転生者がTS魔法少女になって頑張る話。   作:メルヘン侍

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第二話

 夜の河川敷は静かだった。

 

 街のネオンが川面に滲み、遠くではまだ大型ビジョンの音がかすかに響いている。

 

『本日の討伐MVPは――』

 

「うるさい」

 

 あなたは即座に切った。

 

 スマホの画面を伏せ、深くため息を吐く。

 

 プリンがぴょこんと揺れ、お気に入りのトートバックの中から出てくる。

 

「情報収集は重要です」

 

「精神衛生の方が重要だ」

 

「現在のあなたの精神状態は平均より不安定です」

 

「誰のせいだと思ってる」

 

「世界です」

 

「お前だよ」

 

 即答。

 

 プリンは少しだけ嬉しそうに揺れた。

 

「意思疎通が円滑ですね」

 

「ぶん殴るぞ」

 

 あなたはジャージの上着を引っ張る。

 

 ……いや“引っ張ろうとして止まる”。

 

 変身解除の方法が分からなかった。

 

 つまり今のあなたは、普通にピンク髪の魔法少女姿で河川敷に立っている。

 

 最悪だった。

 

「なんで解除できないんだよ……」

 

「慣れてください」

 

「そのワード禁止」

 

 プリンは沈黙する。

 

 数秒後。

 

「禁止ワードを更新しました」

 

「会話AIみたいなノリやめろ」

 

 川風が吹く。

 

 スカートが揺れる。

 

「っ……!」

 

 反射的に押さえる。

 

 プリンがこちらを見る。

 

「人間の羞恥反応は興味深いです」

 

「うるさい」

 

「防御動作として合理的です」

 

「うるさい」

 

「ですが効率面では――」

 

「うるさい」

 

 三連続。

 

 プリンは少しだけしょんぼりしたように丸くなった。

 

 その姿が妙に小動物っぽくて、腹立たしい。

 

 あなたは河川敷の真ん中まで歩く。

 

 夜風が肌に当たる。

 

 生足が寒い。

 

「……で?」

 

 あなたは腕を組む。

 

「魔法って何ができるんだよ」

 

 プリンは即答した。

 

「はい」

 

「いや説明しろよ」

 

「現在、適合によって複数能力が解放されています」

 

「複数」

 

「はい」

 

「嫌な予感しかしない」

 

 プリンはぴょこんと跳ねる。

 

「まず基本能力として、身体強化」

 

 あなたは軽くジャンプしてみる。

 

 次の瞬間。

 

「えっ」

 

 景色が吹き飛んだ。

 

 地面が一気に遠ざかる。

 

「うわあああああ!?」

 

 十数メートル。

 

 普通に飛んだ。

 

 着地。

 

 ズドン。

 

「っぎゃあ!!」

 

 河川敷の土が爆ぜる。

 

 衝撃が足から全身へ抜ける。

 

 でも――壊れていない。

 

 痛くない。

 

 あなたは呆然と自分の脚を見る。

 

「……やば」

 

 プリンが補足する。

 

「筋力・耐久・反応速度が大幅に上昇しています」

 

「いやそれ先に言え!!」

 

「学習効率を優先しました」

 

「雑!!」

 

 あなたは土煙の中で咳き込む。

 

 そのとき。

 

 河川敷のベンチの近くで、カップルらしき二人がこちらを見ていた。

 

 沈黙。

 

 女性が言う。

 

「……今の見た?」

 

 男性が言う。

 

「撮れた」

 

「やめろォ!!」

 

 あなたは反射的に顔を隠す。

 

 終わった。

 

 SNSだ。

 

 絶対SNSだ。

 

『謎のピンク魔法少女、河川敷で着地失敗』

 

 最悪すぎる見出しが脳内をよぎる。

 

 プリンは冷静だった。

 

「問題ありません」

 

「何が!?」

 

「現在のあなたは“新規魔法少女候補”として認識される可能性が高いです」

 

「それ問題大アリだろ!!」

 

 あなたは頭を抱える。

 

 プリンは続ける。

 

「ですが戦闘映像としての需要は高いと思われます」

 

「需要って言うな」

 

 あなたは深呼吸する。

 

