ようこそ根源があふれた魔法の学校へ   作:shinkyu10

26 / 26
目覚め

 

 

 

 

白い天井が見えた。

 

石ではない。

木でもない。

布で区切られた淡い影が、視界の端で揺れている。

 

薬草の匂いがした。

清潔な布の匂い。

それから、苦い薬を煮詰めたような、舌の奥に残る匂い。

 

医務室だ。

 

そう判断するまでに、二呼吸かかった。

 

息を吸うと、背中が痛んだ。

深く吸えない。

肩甲骨の下あたりで、鈍いものが軋むような痛みがあり、胸まで広がってくる。

 

左腕は、自分の身体とは思えなかった。

 

熱を持った重い塊が、肩から先に縫い付けられている。

包帯と固定具の重さがある。

動かそうとした瞬間、肩の奥から肘の先まで、白い火花のような痛みが走った。

 

視界が揺れる。

 

動かせない。

 

喉の奥で、声にならない息が詰まった。

 

少し待つ。

息を細く吐く。

もう一度、今度は指先だけを探る。

 

左手の先に、感覚はあった。

鈍い。

遠い。

だが、完全に消えてはいない。

 

それを確認してから、右手を少し動かそうとした。

右腕は動く。

だが、体全体が重い。

少し持ち上げただけで、背中が痛み、腹の奥に力が入らなくなる。

 

頬に触れようとして、途中で諦めた。

 

触れなくても分かる。

 

頬を裂いていたはずの痛みがない。

頭の奥には鈍さが残っているが、血が流れる感覚もない。

皮膚が引き攣る痛みもない。

ローブの下で乾いた血がこびりついている感覚もない。

 

治っている。

 

どうやって。

 

肉を戻したのか。

皮膚を作ったのか。

傷つく前の状態へ戻したのか。

 

分からない。

 

血の匂いはしない。

かわりに、薬草と清潔な布の匂いがある。

枕元のどこかで、ガラス瓶が小さく触れ合う音がした。

 

便利だ、とは思わなかった。

 

先に、背筋の奥へ冷たいものが落ちた。

 

人間の体に、どこまで触れている。

どこまで変えている。

どこまで戻している。

 

答えは見えない。

 

分からないものに、自分の体が処置されている。

 

その事実だけで、呼吸が少し浅くなった。

 

 

左手の指先に、体温があった。

 

包帯の外へ出ている指を、誰かが握っている。

 

強くはない。

逃がさないほどではない。

だが、ただ触れているだけでもない。

 

離すには少し惜しいくらいの力だった。

 

首を動かそうとして、すぐにやめた。

背中が痛む。

肩まで動かすと、左腕の奥が白く弾けそうになる。

 

起き上がるのは無理だ。

 

エリアスは目だけを横へ向けた。

 

ダフネ・グリーングラスが、ベッド脇に突っ伏して眠っていた。

 

椅子に座ったまま、上半身をベッドの端へ預けている。

顔は横を向いていた。

淡い髪が頬にかかり、唇が少しだけ開いている。

 

寝息は規則正しい。

布の上で、かすかに揺れていた。

 

顔色は悪くない。

 

少なくとも、廊下で壁に崩れかけた時の白さではなかった。

指先も、あの時のように紙のような色ではない。

 

生きている。

 

まず、それを確認した。

 

次に、彼女の手を見る。

 

ダフネは、エリアスの左手の指先を握っていた。

包帯に触れないようにしているのか、出ている指だけを両手で包むようにしている。

指先に力が入っているわけではない。

ただ、眠っても離れていなかった。

 

エリアスは、左手の指をわずかに動かした。

 

痛みはない。

いや、腕全体の痛みが大きすぎて、指先だけの痛みは分からない。

 

だが、動いた。

 

ほんの少しだけ。

 

その動きに、ダフネの睫毛が震えた。

 

ダフネは顔を上げた。

 

