みというか、贔屓目だろうか。
今の亜紗は天真爛漫という言葉がよく似合う。
明朗溌剌としてて、無邪気で無鉄砲で、人見知りとは無縁な元気娘。
顔は学校一のレベルで可愛くて、スタイルだってどんどん良くなっていくし、運動だって得意。
そのくせクラスメイトの誰とでも気さくに話せるムードメーカー。
そりゃまあ、クラスの中心となって周囲を良くも悪くも巻き込んでいけるよなって思う。
彼女の巻き起こす渦には、かつての私だって好き好んで巻き込まれてた。
だからこそ孤独や孤立、疎外感を感じる事もなく、義務教育時代をやってこれた。
今となってはどうでもいい存在ばっかだけど、クラスの友達だってたくさんできてたもんな。
「ほのちゃん、ホントにちゃんと起きてんねぇ!」
「まぁね。私も成長してるんだ」
「成長! 偉い! 偉いぞぉ!」
亜紗が頭を撫でてくる。
悪い気はしないのだが、これでも軽く整えてきてんだからあんまり撫でないでほしいもんだ。
セットが乱れんだろ。
「んじゃ、学校行こっか!」
「うん」
当たり前のように差し出される手。
私はその手を握り、亜紗と一緒に登校する。
昔の私だったら、きっと手を繋いだってだけでドキドキしまくってたんだろうな。
でも今は……。
今の私が好きなのは、弱くて病んでて自信がなくて、でも私に依存して執着して包丁まで持ち出してきた亜紗の方だ。
昔のような未熟で純粋な恋心なんて、とっくに失ってしまってる。
あの頃のような、切なくなるくらいの胸の高鳴りはもうしてくれない。
小さな頃とはいえ、好きな子と手を繋いで歩いてるってのに。
こんなドライに物事を捉えてしまう私が、もう一度亜紗と恋仲になんて発展するんだろうか。
ちょっと想像がつかなかった。
※ ※ ※
ちなみに、私と亜紗の住んでる家は小学校にとても近い。
徒歩数分レベルで、忘れ物をしても休み時間に取りに行けるくらい近い。
なので道路をちょっと歩き、階段を上っていけばもう学校は目の前。
すぐ傍にはプールや体育館だって見えるし、玄関前には向こうの坂からやってきた小学生達だって見える。
この小学校って正門とか裏門みたいなの無いから、言い方悪いけど侵入経路が多数なんだよな。
どこからでも登下校できるのは楽かもしれんけど、防犯的にどうなんだって今は思う。
「おはよー亜紗!」
「おぉ、おはよう! おっひさー! 元気してたー!?」
教室までの道中、久しぶりの小学校を懐かしむ私と、おそらくクラスメイトであろう連中と元気に挨拶をかわす亜紗。
私の方にも時々声をかけてくるやつもいるが、亜紗との温度差は明らかだ。
なんだよ、この時点で格差がしっかり出来上がってんじゃねぇか。
「みんなおっはよー! 4年になってもよろしくねぇー!」
4年の教室へ到着すると、亜紗がよく通る声を発しながら挨拶していく。
最初の席順は名前順のため、名字が《天ヶ崎》の亜紗は早々に自分の席を見つけて(というかそれぞれの机の上に名前が貼ってある)座った。
亜紗が座った瞬間、次々と寄ってくるクラスメイト達。
亜紗を中心に高まる密度と熱量。
「…………」
私の席はといえば、最後列の方。
ランドセルをすぐ後ろの棚に放り込めるのと、クラス全体を見渡せるのはメリットといえばメリットだろうか。
まあ一カ月もしたら席替えするんだけど。
でも6年間を通して、私と亜紗の席が隣になった事は一度もない。
それどころか、ほぼ必ず離れた席になってた。
当時の私はそれを寂しく感じてたはず。
だから亜紗と距離を置きたくなくて、休み時間になる度にあの輪の中に混じってた。
よく分からない話題にも耳を傾けては愛想笑いして、ほとんど何も発信する事もなく、時々亜紗が会話を振ってくれる時以外、ただただ地味な背景になって溶け込んでたっけ……。
「あはははっ! マジでっ!? すっごいじゃん!」
亜紗の笑い声はよく通る。
他のクラスメイトが壁になってて、既に亜紗の後ろ姿すらよく見えないってのに。
色んなやつが同時に喋って騒いでるのに、それでもあいつの声はここまでしっかり届く。
あいつはホントに人気だ。
正直、私の記憶以上のそれにちょっと引いてる。
精神年齢ほぼ30歳な上に社会人経験もある私だが、それでも、この頃の亜紗にすら勝てる気がしない。
