転生者がTS魔法少女になって頑張る話。   作:メルヘン侍

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これ、セーフ?


第十話

あれから、一週間が経った。

 

 世界は――特に変わっていない。

 

 アークはまた、何事もなかったみたいに現れる。

 警報が鳴って、魔法少女が出撃して、誰かが歓声を上げ、誰かが泣く。

 

 そんな日常が、また繰り返されていた。

 

 ニュースでは、先日の大規模戦闘が何度も特集されている。

 “謎の新世代魔法少女”。

 “桃色の超高出力個体”。

 “第三世代の勢力図を変える存在”。

 好き勝手言われていたけど、結局それも消費されるだけの話題だった。

 

 人々は熱狂して、盛り上がって、数日後にはまた次の刺激へ目を向ける。

 

 魔法少女の扱いも変わらない。

 戦って当然、傷ついて当然、命を懸けるのも当然。

 そんな価値観が、相変わらず世界に根付いている。

 

 何も変わっていない。

 少なくとも、世界は。

 

 

 

 ――けれど。

 

 あなたの周囲は、そこそこ変わった。

 

 まずは、あなた自身の扱いについてだ。

 あの戦いの後、あなたはそのまま魔法少女管理庁に保護された。

 

 理由はいろいろある。右腕欠損レベルの重傷、異常な魔力量、そしてプリンの存在。

 

 検査も山ほどされた。

 身体検査、魔力測定、精神チェック、“危険性評価”とかいう、あまり聞きたくない単語まで飛び交っていた。

 

 なお、プリンは終始むすっとしていた。

 

「契約者を実験動物みたいに扱わないでください」

 

 言いながら検査機材をじっと睨んでいた。怖い。

 

 そんなこんなで話し合いの結果、あなたは正式に管理庁所属の魔法少女になった。

 

 正直かなり悩んだ。プリンのこともある。自分自身、普通の魔法少女とは明らかに違う。管理庁を、完全に信用しているわけでもない。

 

 だが、秋葉が静かに言ったのだ。

 

「信じてほしい」

 

 まっすぐな目だった。落ち着いていて、揺らがなくて、“大人”という言葉が、

 そのまま人の形になったみたいな人。

 

 あなたは少しだけ見惚れた。

 

「……なんか秋葉さんってさ」

 

 プリンに振る。

 

「普通に美人だよな」

 

「ノクス?」

 

 隣から、すごく冷たい声。

 

「あっ」

 

 ルミナだった。

 

 笑顔、でも目が笑っていない。

 

「へぇ」

 

「年上のお姉さん系が好きなんだ」

 

「いや違っ」

 

「ふふ」

 

 秋葉が楽しそうに笑う。

 

「ルミナ」

 

「あまり困らせてやるな」

 

「秋葉さんまで乗ってこないで!?」

 

 その後、あなたはルミナから“あとで詳しく聞かせてもらう”らしい。怖い。

 

 ともあれ、結果としてあなたは特別所属扱いになった。

 世代関係なし、担当区域もなし、簡単に言えば秋葉直属。

 

「……そんなのあんの?」

 

 あなたが聞くと、秋葉は紅茶を飲みながら平然と答えた。

 

「ある」

 

「今作った」

 

「職権乱用じゃねえか」

 

「問題ない」

 

「私は偉いからな」

 

 なお、後で聞いた話によると秋葉は第一世代で二番目に強かったらしい。しかも、現在の管理庁でもかなり上の立場。

 つまり本当に偉かった。

 

「権力って怖……」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

「褒めてねえよ」

 

 ちなみに、ルミナはその会話を横で聞きながらかなり満足そうだった。

 

「これで堂々と一緒にいられますね」

 

 隠す気ゼロである。

 

「お前最近堂々としすぎじゃない?」

 

「だって好きだもの」

 

「うわ直球」

 

 あなたが顔を赤くする横で、秋葉は静かに紅茶を飲み、プリンはぷるぷる揺れていた。

 

「青春ですね」

 

「他人事みたいに言うな」

 

 

 

「たださ」

 

 あなたはふと、気になっていたことを口にする。

 

「ほんとにいいのか?」

 

「なにがだ?」

 

 秋葉が紅茶を置きながら視線を向ける。

 

「いや、俺の扱い。あの戦い結構騒ぎになってるだろ。メディア出演とか担当区域とか、普通もっと色々決めるもんじゃねえの?」

 

 実際、話し合いの最中も周囲の職員達はかなり難色を示していた。

 

『危険性が未知数です』

 

『少なくとも監視体制は――』

 

『戦略級戦力の可能性があります』

 

 などなど、まあ言いたいことはわかるし、自分でも普通じゃないとは思っている。

 だが。秋葉は静かに答えた。

 

