転生者がTS魔法少女になって頑張る話。   作:メルヘン侍

19 / 31
第七話 太陽は君を起こさない

 ステラの話を聞いてから、数日が経った。

 

 ソラリスはまだ現れない。

 

 街も、管理庁も、表面上はいつも通りだった。

 

 あなたたちも同じだ。

 

 アーク討伐へ行き、訓練をして、帰宅して、三人で食事をする。

 

 秋葉に言われた通り、あなたとステラはほとんど常に一緒にいた。

 

 まるで、少し前までと何も変わっていないみたいに。

 

 でも、確かに変わってしまったものがあった。

 

 ステラの笑顔だった。

 

 笑っていないわけじゃない。

 

 ちゃんと笑う。

 

 今まで通り、明るく振る舞う。

 

 でも時々、ふっと表情が消える。

 

 遠くを見るみたいな目をする。

 

「…………」

 

 

 

 夜

 

 リビングではテレビが静かに流れていた。

 

 ソファで寝転がるあなたの視界の端で、ステラがマグカップを両手で持っている。

 

 プリンはその隣で丸くなっていた。

 

「ノクスちゃん」

 

「ん?」

 

「ぼーっとしてる」

 

 ステラが少し首を傾げる。

 

 橙色の髪が揺れた。

 

「疲れてる?」

 

「いや……別に」

 

 あなたはそう返す。

 

 でも、本当は違った。

 

 考えていたのだ。

 

 ずっと、ステラのことを。

 

 ソラリスが現れた時、この子はどうするのか。

 

 イグニスを殺した相手を前にして、ちゃんと止まれるのか。

 

 秋葉が言っていた。

 

『一人になると無茶する』

 

 あれは、多分冗談じゃない。

 

 ステラは笑う。

 

 明るくて、優しくて、人懐っこい。

 

 でもその奥には、まだ燃え続けている復讐心がある。

 

「…………」

 

 気づけば、あなたはじっとステラを見ていた。

 

「?」

 

 視線に気づいたステラが、不思議そうに瞬きをする。

 

「どしたの?」

 

「いや……」

 

 言葉が詰まる。

 

 何を言えばいいのか分からなかった。

 

 “無茶するな”か。

 

 “復讐なんてやめろ”か。

 

 そんな言葉で止まれるなら、四年間も燃え続けたりしない。

 

 だからあなたは、結局。

 

「……ちゃんと寝てるか?」

 

 そんなことしか言えなかった。

 

「えっ」

 

 ステラが目を丸くしたあと、少し吹き出す。

 

「なにそれ」

 

「いや、最近ずっと顔薄いし」

 

「薄いってなに!?」

 

「元気ない」

 

「あー……」

 

 ステラは少しだけ視線を逸らした。

 

「まぁ……そうだね」

 

 その声は、小さかった。

 

 あなたはゆっくり息を吐く。

 

 そして思う。

 

 自分は、ステラに笑っていてほしいと。

 

 太陽みたいに笑うこの子を、失いたくないと。

 

 あなたは苦笑しながら、ゆっくり口を開いた。

 

「なぁ、ステラ」

 

「ん?」

 

「ちょっと……俺の話、していいか?」

 

 ステラは少し意外そうに目を瞬かせたあと、静かに頷いた。

 

「うん」

 

 あなたは数秒黙る。

 

 でも、変に隠したくなかった。

 

「俺さ、前世があるんだ」

 

「…………え?」

 

 ステラが目を丸くし、あなたは苦笑した。

 

「だよな、そういう顔になるよな」

 

「いや、だって……前世?」

 

「うん」

 

 静かな声で続ける。

 

「前の世界で、俺は普通に男だった。で、今も男」

 

「……え?」

 

「身体は女だけど、中身は男」

 

「魔法少女になった時からずっとこの姿だけどな」

 

 ステラが完全に固まる。

 

 隣ではプリンがお茶を飲んでいた。

 

「ノクスは精神的男性個体です」

 

「言い方」

 

「事実共有です」

 

「便利ワードね」

 

 あなたはため息を吐く。

 

 でも、少しだけ空気が軽くなった。

 

「……最初、めちゃくちゃ混乱した。鏡見て普通に叫んだし」

 

「えぇ……」

 

