(メノ・シモンズ)
面談の三十分前に、サクラコは準備を終えた。
机の上には議題をまとめた書類。シスターフッドの年間スケジュール、定例礼拝の出席記録、そしてテスマの欠席回数を赤字で記した一覧表。
数字は正直だった。
赤が多かった。
椅子を二脚、向かい合わせに置いた。対話のための配置だ。
でも、お茶は用意しなかった。
何となく、今日は必要ない気がしたからだ。
冷めたお茶を飲むことで正気を確認する時間は、これまで何度もあった。
けれど今日くらいは、その時間が必要ない面談になるかもしれない。
少しだけ、そう期待した。
期待はした。
ただ、これまでの経験から、たぶんそうはならない気もしていた。
サクラコは椅子に座って、書類を一度見直した。
今日は大丈夫だ。
テスマは話が通じる。本質的なところで物事を見ている子だ。ちゃんと言葉で話せば、きっと。
ノックがあった。
「どうぞ」
扉が開いた。
テスマが入ってきた。
浮き輪を抱えて。
「テスマさん」
「サクちゃん、準備してきたよ」
「……何の準備ですか」
「面談の」
テスマは黄色い浮き輪を脇に抱えたまま、当然のように部屋へ入ってきた。肩には大きなスポーツバッグ。足にサンダル。スマホケースには「完全浸礼」と書かれたステッカーが貼られていた。
面談の格好ではない。
どう見ても、泳ぎに来た人だった。
「テスマさん。今日は定例礼拝への出席状況と、ドボン組の活動について話す場なのですが」
「うん。だから場所、変えよ」
「変えません」
「いや、変えた方がいいって。マジ空気重いし。サクちゃんさ、肩ガチガチよ」
「そんなことありません」
「とりま、水に流そ」
とりま。以前テスマに教わった。
とりあえず、まぁ。の略語らしい。
なにが、とりあえずなのだろう。
「絶対に嫌です」
「なんで?」
「溺れかけたからです」
「お?ならモーマンタイ。ウチ泳げるから」
「沈めてきたのは、テスマさんです」
「そだっけ?」
「テスマさん」
テスマはあっけからんと笑っている。
怒るに怒れない。
やっぱり水みたいにつかみどころのない人だ。
「テスマさん。座ってください」
「んー。絶対に、いやです」
「座ってください」
「プールサイド!プールサイドならいいっしょ?」
「テスマさん」
「サクちゃんお願ーい!ウチ申請しちゃったからさー!今プールにいないの、結構ヤバめなの!」
サクラコはこめかみのあたりを押さえた。
どうやら勝手に使用申請を出したらしい。
たしかに、使うと言っておいて、その場に誰もいないのは問題になりそうだ。
管理不行届。サクラコにとって馴染みのある言葉だ。
「ちな、申請書の責任者はサクちゃんにしといた」
「は?なぜですか」
「責任者じゃん」
「シスターフッドの、ですよね?」
「ドボン組もその一部じゃん」
長い、長いため息が出てしまった。
「…………わかりました」
「マジ!?」
「問題になってはいけませんから」
「超ありがとー!サクちゃん最高!」
「ただし!私は、絶対に、プールに入りません!」
「りょりょー。んじゃ、いこっか」
テスマは面談室を飛び出していった。
最初から狙っていたのではないか。
いや、そんな可能性は考えたくない。
とりま。お茶を用意しなくて良かった。そう思うことにした。
・・・・・・・・・
「では始めます」
トリニティの屋内プールは、昼下がりの光を受けて静かだった。
高い天井。規則正しく並ぶコースロープ。水面には白い光が揺れている。誰もいなければ、神聖な場所のようにも見えた。
誰もいなければ。
「やっぱ水辺っていいよねー」
テスマはプールサイドを裸足で歩きながら、満足そうに伸びをした。
サクラコは、プールサイドに置かれた椅子に座っていた。
制服のままだ。
礼装のままだ。
絶対に入らないという意思表示だった。
「テスマさん」