「大丈夫だ」

 

「お前はかなり特殊だ。しかし、だからこそこちらのそばへ置いておきたい」

 

「……ん?」

 

 あなたは少し眉をひそめる。その言い方に、妙な違和感があった。

 まるで“保護”だけが目的ではないみたいな。

 

「どういう――」

 

「まあ」

 

 秋葉が会話を遮る。

 

「今は聞かないでくれ。そのうちわかる」

 

 そう言って、彼女はいつもの落ち着いた笑みを浮かべた。

 

「それに、明日には職員も民衆も何事もなかったように受け入れるさ」

 

「……は?」

 

 意味がわからない。そんな都合よくいくわけがない。

 そう思ったが、秋葉はそれ以上説明しなかった。

 

 だから結局、深くは聞けなかった。

 その先を聞くのが、少し怖いと思った。

 

 そして、次の日。

 

 世界は本当に、何事もなかったようにあなたを受け入れていた。

 テレビでは、あなたの存在が自然に報道される。

 ネットでも、管理庁でも、街の人々ですらまるで最初からそこにいた存在みたいにあなたを認識していた。

 

 誰も疑問に思わず、誰も騒がず、“新しい有名魔法少女”が増えた。

 ただそれだけみたいに。

 

「……いや絶対おかしいだろ」

 

 あなたは思わず呟く。

 近くでジュースを飲んでいたステラが、ぴたりと動きを止めた。

 

「……あー」

 

 少しだけ声のトーンが落ちる。

 

「ノクスも気づいちゃうよねーっ……」

 

「……何か知ってんのか?」

 

「んー」

 

 ステラはストローをくわえたまま、少しだけ視線を逸らした。

 

「知ってるっていうかぁ」

 

「なんか」

 

「“そうなってる”って感じ?」

 

「は?」

 

「えっとねっ!」

 

 ステラはいつもの調子へ戻るみたいに、ぱっと笑った。

 

「深く考えない方がいいやつっ!!」

 

「絶対それよくないやつだろ」

 

「かもっ!!」

 

 元気よく返された。

 だが、その笑顔の奥にほんの少しだけ緊張が混じっているのをあなたは見逃さなかった。

 

「……ルミナは?」

 

 ふと尋ねる。

 ルミナは少しだけ考えるように目を伏せ、静かにあなたの手を握った。

 

「気づいてますよ」

 

「やっぱりか」

 

「でも」

 

 ルミナはそこで、あなたへ身体を寄せる。

 柔らかい温もり、落ち着く香り。

 

 

「今は、こうしてあなたと一緒にいられる方が大事」

 

「……お前なぁ」

 

「何か問題でも?」

 

 真顔だ。隠す気もない。

 あなたはなんとも言えない顔になる。

 

 だが、ルミナは本当にそれ以上追及する気がないらしかった。

 違和感には気づいている。この世界がおかしいことも。

 

 けれど、今はまだあなたの隣にいることを優先している。

 そんな風に見えた。

 

 そしてそれは、あなたも同じ。

 

 世界はおかしい。

 秋葉は何かを知っている。

 プリンも、きっとまだ隠していることがある。

 考えれば考えるほど、不安になる。

 

 けれど今、こうして隣にいるルミナの温もりだけは確かだった。

 繋いだ手、寄り添う体温、穏やかな呼吸。

 それが妙に安心できた。

 

 だから、あなたも今は深く考えるのをやめた。

 ただ、この温かさをできる限り長く感じていたいと思った。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 そうして、あなたたちは日常へ戻った。

 ノクスとルミナとプリンの三人暮らし。

 

 最初は本当に大変だった。

 突然増えた同居人。

 片方は超有名魔法少女で、もう片方は犬みたいな猫みたいな高次存在。

 

「ノクス、お野菜も食べてください」

 

「嫌です」

 

「嫌じゃありません」

 

「なんでそこだけ圧強いんだよ」

 

 すると、向かい側に座っていたルミナも静かに口を開く。

 

「ノクス」

 

「ちゃんと食べないと駄目ですよ」

 

「うっ」

 

 プリンとルミナは、最初から完全に同じ意見だった。逃げ道がない。

 

「好き嫌いはよくないです」

 

「お前ら絶対こういう時だけ連携良いよな……」

 

「健康管理ですので」

 

「大事なことです」

 

「ぐっ……」

 

 あなたは露骨に嫌そうな顔で皿の野菜を見る。

 すると、ルミナがふと立ち上がった。

 

「……?」

 

 彼女はそのままフォークで野菜を刺す。

 そして、自然な動作であなたの前へ持ってきた。

 

「あーん」

 

「っっっ!?」

 

