(フリードリヒ・ニーチェ)
歌住サクラコは、ただ皆と仲良くお茶がしたかった。
実に清らかな願いである。
シスターフッドの首長として、これ以上なく穏当で、平和的で、かわいらしい目標だった。
問題は、シスターフッドが穏当でも平和的でもかわいらしくもなかったことだ。
沢山の集団が一つへと強引に統合されたトリニティ総合学園。
その一大派閥であるシスターフッドも、その内部はバラバラだった。
なにせシスターフッドには派閥がある。かなりある。宗教の解釈なんて人それぞれだから。
何なら昔はもっとあった。それをまとめたのが、我らが偉大なる指導者の歌住サクラコ。
手を付けられないほどのカオスを、どうにか一つにした。
いや、実際はもんじゃ焼きみたいにまだグチャグチャしていた。
お互いの足を踏み合いながら、表面上だけ手を取り合っていたのだ。宗派対立は根深い。
だからサクラコは考えた。
まずは、お茶会から始めようと。
・・・・・・・・・
シスターフッドの本拠地であるトリニティの大聖堂。ここにサクラコを含めた五人の少女たちが鎮座していた。
目を閉じて背筋を伸ばし座る者、つまらなそうに肘をつく者、腕と足を組む者。各々のシスターは首長の言葉を待っていた。
「みなさん、本日はお集まりいただきありがとうございます」
サクラコがそう言うと出席者はみな、姿勢を正すと彼女の方を向いた。
敬意、興味、あるいは無関心。
三者三葉の感情がサクラコへと向けられる。
「これよりお茶会を始めたいと思います」
サクラコは少女たちを一瞥するとにこりと微笑んだ。
彼女は信じていた。きっと今日のお茶会は素敵な場になると。楽しいお喋りができると。
何せ3日かけて準備をしたのだから。完璧なティーパーティーをホストとして開催できたと自負している。
参加者たちの好みに合わせたお茶菓子と茶葉。華美過ぎない落ち着いた色合いのティーセットとテーブルクロス。少女、サクラコの夢が詰まった可愛らしい空間だ。
まさかこんなステキ空間が混沌と化すとは、このときのサクラコは知る由もなかった。
「今のキヴォトスは平穏とは言い難い状況ですが、ぜひ宗派や信仰の違いを越えてお話して親睦を深めましょう。……ところで、スズさんはどちらに?」
「家入スズはDUシラトリへ宣教活動に行っているので欠席です」
「……お茶会の案内は?」
「伝達済みです。ですが、サクラコ様のお心を広めることを優先する、と」
「そう、ですか……。とても残念です」
隣に座る加藤リコの言葉に、サクラコは悲し気に視線を落とした。
影がかかった表情からは、怒りや失望さえ感じ取れる。さながらゴッドファーザー。一般的なトリニティ生徒が見たら恐怖の粛清を予感して、失禁してしまうだろう。
実際のところは、ただしょんぼりしていた。サクラコは純粋無垢な聖人なのだ。
「スズさんとは"後日"また"個別に""ゆっくり""お話し"しましょうか」
「ええ。しっかりと指導していただければと思います」
「指導、ですか?そのようなことはしませんが」
困惑するサクラコを、リコはキッと睨みつけると立ち上がった。
しまった、とサクラコが後悔したときにはもう遅い。
ミルクティーのように柔らかい茶髪が揺れる。今のリコは般若のような雰囲気をまとっていた。
「お言葉ですがサクラコ様!組織を乱すような身勝手な行為は是正されるべきです!」
「は、はぁ……」
「仮にもシスターフッドの最高権威機関であるお茶会のメンバーである以上!スズさんの行いはシスターフッドの足並みを乱す、いわば背信行為です!」
「……え?最高権威機関ってなんですか?私はただ皆さんとお茶をしながら楽しくお話をしようと」
「トリニティ学園の最高機関ティーパーティーに対抗して組織したのが、このお茶会ではないのですか?」
「違いますけど!?」
サクラコの悲鳴に一瞬停止するリコ。すると、ポンと手を叩いた。
そして何かを察したかのような表情を浮かべると、小声でサクラコに耳打ちした。
