あんな奴を好きだった自分、ホント馬鹿じゃねぇ? 百合カップル? クソだよクソ! 過去に戻れたら絶対に選ばんわ! 作:Yunoko
あたしは天ヶ崎亜紗が嫌いだった。
いやもう嫌いどころじゃない。大っ嫌いだったね。
アイツの顔が嫌い。
小さくて整った顔の輪郭も、大きくてぱっちりしてる目も、バチクソに長い睫毛も、パーツの何もかもがムカつく。
いつも肌が白くて綺麗でもちもちしてるのも腹立つ。
すっぴんでも余裕で可愛い事が忌々しかった。
アイツが笑っていると、穂乃花が微笑ましそうに目を細めているから憎い。
泣いたり落ち込んでいると、穂乃花も一緒になって沈んじゃうから憎い。
アイツのスタイルが嫌い。
身長は普通なのに胸も尻も大きくて、なのに体型のバランスが崩れてないのがムカつく。
別に男の視線や注目を集めてる事とか、女の嫉妬や羨望が欲しいわけじゃない。
身長だったらあたしの方が高いし、足の長さも間違いなくあたしの方が上。
スマートでスレンダーって事なら、絶対に負けない。
穂乃花だって、あたしみたいなスタイルになりたいって言ってくれてた。
背が高くてスマートでかっこいいと、羨ましいと言ってくれた。
でも、穂乃花の好きなスタイルは……胸も尻もでかくて、肉付きの良い天ヶ崎みたいなやつだ。
穂乃花がアイツと付き合うようになってから、その推察は確信に至った。
だから、アイツが羨ましくて妬ましい。
アイツの性格が嫌い。
感情がオープンで、笑ってる時のあいつは周囲を巻き込んで賑やかでうるさくて。
アイツが泣いていたら周りもなんだかピリピリしてて、みんなで助けてあげなくちゃみたいな雰囲気になるのが嫌いだった。
どうして、あんなにも思うままに生きていけるのだろう。
自分の成功も失敗も平気で口にできるんだ。
しかも、どんな内容でもクラスメイト達は好意的に受け取りやがるし。
どうしてアイツはあんなに無邪気で、無遠慮で躊躇なく近づける?
こっちの心理的な境界線なんてお構いなしで、気安く線を踏み越えようとしてくるのは何故。
ちょっと数分喋っただけの相手を、友達扱いしてくるハードルの低さをおかしく思わないのか。
なんであんなにたくさんのクラスメイトに囲まれて、毎日色んな情報を処理しまくってるはずなのに、あたしの誕生日や欲しい物までインプットできるんだ。
その場限りの話題だと思ってテキトーに喋った事を、アイツはちゃんと覚えてた。
それが嬉しいと思ってしまった当時のあたしにもムカつく。
そんだけの記憶力があるのに、勉強は疎かにして穂乃花に甘えてたのもムカつく。
アイツの恵まれた環境すら嫌い。
お互いの家が徒歩数分(ちょっと早足で数十秒で着く)レベルの近所で、お互いの部屋の窓から挨拶できるくらい近くて、物心がつく前からの幼馴染みなんてずるい。
赤ん坊の時からお互いの家族で面識があって、記憶には残ってないけど小学校に入るまでの間もずっと一緒で、気付いたら傍にいるくらい近い関係とか、なんだよそれ。
天ヶ崎よりも早く、穂乃花に巡り会えていたら。
天ヶ崎よりも早く穂乃花と仲良くなれていたら。
天ヶ崎よりも先に好きになってもらえたかもしれない、なんて考えてしまう。
妬ましい。羨ましい。悔しい。
でも一番ムカついているのは。
何よりも腹立たしくて仕方がないのは。
穂乃花と天ヶ崎の関係性を知って、穂乃花の事を諦めてしまった自分自身の弱さだ。
天ヶ崎の良いところや悪いところも諸々知っていく内に、敵わないと思ってしまった。
あたしがどんなに頑張っても、天ヶ崎のような顔にも、スタイルにも、性格にも及ばないと分かってしまった。
穂乃花があたしの方に振り向いてくれないだろうと、逃げてしまった。
アイツが……天ヶ崎亜紗が羨ましい、妬ましいとずっと思ってた。
アイツみたいな容姿になれたら、アイツみたいに物怖じしない性格になれたら、アイツみたいに近所で生まれていたら、なんて惨めったらしく嫉妬してさ。
あたしはずっと、アイツにコンプレックスを抱いてたんだ。
※ ※ ※
それでも小学生の時は。
今となっちゃムカつくし屈辱だし、マジで認めたくない事でしかないけど。
あたしは天ヶ崎に……感謝してた。
「ねぇ、みんなぁ~! 聞いて聞いてっ! 千早ちゃんってねぇ──」
あの日、穂乃花と喋ってたあたしにアイツが声をかけてきて。
ほんの少し喋っただけなのに。
