転生者がTS魔法少女になって頑張る話。   作:メルヘン侍

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第九話

 中部地方 とある山脈地帯

 

 夜空は、既に戦場へ変わっていた。

 

 空間に走る無数の亀裂、そこから次々と現れるアーク達。

 

 異形、獣、鳥。

 

 ありとあらゆるアークが、まるで雪崩のように溢れ出してくる。

 

「――っ!」

 

 あなたは空中を蹴り光線を回避。直後、拳を叩き込む。

 爆音、一体のアークが粉砕される。

 だが次が来る。

 横、後ろ、上空、息をつく暇もない。

 

「契約者!! 右です!!」

 

「見えてる!!」

 

 振り向きざまに魔力を纏った蹴り。

 鳥型アークの頭部が吹き飛ぶ。

 そのまま回転、空中で姿勢制御、迫る光弾を回避。

 

 山脈へ着弾した瞬間、岩盤が吹き飛んだ。

 

「数多すぎだろ……!」

 

「だから言いました!!」

 

「やはり最近少なかった分を溜め込んでいたようです!!」

 

「最悪だな!!」

 

 だが、口では軽口を叩きながらもあなたの集中力は極限まで研ぎ澄まされていた。

 この程度ならまだいいが、問題は。

 

「……来る」

 

 空気が変わり、瞬間、上空に巨大な魔法陣。

 

「っ!!」

 

 反射的に飛ぶ、次の瞬間。

 極太の光線が、夜空ごと山脈を薙ぎ払った。

 山が崩れる音が響く。

 あなたは歯を食いしばる。

 

「おいおい……」

 

「威力バグってんだろ……!」

 

 空の向こう、白い月。

 メンシスは、まるで王のように浮かんでいた。

 

『矮小で脆弱』

 

『やはり下等生物は下等生物か』

 

「うるせえな……!」

 

 あなたは再び踏み込み、空気が爆ぜる。

 一瞬で距離を詰める。

 拳を叩き込もうとして――

 

『遅い』

 

「っ!?」

 

 至近距離からの光線、防御する暇もなく直撃。

 

「がっ――!!」

 

 身体が吹き飛び、山肌へ激突。

 岩盤が砕ける。

 

「契約者!!」

 

 プリンの声。

 痛い、焼けるみたいだ。

 でも立てる。

 

 あなたは瓦礫を蹴り飛ばし、再び空へ飛ぶ。

 

「……効くなぁ、おい」

 

「当たり前です!!」

 

「だから危険だと言ったんです!!」

 

「でも」

 

 あなたは口元を吊り上げる。

 

「倒せない感じはしねえ」

 

『……』

 

 メンシスが沈黙し、周囲のアーク達が一斉にこちらへ襲いかかってくる。

 

 あなたは拳を握り、魔力が弾ける。

 

「まとめてぶっ飛ばしてやる」

 

 ここ数週間、あなたはずっと魔力制御の訓練をしてきた。

 

 理由はまず、魔力消費を抑えるため。

 

 そしてもう一つ、ハートの残滓が、恥ずかしいからだ。

 

 魔力を全開にすると、どうしても雰囲気が可愛くなる。

 

 桃色の魔力、ふわふわした光、暖かく優しい気配。

 

 なんかこう、全体的にキラキラしてる。

 

 本人としては、かなり不本意だった。

 

「男なのにこのオーラなの嫌なんだよなぁ……」

 

「似合っていますが」

 

「慰めになってねえ」

 

 だから、ずっと抑えていたが、あなたは周囲を見る。

 山、夜、人気なし。

 こんな山奥に誰かいるとは思えない。

 

 まして映像で見られているなんて、考えもしない。

 

「……まあ、いいか」

 

 あなたは拳を握る。

 

「本気でいきます」

 

「敬語化確認」

 

「言うな」

 

 瞬間、魔力が溢れた。

 

「――っ!?」

 

 プリンが目を見開く。

 

 空気が震える。

 

 いや、空間そのものが揺らいだ。

 

 桃色で、暖かくて、優しくて、なのに圧倒的なハートの魔力。

 

 今まで抑え込まれていた力が、一気に解き放たれる。

 

 夜空が染まり、ふわりと光の粒子が舞う。

 