「……サクラコ様、ご安心ください。半径1㎞以内に諜報員はいません。ここでなら本当のことを言っていただいても桐藤ナギサには感づかれませんから」
「本心から!おしゃべりがしたくて!この場を設けました!ティーパーティーに対抗するつもりなんてありません!」
「そんな!ようやくサクラコ様が組織改革に目覚めたと思ったのに!」
「それは……どんな改革ですか?」
「トリニティ学園の政権を奪取し、シスターフッドが全てを管理・支配する統治機構への転換です」
「少なくとも、そんな改革をすることは絶対にありえません」
シスターフッドの最大派閥に属するリコは、他の構成員と同様に、秩序と組織を何よりも重んじていた。
ゆえに規律にうるさい。マジで融通のきかない堅物だ。古手川何某とかいうスケベな身体をしたなんちゃって風紀委員とは違う。だからトリニティ生徒からは恐れられていた。
彼女たちが思い描く理想郷はただ一つ。宗教的に正当な首長による完璧な統治。
つまるところ、サクラコによるクーデターを目指す派閥であった。もちろん、ティーパーティーの諜報員にはマークされている。そしてリコの仲間も、ティーパーティーに潜入している。これぞトリニティ・クオリティ。
「信仰は一人にしてならず。厳格な制度と組織によって統制された集団こそが、善き行いをもたらすのです!だというのに……!最近のサクラコ様は組織を軽んじていませんか!?」
「いえ、決してそのようなことは」
「組織を強調する割に、この大聖堂は随分とみすぼらしいですわねぇ~」
「アレクシアさん!見栄えばかり気にするとは何事ですか!大切なのは組織のあり方で」
「おーっほっほっほ!なぁ~んて愚かなオツムですこと~!」
リコの言葉に東邦アレクシアは高笑いする。
そしておもむろに立ち上がると深紅の扇を広げて口元にあてた。
「権威をもたらすのは金銀財宝!美しいステンドグラス、黄金のシャンデリア、宝石で彩られたイコン。そしてそれらが全て並ぶ荘厳な聖堂こそが庶民の信仰を育むのですわぁ~!」
「このッ……!成金趣味がッ!」
「お黙りなさい庶民!神の威光を感じられる最高の場で壮大な儀式を執り行い主への讃美歌を合唱する!嗚呼!なぁ~んて美しい信仰なのかしらぁ~!」
自分の身体を抱きしめながらアレクシアは悶えた。平均よりやや高めの身長でありながら、そのバストは豊満であった。加えて、ケツと太ももは厚みがあり、「シスターフッドの羽川ハスミ」と呼んでも過言ではない。
アレクシアは寄付や奉仕活動に積極的だ。だから数多くのシンパを抱えていた。彼女に救われたというシスターは大勢いる。そして、彼女を嫌っているシスターも多い。
なにせキヴォトスの一大企業集団の社長令嬢であるトップを筆頭に、アレクシア派は金持ちが多い。
質実剛健なはずのシスターフッドなのに金の匂いがするので、拝金主義者とも呼ばれている。
「そうですわぁ~!大聖堂を黄金で染めましょう!もちろん全ての調度品を純金で揃えるのですわぁ~!」
これである。アレクシアはやること為すこと派手なトラブルメーカーだ。
大聖堂の窓を宝石でできたステンドグラスに変える。入口の石畳を大理石にする。目玉が飛び出るようなカネのかかることを無断でしでかすのがアレクシアだ。あと、単純にうるさい。
彼女がやらかすたびにサクラコが後始末に奔走していた。そしたら、いつの間にかリードを握る役回りをさせられていた。たまにシスターフッドの首長ではなく、アレクシアの飼い主として見られることさえもあった。
この間なんて、後輩シスターから深紅の首輪をプレゼントされた。アレクシア様に使ってくださいと言われたから丁重に断った。
そんなわけでサクラコは最近、デカいゴールデンレトリバーに振り回される飼い主の気持ちがわかるようになってきた。いや、犬の方がまだ言うこと聞くか。シスターフッドの羽川ハスミは犬以下だった。
「アレクシアさん、それは予算的に難しいですね」
