ステラの指が、クッションを強く握り締めていた。
「教えて」
低い声で、今までの明るさはなければ笑顔もない。
まるで、ずっと押し殺していた何かだけが、そこへ出てきたみたいだった。
あなたは思わず息を呑む。
プリンは静かにステラを見て、小さく口を開いた。
「……対象名称、“ソラリス”」
「強大な炎属性を持つアークです」
「高出力、高熱領域形成能力を保有」
「そして、極めて高い戦闘本能を持っています」
静かな説明。
でも、その場の空気だけが重い。
あなたは眉をひそめる。
「……そいつが、イグニスを?」
「可能性は高いです」
断定ではない。
でも、否定もしない。
ステラは俯いたまま、何も言わない。
橙色の髪が、微かに揺れている。
プリンは続けた。
「ただし、昨夜観測した反応は本体ではありません」
「……あぁ、それは聞いたな」
あなたが頷く。
あれはあくまで、干渉された普通のアーク。
ソラリスそのものではない。
「ソラリスは、自身の魔力痕を周囲へ拡散・干渉させることがあります」
「昨夜の個体は、その残滓を利用されていたに過ぎません」
「つまり、本人は別にいるってことか」
「はい」
短い肯定。
その直後だった。
「……なんで」
小さな声。
ステラだった。
「なんで、そんなことするの」
俯いたままの声。
でも、その奥に震えが混じっている。
プリンは静かに答える。
「ソラリスは、“戦うため”に行動しています」
「……は?」
あなたが顔をしかめる。
プリンの金色の瞳が、静かに細められた。
「ソラリスは強者を求めています」
「より強い敵、より激しい戦闘、より高密度な魔力反応」
「それを探すために、通常のアークに干渉しています」
淡々とした説明。
でも、それが逆に不気味だった。
「……意味わかんねぇだろ」
あなたが吐き捨てる。
戦うためだけに現れる?そんな理由で、人を殺すのか。
だが、プリンは静かに続けた。
「四年前の出現も、それが理由です」
「…………っ」
その瞬間、ステラの呼吸が止まる。
空気が、凍りついた。
四年前、イグニスが死んだ時期。
プリンは、静かに語る。
「ソラリスは、当時観測されていた最強の魔法少女へ接近」
「その後、中部区域で大規模戦闘が発生しました」
そして。
「イグニスが死亡しました」
「――――」
ステラが、ゆっくり目を閉じる。
何も言わない。
でも、その沈黙だけでわかった。
ずっと、ずっと、追い続けていたのだ。
イグニスを殺したものを。
どうして死んだのかを。
「……だから」
ステラが、小さく呟く。
「また来るんだ」
その声は、妙に静かだった。
太陽みたいな笑顔は、どこにもない。
プリンは答える。
「可能性は高いです」
「現在の中部区域には、複数の高出力反応が存在しています」
プリンの視線が、順番に向く。
ステラ、あなた、そして――。
「ソラリスにとって、“戦う価値がある”対象が集まっています」
ぞわり、と空気が冷えた。
あなたはゆっくり息を吐く。
「……最悪だな」
「同意します」
プリンは平然としている。
ステラが、ゆっくり顔を上げる。
橙色の瞳の奥で、今まで見たことのない熱が燃えていた。
「……会えるんだね」
静かな声。
「そいつに」
あなたは思わずステラを見る。
その顔は笑っていない。
でも、泣いてもいなかった。
ただ、ずっと前からそこにあった感情だけが、静かに剥き出しになっていた。
*
それから数十分後。
必要最低限の情報整理を終えると、秋葉は立ち上がった。
「私は一度戻る」
スーツの裾を整えながら、秋葉が淡々と言う。
「今回の件は管理庁側でも共有が必要だ」
「上に報告するのか?」
あなたが尋ねると、秋葉は小さく頷いた。
「一応な。メンシス級統合危険指定個体と同系統存在の再観測だ。隠せる規模じゃない」
「しかも四年前の案件と繋がる可能性がある」
軽い話ではなかった。
秋葉は続ける。
「警戒レベルも引き上げる。観測班、巡回班、候補生配置、全部見直しだ」
「徹夜ですね」
プリンが平然と言った。
秋葉は無表情で返す。
「お前を解体したら少しは仕事減るかもしれないな」
「暴力的です」
「不正アクセスした奴が言うな」
あなたが即座に突っ込む。
