あんな奴を好きだった自分、ホント馬鹿じゃねぇ? 百合カップル? クソだよクソ! 過去に戻れたら絶対に選ばんわ!   作:Yunoko

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第5話 白河千早(幕間③)

 

 あたしは臆病だ。

 穂乃花の事をずっと好きだったのに、気持ちを伝えられなかった。

 天ヶ崎よりも先に好きになったのに。

 天ヶ崎と違って、穂乃花を粗雑に扱ったりしないのに。

 天ヶ崎よりもずっと穂乃花を大事にして、決して手放したりしなかったのに。

 

 だけど、と思ってしまった。

 穂乃花の気持ちを邪魔しちゃいけないと、自分に言い訳してた。

 小さな頃からずっと抱えてた純粋な好意に対して、野暮なことをしちゃいけないと自分を抑えてた。

 

 でもそれは、穂乃花に好きだと伝えてフラれるのが怖かったからだ。

 端から天ヶ崎に勝てるわけがないってあたし自身が諦めてた。

 

 そのくせ、あたしは穂乃花を諦めきれなかった。

 未練がましく、穂乃花がアイツを諦めるのを待ち続けていた。

 だって、良くも悪くも派手になっていく天ヶ崎の中で、穂乃花の存在が薄れていくのが分かっていたから。

 価値観や考え方、人生観がまるで違う二人がくっつくわけないと高を括っていた。

 

 だから穂乃花はいずれは諦めると期待してた。

 あたしは真っ向勝負をするでもなく、受け身で消極的な姿勢で臨んでた。

 天ヶ崎がダメだったら、次はあたしにもチャンスがあるかもなんて都合の良い考えを抱いてた。

 つくづく、あたしは弱くてずるい人間だ。

 

 失敗を恐れ、自分の好意もキチンと伝えてもいないのに。

 それでどうして、穂乃花に振り向いてもらえると思ったんだろう。

 手をこまねいて待ってるだけで、気持ちが伝わると都合の良い考えが浮かんでしまったのか。

 

 ……今なら分かってる。

 あたしにもチャンスは間違いなく存在してたって事。

 

 中学に入ってから天ヶ崎が穂乃花をどんどん雑に扱っていく中、あたしが穂乃花に好意を示し続けていれば。

 穂乃花は少しずつでも、あたしを意識してくれたかもしれない。

 穂乃花の中に根付くアイツを、少しずつでも追い出していけたかもしれない。

 

 高校卒業前、穂乃花がアイツに玉砕覚悟で告白するのを止めていれば。

 穂乃花とアイツの進路が別々である以上、今後は交わらない可能性だってあった。

 落ち込ませてしまうだろうけど、ライバル不在の中でゆっくりと振り向いてもらう事もできたはず。

 

 まして、穂乃花とアイツが破局した時なんて。

 あの場面は最大のチャンスでしかなかったはずなのに。

 

 傷心中の穂乃花につけ込むなんて、と中途半端に自分へブレーキをかけなければ。

 実家の家族のトラブルなんて放っておいて、穂乃花へのアプローチに集中していれば。

 天ヶ崎とセフレになって、そのあとに復讐すると意気込む穂乃花を止めていたら。

 

 過去の自分の失態を振り返ったところで、今が変わるわけじゃない。

 たらればを語っても無意味だ……本来であれば。

 

 でも二度目の人生を迎える今。

 そのたらればについて振り返り、反省と後悔を次に活かす機会が訪れた。

 今度は天ヶ崎へのコンプレックスを克服してやる。

 チャンスを黙って待つだけの人生なんてごめんだ。

 欲しい人は自分の力で振り向かせる。

 

 

※ ※ ※

 

 

「あたしさ、穂乃花が好き……子供の時からずっと」

 

 こっちの世界……小学生の頃に戻ったあたしは、初っ端から勝負に出た。

 自分の置かれた状況もロクに把握してもいないのに。

 だけど、穂乃花もこっちに来てたから。

 それだけで挑むには十分だった。

 

