第一話
転生した世界がおかしい。
街頭ビジョンでは今日も「討伐成功!」のテロップ。
商店街では限定コラボのクレープが売られ、子どもたちは変身ポーズを真似して笑っている。
誰も、あの子たちが何歳なのか気にしない。
アーク――空に裂け目のように現れる異界存在。
人間の兵器はほとんど通じず、唯一対抗できるのが“適性”を持つ少女たちだけだと発表されたのは、もう八年前。
最初の頃は悲鳴があった。
「子どもを戦わせるのか」
「大人は何をしている」
ニュース番組では識者が深刻そうな顔を並べていた。
でも、人間は慣れる。
勝利映像は編集され、音楽がつき、スポンサーがついた。
魔法少女にはファンネームが生まれ、人気投票が始まった。
「推し」が傷つけばSNSのトレンド入り。
戦死した少女の追悼番組の翌週には、その後継メンバーのデビュー特集。
まるでアイドル番組だ。
駅前広場で流れる中継を、あなたは足を止めずに通り過ぎる。
周囲から歓声が上がる。
「ルミナ勝った!」
「やっぱ第三世代は強ぇー!」
大型スクリーンの中では、血を流した少女が笑顔でピースしていた。
頬に付着した黒い液体が、アークの体液なのか本人の血なのか、もう誰も気にしない。
あなたは舌打ちする。
――狂ってる。
隣では小学生くらいの子が目を輝かせていた。
「私も適性あったらなりたい!」
母親は笑ってスマホを向ける。
「なれたらすごいわねぇ」
反吐が出る。
ヒーロー?
違う。
これは徴兵だ。
しかも拍手付きの。
魔法少女管理庁は言う。
「本人の意思を尊重しています」
「世界を守る尊い使命です」
それを本気で言っているならお前らの娘を行かせろよ、とあなたは思う。
だが口にしても無駄だ。
現実にアークは現れ続け、人は死ぬ。
魔法少女がいなければ都市が消えるのも事実だった。
だから誰も止められない。
正義は、結果を出してしまった。
ある日、あなたは深夜のコンビニで一人の少女を見かける。
フードを深く被っていたが、すぐに分かった。テレビで毎日見る顔だったからだ。
現役の魔法少女。
まだ高校生くらい。
彼女はカゴにゼリー飲料と鎮痛剤を大量に入れていた。
レジへ向かう途中、ふらついて棚に手をつく。
あなたは反射的に支える。
「……大丈夫か」
少女は驚いた顔をした。
それから、営業用ではない疲れ切った笑みを浮かべる。
「平気です。慣れてるので」
その言葉に、あなたは妙に腹が立った。
慣れるなよ、と思った。
痛みに。
死ぬことに。
戦うことに。
子どもがそんなものに慣れていいわけがない。
けれど少女は、あなたの顔を見て少し不思議そうに首を傾げた。
「応援、してくれない人ですか?」
街では歓声が響いている。
今日もどこかで、誰かが“ショー”を見上げている。
あなただけが、その拍手の音を恐ろしく感じていた。
あなたは一瞬、言葉に詰まった。
応援。
その単語が、ひどく軽く聞こえた。
「……応援っていうのはさ」
気づけば口が動いていた。
「ケガして帰ってきた少女に“おつかれさま”って言うことじゃないだろ」
少女は少しだけ目を細めた。敵意ではない。もっと曖昧な、何度も見た反応だ。
「じゃあ、どういうのが正解なんですか」
レジ袋を持つ手が小さく揺れる。鎮痛剤の箱が、乾いた音を立てた。
あなたは答えられなかった。
正解なんて、最初からこの世界には用意されていない。
少女は小さく息を吐く。
「……大丈夫です。気にしないでください。慣れてるので」
またその言葉だ。
あなたは思わず一歩踏み出していた。
「慣れるなって言ってるんだよ」
声が少し大きくなる。コンビニの蛍光灯が、やけに白く見えた。
少女は驚いた顔をしたあと、困ったように笑った。