少しだけ空気が緩む。
だがその直後、秋葉の視線が真っ直ぐあなたへ向いた。
「ノクス」
「ん?」
「これから一週間、ステラから絶対に離れるな」
「任務、訓練、外出、家の中でも」
秋葉は一つずつ区切るように言う。
「どんな時でもだ」
「……そこまでか?」
あなたが眉をひそめる。
すると、代わりにプリンが答えた。
「ソラリスは高密度の魔力反応を優先して狙うはずです」
「現在、中部区域で最も危険度が高い対象は、ノクスとステラです」
「別行動時の襲撃リスクが高すぎます」
淡々とした説明。
でも、その内容は重い。
秋葉も続ける。
「いいか、“偶然一人だった”が一番危ない」
「相手が四年前と同じなら、そいつはイグニスを殺した相手だ」
「だから絶対離れるな」
あなたは数秒黙ったあと、小さく息を吐いた。
「……分かったよ」
すると秋葉は、そこで少しだけ視線を細めた。
「その間は、ステラだけを見てやれ」
「…………は?」
あなたが固まる。
ステラも固まった。
「え」
「えっ」
秋葉は平然としている。
「こいつ、多分一人になると無茶する」
「し、しないし!?」
ステラが反射的に反論する。
だが、秋葉とプリンが同時に無言で見た。
「…………」
「…………」
「……します」
プリンが静かに結論を出した。
「裏切ったな!?」
「事実共有です」
「便利ワードにするな!!」
あなたは苦笑しながら頭を掻く。
「まぁ……見るくらいなら別に」
「~~~~っ!!」
ステラの顔が一瞬で赤くなる。
「そ、そういう言い方しないでよ!!」
「なんでだよ」
「なんでも!!」
本気で意味が分かっていない顔だった。
秋葉が呆れたようにため息を吐く。
「お前、本当に無自覚だな……」
「最近みんなそれ言うけどなんなんだ?」
「そのままでいてくれ」
「褒められてる気がしねぇ……」
一方、ステラは顔を押さえて俯いていた。
「うぅぅ……」
「ステラは現在、心拍数上昇中です」
「実況やめてぇ!!」
プリンの尻尾がぱたぱた揺れる。
秋葉はそんな二人を見て、少しだけ笑った。
でも次の瞬間には、もう管理官の顔へ戻っていた。
「冗談抜きだ」
「ソラリスが来た時、一番危ないのはステラだ」
空気が静まる。
ステラも、今度は何も言い返さなかった。
秋葉は静かに続ける。
「だから頼む。一人にするな」
「…………」
あなたはゆっくり頷いた。
「分かった」
短い返事だが、それで十分だった。
秋葉は小さく息を吐く。
「ならいい」
そしてそのまま玄関へ向かった。
扉へ手を掛け、最後に振り返る。
「あとステラ」
「……なに?」
「勝手に突っ込むなよ」
「…………」
「図星か」
「うぅ……」
完全に否定できない顔だった。
あなたは思わず吹き出す。
「信用ないなぁ」
「お前もだからな」
秋葉が即答する。
そして、そのまま管理庁へ戻っていった。
扉が閉まる。
静かになった部屋。
あなたはソファへ座り直しながら、小さく呟く。
「……絶対離れるな、か」
思った以上に重い言葉だった。
そして隣では、ステラがまだ顔を赤くしたままちらちらこちらを見ていた。
“ステラだけを見てやれ”。
その言葉が、妙に頭へ残っていた。
*
その日の夜
あなたたちは、秋葉に言われた通り“いつも通り”を過ごしていた。
夕食を作り、三人で食卓を囲み、テレビでは適当なバラエティ番組が流れている。
見慣れたリビング、見慣れた時間、何も変わっていない。
――はずだ。
「ステラ、醤油取って」
「……へ?」
数秒遅れて、ステラが顔を上げた。
「あ、ご、ごめん!」
慌てて醤油を渡してくる。
だが途中で手元がぶれ、危うくコップへぶつかりそうになった。
「危なっ」
「わっ、ごめんごめん!」
慌てて引っ込める。
その横で、プリンがお茶を飲んでいた。
「本日のステラは注意力低下傾向があります」
「お前、最近診断ばっかしてないか?」
「観察結果共有です」
あなたは呆れながらため息を吐く。
でも、確かにさっきからずっと上の空だ。
テレビも見ていないし、会話も時々聞こえていない。
まるで別のことを考え続けているみたいだった。
「……ステラ」
「ん?」
呼ばれて、少し遅れて反応する。
「大丈夫か?」
「…………」