 穂乃花がこっちに来てる以上、また一から関係を築く必要がない。

 既にお互いの事を大体分かってるし、同性愛についても自覚してるし、天ヶ崎に対しての気持ちが揺らいでいる今だからこそ、あたしは動けた。

 っていうか、逆に穂乃花がこっちに来てなかったら勝負に出れなかっただろう。

 あの頃の穂乃花にいきなり告っても、困らせて弱らせた挙句に泣きながらフッてきてたはずだ。

 それほどまでに、穂乃花は一途なんだ。

 

「……」

 

 しかし、二度目の人生になって初めて告白した。

 前は結局、最後まで穂乃花に気持ちを伝える事もできなかった。

 かといって諦める事もできず、他の誰かを好きになる事もなく、そのまま死んじゃったし。

 おかげで恋愛経験が乏しすぎて、自分のやり方がどうなのかさっぱりすぎる。

 

 今、あたしは努めて平静を装っているつもりだが、穂乃花にはどう見えてる?

 なんとなく顔が熱っぽい気がするし、心臓がバクバクとしてるけど音が漏れてたりしてないだろうか。

 夏場でもなければ、運動したわけでもないのに背中とかあちこちが汗ばんでるのが分かる。

 汗臭いとか思われないか不安だ。

 

「…………」

 

 告白ってこんなに緊張して、不安になるもんなのか。

 しかも、フラれる事がほぼ確定してるのに。

 このあとの穂乃花の返事だって、ほとんど分かりきってるのにドキドキが止まらない。

 もしかしたら、なんて都合の良い返事を期待してるし……気持ち悪いなぁ。

 

「えっと……千早」

 

 向かいに座る穂乃花は、まっすぐと視線をあたしに向けてくれてる。

 当たり前だけど、まだあどけない顔の穂乃花だ。

 身体も小さくて華奢で、髪だってまだ長くて可愛いなと思う。

 

 でも表情はあの頃とまるで違う。

 自信なさげですぐに目線を逸らしてた穂乃花とは違う。

 目線をあたしから逸らさず、真剣な顔であたしを見据えてる。

 

 今までずっと会話してきて、いつだって目線を逸らさなかったのはあたしの方なのに。

 気持ちを伝えた今は、あたしの方が視線を逸らそうとしてしまう。

 気恥ずかしい、照れる、悶えてしまいそう。

 みっともなく床を転がる姿なんて、穂乃花に見せるわけにいかないけど。

 

「……」

「……」

 

 名前を呼んだきり、穂乃花は黙ってる。

 でも穂乃花は今、あたしの告白に対して真剣に向き合ってくれてる。

 答えは決まってるんだろうけど、その伝え方について悩んでるんだろう。

 おそらくは、あたしを傷付けないための言葉選び。

 ともなれば、答えなんてほとんど決まってる。

 

「私の事を好きになってくれて、ありがとね千早」

「……ん」

「それと好きでいてくれたのに気付かなくてごめん。ずっと無神経な事してた、私」

 

 そのまま頭を下げようとする穂乃花に対し、あたしは手で制する。

 穂乃花が謝る事じゃない。

 あたしの思惑、あるいは計画のための告白だから。

 気持ちに嘘はないけど、このタイミングで伝えたのは打算ありきなんだ。

 

 だから、そんな苦しそうな顔をしないでほしい。

 あたしに罪悪感なんて感じないで。

 穂乃花は何も悪くない。気にしなくていい。

 

「そんなのいいよ。穂乃花は何も悪くないし」

「ありがと……それとね……今は千早の気持ちに応えられない。ごめんね」

「…………うん」

 

 分かってる、分かってたよ。

 天ヶ崎の事を引きずってる穂乃花が、そんなすぐに切り替えられるわけがないって。

 結婚したも同然の状況まで進んでた穂乃花が、そんな簡単に忘れられるわけがないと。

 せっかく最初からやり直すチャンスがあるっていうのに、アイツを完全に諦める決断を下せるわけがない事くらい。

 

