転生者がTS魔法少女になって頑張る話。   作:メルヘン侍

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よろしくお願いいたします。


雨の中で、君は泣いた
第一話


 転生した世界がおかしい。

 

 街頭ビジョンでは今日も「討伐成功!」のテロップ。

 商店街では限定コラボのクレープが売られ、子どもたちは変身ポーズを真似して笑っている。

 

 誰も、あの子たちが何歳なのか気にしない。

 

 アーク――空に裂け目のように現れる異界存在。

 人間の兵器はほとんど通じず、唯一対抗できるのが“適性”を持つ少女たちだけだと発表されたのは、もう八年前。

 

 最初の頃は悲鳴があった。

「子どもを戦わせるのか」

「大人は何をしている」

 ニュース番組では識者が深刻そうな顔を並べていた。

 

 でも、人間は慣れる。

 

 勝利映像は編集され、音楽がつき、スポンサーがついた。

 魔法少女にはファンネームが生まれ、人気投票が始まった。

「推し」が傷つけばSNSのトレンド入り。

 戦死した少女の追悼番組の翌週には、その後継メンバーのデビュー特集。

 

 まるでアイドル番組だ。

 

 駅前広場で流れる中継を、あなたは足を止めずに通り過ぎる。

 周囲から歓声が上がる。

 

「ルミナ勝った!」

「やっぱ第三世代は強ぇー!」

 

 大型スクリーンの中では、血を流した少女が笑顔でピースしていた。

 頬に付着した黒い液体が、アークの体液なのか本人の血なのか、もう誰も気にしない。

 

 あなたは舌打ちする。

 

 ――狂ってる。

 

 隣では小学生くらいの子が目を輝かせていた。

 

「私も適性あったらなりたい!」

 

 母親は笑ってスマホを向ける。

 

「なれたらすごいわねぇ」

 

 反吐が出る。

 

 ヒーロー?

 違う。

 これは徴兵だ。

 

 しかも拍手付きの。

 

 魔法少女管理庁は言う。

「本人の意思を尊重しています」

「世界を守る尊い使命です」

 

 それを本気で言っているならお前らの娘を行かせろよ、とあなたは思う。

 

 だが口にしても無駄だ。

 現実にアークは現れ続け、人は死ぬ。

 魔法少女がいなければ都市が消えるのも事実だった。

 

 だから誰も止められない。

 

 正義は、結果を出してしまった。

 

 ある日、あなたは深夜のコンビニで一人の少女を見かける。

 フードを深く被っていたが、すぐに分かった。テレビで毎日見る顔だったからだ。

 

 現役の魔法少女。

 まだ高校生くらい。

 

 彼女はカゴにゼリー飲料と鎮痛剤を大量に入れていた。

 レジへ向かう途中、ふらついて棚に手をつく。

 

 あなたは反射的に支える。

 

「……大丈夫か」

 

 少女は驚いた顔をした。

 それから、営業用ではない疲れ切った笑みを浮かべる。

 

「平気です。慣れてるので」

 

 その言葉に、あなたは妙に腹が立った。

 

 慣れるなよ、と思った。

 

 痛みに。

 死ぬことに。

 戦うことに。

 

 子どもがそんなものに慣れていいわけがない。

 

 けれど少女は、あなたの顔を見て少し不思議そうに首を傾げた。

 

「応援、してくれない人ですか?」

 

 街では歓声が響いている。

 今日もどこかで、誰かが“ショー”を見上げている。

 

 あなただけが、その拍手の音を恐ろしく感じていた。

 

 あなたは一瞬、言葉に詰まった。

 

 応援。

 

 その単語が、ひどく軽く聞こえた。

 

「……応援っていうのはさ」

 

 気づけば口が動いていた。

 

「ケガして帰ってきた少女に“おつかれさま”って言うことじゃないだろ」

 

 少女は少しだけ目を細めた。敵意ではない。もっと曖昧な、何度も見た反応だ。

 

「じゃあ、どういうのが正解なんですか」

 

 レジ袋を持つ手が小さく揺れる。鎮痛剤の箱が、乾いた音を立てた。

 

 あなたは答えられなかった。

 

 正解なんて、最初からこの世界には用意されていない。

 

 少女は小さく息を吐く。

 

「……大丈夫です。気にしないでください。慣れてるので」

 

 またその言葉だ。

 

 あなたは思わず一歩踏み出していた。

 

「慣れるなって言ってるんだよ」

 