 落ち着け。

 

 まずは能力確認だ。

 

 羞恥は後回し。

 

 ……後回しにしたところで消えないが。

 

「他には」

 

「はい。エネルギー操作」

 

「雑な説明しかできないのかお前」

 

「概念理解が早い方が実践向きです」

 

「絶対教育向いてないだろお前」

 

 プリンは少しだけ得意そうに揺れた。

 

「よく言われます」

 

「誰に?」

 

「いません」

 

「怖いこと言うな」

 

 あなたは手を前に出す。

 

「で、どうやる」

 

「イメージです」

 

「一番困るやつ来たな」

 

「おっぱいの間から外部へエネルギー流路を――」

 

「言い方ァ!!」

 

 あなたは反射的に胸を押さえる。

 

 プリンは不思議そうに首を傾げた。

 

「そこは現在あなたの主要出力器官ですが」

 

「説明が全部恥ずかしい!!」

 

 河川敷にあなたの悲鳴が響く。

 

 遠くのカップルがまだ見ていた。

 

 もう帰りたい。

 

 あなたは半ばヤケクソで手を突き出す。

 

「こうか!? こうだな!?」

 

 瞬間。

 

 光が弾けた。

 

 ピンク色。

 

 やたらキラキラしていた。

 

 しかも。

 

 ハート型だった。

 

 沈黙。

 

「…………」

 

 あなたはゆっくりプリンを見る。

 

 プリンは言った。

 

「視覚的親和性を重視しました」

 

「殺す」

 

「高評価が期待できます」

 

「殺す!!」

 

 放たれた光弾が河川敷の先で爆発する。

 

 ドォン!!

 

 水柱が上がる。

 

 夜空にピンクの粒子が舞う。

 

 綺麗だった。

 

 腹立つくらい綺麗だった。

 

 あなたは頭を抱えた。

 

「なんで……なんでこんな“魔法少女です♡”みたいな演出なんだよ……」

 

 プリンはきょとんとしている。

 

「重要です」

 

「何が」

 

「人類は“可愛い”を過小評価しています」

 

「今それ語る!?」

 

 プリンは真面目だった。

 

「可愛いは警戒心を下げます」

 

「うん」

 

「親和性を生みます」

 

「うん」

 

「つまり合理的です」

 

「くそっ……ちょっと納得できるのが腹立つ……」

 

 あなたはその場にしゃがみ込む。

 

 スカートが広がる。

 

「うわぁ……」

 

 羞恥が追撃してくる。

 

 プリンが近づく。

 

「ですが」

 

「……なんだよ」

 

「あなたは、よく似合っています」

 

 沈黙。

 

 風が吹く。

 

 数秒後。

 

「……プリン」

 

「はい」

 

「今すぐ川に投げ捨てられるか、自分で飛び込むか選べ」

 

 プリンは少しだけ嬉しそうに揺れた。

 

「私たちの仲は深まっていますね」

 

「違う、殺意だ」

 

「話を戻します」

 

「おい」

 

「先ほどのは、基本的な放出操作のみです」

 

 あなたは指の隙間から見る。

 

「……のみ?」

 

「はい。エネルギーは放出以外にも使用可能です」

 

「どういう意味だ」

 

 プリンはぴょこんと跳ねながら説明を始める。

 

「あなたの魔力――正確には、私との接続エネルギーですが」

 

「言い方がちょっとキモい」

 

「現在それは身体外部へ流せます」

 

「うん」

 

「つまり、武器・衣服・物体へエネルギー付与が可能です」

 

 あなたは少し固まる。

 

「……武器?」

 

「はい」

 

「待て」

 

 嫌な予感がした。

 

「それって、もしかして」

 

「はい」

 

 プリンは頷く。

 

「外部媒体を経由した場合、演出方向性を制御できます」

 

 沈黙。

 

 数秒。

 

 あなたの顔がゆっくり上がる。

 

「……制御?」

 

「はい」

 

「つまり?」

 

「ハートやキラキラを減らせます」

 

 沈黙。

 

 あなたは無言で立ち上がる。

 

 プリンを見る。

 

 プリンも見返す。

 

「……プリン」

 

「はい」

 