「そぉ~んなもの!サクラコさんお得意の権謀術数で、ティーパーティーから獲ってきてくださいまし!」
「は、はいぃ!?あの!私をなんだと思っているのですか!?」
「トリニティを裏から支配するフィクサーですわぁ~!」
「違いますっ!そもそも!私は政治に関わらないつもりです!これはシスターフッドの伝統です!」
シスターフッドは政治に関わらない。
建前上は。実際には周囲が勝手に暗躍するので、サクラコだけが胃を痛めていた。
ティーパーティーも命令できない独立組織。なのに我関せず。かと思いきや裏で何かやってる。
この歪さが、悪評につながっていることもサクラコは知っている。さすがに新入生にシス・オーダー扱いされたときは大泣きしたが。
それでも、たとえ不気味がられても、祈り続けることこそが大切だとサクラコは信じていた。とても立派である。ただ、その考えが周りに共有されているか、といえば別問題であって……。
「政治とは関わらないですって!?」
リコがテーブルに両手を叩きつける。顔を真っ赤にして肩を震わせている。
はしたないですよ、と窘めかったが口をつぐんだ。眉間に皺を寄せるリコが怖かったからだ。
「なにをバカげたことを!シスターフッドの立場をサクラコ様はなんだと思っているのですか!」
「そぉ~んな体たらくでは偉大なる主様に顔向けできませんわぁ~!世俗の愚物を支配してこそ真の信仰ですわぁ~!」
「いやいや。そんな物騒なことは言わないでください。今日はあくまで平和的な集まりで」
「じゃあ!今日の議題は!なんなんですかッ!?サクラコ様ッ!」
「だから!ただおしゃべりがしたいって言いましたよね!?」
「そんなことで呼び出さないでください!」
「そんなことっ!?」
「とぉ~んだ時間の無駄でしたわぁ~!」
「時間の無駄っ!?」
大会議室で役員一同に詰められる中間管理職みたいでサクラコは泣きそうだった。これでもトップなのに。
というか、そんなこと呼ばわりされたのがショックでちょっと泣いている。あとアレクシアにも散々なことを言われてしまった。おいたわしやサク上。
サクラコはこういう時、自分がなぜシスターフッドに所属しているのかを真剣に考える。考えるが、結果はいつも同じだ。思考の途中で「でも彼女たちを放っておけない」という結論に辿り着いて、それ以上考えるのをやめてしまう。たぶんそれが答えなのだろうと、うっすら思っている。
すると、先ほどまで黙々と経典を読んでいた白髪おさげのメガネっ娘が助け舟を出した。
「黙れ、愚か者。歌住サクラコ、困っている」
「見てくださいましサクラコさん。こぉ~んなところにカビ臭い本の虫さんですわぁ~。薄汚い陰気な虫さんは巣にお帰りなさいなぁ~」
「アレクシアさん。綺麗な言葉遣いを心がけてください」
「贅肉。駄肉。雌豚ども。呪われろ」
「待ってくださいエマさん。贅肉云々って、もしかして私も指していますか」
「当然」
寿福院エマは二人の胸を交互に睨みつける。彼女はシスターフッド内で最も慎ましいバストを誇っており、ゆえに少々コンプレックスを抱いていた。ちなみに平たい胸族のリコは許された。
そんな少女がトップを務めるのが、経典を第一とする派閥だ。毎週のように経典の読書会や勉強会を主催しており、インテリ系のシスターが多く属している。
陰気でシニカル。そして雑魚。
初期の百合園セイアみたいな奴らの巣窟といえばわかりやすいだろうか。
「信仰とは個人の体験。正しい信仰に至る道。これすなわち、経典のみ。引用。すべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、矯正し、義に導く訓練をするうえに有益です。それ以外の議論は無駄」
エマ自身、経典のみならず宗教やシスターフッドの歴史にとても詳しい。
サクラコもそこは尊敬していた。そこだけは。
冷たく言い放ったエマに、リコが噛みつく。