 大体、穂乃花だって1週間前に来たばかりだ。

 記憶はそのままに子供時代に戻ってきたなんて状況、受け入れるだけでも神経を使うっていうのに。

 その上、この時期に自分がどんな性格でどんな立ち振る舞いをしていたのか、周囲に不審がられないように状況を把握するだけでも忙しかっただろう。

 

 にもかかわらず。

 こっちへ来たばかりのあたしがさ、現状把握もロクにしないで告白までしてくるんだ。

 穂乃花も感情や情緒が追いつかないだろう……ごめんだけど。

 

 でもあたしは、現状把握がほとんど必要なかった。

 だって、この頃のあたしはボッチだから。

 

 まだ穂乃花とまともに会話すらしてない。

 せっかくの携帯にも家族以外の連絡先が入っちゃいないし、交友関係についての確認する必要すらない……あらためて考えると虚しい。

 

 まあ、だからこそロクに何も考えず、穂乃花がこっちに来てるのか確認しようと思えたし、来てると分かったからには動こうと決めれたわけで。

 結果オーライだ。きっと、うん。

 

「まぁその、なんだろ……いきなり告ってごめん。びっくりしたっしょ」

「そう、だね……本当に私鈍感でごめんね」

「だから気にしなくていいって。あたしがビビリでヘタレだから、そもそも穂乃花にずっと気持ちを伝えてなかったんだし」

「でもさ……」

 

 穂乃花、今までの事を振り返ってんだろうなぁ。

 天ヶ崎関係での相談事とか、聞くのはほぼ大半があたしだったから。

 あたしが自分の事を好きだなんて知らず、自分の好きな人について延々と話してた事について後ろめたく思ってんのかもしんない。

 そんなの気にしなくていいのに。

 

 まあ……穂乃花が相談できる相手って実際限られてたし、あたしが相談に乗るしかなかったからね。

 

 仁衣奈は面白い子だったけど、正直なところ何を考えてるのか分からない子だった。

 氷雨(ひさめ)は恋愛観に対してかなり拗らせてたし、天ヶ崎の態度や振る舞いには結構否定的だった。

 神宮寺(じんぐうじ)や真美は色々と達観しててアテにならんし、穂乃花があの二人の影響を受けても困る。

 結局のところ、あたしが一番近い視点、立ち位置で相談に乗れてたはずだと思う。

 

「……」

 

 それにしても。

 あたしがほとんど相談に乗ってた以上、手段を選ばなければ付け入る隙なんていくらでもあったし、勝ち目はもっとあったんだろうなと思う。

 天ヶ崎の印象を落とす事だって出来たし、もっと早く穂乃花の気持ちを冷めさせる事だって可能だった。

 

 でも……。

 純粋にアイツを想い続ける穂乃花に対して、その気持ちを穢すような事をしたくなかったんだろうなぁ、当時のあたし。

 あたしにとって理想的な恋愛観や貞操観念を持っててさ、純粋で優しくて落ち着いてて、小柄で可愛らしい子だったから。

 あたしの邪な気持ちで、穂乃花の気持ちを変質させたくなかったし、穂乃花の性格や人柄に悪い影響を与えたくなかったんだ。

 今でも、その考えにほとんど変わりはない。

 

 だけど……。

 真面目に誠実に勝負しようとして、嫌われたくないとか悪く思われたくないとか考えてさ、結果負けて穂乃花を取られてるんじゃ意味がない。

 あんまり卑怯な事をやって穂乃花に軽蔑されんのも嫌だけど、やれる事があるならどんどんやるべきだ。

 さしあたり、この告白だって一つの布石に過ぎないワケだし。

 

「穂乃花さ、あたしに悪い事したなとか思ってんでしょ?」

「……うん」

「この際だから正直に言うけど、それすらあたしの狙いだからね」

「……そうなの?」

「そうだよ」

 

 言葉は慎重に選べよ、あたし。

 出来る限り、穂乃花に対しては誠実に正直に伝えるんだ。

 だけど、いらん事まで全部話さないように。

 

