あんな奴を好きだった自分、ホント馬鹿じゃねぇ? 百合カップル? クソだよクソ! 過去に戻れたら絶対に選ばんわ!   作:Yunoko

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第9話 私は憎むのを諦めた

 

「花咲、今日も契約取れたんだな。最近マジで調子良いじゃん?」

「うっす。好調です」

 

 時刻は午後6時。

 今日の仕事も終えて、定時でさっさと帰ろうと思ったら声を掛けられた。

 

 相手は職場の先輩で営業課の桂木(かつらぎ)さん。

 売上成績が一目で分かるボードと私を交互に見つつ、しきりに頷く。

 

「なんか良い事あったか? もしかして、彼氏でもできたか?」

 

 またそれか。

 最近同僚や後輩もみんなそれを聞いてくる。

 皆同じ会話デッキ使いまわしてんの? 新しいカード入れときな?

 

「良い事……まあ、どうですかね。彼氏とかじゃないですけど、放っておけない人はいますね」

「…………おぉ」

「どうしました」

「いや、聞いといてなんだが、まさか本当にそういう方向だったはなぁ」

「意外です?」

「あぁ……いや、すまんすまん。それなら早めに帰らないとな。止めて悪かった」

「いえいえ。お疲れ様です」

 

 えらく驚いてるな。

 まぁ、ここで働いてから「良い事あった?」の問いに対して、私が頷いたり同意した事とかなかったしなぁ。

 この時の私は、桂木さんがなんで自分から聞いといてテンション落ちてるのか、翌日からなんだか元気がないのかとか、まったく気にもしていなかった。

 

 ただ後日になって同僚の子に言われたのだが、どうやら桂木さんは私の事が気になっていたらしい。

 確かに、いわれてみれば仕事帰りに飲みにだとか、食事だとかよく誘われてたな。

 気さくな人だし、他の人にも声を掛けてたりしたから、あんま人と関わらない私に気を遣ってくれてんだな、くらいにしか思わなかった。

 

 こんなのに興味を持ってくれた事にはちょっと感謝。

 でもすまぬ、私は男に興味がない。これまでも、これからも。

 それに、今は放っておけない人がいるというのも事実。

 

「さっさと帰らなくちゃ。それじゃ、お疲れ様でした」

 

 

※ ※ ※

 

 

「ただいま」

 

 自宅に帰り、いつものルーチンで施錠やチェーンロックを行い、ちゃんと戸締り出来ているのか確認する。

 それらを終えてリビングへ行くと、近付き、抱きついてくるのが一人。

 

「ほのちゃん、おかえり」

「ん、ただいま」

 

 エプロン姿の亜紗だ。

 長い髪も結んでポニーテールにしたコイツは、腹立つがやはり可愛い。

 あと良い匂い。同じ柔軟剤とかシャンプーだとか使ってんのに、この違いは一体なんなんだ? まあいいか。

 とりあえずコイツの乳に顔を埋めたれ。こっちも良い匂い。

 あと柔らかい。今日もノーブラだ!

 

「お疲れ様だね。さっそくご飯にする?」

「お腹空いたし、そうしようかな」

「オッケ。温めるね」

 

 言うやキッチンの方に向かい、その数秒後にはIHの操作音などが続く。

 私もその間に普段着に替え、スーツはハンガーに掛け、脱いだシャツや靴下などを洗濯機にぶち込む。

 あとは食事前に手洗いとか済ませて、と。

 

「今日何作ったん?」

「今日はねぇ、唐揚げとポテトサラダ、ネギ生姜載せの豆腐とよく分かんないスープ!」

「へぇ、美味そう」

「まあ食べてみて! すぐに盛り付けるから」

「並べんの手伝うわ」

「ありがとう」

 

 食器を並べて盛り付け、二人分のそれらをテーブルに並べていく。

 そしてお互いが座ったところで「いただきます」の声。

 まったく疑いもしなかったが、やはりどれも美味い。上手にできてる。私好みの味付けだ。

 

「どう? 美味しい?」

「うん、美味い」

「そっか」

 

 向かいに座る亜紗の顔が綻ぶ。

 私の顔ばっか見てないで、あんたも食べろと促す。

 

「仕事どうだった?」

「今日は2件取れた。褒められた」

「やっぱり凄いね、ほのちゃん。1件取るごとにボーナスつくんだよね?」

「そ。入るのは来月だけどな」

「それでも凄いよ」

 

 コンスタントに結果を出している私の給料は、80万円を下回る事の方が珍しい。

 まあ手取りにすりゃ60万円程度(健康保険と厚生年金と所得税で少なくとも15万は持っていかれる。くそが! インセンティブは全部非課税にしろ)だが、私と同年代の女でこのくらい稼ぐ人はそう多くない。