一瞬だけ、ステラの表情からいつもの明るさが抜けた。
橙色の瞳が、少しだけ揺れる。
「……うん」
でも、すぐ笑った。
「大丈夫だよ!」
明るい声の、いつものステラ。
「絶対嘘だろ」
「えっ」
「いや、顔」
「そんな分かりやすい!?」
ステラが慌てて頬を押さえる。
あなたは箸を置きながら言った。
「さっきからずっとぼーっとしてるし」
「今日のこと考えてるんだろ」
「…………」
その瞬間、ステラが黙る。
プリンも静かだった。
数秒後、ステラは小さく笑った。
「……まあ、ね」
その声は少し弱かった。
「だってさ」
視線が落ちる。
「急に、“もうすぐ会えるかも”って言われても」
「頭、追いつかないよ」
静かな声だった。
あなたは何も言わない。
ステラは続ける。
「四年間ずっと探してたんだよ?」
「イグニスを殺した奴」
「なんで死んだのか」
「何があったのか」
ぽつり、ぽつりと言葉が落ちる。
「でも、ほんとに近くにいるって言われたら」
「……なんか、怖くなっちゃって」
笑おうとして、少しだけ失敗する。
あなたは、それを見てゆっくり息を吐いた。
「……そりゃそうだろ」
「え?」
「急に整理できる方が無理だ」
あなたはそう言って、水を飲む。
「俺だって実感ねぇし」
「…………」
ステラが少しだけ目を丸くする。
あなたは続けた。
「一人で抱え込むなよ」
その言葉に、ステラの瞳が少し揺れた。
「秋葉さんにも言われただろ」
「離れるなって」
「だからまぁ……考えすぎそうになったら言え」
「聞くくらいはできる」
「…………」
静かな沈黙。
テレビの笑い声だけが、遠くで流れている。
そして、ステラは小さく笑った。
「……うん」
今度は、少しだけ自然な笑顔だった。
一方プリンは、そんな二人を見ながら静かに呟く。
「ノクスは無意識に精神安定剤をしています」
「言い方」
「事実共有です」
「便利ワードやめろって」
あなたが呆れる。
ステラは少しだけ吹き出した。
「あはは……」
その笑いは、さっきよりちゃんと温度があった。
だがその後も、ステラは心ここにあらずだった。
*
深夜
時計の針は、午前一時を回っていた。
「…………」
あなたは、眠れずにいた。
ソファへ寝転がりながら、ぼんやり天井を見ている。
隣ではプリンが丸くなって眠っていた。
静かな寝息、家の中は完全に寝静まっている。
あなたの頭の中には、ずっと残っていた。
今日のステラの真剣な表情。
ソラリスの名前を聞いた時の空気。
そして、燃えるみたいなあの感情。
「……知らねえんだよな、俺」
ぽつりと呟く。
ステラが、何を抱えているのか。
イグニスが、どんな存在だったのか。
あなたはほとんど知らない。
プリンは勝手に調べているし。
秋葉も知っている。
でも、自分だけが知らない。
「…………」
それが、妙に嫌だった。
ステラのことを、知りたいと思った。
笑ってるだけじゃない部分を、もっと知りたい。
あなたはゆっくり起き上がり、少し迷ってから廊下を見る。
静かな暗闇、その奥にはステラの部屋。
「……怒られるか?」
小さく苦笑しながら、あなたは立ち上がった。
そして。
こんこん、軽く扉を叩く。
数秒後。
「……んぅ?」
眠そうな声。
ぱたぱたと足音が近づき、扉が少し開く。
そこから橙色の髪が覗いた。
「ノクスちゃん……?」
ステラは目を瞬かせる。
ゆるい部屋着姿。
少しだけ髪が乱れていて、完全に寝る前だったらしい。
「ど、どうしたの?こんな時間に」
「悪い、起きてたか?」
「起きてたけど……」
ステラは首を傾げるが、何かを察したみたいに身体を引いた。
「……入る?」
「いいのか?」
「う、うん……」
少しだけ上擦った声だった。
あなたは部屋へ入る。
ふわり、と甘い匂いがした。
ベッド、小さな机、散らかったクッション。
壁にはイグニスとの写真が何枚か貼られている。
「…………」
あなたは、それを少しだけ見る。
隣でステラがそわそわしていた。
「な、なんか自分の部屋見られるの恥ずかしいんだけど……」
「普通の部屋じゃん」
「そうなんだけど!」
ステラが顔を赤くする。
あなたは苦笑してから、ゆっくり口を開いた。
「……ちょっと、話したくて」