一瞬、どこを見ているのか分からない目だった。

次の瞬間、焦点が合う。

 

「エリアス」

 

声が掠れていた。

 

眠っていた声、だけではない。

喉の奥が乾いているような、少し削れた声だった。

 

ダフネはすぐに姿勢を正そうとした。

だが、片手がまだエリアスの指先を握っていることに気づき、動きが止まる。

 

離そうとした。

けれど、完全には離さなかった。

 

指先の温度が残る。

 

エリアスは起き上がろうとした。

 

背中が裂けたように痛んだ。

左腕の奥が白く爆ぜる。

肩が持ち上がらず、息だけが喉で止まる。

 

視界が滲む。

 

「動かないで」

 

ダフネの手が伸びた。

エリアスの肩に触れる直前で止まる。

 

触れていい場所が分からないように、指先が宙で迷っていた。

 

エリアスは息を整えた。

 

「顔色は戻っているな」

「……最初に言うことがそれ?」

「確認事項だ」

 

ダフネの視線が、エリアスの顔から左腕へ落ちる。

包帯と固定具の上で止まった。

 

すぐに戻る。

 

戻るのが少しだけ遅かった。

 

「あなた、自分の状態は分かっているの?」

「左腕が動かない。背中も痛む。体に力が入らない。指先の感覚はある」

「そういうことではなくて」

「ここが天国じゃない、ということくらいだな」

 

ダフネは唇を結んだ。

言い返す言葉を選んだように見えたが、結局、何も言わなかった。

 

エリアスは目だけで医務室を見た。

 

白いカーテン。

棚に並ぶ薬瓶。

磨かれた金属の盆。

遠くのベッド。

窓の外は暗い。

 

夜だ。

 

ただし、どの夜かは分からない。

 

「どれくらい寝ていた」

「……ほとんど二日」

 

ダフネの声は低かった。

 

「今は十一月二日の夜よ」

「二日」

 

口の中で転がす。

 

二日。

 

自分の感覚では、床へ叩きつけられてから、まだ数分も経っていない。

だが、窓の外は夜で、体は動かず、傷の一部は消えている。

 

「授業は」

「私は出たわ」

「君も医務室にいたのでは」

「ポンフリー先生に追い出されたの。ここで倒れかけたから」

 

ダフネの指が、エリアスの指先から少しだけ離れた。

完全には離れない。

ただ、力が弱くなる。

 

「夕食の後に、また来た」

「許可は」

「もらったわ。短時間だけ」

 

短時間。

 

そのわりに、彼女は眠っていた。

椅子に座ったまま、エリアスの指先を握って。

 

「君の体調は」

「戻っている」

「昨日の廊下と同じ症状は」

「ないわ」

 

即答だった。

 

声は乱れていない。

だが、間がなさすぎた。

 

「本当に」

「本当よ」

「……ならいい」

 

ダフネの眉がほんの少し寄った。

 

「それで済ませるの?」

「今は」

 

エリアスは、左腕を見ようとして失敗した。

首を動かすだけで背中が痛む。

視線だけを下げても、包帯と固定具の一部しか見えない。

 

「左腕は」

「酷く折れているそうよ」

 

ダフネの声は一段低くなった。

 

「しばらく動かせない。背中の打撲も残っている。切り傷は、処置されたって」

「しばらく」

「ポンフリー先生が詳しく説明すると言っていたわ。あなたが起きたら」

 

詳しく説明する。

 

つまり、まだ聞かされていない情報がある。

 

左腕の重さ。

肩から肘にかけての熱。

指先の遠さ。

背中の痛み。

体力の消耗。

 

十分に悪い。

だが、正式な状態はまだ分からない。

 

エリアスは目を閉じた。

 

怠けていたわけではない。

 

呪文は試した。

杖の反応も記録した。

魔法薬学の工程も、防衛術の恐怖反応も、箒の応答も、できる限り切り分けていた。

 

