グリンゴッツを出ると、ダイアゴン横丁の喧騒が戻ってきた。
袋の中では、名前を覚えたばかりの硬貨が小さく鳴っている。
ガリオン
シックル
クヌート
まだ手に馴染まないその重みで物が買えることが、この街では現実だった。
フリットウィックは通りを少し戻り、並んだ店の一つの前で足を止めた。
「次はローブを仕立てに行きましょうか」
「ローブですか?」
持参品リストには、普段着用の黒い普通のローブを三着、とあった。
普通、という言葉が妙に引っかかるが、この通りにいる人々を見る限り、その普通はエリアスの知っている普通ではない。
看板には、マダム・マルキンの洋装店と書かれていた。
窓には黒いもの、深い紫のもの、銀の刺繍が入ったもの、丈の長いものなど、さまざまなローブが飾られている。
布そのものに術がかかっているようには見えないが、少なくとも、それは外から見ただけの話だった。
フリットウィックが扉を開けると、新しい布と古い木と、少しだけ香水の混じった匂いが流れてきた。
奥からは、針が布を通る細かな音が聞こえている。
「いらっしゃいませ」
ふくよかな魔女が、明るい声で出てきた。
「ホグワーツ用ですか?」
「ええ。こちらのレン君をお願いします」
「もちろんですとも」
マダム・マルキンらしき魔女は、にこにことエリアスを見る。
「初めてのホグワーツね。大丈夫、すぐに終わりますよ」
すぐに終わる、という言葉を、エリアスはあまり信用していなかった。
台の上に立つよう言われて従うと、メジャーが勝手に動き出し、するすると宙を泳いで腕や肩にまとわりついてくる。
そこまでは、まだいいが、次の瞬間、メジャーは何を思ったのか顎の下へ潜り込み、そのまま鼻の穴の幅まで測ろうとした。
反射的に指で弾くと、ぴしり、と布が跳ねた。
メジャーは傷ついた蛇のように空中で一度身をよじり、何事もなかったように首回りを測り直す。
マダム・マルキンは、にこにこしている。
「大丈夫ですよ。少し熱心なだけですから」
少し、という言葉を、エリアスは信用しないことにした。
針も動き始め、危なげなく、しかし人の手よりも速く布を留めていく。
また、何らかの術が生活の手順に混ざっている。
採寸、裁断、仮縫いにまで使われるそれは、神秘というより仕事道具だった。
マダム・マルキンはそれを気にも留めないし、フリットウィックも当然のこととして見ている。
見るもの触れるものにいちいち驚かされるのは、少し腹立たしかった。
隣の台には、すでに別の少年が立っていた。
黒い髪に丸い眼鏡、痩せた体をしたその少年は、先ほど漏れ鍋で一瞬だけ見えた少年かもしれない。
額は前髪で隠れていて、店内の光では傷までは見えず、少し居心地が悪そうに肩をほんのわずかに上げ、両手でローブの端を触っては離している。
その隣にいたのは、淡い金髪で青白い顔をした、きれいなローブ姿の少年だった。
人を値踏みする目をしている。
彼はこの場所に慣れているように見えたが、ただ慣れているだけではない。
自分が慣れている側の人間だと、周囲に分からせたいように見えた。
「君もホグワーツかい?」
金髪の少年が、黒髪の少年に話しかけていた。
声には、退屈と興味が混ざっている。
「うん」
黒髪の少年が答えた。
「僕もだ。父上は、僕がスリザリンに入るだろうって言ってる」
スリザリン。
話の内容からすると、寮の名前だろうか。
手紙や冊子には、そこまで詳しくは書かれていなかった。
金髪の少年は、父の話、学校の話、クィディッチ?という競技の話、どの寮が良く、どの寮が悪いかという話を続けた。
黒髪の少年は、ほとんど分かっていない顔をしていた。
それでも適当に相づちを打っているが、返事の前には一拍だけ間が空き、知らない単語を飲み込むたびに目が少し泳いだ。
二人は、まるで違っていた。
片方は、知らないことを知らないまま来た少年で、もう片方は、知っていることを武器にしている少年だった。
温度も、立っている場所も違う。
そして、金髪の少年はその違いを楽しんでいる。
マダム・マルキンが、エリアスの袖を引いた。
「腕を少し上げてくださいな」
腕を上げると、その動きに気づいたのか、金髪の少年がこちらを見た。
「君も新入生?」
「そうだ」
「名前は?」
「エリアス・レンだ」
金髪の少年の目が、ほんの少しだけ動いた。
「レン?」
「ああ」
「古い名前だね」
「らしいな」
金髪の少年は笑った。
馬鹿にしている笑いではなく、探る笑いだった。
「僕はドラコ・マルフォイ」
彼は胸を張った。
マルフォイ。
その姓も、頭に残った。
名乗り方に慣れていて、家名が武器になる社会で育った者の名乗り方だった。
「エリアス・レンだ」
「それは聞いたよ」
ドラコは少し鼻を鳴らした。
相手がへりくだると思ったのかもしれないし、同じ側の人間として反応すると思ったのかもしれない。
だが、エリアスはどちらもせず、ただ、名乗られたから返した。
それだけだった。
黒髪の少年の丸い眼鏡の奥で、少しだけ目の力が抜けたように見えた。
金髪の少年の話し相手が増えたことで、息をつく場所を見つけたのかもしれない。
「僕はハリー」
黒髪の少年が言った。
少し遅れて、慌てたように付け足す。
