ようこそ根源があふれた魔法の学校へ   作:shinkyu10

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図書室

 

 

 

 

治療薬の棚は、三列あった。

 

基礎魔法薬。

治療薬学。

薬草効能集。

 

エリアスは、薬草効能集を後回しにした。

 

効能なら教科書にもある。

乾燥イラクサがどの薬に使われるか。

蛇の牙が何に効くか。

ツノナメクジの粘液がどんな性質を持つか。

 

それだけなら、昨日の授業でも分かった。

 

今必要なのは、薬が効く理由だけではない。

泡が荒れ、濁りが戻らなくなり、薬液が跳ねる境目だった。

 

「効能集は見ないのか?」

 

背後からザビニの声がした。

図書室に入った時より、だいぶ声が低い。

遠くの机で、マダム・ピンスの細い顔がこちらを向きかけていた。

 

「後で見る」

「薬草の課題だろ」

「効能は教科書にある。足りないのは失敗条件だ」

 

ザビニは本棚を見上げた。

高い棚に、革表紙の本が隙間なく並んでいる。

金文字の背表紙が、窓から入る光を鈍く返していた。

 

「普通は成功する方法を探すんだよ」

「成功例は昨日作った」

「言い方」

 

ザビニは小さく笑った。

だが、すぐに周囲を見て、声を落とす。

遠くの机で、マダム・ピンスが顔を上げかけていた。

 

ロウルは棚札を順に追っていた。

指先は背表紙に触れない。

読むだけで位置を覚えるように、視線だけが端から端へ動いている。

 

「治療薬学は右です。基礎魔法薬はこの列。事故例は……奥の棚かもしれません」

「事故例って、普通の一年生が読むものなのかな」

 

ケイが小さく言った。

鞄の紐を両手で持ち、棚の奥を覗くように首を少し伸ばしている。

 

「読むだけなら爆発しない」

 

エリアスが答える。

 

ザビニが片眉を上げた。

 

「その慰め、だいぶ下手だぞ」

 

ケイは困ったように目を伏せた。

 

「でも、読むだけなら……少しはましかも」

「本を落とせば、爆発の代わりにピンスが来ます」

 

ロウルが静かに付け足す。

 

ケイの手が、鞄の紐を握り直した。

 

「それはそれで怖いんだけど」

 

ザビニが口元だけで笑った。

 

四人は棚の前で散った。

と言っても、遠くへは行かない。

声を張れば怒られる。

完全に離れれば、探した本を共有しづらい。

自然と、同じ棚の左右へ少しずつ広がる形になった。

 

エリアスは、まず基礎魔法薬の棚から薄い本を抜いた。

 

初級治療薬の失敗と対処

 

表紙は古く、角が潰れている。

背には開き癖があり、頁の端には薄く手垢が残っていた。

頁を開くと、乾いた紙の匂いが指先から立った。

 

目次を追う。

 

火傷薬。

眠り薬。

おでき薬。

簡易解毒薬。

鎮痛水薬。

 

おでき薬の頁は、数頁しかない。

 

材料。

基本手順。

注意。

 

指が止まる。

 

ヤマアラシの針は、必ず火から下ろしてから投入すること。

 

それだけだった。

 

エリアスは頁の端を押さえた。

 

昨日見たものは、注意書きよりも多かった。

 

重い泡。

落ちない熱。

火から離れる前に沈んだ針。

跳ねた薬液。

ネビル・ロングボトムの腕に浮いた赤い腫れ。

 

紙の上には、火から下ろせ、としかない。

 

「理由がない」

 

ザビニが横から覗き込む。

 

「また出たな、休日に聞きたくない言葉」

「注意だけなら、上級生の写しと同じだ」

「上級生の写し、意外と優秀だったんじゃないか?」

「要点だけなら」

「褒めてるのか、それ」

「情報量が少ないと言っている」

「褒めてないな」

 

ロウルが、奥の棚から一冊を抜いた。

厚みのある本だった。

表紙は黒に近い茶色で、題名の一部がかすれている。

 

「こちらに、薬液事故の章があります」

「事故例?」

 

ケイが聞く。

 

「はい。ただ、文字が細かいです」

 

ザビニが本の厚みを見る。

 

「うわ。事故が多すぎるだろ」

 

ロウルは真面目に頁をめくった。

 