 あなたの顔が一瞬で赤くなる。

 

「な、なにしてんだお前!?」

 

「食べないからでしょう?」

 

「いやそうだけど!」

 

「ほら」

 

「あーん」

 

「やめろやめろ恥ずかしい!!」

 

 しかもルミナは真顔だ。逃げ場がない。

 横ではプリンがぷるぷる揺れている。

 

「有効手段ですね」

 

「お前も乗るな!」

 

「早くしてください」

 

「冷めます」

 

「圧がすごい!!わ、わかった食うから!!」

 

 耐えきれなくなったあなたは急いで野菜を口へ放り込んだ。

 

 もぐもぐ。

 

「えらいですね」

 

 ルミナが満足そうに微笑む。

 

「くっそ恥ずかしい……」

 

 あなたはテーブルへ突っ伏した。

 

 その横でルミナは楽しそうに笑い、プリンはどこか誇らしげに揺れていた。

 

 あなたはとても恥ずかしかった。

 恥ずかしかったけど、今この瞬間だけは。

 全部どうでもよくなるくらい、幸せだと思った。

 

 

 

*

 

 

 

 その後も、あなたたちはいつも通りの時間を過ごした。

 ルミナと一緒に食器を洗って、洗濯物を畳んで、プリンに「雑です」と駄目出しされて。

 

「いや十分綺麗だろこれ!」

 

「角が揃っていません」

 

「細かっ」

 

「生活の質に関わります」

 

「高次存在のこだわりそこなの?」

 

 そんなくだらない会話をして、夜になってからは三人でソファに座ってテレビを見る。

 内容はよくあるバラエティ番組だ。正直そこまで面白いわけじゃない。

 でも、隣でルミナが小さく笑っていて、足元ではプリンが揺れていて、その空気が妙に心地よかった。

 

 気づけば、外はすっかり暗くなっていた。リビングには静かな空気が流れている。

 テレビも消えて、窓の外には夜の街明かりだけ。

 

 あなたはソファから立ち上がりふと床を見る。

 プリンがいた。いつもの定位置。

 小さな身体を伏せて、静かに揺れている。

 

「……寝てんのか?」

 

 反応はなく、どうやら本当に寝ているらしい。珍しいなと、あなたは少しだけ笑った。

 近くに置いてあった毛布を持ち上げ、そっとプリンへ掛けてやった。

 

「……ん」

 

 小さく揺れるが、起きない。

 

 あなたはその様子を見てなんとなく頬を緩めた。

 

 静かで、穏やかで、暖かい夜だった。

 

 

 

*

 

 

 

「どうしましたか?」

 

 ルミナが首を傾げる。

 

「……ちょっと話したくて」

 

 そう答えながら、あなたは軽く視線を逸らした。

 

「その……俺の部屋でいいか?」

 

 なんとなくルミナの部屋は落ち着かない。色々意識してしまうからだ。

 だが、ルミナは小さく首を振った。

 

「ここでいいですよ」

 

「……お、おう」

 

 あなたは少し緊張しながら部屋へ入る。

 静かで、落ち着く匂いがする。

 甘すぎないけど、ルミナらしい香り。

 

 心臓が変にうるさくて、誤魔化すようにベッドの端へ腰掛けた。

 ふわりと香りが漂ってきて、余計に意識してしまう。

 

「……緊張してます?」

 

 ルミナが少し楽しそうに笑う。

 

「してねえし」

 

「顔赤いです」

 

「うるさい」

 

 即答だった。

 

 ルミナは嬉しそうに、くすりと笑うだけだった。

 

「それで、話って?」

 

 ルミナが、あなたの方へ身体を向ける。

 

「……あー」

 

 あなたは視線を逸らした。

 

 落ち着かない。

 なんか落ち着かない。

 手を組んでみたり、ほどいてみたり、無意味に髪をかき上げたり。

 

 ルミナは黙って待っていて、急かさない。

 ただ静かに、あなたの言葉を待っていた。

 

「……その」

 

「俺さ」

 

 喉が少し渇く。

 戦いで腕が吹き飛んだ時よりよっぽど緊張している気がした。

 

 あなたは小さく息を吐く。

 

「秘密があるんだ」

 

 その言葉に、ルミナは少しだけ目を瞬かせた。

 

 けれど、驚いた顔はしなかった。

 

「うん」

 

 静かに頷くだけだった。

 

 あなたは、そんなルミナを見た。

 ただ静かに、自分の言葉を待ってくれている。

 

 その優しさが、逆に胸へ刺さった。

 だから、あなたは懺悔するみたいに口を開く。

 

「……俺さ、最初から全部隠してたんだ」

 

 ぽつり。

 