 綺麗で、可愛らしくて、どう見ても男性魔法少女の演出ではない。

 

「うわやっぱ恥ずかしい……!」

 

「戦闘中です」

 

「わかってる!」

 

 アーク達がざわめく。

 

『な――』

 

 初めて、メンシスの声が揺れた。

 

『馬鹿な』

 

『なんだ、その魔力は――』

 

「うるさいです」

 

 あなたは空を蹴り、一瞬で加速、拳を振るい一閃。

 

 ただそれだけで、衝撃が空間ごと走った。

 

 大量のアークがまとめて吹き飛んだ。

 

 空が裂け、爆散。

 

 流星みたいに、無数のアークが山脈へ墜落していき、消滅する。

 

『ありえん……!』

 

『下等生物如きが……!』

 

 あなたは拳を握り直す。

 

 身体は軽く、魔力が馴染むが。

 

「っ……!」

 

 あなたは顔をしかめた。

 

「やっぱりこのキラキラ感慣れないですね……!」

 

「可愛いです」

 

「うるさいです!」

 

『調子に乗るなァァァッ!!』

 

 メンシスの怒声が、夜空を震わせた。

 

 瞬間、空間がまた裂ける。

 

 無数、夜空全体が割れたみたいに大量の亀裂が走った。

 

「うわ……」

 

 あなたは思わず顔を引きつらせる。

 

 そこからまたアークが溢れ出した。

 

 獣型。

 飛行型。

 巨大種。

 

 今まで以上の数のアーク、山脈を埋め尽くす勢いだった。

 

「いや多っ!!」

 

「予想以上です」

 

 プリンの声も僅かに硬い。

 

「契約者」

 

「流石に殲滅が追いつきません」

 

「だよなぁ……!」

 

 あなたは舌打ちする。

 

 魔力自体はまだ余裕があるが、単純に数が多すぎる。

 

 このまま相手をしていても、ジリ貧だ。

 

「……なら」

 

 あなたは空の向こうを見る。

 

 白い月、メンシス。

 

「元凶ぶっ叩くか」

 

「っ」

 

 プリンがこちらを見る。

 

「契約者」

 

「推奨しません」

 

「今ならまだ、他の魔法少女の到着を待つべきです」

 

「待ってたら山消えるだろこれ」

 

「ですが――」

 

「大丈夫だって」

 

 あなたは笑う。

 

 無理やりじゃない。

 

 いつも通りの、軽い笑い方。

 

「なんとかする」

 

 プリンは黙る。

 

 だが、その沈黙には不安が滲んでいた。

 

 あなたはそんなプリンを見て、少しだけ肩をすくめる。

 

「そんな顔すんなよ」

 

「……表情ありませんが」

 

「雰囲気だよ雰囲気」

 

 あなたは手を伸ばし、プリンの頭を軽く撫でた。

 

「お前はいつも通り、俺のスカートの下に隠れとけよ」

 

「危なくなったら回復頼む」

 

「……」

 

 プリンは少しだけ揺れる。

 

「不本意です」

 

「契約者を単独で突撃させるのは」

 

「知ってる」

 

「ですが」

 

 一拍。

 

「お供します」

 

 あなたは笑った。

 

「おう」

 

 そして、空を蹴り一直線。

 

 大量のアークを突っ切りながら、あなたは月へ向かって飛び出した。

 

 空気を裂きながら。あなたは一直線に飛ぶ。

 

 目指すは、ただ一つ。

 

『愚かな』

 

 極太の光線が放たれるが、あなたは止まらない。

 

 回避、加速、さらに別方向から光線。

 

 横を掠める熱、空間そのものを焼くような閃光。

 

 そこへ大量のアーク。

 

 前方を埋め尽くす異形達。

 

「邪魔です!!」

 

 魔力を纏った一撃でアークを吹き飛ばしながら進む。

 

 だが、数が多すぎる。

 

 横から爪。

 肩が裂ける。

 背後から牙。

 脇腹を抉られる。

 さらに、光線。

 

「っ、ぁ……!!」

 

 焼ける。

 熱い。

 痛い。

 血が散る。

 

 桃色の衣装が、赤く染まっていく。

 

「契約者!!」

 

 プリンの声。

 