「話?」
「うん」
あなたは少し言葉を探す。
でも、変に誤魔化したくなかった。
「ステラと、イグニスのこと」
「…………っ」
ステラの表情が止まる。
あなたは続けた。
「プリンは勝手に調べてるし」
「秋葉さんも知ってるし」
「なんか……俺だけ知らないんだなって思ってさ」
ステラは黙って聞いている。
あなたは少し恥ずかしくなり、頭を掻いた。
「……もっと、ステラのこと知りたいと思ったんだ」
「っ」
その瞬間、ステラの肩が小さく震えた。
橙色の瞳が、ゆっくりこちらを見る。
「…………」
数秒、静かな沈黙。
やがてステラは、ふっと力を抜いたみたいに笑った。
「……ほんと、ずるいなぁノクスちゃん」
「え?」
「そういうの、真っ直ぐ言うとこ」
困ったみたいに笑いながら、ステラはベッドへ腰掛ける。
そして、小さく隣を叩いた。
「……長くなるよ?」
その声は、少しだけ震えていた。
「……私ね」
ステラは、自分の膝を見つめながら口を開いた。
*
「孤児だったんだ」
静かな声だった。
あなたは黙って聞く。
部屋の中には、小さな時計の音だけが響いていた。
「八年前のアーク出現で、家族が死んだの」
「…………」
「街ごと巻き込まれてさ」
ステラは少し笑うが、その笑いはひどく薄かった。
「よくある話だよ。今の時代」
「……」
あなたは何も言えない。
この世界では、本当に“よくある”ことだからだ。
アーク災害、死者、孤児。
誰もが慣れ、当たり前のものとしてしまった現実。
ステラは続ける。
「そのあと、育成機関に入った」
「候補生用の施設」
「ご飯は出るし、安全だし、悪い場所じゃなかったよ?」
でも。
「……人、怖くて」
ぽつりと落ちた声。
ステラは自嘲するみたいに笑った。
「話すの苦手だったし」
「ずっと黙ってた」
「誰とも喋れなくて、ずっと隅っこいた」
今のステラからは、想像できないくらい静かな声だった。
「家族もいなくなって、全部どうでもよくなってた」
あなたは、ゆっくりステラを見る。
今の明るいステラしか知らない人間には、多分想像できない。
太陽みたいに笑うこの子が、昔は人を怖がっていたなんて。
「そしたらね」
ステラが少しだけ顔を上げる。
「ある日、急に話しかけられたんだ」
その瞬間、部屋の空気が少しだけ変わった。
懐かしいものを思い出すみたいに。
温度が変わる。
「“家族になろう!”って」
ステラは、小さく笑った。
「意味わかんないでしょ?」
「初対面だよ?」
「いきなりそんなこと言われてさ」
でも、その笑顔だけはどこか嬉しそうだった。
「それが、イグニスだった」
「…………」
「第二世代の魔法少女」
「当時、すっごい有名でね」
ステラの視線が、壁の写真へ向く。
そこには、赤い髪の少女が笑っていた。
太陽みたいに明るい笑顔。
「イグニスは、ずっと私の面倒見てくれた」
「ご飯連れてってくれたり」
「訓練付き合ってくれたり」
「話せない私に、毎日ずーっと話しかけてきたり」
ステラは少し吹き出す。
「ほんとうるさかったんだから」
「返事なくても喋るの」
「ねえ聞いてる!?って」
あなたも少しだけ笑った。
なんとなく想像できる。
「でもね」
ステラの声が、少しだけ柔らかくなる。
「イグニス、絶対諦めなかったんだ」
「ずっと私の隣にいた」
「……家族みたいに」
あなたが聞くと。
ステラは、静かに頷いた。
「うん」
「家族だった」
その言葉は、迷いなく落ちた。
ステラにとってイグニスは、本当にそうだったのだと分かる声だった。
「……私ね」
ステラは、写真を見つめたまま続ける。
「いつの間にか、イグニスのこと大好きになってたんだ」
静かな声。
でも、その中には確かな熱があった。
「最初は怖かったよ?距離近いし、うるさいし、無理やり外連れてくし」
ステラは少し笑う。
「でも、ずっと一緒にいてくれた」
「私が喋れなくても」
「笑えなくても」
「……ひとりにしなかった」
ステラの声は、少しずつ昔へ戻っていくみたいだった。
「だから、憧れたんだ」
ぽつり。
「イグニスみたいになりたいって思った」
壁の写真、赤い髪の少女は眩しいくらい笑っている。
「強くて、明るくて、誰かを助けられる魔法少女」