「じゃあ、どうすればいいんですか」
その問いは、責めているわけでもない。ただ本当に、分からないという顔だった。
あなたは気づく。
この子は“選んでいる”わけじゃない。
選ばされたまま、選んだことにされている。
外では今日も勝利のニュースが流れている。笑顔の編集映像が流れ続ける。拍手が鳴り続ける。
誰かが言う。「希望だ」と。
誰かが言う。「誇りだ」と。
少女は、ふと視線を落とした。
「今日の戦闘、ちょっと長引いたんです」
そこで一度言葉が切れる。
「……先輩、いなくなっちゃったから」
淡々とした声だった。
感情を削ったみたいな声。
その瞬間、あなたの中で何かが冷たく落ちた。
「でも、明日からはまた戻ります。代わりの人が入るので」
少女は当然のように言った。
「そういう仕組みなので」
コンビニのドアが開き、風が一瞬入り込む。街の音が遠くから押し寄せては、また引いていく。
あなたは気づく。
この世界はもう“悲しむ場所”すら与えていない。
悲しみは処理され、次の出演者に席を譲る。
あなたはゆっくり息を吐いた。
「……名前、なんて言うんだ」
少女は少しだけ目を丸くして、それから小さく答えた。
「ルミナです」
画面の中の名前と同じだった。
いや、違う。
画面の中が、本人を模しているのだ。
あなたは初めて、その意味を理解しかける。
「その名前は、知ってる」
少女は首を傾げた。
「必要ですか?」
その一言が、やけに重かった。
必要。
この世界では“必要ないもの”から削られていく。
あなたは視線を落とし、気づかないうちに拳を握っていた。
そのときだった。
遠くで、低い警報音が鳴った。
一瞬で、街の空気が変わる。
コンビニのテレビが自動的に切り替わる。
『緊急速報:第七区画上空にアーク反応』
そして、いつものナレーション。
落ち着いた、聞き慣れた声。
『魔法少女の出動が要請されました』
少女――ルミナは、ため息をひとつだけ吐いた。
「あ、呼ばれちゃいましたね」
まるで授業の呼び出しみたいに。
彼女はレジに商品を置き直し、少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「これ、戻ってからでいいですか」
店員は無言で頷いた。慣れた動作だった。
少女はドアに手をかける。
その背中に、あなたは声をかける。
「……死ぬなよ」
自分でも驚くほど、弱い言葉だった。
少女は一瞬だけ振り返った。
そして、少しだけ困ったように笑った。
「それ、みんな言います」
ドアが開く。
外の光に溶けるみたいに、彼女の姿が消えていく。
そして残されたあなたの耳に、街頭ビジョンの歓声が重なる。
「ルミナ出動!」
「今日も頼むぞ第三世代!」
拍手。
歓声。
音楽。
あなたは全部――同じ音に聞こえた。
「またかよ」
「今日は早いな」
誰かのそんな声。
日常の一部になった災害。
あなたは無意識に一歩引いた。
そのとき、頭の奥で“別の記憶”が重なる。
爆発音。
倒れる人間。
白い天井。
そして、救えなかった誰かの顔。
前世の最後の光景は、今でも妙に鮮明だった。
「ふざけるな」
声が漏れる。
誰に向けたものか分からない。
自分か。世界か。それとも、平然と成立しているこの構造そのものか。
アークの影が地上へ落ちる。
同時に、空へ向かって光が走った。
少女が跳躍する。
ルミナ。
テレビの中の存在が、現実に落ちてくる瞬間。
彼女の体が空中でひねられ、黒い触腕を切り裂く。爆ぜるように散る異質な肉片。
歓声が上がる。
街頭ビジョンが勝利演出を先取りする。
『さすが第三世代! 初動完璧です!』
編集された音声が、まだ戦闘の途中に重なる。
あなたは思う。
これ、本当に“戦闘”か?