学ぶべき場所で、学ぶべきことを学んでいた。

その判断自体は、誤りではない。

 

ここは学校だった。

 

教師がいて、監督生がいて、校長がいて、授業があり、寮がある。

十一歳の生徒が、入学して二か月も経たないうちから、怪物との実戦を前提に手札を揃える方がおかしい。

 

そう判断するだけの理由はあった。

 

一年で習う呪文を、百に近い精度で理解する。

杖の癖を見極める。

現象を飛ばさず、足元から積む。

 

探究としては正しい。

学業としても、研究としても間違ってはいない。

 

安全な学校なら、それでよかった。

 

だが、現実は違った。

 

トロールは教室まで来た。

 

四階の廊下に入れば悲惨な死に方をする。

校長が、入学初日にそう言った。

あれは、子どもを脅すための大げさな言葉ではなかった。

 

この学校では、ひょんなことで死ぬ。

 

安全な学校だという前提は、完全な誤りではない。

ただ、それだけでは足りない。

 

探究を優先したことは間違いではなかった。

 

自衛を後回しにしてよい理由には、ならなかった。

 

エリアスは、右手の指を少し動かした。

 

月桂樹の杖は、ベッド脇の小さな台に置かれていた。

手を伸ばせる距離ではない。

それでも、木肌の色は見える。

 

魔力が尽きたわけではない。

 

あの時も、体の内側にはまだ余力があった。

流そうと思えば、もっと流せた。

 

だが、杖は受け付けなかった。

 

指先から杖身へ送った魔力が、途中でざらつく。

水路に砂を詰められたように、細い抵抗が返ってくる。

押せば、通る前に弾ける。

 

トロールではなく、自分や周囲を巻き込んで。

 

必要な量だけは通る。

呪文としての形は崩れない。

魔法の発動に必要な量なら、むしろ安定している。

 

だが、それ以上を流そうとすると拒む。

 

高出力で魔法耐性を突き抜ける。

そういう使い方を、杖が許さない。

 

本当に、この杖には辟易させられる。

 

ただ、それを言ったところで、腕は戻らない。

 

杖を屈服させるのか。

杖に合わせたまま、手札を増やすのか。

あるいは、別の形で逃げ道を作るのか。

 

まだ整理できていない。

 

ただ、最低限の方針は決まった。

 

次は、同じ条件で戦わない。

 

それだけは決まった。

 

 

「何を考えているの」

 

ダフネの声がした。

 

エリアスは目を開けた。

 

「自分の間違いと、間違いではなかった部分」

「……何それ」

「全部を間違いにすると、次も踏み外す」

 

ダフネは返事をしなかった。

 

指先を握る力が、少しだけ強くなる。

 

エリアスは息を吸った。

背中が痛む。

少し浅く吐く。

 

「次は、君の番だ」

「何の話」

「昨日、なぜ倒れた」

 

ダフネの指が止まった。

 

体温はある。

だが、動きだけが止まった。

 

「それは」

「答えられないなら、答えられないと言えばいい」

「……言えない」

 

声は小さかった。

 

「理由も」

「言えない」

 

エリアスは彼女を見る。

 

目元には疲れが残っている。

髪は少し乱れている。

それでも、背筋を伸ばそうとしている。

普段の形に戻ろうとしているように見えた。

 

「左腕一本分の情報としては、割に合わないな」

「分かってるわ」

「謝罪も足りない」

「それも、分かってる」

 

ダフネは俯いた。

握っていた指先に、ほんの少しだけ力が入った。

 

「ごめんなさい」

 

謝罪は短かった。

声は震えていない。

だが、言い終えたあとも顔は上がらなかった。

 

「謝罪では情報が増えない」

「知っているわ」

「なら、情報を出せ」

「出せない」

 

早い。

 

嘘ではない。

少なくとも、ただ隠しているだけの速度ではない。

言いたくない、よりも、言えない、の方が近い。

 

「君一人で決められる話ではないのか」

 