 とはいえ、職場のエースな子(20代前半)など、ひと月に200万円稼ぐ事だってある。私もまだまだという事。

 

「今度旅行でも行かね?」

「え、ほのちゃんと?」

「この流れであんた置いて出かけるとか、私は鬼畜か」

「いいの? ついていって」

「いいよ別に。あんたには……亜紗には色々と家の事とかしてもらってるし、いっちゃなんだけど、たくさんお世話もしてくれてるし」

「…………」

 

 泣くな、静かに涙流すな。

 とりあえず、ティッシュで拭いてやるか。

 

「ごめん……」

「いいよ、別に」

 

 やだな、すっかり絆されてしまった。

 付き合っていた時より、セフレの関係の時の方が仲良いとか意味わかんねぇ。

 亜紗がここで暮らしてから、もう二か月くらいになっていた。

 私はもう、亜紗を憎んだり、恨む事ができなくなった。

 

 

※ ※ ※

 

 

 とはいえ、あの日あの時、私はすぐに亜紗がここで暮らす事を了承したわけではない。

 

「……ちょっと考えさせてもらっていい?」

「……うん。考えてくれるだけでも嬉しい」

 

 すぐに同意はしなかった。できなかった。

 今は私にしか頼れないから、私に依存しているから、こんな事を言ってるんだと思った。

 もし、また誰かにそそのかされたら? 他の誰かを好きになったら?

 ここを出ていくのは構わないが、誠意のない別れ方をしたりしないだろうか、部屋を荒らしたりしないか、だとか色々考えた。

 

 とりあえず1週間くらい考えたいと伝え、当然だがその間はホテルにも誘わなかった。

 1日、2日と亜紗がここで暮らした場合、どうなっていくのか考えた。

 いまいち想像つかなかった。

 付き合っていた頃と立場も関係も逆転した今、あいつはどう振舞うのだろう? ここで暮らした途端、また元通りとなるのだろうか?

 

 そうこう悩んでも答えは出ず、亜紗の言っていた現状が事実なのか、まずは確かめてみようと思った。

 本当だったら同情して優しくしてやれるのか。

 嘘だったらとしたら? 潔く関係を断ち切ってしまえるのか。

 

「…………」

 

 まずは事実確認だ。それから考えよう。

 スマホを取り出し、連絡先リストから『母』の名前を見つけて選択。

 

「…………あ、もしもし。お母さん、今電話大丈夫?」

「珍しい。穂乃花が私に電話掛けてきたわ」

 

 確かに、滅多に私から連絡しないからな。

 小一時間で帰れる距離にもかかわらず、年に1、2回くらいしか実家にも寄らないし。下手すりゃ帰らない年もある。まったく、薄情な娘だぜ。

 

「で、どうしたの? 何の用もなく電話掛けてこないでしょ?」

「うん。いきなりだけど、亜紗の事で聞きたい事あって」

「あぁ、あの子から話聞いてる。色々あったんだね、あんたら」

「……まあね」

 

 相変わらずドライな親だ。

 娘が同性愛者で、おまけにご近所の幼馴染みと恋人でしたとか、まともな親なら結構パニックになりそうなもんだが。

 それらを色々で済ませちゃいますか。

 

「お母さんはさ、驚かないの? 私と亜紗が付き合ってた事とか。私がさ、そのレズビアンだって」

「別に。好き同士ならいいんじゃないくらいに思ってたわ」

 

 昔からこういう人だった。

 人を傷付けたり、犯罪行為しなきゃいいんじゃない、健康に暮らしてりゃいいんじゃないって感じの人だった。

 まあ、私に孫が見たいとか、良い相手がいないのか、なんて一切聞かれないのは気楽ではあった。

 ただ、心のどこかで自分の子供に興味なさすぎじゃね、なんて思ったりもした。

 このドライな部分は絶対に娘の私にも継がれてる。

 

「それで、亜紗の話ってホントなの?」

「ホントかって言われても、どの話?」

「えっと……その、亜紗の家庭の話。亜紗のお父さんの事とか。あの人捕まったのホント? そのさ、学校で盗撮したとかなんとか」

「あー、まあ、そんな感じ。ほぼホント」

 

 この人にしては歯切れの悪い返答だった。

 

「もしかしてそっちじゃ結構有名?」

「まあ……こういうのってすぐ広がるもんだね。人の噂をしたがるやつはどこにでもいるから」

「そっか。亜紗のお母さんは元気に……いや、引っ越ししてるんだっけ? 会ってんの?」

「そ。引っ越ししてる。まあ、家は知ってるし、たまに会っちゃいるけど、元気じゃないね。無理してるのは私でも分かるレベル」

「……そっか」

 