「損傷増加!!」

 

「右脚部出血!!」

 

「左肩損壊!!」

 

「このままでは――」

 

「まだ……!」

 

 あなたは歯を食いしばる。

 

 避けて、避けて、避けて、近づく。

 

 あなたは近接戦闘が得意だから、近づかなければ始まらない。

 

 だから前へ、ただ前へ。

 

『しつこい』

 

 メンシスの声、次の瞬間空気が変わった。

 

「――っ」

 

 嫌な予感。

 

 だが、避けきれない。

 

 今までとは比較にならない、最速の光。

 

「――ぁ」

 

 一瞬、何が起きたかわからなかった。

 

 次に、視界が赤く染まる。

 

 遅れて、激痛。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 右腕が吹き飛んでいた。

 

「契約者!!!!!」

 

 プリンの叫び。

 

 痛い、痛い、痛い。

 

 頭が真っ白になり、呼吸は乱れ、飛びそうになる意識。

 

 それでもあなたは笑った。

 

「っ、は……!」

 

 血を吐きながら、それでもあなたは止まらない。

 

『なに……?』

 

 メンシスが初めて困惑する。

 

 普通の人間なら止まり、崩れて、恐怖する。

 

 なのに、あなたは前へ進む。

 

 一歩、また一歩。

 

「守りたいんです……!」

 

 脳裏に浮かぶ青い髪、優しい笑顔、少し困ったように笑う顔。

 

 ルミナ。

 

 一緒にご飯を食べて、抱きしめて、笑ってくれた。

 

 大事そうに、あなたの名前を呼んでくれた。

 

「一緒に……いたい……!」

 

 胸が熱い、魔力が溢れる。

 

 桃色の光が、爆発するみたいに噴き出した。

 

『馬鹿な……!!』

 

 メンシスが動揺する。

 

『その損傷で!!』

 

『なぜ止まらん!!』

 

 圧倒的な魔力が膨れ上がり、限界を超える。

 

「う、ぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 あなたは踏み込む。

 

 右腕がないなら、残った左だ。

 

 魔力を拳へ込める。

 

 メンシスの声に、初めて明確な恐怖が混じった。

 

『やめ――』

 

「ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 拳が届く瞬間、世界が桃色の光に包まれた。

 

 山脈。

 空。

 夜。

 

 全部を塗り潰すほどの、膨大な光。

 

 そしてその瞬間。

 

『――ノクス!!』

 

 聞こえるはずのない声が、確かに聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 中部地方 とある山脈への道中

 

 二つの光が、夜空を切り裂いていた。

 

 ルミナとステラが、魔力を全開にし最高速で空を飛んでいた。

 

 風が唸り景色が流れるが、それでも遅い。

 

 ルミナにはそう感じた。

 

「っ……!」

 

 胸がずっと苦しく、嫌な予感が消えない。

 

 その時、遠くから凄まじい魔力衝突が響き空気が揺れる。

 

 山脈の向こうで、巨大な力同士がぶつかっている。

 

 しかも一度じゃなく、何度も。

 

「ノクス……!」

 

 ルミナの顔が青ざめ、速度がさらに上がる。

 

「ルミナっ!!」

 

 横を飛ぶステラが叫ぶ。

 

「落ち着いてっ!!」

 

「でも……!」

 

「大丈夫っ!!」

 

 ステラは強く言い切った。

 

「あいつ強いからっ!!」

 

「あたしと同じくらいにはっ!!」

 

 第三世代最強。

 

 そう言われるステラが、自分と同格だと認めるほどに。

 

 ノクスは強い。

 

「だからっ!!」

 

 ステラは笑う。

 

「絶対助けようねっ!!」

 

「……っ」

 

 ルミナの目が揺れる。

 

 そして。

 

「……ありがとうございます」

 

 心からのお礼だった。

 

 すると、一瞬だけステラの笑顔が曇った。

 

「……あなたは」

 

 小さな声、けれどどこか優しい響き。

 

「私みたいに、なっちゃダメだよ……?」

 

「……え?」

 

 ルミナが困惑する。

 

 だが、ステラはすぐぱっと明るい顔に戻った。

 

「よーしっ!!」

 

 ぱんっと自分の頬を叩く。

 

