ステラの話を聞いてから、数日が経った。
ソラリスはまだ現れない。
街も、管理庁も、表面上はいつも通りだった。
あなたたちも同じだ。
アーク討伐へ行き、訓練をして、帰宅して、三人で食事をする。
秋葉に言われた通り、あなたとステラはほとんど常に一緒にいた。
まるで、少し前までと何も変わっていないみたいに。
でも、確かに変わってしまったものがあった。
ステラの笑顔だった。
笑っていないわけじゃない。
ちゃんと笑う。
今まで通り、明るく振る舞う。
でも時々、ふっと表情が消える。
遠くを見るみたいな目をする。
「…………」
夜
リビングではテレビが静かに流れていた。
ソファで寝転がるあなたの視界の端で、ステラがマグカップを両手で持っている。
プリンはその隣で丸くなっていた。
「ノクスちゃん」
「ん?」
「ぼーっとしてる」
ステラが少し首を傾げる。
橙色の髪が揺れた。
「疲れてる?」
「いや……別に」
あなたはそう返す。
でも、本当は違った。
考えていたのだ。
ずっと、ステラのことを。
ソラリスが現れた時、この子はどうするのか。
イグニスを殺した相手を前にして、ちゃんと止まれるのか。
秋葉が言っていた。
『一人になると無茶する』
あれは、多分冗談じゃない。
ステラは笑う。
明るくて、優しくて、人懐っこい。
でもその奥には、まだ燃え続けている復讐心がある。
「…………」
気づけば、あなたはじっとステラを見ていた。
「?」
視線に気づいたステラが、不思議そうに瞬きをする。
「どしたの?」
「いや……」
言葉が詰まる。
何を言えばいいのか分からなかった。
“無茶するな”か。
“復讐なんてやめろ”か。
そんな言葉で止まれるなら、四年間も燃え続けたりしない。
だからあなたは、結局。
「……ちゃんと寝てるか?」
そんなことしか言えなかった。
「えっ」
ステラが目を丸くしたあと、少し吹き出す。
「なにそれ」
「いや、最近ずっと顔薄いし」
「薄いってなに!?」
「元気ない」
「あー……」
ステラは少しだけ視線を逸らした。
「まぁ……そうだね」
その声は、小さかった。
あなたはゆっくり息を吐く。
そして思う。
自分は、ステラに笑っていてほしいと。
太陽みたいに笑うこの子を、失いたくないと。
あなたは苦笑しながら、ゆっくり口を開いた。
「なぁ、ステラ」
「ん?」
「ちょっと……俺の話、していいか?」
ステラは少し意外そうに目を瞬かせたあと、静かに頷いた。
「うん」
あなたは数秒黙る。
でも、変に隠したくなかった。
「俺さ、前世があるんだ」
「…………え?」
ステラが目を丸くし、あなたは苦笑した。
「だよな、そういう顔になるよな」
「いや、だって……前世?」
「うん」
静かな声で続ける。
「前の世界で、俺は普通に男だった。で、今も男」
「……え?」
「身体は女だけど、中身は男」
「魔法少女になった時からずっとこの姿だけどな」
ステラが完全に固まる。
隣ではプリンがお茶を飲んでいた。
「ノクスは精神的男性個体です」
「言い方」
「事実共有です」
「便利ワードね」
あなたはため息を吐く。
でも、少しだけ空気が軽くなった。
「……最初、めちゃくちゃ混乱した。鏡見て普通に叫んだし」
「えぇ……」
「でも、それ以上に嬉しかった」
あなたは視線を落とす。
「俺、こことはちょっと違う世界に居たんだ」
「アークとか、魔法少女とか、そういうのはなかった」
ステラが静かに聞いている。
あなたはゆっくり続けた。
「それで、実際にこの世界を見て思ったんだ」
「……ひどすぎるだろって」
その声は低かった。
「子供が戦って、ボロボロになって、死んで」
「なのに、みんな慣れてる」
あなたは拳を握る。
「魔法少女が傷ついても“お疲れ様”で終わる」
「ニュースで殉職流れても、“最近多いね”で終わる」
「そんなの、絶対おかしいだろって思った」
ステラの瞳が、小さく揺れる。