アイツが教室の中心で一声発しただけで。
あたしを取り巻いていた陰湿でじめじめとしてた空気が変わった。
遠巻きから囁く陰口が、あるいは正面から遠慮なく発してきた悪口が当たり前だった日常が、非日常へと変わっていった。
そりゃもうあっさり。
拍子抜けするくらいに容易く、アイツは環境を一変させやがった。
ほとんど孤立状態だったはずの前世(この言い方は正しいの?)の、当時のあたしが普通のクラスメイトの一人になった瞬間だった。
「すっごぉ! 前から思ってたけど、千早ちゃんって足め~っちゃ速いよね! 足が長いから? フォームが良いのかな?」
体育の時間。
50メートル走だったか走り終えたあたしに向かって、天ヶ崎が率先して褒めた。
そのあとに続くように、クラスメイト達が一緒になって拍手して賞賛してくる。
今まで、あたしがどれだけ50メートル走や100メートル走、持久走で一位を取っても見向きもしなかったやつらが。
知らなかったはずもないだろうに、初めて知ったといわんばかりに褒めるやつもいれば、前から凄いと思ってたけどみたいに褒めてくるやつが寄ってくるようになった。
「千早ちゃんも冗談言うんだねぇ! すっごい落ち着いた顔でそんなん言うんだぁっ! あっはっはっはっ!」
休み時間。
あたしの元へやってきた天ヶ崎と喋ってて、なんとなく呟いたくだらないジョーク。
それを聞いた天ヶ崎は目を丸くして、そのあと屈託のない笑みを浮かべて笑う。
天ヶ崎の笑い声につられるように、クラスメイト達が続々と集まる。
「なになに?」「なんて言ったの?」と今の会話について知りたがってくる。
近付いてこなかった連中も、アイツとあたしの会話に聞き耳を立ててくる。
「やばい母親の子供で暗くてつまんない女」だったはずのあたしが、「静かで落ち着いてるけど実は面白い女」として扱われるようになってる。
「千早ちゃんって美人さんな顔してるよねー! 大人になったらさ、絶対女優さんみたいになんじゃない!?」
下校の時間。
天ヶ崎があたしの容姿を羨ましがれば、クラスの男子達の見る目が変わった。
今までどう思ってたのか知らんけど、その日以降から声をかけられる事が増えた。
告白される事すらあった。
もちろん告白なんてお断りだ。
この前までニヤニヤとこっちを見て「アイツって暗くて何考えてるか分かんねー」とか「あんなのだけは好きになんねーよ」って馬鹿にしてたの聞いてたし、忘れてないからな。
「白河さんの事、誤解してた」
「ねー! テストも点数良いし頭良いし、運動もすごいし、亜紗ちゃんが言ってた通り、話したら面白いもんね!」
「千早ちゃーん! こっちで一緒に話そうよー!」
あたしの事を囁く声が、ネガティブな内容からポジティブなものとなってた。
こっちに向ける視線が、敵意や悪意といったものじゃなくなってた。
休み時間や下校の時間に誘われるようになり、一人で過ごす時間がすっかりなくなってた。
正直、こんなのアリかよと思った。
こっちの感情ぐっちゃぐちゃなんだよ。
良くも悪くもさぁ。
あたしと天ヶ崎が同じ言葉を使ったとしても、まるで反応が違う。
悪口を言われた時、あたしが毎日のように言い続けた「やめて」の声の重みより、天ヶ崎がさらりと放った「千早ちゃんの悪口なんてやめようよ」の一声の方が遥かに重く伝わるなんて、理不尽にもほどがある。
なんで言われた本人のあたしより、当事者じゃないクラスメイトの声の方が聞き入れられんだよ。
こんなのおかしいじゃん。
どんな内容を発言するかより、誰が発言するかの方が遥かにずっと重視されるんだって、子供ながらに嫌でも格差ってやつを思い知らされた。
あたしはクラスメイト達と話すようになったけど、それでも心にしこりを残したままだ。
気さくに親しそうに話しかけられても、いつも心のどこかで「あの時意地悪したくせに」とか「散々、陰で小馬鹿にしてたくせに」という気持ちが残り続け、それは少しずつ薄れはしても、決して消えはしなかった。
いざ喋ってみて、意外と話が盛り上がった事にもずっとムカついてたし。
あんなに嫌いだったのに、こいつらも実は良いところあるんだ、とか考える自分に腹が立ってた。
でも、穂乃花以外にも話せる相手が増えて、一人じゃない時間が増えて、それらを手放す勇気も持てなくて、中途半端な自分にもムカムカしてた。
あたし、ずっとイライラしっぱなしじゃん。