「多いから本になるのでしょう」

「理屈まで重いな」

 

エリアスは本を受け取った。

ロウルの指が離れる前に、頁の折れを避けるように軽く支える。

背の古い革が、わずかに軋んだ。

 

索引。

 

おでき。

膿疱。

急膨張。

針素材。

高温反応。

ヤマアラシ。

 

項目はある。

だが、ばらばらだった。

 

一つ目の頁は、皮膚症状の項目だった。

薬液の飛散により皮膚表面に腫れや膿疱が生じる例。

原因として、過熱、未粉砕材料、投入順の誤りが挙げられている。

 

足りない。

 

次の頁。

ヤマアラシの針。

 

硬質針素材。

熱と反応しやすい薬液に対し、仕上げ段階で用いられることがある。

ただし、高温状態での投入は避ける。

 

まただ。

 

火。

針。

薬液。

その三つは並んでいる。

 

だが、泡がどう荒れるのか。

色がどこで濁るのか。

皮膚へ飛ぶまでに、鍋の中で何が起きるのか。

 

そこが抜けている。

 

「見つからないのか?」

 

ザビニが聞いた。

 

「断片はある」

「断片で足りないのか?」

「事故は断片で起きない」

 

ザビニは少し考えてから、低く笑った。

 

「そういう言い方、たまにスネイプっぽいぞ」

 

近くでロウルの頁をめくる手が、わずかに止まった。

 

「それは、褒め言葉ではありませんね」

「褒めてない」

「なら、なおさらやめてください」

 

ザビニは口元だけを動かした。

 

その時、同じ棚の向こう側から、別の手が伸びてきた。

 

背表紙に触れた指が、エリアスの指とほとんど同時に止まる。

 

先に本を掴んだのは、ハーマイオニー・グレンジャーだった。

 

彼女は少し目を見開いたが、すぐに本の題名を確認した。

 

「あなたもこれを使うの?」

「ああ」

 

初級魔法薬における材料反応表

 

背表紙にはそうある。

 

ハーマイオニーの腕には、すでに二冊の本が抱えられていた。

その上に羊皮紙が挟まっている。

端には、きっちり揃った字が見えた。

 

「私は必要なところを写すだけだから」

「なら待つ」

「すぐ終わるわ」

 

ハーマイオニーは近くの机へ本を置き、目次を開いた。

羽根ペンを取るまでが早い。

頁を二度めくり、すぐに羊皮紙へ書き始める。

 

羊皮紙には、材料名と手順が整って並んでいた。

 

乾燥イラクサ。

蛇の牙。

ツノナメクジ。

ヤマアラシの針。

 

その横には、効能と注意が短く書かれている。

読みやすい。

試験前に見返すなら便利だろう。

 

ハーマイオニーは、エリアスの羊皮紙をちらりと見た。

 

泡。

温度。

濁り。

針。

飛散。

皮膚。

 

彼女の眉が少し寄る。

 

「作り方を写しているんじゃないの?」

「壊れ方を探している」

「壊れ方?」

 

声が少し大きくなりかけ、ハーマイオニーはすぐに唇を閉じた。

マダム・ピンスの机の方を見てから、声を落とす。

 

「どうして?」

「作り方は教科書にある。昨日失敗した鍋は、作り方のどこかを外した。なら、どこで壊れたのかを見た方がいい」

 

ハーマイオニーは羽根ペンの軸を押さえた。

 

「でも、まず正しい手順を覚えないと」

「それは間違っていない」

「じゃあ」

「見ている順番が違うだけだ」

 

ハーマイオニーは、少しだけ目を細めた。

 

「あなた、変わってるわね」

「よく言われる」

 

ザビニが背後で小さく笑った。

 

「実際、よく言われてるな」

 

ハーマイオニーは本を使い終えると、こちらへ差し出した。

 

「はい。私はもう写したから」

「助かる」

「でも、これ、材料反応表よ。事故例なら、たぶん奥の棚だと思う。薬液事故記録とか、治療失敗例のところ」

 

ロウルが顔を上げた。

 

「今見ている棚です」

 

ハーマイオニーはロウルを見て、少しだけ頷いた。

 

「なら、合ってるわ」

 