その怒りは、彼女も感じたことだから。
「昔から、人を助けたいって気持ちだけは強かったんだ」
「別に正義の味方とかじゃねぇけど、目の前で苦しんでるやつ放っとくのは嫌だった」
静かな声。
「だから、許せなかった」
「なんで誰も止めないんだって」
「なんで、こんな小さい子ばっか戦ってんだって」
あなたは苦く笑う。
「……でも、最初は何もできなかった」
「知らない世界で、知らない身体で、自分が何者かも分かんなくて」
その時だった。
あなたの脳裏に浮かぶ、一人の少女。
「……その時、ルミナに会った」
ステラが少しだけ目を細める。
あなたは続けた。
「ボロボロなのに戦ってて」
「眠そうで、疲れ切ってて」
「なのに、誰も止めなくて」
「それ見て、ほんと無理だった」
胸の奥が少し熱くなる。
「放っとけなかった」
その言葉は、自然に落ちた。
「それから、プリンに会った」
白い生き物が、耳をぴくりと動かす。
「“契約してください”って言われてさ、普通なら断るだろ」
「ノクスは馬鹿です」
「茶々入れんなよ」
ステラが思わず吹き出す。
「あはは……」
少しだけ、久しぶりに自然な笑い声だった。
あなたはそれを見て、小さく安心する。
「……でも、俺は契約した」
「この世界が許せないなら、自分で戦うしかないって思ったから」
「誰かを助けたいって思ったから」
静かな声。
「それで、魔法少女になった」
ステラは黙って聞いている。
あなたは少しだけ天井を見た。
「今でも、この世界はおかしいと思ってる。多分、一生許せない」
「だけど」
そこで、少し笑う。
「ルミナやプリン、ステラに、会えてよかったって思ってる」
「…………」
「ここにいる意味、ずっと分かんなかったけど」
「今は、少しだけ肯定できてるんだ」
静かな声だった。
「俺がここにいる理由」
「魔法少女になった理由」
「全部、無意味じゃなかったのかもって」
ステラは、しばらく何も言わなかった。
ただ、静かにあなたを見ている。
驚いていた。
混乱もしていた。
でも、逃げずに全部聞いてくれていた。
やがて。
「……そっか」
ステラが小さく呟く。
その声は、とても柔らかかった。
「ノクスちゃんって……ほんと変な子だね」
「褒めてる?」
「うん」
ステラは、小さく笑った。
「でも、なんか分かるよ」
「世界、許せないって気持ち」
その笑顔は少し寂しくて、でも少しだけ温かかった。
「……だから」
あなたは、静かに続けた。
ステラは黙ってこちらを見ている。
橙色の瞳が、少し揺れていた。
あなたは頭を掻きながら、小さく笑う。
「まぁ、こんな話したあとで言うのも変だけどさ」
「ステラ、無茶しないでくれ」
「…………」
その瞬間、ステラの呼吸が少し止まった。
あなたは気づかないまま続ける。
「復讐したいのは分かる」
「ソラリスぶん殴りたいのも分かる」
「でも、一人でどっか行くのはやめてくれ」
静かな声だった。
「死にそうな顔して戦うのは、やめてくれ」
ステラの指先が、小さく震える。
あなたは少し困ったみたいに笑った。
「……ルミナに浮気って言われるかもだけど」
「えっ」
ステラが反射的に顔を上げる。
「いや、あいつ絶対言うだろ」
『ノクス、最近ステラばかり見ていますね』
『……浮気ですか?』
「とか」
あなたが真似すると、ステラが思わず吹き出す。
「ちょ、ちょっと似てる……!」
「だろ?」
少しだけ空気が緩む。
でもあなたは、すぐ静かな顔へ戻った。
「でもさ」
ぽつり、と。
「ステラと過ごした日々、楽しかったんだよ」
「…………」
「毎日うるさくて、騒がしくて、振り回されて」
「でも、すげぇ刺激的でさ」
あなたは少し笑う。
「なんか、毎日わくわくしてた」
ステラの瞳が、少しずつ見開かれていく。
あなたは続けた。
「俺、この世界来た時、ほんと何も分かんなかったんだ」
「でも、お前らと居ると」
「ここに居てもいいのかなって思えた」