 そりゃ、そうだよな。

 どこまで事情知ってるのか分からんけど、娘は不倫された挙句に離婚。

 旦那は職場で盗撮やらかして逮捕。娘の盗撮までしててネットに流して小銭稼いでいたという余罪まで分かる始末だ。

 家庭環境めちゃくちゃにもほどがあるだろ。

 

「亜紗ちゃんはどう? 元気にしてる?」

「どうだろ。再会した時よりはマシかもだけど、暗いっちゃ暗い」

「まあ、亜紗ちゃんも色々あったからね。病院にも通ってるみたいだし」

「病院? どっか悪いの?」

「精神系。お母さんも娘も二人とも。あの山の上のとこのでかい病院に通ってるらしいよ」

「……そうなんだ」

 

 一瞬言葉に詰まった。

 でも、納得といえば納得だ。

 病むだけの理由もあるといえばあるし、様子がすっかり変わったのは私に対しての罪悪感だけじゃなかったわけだ。

 

「あんたこそ、亜紗ちゃんの事どうなの? 嫌いじゃないわけ? 結構ひどい事されたんでしょ?」

「嫌いだよ」

「……その割に、あんた亜紗ちゃんの事気にかけてんだ。案外情があんだね」

 

 ドライ代表のあんたに情があんだねとか言われたくないよ。

 少しはなんかこう、オブラートに包んだ物言いができないのかい。

 

「嫌いだけど、嫌いなだけじゃないっていうか……まあ、それが情なのか?」

「自問自答されても。まあ、そうなんじゃない?」

「私さ、正直あいつの事をぼこぼこにしてやろうとか、私に依存させてから捨ててやろうとか思ってたんだ。今もそのチャンスがあったらそうしてやろうって思う事ある」

「……」

 

 流石の母も一瞬黙ってしまった。

 

「私もあんたの親だから、あんたが舐められた真似されて腹立たないわけじゃない」

「え、マジ?」

「失礼な。一応これでも母親だからね。亜紗ちゃんから事情を教えてもらった時は、流石の私もキツイ事も言ったかもしんない」

「意外。私より、亜紗の方を大事にしてると思ってた」

「ほんとに失礼な。よその子よりあんたのが大事に決まってんでしょ」

「おいおい、泣かすな。あんた私の親かよ」

「あんたの親だわ」

 

 この歳で、この人の言葉が沁みる事があったとは。

 

「あんたがあの子の事、許せないのは分かってる。でもね」

「うん」

「あの子があんたに悪いと思って反省してるのは多分ホント。精神的にぼろぼろで追い詰められてるのもきっとそう」

「……うん」

「私から許してあげたら、なんて言えない。でも、あんたはここからあの子を切り捨てるのはできないと思うよ。もう何度も会ってんでしょ?」

 

 まあ、週に2、3回ペースで会ってる。

 その都度ホテル行って身体交えてますとか、とてもじゃないが言えん。

 そんなことしてて、アイツの事は嫌いだと抜かしても説得力がなさすぎる。

 

「もし亜紗ちゃんと本気で関係を断つつもりだったら、最初に会った時にすべきだったね」

「そうかも、しんない」

 

 薄々と感じていた事だ。

 最初にアイツと再会した時、こっぴどく突き放していれば。

 今みたいに悩んだり、考える事だってなかった。アイツが私に依存する事だってなかった。

 

「まあ、二人の関係だからね。あんたの決める事だと思うけど」

「うん」

「私個人としては、ほどほどに仲良くやってくれたら助かるかも。美佳(亜紗のお母さん)さんもホッとするだろうから」

「まあ、うん」

「ただ、あんたが我慢できないんなら仕方ない。その時は突き放したらいいけど、やりすぎないように。あんたはきっと後悔するよ」

「……そうかもね」

 

 おそらく、母の言う通りだ。

 もう私はアイツに対して、強く復讐なんてできない。できなくなってしまった。

 よしんば、今からアイツを徹底的に追い込んだとして、もしもアイツが自殺とかしてしまったら、きっと私は喜べない。一生後悔してしまうと思う。

 簡単に忘れてやる事もできない。私は未練がましいから。執念深い部分もあるから。

 だから、最初からほとんど答えは決まっていたんだ。

 

「あ、そうだ。穂乃花」

「なに?」

「年末年始、今回は帰ってくんの?」

「多分。行けたら行くわ」

「それ大体来ないパターンだから」

 

 最後に「ありがとう」と伝え、私は通話を切った。

 まあ、時々は母の様子も見てやろう。

 父さんもしばらく見てないし、蓮(弟。クソ生意気。見るだけで腹立つ)は……いてもいなくてもいいや。別に。

 そして、私はアイツに電話を掛けた。

 

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