「もう現場着くよっ!!」

 

 瞬間、彼女の魔力が跳ね上がる。

 

 オレンジ色の光、熱量、灼熱みたいな魔力が周囲を包み込む。

 

 ルミナも魔力を高め、戦闘準備。

 

 そして、二人は山脈へ到達した。

 

 その瞬間、ルミナの視界に映ったもの。

 

「――え」

 

 桃色の光、爆発する血、空中に舞うノクスの右腕。

 

「――――ぁ」

 

 理解が一瞬遅れた。

 

 なのにノクスは止まらなかった。

 

 血を撒き散らしながらそれでも前へ進む。

 

 左拳へ膨大な桃色の魔力を集束させる。

 

 暖かくて優しくて、なのに圧倒的な巨大すぎる力。

 

 そしてノクスは叫んだ。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 左拳が振り抜かれる。

 

 桃色の光が、世界を呑み込んだ。

 

 「うわっ……!?」

 

 ステラが思わず目を見開く、吹き荒れる衝撃波。

 

 そして空の向こう、白い月、あの強大なアークがひび割れながら凄まじい勢いで地上へ堕ちていく。

 

 山脈を揺らしながら、圧倒的だった存在が墜落していく。

 

「な、なにこれっ……!?」

 

 ステラが息を呑む。

 

 第三世代最強の彼女ですら、思わず圧倒される光景だった。

 

 だが、ルミナはそんなもの見ていなかった。

 

「……ノクス」

 

 視線の先、桃色の光の中にいた。

 

 右腕を失い、全身血だらけで、それでも戦い抜いた一人の魔法少女。

 

 そしてその身体が、力を失ったように空から落ちていく。

 

「――ノクス!!」

 

 ルミナが叫ぶ瞬間。

 

 空気が爆ぜ、青い魔力が噴き出す。

 

 彼女は一直線に飛び出した。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「契約者」

 

 声がする、ぼやけた視界、冷たい空気。

 

 どうやら、山肌に倒れているらしい。

 

 あなたはゆっくり目を開けた。

 

「……ん」

 

 全身が痛く、身体も重い。

 特に右側。

 

 酷いのが見なくてもわかる。

 

「意識回復を確認しました」

 

「生体反応も安定方向です」

 

「よかったですね」

 

「機械みてえな報告だな……」

 

「事実ですので」

 

 いつもの調子に少し安心する。

 

「……どれくらい寝てた」

 

「数十秒です」

 

「マジかぁ……」

 

 もっと長く気絶していた気がした。

 

 身体を動かそうとして。

 

「っ……!」

 

 激痛、思わず顔が歪む。

 

 痛い、疲労も酷い。

 

 魔力もかなり消耗してるし、身体がほとんど動かない。

 

「欠損部位の修復は後回しです」

 

「現在は止血と生命維持を優先しています」

 

「さらっと怖いこと言うなぁ……」

 

「四肢欠損前提で戦闘した契約者が悪いです」

 

「根に持ってる?」

 

「持っています」

 

「機械のくせに……」

 

「機械ではありません」

 

「高次存在だっけ」

 

「はい」

 

「便利ワードだなほんと」

 

 あなたは小さく笑い、そして息を吐く。

 

「……メンシスは」

 

 プリンが少し黙りそれから。

 

「……逃亡した可能性が高いです」

 

「かなりの損傷は確認しました」

 

「ですが」

 

「消滅反応がありませんでした」

 

「そっか……」

 

 悔しいが、今の状態で追える相手じゃない。

 

 あなたは小さく笑った。

 

「逃げたなら……まあ、痛い目は見せれたか」

 

「はい」

 

 プリンが静かに答える。

 

「契約者のおかげです」

 

「……ありがとうございます」

 

 その声は、いつもの機械的な調子なのにどこか震えて聞こえた。

 

 あなたはゆっくり左腕を動かす。

 

 残った方の腕で、プリンを抱き寄せた。

 

「わ」

 

「お疲れさん」

 

 そのままわしゃわしゃ撫でる。

 

「契約者」

 

「やめてください」

 

「嫌でーす」

 

「可愛いので」

 

「……む」

 

 プリンが細かく揺れ、テンパっている時の動き。

 

 あなたは少し笑った。

 