いや――違う。
これは“放送”だ。
あなたの胃の奥が、ゆっくりと冷えていく。
ルミナが地面に着地する。
膝を少しだけ折る。呼吸が荒い。だけどカメラはそれを美しく切り取る角度に回り込む。
彼女は一瞬だけこちらを見る。
いや、正確には“カメラの向こう”を見る。
そして気づく。
彼女の目が、さっきより少しだけ濁っている。
あなたは思わず歩き出していた。
コンビニの外へ。
「おい」
自分でも止められない声。
ルミナの視線があなたに向く。
一瞬、戦闘の緊張と日常の曖昧さがぶつかる。
「……さっきの人」
彼女が小さく言う。
あなたは息を吸う。
何を言うべきか分からない。
でも、何かを言わなければいけない気がした。
前世で言えなかった言葉が、喉の奥で詰まっている。
「それ、戦いじゃない」
言った瞬間、自分でも驚くほど静かだった。
ルミナの動きが止まる。
アークの影が背後でうごめいているのに、彼女は一瞬だけ完全に静止した。
「……じゃあ、なんですか」
問いは冷たくない。ただ疲れていた。
あなたは答えに詰まる。
そして気づく。
この世界には“正しい言葉”が存在しない。
否定することはできる。怒ることもできる。
でも、代わりの現実はどこにもない。
ルミナが小さく笑う。
それは諦めの形だった。
「戦いじゃないなら、私はここにいちゃいけないってことですか」
その言葉に、あなたは一瞬だけ黙る。
違う、と言いたかった。
でも、その“違う”の先を持っていなかった。
その瞬間、空が鳴った。
アークが動く。
ルミナの背後に、黒い影が落ちる。
あなたの視界が一気に収縮する。
体が勝手に動いた。
――前世の最後と同じだ。
「伏せろ!」
叫ぶ。
同時に、あなたはルミナを抱き寄せていた。
爆ぜる衝撃。
熱。
音。
世界が白くなる。
次に戻ってきた感覚は、妙に静かだった。
あなたは地面に倒れている。
腕が焼けるように痛い。
視界の端で、ルミナがこちらを見ている。
目を見開いている。
その表情は、初めて見るものだった。
編集されていない顔。
「……なんで」
彼女が小さく言う。
その問いは、さっきのどの質問よりも重かった。
あなたは息を吐く。
「そういうの、慣れるなって言っただろ」
声はかすれていた。
遠くでまた、歓声が始まる。
誰かが言う。
「今の、演出か!?」
違う。
それは演出じゃない。
ただの、ずっと見捨てられてきた“人間の反射”だ。
ルミナの目が揺れる。
そして、初めて彼女の声が少しだけ崩れる。
ルミナの声は、少し震えていた。
「……あなた、バカじゃないですか?」
言い切ったあとで、彼女は一瞬だけ目をそらし、それから困ったように笑った。
笑っているのに、泣きそうだった。
あなたは地面に倒れたまま、その顔を見上げる。
空気が熱い。アークの残滓がまだ空間を焼いている。遠くで警報が鳴り続けているのに、その中心だけ妙に静かだった。
「今ので……死ぬところだったんですよ」
ルミナはそう言いながら、一歩だけ近づく。
「普通、魔法少女を守ろうとなんてしないです」
あなたは息を吐こうとして、咳になった。
痛みが遅れてやってくる。腕の感覚が鈍い。焦げた匂いが自分のものなのか分からない。
それでも、言葉だけは出た。
「……死ななかっただろ」
「結果論です」
即答だった。
その即答が、なぜか少しだけ優しかった。
ルミナはしゃがみ込む。戦闘用のブーツが、ひび割れたアスファルトを軽く鳴らす。
近い距離で見ると、彼女の目の下には薄いクマがあった。化粧では隠しきれない疲労。
「あなた、何なんですか」
また同じ質問。
でも今度は、責める声じゃなかった。
ただ、理解できないものを前にした声。
あなたは少しだけ視線を空に向ける。
黒い裂け目はまだ消えていない。そこからアークの残骸がゆっくりと崩れていく。
「……通りすがり」
そう言ってから、自分でも嘘くさいと思った。
ルミナは小さく鼻で笑う。
「通りすがりで、あれやる人いません」
「やるだろ」
「やりません」
即答が重なる。
少しの沈黙。
そしてルミナは、ふっと肩の力を抜いた。
「……バカじゃないですか、本当に」
今度は責めではなく、諦め混じりの笑いだった。
彼女はあなたの腕を見る。焦げた皮膚、歪んだ服。
その視線が少しだけ揺れる。
「痛くないんですか」
「痛い」
「じゃあなんで」