「いきなり告白したのってさ、穂乃花にあたしの事を意識してほしかったからだし」

「まだ天ヶ崎に気持ちが残ってるのも分かってたし、断られるのも覚悟してたから」

「でも穂乃花は優しい子だから、今までの事とか思い出して罪悪感っていうか、あたしに悪い事したって思うだろうなって事も分かってる」

「多分だけど、天ヶ崎を諦めるにしても、アイツの代わりに好きになるのは失礼だって考えてるんでしょ?」

「振ったとかそんなん気にしなくていいから。まず、あたしが穂乃花の事を好きなんだって知ってもらいたかっただけだし」

「気持ちを伝えられただけでも、あたしとしては一歩前進って感じなワケよ。前はそれすら出来なかったからさ」

 

 長々と喋りすぎたけど、大体はこんな感じの内容。

 ここまでほぼ本音。

 

 最後のあたりは若干嘘だけど。

 ホントはそりゃ、ここで受け入れてもらえたら嬉しいに決まってる。

 オッケーを貰えた瞬間、きっと小躍りしてたし、感極まって抱き着いてたよ、あたし。

 

 でも、断られても構わない。

 ホントは良くはないけど、織り込み済み。

 まだ穂乃花の気持ちがアイツに残っていてもいい。

 ここに至ってもまだ、アイツを好きでいられるほど一途で未練たっぷりな穂乃花が好きなんだから。

 穂乃花に好きになってもらいたいけど、でも簡単にアイツを諦めて、あたしに振り向いてほしくもないんだ。

 とんだ矛盾だ、ホント。

 

「……」

 

 あたしの家族……母親も姉も妹も、恋愛に対してはとことん軽薄だ。

 簡単に誰かを好きになるし、後先考えずに身体を重ねるし、流されるままに妊娠も結婚もしてしまう。

 それに付け加えて、あっさりと別の誰かを好きになるし、その相手とも身体を重ねる事に抵抗がない。

 セックスが一つの選択肢として、易々と浮かんでくるのが理解しがたい。

 

 ワケが分からない。

 好きだからこそ、一緒にいたいと思うからこそ付き合うんじゃないのか。

 その先も末永く一緒でありたいと思うから、結婚を選ぶんじゃないのか。

 

 結婚に至っては、貞操を守る義務だって課せられてる。

 だから不倫に対しての慰謝料だとか請求できるんでしょ。

 なのにどうして、他の誰かを好きになってしまい、裏切るという選択肢が出てくるのだろう。

 

 子供まで作って産んでてさ。

 自分の行いを子供に見せれる? 聞かせれる? 将来になって堂々と話せんの?

 周りの誰かから、その事でいじめられたり、陰口を叩かれたらって思わないの?

 せめてさ、まずは別れるなり離婚なりしてから、筋を通してからじゃないのか?

 

 あたしには分からない。

 こんなの理解したくないし、許容もしたくない。

 これって潔癖なのか、融通が利かないのか? 価値観が古いの?

 

 千尋(姉)や千歳(妹)と結婚した義兄や義弟だって大概だ。

 あんまりな扱いを受けてるからと思ってあたしがフォローしただけで「千早ちゃんって優しい子だよね」とか何とか言ってさ、べたべたしようとしてくるし。

 歴代の父親達の中にもさ、血が繋がってないからって関係を持とうとする気持ち悪いやつだっているし、頭おかしいんじゃないの?

 どいつもこいつもさぁ、なんで簡単に好きな相手を切り替えできんの? 脳と下半身が直結してんの?