だけど。
あたしの味方は穂乃花だけ、話せる相手が穂乃花だけという、狭い世界で満足ができなかったのか。
孤高を気取ってるつもりでも、どこかで人恋しさがあったんだろうか。
だから……天ヶ崎から差し出された手を、あの時に突き返す事ができなかったのか。
クラスメイト達から冷たい視線を浴びせ続けられたり、遠くから心ない言葉を囁かれるよりも、表面上だけでも友達みたいな顔して喋ってる方がストレスが少ないとか、合理的な計算ぶった立ち振る舞いを選んだ自分が弱くて情けないと思ってしまう。
でも小学生の多感な時期のあたしを、今よりずっと弱くて、だけどそれを見せないようにと壁を作る事で自分を守るのがやっとだったあたしを、一貫性のないやつだと責めきる事もできなかった。
だけど、今度のあたしであれば。
※ ※ ※
あれから幾月。
クラスメイト達からの陰口はすっかり鳴りを潜めた。
奇異や好奇の視線に晒される事もなくなったし、少しずつ他人と交流をするようになった。
まだ抵抗感はあったけど、天ヶ崎を中心としたグループへと自分から加わっていく事も増えた。
そんなある日、小学校近くの公園(穂乃花と天ヶ崎の家から徒歩数分レベル。小学校より近い)でテーブル付きのベンチに座って、取り留めもない会話をしてた時。
天ヶ崎が唐突にテーブルへと身を乗り出して聞いてきた。
「私もさ、千早ちゃんの事をちーちゃんって呼びたい! ねっ、ダメかなっ!?」
「…………別にいいけど」
「よっしゃ! ありがとーっ! ちーちゃん! 私の事はあーちゃんって呼んでいいかんねっ!」
本当は良くない。
ちーちゃんって呼んでいいのは、呼んでほしいのは穂乃花だけだから。
でも、断れるわけもなかった。
当時のあたしからすれば、天ヶ崎の存在によって文字通り世界が変わったから。
執拗で陰湿に叩かれていた陰口が無くなった。
クラスメイト達と関わる機会も時間も増えた。
学校帰りの退屈な時間も、土日の暇な時間も減った。
もちろん、素直に喜んでばかりじゃなかったさ。
手のひらを返すように態度を変えたクラスメイトに対して、どれだけ関わりが増えても、良い面を知ったとしても、内心はムカついて仕方なかった。
これからも関わりたいとは思えなかった。
良いところもあるんだと分かっても、あたしにとってクラスメイトの大半は友達未満のまま。
向こうが友達扱いしてきても、あたしの携帯に電話番号やメールアドレスが増えていったとしても、あたしにとっての友達は穂乃花だけ。
(まあ……当時のあたしは、天ヶ崎の事も友達扱いしてた。恩人扱いしてた。ちくしょう)
明らかな弊害だってあった。
天ヶ崎やその仲間達と関わる時間が増えれば増えるほど、穂乃花と二人で過ごす時間が減ってく。
天ヶ崎の事を知れば知るほど、あたしとの違いや差が明確に浮き彫りになっていき、顔や体型、性格や環境とあらゆる事に対してコンプレックスを拗らせていった。
天ヶ崎が口下手で人付き合いの苦手なあたしのフォローをしてくる度、こいつに敵わないって惨めになってくる。
そしてなによりも。
穂乃花との付き合いが長くなればなるほど、穂乃花の事を知れば知るほど。
天ヶ崎を囲む輪の中に加わる事で、嫌になるくらい思い知らされてしまった。
穂乃花の視線はずっとアイツを捉えていて、アイツの言葉や表情、感情に挙動の一つひとつを見逃さないようにしてるって。
穂乃花の気持ちはまっすぐすぎるくらい、アイツに一直線でしかないんだって。
あたしの付け入る隙も、入り込む余地もないんだと悟ってしまった。
穂乃花にとって、あたしはきっと良い友達にはなれてたと思う。
自分の思いや考え、身近な出来事を話せるクラスメイトにはなれてたはず。
きっと親友くらいまでの立ち位置にはなれてたんじゃないかと、多少自惚れも込みで考えてる。
でも、穂乃花の一番にはなれない。
まだこの頃は、あたしにとって穂乃花への好意は友情のそれだと錯覚してた。
だから、なんとか耐えれたし我慢もできた。
一番にはなれないけど、二番目に仲の良い親友だからと自分を慰めてた。
※ ※ ※
だけど、中学に上がってから。
あたしは自分の好きって気持ちの正体に気付いてしまった。
「亜紗、おめでと~!」
「えへっ、ありがとぉ~!」
それは天ヶ崎が初めての彼氏が出来た時。
相手は同じクラスの1年で野球部の先山(さきやま)。