静かな声。
あなたは、真っ直ぐステラを見る。
「俺、ステラと一緒に居たい」
「…………っ」
ステラの肩が震える。
「ステラが傷つくのは嫌だ」
「死にそうな顔するのも嫌だ」
「一人で抱え込むのも嫌だ」
あなたは自然に言葉を続ける。
「ルミナにそう思ったみたいに」
「ステラにも、そう思ってる」
その瞬間。
ステラの思考が、完全に止まった。
「………………え」
かすれた声。
顔が、一瞬で赤くなる。
「え、あ、ちょ、ま、待って」
クッションを抱えたまま、完全に挙動不審になる。
「な、なにそれ……」
「なにって?」
「いやその言い方はズルくない!?」
「えぇ……?」
本気で分かっていない顔だった。
ステラは口を開いて、閉じて、また開く。
「だ、だってそれ……」
「そ、それって……」
言葉が続かない。
耳まで真っ赤だった。
あなたは首を傾げる。
「なんでそんな慌ててんだ?」
「慌てるよ!!」
ほぼ悲鳴だった。
プリンが静かにお茶を飲む。
「ノクスは無意識重感情生成機です」
「嫌な肩書き増やすな」
「現在ステラの心拍数が急上昇しています」
「実況しないでぇ!!」
ステラがクッションへ顔を埋める。
あなたは訳が分からず困惑していた。
「……なんか悪いこと言ったか?」
「言ったよぉ!!」
涙目だった。
でも。
その顔は、数日前よりずっと、生きていた。
しばらくして。
ようやく落ち着いてきたのか、ステラはクッションからそっと顔を上げた。
耳はまだ少し赤い。
「…………」
あなたは隣で首を傾げている。
本当に、何がそんなに恥ずかしかったのか分かっていない顔だった。
ステラはそんなあなたを見て、小さく笑う。
「……ノクスちゃんってさ」
「ん?」
「ほんと、爆弾みたいなこと真顔で言うよね」
「覚えがない」
「あるよぉ……」
困ったみたいに笑いながら、ステラは小さく息を吐いた。
そして。
「……わかった」
静かな声で言った。
「無茶、しないようにする」
「…………」
あなたは少し目を丸くする。
ステラは膝を抱えながら、ぽつりと続けた。
「ノクスちゃんといると」
その言葉で、一度止まる。
少し恥ずかしそうに視線を逸らしながら。
「……安心するから」
小さな声だった。
でも、ちゃんと届いた。
あなたは、それを聞いて少しだけ笑う。
「そっか」
「うん」
短いやり取り。
でも、それだけで十分だった。
あなたはソファへ身体を預けながら、ふと思いついたみたいに口を開く。
「じゃあさ」
「ソラリス倒したら、どっか遊び行こうぜ」
「……え?」
「ほら、ずっと戦闘とか訓練ばっかだったし」
「温泉とか」
「遊園地とか」
「あと、なんか美味いもん食いに行くとか」
ステラが少し目を瞬かせる。
あなたはそのまま続けた。
「ルミナも誘ってさ」
「秋葉さんは……来るかわかんねぇけど」
「プリンも」
「私は同行します。どこに行きますか?」
「早いよ」
ステラが、思わず吹き出した。
「あははっ……」
今度の笑い声は、ちゃんと明るかった。
あなたはそれを見ながら続ける。
「あと海もいいな」
「ステラ、絶対騒ぐだろ?」
「騒ぐよ!?」
「だと思った」
「ノクスちゃんだって絶対はしゃぐじゃん!」
「どうだかな、水着恥ずかしいし」
二人で少し笑う。
その時間は、不思議なくらい穏やかだった。
まるで、本当に“その先”があるみたいに。
ステラは静かにあなたを見る。
未来の話をするあなたを。
“ソラリスを倒したあと”を、当たり前みたいに話すあなたを。
そして、その未来の中へ自分を入れてくれていることを。
「…………」
ステラは、小さく目を細めた。
胸の奥で燃え続けていた復讐心は、消えていない。
きっと、消えることはない。
でも今は、その隣に少しだけ別の熱があった。
やがて、ステラは静かに笑う。
「……楽しみにしてるね」
あなたは気づかなかった。
その言葉は、イグニスが最後に残した言葉と同じだ。