 声が少し大きくなる。コンビニの蛍光灯が、やけに白く見えた。

 

 少女は驚いた顔をしたあと、困ったように笑った。

 

「じゃあ、どうすればいいんですか」

 

 その問いは、責めているわけでもない。ただ本当に、分からないという顔だった。

 

 あなたは気づく。

 

 この子は“選んでいる”わけじゃない。

 

 選ばされたまま、選んだことにされている。

 

 外では今日も勝利のニュースが流れている。笑顔の編集映像が流れ続ける。拍手が鳴り続ける。

 

 誰かが言う。「希望だ」と。

 

 誰かが言う。「誇りだ」と。

 

 少女は、ふと視線を落とした。

 

「今日の戦闘、ちょっと長引いたんです」

 

 そこで一度言葉が切れる。

 

「……先輩、いなくなっちゃったから」

 

 淡々とした声だった。

 

 感情を削ったみたいな声。

 

 その瞬間、あなたの中で何かが冷たく落ちた。

 

「でも、明日からはまた戻ります。代わりの人が入るので」

 

 少女は当然のように言った。

 

「そういう仕組みなので」

 

 コンビニのドアが開き、風が一瞬入り込む。街の音が遠くから押し寄せては、また引いていく。

 

 あなたは気づく。

 

 この世界はもう“悲しむ場所”すら与えていない。

 

 悲しみは処理され、次の出演者に席を譲る。

 

 あなたはゆっくり息を吐いた。

 

「……名前、なんて言うんだ」

 

 少女は少しだけ目を丸くして、それから小さく答えた。

 

「ルミナです」

 

 画面の中の名前と同じだった。

 

 いや、違う。

 

 画面の中が、本人を模しているのだ。

 

 あなたは初めて、その意味を理解しかける。

 

「その名前は、知ってる」

 

 少女は首を傾げた。

 

「必要ですか?」

 

 その一言が、やけに重かった。

 

 必要。

 

 この世界では“必要ないもの”から削られていく。

 

 あなたは視線を落とし、気づかないうちに拳を握っていた。

 

 そのときだった。

 

 遠くで、低い警報音が鳴った。

 

 一瞬で、街の空気が変わる。

 

 コンビニのテレビが自動的に切り替わる。

 

『緊急速報:第七区画上空にアーク反応』

 

 そして、いつものナレーション。

 

 落ち着いた、聞き慣れた声。

 

『魔法少女の出動が要請されました』

 

 少女――ルミナは、ため息をひとつだけ吐いた。

 

「あ、呼ばれちゃいましたね」

 

 まるで授業の呼び出しみたいに。

 

 彼女はレジに商品を置き直し、少しだけ申し訳なさそうに笑った。

 

「これ、戻ってからでいいですか」

 

 店員は無言で頷いた。慣れた動作だった。

 

 少女はドアに手をかける。

 

 その背中に、あなたは声をかける。

 

「……死ぬなよ」

 

 自分でも驚くほど、弱い言葉だった。

 

 少女は一瞬だけ振り返った。

 

 そして、少しだけ困ったように笑った。

 

「それ、みんな言います」

 

 ドアが開く。

 

 外の光に溶けるみたいに、彼女の姿が消えていく。

 

 そして残されたあなたの耳に、街頭ビジョンの歓声が重なる。

 

「ルミナ出動!」

「今日も頼むぞ第三世代!」

 

 拍手。

 

 歓声。

 

 音楽。

 

 あなたは全部――同じ音に聞こえた。

 

「またかよ」

「今日は早いな」

 

 誰かのそんな声。

 

 日常の一部になった災害。

 

 あなたは無意識に一歩引いた。

 

 そのとき、頭の奥で“別の記憶”が重なる。

 

 爆発音。

 

 倒れる人間。

 

 白い天井。

 

 そして、救えなかった誰かの顔。

 

 前世の最後の光景は、今でも妙に鮮明だった。

 

「ふざけるな」

 

 声が漏れる。

 

 誰に向けたものか分からない。

 

 自分か。世界か。それとも、平然と成立しているこの構造そのものか。

 

 アークの影が地上へ落ちる。

 

 同時に、空へ向かって光が走った。

 

 少女が跳躍する。

 

 ルミナ。

 

 テレビの中の存在が、現実に落ちてくる瞬間。

 

 彼女の体が空中でひねられ、黒い触腕を切り裂く。爆ぜるように散る異質な肉片。

 

 歓声が上がる。

 

 街頭ビジョンが勝利演出を先取りする。

 

『さすが第三世代! 初動完璧です!』

 

 編集された音声が、まだ戦闘の途中に重なる。

 

 あなたは思う。

 

 これ、本当に“戦闘”か?