「なんで先に言わなかった」

 

 プリンは一切悪びれず答えた。

 

「観測したかったので」

 

「何を」

 

 一拍。

 

「あなたの羞恥反応です」

 

 沈黙。

 

 風が吹く。

 

 あなたのスカートが揺れる。

 

「…………」

 

 プリンは続ける。

 

「非常に興味深い挙動でした」

 

「お前」

 

「はい」

 

「思ったより性格悪いな?」

 

 プリンは首を傾げた。

 

「悪意はありません」

 

「好奇心で人を地獄に落とすタイプだこいつ!!」

 

 あなたは頭を抱える。

 

 プリンは真面目な声で続ける。

 

「人類の感情反応は重要な学習要素です」

 

「その学習対象から今すぐ降ろしてくれ」

 

「ですがあなたは反応が豊富です」

 

「嬉しくねえ!!」

 

 プリンはぴょこんと跳ねる。

 

「特に羞恥状態では発声速度と語彙密度が上昇します」

 

「分析するな!!」

 

 河川敷に叫びが響く。

 

 プリンは少し満足そうだった。

 

 その態度が腹立つ。

 

「……で」

 

 あなたは深呼吸する。

 

「その“武器に流す”って具体的には?」

 

 プリンは待っていましたと言わんばかりに説明を始める。

 

「エネルギー放出には“人格補正”がかかります」

 

「嫌な単語来たな」

 

「素手状態では、あなたの感情と適合性がそのまま演出に変換されます」

 

「つまり?」

 

「現在のあなたは“かわいい系魔法少女適性”が極めて高いです」

 

「聞きたくなかった」

 

 プリンは続ける。

 

「ですが武器や装備を介すと、出力形式が固定化されます」

 

「……おお?」

 

「つまり演出を“武装側”へ逃がせます」

 

 あなたの目が少し見開く。

 

「それって」

 

「剣なら斬撃演出」

 

「おお」

 

「銃なら射撃演出」

 

「おお!!」

 

「槍なら貫通特化」

 

「いいじゃん!!」

 

「大幅にハート発生率を低下可能です」

 

「神か?」

 

 プリンは少し誇らしげに胸を張った。

 

「はい」

 

「違う」

 

 即否定。

 

 でも希望は見えた。

 

 あなたは真剣な顔になる。

 

「つまり俺は、普通に戦える武器を使えばいいんだな?」

 

「はい」

 

「じゃあ最初からそうしろよ!!」

 

「羞恥反応の観測を優先しました」

 

「お前ほんとさぁ!!」

 

 あなたは思わずプリンを掴もうとする。

 

 しかしプリンはぴょこん、と回避した。

 

 あなたはムカついた。

 

 プリンは少し距離を取ってから、静かに言う。

 

「ですが」

 

「……なんだよ」

 

「現在のあなたは、かなり楽しそうです」

 

 あなたは止まる。

 

「は?」

 

「先ほどまでより発声が安定しています」

 

「それは」

 

「怒っているだけですが」

 

 あなたは口を開きかける。

 

 閉じる。

 

 ……否定しきれなかった。

 

 けど、さっきまでの絶望感よりは、確かにマシだった。

 

 戦える。

 

 何かできる。

 

 この世界に、抗えるかもしれない。

 

 その感覚が、少しだけ胸の奥を熱くしていた。

 

 プリンはそれを観察するみたいに見上げている。

 

「……お前さ」

 

「はい」

 

「本当にアークなんだよな?」

 

「はい」

 

「なんか思ったより」

 

 あなたは少し迷う。

 

「……変なやつだな」

 

 プリンは数秒止まった。

 

 それから、ほんの少しだけ嬉しそうに揺れた。

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてねえよ」

 

 

 

 その瞬間だった。

 

 

 

 ――ゴォン。

 

 空気そのものを叩くような低い轟音が、夜の街を震わせた。

 

 河川敷の水面が揺れる。

 

 遠くのビル群の間で、赤い警報灯が一斉に点滅し始めた。

 

『緊急警報――』

 

『アーク反応を確認――』

 

『第三区画上空に裂界発生――』

 

 街のスピーカーから機械音声が流れる。

 