「うん」
「私は泳ぎに来たのではありません」
「わーってるって」
テスマは電動空気入れを起動した。
けたたましい音が、プールに反響する。
サクラコは目を閉じた。
ペン子よりは静かだった。
そう思ってしまった自分が、少し怖かった。
「なぜ、浮き輪を膨らませているのですか」
「んー。安全対策」
「テスマさん」
「いや。もしも。もしものためよ?」
「絶対に、私を、沈めないでください」
「それは、もち。てか、それ何回目よ?」
「13回目です」
「こまかっ!え?てかサクちゃんさー。リコの影響受けてね?結構強めに」
目をそらした。
図星だった。
リコと対話するために、サクラコは色んなことを学んだ。
そのせいで、ちょっと官僚的になってきたのかもしれない。
ふと、膨らんでいく浮き輪を見た。サクラコは固まった。
白いベール。
小さな光輪。
なぜか険しい目元。
「……テスマさん」
「おー?」
「これは、何ですか」
「サクちゃん浮き輪」
「浮き輪ですね」
「うん」
「……私に見えます」
「だからそう言ったじゃん」
「…………なるほど。サクちゃん浮き輪、という名前なのですね?」
聞いていない。なんだこれは。
サクラコは胃のあたりを押さえた。嫌な予感がしたからだ。
テスマがスマートフォンの画面を見せてきた。
ドボン組公式グッズと書かれた通販サイトだった。
「今なら半額セール中~」
「売っているのですか!?」
「アレちゃんが監修して、リコが発注して、ペンペンが宣伝した」
「ほぼ全員関与しているではありませんか!」
テスマは浮き輪の側面を指差した。
そこには金色の文字で、こう書かれていた。
『沈んでも、サクラコ様が見ている』
「怖いです!」
「安心感あるっしょ」
「ありません!」
お話を始める前からサクラコはすごく疲れた。
深呼吸して息を整える。久しぶりに深く息を吸ったかもしれない。
「テスマさん。まずは出席記録の話からです」
「ういー」
「定例礼拝の欠席が多すぎます」
「あ、そう?」
「ドボン組の活動報告も遅れています」
「……それいつだっけ?」
「……さらに先月だけで、水に沈められたという苦情が八件」
「少ないじゃん」
「数の問題ではありません」
「さっきと言ってることちがくね?」
「テスマさん」
サクラコはもう一枚、書類をめくった。
「……トイレに顔を沈められた、という苦情もありますが」
「あー。水場さ、そこしかなかった」
「汚いです」
「いやいや。意外と綺麗よ?トリニティの水道、すげーから」
「象徴として、トイレの水は汚いです」
「アレちゃんみたいなこと言うじゃん」
「違います」
「同義!」
テスマは両手の指で架空の眼鏡を作り、眉間に皺を寄せた。
どうやらエマの真似をしているらしい。
ちょっと似ている。
浮き輪が膨らみきった。
テスマはそれをプールに投げた。
ぽすん、と軽い音がした。
「生徒を水に沈めるのはやめてください」
「んー」
「テスマさん」
「でもさー」
テスマはプールの縁に腰掛け、足だけ水に浸けた。
「沈むとわかるじゃん」
「何がですか」
「息できないって」
「当たり前です」
「あ!今の比喩表現ね」
「ひゆひょうげん……?」
水面が小さく揺れた。
「苦しいって、頭じゃなくて身体でわかるっしょ。そーゆーこと」
「……それのどこが比喩なんですか?」
「えー。なんだろね」
「テスマさん」
「いやいやいや。そこはさ。ノリで流そ?な?」
「誤魔化さないでください」
「サクちゃんこそ揚げ足とんなし。エマっちみてーじゃん」
そんなことはない。
エマなら無視する。経典に関係のない話だから。
そして今は、無視した方が正しかったかもしれない。
話が、全然先に進まない。
「とにかく」
サクラコは書類を持ち直した。
「沈めることは、危険です」
「当たり前じゃん」
「は?」