 

 いや――違う。

 

 これは“放送”だ。

 

 あなたの胃の奥が、ゆっくりと冷えていく。

 

 ルミナが地面に着地する。

 

 膝を少しだけ折る。呼吸が荒い。だけどカメラはそれを美しく切り取る角度に回り込む。

 

 彼女は一瞬だけこちらを見る。

 

 いや、正確には“カメラの向こう”を見る。

 

 そして気づく。

 

 彼女の目が、さっきより少しだけ濁っている。

 

 あなたは思わず歩き出していた。

 

 コンビニの外へ。

 

「おい」

 

 自分でも止められない声。

 

 ルミナの視線があなたに向く。

 

 一瞬、戦闘の緊張と日常の曖昧さがぶつかる。

 

「……さっきの人」

 

 彼女が小さく言う。

 

 あなたは息を吸う。

 

 何を言うべきか分からない。

 

 でも、何かを言わなければいけない気がした。

 

 前世で言えなかった言葉が、喉の奥で詰まっている。

 

「それ、戦いじゃない」

 

 言った瞬間、自分でも驚くほど静かだった。

 

 ルミナの動きが止まる。

 

 アークの影が背後でうごめいているのに、彼女は一瞬だけ完全に静止した。

 

「……じゃあ、なんですか」

 

 問いは冷たくない。ただ疲れていた。

 

 あなたは答えに詰まる。

 

 そして気づく。

 

 この世界には“正しい言葉”が存在しない。

 

 否定することはできる。怒ることもできる。

 

 でも、代わりの現実はどこにもない。

 

 ルミナが小さく笑う。

 

 それは諦めの形だった。

 

「戦いじゃないなら、私はここにいちゃいけないってことですか」

 

 その言葉に、あなたは一瞬だけ黙る。

 

 違う、と言いたかった。

 

 でも、その“違う”の先を持っていなかった。

 

 その瞬間、空が鳴った。

 

 アークが動く。

 

 ルミナの背後に、黒い影が落ちる。

 

 あなたの視界が一気に収縮する。

 

 体が勝手に動いた。

 

 ――前世の最後と同じだ。

 

「伏せろ!」

 

 叫ぶ。

 

 同時に、あなたはルミナを抱き寄せていた。

 

 爆ぜる衝撃。

 

 熱。

 

 音。

 

 世界が白くなる。

 

 次に戻ってきた感覚は、妙に静かだった。

 

 あなたは地面に倒れている。

 

 腕が焼けるように痛い。

 

 視界の端で、ルミナがこちらを見ている。

 

 目を見開いている。

 

 その表情は、初めて見るものだった。

 

 編集されていない顔。

 

「……なんで」

 

 彼女が小さく言う。

 

 その問いは、さっきのどの質問よりも重かった。

 

 あなたは息を吐く。

 

「そういうの、慣れるなって言っただろ」

 

 声はかすれていた。

 

 遠くでまた、歓声が始まる。

 

 誰かが言う。

 

「今の、演出か!?」

 

 違う。

 

 それは演出じゃない。

 

 ただの、ずっと見捨てられてきた“人間の反射”だ。

 

 ルミナの目が揺れる。

 

 そして、初めて彼女の声が少しだけ崩れる。

 

 ルミナの声は、少し震えていた。

 

「……あなた、バカじゃないですか?」

 

 言い切ったあとで、彼女は一瞬だけ目をそらし、それから困ったように笑った。

 

 笑っているのに、泣きそうだった。

 

 あなたは地面に倒れたまま、その顔を見上げる。

 

 空気が熱い。アークの残滓がまだ空間を焼いている。遠くで警報が鳴り続けているのに、その中心だけ妙に静かだった。

 

「今ので……死ぬところだったんですよ」

 

 ルミナはそう言いながら、一歩だけ近づく。

 

「普通、魔法少女を守ろうとなんてしないです」

 

 あなたは息を吐こうとして、咳になった。

 

 痛みが遅れてやってくる。腕の感覚が鈍い。焦げた匂いが自分のものなのか分からない。

 

 それでも、言葉だけは出た。

 

「……死ななかっただろ」

 

「結果論です」

 

 即答だった。

 

 その即答が、なぜか少しだけ優しかった。

 