「お言葉ですがエマ様。経典も重要です。ただ、今はトリニティ学園におけるシスターフッドのプレゼンス向上、ひいてはサクラコ様による政権奪取と完璧な統治のあり方について議論しているのです」
「……は?私そんな話していませんが?」
「勝手ながら、サクラコ様の真意を読み解かせていただきました」
「本当に勝手ですね!?誤解にもほどがあります!」
「だ!か!ら!愚民どもが崇拝するためのイコンが必要なのですわぁ~!今すぐ宝石を手配しなさい!そしてサクラコさんのステンドグラスを作るのですわぁ~!」
エマは鼻で笑うと、軽蔑したような眼差しを向けてきた。
「引用。汝、わたしのほかに、なにものをも神としてはならない。歌住サクラコの偶像化。これすなわち、信仰の腐敗なり。堕落した雌豚が」
「言葉が過ぎますよ!あろうことかサクラコ様を雌豚呼ばわりするだなんて!恥を知りなさい!」
「恥知らずは貴様らだ。経典以外への執心。これすなわち、愚の骨頂なり。引用。神は人を分け隔てなさらないからです。サクラコと私たちの間に格差なし。これすなわち、シスターは皆平等なり」
エマと経典について話す時間がサクラコは好きだった。その話題に関してだけは。
「伝統と惰性は別。サクラコは後者に属する。これすなわち、腹を切って反省すべし」
若干、いや、とっても無愛想で毒舌なところがあるのが玉に瑕だ。
サクラコも傷口に塩を塗られるような罵詈雑言を吐かれて、何度泣きそうになったか覚えていない。
現に今も、伝統重視を掲げるサクラコの欺瞞を、断罪されている。
そりゃあ、魑魅魍魎が跋扈するトリニティ学園で、組織のトップをしている以上は、人知れぬ苦労をしている。いつだって誠心誠意、真摯に取り組むことを心がけている。けど、身体・精神の状態や政争などの外圧でできないことだってある。それを堕落と断じられては立つ瀬がない。
サクラコならできるよ!大丈夫!あとはよろしくね!OG会への説明とか!私もう関係ないから!
ふと、先代のシスターフッドの首長を思い出した。毀誉褒貶ある人物だったが、サクラコにとっては優しい先輩だった。ドブネズミと呼ぶ人もいたけど。トコジラミ扱いする人もいたな。
当時は聖母のような微笑みだと思った。でも今振り返れば悪魔みたいな顔をしていたかもしれない。
「素晴らしい集中力と独特な感性をお持ちなのねぇ~。あくびが出そうですわぁ~。ずっと一人で引きこもっていると体に毒ですから、ワタクシたちと一緒に合唱しましょうか。クソ陰キャぼっちちゃん」
「罪から来る報酬は死。汝、自らの墓標を立てよ。痴れ者が」
気づいたらアレクシアとエマが、まさに一触即発だった。
エマとアレクシアの会話はいつもこうだ。噛み合っているのか噛み合っていないのか、さえわからない不毛な応酬。サクラコは二人の間に割って入るタイミングを計りながら、ひたすら胃のあたりをさすった。
「みなさん、いったん落ち着きましょう!ほら、今日は素敵なスイーツも用意しましたから!これを機に親睦を」
「てかさー」
慌てて場をとりなそうとしたサクラコの言葉を、あるシスターが遮った。気だるげだが思わず背筋を伸ばしてしまう鋭さを秘めた声だ。
声の主は、見るからにギャルといった風貌だった。シスター服を着ているものの、ふんわりとカールした茶髪をいじる爪には、煌びやかなネイルがついていた。
羽生テスマ。シスターフッド内でも有数の派閥「慈愛の実践会」のトップ。
通称、ドボン組の審問官である。
「ウチ思うんだけどー、そーゆーのじゃなくね?信仰ってさ」
「といいますと?」
「人を善き道ってヤツに導くのがウチらの役割っしょ。それってつまり個人の体験じゃん?ウチら人間が何を体験して得るかが大事なんじゃね?本質的に」
そう言うと羽生テスマは肘をついたまま手をひらひらさせた。
なるほど。正しい。が、サクラコの笑顔は引き攣っている。
他のシスターたちもそうだが、テスマとは長い付き合いである。