あなたは少しだけ黙る。
前世でも同じ問いがあった。
なんで他人を助けたのか。
なんで自分が動いたのか。
答えはいつも一つしかなかった。
「……見てられなかっただけだ」
ルミナはその言葉を繰り返さない。
ただ、じっと見ている。
やがて、小さく息を吐いた。
「ほんと、意味わかんない人」
そう言って、少しだけ目元をこすった。
泣いてはいない。泣いていないはずなのに、涙の代わりみたいな動作だった。
遠くで、再び歓声が上がる。
「終わったぞ!」
「ルミナ無傷!」
「さすが!」
街はもう“勝利”の形に戻ろうとしている。
ルミナはその音を聞いて、一瞬だけ顔をしかめた。
そして、あなたにだけ聞こえる声で言う。
「……ねえ」
「なに」
「次からは、ああいうのやめてください」
少しだけ間が空く。
そして続ける。
「死なれると、困るので」
その言い方は、魔法少女の命令じゃなかった。
ただ、一人の少女の願いだった。
あなたは小さく笑いかけて――痛みで途中で止まる。
「努力する」
「してください」
即答。
ルミナは立ち上がる。もう戦闘の顔に戻りかけている。
でも最後に一瞬だけ、あなたを見下ろす。
「……ほんとに、バカですね」
今度は確かに、少しだけ柔らかい声だった。
そして彼女は空を見上げる。
裂け目が閉じ始めている。
「でも」
小さく付け足す。
「そういうバカがいないと、この世界、もっと嫌いになりそうです」
その言葉を残して、彼女は光の方へ歩き出した。
あなたは地面に横たわったまま、その背中を見送る。
歓声は続いている。
でもさっきより、少しだけ違って聞こえた。
同じ音なのに、どこか歪んでいる。
あなたは思う。
この世界は狂っている。
でも――
その中で初めて“世界の外側”に触れた気がしていた。
*
部屋は静かだった。
さっきまでの騒音が嘘みたいに遠い。
窓の外では、まだどこかで「討伐成功」の再放送が流れている。夜なのに街は明るく、祝祭の続きみたいな光が滲んでいた。
あなたはベッドに腰を下ろしたまま、焦げた服の袖をぼんやり見ていた。
――誰も疑問を持たないのは、おかしい。
その考えが、頭の中で何度も回る。
魔法少女が“少女”であること。
戦闘が“番組”になっていること。
死が“交代制”になっていること。
普通なら、壊れていると気づくはずだ。
なのにこの世界は、壊れたまま安定している。
あなたは天井を見上げる。
「……俺の方が、ズレてるのか?」
声に出してみても、部屋は答えない。
転生者。
その単語が、妙に冷たく響く。
前世の記憶があるから異常に見えているだけなのかもしれない。ここではこれが“正常”で、自分だけがノイズなのかもしれない。
そう考えると、少しだけ怖くなる。
でも、すぐに別の感情が押し上げてくる。
ルミナの顔だ。
泣きそうに笑っていた少女。
「慣れてるので」
あの言葉が、頭の中で反響する。
慣れるな、と言った自分の声も一緒に蘇る。
あなたは拳を握る。
――現実的には、何もできない。
それが一番厄介だった。
巨大な敵がいるわけでもない。単純な悪があるわけでもない。
ただ、全部が“成立してしまっている”。
だから壊せない。
だから変えられない。
あなたは小さく息を吐いた。
「考えても、仕方ないな……」
そう言った瞬間だった。
「そうですね」
部屋の隅から声がした。
あなたは一瞬、反応が遅れた。
視線を向ける。
そこには――いた。
小さな生き物。
猫でも犬でもない。丸い体に、やけに大きな目。ぬいぐるみみたいな輪郭なのに、影がちゃんと床に落ちている。
それが、ソファの上で前足を組むような姿勢を取っていた。
「……は?」
あなたは素直に声を漏らす。
謎の生物は、首をかしげる。
「人間はよくそう言います。“考えても仕方ない”と」
声は、やけに普通だった。甲高くも低くもない。性別も年齢もない感じの声。
あなたはゆっくり立ち上がる。
「お前……何だ」
「分類ですか? 面倒ですね」
さらっとした返答。
その態度が逆に不気味だった。
生物はソファからぴょん、と軽く跳ねて床に降りる。足音はしない。
「私はアークです。」
「は?」
あなたの声は、さっきよりも間抜けに響いた。
コンビニで見た黒い裂け目。街を裂いていた異界存在。その“元凶側”が、今は部屋の中でぬいぐるみみたいに座っている。