「でも、それ以上に嬉しかった」

 

 あなたは視線を落とす。

 

「俺、こことはちょっと違う世界に居たんだ」

 

「アークとか、魔法少女とか、そういうのはなかった」

 

 ステラが静かに聞いている。

 

 あなたはゆっくり続けた。

 

「それで、実際にこの世界を見て思ったんだ」

 

「……ひどすぎるだろって」

 

 その声は低かった。

 

「子供が戦って、ボロボロになって、死んで」

 

「なのに、みんな慣れてる」

 

 あなたは拳を握る。

 

「魔法少女が傷ついても“お疲れ様”で終わる」

 

「ニュースで殉職流れても、“最近多いね”で終わる」

 

「そんなの、絶対おかしいだろって思った」

 

 ステラの瞳が、小さく揺れる。

 

 その怒りは、彼女も感じたことだから。

 

「昔から、人を助けたいって気持ちだけは強かったんだ」

 

「別に正義の味方とかじゃねぇけど、目の前で苦しんでるやつ放っとくのは嫌だった」

 

 静かな声。

 

「だから、許せなかった」

 

「なんで誰も止めないんだって」

 

「なんで、こんな小さい子ばっか戦ってんだって」

 

 あなたは苦く笑う。

 

「……でも、最初は何もできなかった」

 

「知らない世界で、知らない身体で、自分が何者かも分かんなくて」

 

 その時だった。

 

 あなたの脳裏に浮かぶ、一人の少女。

 

「……その時、ルミナに会った」

 

 ステラが少しだけ目を細める。

 

 あなたは続けた。

 

「ボロボロなのに戦ってて」

 

「眠そうで、疲れ切ってて」

 

「なのに、誰も止めなくて」

 

「それ見て、ほんと無理だった」

 

 胸の奥が少し熱くなる。

 

「放っとけなかった」

 

 その言葉は、自然に落ちた。

 

「それから、プリンに会った」

 

 白い生き物が、耳をぴくりと動かす。

 

「“契約してください”って言われてさ、普通なら断るだろ」

 

「ノクスは馬鹿です」

 

「茶々入れんなよ」

 

 ステラが思わず吹き出す。

 

「あはは……」

 

 少しだけ、久しぶりに自然な笑い声だった。

 

 あなたはそれを見て、小さく安心する。

 

「……でも、俺は契約した」

 

「この世界が許せないなら、自分で戦うしかないって思ったから」

 

「誰かを助けたいって思ったから」

 

 静かな声。

 

「それで、魔法少女になった」

 

 ステラは黙って聞いている。

 

 あなたは少しだけ天井を見た。

 

「今でも、この世界はおかしいと思ってる。多分、一生許せない」

 

「だけど」

 

 そこで、少し笑う。

 

「ルミナやプリン、ステラに、会えてよかったって思ってる」

 

「…………」

 

「ここにいる意味、ずっと分かんなかったけど」

 

「今は、少しだけ肯定できてるんだ」

 

 静かな声だった。

 

「俺がここにいる理由」

 

「魔法少女になった理由」

 

「全部、無意味じゃなかったのかもって」

 

 ステラは、しばらく何も言わなかった。

 

 ただ、静かにあなたを見ている。

 

 驚いていた。

 

 混乱もしていた。

 

 でも、逃げずに全部聞いてくれていた。

 

 やがて。

 

「……そっか」

 

 ステラが小さく呟く。

 

 その声は、とても柔らかかった。

 

「ノクスちゃんって……ほんと変な子だね」

 

「褒めてる?」

 

「うん」

 

 ステラは、小さく笑った。

 

「でも、なんか分かるよ」

 

「世界、許せないって気持ち」

 

 その笑顔は少し寂しくて、でも少しだけ温かかった。

 

「……だから」

 

 あなたは、静かに続けた。

 

 ステラは黙ってこちらを見ている。

 

 橙色の瞳が、少し揺れていた。

 

 あなたは頭を掻きながら、小さく笑う。

 

「まぁ、こんな話したあとで言うのも変だけどさ」

 

「ステラ、無茶しないでくれ」

 

「…………」

 

 その瞬間、ステラの呼吸が少し止まった。

 

 あなたは気づかないまま続ける。

 

