歌住サクラコは胃が痛い   作:53860

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「ハレルヤ!今日までそれは、もっと大きく、もっと力強く、もっと素晴らしい御霊の現れと力をもって、成長し続けています。あの体験は始まりに過ぎませんでした」
(スミス・ウィグルスワース)



個人面談、あるいはちょっとハレルヤ

 

 面談室は静かだった。

 サクラコは机の上に、二つのカップを並べた。

 カモミールとレモンバーム。どちらも鎮静作用があると教わったものだ。

 耳栓は、引き出しの中にしまった。

 使いたくはなかった。

 今日は、対話をするのだ。

 言葉で。

 人間同士の、静かな言葉で。

 ノックが来た。

 一回目から、扉が少し揺れた。

 

「失礼しまーす!」

 

 対戦車ライフルを背負ったペン子が入ってきた。

 入ってきた瞬間、室温が少し上がった気がした。 

 気のせいではないとサクラコは思っている。

 ペン子の周囲だけ体感温度が違う。とても暑い。

 

「ペン子さん」

「うん!」

「それは、面談に必要なものですか」

「念のため!」

「といいますと?」

「沈黙を避けるため!」

「絶対に撃たないでください」

「わかった!」

 

 面談に必要な装備ではない。

 けれど、トリニティではそれだけで注意するほどのことでもない。

 

「ペン子さん、どうぞ座ってください」

「任せて!」

 

 ペン子が椅子に座った。

 三秒で貧乏ゆすりが始まった。

 

 タンタンタンタンタンタン

 

 床が鳴っている。

 

「ペン子さん」

「はいっ!」

「足、止めてもらえますか」

「あっ!ごめんねっ!」

 

 止まった。

 四秒で再開した。

 

 タンタンタンタンタンタン

 

 サクラコはハーブティーを一口飲んだ。

 カモミールの香りが鼻を通った。落ち着け、と自分に言い聞かせた。

 鎮静作用は、まだ来なかった。

 もしかすると、用量が足りないのかもしれない。

 サクラコは箱を見た。

 飲み薬ではなかった。

 

「今日は、ペン子さんたちの礼拝についてお話があります」

「礼拝!」

 

 ペン子の顔がぱっと明るくなった。

 

「昨日のライブだね!?すっごくよかったでしょ!最初はみんな固かったんだけどね!?二曲目から手拍子が入って!三曲目には空気がバーンってなって!」

「その件です」

「ハレルヤ!」

「まだハレルヤではありません」

「ゴッド・ブレス・ユー!」

「ペン子さん」

 

 サクラコは机の上に、二つの束を置いた。

 左側は、薄い束だった。

 ペン子たちの礼拝に参加した生徒からの感想。

 右側は、厚い束だった。

 音量、進行、礼拝形式、耳鳴りに関する苦情。

 厚みは、十倍ほど違った。

 

「わー!右の書類はなに?すっごく分厚いね!」

「ペン子さんたちの"ライブ"への苦情です」

「苦情!?」

「はい」

「こんなに!?」

「こんなにです」

「じゃあ左は!?」

「感想です」

 

 ペン子の顔がまた明るくなった。

 

「感想!」

「先に右から読みます」

「なんで!?」

「とにかく量が多いからです」

「ガッデム!」

 

 サクラコは一枚目を取った。

 

「一件目。音量が大きすぎて、礼拝後もしばらく耳鳴りがした」

「魂が震えたんだね!」

「耳です」

「同義!」

「エマさんの表現で押し切らないでください」

「きっとエマちゃんならそう言うよ!」

 

 タンタンタンタンタンタン

 

「……エマさんなら貧乏ゆすりを許さないと思います」

「わー!イヤなこと思い出させないでよ!」

 

 ペン子は貧乏ゆすりを止めて身震いした。

 お茶会の後、長時間説教されたのが、少し効いているらしい。

 

「エマちゃん、静かに怒るから余計怖いんだよ!」

「怒らせた原因はペン子さんです」

 

 サクラコは二枚目を取った。

 

「二件目。聖歌の途中で突然ハレルヤと叫ばれ、隣の生徒が椅子から落ちた」

「聖霊と一体化したんだよ!」

「おそらく驚いただけです」

「本質的には一緒だよ!」

「違います」

 

 三枚目。

 

「三件目。礼拝というよりライブのようで、静かに祈る雰囲気ではなかった」

「楽しかったってこと!?」

「苦情です」

「でもライブって楽しいじゃん!」

「寄せられたのは、苦情です」

 

 タンタンタン

 

「ペン子さん」

「あっ!」

 

 足が止まった。

 すぐに、また小さく鳴り始めた。

 

 タンタンタン

 