――『楽しみにしてる』
あの日、死に際に最後まで笑っていた太陽が残した声。
ステラはきっと、思い出していた。
あの時の温度を、もう二度と届かないと思っていた未来を。
だけど今、目の前の少女は当たり前みたいにその先を話している。
生き残った後を、一緒に笑う未来を。
「…………」
ステラは、そっと目を伏せた。
胸の奥で燃え続けていた復讐心は、消えていない。
許せない気持ちも、なくならない。
でも、その炎の中にほんの少しだけ別の光が混ざった気がした。
未来を見てもいいのかもしれない、と。
そう思ってしまうくらいには。
*
それから、数日。
ソファへ座るあなたとステラ、その前でプリンが静かに口を開く。
「……予測時刻、更新」
その声だけで、空気が変わった。
あなたはゆっくり顔を上げる。
ステラの指先も、小さく止まった。
プリンは続ける。
「ソラリス出現予測は明日」
「高確率で接触が発生します」
「…………」
ついに来た。
あなたは静かに息を吐く。
ステラも、何も言わなかった。
ただ、橙色の瞳だけが静かに燃えている。
「作戦は?」
あなたが聞く。
するとプリンは、すぐ答えた。
「既に決定済みです」
「交戦地点は中部山脈区域」
あなたの脳裏に、あの場所が浮かぶ。
メンシスと戦った場所。
巨大な戦闘痕が今も残る、人気のない山岳区域。
「秋葉も了承済みです」
「避難誘導、封鎖申請、監視衛星調整、全部進んでいます」
「仕事早……」
「秋葉は徹夜四日目です」
「寝ろよあの人……」
あなたが顔をしかめる。
でも、今は冗談を言う空気でもなかった。
プリンの金色の瞳が、静かに二人を見る。
「ソラリスは、あなたたちの高密度魔力反応を待っているはずです」
「そのため、明日の夜」
「二人で意図的に大規模魔力反応を発生させます」
ステラが、小さく息を呑む。
「……おびき寄せるんだね」
「はい」
短い肯定。
「ソラリス側へ、“ここに強者がいる”と認識させます」
静かな説明。
でも、それはつまり。
自分たちから怪物を呼ぶということだった。
あなたはソファへ深く座り直す。
「……その前に来る可能性は?」
その質問に、プリンは数秒沈黙した。
「低確率です」
「現在ソラリスは、“待機”している可能性が高い」
「待機?」
「はい」
プリンは静かに続ける。
「ソラリスの行動傾向は、“最も高密度な戦闘”を優先し、万全の戦いを望みます」
「現段階では、二人の反応が最大化する瞬間を待っている可能性が高いです」
「…………」
あなたは眉を寄せた。
「だから、こちらが動くまで動かないってことか」
「その予測が最有力です」
リビングが静まり返る。
時計の音だけが、やけに大きく聞こえた。
ステラは、自分の手をじっと見ている。
震えてはいない。
でも、力が入っていた。
あなたは、それを見てゆっくり口を開く。
「……逃げられないんだな、俺たち」
「はい」
答えたのはプリンだった。
「逃走時、市街地被害予測が急上昇します」
「ソラリスは戦闘継続を優先する個体」
「戦場を制御可能な場所へ限定する必要があります」
「つまり山でぶっ倒すしかねぇってことか」
「簡潔に言えばそうです」
プリンの尻尾が、静かに揺れる。
あなたは、小さく笑った。
「メンシスの時よりだいぶ物騒だな」
「今回は“逃がす”という選択肢がありません」
「…………」
その言葉の意味を、全員理解していた。
ソラリスは、最強の魔法少女であったイグニスを殺した存在。
ここで止めなければいけない。
ステラが、ゆっくり顔を上げる。
「……明日なんだ」
小さな声に、あなたはその横顔を見る。
怖くないわけがない。
でも、この子はもう逃げない。
四年間ずっと追い続けてきたから。
あなたは少しだけ息を吐いて、ソファへ身体を預けた。
「じゃあ今日は早く寝るか」
「え」
ステラが目を丸くする。