「なんだよ」

 

「泣いてんのか?」

 

「泣いていません」

 

「感情制御に乱れがあるだけです」

 

「機械用語やめろ」

 

「機械ではありません」

 

「はいはい高次存在高次存在」

 

「雑です」

 

 プリンはまだ、ぶるぶる震えていた。

 

 まるで、泣いているみたいに。

 

 

 

 「……そういえば」

 

 プリンがぽつりと呟く。

 

「今回の戦闘ですが、恐らく映像が回っています」

 

「……は?」

 

 あなたは目を瞬かせた。

 

「なんで?」

 

「観測系魔力を感知しました。おそらく管理庁です」

 

「マジかよ……」

 

 顔が引きつり、脳裏に浮かぶ。

 

 桃色の魔力にキラキラエフェクト。

 

 女性のような喋り方。

 

「……終わった」

 

「何がです?」

 

「俺の精神衛生」

 

「大袈裟です」

 

「大袈裟じゃねえよぉ……」

 

 あなたは頭を抱えようとして、右腕がないことを思い出した。

 

「っあーもう最悪……」

 

「ですが好都合です」

 

 プリンは続ける。

 

「今回は管理庁で治療を受けましょう」

 

「ん?」

 

「修復自体は可能です」

 

「ですが、今回は損傷が大きすぎます」

 

「契約者の生命維持も含め、専門設備を使うべきです」

 

「……心配してくれてんの?」

 

「当然です」

 

「契約者は危険人物なので」

 

「悪口混ざってる」

 

「事実です」

 

 このやり取りが、妙に安心する。

 

「……わかった」

 

「今回は大人しくする」

 

「推奨します」

 

 そこで、ふとあなたは気づいた。

 

「……あれ」

 

 空気が、揺れている。

 

 高速接近する覚えのある魔力。

 

 青い光。

 

「……あ」

 

 嫌な予感。

 

「ノクス!!」

 

 ルミナだ。

 

「やっべ」

 

 あなたの背筋に、最大級の警鐘が走った。

 

 絶対怒られる。

 

 無茶するなって、散々言われてたのに。

 

 右腕吹き飛んでるしどう考えてもアウトだ。

 

「プリン!逃げるぞ!」

 

「無理です」

 

「即答!?」

 

 次の瞬間、青い光が降ってくる。

 

「ノクス!!」

 

「ひっ」

 

 あなたは反射的に目を閉じた。

 

 絶対に説教だと確信した。

 

 だが、次に感じたのは柔らかい感触だった。

 

「……え」

 

 抱きしめられている。

 

 あなたはゆっくり目を開けた。

 

 そこにいる目の前の少女は涙を流していた。

 

 ぼろぼろに泣いている。

 

 あの日抱きしめた夜の比ではない。

 

 声にならないくらい、涙を流していた。

 

 映像があり、管理庁にも他の魔法少女達にもこの光景は見られているはずだ。

 

 それなのに、ルミナはそんなことまるで気にしていなかった。

 

 魔法少女としての立場も、人目も、全部忘れたみたいに。

 

 ただ、あなたへしがみついて泣いていた。

 

「っ……ぅ……っ」

 

 震える声、掠れた呼吸、服を掴む指先が壊れそうなくらい強い。

 

 あなたは呆然とし、驚いていた。

 

 こんなルミナを初めて見たからだ。

 

 ルミナは強くて、綺麗で、凛としていて、どこか完璧で、泣く時だって静かに泣く人だった。

 

 なのに、今の彼女はぐちゃぐちゃだった。

 

 顔を真っ赤にして、涙で息も乱して、必死にあなたへしがみついている。

 

 まるで、離したら消えてしまうと思っているみたいに。

 

「……ごめん」

 

 自然と、言葉が零れた。

 

 怒られると思っていた。

 

 呆れられると思っていた。

 

 でも違った。

 

 ルミナはただ、あなたが生きていたことに泣いていた。

 

 あなたは残った左腕を動かす。

 

 激痛が走り、それでもそっとルミナを抱きしめ返した。

 

「心配かけた」

 

「っ……!」

 

 その瞬間、ルミナがさらに強く抱きついてきた。

 

 胸元へ顔を埋めて、声を殺しきれないまま泣いている。

 