「復讐したいのは分かる」

 

「ソラリスぶん殴りたいのも分かる」

 

「でも、一人でどっか行くのはやめてくれ」

 

 静かな声だった。

 

「死にそうな顔して戦うのは、やめてくれ」

 

 ステラの指先が、小さく震える。

 

 あなたは少し困ったみたいに笑った。

 

「……ルミナに浮気って言われるかもだけど」

 

「えっ」

 

 ステラが反射的に顔を上げる。

 

「いや、あいつ絶対言うだろ」

 

『ノクス、最近ステラばかり見ていますね』

 

『……浮気ですか?』

 

「とか」

 

 あなたが真似すると、ステラが思わず吹き出す。

 

「ちょ、ちょっと似てる……!」

 

「だろ?」

 

 少しだけ空気が緩む。

 

 でもあなたは、すぐ静かな顔へ戻った。

 

「でもさ」

 

 ぽつり、と。

 

「ステラと過ごした日々、楽しかったんだよ」

 

「…………」

 

「毎日うるさくて、騒がしくて、振り回されて」

 

「でも、すげぇ刺激的でさ」

 

 あなたは少し笑う。

 

「なんか、毎日わくわくしてた」

 

 ステラの瞳が、少しずつ見開かれていく。

 

 あなたは続けた。

 

「俺、この世界来た時、ほんと何も分かんなかったんだ」

 

「でも、お前らと居ると」

 

「ここに居てもいいのかなって思えた」

 

 静かな声。

 

 あなたは、真っ直ぐステラを見る。

 

「俺、ステラと一緒に居たい」

 

「…………っ」

 

 ステラの肩が震える。

 

「ステラが傷つくのは嫌だ」

 

「死にそうな顔するのも嫌だ」

 

「一人で抱え込むのも嫌だ」

 

 あなたは自然に言葉を続ける。

 

「ルミナにそう思ったみたいに」

 

「ステラにも、そう思ってる」

 

 その瞬間。

 

 ステラの思考が、完全に止まった。

 

「………………え」

 

 かすれた声。

 

 顔が、一瞬で赤くなる。

 

「え、あ、ちょ、ま、待って」

 

 クッションを抱えたまま、完全に挙動不審になる。

 

「な、なにそれ……」

 

「なにって?」

 

「いやその言い方はズルくない!?」

 

「えぇ……?」

 

 本気で分かっていない顔だった。

 

 ステラは口を開いて、閉じて、また開く。

 

「だ、だってそれ……」

 

「そ、それって……」

 

 言葉が続かない。

 

 耳まで真っ赤だった。

 

 あなたは首を傾げる。

 

「なんでそんな慌ててんだ?」

 

「慌てるよ!!」

 

 ほぼ悲鳴だった。

 

 プリンが静かにお茶を飲む。

 

「ノクスは無意識重感情生成機です」

 

「嫌な肩書き増やすな」

 

「現在ステラの心拍数が急上昇しています」

 

「実況しないでぇ!!」

 

 ステラがクッションへ顔を埋める。

 

 あなたは訳が分からず困惑していた。

 

「……なんか悪いこと言ったか?」

 

「言ったよぉ!!」

 

 涙目だった。

 

 でも。

 

 その顔は、数日前よりずっと、生きていた。

 

 

 

 しばらくして。

 

 ようやく落ち着いてきたのか、ステラはクッションからそっと顔を上げた。

 

 耳はまだ少し赤い。

 

「…………」

 

 あなたは隣で首を傾げている。

 

 本当に、何がそんなに恥ずかしかったのか分かっていない顔だった。

 

 ステラはそんなあなたを見て、小さく笑う。

 

「……ノクスちゃんってさ」

 

「ん?」

 

「ほんと、爆弾みたいなこと真顔で言うよね」

 

「覚えがない」

 

「あるよぉ……」

 

 困ったみたいに笑いながら、ステラは小さく息を吐いた。

 

 そして。

 

「……わかった」

 

 静かな声で言った。

 

「無茶、しないようにする」

 

「…………」

 

 あなたは少し目を丸くする。

 

 ステラは膝を抱えながら、ぽつりと続けた。

 

「ノクスちゃんといると」

 

 その言葉で、一度止まる。

 