「ハリー・ポッター」
ポッター。
先ほど漏れ鍋で聞いた名前だ。
額の傷。
ハグリッド。
説明できない保護のような痕跡。
少年は近くで見ると、ますます普通の子どもに見えた。
痩せていて、服は体に合っておらず、自分がどう見られているかも、よく分かっていない顔をしている。
少なくとも、エリアスには英雄という言葉からはほど遠く見えた。
「エリアス・レンだ」
ハリーは、少し笑った。
「よろしく」
「ああ。よろしく」
その笑い方はドラコとは違い、探るような笑いではない。
知らない場所で、少しまともそうな同年代を見つけた子どもの笑みだった。
悪くない。
ドラコは、ハリーの名を聞いた瞬間、明らかに反応した。
「ポッター?」
声の温度が変わる。
店内の空気も、少し変わった。
マダム・マルキンの手が一瞬止まり、奥の針の音も、気のせいか小さくなった。
ハリーは困ったようにした。
その変化は、見逃せるほど小さくなかった。
ポッターという姓は、この社会で重い。
少なくとも、漏れ鍋の反応と一致する。
ドラコの表情は、興味と計算に変わっていた。
「本当に、あのポッター?」
ハリーは、さらに困った顔をした。
「たぶん」
その答えは、悪くなかった。
知らないものは知らないし、自分がどう扱われているかも分からない。
その状態で、無理に知っているふりをしないところは悪くない。
ドラコは、今度は饒舌になった。
魔法界の家名、付き合うべき家、付き合わない方がいい者、一族、血。
言葉の端に、何度も線が引かれている。
こちら側とあちら側、上と下、古いものと新しいもの、正しいものと混ざったもの。
その言葉を聞きながら、エリアスは静かに息を整えた。
純血至上主義とでも言うべきか。
まだその言葉を聞いたわけではないが、構造は見えた。
これは神秘を守るための血統意識なんかではない。
少なくとも、この少年の口から出ているものは違う。
それは継承ではなく特権であり、責任ではなく優越だった。
古い血を、古いというだけで飾り立てる態度。
好きになれそうにはない。
前世で、彼は血統に届かないことに絶望した。
だが、血統がある者すべてを尊敬していたわけではない。
届くために積み重ねた家は恐ろしい。
だが、積み重ねたものの意味も知らず、ただ上に立つための言葉として血を使う者は、薄っぺらだ。
ドラコ・マルフォイはまだ十一歳だから、その薄さは彼個人の罪ではないのかもしれない。
それでも、この世界にも血で人を測る者がいることは分かった。
沈黙をどう受け取ったのか、ドラコはまたこちらを見た。
「レンは、どこに入りたい?」
「あいにく、まだ寮の違いを知らない」
「知らない?」
ドラコの眉が上がり、口元が半端に止まった。
「父上は教えてくれなかったのか?」
「父はいない」
店内の空気が、ほんの少し固まった。
ドラコも言葉を詰まらせ、開きかけた口が閉じ、視線が一瞬だけ横へ逃げた。
ハリーの目も、少し変わった。
同情ではなく、驚いて、少しだけほっとして、それから困ったような目だった。
「そうなんだ」
ハリーは小さく言った。
「僕も、両親はいないんだ」
「そうか」
それ以上は言わなかったし、聞くべきことでもなかった。
少なくとも、今ここで、採寸台の上でする話ではない。
ハリーは少しだけうなずき、唇が何かを言いかけて、結局やめた。
その短いやり取りで、ハリーへの印象は少し変わった。
ただの有名な少年ではなく、知らない名声を背負わされている、両親のいない少年。
それが、今のところの評価だった。
マダム・マルキンが、ぱん、と手を叩いた。
「はい、こちらはだいたい終わりましたよ」
採寸の術が止まり、エリアスの肩から仮縫いの布が外された。
フリットウィックが会計を済ませる間、ドラコはなおも何かを話したそうだったが、さっきの一拍の失敗がまだ残っているのか、唇だけを少し尖らせて黙っていた。
ハリーはむしろ早く終わってほしそうで、肩の力が抜け、足先が出口の方へ向いている。
二人の姿が、改めて違って見えた。
ドラコ・マルフォイ。
家名を剣のように持つ少年。
ハリー・ポッター。
自分の名の重さをまだ知らない少年。
そして、自分。
レン家の古い名を持ちながら、母がマグル生まれであることも、祖母に育てられたことも、隠すつもりのない者。
三人は、同じ店の同じ空気を吸っていたが、立っている場所はまるで違っていた。
店を出る時、ハリーが小さく手を上げた。
「また学校で」
「ああ」
ドラコは、エリアスをもう一度見た。
値踏みするような目だったが、判断はまだ保留している。
視線はレンという姓に引っかかり、エリアス本人の態度で止まっているように見えた。
その視線は、受け流した。
店の外へ出ると、ダイアゴン横丁の光が少し眩しかった。
フリットウィックが隣で言う。
「お疲れ様です。次は、いよいよ杖ですな」
杖。
足が、止まりそうになった。
手紙の持参品リストにあった、一本の道具。
この社会で、術を扱うための中心にあるらしいもの。
ローブ店で見た血統の空気よりも、ハリー・ポッターという少年へのざわめきよりも、今のエリアスには、その言葉の方が重かった。
「はい」
そう答えて、フリットウィックの後を追った。