ようこそ根源があふれた魔法の学校へ   作:shinkyu10

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幕間 九月のとある昼時

 

 

 

 

「ポッターが箒をプレゼントされたらしい」

 

昼食のスリザリン卓で、誰かがそう言った。

 

皿の上では、茹でた豆と焼いた肉が湯気を立てている。

大広間は昼の光で明るかった。

天井に映る空は薄い雲を流し、四つの長卓にはいつものざわめきが満ちている。

 

誰かが笑い、誰かがパンをちぎり、誰かが昨日の宿題の量に文句を言う。

その中で、その声だけが少し硬かった。

 

「箒?」

 

ケイが顔を上げる。

手に持っていたフォークが、皿の端で止まった。

 

ザビニは、グラスを持ったまま眉を上げた。

 

「昨日のあれか」

「あれ?」

「朝食の時、グリフィンドールの卓に届いただろ。細長い包み」

 

エリアスの手が止まった。

 

昨日の朝食時。

六羽のメンフクロウが、大広間の天井近くから降りてきた。

一羽や二羽ではなく、六羽。

それぞれが細長い包みを支え、翼をばたつかせながらグリフィンドールの卓へ向かっていた。

 

包みは、テーブルに置くには長すぎた。

ロン・ウィーズリーが椅子を少しずらし、近くの生徒が皿を引っ込めていた。

 

その時点で、長さと形から箒の可能性はあった。

だが、誰宛てかも、中身が何かも、こちらから確認する理由はなかった。

 

「しかも、ニンバス2000だってさ」

 

フォークが止まった。

 

皿の上の豆を避けていた手が、そのまま宙で固まる。

豆はまだ一粒、フォークの先に刺さっていた。

口へ運ぶ途中だったことを、数秒遅れて思い出す。

 

ザビニがそれを見た。

 

「反応したな」

「しましたね」

 

エリアスはフォークを皿へ戻した。

 

「ニンバス2000と言ったか」

「言ったな」

「誰が確認した」

「グリフィンドールの連中が騒いでる。あの顔で嘘なら大したもんだ」

 

ザビニはグリフィンドール卓の方へ視線を向けた。

 

向こうでは、赤毛の双子らしい上級生が笑いながら何かを話している。

ハリーの周囲には、いつもより人が多かった。

ただ、卓の上にも、足元にも、細長い包みは見えない。

 

見えない。

 

エリアスはわずかに眉を動かした。

 

ロウルが、こちらの手元を見た。

 

「食事が止まっています」

「後で食べる」

「今食べるべきです」

「ニンバス2000だ」

「食事と両立できます」

 

ザビニが笑った。

 

「ロウル、今のレンには無理だと思うぞ」

 

ケイはグリフィンドール卓を見てから、小さな声で言った。

 

「それって、そんなにすごい箒なの?」

「すごい、という言い方は雑だ」

 

エリアスは一度だけ黙った。

 

「現行最高級の競技用箒だ」

「始まった」

 

ザビニが楽しそうに肩を揺らした。

 

エリアスは構わず続けた。

 

「ニンバス競技用箒会社の現行最高級機だ。少なくとも広告ではそう扱われていた。競技用。高速機動前提。授業用備品とは設計思想が違う」

 

ケイが瞬きをする。

 

「広告って、読んだの?」

「読まない理由がない」

「普通は、買わないなら読まないんじゃないかな」

「比較には必要だ」

 

ザビニはパンをちぎりながら、口元を隠した。

 

「比較対象、学校のぼろ箒だけだろ」

「だから必要だ」

「理屈は合ってるのに、必死さが隠れてないんだよな」

 

エリアスは返事をしなかった。

グリフィンドール卓へもう一度視線が向く。

 

見えない。

 

卓の上にも、足元にも、細長い包みはない。

ハリーの周囲には人が集まっているが、誰も箒らしきものへ手を伸ばしていない。

 

持ってきていない。

 

エリアスは椅子からわずかに腰を浮かせた。

 

「レン」

 

ロウルの声が低くなった。

 

「立たないでください」

「立っていない」

「立とうとしていました」

「距離を測っただけだ」

「それを立とうとしていたと言います」

 