 少し恥ずかしそうに視線を逸らしながら。

 

「……安心するから」

 

 小さな声だった。

 

 でも、ちゃんと届いた。

 

 あなたは、それを聞いて少しだけ笑う。

 

「そっか」

 

「うん」

 

 短いやり取り。

 

 でも、それだけで十分だった。

 

 あなたはソファへ身体を預けながら、ふと思いついたみたいに口を開く。

 

「じゃあさ」

 

「ソラリス倒したら、どっか遊び行こうぜ」

 

「……え?」

 

「ほら、ずっと戦闘とか訓練ばっかだったし」

 

「温泉とか」

 

「遊園地とか」

 

「あと、なんか美味いもん食いに行くとか」

 

 ステラが少し目を瞬かせる。

 

 あなたはそのまま続けた。

 

「ルミナも誘ってさ」

 

「秋葉さんは……来るかわかんねぇけど」

 

「プリンも」

 

「私は同行します。どこに行きますか?」

 

「早いよ」

 

 ステラが、思わず吹き出した。

 

「あははっ……」

 

 今度の笑い声は、ちゃんと明るかった。

 

 あなたはそれを見ながら続ける。

 

「あと海もいいな」

 

「ステラ、絶対騒ぐだろ?」

 

「騒ぐよ!?」

 

「だと思った」

 

「ノクスちゃんだって絶対はしゃぐじゃん!」

 

「どうだかな、水着恥ずかしいし」

 

 二人で少し笑う。

 

 その時間は、不思議なくらい穏やかだった。

 

 まるで、本当に“その先”があるみたいに。

 

 ステラは静かにあなたを見る。

 

 未来の話をするあなたを。

 

 “ソラリスを倒したあと”を、当たり前みたいに話すあなたを。

 

 そして、その未来の中へ自分を入れてくれていることを。

 

「…………」

 

 ステラは、小さく目を細めた。

 

 胸の奥で燃え続けていた復讐心は、消えていない。

 

 きっと、消えることはない。

 

 でも今は、その隣に少しだけ別の熱があった。

 

 やがて、ステラは静かに笑う。

 

「……楽しみにしてるね」

 

 あなたは気づかなかった。

 

 その言葉は、イグニスが最後に残した言葉と同じだ。

 

 ――『楽しみにしてる』

 

 あの日、死に際に最後まで笑っていた太陽が残した声。

 

 ステラはきっと、思い出していた。

 

 あの時の温度を、もう二度と届かないと思っていた未来を。

 

 だけど今、目の前の少女は当たり前みたいにその先を話している。

 

 生き残った後を、一緒に笑う未来を。

 

「…………」

 

 ステラは、そっと目を伏せた。

 

 胸の奥で燃え続けていた復讐心は、消えていない。

 

 許せない気持ちも、なくならない。

 

 でも、その炎の中にほんの少しだけ別の光が混ざった気がした。

 

 未来を見てもいいのかもしれない、と。

 

 そう思ってしまうくらいには。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 それから、数日。

 

 ソファへ座るあなたとステラ、その前でプリンが静かに口を開く。

 

「……予測時刻、更新」

 

 その声だけで、空気が変わった。

 

 あなたはゆっくり顔を上げる。

 

 ステラの指先も、小さく止まった。

 

 プリンは続ける。

 

「ソラリス出現予測は明日」

 

「高確率で接触が発生します」

 

「…………」

 

 ついに来た。

 

 あなたは静かに息を吐く。

 

 ステラも、何も言わなかった。

 

 ただ、橙色の瞳だけが静かに燃えている。

 

「作戦は?」

 

 あなたが聞く。

 

 するとプリンは、すぐ答えた。

 

「既に決定済みです」

 

「交戦地点は中部山脈区域」

 

 あなたの脳裏に、あの場所が浮かぶ。

 

 メンシスと戦った場所。

 

 巨大な戦闘痕が今も残る、人気のない山岳区域。

 

「秋葉も了承済みです」

 

「避難誘導、封鎖申請、監視衛星調整、全部進んでいます」

 

「仕事早……」

 

「秋葉は徹夜四日目です」

 

「寝ろよあの人……」

 

 あなたが顔をしかめる。

 

 でも、今は冗談を言う空気でもなかった。

 