ダフネの睫毛が動いた。

 

一拍。

 

長い一拍だった。

 

「……それも、言えない」

「そうか」

 

それ以上は聞かなかった。

 

今の状態で追い詰めても、情報は増えない。

ダフネが崩れるだけなら、損だ。

 

ただし、何もなかったことにはできない。

 

「次に同じことが起きたら、人を呼ぶ」

「それは」

「拒否は聞かない」

「エリアス」

「左腕は一本しかない」

 

ダフネの口が止まった。

 

視線が、また左腕へ落ちる。

 

包帯。

固定具。

動かない腕。

 

彼女は、そのまま数秒動かなかった。

 

「……分かったわ」

 

声は、ほとんど息に近かった。

 

「ただし」

「まだ何かあるの?」

「ある」

 

エリアスは、右手の指を少し動かした。

喉が乾いている。

水も欲しい。

だが、先に言う。

 

「君が倒れる前に、自分で言え」

「できるかは分からない」

「できるようにしろ」

「命令?」

「条件だ」

 

ダフネは小さく息を吐いた。

 

笑ったのではない。

泣いたのでもない。

ただ、呼吸が抜けただけだった。

 

「あなた、本当に怪我人なの」

「怪我人だ」

「怪我人は、もう少し弱っているものよ」

「弱っている。起きる努力はした。失敗した」

 

ダフネの口元が、ほんの少しだけ動いた。

すぐに消える。

 

「水を取るわ」

「ああ、助かる」

 

ダフネは立ち上がろうとした。

 

その動作が速い。

椅子が小さく鳴る。

彼女はすぐに水差しへ手を伸ばした。

 

グラスへ水が注がれる。

水面が揺れ、ガラスの縁に小さく当たる音がした。

 

ダフネはグラスを持って戻ってくる。

だが、エリアスの体を起こそうとして、手が止まった。

 

どう飲ませるか。

どこを支えていいか。

そこを迷っているのが、手の位置で分かった。

 

「起きるのは無理だな」

「……分かっているわ」

 

ダフネの手が、グラスを持ったまま少し下がる。

 

「ストローか何かを探してくれ」

「医務室にあるかしら」

「なければポンフリー先生を呼べ」

「今?」

「今」

 

ダフネは一瞬ためらい、カーテンの向こうへ視線を向けた。

 

「呼ぶわ」

「頼む」

 

彼女はグラスを置き、立ち上がった。

 

その時、カーテンの向こうで足音がした。

 

「呼ぶ必要はありません」

 

厳しい声だった。

 

マダム・ポンフリーがカーテンを開けて入ってきた。

 

白いエプロン。

きちんとまとめられた髪。

手には小さな盆。

盆の上には薬瓶と、細い管のついた器具が載っている。

 

彼女の目が、まずエリアスの顔を見た。

次に左腕。

包帯。

固定具。

ベッド脇のダフネ。

 

「目を覚ましましたね。動こうとしましたか」

「失敗しました」

「そのようですね」

 

声は低くない。

だが、次に同じことをすれば叱られると分かる硬さがあった。

 

「動いてはいけません。左腕はもちろん、背中にもかなりの衝撃を受けています。体力も戻っていません。今夜は寝台の上で大人しくしていること」

 

ポンフリーは枕元の薬瓶を確認し、手早く何かを混ぜた。

甘くない匂いがした。

苦い。

粘るような薬草の匂い。

 

「水の前にこれです」

「何ですか」

「薬です」

「それは見れば分かります」

「なら飲みなさい」

 

反論する前に、細い管の先が口元へ運ばれた。

 

エリアスは少しだけ目を細めた。

 

飲む。

 

舌に触れた瞬間、後悔した。

 

苦い。

ただ苦いだけではない。

粘りがあり、舌の上に張り付き、喉を通ってからも残る。

薬草を焦がして、泥に混ぜたような味だった。

 