だからこそ、次に彼女が語るであろう内容が、サクラコには手を取るようにわかった。
「だからさー。いったん、水に流さね?みんなでプール行こ。サクちゃんもどうよ?」
ほらきた。サクラコは一瞬、天を仰いだ。
これだからドボン組は。誰かが吐き捨てた。きっとエマかアレクシアだろう。
サクラコは力を振り絞って、テスマに微笑んだ。
「行きません」
「なんで?」
「昔、テスマさんに誘われて行ったら、危うく溺れかけたからです」
「マジ?そうだっけ?ヤバ、ウケる」
「前回、三途の川が見えたんですよ私は」
「まーそういう経験って大事じゃん?実践あるのみってね」
「世の中にはしなくていい経験もあります」
テスマたちが重視するのは、実践だ。響きは美しいが、実態は酷い。
悩める子羊の言葉に笑顔で耳を傾け、共感する。そこまではいい。サクラコもその圧倒的な共感力を尊敬していた。そこだけは。
でも、なんやかんやあって、最終的には「水に流す」というイベントが行われる。
それがテスマ流デトックス、またの名を洗礼。プールや噴水、なければトイレに、迷える子羊を沈めるというものだ。それこそ溺れる寸前まで。
というか何人かは実際に溺れている。サクラコも沈められたし溺れかけた。プールがトラウマになるかと思った。
あと、洗面所で後ろにテスマがいると悲鳴をあげるようになった。だって、顔面を沈めようとしてくるから。
「テスマさん。生徒を水に沈めるのはやめてください」
「んー。でもさー、沈んだ娘たちは目キラキラさせてたよ。神様が見えたって」
「それは死に際に幻覚を見ただけです」
「経典に書いてあることをやってるだけだしー」
「引用。主は洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた」
「さっすがエマっち~」
「天に召されそうになるくらい、長時間水に沈めているのが問題なのです」
「まー、そこらへんはノリでー?バイブス次第って感じ」
シスターフッドの中でも一番掴みどころのない人物だと、サクラコは思っている。
飄々としていて、どこかズレていて、でも時々びっくりするほど核心を突いたことを言う。本人にその自覚があるのかどうかが、また読めない。
サクラコは胃のあたりを押さえてうめき声を漏らしそうになった。
その瞬間、会場の重厚な扉が、蹴破らんばかりの勢いで開けられた。
「迷える子羊の導き手がボクたち!神よ!そして聖霊よ!我らに力を与えよ!」
乗り込んできたのは目をキラキラと輝かせた金髪ショートカットの瘦せぎすの少女だ。
その小柄な体格に似つかわしくないほどに、巨大なラジカセを抱えている。
刹那、静寂な空気が轟音で破壊される。聖歌のメロディをEDMで塗り潰したような、不規則で暴力的な音の塊。重低音でテーブルが小刻みに揺れていた。
「てかマジうっさい!音量下げろし!」
「ハレルヤ!信仰とはボリューム!そしてビート!それを絶やすなんて許されないよ!ハレルヤ!」
テスマが顔をしかめる。乱入者は意に介さず、両手を天に向けて高らかに続けた。
香林ペン子。窓から射し込む西日が、彼女をドラマチックに照らした。本人はたぶん、それを狙っている。そうでなければ、本当に主から愛されているのかもしれない。
彼女が率いるのは、礼拝と称して爆音ライブを強行する過激派「聖音の拡声器」だ。
ペン子にとっての信仰とは、主の言葉を理解させることではない。物理的な音圧で、脳に焼き付けることだった。だから聖歌に完璧な調和を求めるアレクシアとはそりが合わない。
「こぉ~んな低俗音楽で主を賛美するなんてありえませんわぁ~!完璧なハーモニーと美声こそが主に相応しい音楽ですわぁ~!」
「ガッデム!聖霊と一体化するのに楽譜なんて見てらんないよ!トランス!エクスタシー!ゴッド・ブレス・ユー!ハレルヤ!」
彼女が拡声器を構えるとき、そこには一瞬の沈黙も許されない。
彼女がスピーカーを起動するとき、熱狂以外の感情は許されない。