 プリンの金色の瞳が、静かに二人を見る。

 

「ソラリスは、あなたたちの高密度魔力反応を待っているはずです」

 

「そのため、明日の夜」

 

「二人で意図的に大規模魔力反応を発生させます」

 

 ステラが、小さく息を呑む。

 

「……おびき寄せるんだね」

 

「はい」

 

 短い肯定。

 

「ソラリス側へ、“ここに強者がいる”と認識させます」

 

 静かな説明。

 

 でも、それはつまり。

 

 自分たちから怪物を呼ぶということだった。

 

 あなたはソファへ深く座り直す。

 

「……その前に来る可能性は?」

 

 その質問に、プリンは数秒沈黙した。

 

「低確率です」

 

「現在ソラリスは、“待機”している可能性が高い」

 

「待機?」

 

「はい」

 

 プリンは静かに続ける。

 

「ソラリスの行動傾向は、“最も高密度な戦闘”を優先し、万全の戦いを望みます」

 

「現段階では、二人の反応が最大化する瞬間を待っている可能性が高いです」

 

「…………」

 

 あなたは眉を寄せた。

 

「だから、こちらが動くまで動かないってことか」

 

「その予測が最有力です」

 

 リビングが静まり返る。

 

 時計の音だけが、やけに大きく聞こえた。

 

 ステラは、自分の手をじっと見ている。

 

 震えてはいない。

 

 でも、力が入っていた。

 

 あなたは、それを見てゆっくり口を開く。

 

「……逃げられないんだな、俺たち」

 

「はい」

 

 答えたのはプリンだった。

 

「逃走時、市街地被害予測が急上昇します」

 

「ソラリスは戦闘継続を優先する個体」

 

「戦場を制御可能な場所へ限定する必要があります」

 

「つまり山でぶっ倒すしかねぇってことか」

 

「簡潔に言えばそうです」

 

 プリンの尻尾が、静かに揺れる。

 

 あなたは、小さく笑った。

 

「メンシスの時よりだいぶ物騒だな」

 

「今回は“逃がす”という選択肢がありません」

 

「…………」

 

 その言葉の意味を、全員理解していた。

 

 ソラリスは、最強の魔法少女であったイグニスを殺した存在。

 

 ここで止めなければいけない。

 

 ステラが、ゆっくり顔を上げる。

 

「……明日なんだ」

 

 小さな声に、あなたはその横顔を見る。

 

 怖くないわけがない。

 

 でも、この子はもう逃げない。

 

 四年間ずっと追い続けてきたから。

 

 あなたは少しだけ息を吐いて、ソファへ身体を預けた。

 

「じゃあ今日は早く寝るか」

 

「え」

 

 ステラが目を丸くする。

 

「いや、明日決戦だろ?コンディション大事だし」

 

「ノクスちゃん、そこ普通なんだ……」

 

「徹夜でラスボス戦やりたくねぇし?」

 

「ゲーム感覚で言わないで!?」

 

 思わずステラが突っ込む。

 

 その瞬間だけ、少し空気が軽くなった。

 

 プリンは静かに二人を見ていた。

 

「……ですが」

 

 不意に、プリンが言う。

 

「本当に危険になった場合は、撤退を優先してください」

 

「特にステラ、あなたは私の力では治療ができません」

 

 ステラが、少しだけ目を細める。

 

「……うん」

 

 でも、その返事だけで分かった。

 

 多分、この子はイグニスのために最後まで行く。

 

 あなたはそれを理解してる。

 

 それでも、隣にいることを選んでいた。

 

 あなたたちはそれぞれの部屋へ戻り、夜は静かに終わっていく。

 

 そして。

 

 

 

*

 

 

 

 翌朝

 

「…………ん」

 

 あなたは、ぼんやり目を覚ました。

 

 朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。

 

 数秒、頭が働かない。

 

 でもすぐに、昨日の会話を思い出した。

 

 ――今日だ。

 

 あなたはゆっくり身体を起こし、リビングへ向かう。

 

「……ステラ?」

 

 返事はない。

 

 キッチンにもいない。

 

 ソファにも。

 

 テレビも消えたままだった。

 

 静かすぎる。

 

 あなたは眉をひそめる。

 

「……おい」

 

 嫌な予感がした。

 