別の小学校から入ってきた男子。
クラスの女子達がイケメンだ、身長も高くて筋肉もあって、既に野球部でも活躍しててかっこいいなんて騒いでたから、嫌でも覚えてる。
そんな先山は、すぐに天ヶ崎にアプローチを開始してた。
そんで猛アタックの末、周りの女子達の後押しもあって付き合ってたっけな。
あそこまで分かりやすくストレートに挑む姿は、恋愛経験のないあたしから見てもすげぇとは思った。
で、彼氏ができた天ヶ崎は。
初めての彼氏という事もあって、そりゃまあ浮かれてた。
元々感情表現のはっきりしまくったやつだったけど、あの時期はもう騒がしいなんてもんじゃなかった。
毎日うるせぇとしか思わなかった。
クラスだってそりゃもう沸いた。
クラスのムードメーカーでアイドルじみてた天ヶ崎と、イケメンで野球部の期待の新人だと噂されてた先山の初々しいながらもお似合いカップルだと騒ぐ事騒ぐ事。
「…………」
だけどその一方、穂乃花は。
あの子も、天ヶ崎とは別ベクトルで感情や表情の分かりやすい子だったから。
天ヶ崎が嬉しそうに騒げば騒ぐほど、屈託のない無邪気な笑顔を浮かべるほど。
穂乃花は寂しそうに俯き沈み、その表情は曇っていく一方だった。
っていうか、先山がアイツに声をかけまくってた時点で、穂乃花が分かりやすいくらいにずっと、落ち着きがなかった。
それがいよいよカップル成立ってなった日には。
穂乃花のあんなにも絶望した顔、初めて見た……。
「…………」
あの日の穂乃花の悲しそうな様子、切なそうな表情、沈んだ声色。
最初は、大好きな親友が取られて寂しいんだろうと思ってた。
いや、思うようにしてた。
でも段々、気付くしかなかった。
穂乃花がアイツを、天ヶ崎の事を友達としてではなく、恋愛的な意味で好きだったんだと。
あんなにも苦しそうな笑顔をして、「おめでとう」と祝う穂乃花を見たら居た堪れなかった。
なのにアイツは、どうして穂乃花の変化に気付きもしないで、へらへらと惚気話をするんだって苛立ちもした。
「穂乃花、大丈夫? 寂しいんでしょ」
「ん……ちょっとだけね、寂しいかも……でも大丈夫だよ」
あんまりにも落ち込む穂乃花を見てられなくて、あたしは慰めてた。
穂乃花はしんどいくせに、それでもあれから天ヶ崎の惚気話に耳を傾け、興味ありげに身を乗り出し、笑顔で相槌を打っては祝福して、一緒に喜んだフリしてた。
だけど、あとからどんどん気持ちが沈んでいき、それを見かねたあたしが励まし慰めて、その次の日にはまた天ヶ崎が先山と仲良くしてる姿を見て穂乃花が曇り……すげぇ歪なサイクルが出来上がってた。
そんな日を過ごしていく内に。
この頃になってようやく、あたしが抱えていた気持ちが穂乃花のそれと同じだったんだと気付いてしまった。
ただ、あたしの場合は同じ気持ちでも、その中身が大分歪なもんだったけど。
だって、天ヶ崎に彼氏が出来た時、あたしはそれを喜んでたから。
天ヶ崎が彼氏と仲良くすればするほど、それをクラスの連中がお似合いだと賞賛すればするほど、穂乃花は諦めていくと思ったから。
天ヶ崎が無邪気に無自覚に、穂乃花に惚気て傷付けていけばいくほど、気持ちが離れていくと思ったから。
そして、傷ついて落ち込んで、苦しんで悲しむ穂乃花と一緒にいればいるほど、あたしの存在感が増していくって思ったから。
ひどい考えだ。
自分の好きな子が、こんなにも苦しんでいるのに。
その子の一番になれると思うと、可哀想だ、何とかしてあげたいと思うよりも。
この状況が続く事を願ってしまっているんだから。
もっとも、あたしがそんなひどい事を願わなくても。
天ヶ崎はどんどん派手な動きをするようになっていった。
今まで付き合ってた友達に加え、中学に入ってから新しく出来た友達も加えていき、天ヶ崎中心の大きなグループがさらにどんどん大きくなってた。
メイクやファッションも、学校帰りの遊びも、SNSを通した活動も、何もかもが目立つ事を重視していくようになっちゃってさ。
言っちゃ悪いけど……アイツから見た穂乃花の存在って、たくさんいる友達の中の一人にまで格下げしてるようにしか見えなかった。
穂乃花には可哀想だと思うし、辛い事ばかり重なってるけど、あたしにとってはチャンスだと思った。
天ヶ崎からの執着も薄れていく一方なら、いずれは穂乃花も諦めていくしかないから。
だと、思ってたんだけどね……。