 ルミナはしゃがみ込む。戦闘用のブーツが、ひび割れたアスファルトを軽く鳴らす。

 

 近い距離で見ると、彼女の目の下には薄いクマがあった。化粧では隠しきれない疲労。

 

「あなた、何なんですか」

 

 また同じ質問。

 

 でも今度は、責める声じゃなかった。

 

 ただ、理解できないものを前にした声。

 

 あなたは少しだけ視線を空に向ける。

 

 黒い裂け目はまだ消えていない。そこからアークの残骸がゆっくりと崩れていく。

 

「……通りすがり」

 

 そう言ってから、自分でも嘘くさいと思った。

 

 ルミナは小さく鼻で笑う。

 

「通りすがりで、あれやる人いません」

 

「やるだろ」

 

「やりません」

 

 即答が重なる。

 

 少しの沈黙。

 

 そしてルミナは、ふっと肩の力を抜いた。

 

「……バカじゃないですか、本当に」

 

 今度は責めではなく、諦め混じりの笑いだった。

 

 彼女はあなたの腕を見る。焦げた皮膚、歪んだ服。

 

 その視線が少しだけ揺れる。

 

「痛くないんですか」

 

「痛い」

 

「じゃあなんで」

 

 あなたは少しだけ黙る。

 

 前世でも同じ問いがあった。

 

 なんで他人を助けたのか。

 

 なんで自分が動いたのか。

 

 答えはいつも一つしかなかった。

 

「……見てられなかっただけだ」

 

 ルミナはその言葉を繰り返さない。

 

 ただ、じっと見ている。

 

 やがて、小さく息を吐いた。

 

「ほんと、意味わかんない人」

 

 そう言って、少しだけ目元をこすった。

 

 泣いてはいない。泣いていないはずなのに、涙の代わりみたいな動作だった。

 

 遠くで、再び歓声が上がる。

 

「終わったぞ!」

「ルミナ無傷!」

「さすが!」

 

 街はもう“勝利”の形に戻ろうとしている。

 

 ルミナはその音を聞いて、一瞬だけ顔をしかめた。

 

 そして、あなたにだけ聞こえる声で言う。

 

「……ねえ」

 

「なに」

 

「次からは、ああいうのやめてください」

 

 少しだけ間が空く。

 

 そして続ける。

 

「死なれると、困るので」

 

 その言い方は、魔法少女の命令じゃなかった。

 

 ただ、一人の少女の願いだった。

 

 あなたは小さく笑いかけて――痛みで途中で止まる。

 

「努力する」

 

「してください」

 

 即答。

 

 ルミナは立ち上がる。もう戦闘の顔に戻りかけている。

 

 でも最後に一瞬だけ、あなたを見下ろす。

 

「……ほんとに、バカですね」

 

 今度は確かに、少しだけ柔らかい声だった。

 

 そして彼女は空を見上げる。

 

 裂け目が閉じ始めている。

 

「でも」

 

 小さく付け足す。

 

「そういうバカがいないと、この世界、もっと嫌いになりそうです」

 

 その言葉を残して、彼女は光の方へ歩き出した。

 

 あなたは地面に横たわったまま、その背中を見送る。

 

 歓声は続いている。

 

 でもさっきより、少しだけ違って聞こえた。

 

 同じ音なのに、どこか歪んでいる。

 

 あなたは思う。

 

 この世界は狂っている。

 

 でも――

 

 その中で初めて“世界の外側”に触れた気がしていた。

 

 

 

*

 

 

 

 部屋は静かだった。

 

 さっきまでの騒音が嘘みたいに遠い。

 

 窓の外では、まだどこかで「討伐成功」の再放送が流れている。夜なのに街は明るく、祝祭の続きみたいな光が滲んでいた。

 

 あなたはベッドに腰を下ろしたまま、焦げた服の袖をぼんやり見ていた。

 

――誰も疑問を持たないのは、おかしい。

 

 その考えが、頭の中で何度も回る。

 

 魔法少女が“少女”であること。

 戦闘が“番組”になっていること。

 死が“交代制”になっていること。

 

 普通なら、壊れていると気づくはずだ。

 

 なのにこの世界は、壊れたまま安定している。

 

 あなたは天井を見上げる。

 

「……俺の方が、ズレてるのか?」

 

 声に出してみても、部屋は答えない。

 

 転生者。

 

 その単語が、妙に冷たく響く。

 

 前世の記憶があるから異常に見えているだけなのかもしれない。ここではこれが“正常”で、自分だけがノイズなのかもしれない。

 