 サクラコは苦情の束をもう一度見た。

 うるさい。

 びっくりした。

 ちゃんと祈れなかった。

 どれも見過ごせない苦情だ。

 けれど、今回は深夜ではない。

 スプリンクラーも作動していない。

 救護騎士団のお世話にもなってない。

 そこに少しだけ安心しかけて、サクラコは自分の基準が壊れていることに気づいた。

 

「一方で」

 

 サクラコは、左側の薄い束を手に取った。

 

「こういう感想もあります」

「感想!」

「大聖堂は怖い場所だと思っていたけれど、ペン子さんたちの礼拝は楽しそうだったので参加できた。シスターの人たちが、少し身近に感じた」

「ほら!」

 

 ペン子が机を叩いた。

 ティーカップが大きく揺れる。

 カモミールが少しこぼれた。

 

「ほら、ではありません」

「でも!来てくれたんだよね!?」

「はい」

「怖くなかったんだよね!?」

「……はい」

 

 サクラコは、少しだけ言葉に詰まった。

 ペン子たちの礼拝には、人が来る。

 その事実だけが、サクラコの胸に残っていた。

 サクラコが丁寧に整えた礼拝には、緊張した顔の生徒が多い。

 サクラコが微笑むと、背筋を伸ばされる。

 サクラコが声をかけると、相手は恐縮する。

 でも、ペン子が叫ぶと、誰かが笑う。

 ペン子が手を叩くと、誰かがつられて手を叩く。

 ペン子がハレルヤと言うと、場が熱を帯びる。

 信仰心があるのかどうかも分からない生徒まで、みんな楽しそうな顔をする。

 

 タンタンタンタンタンタン

 

 不規則な足の音が聞こえる。

 

「ただし」

 

 サクラコは、もう一枚の書類を取る。

 

「シスターの皆さんからは、ペン子さんたちの礼拝を当面停止すべきだという意見も出ています」

「停止!?もうライブできないの!?」

「あと……追放という言葉も、ありました」

 

 ペン子の足が止まった。

 

「……ボク、いない方が静か?」

「静かにはなります」

「ガッデム……」

「ですが、いない方がよいとは言っていません」

 

 サクラコは、ペン子の目を見た。

 

「私は、ペン子さんを追い出すつもりはありません」

 

 ペン子は目を丸くした。

 

「……ボクのファンだから?」

「そ……そういう話ではありません。ありませんが、それよりも!」

 

 サクラコは、咳払いをした。

 

「ペン子さんも、シスターフッドの一員だからです」

 

 ペン子は、珍しく黙った。

 

 タン

 

 足が一度だけ鳴った。

 すぐに止まった。

 

「ただし、改善は必要です。ちょっとずつ一緒に考えていきましょう」

「でも、ボクのせいでみんなが困ってるんだよね……?」

「ペン子さん」

 

 サクラコは、静かに遮った。

 

「しっかりと向き合えば、言葉は伝わります。少なくとも、私はそう信じています」

「信じる……」

 

 ペン子は、小さく復唱した。

 

「ペン子さんには、私の言いたいことが伝わっていますよね?」

「たぶん!」

「たぶんですか」

「かなりたぶん!」

「強めても、たぶんはたぶんです」

「でも、ちょっと分かった!」

「……では、その"ちょっと"を大切にしてください」

「ちょっとハレルヤ!」

「大切にする方向が違います」

 

 ペン子は少し首を傾げた。

 

「でもさ!やっぱり静かだとわかんないよ!」

「わからない?」

「うん!楽しいのか、泣きそうなのか、怒ってるのか!黙ってると、ぜんぜんわかんない!」

 

 ペン子は膝の上で両手を握った。

 

「だから叫ぶんだ!聖霊と一緒になって、胸の中をぜんぶ出すの!そしたら、お互いのことがもっとわかるでしょ!」

「……私には、よくわかりません」

「ええっ!?」

 

 サクラコは、少しだけ目を伏せた。

 

「ですが、私も分からないままなのは、不安です」

「だよね!?」

 

 ペン子は身を乗り出した。

 

「だから叫ぶんだよ!ハレルヤ!」

「そこはわかりません」

「そのうちわかるって!」

「……そうだといいですね」

 

 サクラコは、小さく息を吐いた。

 

「私も、何を考えているのか分からないと言われます」

「あー!」

 

 ペン子は納得したように手を叩いた。

 

「サクラコちゃん怖いもんね!」

 

 面と向かって言われたのは、初めてだった。

 廊下の向こうで聞いたことはある。

 扉の陰で、声を潜められたこともある。

 けれど、こんなに明るく、まっすぐ言われたことはなかった。

 不思議と、嫌な気持ちにはならなかった。

 そこが、ペン子の良いところなのかもしれない。

 

「でも今日はいつもよりちょっと怖くないよ!」

「ちょっと、ですか」

「それが大事だもんね!」

「…………まぁ、そうですね」

 