 あなたは笑った。

 

 どうしようもなく胸が苦しいのに、それ以上に嬉しかった。

 

 いつも皆の前で、完璧な魔法少女でいようとしている彼女が。

 

 今だけは、ただの少女に戻ってくれている。

 

 どうしようもなく、愛おしかった。

 

 あなたはゆっくり、ルミナの背中を撫でる。

 

「生きてるから」

 

「ちゃんと、ここにいるから」

 

 ルミナは答えない。

 

 ただ、ずっと泣いていた。

 

 夜空の下、冷たい風が吹いている。

 

 戦いの熱だけが、まだ山脈に残っていた。

 

 その中で、青い魔力と桃色の魔力が静かに混ざり合っている。

 

 まるで二人だけの世界みたいだった。

 

 その時間は、永遠みたいに長く感じられて。

 

 なのに一瞬みたいにも思えた。

 

 そしてとても、とても幸せだった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 どれくらい時間が経っただろうか。

 

 数分かあるいは、もっと短かったのかもしれない。

 

 ようやくルミナの涙は落ち着いていた。

 

 けれど、彼女はまだあなたを抱きしめたままで離さない。

 

 まるで、一度離したら本当に消えてしまうとでも思っているみたいに。

 

 あなたは少し困ったように笑う。

 

「……ルミナ」

 

「……」

 

「そろそろ苦しい」

 

「嫌」

 

「即答」

 

 掠れた声なのに、妙に強かった。

 

 あなたは苦笑する。

 

 何か言おうとして、その瞬間。

 

「ねえねえーーー!!!」

 

 超絶元気な声が、空気をぶち壊した。

 

 ステラだった。

 

 オレンジ色の髪を揺らしながら、ひらひら手を振っている。

 

「あたし頑張ってるんだけどさっ!!」

 

「まだアーク結構残ってるんだよねっ!!」

 

「だから手伝ってほしいなーってっ!!」

 

「……おう」

 

 あなたは頷こうとして。

 

「っ……!」

 

 激痛で身体が動かない。

 

 普通に限界だった。

 

 さらに。

 

 ぎゅっとルミナの抱きしめる力が強くなる。

 

 すごい圧だ。

 

 行かせる気ゼロである。

 

「駄目」

 

「いやでも」

 

「駄目」

 

「はい……」

 

 怖い。

 

 あなたがしゅんとなっているとプリンがぴょこんとルミナの肩へ移動した。

 

「ルミナ」

 

「少々提案があります」

 

「……?」

 

 そして、こしょこしょと耳打ち。

 

 ルミナは少し目を瞬かせた後。

 

「……わかった」

 

 即了承。

 

 何故かすごく嫌な予感がした。

 

 ルミナがこちらへ戻ってくる。

 

 笑顔だが、なんか怖い。

 

「……なにする気だ」

 

「秘密」

 

「怖いんだけど」

 

 問い返そうとした。

 

 その瞬間、白く細い指がそっとあなたの顎へ触れる。

 

「……ん」

 

 くい、と逃げる視線を優しく持ち上げられた。

 

「……は?」

 

 近い。

 ルミナの顔が、青い瞳が。

 

 熱を帯びたみたいに、まっすぐこちらを見つめている。

 

 あなたの思考が止まった。

 

 何も言えない。

 

 ただ、呼吸だけが変に浅くなる。

 

「ちょ、ルミ――」

 

 言葉は最後まで続かなかった。

 

 柔らかい熱が、唇へ重なったからだ。

 

「――っ!?」

 

 唇を塞がれる。

 

 頭が真っ白になった。

 

 深く、熱っぽく、甘いキス。

 

「んっ……」

 

 ルミナの指が、あなたの頬を優しく撫でる。

 

 逃がさないみたいに、顎を支えられたままさらに深く口づけられる。

 

「っ、ぁ……」

 

 呼吸が乱れ、脳が痺れる。

 

 傷の痛みさえ一瞬わからなくなる。

 

 柔らかくて、熱くて、気持ちいい。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

 

 しかも、キスされるたび身体の奥から魔力が抜けていく感覚。

 

 ぞくりとした。

 

 力を奪われているのに嫌じゃない。

 