 ステラの部屋へ向かい、扉を開ける。

 

 そこに、ステラはいなかった。

 

「――――」

 

 ベッドは綺麗なまま。

 

 窓際のカーテンだけが、朝風で小さく揺れている。

 

 あなたは数秒、動けなかった。

 

 その時。

 

「ノクス」

 

 後ろから、静かな声。

 

 振り返ると、プリンが立っていた。

 

「……どこ行った」

 

 低い声だった。

 

 プリンは数秒黙り。

 

「……中部山脈方向へ移動中です」

 

 その瞬間、あなたの胸の奥で何かが冷えた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 深夜

 

 静まり返った部屋の中で、ステラは一人ベッドへ座っていた。

 

 灯りは消えている。

 

 窓の外には、薄い月明かりだけ。

 

「…………」

 

 眠れなかった。

 

 明日、ソラリスが来る。

 

 イグニスを殺した存在、四年間追い続けた怪物に、やっと届く。

 

 やっと届くのだ。

 

 ――なのに。

 

 ステラは、自分の胸へそっと触れる。

 

「……鈍ってるなぁ」

 

 小さく、笑った。

 

 昔なら、もっと怒っていた気がする。

 

 もっと燃えていた気がする。

 

 ソラリスを殺したい。

 

 復讐したい。

 

 それだけで動けていた。

 

 でも今、胸の中にはそれ以外の感情が増えすぎていた。

 

 その名前を思い浮かべるだけで、胸が熱くなる。

 

「ノクス…………」

 

 最近、一緒に居るのが当たり前になっていた。

 

 一緒に家に帰った。

 手をつないで、デートみたいで嬉しかった。

 

 ご飯を食べた。

 あなたに料理を教わるの、緊張してドキドキしてたの気づいてたかな。

 

 馬鹿みたいな話をした。

 私の生活が終わってるって、あなたもルミナちゃんが居なきゃ変わらないのにね。

 

 笑って、時々心配してくれて、真っ直ぐ言葉をくれた。

 

 そのたびにステラの中で何かが変わっていく。

 

 イグニスと一緒にいた頃みたいに。

 

 いや、少し違う。

 

 もっと近くて、もっと怖い。

 

「……あぁ」

 

 ステラは、自分の膝を抱えた。

 

「今なら、いっぱい分かっちゃうなぁ……」

 

 イグニスがどうして離れたのか。

 

 どうして、“魔法少女にならないで”と言ったのか。

 

 だって、こんなの。

 

 一緒にいたいって思えば思うほど、どんどん気持ちが大きくなる。

 

 ノクスの隣にいたい。

 

 笑ってほしい。

 

 無茶してほしくない。

 

 ずっと生きててほしい。

 

 そんな感情が、止まらない。

 

 もしこれで、本当に魔力リンクが強くなるなら。

 

 イグニスは、怖かったのだ。

 

 自分のせいでステラが戦う側へ近づいていくことが。

 

「……でもさ」

 

 ステラは小さく笑った。

 

「無理だよ、あれ」

 

 離れろなんて。

 

 ノクスは、あまりにも真っ直ぐすぎた。

 

 真正面から心へ入ってくる。

 

 逃げ場なんてないくらいに。

 

 そして、だからこそ。

 

 ステラの胸に、別の恐怖が生まれていた。

 

「…………」

 

 ノクスが傷つくところを、見たくない。

 

 その感情だけが、ひどく強かった。

 

 ソラリスは危険だ。

 

 イグニスを殺した怪物だ。

 

 もし、二人じゃ勝てなくて。

 

 もし、ノクスが傷ついたら。

 

 もし、取り返しのつかないことになったら。

 

「…………やだな」

 

 喉が、少し震えた。

 

 その時、ふと最初の日を思い出した。

 

 ノクスと出会った日。

 

 まだ何も知らなかった頃。

 

 左手が飛んで、血が溢れてルミナが泣いていた。

 

 ステラは、静かに目を伏せる。

 

「あの時の私……」

 

 赤の他人だった。

 

 だから、どこか現実感がなかった。

 

 治ってよかったね。

 

 ルミナも大変だな。

 

 その程度だった。

 

 魔法少女なんだから仕方ない。

 

 みんな傷つく。

 