 静かな部屋へ、言葉が落ちる。

 

「ルミナに会う前から」

 

「俺は……普通じゃなかった」

 

 あなたはゆっくり、自分の過去を語り始める。

 

 前世があること、死んだこと、この世界へ来たこと。

 最初は信じられなかった、夢だと思った。

 

 けれど、アークなんて怪物が出てきて、魔法少女が戦って、子供が歓声を上げて、血と死が“日常”として消費される世界を見て、吐きそうになったこと、怖かったこと。

 

 ずっと、おかしいと思っていたこと。

 

「……それで」

 

 あなたは少しだけ苦く笑う。

 

「一番言いづらいんだけどさ」

 

 喉が乾く。

 でも、もう止まれない。

 

「俺、前世も今も男なんだ」

 

 静かな沈黙、あなたは視線を落としたまま続ける。

 

「だから最初、魔法少女になった時、めちゃくちゃびっくりした」

 

「変身した時とか普通に叫んだし、スカート嫌だし、なんか無駄に可愛い魔力になるし、敬語になるし、意味わかんねぇし……」

 

 途中からただの愚痴だったが、それくらい恥ずかしかったのだ。

 

「……でも」

 

 あなたは小さく拳を握る。

 

「ルミナを助けたかった。放っとけなかった。だから戦った」

 

「今も、自分が何者なのか正直よくわかってない」

 

 前世の自分、今世の自分、男の自分、魔法少女の自分、ノクスという存在。

 全部が曖昧で、ぐちゃぐちゃで、時々本当にわからなくなる。

 

 だから怖かった。

 これを話してルミナに拒絶されるのが。

 

 あなたは、一度言葉を切った。

 喉が苦しい、心臓が痛い。それでももう止められなかった。

 

「……気づいたら俺、この世界にいたんだ」

 

 静かな声だった。

 

「家はあったし戸籍もあった。生活もできた。」

 

「でも」

 

 あなたはゆっくり俯く。

 

「家族がいないんだ。最初から、誰も」

 

 部屋の空気が静まる。

 ルミナは何も言わない。

 ただ、あなたの言葉を聞いている。

 

「なのに周りは普通なんだよ」

 

「俺がそこに居ることに誰も違和感持たない」

 

「最初から存在してたみたいに扱われる」

 

 乾いた笑いが漏れる。

 

「それで」

 

「変身してから」

 

「一回も戻れてない」

 

 その言葉だけは、少し震えていた。

 

「最初は時間制限かと思った。そのうち戻ると思ってた」

 

「でも戻らない。寝ても、気絶しても、魔力切れでも戻らない」

 

 怖かった。

 鏡を見るたび、声を聞くたび。

 自分が、少しずつ壊れていく気がして。

 

「……わかんねえんだ」

 

 あなたは掠れた声で呟く。

 

「俺は誰なんだ」

 

「前世の俺なのか」

 

「今の俺なのか」

 

「そもそも本当に人間なのかも」

 

 怖い。

 世界も、自分も、全部が怖くてたまらない。

 

 けれど、あなたはゆっくり拳を握った。

 

「でも、この世界が嫌いなのは本物なんだ」

 

 その声には、確かな熱があった。

 

「子供が戦って、傷ついて、死にかけて、それをみんな当たり前みたいに見てる」

 

「そんなのおかしいだろ」

 

 ルミナと出会った日のことを思い出す。

 疲れ切った顔で、作り笑い。

 それでも戦わされる姿に、胸が痛んだ。

 腹が立った。

 

「俺は、そんな世界を認めたくなかった」

 

「君が苦しんでるのも嫌だった」

 

「だから助けたかった」

 

 怖くても、わからなくても、それだけは嘘じゃない。

 

「……君を放っとけなかったのは、ちゃんと俺自身の気持ちなんだ」

 

 

 

 言葉を吐き出して、全部話した。

 なのに、あなたは自分が何を伝えたかったのかわからなくなっていた。

 

 前世のこと、世界への嫌悪、自分への恐怖、ルミナを助けたかった理由。

 全部ぐちゃぐちゃで、まとまりなんて最初からなかったのかもしれない。

 

「……ごめん」

 

 あなたは小さく笑った。

 情けない笑いだった。

 

「何言いたかったのか、自分でもわかんなくなっちまった。」

 

 ルミナは黙っている。

 その沈黙が怖くて、あなたは視線を逸らした。

 

「でも、聞いてくれてありがとな」

 

 こんな話、普通なら信じない。

 気味悪がられても仕方ない。

 

 だから、あなたは覚悟を決めるみたいにゆっくり立ち上がった。

 

「……もし」

 

「もし、気持ち悪かったら、離れても大丈夫だ」

 

