ようこそ根源があふれた魔法の学校へ   作:shinkyu10

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生き残った男の子

 

 

 

 

グリンゴッツを出ると、ダイアゴン横丁の喧騒が戻ってきた。

 

袋の中では、名前を覚えたばかりの硬貨が小さく鳴っている。

 

ガリオン

シックル

クヌート

 

まだ手に馴染まないその重みで物が買えることが、この街では現実だった。

 

フリットウィックは通りを少し戻り、並んだ店の一つの前で足を止めた。

 

「次はローブを仕立てに行きましょうか」

「ローブですか?」

 

持参品リストには、普段着用の黒い普通のローブを三着、とあった。

普通、という言葉が妙に引っかかるが、この通りにいる人々を見る限り、その普通はエリアスの知っている普通ではない。

 

看板には、マダム・マルキンの洋装店と書かれていた。

 

窓には黒いもの、深い紫のもの、銀の刺繍が入ったもの、丈の長いものなど、さまざまなローブが飾られている。

布そのものに術がかかっているようには見えないが、少なくとも、それは外から見ただけの話だった。

 

フリットウィックが扉を開けると、新しい布と古い木と、少しだけ香水の混じった匂いが流れてきた。

 

奥からは、針が布を通る細かな音が聞こえている。

 

「いらっしゃいませ」

 

ふくよかな魔女が、明るい声で出てきた。

 

「ホグワーツ用ですか?」

「ええ。こちらのレン君をお願いします」

「もちろんですとも」

 

マダム・マルキンらしき魔女は、にこにことエリアスを見る。

 

「初めてのホグワーツね。大丈夫、すぐに終わりますよ」

 

すぐに終わる、という言葉を、エリアスはあまり信用していなかった。

 

台の上に立つよう言われて従うと、メジャーが勝手に動き出し、するすると宙を泳いで腕や肩にまとわりついてくる。

そこまでは、まだいいが、次の瞬間、メジャーは何を思ったのか顎の下へ潜り込み、そのまま鼻の穴の幅まで測ろうとした。

 

反射的に指で弾くと、ぴしり、と布が跳ねた。

メジャーは傷ついた蛇のように空中で一度身をよじり、何事もなかったように首回りを測り直す。

マダム・マルキンは、にこにこしている。

 

「大丈夫ですよ。少し熱心なだけですから」

 

少し、という言葉を、エリアスは信用しないことにした。

 

針も動き始め、危なげなく、しかし人の手よりも速く布を留めていく。

 

また、何らかの術が生活の手順に混ざっている。

採寸、裁断、仮縫いにまで使われるそれは、神秘というより仕事道具だった。

 

マダム・マルキンはそれを気にも留めないし、フリットウィックも当然のこととして見ている。

見るもの触れるものにいちいち驚かされるのは、少し腹立たしかった。

 

隣の台には、すでに別の少年が立っていた。

 

黒い髪に丸い眼鏡、痩せた体をしたその少年は、先ほど漏れ鍋で一瞬だけ見えた少年かもしれない。

額は前髪で隠れていて、店内の光では傷までは見えず、少し居心地が悪そうに肩をほんのわずかに上げ、両手でローブの端を触っては離している。

 

その隣にいたのは、淡い金髪で青白い顔をした、きれいなローブ姿の少年だった。

人を値踏みする目をしている。

 

彼はこの場所に慣れているように見えたが、ただ慣れているだけではない。

自分が慣れている側の人間だと、周囲に分からせたいように見えた。

 

「君もホグワーツかい?」

 

金髪の少年が、黒髪の少年に話しかけていた。

声には、退屈と興味が混ざっている。

 

「うん」

 

黒髪の少年が答えた。

 

「僕もだ。父上は、僕がスリザリンに入るだろうって言ってる」

 

スリザリン。

話の内容からすると、寮の名前だろうか。

手紙や冊子には、そこまで詳しくは書かれていなかった。

 

金髪の少年は、父の話、学校の話、クィディッチ?という競技の話、どの寮が良く、どの寮が悪いかという話を続けた。

 

黒髪の少年は、ほとんど分かっていない顔をしていた。

それでも適当に相づちを打っているが、返事の前には一拍だけ間が空き、知らない単語を飲み込むたびに目が少し泳いだ。

 

二人は、まるで違っていた。

片方は、知らないことを知らないまま来た少年で、もう片方は、知っていることを武器にしている少年だった。

温度も、立っている場所も違う。

 

そして、金髪の少年はその違いを楽しんでいる。

 

マダム・マルキンが、エリアスの袖を引いた。

 

「腕を少し上げてくださいな」

 

腕を上げると、その動きに気づいたのか、金髪の少年がこちらを見た。

 

「君も新入生?」

「そうだ」

「名前は?」

「エリアス・レンだ」

 

金髪の少年の目が、ほんの少しだけ動いた。

 

「レン?」

「ああ」

「古い名前だね」

「らしいな」

 

金髪の少年は笑った。

馬鹿にしている笑いではなく、探る笑いだった。

 

「僕はドラコ・マルフォイ」

 

彼は胸を張った。

 

マルフォイ。

その姓も、頭に残った。

名乗り方に慣れていて、家名が武器になる社会で育った者の名乗り方だった。

 

「エリアス・レンだ」

「それは聞いたよ」

 

ドラコは少し鼻を鳴らした。

相手がへりくだると思ったのかもしれないし、同じ側の人間として反応すると思ったのかもしれない。

 

だが、エリアスはどちらもせず、ただ、名乗られたから返した。

それだけだった。

 

黒髪の少年の丸い眼鏡の奥で、少しだけ目の力が抜けたように見えた。

金髪の少年の話し相手が増えたことで、息をつく場所を見つけたのかもしれない。

 

「僕はハリー」

 