意味が追いつかない。
あなたは一歩下がる。
「……ふざけてるのか」
生物――アークは、首を横に振った。
「いいえ。あなたたちが呼んでいる“アーク”で間違いありません。ただ襲う力がないのでこうして会話を試みています」
淡々とした説明だった。
恐怖を煽るでもなく、誇示するでもなく、ただ“仕様”を説明する声。
あなたは歯を食いしばる。
「なんで今ここにいる」
アークは少しだけ間を置いた。
そして、妙に軽い声で言う。
「交渉のためです」
その一言で、空気が変わった。
あなたの背中がわずかに冷える。
「交渉?」
「はい」
アークはぴょこんと尻尾のようなものを揺らす。
そして、少しだけ声の温度を落とした。
「正確には“寄生の許可申請”です」
あなたの眉がぴくりと動く。
「……寄生?」
アークは小さく頷いた。
「はい。ただ私は“通常のアーク”には適合できません」
「……適合できない?」
「はい。私は異常個体です。本来の寄生先構造と同期できない」
その言葉は、妙に事務的だった。
まるで壊れた機械が、自分の不具合を説明しているみたいに。
アークは続ける。
「このままでは私は長く存在できません」
あなたは目を細める。
「だから、人間に寄生する?」
「はい。しかし問題があります」
アークは視線を少しだけ落とす。
「普通の人間は、私を認識した瞬間に“異常”として通報します」
その言葉に、あなたは即座に思い当たる。
街の放送。
警報。
魔法少女の出動。
「……ああ、そういうことか」
アークは頷いた。
「結果、私は処理されます」
「魔法少女に?」
「はい」
淡々とした事実。
つまりこいつは、
“生きるために人間に寄生したいけど、人間はそれを敵と見なして殺しにくる存在”ということだ。
詰んでいる。
アークは続ける。
「ですが、あなたは例外です」
あなたは即座に目を細める。
「俺が?」
「はい」
アークはまっすぐあなたを見る。
その視線は、今までのどの人間とも違うものを見ているみたいだった。
「あなたは、他の人間と違い“私を見ても即座に排除反応を示さない”」
「……ただ驚いてるだけだろ」
「それも含めてです」
アークは静かに言う。
「普通の人間は、私を“理解不能なもの”として即座に恐怖へ変換します。しかしあなたは違う」
あなたは少し黙る。
確かに、恐怖はある。
でもそれ以上に――
怒りがある。
この世界そのものに対して。
そして、あの少女に対して。
ルミナ。
「……それで?」
あなたは低く言う。
アークは小さく息を吐く。
「提案です」
空気が少しだけ変わる。
「私はあなたに寄生します」
あなたの眉が跳ねる。
「ふざけるな」
即答だった。
アークは続ける。
「ただし、一方的な寄生ではありません」
「じゃあ何だ」
「契約です」
アークは小さな体を少しだけ前に傾ける。
「あなたに、アークを倒すための力を与えます」
その言葉に、部屋の空気が一瞬止まる。
あなたは目を細める。
「……倒す?」
アークは頷く。
「はい。」
「どういうことだ?」
思わず声が漏れる。
アークは淡々と説明を続ける。
「私はこの世界で生き延びる必要があります。しかし現状では、どの寄生先も“魔法少女”に検出され次第排除されます」
「だから人間を武器にするってか」
「違います」
アークは即座に否定した。
その声だけ、少しだけ強かった。
「私は“生存経路の確保”をしたいだけです」
「私は、生きたいのです。」
沈黙。
あなたはゆっくり息を吐く。
「俺にメリットは」
アークは間髪入れずに言う。
「魔法少女と同等以上の戦闘能力を付与します」
その瞬間、あなたの頭にルミナの姿が浮かぶ。
戦っていた少女。
笑っていた少女。
限界の目をしていた少女。
あなたは拳を握る。
「……それで?」
アークは続ける。
「あなたは“異常”です。この世界にとっても、私にとっても」
「それ褒めてるのか?」
「事実です」
あまりにも平坦な言い方。
でも、その声の奥に――ほんのわずかに、揺れるものが混じっていた。
嬉しさ、のようなもの。
あなたはそれに気づいてしまう。
気づいてしまったせいで、余計に引っかかった。
「……お前、それでいいのか」
アークは小さく首を傾げる。
「何がですか」
「俺は“お前のため”に動くわけじゃない」
一拍。
それから、アークは少しだけ間を置いて答えた。