「私も、ああなりたいって」
ステラは少し目を細めた。
「でもね」
その声が、少しだけ沈む。
「イグニス、嫌そうな顔したんだ」
「…………」
「“ステラは魔法少女にならないで”って」
静かな言葉だった。
でも、その時のイグニスは本気だった。
「“普通の子でいて”って」
「“危ないから”って」
「“そんなものにならなくていい”って」
ステラは、小さく笑う。
「意味わかんなかった」
「だって、イグニスは魔法少女だったから」
「私にとって、一番かっこいい人だったから」
「……だから余計、なりたかったんだ」
あなたは、ゆっくり息を吐く。
なんとなく分かる気がした。
好きな人みたいになりたい。
その気持ちは、すごく自然だ。
「そのまま、時間が過ぎて」
ステラは続ける。
「イグニスはどんどん有名になった」
「第二世代最強って言われて」
「テレビにもいっぱい出て」
「みんなの憧れになった」
誇らしそうな声だった。
まるで、自分のことみたいに。
「私、ずっと自慢だったんだ」
「イグニスはすごいんだぞーって」
「…………」
でも、その声が少しずつ静かになる。
「ある日ね」
ステラの指が、ぎゅっとシーツを掴んだ。
「気づいたんだ」
「自分の魔力が、おかしいくらい増えてるって」
空気が少し変わる。
あなたも自然と表情を引き締めた。
「候補生の測定値、急に跳ね上がってて」
「周りもざわついてて」
「私、自分でも怖くなって」
ステラは俯く。
「……だから、イグニスに言いに行ったの」
「どうしたらいいかわかんなくて」
「イグニスなら、何かわかると思ったから」
数秒、沈黙。
そして。
「そしたらね」
ステラの声が、少し震えた。
「イグニス、すごい顔してた」
「…………」
「今まで見たことないくらい、苦しそうな顔」
あなたは、何も言えなかった。
「その日は、何も言われなかった」
「“そっか”って笑って」
「頭撫でてくれて」
「大丈夫だよって言ってくれて」
ステラは、ゆっくり顔を伏せる。
声が、小さくなる。
「次の日からイグニス、一緒にいてくれなくなったんだ」
「……秋葉さんに後から聞いたの」
ステラは、ぽつりと続けた。
「魔法少女ってね」
「すごい絆で結ばれてる子たちが、一緒にいると……魔力がどんどん上がっていくんだって」
「…………」
あなたは、息を止めた。
その瞬間、脳裏に浮かんだのは青い髪だった。
『ノクスはこちらへ』
『最近ノクスと距離近いですね?』
『無茶はしないでください』
ずっと隣にいようとしていた少女。
「…………あ」
思わず、声が漏れる。
ステラが小さくこちらを見る。
「ノクスちゃん?」
「いや……その……」
あなたは少し視線を逸らした。
嫌な予感がした。
ルミナは、最近かなり強くなった。
しかも最近は、距離も近い。
あなたの頭の中で、プリンの言葉が蘇る。
『ルミナ、独占欲増加傾向です』
『ノクスは無意識に好感度を稼ぎます』
「…………」
嫌な線が、繋がった。
「え、ちょっと待て」
「それってつまり……」
「うん」
ステラは苦笑する。
「仲良くなればなるほど、魔力リンクが強くなるの」
「特に、強い感情で繋がってるとね」
「…………」
あなたは静かに頭を抱えた。
「いや、怖……」
「ふふっ」
ステラが少しだけ笑う。
でも、その笑顔もすぐ静かになる。
「イグニス、多分気づいたんだと思う」
「私の魔力が急激に増えた理由」
「…………」
「だから、離れた」
その言葉は、ひどく寂しかった。
「私を魔法少女にしたくなかったから」
「これ以上、力を増やしたくなかったから」
「……でも」
ステラは、小さく俯く。
「当時の私は、そんなの分かんなかった」
「急に避けられてるみたいで」
「嫌われたのかと思って」
ぎゅ、とシーツを握る手へ力が入る。
「すごく、苦しかった」
「……だからね」
ステラは、小さく息を吐いた。
「私、必死だったんだ」
震えそうになる声を、無理やり押さえ込むみたいに。
「イグニスに会いたくて」
「もう一回、一緒にいたくて」
「だから、絶対魔法少女になろうって決めた」
あなたは黙って聞いている。
「訓練、死ぬほど頑張ったの」