 

 多分……いや間違いなく、あたしは恋愛に対して理想を持ちすぎてる。

 ホントは分かってる。

 いい歳(今の身体は子供だけど)してさ、拗らせすぎてるって事くらい。

 潔癖になりすぎてるって事も。

 でも、身近で純粋に真摯に誰かを好きでいられる子がいたから……。

 

「……」

 

 だからなのだろう。

 あたしが穂乃花に惹かれ、諦める事もなく追いかけてしまうのは。

 その愛情をあたしに向けさせたい、あたしが独占したいと思ってしまうのは。

 

 穂乃花はきっと恋人を裏切らないし、裏切れない。

 簡単に他の誰かに目移りなんてしなくて、打算や計算なんかで人を選んだりもしない。

 結ばれてしまえば、きっとあたしは幸せになれる。

 あたしを選んでくれた穂乃花を幸せにしようと、後悔させないようにあたしも頑張れる。

 

 欲しい、穂乃花が欲しい。

 あたしだけの穂乃花にしたい。

 恋人になりたい、結婚(パートナーシップ宣誓)もしたい。

 天ヶ崎みたいに、ペアリングだって一緒に選んで買いたいし、フォトウェディングだってやりたい。

 今度こそ、あたしが穂乃花の隣に立ちたい。

 今まで天ヶ崎が埋めてた全てを、あたしで上書きしたい。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……これで分かったっしょ? 断っても別に問題ないって事。穂乃花の優しさにつけ込んでさ、とりあえず意識させようって魂胆なワケよ」

 

 お茶を口に含む。

 あたしにしては凄く喋ったから、喉も渇いて仕方ない。

 

「……千早ってホントに優しいね」

「ん、どこが」

「亜紗ばっかり見てて千早の気持ちに気付かない私にさ、気を遣ってくれてたんでしょ。今だってさ、私が気にしないようにってしてくれてさ。千早って昔からずっと優しい子だよね」

 

 口元を強く結んで、瞳を揺らし、スカート(子供の頃の穂乃花はフレア系のスカートとかワンピースとかよく着てた)の裾を握りしめて、それでも目線はあたしを捉えてくれてる。

 穂乃花の泣きそうな顔を見てると、胸が苦しくなる。

 あたしから言わせれば、穂乃花の方がよっぽど良い子でしょ。

 そうじゃなきゃ、あんだけ手酷く裏切ったアイツと復縁してさ、あんなにも愛してなんてやれないじゃん。

 

「ホントにごめんね千早」

「私、亜紗の事を諦めたいって思ってる。でも、すぐに消えてくれないんだ」

「なんなら……私や千早がこっちに来たみたいに、亜紗も来るんじゃないかって期待してる私もいる」

「こんな事考えてる私がさ、千早から好きなんて言ってもらう資格ないと思う……だから、私の事なんて──」

 

 待った、とあたしは声を発して制した。

 どうせ好きになるの諦めてだとか、忘れてと続けるつもりだったんだろう。

 そうはさせるか、今さら諦めなんてつくものか。

 簡単に諦められるなら、ここまで引きずってない。

 

「大丈夫。いつまでも待てるよ、あたし」

「そんなの……」

「それに、もしもアイツもこっちに来てさ……穂乃花とくっついたら、その時は頑張って諦めるから」

「なんで……」

 

 だって、あの日あの時。

 あたしが訪問しなければ、アイツを一目見てやろうと考えなければ。

 穂乃花は刺される事なんてなかったはずだ。

 アイツだってパニックにならず、今も穂乃花と暮らせてたはずだから。

 

「あの時…………あたしがいらん事しなきゃ、穂乃花が刺されて死んじゃう事なかった」

「あれは……私だって、千早が来てくれたら、亜紗の話せる相手が増えたらいいなとか考えて……」

 

 穂乃花の頬を涙が流れる。

 まただ、また泣かせてしまった。

 

「泣かないでよ。穂乃花は何も悪くない」

「ごめ……っ」

 

 テーブルの上のティッシュケースを差し出す。

 穂乃花が目元を拭い、鼻をかむ。

 そして包んだティッシュをゴミ箱へと放り投げる。

 

「ホントは天ヶ崎が来る前に……穂乃花の気持ちをあたしに向けたいって思ってる」

「……」

「でもあたしのせいで穂乃花は死んじゃうし、天ヶ崎だって向こうで一人にさせちゃったし……」

「……」

「だからあたしは待つ。穂乃花が諦めがつくか、それとも天ヶ崎が来るか」

 