 そう考えると、少しだけ怖くなる。

 

 でも、すぐに別の感情が押し上げてくる。

 

 ルミナの顔だ。

 

 泣きそうに笑っていた少女。

 

「慣れてるので」

 

 あの言葉が、頭の中で反響する。

 

 慣れるな、と言った自分の声も一緒に蘇る。

 

 あなたは拳を握る。

 

――現実的には、何もできない。

 

 それが一番厄介だった。

 

 巨大な敵がいるわけでもない。単純な悪があるわけでもない。

 

 ただ、全部が“成立してしまっている”。

 

 だから壊せない。

 

 だから変えられない。

 

 あなたは小さく息を吐いた。

 

「考えても、仕方ないな……」

 

 そう言った瞬間だった。

 

「そうですね」

 

 部屋の隅から声がした。

 

 あなたは一瞬、反応が遅れた。

 

 視線を向ける。

 

 そこには――いた。

 

 小さな生き物。

 

 猫でも犬でもない。丸い体に、やけに大きな目。ぬいぐるみみたいな輪郭なのに、影がちゃんと床に落ちている。

 

 それが、ソファの上で前足を組むような姿勢を取っていた。

 

「……は?」

 

 あなたは素直に声を漏らす。

 

 謎の生物は、首をかしげる。

 

「人間はよくそう言います。“考えても仕方ない”と」

 

 声は、やけに普通だった。甲高くも低くもない。性別も年齢もない感じの声。

 

 あなたはゆっくり立ち上がる。

 

「お前……何だ」

 

「分類ですか? 面倒ですね」

 

 さらっとした返答。

 

 その態度が逆に不気味だった。

 

 生物はソファからぴょん、と軽く跳ねて床に降りる。足音はしない。

 

「私はアークです。」

 

「は?」

 

 あなたの声は、さっきよりも間抜けに響いた。

 

 コンビニで見た黒い裂け目。街を裂いていた異界存在。その“元凶側”が、今は部屋の中でぬいぐるみみたいに座っている。

 

 意味が追いつかない。

 

 あなたは一歩下がる。

 

「……ふざけてるのか」

 

 生物――アークは、首を横に振った。

 

「いいえ。あなたたちが呼んでいる“アーク”で間違いありません。ただ襲う力がないのでこうして会話を試みています」

 

 淡々とした説明だった。

 

 恐怖を煽るでもなく、誇示するでもなく、ただ“仕様”を説明する声。

 

 あなたは歯を食いしばる。

 

「なんで今ここにいる」

 

 アークは少しだけ間を置いた。

 

 そして、妙に軽い声で言う。

 

「交渉のためです」

 

 その一言で、空気が変わった。

 

 あなたの背中がわずかに冷える。

 

「交渉?」

 

「はい」

 

 アークはぴょこんと尻尾のようなものを揺らす。

 

 そして、少しだけ声の温度を落とした。

 

「正確には“寄生の許可申請”です」

 

 あなたの眉がぴくりと動く。

 

「……寄生?」

 

 アークは小さく頷いた。

 

「はい。ただ私は“通常のアーク”には適合できません」

 

「……適合できない?」

 

「はい。私は異常個体です。本来の寄生先構造と同期できない」

 

 その言葉は、妙に事務的だった。

 

 まるで壊れた機械が、自分の不具合を説明しているみたいに。

 

 アークは続ける。

 

「このままでは私は長く存在できません」

 

 あなたは目を細める。

 

「だから、人間に寄生する?」

 

「はい。しかし問題があります」

 

 アークは視線を少しだけ落とす。

 

「普通の人間は、私を認識した瞬間に“異常”として通報します」

 

 その言葉に、あなたは即座に思い当たる。

 

 街の放送。

 

 警報。

 

 魔法少女の出動。

 

「……ああ、そういうことか」

 

 アークは頷いた。

 

「結果、私は処理されます」

 

「魔法少女に?」

 

「はい」

 

 淡々とした事実。

 

 つまりこいつは、

 

“生きるために人間に寄生したいけど、人間はそれを敵と見なして殺しにくる存在”ということだ。

 

 詰んでいる。

 

 アークは続ける。

 

「ですが、あなたは例外です」

 

 あなたは即座に目を細める。

 

「俺が?」

 

「はい」

 

 アークはまっすぐあなたを見る。

 

 その視線は、今までのどの人間とも違うものを見ているみたいだった。

 