「危険だから、わかるんだよ」
「わかる、とは?」
テスマの声は、軽い。
でも、冗談ではなかった。
「沈んでる子ってさー、だいたい最初は、大丈夫って言うんだよね。全然大丈夫じゃないのに。平気な顔して、笑って、迷惑かけないようにして、ちゃんと息できてるふりしてる。わかってないの。なにもかも」
サクラコは、書類を握る手に力を入れた。
「沈めれば、わかると?」
「そーそー」
テスマはあっさり頷いた。
「沈めばさー、助けてーって言えるじゃん」
「そこまでする必要はありません」
「あるよ。んで、生まれ変わる」
「死にかけるでしょう」
「そこはほら。ウチいるし。モーマンタイ」
「私は、溺れかけました」
「で、戻ってきたじゃん。セーフセーフ」
「テスマさん」
テスマは、水面を見つめていた。
「怒る子もいる。泣く子もいる。笑う子もいる。何も言えない子もいる。でも、一回沈めると、どこまで苦しいかが見える」
「見えるのは、テスマさんだけです」
「そうかな」
「そうです」
「救われた子もいるよ?」
サクラコは言葉に詰まった。
その言葉だけは、簡単に否定できなかった。
ドボン組に関する苦情は多い。
危険な行為も多い。
間違っている。
それは、今でも思っている。
でも、感謝の声が沢山あることも知っていた。
あの時、沈められてよかった。
一度死んだ気がした。
それから、少しだけ生きやすくなった。
そう書かれた手紙を、サクラコは読んだことがある。
読まなければよかった、と思ってしまった。
だって、否定しきれなくなるから。
「……それでも」
サクラコは言った。
「助けるために、苦しませないでください」
テスマが顔を上げる。
サクラコは、まっすぐテスマを見た。
「沈める前に、聞いてください。苦しいのか。助けてほしいのか。本当に、それを望んでいるのか」
プールが静かになった。
水の音だけが、遠くで揺れていた。
「サクちゃんさ」
「はい」
「それ、めっちゃ正論」
「なら」
「でも正論って、息できない子には届かなくね?」
テスマの言葉が少しだけ固くなった。
「何から何まで理屈ってのは、ナシじゃね?」
「どういうことですか」
「なんか好き。なんかヤダ。なんか辛い。理屈じゃ説明できないものって多いよ、案外」
「……ペン子さんみたいですね」
「あー。近いかも?」
サクラコは想像した。爆音ライブの中で、ハレルヤと叫ぶテスマを。
なんかヤダ、と思ってしまった。
「でも、ペンペンとはちょい違うよ」
「違うのですか」
「うん。ペンペンは外に出すじゃん。音とか声とか火とか」
「火は出さないでほしいです」
「最近出してなくね?ま、それは置いといて。ウチは逆。中に潜る感じ」
「潜る」
「うん。水の中って、声出ないじゃん。だから、声になる前のやつがわかる」
「そんなバカな……」
「バカだよ?でも、それで救われる子もいる」
やりにくい。
サクラコはそう思った。
テスマは、正しさを認めた上で、止まらない。
それはそれ、これはこれ。そうやって流していく。
それが一番困る。
「テスマさん。貴女は、自分のやり方が危険だと理解していますか」
「だからウチがやるんじゃん」
「テスマさん」
「じゃなきゃ、沈んでる子、救えねーし」
「沈めること自体が危険だと言っています」
「沈めるのはウチだけど、上がってくるのは本人じゃん」
「……詭弁です」
「かもね」
サクラコは黙った。
テスマは足で水を揺らした。
笑っている。
でも、その目は水面を見ていた。
「サクちゃんはさー。なんで逃げないの?」
「……シスターフッドのトップですから」
「いやいやいや。ネガサマ超逃げてたし」
「……継橋先輩が?」
「責任とかー会議とかー。もうね、何でも逃げてた。あとめっっっちゃ愚痴長い!」
「それは……知りませんでした」
「隠すのは上手かったかんねー。本質的に不真面目だったわマジ」