 これがあたしなりの誠意……といっていいのか分からない。

 でも、せっかく上手くいってた二人の仲を裂いた責任は感じてる。

 だから、天ヶ崎もこっちに来るとしたら、その時は潔く諦める覚悟も持たなくちゃと思う。

 ホントに諦められるのか……それはなってみないと分からないけど。

 

 ただ、ずっと待ってるつもりはない。

 穂乃花が本気で天ヶ崎と別の高校へ行くと決めれば、こっちの天ヶ崎に対しての気持ちもなくなったと分かれば、その時は遠慮なく気持ちをぶつけまくる。

 もうしがらみもないのだから、遮二無二とやる。

 

「でも……いつ諦めがつくかなんて、私も分からないよ」

「それでも待つ。昔からずっと待ってたから。まだ何年だって待てる」

 

 その後の穂乃花は「ありがとう」と「ごめん」の繰り返しだった。

 今まで支えてくれた事へのありがとう、好きだと言ってくれた事へのありがとう。

 気持ちに気付けなかった事へのごめん、天ヶ崎への未練が絶てない事へのごめん。

 

 もっと謝るべきはあたしの方なのに。

 よりにもよって、天ヶ崎に刺されて死なせちゃってごめん。

 痛い思いをさせてしまって、苦しませてごめん。

 せっかく取り戻した仲を壊してごめん。

 そして二度目の人生だってのに、いきなり混乱させて、あたしの事で悩ませてごめん。

 

 迷惑をかけてる、困らせてる。

 それでも、あたしは穂乃花が好きで、欲しくてたまらない。

 独占したい、あたしだけの穂乃花にしたい。

 

 一度死んで踏ん切りがついてしまったのか、それとも自制心が外れてしまったのか、あたしはもう我慢していられない。

 また天ヶ崎に負ける可能性だってあり得るけど、それでも何もせず、気持ち一つも伝えられずに諦めたくない。

 これがワガママで、穂乃花を苦しめるって分かってるのに。

 

「千早は……他に気になる人とか、いなかったの?」

「いない。穂乃花しか気にならなかった」

「そっか…………そっか」

 

 思案に暮れる顔ってこんな風なんだろうか。

 穂乃花は唇を噛み、眉を寄せ、目は悲しそうに伏せている。

 こんな顔をさせてしまったのは、他でもない、あたしのせいだ。

 

 なのに、それなのに。

 穂乃花があたしの事で悩んでくれて嬉しいと思ってしまった。

 勝負にもならないと覚悟してたのに、天ヶ崎と天秤に掛けてもらえている事が誇らしい。

 こんな事、絶対に穂乃花に言えない。言えるわけがない。

 

 まして、天ヶ崎が来たら仕方ない、諦めると言っておきながら。

 あたしはきっと諦めないだろう。

 あたしは良い子なんかじゃない。

 卑怯で臆病で未練ったらしい、嫌な女なんだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

 結論からいえば。

 あたしの告白に対しての返事は、現状は応えられない。

 まだ、向こうに残ってる天ヶ崎への気持ちは残ってるから。

 もしかしたら、向こうのアイツもこっちに来るかもしれないから。

 

 でも、完全に断られたわけじゃない(正確にはフラれる流れをキャンセルしたんだけど)。

 穂乃花がこっちの天ヶ崎と最初からやり直す予定は、今のところない。

 だから向こうの天ヶ崎がやってこない限りは、高校進学が一つのターニングポイントとなるだろう。

 別々の高校に進み、穂乃花の諦めもついた時にあらためて告白するのも選択肢の一つだ。

 

 それに天ヶ崎のやらかし次第で、もっと早く諦めもつくかもしれない。

 今の穂乃花が、天ヶ崎からの邪険な扱いに対して我慢していられるとは思えないし、下手したら嫌いになる可能性だってある。

 あたしだって黙って待つ気もないし、好きだと告白した以上、これからはどんどん積極的にアプローチしていく。

 

「…………」

 

 まあ、それはそれとして。

 さっきまでの告白が無かったかのように、あたしは穂乃花と今後について話し合った。

 といっても、将来に向けての人生設計とかではなく、他愛のない話だけど。

 