 そういう世界だから、そんなふうにどこか軽く考えていた。

 

 でも。

 

「……今なら」

 

 もし今、ノクスの腕が飛んだら、血を流したら、泣きながら倒れたら。

 

 自分は、どうなる。

 

「…………」

 

 考えた瞬間、胸が締めつけられた。

 

 息が苦しくなる。

 

 嫌だ。

 

 怖い。

 

 見たくない。

 

 ステラは、ぎゅっと自分の服を掴む。

 

 その瞬間、理解してしまった。

 

 あぁ、イグニスもこんな気持ちだったんだ。

 

 大切な人が戦うこと。

 

 傷つくこと。

 

 死ぬかもしれないこと。

 

 それが、こんなにも怖かったんだ。

 

「…………っ」

 

 ステラは、ゆっくり目を閉じる。

 

 復讐心は消えていない。

 

 ソラリスを許せない。

 

 会ったら、きっと戦う。

 

 でも、今一番怖いのは復讐が終わらないことじゃない。

 

 ノクスがいなくなることだった。

 

 ステラは、ゆっくり息を吐いた。

 

 胸の奥が痛い。

 

 怖い。

 

 逃げたい。

 

 ノクスを危険へ連れて行きたくない。

 

 でも。

 

「……ううん」

 

 小さく、首を振る。

 

 橙色の瞳が、静かに細められた。

 

「ちょうど、よかったんだ」

 

 誰へ言うでもなく、呟く。

 

 怨敵が来る。

 

 ずっと追い続けてきた相手。

 

 そして今、自分には守りたい人がいる。

 

「復讐もできて、好きな人も守れる」

 

「最高、だよね?」

 

 ぽつり、ぽつり。

 

 静かな夜へ言葉が落ちる。

 

 ステラは、自分の胸へ手を当てた。

 

 熱く、ずっと燃えている。

 

 でも、それはもう復讐だけじゃない。

 

「……私」

 

 小さく笑う。

 

「ちゃんと、太陽になれるのかも」

 

 イグニスみたいに、誰かを守って、笑って、最後まであたたかく。

 

「…………」

 

 ステラはゆっくり立ち上がった。

 

 静かな足音で、廊下を歩く。

 

 向かった先はノクスの部屋だった。

 

 扉を、そっと開ける。

 

 月明かりの差し込む部屋。

 

 ベッドの上では、ノクスが眠っていた。

 

 その隣で、プリンも丸くなって寝ている。

 

 規則正しい寝息。

 

 無防備な寝顔。

 

「…………」

 

 ステラは、少しだけ目を見開く。

 

 胸が、どくんと鳴った。

 

「……ほんと」

 

 小さく笑う。

 

「やっぱ好きだなぁ」

 

 寝てるだけなのに。

 

 何もしてないのに。

 

 見るだけで、こんなに胸が苦しくなる。

 

 ステラは、ゆっくりベッドの傍へ座った。

 

 ノクスの髪へ、そっと触れる。

 

 柔らかい。

 

「……ルミナちゃんに返したくないなぁ」

 

 思わず漏れた本音に、自分で少し笑ってしまう。

 

 きっとルミナが聞いたら怒る。

 

 でも少しくらい、いいだろうか。

 

 最後くらい。

 

「…………」

 

 数秒、ステラは静かにノクスを見つめていた。

 

 この人は、一人で行ったらきっと怒る。

 

 無茶するなって言ったくせにって。

 

 絶対追いかけてくる。

 

 でも、だからこそ置いていかなきゃいけない。

 

「……ごめんね」

 

 囁くような声だった。

 

 そして、ステラはそっと身を屈める。

 

 柔らかな唇が、ノクスの額へ触れた。

 

 一瞬だけの、キス。

 

「…………」

 

 離れたあとも、胸が痛かった。

 

 泣きそうになる。

 

 でもステラは、ちゃんと笑った。

 

 イグニスみたいに、最後まで笑っていたかったから。

 

「行ってくるね」

 

 誰にも聞こえない声を残して。

 

 次の瞬間、橙色の光が静かに夜へ溶けた。




評価・感想よろしくお願いいたします。

誰が好き?

  • ノクス
  • ルミナ
  • ステラ
  • プリン
  • 秋葉
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。