「まずい」

「効きます」

 

ポンフリーは平然と言った。

 

「左腕はしばらく固定します。詳しい話は明日、もう少し意識がはっきりしてからです。今夜は眠ること。分かりましたね」

「どの程度」

「今夜は眠ること」

 

質問は切られた。

 

ポンフリーの視線がダフネへ移る。

 

「ミス・グリーングラス。あなたも長くはいられません」

「はい」

「昨夜のように倒れかけるのは困ります」

「……はい」

 

ダフネの声は小さかった。

 

昨夜。

 

エリアスはその言葉だけ拾った。

 

やはり、彼女はここにいた。

少なくとも、倒れかけるほどには。

 

「話しすぎてもいけません」

「質問が残っています」

「明日です」

「重要です」

「命に関わる質問なら今聞きます。そうでないなら明日です」

 

命に関わるか。

 

ダフネの不調。

左腕。

杖。

 

どれも、次があれば関わる。

 

だが、今ここで答えが返るものは少ない。

 

「明日にします」

「賢明です」

 

ポンフリーは短く頷いた。

 

そのまま薬瓶を片付け、固定具を確認する。

左腕へ触れられているはずなのに、感覚は遠い。

ただ、肩の奥が鈍く反応し、額に汗が浮く。

 

「痛むでしょう」

「はい」

「痛み止めも効かせています。それでも痛むなら、相当です」

「便利ではありますね」

「何がです」

「医療魔法です」

 

ポンフリーは眉を上げた。

 

「便利でなければ、あなたはもっと大変な状態でした」

「それは分かります」

 

分かる。

分かるから怖い。

 

頬の裂傷はない。

頭の傷も閉じている。

血の匂いも残っていない。

それなのに、体力は戻っていない。

左腕は動かない。

背中は痛む。

 

どこまで治し、どこから残っているのか。

 

それはまだ、分からない。

分からないまま、自分の体だけが結果を受け取っている。

 

ポンフリーは何か言いたげに見えたが、結局、薬瓶を盆へ戻しただけだった。

 

「もう少ししたら眠くなります。逆らわないこと」

「努力します」

「努力ではなく従いなさい」

 

白いカーテンが小さく揺れた。

 

ポンフリーが出ていく。

 

医務室に、薬草と清潔な布の匂いが戻った。

 

ダフネは椅子に座り直した。

 

今度は、エリアスの指を握らなかった。

代わりに、布団の端を少しだけ整える。

枕の位置を見て、手を伸ばしかける。

けれど、触れる前に止める。

 

「そこまでは頼んでいない」

「何もしていないわ」

「しようとしていた」

「枕がずれていたの」

「首は動かしていない」

「見れば分かるわ」

 

少しだけ、声が戻っている。

 

だが、視線はすぐ左腕へ落ちる。

戻る。

また落ちる。

 

「明日、説明を聞く」

エリアスは言った。

 

「左腕のことを」

「……私のことは」

「今は後だ」

「え」

 

ダフネの声が、小さく止まった。

 

「言えないことを、今聞いても増えない」

「……」

「腕の状態と治療の手順を先に確認する」

 

ダフネは目を伏せた。

 

「それでいいの」

「よくはない。ただの順番だ」

 

沈黙が落ちる。

 

遠くで、別の薬瓶が鳴った。

医務室のどこかで、布が擦れる音がした。

夜の窓は暗い。

 

エリアスは、右手の指を少し曲げた。

月桂樹の杖はまだ台の上にある。

届かない。

 

届かないものは多い。

 

左腕。

言えない事情。

杖の本当の使い方。

この学校の危険の底。

 

「グリーングラス」

「何」

「明日は授業に出ろ」

「……今それを言うの」

「出ないと目立つ」

「あなたの見舞いに来る方が目立つわ」

「それもそうだ」

 

ダフネは、ほんの少しだけ眉を寄せた。

すぐに表情は戻った。

 