テスマは水を軽く蹴った。
「ずっと泳ぐのって無理じゃん。どっかで息吸わないと。沈みっぱなし」
「……今のシスターフッドが、そうだと?」
「は?何の話?」
「沈んでいる。いえ、沈みっぱなしですね。そして、息苦しい」
「ウチの話聞いてた?全然ちげーよ」
テスマは、サクラコを指差した。
「沈みっぱなしはアンタ。歌住サクラコサマのこと」
「私は……沈んでません」
「大丈夫。ウチ、マジで沈んでる人わかるから」
「それは思い込みです」
「かもね」
「テスマさん」
「なに?」
「今日の面談は、私を分析する場ではありません」
「でも、サクちゃんはウチを分析するじゃん」
「それは必要だからです」
「じゃあ、ウチも必要だからしてる」
テスマは立ち上がった。
水から足が上がる。
雫がプールサイドに落ちた。
「サクちゃん、一回だけ入ろ」
「入りません」
「足だけ」
「入りません」
「じゃあ手だけ」
「入りません」
「裾だけ」
「なぜ段階的に沈めようとするのですか」
「完全浸礼は最後に取っとこうかなって」
「取っておかなくて結構です」
「え、今でいいの?」
「…………はい?」
「お!」
「待ってください。きっと意味を取り違えています」
「おっし!そんじゃ、本丸一気に攻め落としますか!」
テスマが、にやりと笑った。
その一瞬で、テスマが動いた。
速かった。
そして、強かった。
「テスマさん、何を」
「大丈夫。沈めない」
「その言葉は信用できません!」
「ほんとだよ?だってさー」
「きゃっ!?」
視界が傾いた。
次の瞬間、サクラコの身体は軽々と持ち上げられていた。
横抱きだった。
いわゆる、お姫様抱っこである。
サクラコは一瞬、何が起きたのかわからなかった。
「テスマさん!?」
「サクちゃん、軽っ」
「降ろしてください!」
「ちゃんと食べてる?」
「降ろしてください!」
「あー。首長は重いけど、サクちゃんは軽いんだね」
「詩的にまとめないでください!」
テスマは笑っていた。
悪びれた様子はまったくなかった。
サクラコは暴れようとした。
だが、テスマの腕はびくともしなかった。
華奢に見えるのに、異様に力が強い。
ドボン組の審問官。
その異名の意味を、サクラコは今さら理解した。
「テスマさん、これは面談です!」
「こっからは完全浸礼」
「違います!」
「沈めるのはダメって、サクちゃん言ったじゃん」
「言いました!」
「だから一緒にドボンする」
「そういう意味ではありません!」
テスマはプールサイドに立った。
水面が夕方の光を揺らしている。
サクラコは目を見開いた。
「待ってください。待って。本当に待ってください」
「大丈夫。ウチ、泳げるし」
「私の意志を確認してください!」
「確認するね」
「はい!」
「入る?」
「入りません!」
「そっか」
テスマは頷いた。
「じゃ、ウチだけ入るね」
「はい!そうしてください!」
「サクちゃん持ったまま」
「確認とは何だったのですか!?」
テスマは笑った。
その笑顔が、夕方の光を受けて、少しだけ眩しく見えた。
「こっからは無許可でご案内しまーす」
「駄目です!」
「あとで好きなだけ怒ればいいからさ」
「今怒っています!」
「いいね。怒れるなら、まだ大丈夫」
次の瞬間。
テスマは、サクラコを抱えたまま、プールへ飛び込んだ。
水音が弾けた。
世界が青くなった。
冷たさが、全身を包んだ。
礼装が水を吸って重くなる。髪が浮く。音が遠のく。息が止まる。
一瞬だけ、何も考えられなかった。
ただ、水の中にいた。
首長でもなく。
シスターでもなく。
ただ、水の中で目を丸くしている、歌住サクラコだった。
テスマの腕が背中を支えた。
でも、サクラコは自分で水面を蹴った。
「ぷはっ――!」
サクラコは息を吸った。
冷たい空気が肺に入る。