ケイが困ったように笑う。

 

「見に行くのは、やめた方がいいと思う」

「見に行くとは言っていない」

「今のは、ちょっと言ってるのと近かったよ」

 

ザビニは水を飲み、グラスの向こうで目を細めた。

 

「ここまで分かりやすいレン、初めて見たな」

「何がだ」

「欲しがってる」

「欲しいとは言っていない」

「言ってないな」

 

ザビニは頷く。

 

「目が完全に箒を追ってるだけだ」

 

エリアスはグリフィンドール卓から視線を戻した。

 

「実機確認が必要なだけだ」

「それを欲しいって言うんだよ」

 

ケイの声は柔らかかった。

強く突くつもりではないのだろう。

だが、言葉だけは逃がしてくれなかった。

 

ロウルはナイフを置いた。

 

「そもそも、確認できる立場にありません」

「借用申請の余地は」

「ありません」

「なぜ断定できる」

「授業外で箒を借りる申請は、先日すでに断られています」

 

ザビニが吹き出しかけた。

 

「そこで自分の履歴が返ってくるの、面白すぎるだろ」

 

グリフィンドール卓の方で、またざわめきが起きた。

 

エリアスの視線がそちらへ向く。

 

「ほら、また見た」

 

ザビニが言う。

 

「二度目だな」

「一度目だ」

「いや、三度目だよ」

 

ケイが小さく言い、それから視線を皿へ落とした。

 

「……たぶん」

「ケイに数えられてるぞ」

「数える対象ではない」

「見た回数は数えられるだろ」

 

ロウルは淡々と言う。

 

「少なくとも、今ので三度目です」

 

エリアスは水差しを持ち上げた。

 

グラスへ注ぐ。

 

少しだけこぼれた。

 

グラスの縁を伝った水滴が、皿の横へ落ちる。

 

ザビニが目を細める。

 

「珍しいな」

「何が」

「水をこぼした」

 

エリアスは布で拭いた。

 

「手元が滑っただけだ」

「ニンバスのせいでな」

「違う」

「違いません」

 

ロウルの返事は早かった。

 

 

マルフォイの声が、少し離れた場所から聞こえた。

 

「そもそも、なぜポッターだけが箒を持てるんだ」

 

その声に、周囲のスリザリン生がいくらか静かになる。

 

マルフォイは葡萄の皿へ手を伸ばしながら、しかし食べずに指先で転がしていた。

クラッブとゴイルは隣で肉を食べている。

話の中身を追っている様子は薄い。

ただ、マルフォイが顎を上げると、二人も同じ方を見た。

 

「一年生は個人の箒を持ち込めないはずだろう?」

「例外ですね」

 

ロウルが静かに言った。

 

マルフォイの視線がこちらへ向く。

 

「例外で済ませるのかい?」

「規則上は、教授が許可を出した場合の特例でしょう。詳細な条文は確認していませんが」

「マクゴナガルが、ポッターに、ニンバスを?」

 

マルフォイの口元が硬くなる。

 

「特例どころじゃない。高級箒だぞ」

 

ザビニが薄く笑った。

 

「それはまあ、そうだな」

「フェアじゃない」

 

誰かが言う。

マルフォイはそれに乗るように顎を上げた。

 

「無断飛行をして、箒をもらう。グリフィンドールらしい特別扱いだ」

 

スリザリン卓の空気が少し尖る。

 

フォークの音が減った。

何人かがグリフィンドール卓を見て、すぐに視線を戻す。

マルフォイの指先では、葡萄が皿の上を小さく転がっていた。

 

エリアスは、肉を切りながら言った。

 

「一年生に持たせるには過剰だが、シーカーに持たせるなら合理的だ」

 

近くの会話が止まった。

 

ザビニがゆっくりこちらを見る。

 

「お前、本当にそこなんだな」

「そこ以外に何を見る」

 

マルフォイの眉が動いた。

 

「問題はそこじゃない。ポッターが特別扱いされたことだ」

「それは別の問題だ」

「別?」

「今は箒の話をしている」

 