 ちょっとどうかと思った。

 でも、今はそれでいいか。

 

「私も、もう少し言葉にした方がいいのでしょうか」

 

 口にしてから、少しだけ恥ずかしくなった。

 

「うん!」

 

 ペン子は、まっすぐ頷いた。

 

「サクラコちゃんの声、ちゃんと聞きたいもん!」

 

 ペン子は満面の笑みを浮かべた。

 

「ネガイ様も、声は大きい方がいいって言ってたし!」

 

 サクラコの指が、カップの縁で止まった。

 今、聞き流してはいけない名前が出た気がした。

 

「……継橋先輩が?」

「そう!ネガイ様が、もっと大声を出していいよって言ってくれたんだ!会議とか、スピーチが長くなりそうな時とか!」

「……なぜ、そんなときに」

 

 ペン子は目を輝かせながら語った。

 

「ボクがハレルヤって叫ぶと、みんなびっくりするでしょ!音楽かけると、もっとびっくりするでしょ!それで何人か倒れて!しかも、天から水が降ったりしたんだ!」

「大声に失神したのです。あと、天からの水はスプリンクラーです」

「でもでも!みんな横になってたから静かだったよ!」

「結果だけ見ないでください」

「あと、寝顔は安らかだった!」

「意識がなかったからです」

 

 当時から、サクラコは後始末に奔走していた。

 これでも昔と比べて、ペン子はかなり落ち着いた。

 そう思ってしまう自分が、少し怖い。

 

「ネガイ様は喜んでたよ!ボクの歌、便利だって!」

 

 便利。

 そんな言葉で人を表現していいのだろうか。

 でも、ペン子は本当に嬉しそうだった。

 頼られたこと。

 それを、宝物みたいに覚えている。

 

「ただ」

 

 ペン子の声が、小さくなった。

 

「ボクの話は、あんまり聞いてなかったな」

「え?」

「耳栓してた時あったし、新曲の話してる時、ずっと別の書類見てたし」

 

 それでも、ペン子は笑った。

 

「でもいいんだ!呼んでくれたから!」

 

 サクラコは、何も言えなかった。

 ペン子はネガイを悪く言っていない。

 今も好きなのだろう。

 その気持ちを否定したくはなかった。

 けれど、都合よく使われていただけではないのか、と考えてしまう自分がいた。

 人の善意を信じたい。

 それでも、善意の形をしているからといって、全部をよいものだとは思えなかった。

 サクラコは、その境目をまだうまく言葉にできずにいた。

 

「サクラコちゃんとは真逆だね!」

「……真逆?」

「うん!サクラコちゃんは、ボクを止めてくるし、怒る!」

「それは、怒られることをしているからです」

「でも!話は最後まで聞いてくれる!」

 

 ペン子は、まっすぐサクラコを見た。

 

「だから、もっと好き!」

「……好き、ですか?」

「ネガイ様も好きだよ!呼んでくれたし!でもサクラコちゃんはもっと好き!ちゃんと聞いてくれるから!」

 

 サクラコは、どう返せばいいのか分からなかった。

 でも、少しだけ救われた気がした。

 

 タンタン

 

 ペン子の足が、また鳴っていた。

 いつもより、ちょっと小さかった。

 

「だからね!」

 

 ペン子は胸を張った。

 

「サクラコちゃんのために新曲作ってきた!」

「今は歌わなくて大丈夫です」

「なんで!?」

「面談中だからです」

「じゃあ面談の歌を今作るよ!」

「やめてください」

「大丈夫!短いから!」

「長さの問題ではありません」

「歌詞は全部ハレルヤ!」

「語彙が足りません」

「じゃあアーメンも入れるね!」

「まだ全然足りないです」

「ハイル・サクラコ!」

「その掛け声は前にも止めたはずです」

 

 というか、面談の歌ってなんだろう。

 ペン子は息を吸う。

 サクラコはとっさに立ち上がり、ペン子の肩を掴もうとした。

 ひらりと避けられた。

 

「ペン子さん。今は。歌わなくて。大丈夫です」

「ハーレールーヤーッ!」

「ペン子さん!」

「サクラコちゃんに届けーッ!」

「届いています!もう十分届いています!」

 

 肩を掴んで止めようとしても、ペン子は止まらなかった。

 耳の奥で、きん、と細い音が鳴った。

 明日も、きっと苦情は来る。

 それでも。

 サクラコは思わず窓を見た。

 ガラスに映った自分は、笑っていた。

 なぜ笑っているのかは、よく分からなかった。

 ただ、ちょっとだけ、気持ちが明るくなった気がした。

 今日もシスターフッドは賑やかである。

 




次回はテスマとの個人面談です。水に流せない話です。
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