「いや、明日決戦だろ?コンディション大事だし」
「ノクスちゃん、そこ普通なんだ……」
「徹夜でラスボス戦やりたくねぇし?」
「ゲーム感覚で言わないで!?」
思わずステラが突っ込む。
その瞬間だけ、少し空気が軽くなった。
プリンは静かに二人を見ていた。
「……ですが」
不意に、プリンが言う。
「本当に危険になった場合は、撤退を優先してください」
「特にステラ、あなたは私の力では治療ができません」
ステラが、少しだけ目を細める。
「……うん」
でも、その返事だけで分かった。
多分、この子はイグニスのために最後まで行く。
あなたはそれを理解してる。
それでも、隣にいることを選んでいた。
あなたたちはそれぞれの部屋へ戻り、夜は静かに終わっていく。
そして。
*
翌朝
「…………ん」
あなたは、ぼんやり目を覚ました。
朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。
数秒、頭が働かない。
でもすぐに、昨日の会話を思い出した。
――今日だ。
あなたはゆっくり身体を起こし、リビングへ向かう。
「……ステラ?」
返事はない。
キッチンにもいない。
ソファにも。
テレビも消えたままだった。
静かすぎる。
あなたは眉をひそめる。
「……おい」
嫌な予感がした。
ステラの部屋へ向かい、扉を開ける。
そこに、ステラはいなかった。
「――――」
ベッドは綺麗なまま。
窓際のカーテンだけが、朝風で小さく揺れている。
あなたは数秒、動けなかった。
その時。
「ノクス」
後ろから、静かな声。
振り返ると、プリンが立っていた。
「……どこ行った」
低い声だった。
プリンは数秒黙り。
「……中部山脈方向へ移動中です」
その瞬間、あなたの胸の奥で何かが冷えた。
*
深夜
静まり返った部屋の中で、ステラは一人ベッドへ座っていた。
灯りは消えている。
窓の外には、薄い月明かりだけ。
「…………」
眠れなかった。
明日、ソラリスが来る。
イグニスを殺した存在、四年間追い続けた怪物に、やっと届く。
やっと届くのだ。
――なのに。
ステラは、自分の胸へそっと触れる。
「……鈍ってるなぁ」
小さく、笑った。
昔なら、もっと怒っていた気がする。
もっと燃えていた気がする。
ソラリスを殺したい。
復讐したい。
それだけで動けていた。
でも今、胸の中にはそれ以外の感情が増えすぎていた。
その名前を思い浮かべるだけで、胸が熱くなる。
「ノクス…………」
最近、一緒に居るのが当たり前になっていた。
一緒に家に帰った。
手をつないで、デートみたいで嬉しかった。
ご飯を食べた。
あなたに料理を教わるの、緊張してドキドキしてたの気づいてたかな。
馬鹿みたいな話をした。
私の生活が終わってるって、あなたもルミナちゃんが居なきゃ変わらないのにね。
笑って、時々心配してくれて、真っ直ぐ言葉をくれた。
そのたびにステラの中で何かが変わっていく。
イグニスと一緒にいた頃みたいに。
いや、少し違う。
もっと近くて、もっと怖い。
「……あぁ」
ステラは、自分の膝を抱えた。
「今なら、いっぱい分かっちゃうなぁ……」
イグニスがどうして離れたのか。
どうして、“魔法少女にならないで”と言ったのか。
だって、こんなの。
一緒にいたいって思えば思うほど、どんどん気持ちが大きくなる。
ノクスの隣にいたい。
笑ってほしい。
無茶してほしくない。
ずっと生きててほしい。
そんな感情が、止まらない。
もしこれで、本当に魔力リンクが強くなるなら。
イグニスは、怖かったのだ。
自分のせいでステラが戦う側へ近づいていくことが。
「……でもさ」
ステラは小さく笑った。
「無理だよ、あれ」
離れろなんて。
ノクスは、あまりにも真っ直ぐすぎた。
真正面から心へ入ってくる。
逃げ場なんてないくらいに。
そして、だからこそ。
ステラの胸に、別の恐怖が生まれていた。
「…………」