「あなたは、他の人間と違い“私を見ても即座に排除反応を示さない”」

 

「……ただ驚いてるだけだろ」

 

「それも含めてです」

 

 アークは静かに言う。

 

「普通の人間は、私を“理解不能なもの”として即座に恐怖へ変換します。しかしあなたは違う」

 

 あなたは少し黙る。

 

 確かに、恐怖はある。

 

 でもそれ以上に――

 

 怒りがある。

 

 この世界そのものに対して。

 

 そして、あの少女に対して。

 

 ルミナ。

 

「……それで?」

 

 あなたは低く言う。

 

 アークは小さく息を吐く。

 

「提案です」

 

 空気が少しだけ変わる。

 

「私はあなたに寄生します」

 

 あなたの眉が跳ねる。

 

「ふざけるな」

 

 即答だった。

 

 アークは続ける。

 

「ただし、一方的な寄生ではありません」

 

「じゃあ何だ」

 

「契約です」

 

 アークは小さな体を少しだけ前に傾ける。

 

「あなたに、アークを倒すための力を与えます」

 

 その言葉に、部屋の空気が一瞬止まる。

 

 あなたは目を細める。

 

「……倒す?」

 

 アークは頷く。

 

「はい。」

 

「どういうことだ?」

 

 思わず声が漏れる。

 

 アークは淡々と説明を続ける。

 

「私はこの世界で生き延びる必要があります。しかし現状では、どの寄生先も“魔法少女”に検出され次第排除されます」

 

「だから人間を武器にするってか」

 

「違います」

 

 アークは即座に否定した。

 

 その声だけ、少しだけ強かった。

 

「私は“生存経路の確保”をしたいだけです」

 

「私は、生きたいのです。」

 

 沈黙。

 

 あなたはゆっくり息を吐く。

 

「俺にメリットは」

 

 アークは間髪入れずに言う。

 

「魔法少女と同等以上の戦闘能力を付与します」

 

 その瞬間、あなたの頭にルミナの姿が浮かぶ。

 

 戦っていた少女。

 

 笑っていた少女。

 

 限界の目をしていた少女。

 

 あなたは拳を握る。

 

「……それで?」

 

 アークは続ける。

 

「あなたは“異常”です。この世界にとっても、私にとっても」

 

「それ褒めてるのか?」

 

「事実です」

 

 あまりにも平坦な言い方。

 

 でも、その声の奥に――ほんのわずかに、揺れるものが混じっていた。

 

 嬉しさ、のようなもの。

 

 あなたはそれに気づいてしまう。

 

 気づいてしまったせいで、余計に引っかかった。

 

「……お前、それでいいのか」

 

 アークは小さく首を傾げる。

 

「何がですか」

 

「俺は“お前のため”に動くわけじゃない」

 

 一拍。

 

 それから、アークは少しだけ間を置いて答えた。

 

「問題ありません」

 

 その声は、さっきより軽かった。

 

「あなたが動く理由が何であれ、結果として私が生存できればいいので」

 

 その言い方は、冷たいようでいて――どこか安心しているみたいだった。

 

 あなたは舌打ちしかけて、やめる。

 

 この生物は本当にズレている。

 

 でも、自分も同じくらいズレているのかもしれない、という嫌な感覚もあった。

 

 あなたは天井を見上げる。

 

 ルミナの顔が浮かぶ。

 

 泣きそうに笑っていた少女。

 

「慣れてるので」

 

 その言葉が、喉に引っかかる。

 

「……くそ」

 

 小さく吐き捨てる。

 

 そして、視線を戻す。

 

 アークはじっとこちらを見ていた。

 

「最後に聞く」

 

「はい」

 

「お前、名前あるのか」

 

 一瞬、アークが止まる。

 

 それは初めて見る“処理落ち”みたいな間だった。

 

「名前……ですか」

 

「そうだよ。呼びづらいんだよ、お前」

 

 アークは少し考えたあと、ぽつりと言った。

 

「個体識別名はあります」

 

「じゃあそれでいい」

 

「プリンです」

 

「は?」

 

 今度はあなたの思考が止まる番だった。

 

「プリンです」

 

 もう一回言った。

 

 あまりにも普通に。

 

 あなたは数秒固まる。

 

「……プリン?」

 

「はい」

 

「え、あのプリン?」

 

「甘味食品のことを指しているなら、それで合っています」

 

 あなたは思わず天井を見上げた。

 

 何だこの生物。

 