「来るわ」

「授業後でいい」

「決めるのは私よ」

「倒れるな」

「それも、あなたが決めることではないわ」

 

その返答は静かだった。

 

エリアスは彼女を見た。

 

言えない理由がある。

自分だけの問題ではない。

少なくとも、その可能性は高い。

 

なら、焦っても言葉は出ない。

 

代わりに、行動が出る。

 

水差しへ向かう速さ。

枕へ伸びる手。

左腕へ落ちる視線。

謝罪で埋められないものを、別の何かで埋めようとする動き。

 

今後、面倒なことになる。

 

そう判断した。

 

眠気が、薬の底から上がってきた。

 

まぶたが重くなる。

痛みは消えない。

ただ、輪郭が少し丸くなる。

 

ダフネの声が少し遠くなった。

 

「眠って」

「命令するな」

「今は従って」

「状況による」

「お願い」

 

その言葉だけ、近かった。

 

エリアスは目を閉じた。

 

左腕は熱い。

背中は痛む。

喉には苦い薬が残っている。

 

それでも、指先にはまだ感覚がある。

 

生きている。

 

次は、それだけで済ませない。

 

そう考えたところで、医務室の白い匂いが遠ざかった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

アベンジャーズ計画に神代ブリテンの騎士が追加されました(作者:アルトリウス(深淵歩きはしない方))(原作:MARVEL)

アベンジャーズ結成前。▼現代ブリテンで起きた異常事件を調査していたSHIELDは、地中から目覚めた一人の男を発見する。▼彼の名はアルトリウス・ペンドラゴン。▼アーサー王の弟にして影武者、敗北知らずの剣を持つ神代ブリテンの騎士だった。▼これは、そんな王の影がアベンジャーズ計画に加わっていく話。


総合評価:2970/評価:8.37/連載:21話/更新日時:2026年05月28日(木) 20:00 小説情報

銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編(作者:トリスメギストス3世)(原作:ハリー・ポッター)

激重過去持ち半吸血鬼美少女▼カティア・アシュリーが、元気にホグワーツ生活を送るだけの話▼主人公はハリーと同学年です


総合評価:3062/評価:8.81/連載:24話/更新日時:2026年06月05日(金) 13:44 小説情報

TS転生ポッター妹(作者:TS)(原作:ハリー・ポッター)

気が付いたらTS転生した上にハリーポッターの妹だった。▼なってしまったものは仕方ないので、せっかくだし魔法界を楽しもうと思う。▼ドラゴンとか飼いたいよね。▼※クロスオーバーは念のためです


総合評価:2743/評価:8.27/連載:7話/更新日時:2026年05月02日(土) 14:19 小説情報

本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。(作者:bookworm)(原作:ハリー・ポッター)

本が好きなのに、司書になる目前で死んでしまった本須麗乃。何故かハリーポッターの世界に転生するも、身体は虚弱で10年も生きられないと言われてしまう。▼『本好きの下剋上』の主人公がマルフォイ家の娘として転生して本狂いとして周囲を振り回していくお話。▼※闇の帝王は読書仲間です。▼アズカバンの囚人編(ブラック家の当主編)完結済▼炎のゴブレット編スタート


総合評価:7946/評価:8.87/連載:78話/更新日時:2026年06月06日(土) 12:04 小説情報

残酷な世界で過ごす最小の一日(作者:安泰明日)(原作:進撃の巨人)

『人は善いことを行う』▼デイビット・ゼム・ヴォイドはこの定義に従い、壁が囲む残酷な世界でも『善いこと』をする。▼これは虚無の男が巨人の世界で、自らの『冠位指定』を完遂し、人であろうとする物語。▼『なんの問題もない。オレはオレの責務を果たすだけだ。』▼―――――――――――――――――――――――――――――▼『Fate/Grand Order』に登場するキャ…


総合評価:8453/評価:8.86/完結:16話/更新日時:2026年02月15日(日) 00:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>