ザビニが口元を押さえた。

ケイは視線を皿へ落とし、肩を小さく揺らしている。

ロウルだけは、真面目な顔のままだった。

 

マルフォイの声が少し低くなる。

 

「君はポッターに甘いね」

「甘いかどうかは関係ない」

「じゃあ何だ」

「用途だ」

 

エリアスはグラスを置いた。

 

「シーカーは高速で移動する小型目標を追う。発見、追跡、接近、制動、捕獲。授業用箒より、加速、旋回、制動、応答性の高い機体を与える方が競技上は合理的だ」

 

「機体?」

 

ザビニが繰り返す。

 

「箒だろ」

「飛行具だ」

「余計おかしい」

 

ロウルが咳払いをした。

 

「情報量が多すぎます」

「まだ少ない」

「それが問題です」

 

ケイが遠慮がちに言った。

 

「ニンバスって、そんなに速いの?」

「公称値では、時速二百キロ級。現行品では最速帯だ」

 

ケイのフォークが止まる。

 

「……箒で?」

「箒で」

「それ、落ちたら」

「死ぬ可能性が高い」

 

ケイの顔が引きつった。

 

「聞かなきゃよかった」

 

ザビニが笑う。

 

「お前、説明する時に相手の顔を見ろよ」

「事実だ」

「事実でも昼食中に言うな」

 

少し離れた席で、マルフォイが葡萄を皿の上で転がした。

口元は笑っていたが、指先の動きだけが妙に速い。

 

「広告を暗唱して、何が楽しいんだ」

「暗唱ではない」

「今のが暗唱じゃないなら、何なんだい」

「記録の一部だ」

 

ザビニが目を細める。

 

「それを暗唱って言うんじゃないのか」

 

エリアスは続けた。

 

「ニンバス2000はマホガニー材の柄を使っていると表示されていた。穂先はヤナギの小枝。整流、制動、旋回性を意識した競技用設計。広告の書き方は誇張を含むだろうが、授業用箒とは前提が違う」

 

ザビニはしばらく黙ったあと、ゆっくりと言った。

 

「待て。今、何語を話したんだ?」

「ニンバスの広告だ」

「読んだのか」

「読まない理由がない」

「普通はないんだよ、その理由が」

 

ロウルは額に手をやりそうになって、途中でやめた。

 

「レン、今は形式より、落ち着いてください」

「落ち着いている」

「水をこぼしました」

「拭いた」

「そういう問題ではありません」

 

ケイが小さく言った。

 

「レン、ちょっと楽しそうだよ」

「楽しいとは言っていない」

「言ってないけど」

 

ケイは視線をグリフィンドール卓へ向け、それからエリアスの手元へ戻した。

 

「さっきから、食事が全然進んでない」

 

エリアスは皿を見た。

 

肉は半分残っている。

豆も残っている。

パンは手つかずだった。

 

「昼食はまだ終わっていない」

「そうじゃなくて」

 

ザビニが笑う。

 

「ケイ、諦めろ。こいつ今、頭の中で箒を分解してる」

「分解はしない」

「しないのか?」

「できるならしたいが、現物がない」

「最悪だな」

 

ロウルの声が少し沈んだ。

 

「絶対にポッターの箒を分解しようとしないでください」

「しない」

「本当に?」

 

ケイの声には、少しだけ本気の不安が混じっていた。

 

「所有者の許可がない」

 

ザビニが机に突っ伏しかけた。

 

「許可があればやる気だ」

「比較には実物が要る」

「ほら」

 

ケイは少し笑った。

 

「それ、やっぱり欲しいってことだと思う」

「違う」

「違いません」

 

ロウルが即座に言った。

 

「資料が欲しいだけだ」

「資料と実物を混同しています」

「箒は資料になり得る」

「なり得ますが、今の君は資料と言いながら実機を見たいだけです」

 

ザビニはパンを皿に置き、肩を揺らした。

 

「ロウルがここまで言うなら、もう諦めた方がいいぞ」

 

エリアスは答えず、グリフィンドール卓を見た。

 

四度目。

 

いや、三度目だ。

 

おそらく。

 

 

 

 

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