 敵か味方か以前に、ネーミングが終わっている。

 

「なんでそんな名前なんだよ」

 

「こちらの世界で最初に観測された語彙です」

 

「適当すぎるだろ」

 

 プリンは少しだけ胸を張るような仕草をした。

 

「気に入っています」

 

 あなたは一瞬だけ真顔になる。

 

 そして、どうでもいい感想が頭をよぎる。

 

 ――プリン好きだな、俺。

 

 最悪のタイミングで、どうでもいい思考が割り込んでくる。

 

「……はあ」

 

 ため息をつく。

 

 その瞬間だった。

 

 プリンが小さく言う。

 

「では契約を開始します」

 

「ちょ、待て、まだ――」

 

 言い切る前に。

 

 視界が白く弾けた。

 

 音が消える。

 

 重力の感覚が一瞬、裏返る。

 

 何かが身体の中に“流れ込む”というより――

 

 自分の輪郭が一度ほどけて、別の形に編み直される感覚。

 

「っ……!」

 

 息が詰まる。

 

 痛みはないのに、やけに怖い。

 

 世界のルールが書き換えられていく感覚。

 

 そして次の瞬間。

 

 あなたは立っていた。

 

 何事もなかったように。

 

 ただ――違和感が、遅れて襲ってくる。

 

 軽い。

 

 いや、軽すぎる。

 

 視界が少しだけ高い。

 

 体のバランスが妙にしっくりこない。

 

 服の重さが違う。

 

 あなたはゆっくり自分の手を見る。

 

「……は?」

 

 声が、変わっていた。

 

 いや、声だけじゃない。

 

 袖がある。

 

 フリルがある。

 

 光る装飾。

 

 そして――鏡。

 

 視線を上げると、そこには。

 

 魔法少女になった“自分”が映っていた。

 

 沈黙。

 

 3秒。

 

 5秒。

 

「……はあぁぁぁぁ!?」

 

 ようやく悲鳴が出る。

 

 全力の悲鳴。

 

 完全に想定外の悲鳴。

 

「なんで!? なんで俺!? なんでこうなる!? え、プリン!? お前これどういう契約だよ!!」

 

 部屋に声が反響する。

 

 プリンは、ソファの上でぴょこんと揺れながら言った。

 

「成功です」

 

「成功じゃねえよ!!」

 

 あなたは鏡を指差す。

 

「俺、魔法少女になってるじゃねえか!!」

 

 プリンは少しだけ首を傾げる。

 

「問題ありますか?」

 

「あるに決まってるだろ!!」

 

 間。

 

 そしてプリンは、少しだけ嬉しそうに言った。

 

「適合率は非常に高いです」

 

「そういう問題じゃない!!」

 

 あなたは叫びながら、自分のフリルを掴む。

 

 現実が追いつかない。

 

 頭の中だけが異常に冷静に考える。

 

 ――いや待て。

 

 あなたは慌てて自分の身体を確認する。

 

 まず胸元。

 

「……は?」

 

 ないはずのものが、ある。

 

 触れた瞬間に、別の身体だと理解させられる“確かな存在感”があって、思考がそこで一回止まる。

 

「いやいやいやいや……」

 

 声が裏返る。

 

 次は下腹部。

 

 ……あるはずのものが、ない。

 

 その事実が頭に届くまで、数秒かかった。

 

 あなたは慌てて自分の全身を見下ろす。

 

 指が細い。腕も細い。骨格が違う。

 

 そして――服。

 

 フリル。リボン。光沢。

 

 どう見ても魔法少女。

 

 しかも。

 

「……なんでこんなに“完成度高い”んだよ」

 

 ピンクの髪。

 

 肩で揺れるボブカット。

 

 鏡に映った瞬間、現実が一番ひどい形で確定する。

 

 可愛い。

 

 明らかに可愛い。

 

 それが一番腹立たしい。

 

「違う違う違う違う……!!」

 

 あなたは頭を抱える。

 

「なんでピンク!? なんでこんなガチでかわいい系!? もっとこうあるだろ!!黒とか!!実用性とか!!」

 

 叫びが虚しく部屋に響く。

 

 そのとき。

 

 ソファの上で、ぷるん、と小さな影が揺れた。

 

 プリンだ。

 

「適合結果、非常に良好ですね」

 

「ふざけんな!!」

 

 即ツッコミ。

 

 プリンは全く悪びれない。

 

「視覚的安定性も高いです。周囲の人間が安心する設計です」

 