 むしろ。もっと欲しいと思ってしまう。

 

「ん……っ」

 

 いつの間にかあなたは抵抗を忘れていた。

 

 それどころか無意識にルミナを求めてしまう。

 

 もっと。

 もう少し。

 離れないで。

 

 そんな風に思った瞬間、唇が離れる。

 

「ぁ……」

 

 熱に浮かされたみたいな声が漏れた。

 

 ぼんやりした顔で、あなたはルミナを見る。

 

 すると、ルミナは少しだけ悪戯っぽく笑った。

 

「ごちそうさまです」

 

「……へ?」

 

 身体を確認する。

 

 残っていた魔力が、ほとんど消えていた。

 

 代わりにルミナの魔力が跳ね上がっている。

 

「おま、え……」

 

 めっちゃ吸われた。

 

 あなたが顔を真っ赤にしていると、ルミナはそっと立ち上がった。

 

 青い魔力が揺れる。

 

 さっきまで泣いていたとは思えないほど綺麗で、強い。

 

 そして、こちらを振り返る。

 

「続きは帰ってからね」

 

「っ……!」

 

 あなたの顔がさらに赤くなる。

 

 頭が全然回らない。

 

 それでも、口から出たのは。

 

「……は、はい……」

 

 少し離れた場所ではステラがいる。

 

「うわぁーっ!!」

 

「見ちゃダメかなって思うのに気になるーっ!!」

 

 指の隙間全開で見ていた。

 

「っ、お、おいステラこれは違っ……」

 

 言い訳しようとした。

 

 だが。

 

「……あれ」

 

 視界が揺れ、ぼやける。

 

 力が入らない。

 

 当然だった。

 

 あなたは既に満身創痍。

 

 右腕は失い全身傷だらけ、魔力も限界近かった。

 

 そのうえ残っていた魔力まで、ほとんど吸い取られたのだ。

 

「契約者」

 

 プリンの声が遠い。

 

「魔力枯渇による意識低下です」

 

「……あー」

 

 駄目だ、眠い。

 

 急激に意識が落ちていく。

 

 あなたの身体がぐらりと傾く。

 

 すると、ルミナがそっと抱き留めた。

 

「ふふ」

 

 優しい笑顔。

 

 泣いていたとは思えないくらい、穏やかな顔だった。

 

「後は任せて」

 

 その手が、あなたの頭をゆっくり撫でる。

 

 暖かくて、優しい。

 

 その感触だけで、身体から力が抜けていく。

 

「……ん」

 

 大丈夫だと、そう思えた。

 

 ルミナがいる。

 

 安心して、あなたは意識を手放した。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 ルミナは、ノクスの呼吸が静かになったのを確認する。

 

「……寝ちゃった」

 

 小さく呟く声は、どこか安心したようだった。

 

 彼女はそっと、ノクスの身体を抱え直す。

 

 壊れ物を扱うみたいに慎重にゆっくりと、山肌へ横たえる。

 

 その途中視線が止まった。

 

 失われた腕。

 

「……っ」

 

 胸が痛む。

 

 ついさっきまで、あんな風に笑っていたのに。

 

 こんなになるまで、一人で戦っていた。

 

 ルミナは唇を噛む。

 

「修復は行います」

 

 プリンが静かに言った。

 

「欠損部位も含め」

 

「時間は必要ですが」

 

「問題ありません」

 

「……本当に?」

 

「はい」

 

「契約者はしぶといので」

 

「そこは否定できないわね……」

 

 ルミナは少しだけ笑った。

 

 それでも、まだ不安そうな目をしている。

 

 プリンはそんな彼女を見上げる。

 

「ですので」

 

「ルミナは戦闘へ向かってください」

 

「残存アークの処理を」

 

「……うん」

 

 ルミナはゆっくり頷いた。

 

 そして最後にもう一度だけ、眠るノクスの髪を優しく撫でる。

 

「待ってて」

 

 小さく呟いて彼女は立ち上がった。

 

 青い魔力が揺れる。

 

 先ほどまで泣いていた少女は、もういない。

 

 そこにいるのは。

 

 強く美しい、魔法少女ルミナだった。

 

 彼女はステラのもとへ向かって飛び立つ。

 