彼女は自分の本を抱え直し、別の机へ戻っていった。

歩きながらも、羊皮紙へ目を落としている。

前を見ていないのに、椅子にはぶつからない。

それはそれで器用だった。

 

ザビニが低く言う。

 

「グレンジャー、もうあれだけ写してるのか」

「努力量は多い」

 

ロウルが言った。

 

「整理も正確です」

 

ケイは小さく頷いた。

 

「すごいけど、ちょっと疲れそうだね」

「君が言うと説得力があります」

 

ロウルが返す。

 

ケイは目を逸らした。

 

「別に、悪い意味じゃないし」

 

エリアスは、ハーマイオニーから受け取った本を開いた。

 

材料反応表は、教科書よりも項目が細かい。

 

乾燥イラクサ。

抽出温度。

煮出し時間。

薬液色。

混合時の注意。

 

蛇の牙。

粉砕粒度。

溶解速度。

過量時の泡立ち。

 

ツノナメクジ。

粘度上昇。

過熱時の凝固。

沈殿。

 

ヤマアラシの針。

仕上げ。

熱反応。

皮膚薬での使用例。

 

ここにも、まだ足りない。

だが、昨日の鍋を読み返すための手掛かりは増えた。

 

少し離れた棚で、ごと、と本を戻す音がした。

マダム・ピンスの目が、すぐにそちらへ動く。

 

その棚の前に、ハリーとロンがいた。

 

ハリーは背表紙を一つずつ読んでいる。

ロンは腕に抱えた本を何度も持ち直し、棚よりも出口の方へ目をやっていた。

 

エリアスは棚札を見る。

 

毒草。

呪毒。

危険植物。

 

違う。

 

「ポッター」

 

ハリーが顔を上げた。

ロンもこちらを見る。

 

「そこは違う」

「え?」

「おでき薬なら、治療薬か基礎魔法薬だ。毒草ではない」

 

ロンが棚札を見上げた。

 

「棚にも罠があるのかよ」

「戻す場所を間違えたら、ピンスが来る」

 

ロンは本を持つ手を少し下げた。

 

「それは罠だな」

 

ハリーは慌てて手元の本を確認した。

表紙には、やけに毒々しい蔦の絵が描かれている。

 

「ありがとう。危うくこれを借りるところだった」

「借りても課題にはならない」

「たぶん、僕には区別がついてなかった」

 

ロンが小声で言う。

 

「本が多すぎるんだよ。薬草も毒草も、全部似たような顔してる」

「顔?」

 

ザビニが少し遠くから言う。

 

ロンはザビニを見て、肩をすくめた。

 

「言い方だよ」

「まあ、分からなくはない」

 

ザビニは棚を見上げた。

 

「ここの本、全部こっちを見てるみたいだしな」

 

ハリーが少しだけ笑った。

ロンもつられて口元を緩めた。

 

エリアスは、基礎魔法薬の棚を指した。

 

「おでき薬なら、あの列だ。初級治療薬か材料反応表を見ればいい」

「分かった。ありがとう」

 

ハリーは本を戻そうとして、一瞬止まった。

 

「これは、ここに戻せばいいのか?」

「背表紙の番号を見るといい」

 

ハリーが番号を見て、棚の順番を確認する。

ロンも覗き込む。

 

「そこ」

 

エリアスが短く言った。

 

ハリーは慎重に本を戻した。

音はほとんどしなかった。

 

ロンが大げさに息を吐く。

 

「よし。ピンスに殺されなかった」

「追い出されるだけですよ」

 

ロウルが低く言う。

 

ロンは少し驚いた顔でロウルを見た。

 

「それも嫌だな」

 

ザビニが笑いを噛み殺した。

 

場が緩みかけたところで、マダム・ピンスの視線が飛んできた。

全員の口が閉じる。

 

図書室は、すぐに静かになった。

 

エリアスは、事故記録の本へ戻った。

 

索引の紙面をもう一度追う。

 

ヤマアラシ。

高温。

膨張。

膿疱。

 

該当頁は、かなり後ろだった。

薬液事故の小項目。

頁の下に、小さな文字で記録が載っている。

 

高温状態でヤマアラシの針を投入した場合、薬液は急激に膨張することがある。

発泡は粗く、濁りは灰緑へ寄る。

飛散した薬液は、接触した皮膚に赤色腫脹および膿疱を生じさせる場合がある。

基礎治療薬では、火から下ろした後、液面が落ち着いてから投入すること。

 