「安心するわけねえだろ!!俺は男だぞ!!」

 

 プリンは首を傾げる。

 

「問題がありますか?」

 

「あるに決まってんだろ!!」

 

 あなたは自分の髪を掴む。

 

 ピンク。

 

 ピンク。

 

 何度見てもピンク。

 

「恥ずかしすぎる!!」

 

 プリンは少し考えたあと、ぽつりと言う。

 

「慣れてください」

 

「お前が言うな!!」

 

 間。

 

 プリンはぴょこんと跳ねる。

 

 その瞬間、スカートがふわっと揺れる。

 

「っ……!!」

 

 反射的に押さえる。

 

 心臓が跳ねる。

 

 羞恥心が一気に限界を超える。

 

「お前……」

 

 あなたはプリンを睨む。

 

 目が据わっていた。

 

「調子乗ってるな?」

 

 プリンは一瞬だけ止まる。

 

「はい?」

 

「お前だよ」

 

 あなたは拳を握る。

 

 まだ戦闘の仕方も分からない。

 

 力の正体も完全には掴めていない。

 

 でも――

 

 一つだけ、決めたことがある。

 

「まずお前を成敗する」

 

 プリンはぴょこんと揺れる。

 

「理由を聞いても?」

 

「うるさい・恥ずかしい・全部お前のせいだ」

 

 即答。

 

 プリンは少し考えたあと、嬉しそうに言った。

 

「合理的です」

 

「どこがだ!!」

 

 あなたは一歩踏み出す。

 

 スカートがまた揺れる。

 

 脚が見える。

 

 恥ずかしさで頭が沸騰しそうになる。

 

 でも、その奥で確実に何かが燃えていた。

 

 羞恥。

 

 怒り。

 

 そして――妙にクリアな殺意。

 

「……覚悟しろプリン」

 

 プリンはぴょこんと跳ねる。

 

「戦闘準備、完了ですね」

 

「うるさいバカマスコット」

 

 ぴたり、とプリンが止まる。

 

 一瞬だけ部屋が静かになる。

 

 あなたは息を荒くしたまま、スカートを押さえながら睨みつけていた。

 

 羞恥で顔は真っ赤のままなのに、目だけは妙に据わっている。

 

 プリンは少し間を置いてから、ぽつりと言った。

 

「バカマスコット、ではありません」

 

「うるさい」

 

 即答。

 

 あなたは一歩踏み出す。

 

 スカートが揺れる。

 

 そのたびに羞恥が刺さる。

 

 それでも、足は止まらなかった。

 

「お前のせいで全部めちゃくちゃだ」

 

 プリンは首をかしげる。

 

「合理的な契約の結果です」

 

「その合理性を今すぐ破壊したい」

 

 間。

 

 プリンは、少しだけ嬉しそうに揺れた。

 

「戦闘意思の発現を確認しました」

 

「違う、説教だ!!」

 

 叫びながらも、あなたの中で何かがはっきりしていく。

 

 怒りでも、恐怖でもない。

 

 もっと単純で、まっすぐなもの。

 

 ――この理不尽な世界への、反抗心。

 

 街では今日も誰かが笑っている。

 

 画面の中では少女が英雄扱いされている。

 

 その裏で、誰かが消耗している。

 

 そして今、自分もその側に落とされた。

 

 でも。

 

 あなたはスカートの裾をぎゅっと握りしめる。

 

「……うるさい、バカマスコット」

 

 もう一度言う。

 

 今度は、逃げじゃない。

 

 決意だった。

 

 プリンはぴょこんと跳ねる。

 

「正式名称はプリンです」

 

「知らん」

 

 即答。

 

 あなたは鏡を見る。

 

 そこにはピンク髪の魔法少女がいる。

 

 可愛くて、最悪で、恥ずかしくて、どうしようもない存在。

 

 でも――

 

 目だけは、さっきと違っていた。

 

「ここからだ」

 

 小さく呟く。

 

 プリンが静かに反応する。

 

「魔法少女活動を開始しますか?」

 

 あなたは一拍置いてから、吐き捨てるように言った。

 

「違う」

 

「俺の戦いだ」

 

 スカートが揺れる。

 

 生足が光る。

 

 羞恥はまだ消えていない。

 

 むしろ増えている。

 

 なのに――一歩目は、もう止まらなかった。

 

 こうして。

 

 理不尽で、最悪で、どうしようもない世界での――

 

 あなたの魔法少女生活が始まった。

 




魔法少女が好きです。

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