 胸が痛い。

 言いたくなかったけど、言わなければと思った。

 

「急にこんな話して悪かった!」

 

 いつもの調子みたいに笑う。

 

「忘れてくれてもいいからさ!」

 

 声が少しだけ上擦った。

 でも、気づかれないように。

 あなたは無理やり笑みを作る。

 

「……おやすみ!」

 

 そう言って、あなたは逃げるみたいに部屋を出ようとした。

 これ以上、ルミナの反応を見る勇気が残っていなかった。

 

 その瞬間だった。

 

「っ――」

 

 ぐい、と腕を掴まれる。

 

「うわっ!?」

 

 不意打ちだった。

 体勢を崩したあなたは、そのままベッドへ倒れ込む。

 柔らかい感触、視界が揺れる。

 

 気づけばルミナがすぐ近くにいた。

 

「る、ルミナ!?」

 

 距離が近い、近すぎる。

 あなたは完全に動揺した。

 

「ちょ、待っ――」

 

「離さない」

 

「いやでも俺」

 

「男だって言っただろ!?」

 

「知ってるわ」

 

「いやだから――」

 

「薄々気づいてました」

 

「……え?」

 

 思考が止まる。

 ルミナはじっと、あなたを見つめたまま続ける。

 

「最初は違和感だった」

 

「部屋の雰囲気とか」

 

「口調とか」

 

「変に男っぽいところとか」

 

 心当たりしかない。

 あなたの顔が引きつる。

 

 ルミナは少しだけ、困ったように笑った。

 

「それに、前に聞いた時すごく焦ってたでしょう?」

 

「うっ……」

 

 刺さる。図星すぎる。

 あなたは思わず目を逸らした。

 

「後は」

 

 ルミナは静かに続ける。

 

「コンビニで会った時のあなたと雰囲気が似てた」

 

「雰囲気が似てた」

 

 心臓が止まりかける。

 

「あの時は確信まではなかったけど、あなたが私を見てる時の顔がすごく同じだったから」

 

 あの日、疲れ切っていたルミナへ普通に接してくれた人。

 魔法少女としてじゃなく、一人の女の子として見てくれた人。

 

「優しいところも、無茶するところも、全部一緒だった」

 

 あなたの心臓が、また大きく跳ねる。

 ルミナは、まっすぐあなたを見つめたまま言った。

 

「あなたの悩みは、何も解決してあげられないかもしれない」

 

「怖さも、苦しさも、ずっと消えないかもしれない」

 

 静かな声だった。

 でも、一言一言が胸にゆっくり沈んでいく。

 

「それでも」

 

 ルミナの指先が、そっとあなたの頬へ触れる。

 暖かい。

 

「私はあなたが好き」

 

 迷いのない声だった。

 

「一緒にいたい」

 

 その言葉は答えじゃないし、救いでもない。

 あなたの抱える不安も、世界のおかしさも、何ひとつ解決していない。

 

 それでも、好きだから一緒にいたい。

 ただそれだけの、どうしようもなく純粋な気持ち。

 

 だからこそ、胸の奥が苦しくなるくらい熱くなった。

 怖くて、曖昧で、自分でもわからなかった“今の自分”をルミナはちゃんと受け入れてくれた。

 

 前世でも、男であることでも、魔法少女であることでもなく。

 今ここにいる、ノクスという存在そのものを肯定してくれた気がした。

 

 ルミナの顔が近づき、青い髪が揺れる。甘い香りがふわりと鼻先をくすぐった。

 

「……っ」

 

 あなたの喉が小さく鳴る。逃げようと思えば逃げられた。

 でも、逃げたくなかった。

 

 そっと柔らかな唇が重なる。優しいキスだった。

 確かめるみたいに、安心させるみたいに、触れ合った場所からじんわり熱が広がっていく。

 

 怖かったはずなのに、不安だったはずなのに、今はただこの温もりが心地よかった。

 

 あなたはゆっくり目を閉じる。

 そしてルミナの想いへ、静かに身を委ねた。

 

 

 

 何十秒、あるいはもっと長かったかもしれない。

 時間の感覚なんて、もうよくわからなかった。

 

 ただ唇が触れている間だけは、胸の奥に渦巻いていた不安も、恐怖も、少しだけ遠くへ消えていた。

 

 暖かい。安心する。離れたくない。

 そんなことをぼんやり考えていた。

 

 だから、ふいにルミナが身体を離した瞬間。

 

「……あ」

 

 自分でも気づかないうちに、名残惜しそうな声が漏れた。

 

 ルミナはベッドの上で身体を起こす。青い髪がさらりと揺れて、少しだけ赤くなった頬が妙に綺麗だった。

 