 小学校や中学校の学校行事をもう一度やり直すのがかったるいだとか、あたしは授業参観で親が来るのしんどいとか、運動会のテンションについていけないとか、今度は通知表でどれだけ上を目指せるか勝負しようとか、休みの日にゆくゆくは潰れるのが分かってる店とか巡ろうとか、そんな話。

 

 とはいえ、あたしの気持ちが分かったからか。

 話題転換で穂乃花はホッとしてたけど、それでも返事や反応はぎこちない。

 あたしもきっと、穂乃花から見たらどこかおかしくなってるんだろう。

 沈黙の間を作らないように、話題をお互いに繰り出す始末。

 

「千早はさ、陸上続けるの? 小中ってやってたけど」

「いや、ぶっちゃけ今回はやる気ない」

「そうなの? 県大会にも出てたのに」

「あー……だって、そしたら穂乃花が応援してくれてたし。走るの頑張ってたのって、穂乃花にカッコいいって思われたくてやってただけだし。練習とか時間取られるし、今回は穂乃花と一緒にいる時間ほしいから、陸上はやんない」

「……そ、そうなんだ」

「…………」

 

 あー。

 一度告白してしまったからか、普通に本音で言ってしまった。

 まあ、好きだってバレてんだし今さら隠す事でもないけど……。

 

「あっ、そうだ。携帯」

「うん?」

 

 かなり強引な話の振り方だし、本当は帰り際に聞くつもりだったが仕方ない。

 

「穂乃花のさ、電話番号とメアド教えてよ」

「あ、そっか……千早の連絡先、まだ知らないのか私」

「そうそう。あたしの携帯さぁ、連絡先が家族しかいねーのよ」

「悲しい事を言う……」

 

 苦笑いする穂乃花。

 でも、気まずい空気が少し和らいだのを肌で感じる。

 

「……QRコードで読み込みって便利だって思い知った」

「確かに。でもさ、ボタン操作も懐かしくない?」

「まあ、そうだけど」

 

 スマホのLINEみたいにQRコードの読み込みだとか出来ないから、全部手打ち作業。

 ボタンの携帯なんて久々すぎて、逆に操作が不慣れだ。

 めんどくさい、でも穂乃花は懐かしそうにしてる。

 だからあんまり不満は口にしない。

 

「……よし、電話も繋がる。メールも送れた。あんがと」

「うん」

「まあ、いきなり色々喋ったりしたけど……こっちでもよろしくね穂乃花」

「こっちこそ、また千早が仲良くしてくれると嬉しいな」

「そりゃもちろん……あ、そろそろ帰るわ。うちの家族っていうか、母親がそろそろ電話してくるだろうし」

「うん。見送る」

 

 そうして穂乃花の部屋から廊下、階段、玄関と進んでいき。

 また明日と口にして、あたしは花咲家を後にする。

 

「……」

 

 ふと後ろを振り返れば。

 穂乃花が道路まで出て手を振ってくれてて、あたしもそれに応えて手を振る。

 それは曲がり角であたしが見えなくなるまで続いてて。

 

 そういえば、昔からそうだった。

 穂乃花はあたしの姿が見えなくなるまで手を振って、見送ってくれてたっけ……まあ、あたし以外にも天ヶ崎や他の友達にもそうだったけど。

 そんなところも、あたしは好きだったんだ。

 

「…………」

 

 帰る道中、携帯を開いて連絡先の中を確認する。

 家族以外で唯一の連絡先。

 一番の親友であり、好きな子の名前。

 きっと、今のあたしはにやついてキモイ顔してんだろうと思う。

 

 だって前回も今回も、最初に登録した相手が穂乃花なんだから嬉しくもなる。

 しかも今回は1年も早くゲット……やったなんてもんじゃない。

 関係だって最初から出来上がってるし、前は隠したままだった気持ちだって拙いながらも伝えられた。

 懸念や不安材料もあるけど、それでも前の人生よりもずっと……。

 

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