「勉強もしたし、実技もやったし、候補生同士の模擬戦もいっぱいやった」
ステラは少し笑う。
「昔の私、人と喋るだけで泣きそうだったのにね」
「…………」
「でも、頑張れた」
「イグニスに会えるって思ったから」
その声は、まっすぐだった。
好きな人へ会いたい。
ただそれだけで、前へ進んできた声。
「イグニスね」
「離れてからも、完全にはいなくならなかったんだ」
「たまーに様子見に来てたの。ちゃんと食べてる?とか怪我してない?とか」
「……それだけ?」
あなたが聞くと。
ステラは少しだけ笑った。
「でも、嬉しかった」
ほんの少しでも、まだ見てくれている。
「だから、もっと頑張った」
「正式な魔法少女になれば、また一緒に戦えるって思ったから」
そして。
ステラの声が、少し止まる。
部屋の空気が静かに冷えていく。
「……正式登録の日」
ぽつり。
「私、すごく嬉しかったんだ」
制服、認識票、コードネーム。
ようやく、自分も隣へ行ける。
憧れた人の隣へ。
「ねえイグニス、私やっと――って」
そこまで言って、ステラは言葉を止めた。
唇が、小さく震える。
「…………」
あなたは何も言えない。
そして、ステラは俯いたまま静かに言った。
「その日に、イグニスは死んだ」
「――――」
音が消えたみたいだった。
「急に、イグニスから電話が来たの」
あなたは何も言わない。
ただ、黙って聞いていた。
ステラは小さく笑う。
でも、その笑顔は少し震えていた。
「今まで全然会ってくれなかったのに」
「いきなり電話してきてさ」
『ごめんね、ステラ』
懐かしむみたいに、ステラが目を細める。
『避けててごめんね』
『傷つけたよね』
『ほんとは、ずっと会いたかった』
ぽつり、ぽつり。
静かな部屋へ声が落ちていく。
「イグニスね、いっぱい謝ってた」
「でも、いっぱい笑ってた」
その時のことを思い出しているのか。
ステラの声は少し柔らかかった。
『魔法少女になったんだね』
『おめでとう』
『すごいね、ステラ』
『頑張ったね』
あなたは、静かに聞いている。
ステラは続けた。
「……私、その時ね」
「嬉しくて、嬉しくて」
声が少し掠れる。
「やっと、一緒に居られるって思ったの」
「やっとまた、家族になれるって」
その言葉が、胸へ重く落ちた。
ステラは笑ったまま続ける。
『ステラ!好き!』
『大好き!』
『愛してる!』
『あなたは、私の太陽よ!』
そこで、ステラの声が止まる。
数秒、沈黙。
あなたは、ゆっくり息を呑んだ。
「……いっぱい、言ってくれたの」
ステラが小さく呟く。
「愛してるって」
「大切だって」
「あなたは、私の太陽だって」
ぽろ、と。
涙が落ちた。
でもステラは、泣きながら笑っていた。
「……変だよね」
「今思えば、あれ、絶対お別れの電話だったのに」
あなたの胸が、少し痛む。
ステラは涙を拭わないまま続けた。
「でも私、全然気づけなくてさ」
『明日会おうね!』
『いっぱい話そ!』
『一緒にご飯食べよ!』
「そんなことばっか言ってた」
震える声。
「そしたらイグニスね」
ステラは、ゆっくり目を閉じた。
『楽しみにしてる』
優しい声だった。
きっと、最後までステラを安心させる声だった。
「……その数時間後」
ステラの指先が震える。
「イグニス、死んだの」
静かな部屋だった。
外では夜風が鳴っている。
でもその瞬間だけ、世界が止まったみたいだった。
「……管理庁の人が来て」
「殉職しましたって」
「遺体も、ほとんど残ってなくて」
「映像放送だって、なかったの」
ステラは俯く。
「最初、意味わかんなかった」
当然だ。
そんなの、理解できるわけがない。
「だからね」
ステラはゆっくり顔を上げた。
涙で濡れた目の奥には、燃えるものがあった。
「私、決めたの」
その声は静かだった。
なのに、熱かった。
「絶対見つけるって」
「イグニスを殺したやつ」
「絶対に」
その瞬間、あなたは理解する。
この子はずっと、復讐をまだ夢見てた。
四年間ずっとだ。
笑いながら、太陽みたいに振る舞いながら。
胸の奥では、ずっと燃え続けていたのだ。
評価・感想よろしくお願いいたします。
誰が好き?
-
ノクス
-
ルミナ
-
ステラ
-
プリン
-
秋葉