 あなたは思わず見惚れる。

 だが、ルミナはそんなあなたを見ながら小さく息を吐いた。

 

「……一応確認するけど」

 

「え?」

 

「あなた」

 

「今、告白されてる自覚ありますか?」

 

「…………へ?」

 

 間抜けな声が出た。

 ルミナはじっとこちらを見る。

 逃がさないみたいに、真っ直ぐに。

 

「好きって言いましたよね」

 

「一緒にいたいとも言いました」

 

「その上キスまでしました」

 

「これで伝わってないなら困りますが」

 

 頭が真っ白になる。

 

 処理能力が追いついていない。

 

「……え、いや、ちょ、待っ――えっ!?」

 

 ルミナは、完全に混乱しているあなたを見てふっと笑った。

 さっきまでの真剣な表情とは違い、少し楽しそうでどこか安心したみたいな笑顔。

 

「……そんなに動揺する?」

 

「するだろ普通!?」

 

「ふふっ」

 

 ルミナは肩を震わせながら笑う。

 あなたは顔を真っ赤にしたまま視線を逸らした。

 

 ルミナは少しだけ身体を引いて優しく言う。

 

「別に今すぐ答えが欲しいわけじゃないわ」

 

「……へ?」

 

 予想外の言葉だった。

 あなたが目を瞬かせる。

 

 ルミナはくすっと笑いながら続ける。

 

「だってあなた、今かなり不安定だもの」

 

「精神的にも」

 

「存在的にも」

 

「存在的にもってなんだよ」

 

「そのままの意味よ」

 

「雑!!」

 

 思わず突っ込むと、ルミナはまた楽しそうに笑った。

 けれど、次に向けられた眼差しはとても優しかった。

 

「あなたに負担をかけたくないの」

 

 その言葉にあなたは少しだけ目を見開く。

 

「今のあなた、色々考えすぎてるから」

 

「だから、焦らなくていい」

 

 静かな声だった。

 押しつけるでもなく、無理に答えを求めるでもなく。

 

 ただ、そばにいると言ってくれている。

 

「それに結構気に入ってますから。今の生活」

 

 その言葉に、あなたの胸がまたじんわり暖かくなる。

 

「だから、今はそれで十分」

 

 ルミナはそう言って柔らかく笑った。

 そして、小さく息をついてあなたを見る。

 

「……それでは、この前の続きをしましょうか」

 

「…………へ?」

 

 一瞬、何の話かわからなかった。

 だが次の瞬間、あなたの脳裏にある夜の記憶が蘇る。

 

 戦闘の後、ボロボロの自分はルミナに抱きしめられて。

 そのまま――。

 

「――っ!!?」

 

 完全にディープキスだった。しかもかなり深い。

 しかも途中からちょっと気持ちよくなっていた気がする。

 

 顔が一気に熱くなった。

 思い出した瞬間、羞恥で死にそうになる。

 

「お、お前まさかあれを!?!?」

 

 あなたが真っ赤になって叫ぶと、ルミナはどこか楽しそうに微笑んだ。

 

「はい」

 

「“続きは帰ってから”って言いましたよね?」

 

 ルミナはどこか楽しそうに微笑む。

 あなたは顔を真っ赤にしたまま、慌てて手を振った。

 

「い、いやでもあれは!」

 

「その!」

 

「緊急事態っていうか!」

 

「不可抗力っていうか!」

 

 必死に言い訳を並べる。

 

 ルミナは落ち着いたまま、小さく首を傾げた。

 

「でもあれで私、かなり強くなりましたよ?」

 

「……へ?」

 

 一瞬、話の方向が変わった。

 

「あなたの魔力を吸った後です」

 

「魔力量も出力も、一気に上がりました」

 

 そういえば、その話は聞いた。

 あなた自身は気絶していたから知らないが。

 

 後からステラやプリンに、あの時のルミナは異常だったと聞かされた。

 最強クラスのステラですら驚くほどに。

 

「……あー、なんかすげえ強化入ったとは聞いたな」

 

「はい」

 

 ルミナは素直に頷く。

 

「今はさすがに戻っていますけど、それでも以前より少し強くなっています」

 

「マジか……」

 

 ルミナは少し考えるように視線を逸らし、ぽつりと言った。

 

「多分ですけど、いっぱいしたらあの時の力が普通になる可能性があります」

 

「……………………は?」

 

 数秒、脳が停止する。

 いっぱいしたら?