「問題ありません」
その声は、さっきより軽かった。
「あなたが動く理由が何であれ、結果として私が生存できればいいので」
その言い方は、冷たいようでいて――どこか安心しているみたいだった。
あなたは舌打ちしかけて、やめる。
この生物は本当にズレている。
でも、自分も同じくらいズレているのかもしれない、という嫌な感覚もあった。
あなたは天井を見上げる。
ルミナの顔が浮かぶ。
泣きそうに笑っていた少女。
「慣れてるので」
その言葉が、喉に引っかかる。
「……くそ」
小さく吐き捨てる。
そして、視線を戻す。
アークはじっとこちらを見ていた。
「最後に聞く」
「はい」
「お前、名前あるのか」
一瞬、アークが止まる。
それは初めて見る“処理落ち”みたいな間だった。
「名前……ですか」
「そうだよ。呼びづらいんだよ、お前」
アークは少し考えたあと、ぽつりと言った。
「個体識別名はあります」
「じゃあそれでいい」
「プリンです」
「は?」
今度はあなたの思考が止まる番だった。
「プリンです」
もう一回言った。
あまりにも普通に。
あなたは数秒固まる。
「……プリン?」
「はい」
「え、あのプリン?」
「甘味食品のことを指しているなら、それで合っています」
あなたは思わず天井を見上げた。
何だこの生物。
敵か味方か以前に、ネーミングが終わっている。
「なんでそんな名前なんだよ」
「こちらの世界で最初に観測された語彙です」
「適当すぎるだろ」
プリンは少しだけ胸を張るような仕草をした。
「気に入っています」
あなたは一瞬だけ真顔になる。
そして、どうでもいい感想が頭をよぎる。
――プリン好きだな、俺。
最悪のタイミングで、どうでもいい思考が割り込んでくる。
「……はあ」
ため息をつく。
その瞬間だった。
プリンが小さく言う。
「では契約を開始します」
「ちょ、待て、まだ――」
言い切る前に。
視界が白く弾けた。
音が消える。
重力の感覚が一瞬、裏返る。
何かが身体の中に“流れ込む”というより――
自分の輪郭が一度ほどけて、別の形に編み直される感覚。
「っ……!」
息が詰まる。
痛みはないのに、やけに怖い。
世界のルールが書き換えられていく感覚。
そして次の瞬間。
あなたは立っていた。
何事もなかったように。
ただ――違和感が、遅れて襲ってくる。
軽い。
いや、軽すぎる。
視界が少しだけ高い。
体のバランスが妙にしっくりこない。
服の重さが違う。
あなたはゆっくり自分の手を見る。
「……は?」
声が、変わっていた。
いや、声だけじゃない。
袖がある。
フリルがある。
光る装飾。
そして――鏡。
視線を上げると、そこには。
魔法少女になった“自分”が映っていた。
沈黙。
3秒。
5秒。
「……はあぁぁぁぁ!?」
ようやく悲鳴が出る。
全力の悲鳴。
完全に想定外の悲鳴。
「なんで!? なんで俺!? なんでこうなる!? え、プリン!? お前これどういう契約だよ!!」
部屋に声が反響する。
プリンは、ソファの上でぴょこんと揺れながら言った。
「成功です」
「成功じゃねえよ!!」
あなたは鏡を指差す。
「俺、魔法少女になってるじゃねえか!!」
プリンは少しだけ首を傾げる。
「問題ありますか?」
「あるに決まってるだろ!!」
間。
そしてプリンは、少しだけ嬉しそうに言った。
「適合率は非常に高いです」
「そういう問題じゃない!!」
あなたは叫びながら、自分のフリルを掴む。
現実が追いつかない。
頭の中だけが異常に冷静に考える。
――いや待て。
あなたは慌てて自分の身体を確認する。
まず胸元。
「……は?」
ないはずのものが、ある。
触れた瞬間に、別の身体だと理解させられる“確かな存在感”があって、思考がそこで一回止まる。
「いやいやいやいや……」
声が裏返る。
次は下腹部。
……あるはずのものが、ない。
その事実が頭に届くまで、数秒かかった。
あなたは慌てて自分の全身を見下ろす。
指が細い。腕も細い。骨格が違う。
そして――服。
フリル。リボン。光沢。
どう見ても魔法少女。
しかも。
「……なんでこんなに“完成度高い”んだよ」
ピンクの髪。
肩で揺れるボブカット。
鏡に映った瞬間、現実が一番ひどい形で確定する。
可愛い。
明らかに可愛い。
それが一番腹立たしい。