彼女の辞書に、奥ゆかしさという言葉はないだろう。
というか辞書なんて持ってない。彼女は反知性主義者である。
あと経典も持ってない。だっていらないから。聖霊とトランスするのがペン子流だ。
「サクラコちゃん!今のボクの魂のシャウト、神様に届いたと思わない!? 」
ペン子はサクラコの肩を、ドラムを叩くようなリズムで激しく叩いた。サクラコの体躯が、打楽器のように情けなく震える。一般トリニティ生徒がその光景を見たら卒倒するだろう。引き攣った笑みで揺れるサクラコはこの世の何よりも恐ろしかった。
それでもサクラコは、ペン子の底抜けの明るさを尊敬していた。そこだけは。
だけど爆音ライブと意味不明な踊り。これはやめてほしかった。見ていて怖いから。
サクラコは、この騒々しささえも主が与えた試練なのだと自分を納得させようとした。無理だった。
「ペン子さん!貴女、自分がどれだけシスターフッドの秩序を乱しているかわかっていますか!?」
「ハレルヤ!ボクの主へのパッションは誰にも妨げられない!爆音と炎!これぞ信仰だよ!」
「引用。彼は、聖霊と火とによってあなたがたに洗礼をお授けになる」
「文字だけじゃテンション上がんないよ!本なんて捨ててボクと踊ろうよ!ハレルヤ!」
「貴様……!経典軽視。これすなわち万死に値する!」
エマが愛銃を持って立ち上がると、リコが触発された。
それにテスマとアレクシアが続く。
「万死に値するのはサクラコ様に敬意を示さないエマ様の方です!今ここで討ち取り宗教裁判にかけてやりますからね!」
「エマっち間違ってなくね?万人司祭が本質じゃん。硬直した組織は正すべきだし!」
「庶民たちはお黙りなさいな!偉大なる調度品を揃えることこそが信仰のあらわれ!今ここで理解できない愚者たちを断罪してやりますわぁ~!」
銃器が火を吹く。銃撃音とともに無数の弾丸が飛び交う。
テーブルの下に隠れたサクラコは、手元のメモ帳を見た。今日の目標として書いてあったのは「みんなともっとなかよくなる」の一行だけだ。なぜこうなった。
ノイズ交じりになった爆音EDMに紛れて、シスターのものとは思えない罵詈雑言が飛び交う。
誰一人として、サクラコのことを気にしていなかった。
「……なんで私が一番疲れてるんでしょう」
小さくため息をついて、サクラコはそっとスイーツの包みを開けた。せめてマドレーヌの一つくらい、自分で食べよう。そういう小さな抵抗が、今の自分にできる精一杯だった。
ティーカップが割れる音がした。でも今日はまだ一発も流れ弾が当たっていない。比較的平和な会議だった。
サクラコは達観したような笑みを浮かべて、穴だらけの壁越しに見える空を眺めた。
シスターフッドは今日も賑やかである。
登場したオリキャラ
・加藤リコ(カ〇リック)
補足;「教会こそが真理」とする絶対的な組織主義。個人の感情など組織という巨大な歯車を回すための油に過ぎないと考えている。政教一致を目指す。何が起きているのかサクラコは知らない。
・寿福院エマ(プ〇テスタント・福〇派)
補足: 「経典にないものはゴミ」とするテクスト至上主義者。文字面を武器に、相手の自意識を論理的に解体する。頭が良い。
・家入スズ(イ〇ズス会)
補足: 「目的は手段を正当化する」軍隊的宣教。外部諜報と教化に特化し、笑顔と善意で異文化を侵略する。何が起きているのかサクラコは知らない。
・東邦アレクシア(東方正〇会)
補足: 神秘的な体験と伝統の美を重視する。あと豪華絢爛な聖堂と儀式、そしてイコンを愛する。
・羽生テスマ(バプ〇スト)
補足: 個人の信仰を測るため、水の中に対象を沈める「ドボン」のプロフェッショナル。
・香林ペン子(ペンテ〇ステ派)
補足: 聖霊の力(パワー)を信じる体験至上主義。騒音と熱狂で脳を焼き、強制的に「救われた」ことにする。
*この作品はフィクションです。もし仮に実在の人物・団体・事件を想起させたとしても一切関係がありません。