 

「えっ」

 

「いや待て待て待て」

 

「その言い方だとなんか色々誤解が――」

 

「誤解ですか?」

 

 ルミナは不思議そうに首を傾げ、あなたの反応を見て小さく笑った。

 そして、もう一度あなたをベッドへ押し倒す。

 

「る、ルミナ……!?」

 

 視界いっぱいに青い髪が広がる。

 また近い。近すぎる。

 

 あなたの心臓は、さっきからずっと限界だった。

 ルミナはそんなあなたを見下ろしながら、どこか楽しそうに目を細める。

 

「今、すごくえっちなこと考えてましたよね?」

 

「か、考えてねえし!」

 

「顔真っ赤ですけど」

 

「うっ……」

 

 否定できない。

 

 ルミナはくすりと笑う。

 

「“いっぱいしたら”って言っただけでそんなに慌てるなんて、えっちですね」

 

「やめろ……」

 

「何を想像したんですか?」

 

「してねえって……!」

 

「本当ですか?」

 

 ルミナは少しだけ顔を近づける。

 甘い香り、吐息、全部近い。

 

「キスだけじゃないこと、考えてましたよね?」

 

「〜〜〜っ!!」

 

 図星だったあなたは、思わず顔を覆おうとする。

 

 だが、ルミナはそれすら許さないみたいにあなたの手をそっと押さえた。

 

「すぐそういう妄想するなんて、えっちな男の子ですね」

 

「男って言うな今!!」

 

「ふふっ」

 

 ルミナは楽しそうに笑う。

 完全に遊ばれていた。

 

 しかも普段は上品で落ち着いているルミナが、こういう時だけ妙に積極的なのが質が悪い。

 

「かわいいですね」

 

「うるせぇ……」

 

 情けない声しか出ない。

 ルミナはそんなあなたを見て、微笑んだ。

 

 その笑顔を、こんな近距離で見せられて。

 

「っ……」

 

 あなたの背筋が、ぞくりと震える。

 

 綺麗だった。普段の優しい笑みとは違い少し意地悪で、でも楽しそうで、完全にこちらを追い詰めて遊んでいる顔。

 

 そしてルミナは、そんなあなたの反応を見逃さなかった。

 

「……今」

 

「ぞくってしました?」

 

「し、してません……」

 

 反射的に敬語になった。

 もう駄目だ。完全にペースを握られている。

 

 ルミナはさらに顔を近づける。

 

「男の子なのに、女の子に組み敷かれてそんな顔するんですね」

 

「ぅ……」

 

 情けない声が漏れる。

 恥ずかしいのに、逃げられない。

 

「それに、この前」

 

 ルミナはくすっと笑った。

 

「“返事はワン”って命令したら」

 

「ちゃんと言ってくれましたよね?」

 

「〜〜〜〜っ!!?」

 

 あなたの精神は終わった。

 

『……わ、ワン……』

 

 記憶が戻ってくる。

 

「あ、ぁ……っ」

 

 羞恥で声が震える。

 もう顔を見られない。

 

 あなたは完全に赤くなったまま、顔を逸らそうとする。

 だが、ルミナは逃がしてくれないようでそっと頬へ触れた。

 

「かわいかったですよ?」

 

「や、やめてくださいぃ……」

 

 反論もできない。

 声まで完全に乙女みたいになっていて、余計に恥ずかしかった。

 ルミナはそんなあなたを見て、愛おしそうに目を細める。

 

「ふふっ」

 

「本当にかわいいですね」

 

 完全に余裕のある顔。

 

 あなたがどれだけ追い詰められているか、

 全部わかっている顔だった。

 

 そしてふいに、彼女の指先があなたの下腹部の奥をとん、と軽く叩く。

 

「ひゃっ……!?」

 

 変な声が漏れた。

 自分でも驚くくらい、情けない声。

 

 ルミナは目を丸くしたあと、楽しそうに微笑む。

 

「……そんなに敏感なんですか?」

 

「ち、違……っ」

 

 違わない。というか。

 脳がもう追いついていなかった。

 

 近すぎる距離、甘い香り、耳へ落ちてくる優しい声。

 全部が頭を溶かしてくる。

 

 ルミナは、逃げ場を塞ぐみたいにさらに囁いた。

 

「かわいいですね」

 

「すぐ真っ赤になりますし」

 

「反応も素直ですし」

 

「……っ」

 

「そんな顔されたら」

 

「もっといじめたくなっちゃいます」

 

 愛おしむみたいな声音。

 確実にからかわれている。

 

 あなたはもう、まともに言い返すこともできなかった。

 熱い、顔も、胸も。

 

 下腹部の奥まで、じんわり熱を持っている。

 苦しい、でも嫌じゃない。

 

 むしろ、もっと欲しいと思ってしまう自分がいて。

 

「ぅ……ルミナ……」

 

 気づけば、ルミナへ抱きついていた。

 ぎゅっと、縋るように。

 

 ルミナは少し驚いたあと、ふっと優しく笑う。

 