男女問わず集まってワイワイ騒いで、春休みの間の出来事とか最近のトレンド話や雑談を次から次へと話してるのに、亜紗はまったく気後れする事もなく、どの話題にもきっちり返せてんだもんなぁ。
それにしても……。
大半のクラスメイトの名前も顔も忘れちまったけど、何人かは一目で思い出せた。
いや、思い出してしまったというべきか。
「ウチもさ、美春もこの間さぁ~!」
「あはは、美春ってホント馬鹿じゃん!」
大関美春(おおぜきみはる)と粕谷八奈子(かすややなこ)。
前の人生では私の浮気話をでっちあげて、亜紗と破局させてくれやがった張本人。
なんならその後の亜紗だって裏切り、追い詰めて病ませた元凶。
私の中での呼び名は豚と鶏ガラ。
(まだ美春は豚と呼ぶほど太ってもいないし、八奈子だってそこまで瘦せ細ってねぇけど)
まだこっちじゃ、私は何も被害は受けてない。
だからこっちでこいつらを痛い目に遭わせても、それはただの逆恨み、八つ当たりでしかない。
理屈では分かってるけど、感情はそうもいかん。
なんか私に舐めた真似してくれねぇかな。そうしたら遠慮なく叩きのめせるのに。
「こないだのアレ見たかよ!? アレ面白かったよなー!」
もやもやと黒い感情をわきあがらせてた私だが、亜紗とは別ベクトルでよく響くでけぇ声に反応する。
その声の主は、小学4年生とは思えないくらいに長身で。
でも顔はあどけなくて、中身はどうしようもないエロガキだと私は知っている。
《たーぼ》じゃん。
名字は……なんだっけ、あいつ。
やっべ忘れた……まあ、いいか。
この時点で既に160センチもあるから、突っ立ってるだけで目立つなぁ。
「……おはよう」
「ん、おはよう」
私の隣の席に座る男子。
癖毛だらけの髪に太いフレームの眼鏡。
「冬馬じゃん」
「え……そうだけど」
「あ、いや。ごめん急に」
氷雨冬馬(ひさめとうま)。
静かで無口で大人しい男の子。
大人になってもそれは変わらないけど、携帯のメッセージとかゲームのチャットではすげぇ饒舌な子。
正直、どうして冬馬と仲良くなれたのか、大人になっても交流が続いていたのか分かってない。
なんかの拍子にゲームとかラノベの話をするようになって、そっから徐々に……だったとは思うが。
社会人になってからも、STEAMの色んなゲームをオススメしてはギフトで送ってくれたけど、全然遊べてなくてごめんなと心の中で謝る私。
「今日の気分はフランス人! イェー、ボンジョ~ルノ~」
そうこう考えてる内に、謎テンションで喋る声が届く。
あの底抜けに明るい声は、間違いなく新川仁衣奈(あらかわにいな)の、《にーな》のそれだ。
ボンジョルノはイタリアじゃねぇかとツッコミを入れるクラスメイトはいないらしい。
子供の時から変わってねぇな、あいつも。
いつもあっけらかんとしてて、飄々としてて、冗談ばっかり言ってて。
でも他人の悪口とか絶対言わない子で、私が弱ってる時には急に真面目になって慰めたりしてくれて。
良い子なのは間違いないと思ってる。
少なくとも、私にとっては大事な友達の一人だ。
ま、大人になるにつれてLINEのやりとりはともかく、実際に会う事はめっきり減るんだよな……。
あのまま私が生きてたら、《にーな》とも徐々にフェードアウトしていったのだろうか。
そう考えると、今回の人生はちゃんと縁を繋いでおきたいなと思った。
会いたいと思った時に気兼ねなく会えるような関係でいられるように。
「おはよう、ほのちゃん」
「え? あっ……おはよう…………?」
急な挨拶に、私の意識が引き戻される。
ちょっとした同窓会だなコレ。
私だけがめぐるましく思考回路を働かせてるじゃん。
慌てて返事するのだが、その声の主が千早だと分かると、途端に私はあれ? となった。
千早って、この頃から私の事を《ほのちゃん》って呼んでた?
この時点で仲良くなってたか?
いや……春休み中に携帯の連絡先リストを確認した時、千早の名前は無かった。
電話をした履歴もなければ、メールのやりとりだってしていない。
多分何度か喋ったりはしてるけど、本格的に遊んだりするようになるのはもう少し先のはずだ。
という事はもしかして────。
「ちーちゃん、お久しぶり」
「…………やっぱり、そうなんだ」
千早もこっちに、私と同じくタイムリープしてきていたんだ。