 夜空へ、青い光が駆けていった。

 

 「ルミナーっ!!」

 

 先に居るステラが、ぶんぶん手を振った。

 

「とりあえず安心していいよっ!!」

 

「……何が?」

 

「映像っ!」

 

「あたしの戦闘優先で映してたからっ!」

 

「そっちのやり取りは映ってないよっ!」

 

 ルミナは一瞬だけ目を瞬かせ、それから小さく息を吐いた。

 

「……そう」

 

 その反応にステラがにやにや笑う。

 

「えーっ!」

 

「やっぱ見られたくなかったんだっ!?」

 

「イチャイチャしてたもんねっ!」

 

「してないわよ」

 

 即答、声音はいつも通り落ち着いている。

 

 だが、否定した後ルミナは静かに続けた。

 

「……ただ」

 

「あんな可愛い顔、見せたくないもの」

 

「……え?」

 

 ステラが固まる。

 

 ルミナは平然としていた。

 

「泣きそうになってたり、恥ずかしそうにしてたり、ああいう顔は貴重なの。だから駄目よ」

 

「独占欲つよーっ!!」

 

 ステラが大笑いする。

 

 ルミナは少しだけ視線を逸らした。

 

 けれど、否定はしなかった。

 

「まあでもよかったよっ!」

 

「ノクス無事だったしっ!」

 

「……うん」

 

 ルミナが静かに頷く。

 

 その横顔は、いつもの凛とした魔法少女ルミナのものだった。

 

 けれど、その瞳だけはどこか柔らかかった。

 

 ルミナは一度だけ深呼吸をした。

 

 そして、静かに前を向く。

 

 まだ戦いは終わっていない。

 

 山脈には、大量のアーク反応が残っている。

 

 強さ自体は、一体一体ならそこまでではない。

 

 だが、数が多すぎた。

 

 だからこそ、ステラも処理に時間を取られているのだろう。

 

「ルミナっ!」

 

 ステラが空中で振り返る。

 

「あたし前出るからっ!」

 

「ルミナは後方支援お願いっ!」

 

 だが、ルミナは静かに首を振った。

 

「いいえ」

 

「ステラこそ休んで」

 

「ここからは私がやるわ」

 

「えぇっ!?」

 

 ステラが目を丸くする。

 

「いやいやっ!」

 

「ルミナだって消耗してるでしょっ!?」

 

「平気よ」

 

 その返答は短いが、次の瞬間。

 

 轟、と青い魔力が溢れ出した。

 

「――っ!?」

 

 空気が震え、夜空が青く染まる。

 

 霧みたいに広がっていく、膨大な魔力。

 

 その勢いに、ステラは思わず息を呑んだ。

 

「うっそぉ!?!?」

 

「なにこれっ!!」

 

「ルミナめちゃくちゃ強くなってるじゃんっ!!!」

 

 驚きの声。

 

 けれど、その表情はどこか嬉しそうだった。

 

「えっ待ってっ!」

 

「これもう第三世代トップ争いしてないっ!?!?」

 

「いやしてるよねっ!?!?」

 

 ルミナは答えない。

 

 ただ静かに、魔力を解き放っている。

 

 その姿を見て、ステラはにっと笑った。

 

「いいねいいねっ!!」

 

「そういうの大好きっ!!」

 

「じゃあ任せたっ!!!」

 

 彼女は素直に後方へ下がる。

 

 その背中を見送りながら、ルミナは静かに目を閉じた。

 

 思い出すのは、ノクスの顔。

 

 熱っぽく潤んだ目、ぼんやりした表情、唇を重ねた時の甘い吐息。

 

 そしてあの魔力。

 

「……おいしかった」

 

 ぽつりと漏れ、身体の奥が熱い。

 

 青い魔力がさらに膨れ上がる。

 

 雨が降り始め、霧が山脈を覆う。

 

 大きな光が夜を塗り潰していく。

 

 その瞬間、管理庁の映像魔法が衝撃で遮断された。

 

 画面が白く飛び、ノイズ。

 

 途切れる映像。

 

 そして数秒後。

 

 映像が復旧した時、山脈にいたはずのアークは一体残らず消滅していた。




あと一話でとりあえず一章完って感じですかね。

18は欲しいか?

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