「……甘えんぼですね」

 

 あなたはさらに顔を赤くしながら、彼女の胸元へ額を押しつけた。

 

「さっきまで“男だから”って抵抗してた人とは思えませんね?」

 

「ぅ……」

 

 ルミナは熱を帯びたあなたの顔を見下ろしながら、くすりと微笑む。

 

「こんなに甘えて」

 

「えっちです」

 

 その声は優しいのに。

 まるで逃げ道を塞ぐみたいに、甘く耳へ絡みついた。

 

 次の瞬間、ルミナの指先があなたの下腹部をとん、と軽く叩く。

 

「ひぁっ……!」

 

 身体がびくりと跳ねる。

 薄い服越しに触れられただけなのに。

 そこから熱が広がって、下腹部の奥がじわりと疼いた。

 

 まずい。

 触られるたび、頭の中が、甘く痺れていく。

 ルミナはそんなあなたを見ながら、わざとゆっくり囁く。

 

「だめですよ」

 

「そんな顔して」

 

「もっと触ってほしいって言ってるみたいです」

 

「ち、違っ……」

 

 否定した声は、情けないくらい震えていた。

 ルミナは小さく笑う。

 

「本当に?」

 

 とん、とまた軽く叩かれる。

 

「ぁっ……」

 

 そのたびに、身体の奥が熱を持つ。

 羞恥で苦しいのに、もっと欲しいと思ってしまう。

 

 ルミナの指先が触れるだけで、理性が少しずつほどけていく。

 とん、とん。焦らすみたいな刺激。

 

 優しいのに、意地悪で。

 あなたはもう、まともに考えることすらできなかった。

 

「……ルミナ」

 

 熱っぽい声が漏れる。

 自分でも驚くくらい、甘えるような声音だった。

 

「ん?」

 

 ルミナが、優しく覗き込んでくる。

 その瞳を見た瞬間、羞恥も理性もぐちゃぐちゃになった。

 

「……もっと」

 

「……して、ください……」

 

 言ってしまった。

 お願いするみたいに、欲しがるみたいに、媚びるように。

 

 あなたは潤んだ目で、ルミナを見上げる。

 ルミナは一瞬目を見開き、どうしようもなく愛おしそうに微笑んだ。

 

 そしてそっと、あなたの頬を撫でながら囁く。

 

「……どこまでしたいんですか?」

 

「っ……」

 

 その問いだけで、身体が熱くなる。

 理性なんて、もうほとんど残っていなかった。

 

 優しくされて、意地悪にからかわれて、欲しくてたまらなくなって。

 もう、止まれない。

 

「……全部」

 

 声が震える。

 でも、止まらなかった。

 

「全部……してください……」

 

 懇願するみたいに、媚びるみたいに。

 あなたはルミナへ縋りつく。

 

 ルミナはそんなあなたを見る。

 小さく息を呑んだあと、ふっと笑った。

 

「……本当に」

 

「かわいい子ですね」

 

 その声は優しくて、でも少しだけぞくりとするほど支配的だった。

 

「男の子なのに」

 

「こんなに蕩けちゃって」

 

「完全に雌犬じゃないですか」

 

「ぅ……」

 

 羞恥で頭がくらくらする。

 なのに、否定できない。

 

 むしろ、もっとほしいと思ってしまう。

 ルミナは、そんなあなたの耳元へ唇を寄せる。

 

「返事は?」

 

 甘い声だった。

 優しいのに、逆らうことを許さないみたいに熱を帯びている。

 

 あなたはもう、完全に蕩けていた。

 羞恥も、理性も、男としての意地も全部ぐちゃぐちゃに溶かされて。

 

 ただ、ルミナに触れてほしくてたまらない。

 熱っぽい吐息を漏らしながら、あなたは彼女へ縋りつく。

 

 そして、潤んだ瞳のまま、誘惑するように見上げて。

 

「……ワン♡」

 

 甘えるみたいに、媚びるみたいに。

 ルミナは一瞬目を見開き、次の瞬間。

 

「っ……ふふ」

 

 堪えきれないみたいに笑った。

 でも、その頬は少し赤く染まっていて、どうやらルミナの方までどきりとしてしまったらしかった。

 

 そして、彼女は愛おしむようにあなたをそっと抱きしめる。

 青い髪が頬をくすぐる。

 

 甘い香りと温もりに包まれる。

 あなたはもう、何も考えられなくなっていた。

 

 静かな部屋、近くで聞こえる呼吸。

 触れ合った場所から広がる熱。

 

 夜はゆっくりと更けていき。

 二人だけの甘い時間は、まだしばらく終わりそうになかった。




わざとじゃないんだ。本当だ。

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