エリアスの指が止まった。

 

灰緑。

粗い泡。

火。

針。

 

昨日の鍋で見たものが、紙の上の言葉と重なった。

 

ネビルの鍋は、泡が大きかった。

濁りも強かった。

火はまだ落ちていなかった。

針が沈んだ瞬間、液面が持ち上がった。

飛んだ薬液。

腕に浮いた赤い腫れ。

 

頁の文字は、昨日の光景を説明しきってはいない。

だが、同じ方向を指している。

 

「これだ」

 

声は小さかった。

 

ザビニが覗き込む。

 

「見つけたのか」

「全部ではない」

 

エリアスは頁を押さえたまま言った。

 

「でも、どこから壊れたかは見えた」

 

ロウルが近づき、頁を読む。

目が一行ずつ下へ動き、最後の注意書きのところで一度止まった。

それから、羊皮紙を出す。

 

「課題には、火を落とす理由も入れましょう」

「入れないと減点?」

 

ザビニが聞く。

 

「入れた方が減点されにくい、です」

「言い方が嫌だな」

 

ケイは事故記録の頁をもう一度見た。

 

「昨日の、あれ……ちゃんと理由があったんだ」

 

声は小さかった。

だが、視線は頁から逃げていない。

 

「理由はあった」

 

エリアスは写しを取る。

 

「手順だけでは見えなかっただけだ」

 

ケイは、鞄の紐に触れかけて、やめた。

代わりに羽根ペンを取る。

 

「なら、書いておいた方がいいよね。たぶん」

「その方がいい」

 

ロウルが頷く。

 

ザビニは椅子の背に片肘をかけた。

 

「昨日、あれを見た時は、ただ派手に失敗しただけに見えたけどな」

「派手に見える前に、鍋は崩れていた」

 

エリアスは、事故記録の一文を写した。

高温状態。

急膨張。

灰緑。

膿疱。

 

「見えやすい失敗は、最後に出る」

 

ザビニは少しだけ黙った。

 

「……それ、薬学以外でも言えそうだな」

「たぶん言える」

 

ロウルの羽根ペンが、一瞬止まった。

ケイも、少しだけ顔を上げる。

 

だが、誰も続けなかった。

 

図書室では、紙をめくる音だけが細く響いている。

 

エリアスは、羊皮紙へ視線を戻した。

 

四人は、同じ机へ移った。

ロウルが羊皮紙を一枚中央に置き、項目を整理する。

 

一、材料の役割。

二、投入順。

三、火から下ろす理由。

四、失敗時の反応。

五、事故例。

 

字は整っている。

行間も、項目の頭も、ほとんどずれていない。

 

ザビニがそれを見て言った。

 

「ロウルの羊皮紙、見てるだけで背筋が伸びるな」

「姿勢が悪いよりはましです」

「そういうところだぞ」

 

ロウルは返事をしなかった。

ただ、項目の横へ小さく線を引く。

少しだけ強い線だった。

 

ケイは事故記録を見ながら、ゆっくり写している。

一文字ずつ確認するような書き方だった。

途中で止まり、エリアスの羊皮紙を見る。

 

「灰緑って、昨日の色、そんな感じだった?」

「近い。もっと濁っていた」

「じゃあ、灰緑、濁り強めって書いてもいいかな」

「いいと思う」

 

ケイは少しだけ頷き、書き足した。

 

ザビニは自分の羊皮紙を見て、しばらく沈黙した。

 

「なあ、レン」

「何だ」

「俺の昨日の鍋、危なかったか?」

「途中までは」

「途中までは、か」

「ナメクジの投入後、攪拌を止めるのが早かった。底に粘りが残っていた」

 

ザビニは目を細めた。

 

「見てたのか」

「隣だった」

「それだけで見えるものか?」

 

エリアスは少し考えた。

 

「鍋の音が変わっていた」

 

ザビニは、今度こそ小さく息を吐いた。

 

「やっぱり鍋と会話してるだろ」

「していない」

「鍋の声を聞いてるじゃん」

「音だ」

「同じだろ」

 

ケイが小さく笑った。

ロウルも、羽根ペンを動かしたまま口元だけをわずかに緩めた。

 