「違う違う違う違う……!!」
あなたは頭を抱える。
「なんでピンク!? なんでこんなガチでかわいい系!? もっとこうあるだろ!!黒とか!!実用性とか!!」
叫びが虚しく部屋に響く。
そのとき。
ソファの上で、ぷるん、と小さな影が揺れた。
プリンだ。
「適合結果、非常に良好ですね」
「ふざけんな!!」
即ツッコミ。
プリンは全く悪びれない。
「視覚的安定性も高いです。周囲の人間が安心する設計です」
「安心するわけねえだろ!!俺は男だぞ!!」
プリンは首を傾げる。
「問題がありますか?」
「あるに決まってんだろ!!」
あなたは自分の髪を掴む。
ピンク。
ピンク。
何度見てもピンク。
「恥ずかしすぎる!!」
プリンは少し考えたあと、ぽつりと言う。
「慣れてください」
「お前が言うな!!」
間。
プリンはぴょこんと跳ねる。
その瞬間、スカートがふわっと揺れる。
「っ……!!」
反射的に押さえる。
心臓が跳ねる。
羞恥心が一気に限界を超える。
「お前……」
あなたはプリンを睨む。
目が据わっていた。
「調子乗ってるな?」
プリンは一瞬だけ止まる。
「はい?」
「お前だよ」
あなたは拳を握る。
まだ戦闘の仕方も分からない。
力の正体も完全には掴めていない。
でも――
一つだけ、決めたことがある。
「まずお前を成敗する」
プリンはぴょこんと揺れる。
「理由を聞いても?」
「うるさい・恥ずかしい・全部お前のせいだ」
即答。
プリンは少し考えたあと、嬉しそうに言った。
「合理的です」
「どこがだ!!」
あなたは一歩踏み出す。
スカートがまた揺れる。
脚が見える。
恥ずかしさで頭が沸騰しそうになる。
でも、その奥で確実に何かが燃えていた。
羞恥。
怒り。
そして――妙にクリアな殺意。
「……覚悟しろプリン」
プリンはぴょこんと跳ねる。
「戦闘準備、完了ですね」
「うるさいバカマスコット」
ぴたり、とプリンが止まる。
一瞬だけ部屋が静かになる。
あなたは息を荒くしたまま、スカートを押さえながら睨みつけていた。
羞恥で顔は真っ赤のままなのに、目だけは妙に据わっている。
プリンは少し間を置いてから、ぽつりと言った。
「バカマスコット、ではありません」
「うるさい」
即答。
あなたは一歩踏み出す。
スカートが揺れる。
そのたびに羞恥が刺さる。
それでも、足は止まらなかった。
「お前のせいで全部めちゃくちゃだ」
プリンは首をかしげる。
「合理的な契約の結果です」
「その合理性を今すぐ破壊したい」
間。
プリンは、少しだけ嬉しそうに揺れた。
「戦闘意思の発現を確認しました」
「違う、説教だ!!」
叫びながらも、あなたの中で何かがはっきりしていく。
怒りでも、恐怖でもない。
もっと単純で、まっすぐなもの。
――この理不尽な世界への、反抗心。
街では今日も誰かが笑っている。
画面の中では少女が英雄扱いされている。
その裏で、誰かが消耗している。
そして今、自分もその側に落とされた。
でも。
あなたはスカートの裾をぎゅっと握りしめる。
「……うるさい、バカマスコット」
もう一度言う。
今度は、逃げじゃない。
決意だった。
プリンはぴょこんと跳ねる。
「正式名称はプリンです」
「知らん」
即答。
あなたは鏡を見る。
そこにはピンク髪の魔法少女がいる。
可愛くて、最悪で、恥ずかしくて、どうしようもない存在。
でも――
目だけは、さっきと違っていた。
「ここからだ」
小さく呟く。
プリンが静かに反応する。
「魔法少女活動を開始しますか?」
あなたは一拍置いてから、吐き捨てるように言った。
「違う」
「俺の戦いだ」
スカートが揺れる。
生足が光る。
羞恥はまだ消えていない。
むしろ増えている。
なのに――一歩目は、もう止まらなかった。
こうして。
理不尽で、最悪で、どうしようもない世界での――
あなたの魔法少女生活が始まった。
魔法少女が好きです。
18は欲しいか?
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よこせ
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いらぬ
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どちらでも