ノクスが傷つくところを、見たくない。
その感情だけが、ひどく強かった。
ソラリスは危険だ。
イグニスを殺した怪物だ。
もし、二人じゃ勝てなくて。
もし、ノクスが傷ついたら。
もし、取り返しのつかないことになったら。
「…………やだな」
喉が、少し震えた。
その時、ふと最初の日を思い出した。
ノクスと出会った日。
まだ何も知らなかった頃。
左手が飛んで、血が溢れてルミナが泣いていた。
ステラは、静かに目を伏せる。
「あの時の私……」
赤の他人だった。
だから、どこか現実感がなかった。
治ってよかったね。
ルミナも大変だな。
その程度だった。
魔法少女なんだから仕方ない。
みんな傷つく。
そういう世界だから、そんなふうにどこか軽く考えていた。
でも。
「……今なら」
もし今、ノクスの腕が飛んだら、血を流したら、泣きながら倒れたら。
自分は、どうなる。
「…………」
考えた瞬間、胸が締めつけられた。
息が苦しくなる。
嫌だ。
怖い。
見たくない。
ステラは、ぎゅっと自分の服を掴む。
その瞬間、理解してしまった。
あぁ、イグニスもこんな気持ちだったんだ。
大切な人が戦うこと。
傷つくこと。
死ぬかもしれないこと。
それが、こんなにも怖かったんだ。
「…………っ」
ステラは、ゆっくり目を閉じる。
復讐心は消えていない。
ソラリスを許せない。
会ったら、きっと戦う。
でも、今一番怖いのは復讐が終わらないことじゃない。
ノクスがいなくなることだった。
ステラは、ゆっくり息を吐いた。
胸の奥が痛い。
怖い。
逃げたい。
ノクスを危険へ連れて行きたくない。
でも。
「……ううん」
小さく、首を振る。
橙色の瞳が、静かに細められた。
「ちょうど、よかったんだ」
誰へ言うでもなく、呟く。
怨敵が来る。
ずっと追い続けてきた相手。
そして今、自分には守りたい人がいる。
「復讐もできて、好きな人も守れる」
「最高、だよね?」
ぽつり、ぽつり。
静かな夜へ言葉が落ちる。
ステラは、自分の胸へ手を当てた。
熱く、ずっと燃えている。
でも、それはもう復讐だけじゃない。
「……私」
小さく笑う。
「ちゃんと、太陽になれるのかも」
イグニスみたいに、誰かを守って、笑って、最後まであたたかく。
「…………」
ステラはゆっくり立ち上がった。
静かな足音で、廊下を歩く。
向かった先はノクスの部屋だった。
扉を、そっと開ける。
月明かりの差し込む部屋。
ベッドの上では、ノクスが眠っていた。
その隣で、プリンも丸くなって寝ている。
規則正しい寝息。
無防備な寝顔。
「…………」
ステラは、少しだけ目を見開く。
胸が、どくんと鳴った。
「……ほんと」
小さく笑う。
「やっぱ好きだなぁ」
寝てるだけなのに。
何もしてないのに。
見るだけで、こんなに胸が苦しくなる。
ステラは、ゆっくりベッドの傍へ座った。
ノクスの髪へ、そっと触れる。
柔らかい。
「……ルミナちゃんに返したくないなぁ」
思わず漏れた本音に、自分で少し笑ってしまう。
きっとルミナが聞いたら怒る。
でも少しくらい、いいだろうか。
最後くらい。
「…………」
数秒、ステラは静かにノクスを見つめていた。
この人は、一人で行ったらきっと怒る。
無茶するなって言ったくせにって。
絶対追いかけてくる。
でも、だからこそ置いていかなきゃいけない。
「……ごめんね」
囁くような声だった。
そして、ステラはそっと身を屈める。
柔らかな唇が、ノクスの額へ触れた。
一瞬だけの、キス。
「…………」
離れたあとも、胸が痛かった。
泣きそうになる。
でもステラは、ちゃんと笑った。
イグニスみたいに、最後まで笑っていたかったから。
「行ってくるね」
誰にも聞こえない声を残して。
次の瞬間、橙色の光が静かに夜へ溶けた。
評価・感想よろしくお願いいたします。
誰が好き?
-
ノクス
-
ルミナ
-
ステラ
-
プリン
-
秋葉