咳き込む。
髪から水が滴る。
礼装は完全に濡れていた。
最悪だった。
神様なんて見えなかった。
救いも、たぶんなかった。
でも、なんか少しだけ良かった。
「ほら。戻ってきた」
「テスマさん!」
声が、プールに響いた。
自分でも驚くくらい、大きな声だった。
「おう!」
テスマは隣で水に浮かびながら、満足そうに返事をした。
「貴女は!本当に!何を考えているのですか!」
「サクちゃんの顔、見たかった」
「またそれですか!」
テスマは笑っていた。
「首長の顔じゃないやつ」
「プールに飛び込む必要はありません!」
「あるよ」
「ありません!」
「サクちゃん、今ちゃんと怒ってる」
「当たり前です!」
「いいね」
「なにがですか!?」
両肩を掴んでテスマを揺らす。
「貴女は!いつもそうやって勝手に!どうして!」
「おー」
「私が!板挟みになって!どれだけ苦労して!」
「声出てんね。本心から」
思わずサクラコは黙った。
水が頬を伝った。
涙ではない。
たぶん。
「……テスマさん」
「うん」
「これは、絶対に許されることではありません」
「そっか」
「活動停止も検討します」
「重いね」
「当然です」
「サクちゃんは軽いのに」
「茶化さないでください!」
また声が響いた。
テスマは、少しだけ目を丸くした。
それから、嬉しそうに笑った。
「いいじゃん」
「よくありません!」
「生きてる声じゃん」
サクラコは、また黙った。
水面が揺れている。
夕方の光が、細かく砕けていた。
礼装は重い。
髪は濡れている。
身体は冷たい。
さっきの「なんか良かった」は、たぶん気のせいだ。
そういうことにしたかった。
けれど、胸の奥にあった硬いものが、少しだけほどけている気がした。
最悪だった。
本当に最悪だった。
少しだけ楽になってしまったことが、何より最悪だった。
「……テスマさん」
「うん」
「次に同じことをしたら、本当に怒ります」
「今も怒ってるじゃん」
「今より怒ります」
「それは見たいかも」
「活動停止」
「ごめんって」
テスマは素直に謝った。
素直に謝られると、余計に困る。
「出席、増やす」
「本当ですか」
「うん。サクちゃん、沈みっぱなしだと困るし」
「それは出席理由として正しいのですか」
「知らね。でも行く」
サクラコは、濡れた前髪を手で押さえた。
テスマは笑った。
サクラコは笑えなかった。
でも、ほんの少しだけ、口元が緩みそうになった。
プールから上がったあと、サクラコの礼装は水を吸って重くなっていた。
テスマはタオルを差し出した。
「はいよ」
「用意していたのですか」
「当然っしょ」
「計画的犯行ですね」
「バレた?」
「反省してください」
「してる。ガチで」
サクラコはタオルを受け取った。
テスマは、濡れた髪を手で払いながら言った。
「サクちゃん」
「何ですか」
「沈んでる時は、言ってね」
サクラコは、すぐには返事をしなかった。
さっきまでなら、絶対に沈みません、と答えていた。
でも、今は少しだけ違った。
もしかしたら、そういう時もあるかもしれない。
なんか、そう思った。
「……沈みそうになったら、考えます」
「おう!」
テスマは満足そうに頷いた。
プールの水面が静かに揺れていた。
サクラコは、用意しなかったお茶のことを思い出した。
正気を確認する時間。
息継ぎ。
それから、水面に顔を出した時の、冷たい空気。
テスマのやり方は間違っている。
絶対に間違っている。
けれど、息ができた。
気持ちいいくらいに。
体験したからわかってしまった。
それもまた、事実だった。
サクラコは濡れた礼装の裾を握りしめた。
水が一滴、落ちた。
ぽたり。
その音が、やけに大きく聞こえた。
シスターフッドは今日も賑やかである。
次回はエマとの個人面談です。言葉の重みについての話です。