黒髪の少年が言った。

少し遅れて、慌てたように付け足す。

「ハリー・ポッター」

 

ポッター。

先ほど漏れ鍋で聞いた名前だ。

 

額の傷。

ハグリッド。

説明できない保護のような痕跡。

 

少年は近くで見ると、ますます普通の子どもに見えた。

痩せていて、服は体に合っておらず、自分がどう見られているかも、よく分かっていない顔をしている。

少なくとも、エリアスには英雄という言葉からはほど遠く見えた。

 

「エリアス・レンだ」

 

ハリーは、少し笑った。

 

「よろしく」

「ああ。よろしく」

 

その笑い方はドラコとは違い、探るような笑いではない。

知らない場所で、少しまともそうな同年代を見つけた子どもの笑みだった。

 

悪くない。

 

ドラコは、ハリーの名を聞いた瞬間、明らかに反応した。

 

「ポッター?」

 

声の温度が変わる。

店内の空気も、少し変わった。

 

マダム・マルキンの手が一瞬止まり、奥の針の音も、気のせいか小さくなった。

 

ハリーは困ったようにした。

その変化は、見逃せるほど小さくなかった。

ポッターという姓は、この社会で重い。

少なくとも、漏れ鍋の反応と一致する。

 

ドラコの表情は、興味と計算に変わっていた。

 

「本当に、あのポッター?」

 

ハリーは、さらに困った顔をした。

 

「たぶん」

 

その答えは、悪くなかった。

知らないものは知らないし、自分がどう扱われているかも分からない。

その状態で、無理に知っているふりをしないところは悪くない。

 

ドラコは、今度は饒舌になった。

 

魔法界の家名、付き合うべき家、付き合わない方がいい者、一族、血。

言葉の端に、何度も線が引かれている。

 

こちら側とあちら側、上と下、古いものと新しいもの、正しいものと混ざったもの。

その言葉を聞きながら、エリアスは静かに息を整えた。

 

純血至上主義とでも言うべきか。

まだその言葉を聞いたわけではないが、構造は見えた。

 

これは神秘を守るための血統意識なんかではない。

少なくとも、この少年の口から出ているものは違う。

それは継承ではなく特権であり、責任ではなく優越だった。

古い血を、古いというだけで飾り立てる態度。

好きになれそうにはない。

 

前世で、彼は血統に届かないことに絶望した。

だが、血統がある者すべてを尊敬していたわけではない。

 

届くために積み重ねた家は恐ろしい。

だが、積み重ねたものの意味も知らず、ただ上に立つための言葉として血を使う者は、薄っぺらだ。

 

ドラコ・マルフォイはまだ十一歳だから、その薄さは彼個人の罪ではないのかもしれない。

それでも、この世界にも血で人を測る者がいることは分かった。

 

沈黙をどう受け取ったのか、ドラコはまたこちらを見た。

 

「レンは、どこに入りたい?」

「あいにく、まだ寮の違いを知らない」

「知らない?」

 

ドラコの眉が上がり、口元が半端に止まった。

 

「父上は教えてくれなかったのか?」

「父はいない」

 

店内の空気が、ほんの少し固まった。

 

ドラコも言葉を詰まらせ、開きかけた口が閉じ、視線が一瞬だけ横へ逃げた。

 

ハリーの目も、少し変わった。

同情ではなく、驚いて、少しだけほっとして、それから困ったような目だった。

 

「そうなんだ」

 

ハリーは小さく言った。

 

「僕も、両親はいないんだ」

「そうか」

 

それ以上は言わなかったし、聞くべきことでもなかった。

少なくとも、今ここで、採寸台の上でする話ではない。

 

ハリーは少しだけうなずき、唇が何かを言いかけて、結局やめた。

 

その短いやり取りで、ハリーへの印象は少し変わった。

ただの有名な少年ではなく、知らない名声を背負わされている、両親のいない少年。

それが、今のところの評価だった。

 

マダム・マルキンが、ぱん、と手を叩いた。

 

「はい、こちらはだいたい終わりましたよ」

 

採寸の術が止まり、エリアスの肩から仮縫いの布が外された。

 

フリットウィックが会計を済ませる間、ドラコはなおも何かを話したそうだったが、さっきの一拍の失敗がまだ残っているのか、唇だけを少し尖らせて黙っていた。

 

ハリーはむしろ早く終わってほしそうで、肩の力が抜け、足先が出口の方へ向いている。

 

二人の姿が、改めて違って見えた。

 

ドラコ・マルフォイ。

家名を剣のように持つ少年。

 

ハリー・ポッター。

自分の名の重さをまだ知らない少年。

 

そして、自分。

レン家の古い名を持ちながら、母がマグル生まれであることも、祖母に育てられたことも、隠すつもりのない者。

 

三人は、同じ店の同じ空気を吸っていたが、立っている場所はまるで違っていた。

 

店を出る時、ハリーが小さく手を上げた。

 

「また学校で」

「ああ」

 

ドラコは、エリアスをもう一度見た。

値踏みするような目だったが、判断はまだ保留している。

視線はレンという姓に引っかかり、エリアス本人の態度で止まっているように見えた。

 

その視線は、受け流した。

 

店の外へ出ると、ダイアゴン横丁の光が少し眩しかった。

 

フリットウィックが隣で言う。

 

「お疲れ様です。次は、いよいよ杖ですな」

 

杖。

 

足が、止まりそうになった。

 

手紙の持参品リストにあった、一本の道具。

この社会で、術を扱うための中心にあるらしいもの。

 

ローブ店で見た血統の空気よりも、ハリー・ポッターという少年へのざわめきよりも、今のエリアスには、その言葉の方が重かった。

 

「はい」

 

そう答えて、フリットウィックの後を追った。

 

 

 

 

 

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