その時、近くの机から椅子を引く音がした。

ハーマイオニーが本を抱えて立ち上がる。

ハリーとロンも、数冊の本を持ってこちらへ戻ってきた。

 

ロンは、エリアスたちの机に広がる羊皮紙を見て、顔をしかめた。

 

「うわ。そっちは何を書いてるんだ?」

「事故例」

 

ザビニが答える。

 

ロンは一歩引いた。

 

「休日に読むものじゃないだろ」

「同感だ」

 

ザビニが言う。

 

ハーマイオニーは、事故記録の頁を見て目を止めた。

 

「それ、どこにあったの?」

「薬液事故記録」

 

エリアスが本の背を見せる。

 

ハーマイオニーはすぐに題名を見て、唇を引き結んだ。

 

「私も後で見るわ」

 

ロンが眉を上げた。

 

「見るのかよ」

「必要なら見るわ」

「必要の基準がおかしい」

 

ハリーは、エリアスの羊皮紙をちらりと見た。

 

「昨日のネビルの事故?」

「ああ」

 

ハリーの顔が少し沈む。

ロンの口元も硬くなる。

 

エリアスは、短く言った。

 

「火から下ろす前に針が入った。事故の原因はそこだ」

 

ハリーが顔を上げる。

 

「でも、スネイプは――」

「隣にいたこととは別の問題だ」

 

ロンの目が少し大きくなった。

 

「だよな。やっぱりそうだよな」

 

声が大きくなりかけ、すぐにハーマイオニーが肘で小さく突いた。

ロンは口を閉じる。

 

ハリーは、少しだけ息を吐いた。

 

「ありがとう」

「事実を言っただけだ」

 

ザビニが横でぼそりと言った。

 

「そういうところ、本当にお前だよな」

 

エリアスは返さなかった。

 

ハーマイオニーは事故記録の頁へもう一度視線を落とし、それからハリーへ言った。

 

「写しておいた方がいいと思う。スネイプ先生が聞くかもしれないし」

 

ロンが顔をしかめる。

 

「聞かれたら嫌だな」

「聞かれなくても、知っておいた方がいいわ」

 

ハーマイオニーはそう言って、自分の羊皮紙を開いた。

 

その後はしばらく、誰も大きな声を出さなかった。

 

本をめくる音。

羽根ペンの音。

インク瓶の蓋を閉める音。

遠くでマダム・ピンスが誰かに鋭く注意する声。

 

談話室ならすぐに誰かが茶々を入れるところで、図書室では羽根ペンの先だけが動いていた。

 

四人の羊皮紙が少しずつ埋まっていった。

材料の役割。

火を落とす理由。

失敗時の泡と濁り。

皮膚症状。

昨日の事故との照合。

 

余白は残っている。

それでも、昨日の鍋を見るための線は増えた。

 

図書室を出る頃には、羊皮紙の余白がだいぶ減っていた。

 

ザビニが肩を回す。

 

「休日にここまで頭を使うとは思わなかった」

「木曜には体も使います」

 

ロウルが言った。

 

ケイの手が鞄の紐へ戻る。

 

「飛行訓練……」

「箒って、本当に言うこと聞くのかな」

 

ザビニが笑う。

 

「聞かなかったら落ちるだけだろ」

 

ケイは顔をしかめた。

 

「慰めになってないよ」

 

エリアスは、図書室の扉を振り返った。

棚の奥では、まだ誰かが頁をめくっている。

 

薬は、手順を外せば崩れた。

では、箒はどうか。

 

地面に置く。

命じる。

上がる。

手をかける。

体重を預ける。

 

その間のどこで、箒は術者を読むのか。

 

「問題は高さじゃない」

 

ザビニがこちらを見る。

 

「また怖い話か?」

「怖い話ではない。未確認なだけだ」

 

ケイが小さくため息をついた。

 

「レンがそう言うと、余計に本当っぽいんだよ」

 

その声は弱かったが、完全に怯えているわけではなかった。

 

ザビニが笑い、ロウルが「廊下で立ち止まると邪魔になります」と促す。

 

四人は図書室を後にした。

 

背後で、扉が重く閉まる。

 

紙と革の匂いは消えた。

だが、羊皮紙に写した灰緑の文字と、火を落とす理由だけは、しばらく目の奥に残っていた。

 

 

 

 

 

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