 あなたは反射的に顔を上げていた。

 

 空。

 

 黒い裂け目。

 

 空間を無理やり引き裂いたみたいな異常。

 

「……ついにきたか」

 

 さっきまでのしょうもない会話が、一瞬で吹き飛ぶ。

 

 胸の奥が冷える。

 

 あのコンビニの夜。

 

 ルミナの姿。

 

 疲れ切った笑顔。

 

 全部が一気に蘇る。

 

 あなたは一歩踏み出す。

 

「行くぞ、初陣だ」

 

 プリンがすぐに反応しなかった。

 

 珍しかった。

 

 あなたは振り返る。

 

 プリンはじっと空を見ていた。

 

 いつものぴょこぴょこした動きが止まっている。

 

「……プリン?」

 

 一拍。

 

 プリンは静かに言った。

 

「推奨しません」

 

 あなたは目を瞬く。

 

「は?」

 

「現在のあなたは戦闘経験が不足しています」

 

「そりゃそうだろ」

 

「出力制御も不完全です」

 

「だから慣れるんだよ」

 

「死亡率が高いです」

 

 その声は、いつもより少し硬かった。

 

 あなたは少しだけ眉を上げる。

 

 プリンは続ける。

 

「武装形成も未習得」

 

「うん」

 

「飛行制御も不安定」

 

「うん」

 

「近接戦闘技能ゼロ」

 

「言いすぎじゃない?」

 

 でも。

 

 そこであなたは気づく。

 

 プリンが妙に落ち着かない。

 

 尻尾みたいなものが、そわそわ揺れている。

 

「……お前」

 

「はい」

 

「もしかして心配してる?」

 

 沈黙。

 

 プリンは数秒止まった。

 

「合理的判断です」

 

「それ、はいって意味だろ」

 

「違います」

 

「声がちょっと速かったぞ今」

 

 プリンは視線を逸らす。

 

 逸らせる構造なのか分からないのに、なんとなく逸らした感じがした。

 

「あなたが死亡した場合、私も生存経路を失います」

 

「なるほど」

 

「はい」

 

「……それだけ?」

 

 一瞬。

 

 本当に一瞬だけ。

 

 プリンの動きが止まった。

 

 それから小さく言う。

 

「……それだけでは、ありません」

 

 あなたは少し目を丸くする。

 

 風が吹く。

 

 警報音が遠くで鳴り続けている。

 

 プリンは小さい声で続けた。

 

「あなたは、変です」

 

「悪口?」

 

「いいえ」

 

 即答だった。

 

「他の人間と違います」

 

「何回も言うなそれ」

 

「普通、人間は私を見れば恐怖します」

 

「まあ普通そうだろうな」

 

「でもあなたは、怒りました」

 

 プリンは静かに言う。

 

「ルミナを見て」

 

「……」

 

「世界を見て」

 

 その声は、どこか不思議そうだった。

 

「だから」

 

 一拍。

 

「壊れてほしくありません」

 

 あなたは少し黙る。

 

 胸の奥が、妙にくすぐったかった。

 

 なんだこれ。

 

 アークに心配されてる。

 

 しかも結構ちゃんと懐かれてる気がする。

 

 意味が分からない。

 

 でも――悪くなかった。

 

 あなたは思わず笑う。

 

「なんだよ」

 

「……結構かわいいとこあるじゃん」

 

 プリンが止まる。

 

「かわいい」

 

「おう」

 

「私が」

 

「おう」

 

 数秒の沈黙。

 

 プリンはぷるぷる揺れ始めた。

 

「情報処理に問題が発生しています」

 

「照れてんのか?」

 

「違います」

 

「めっちゃ揺れてるぞ」

 

「内部演算です」

 

「便利ワードだなお前」

 

 あなたはしゃがみ込み、プリンの頭らしき部分を軽く撫でた。

 

 ぷに、と柔らかい。

 

 プリンが完全停止する。

 

「…………」

 

「そんな固まる?」

 

「未確認挙動です」

 

 あなたは少し笑う。

 

 それから立ち上がった。

 

 空を見る。

 

 黒い裂け目は、もう広がり始めている。

 

 時間がない。

 

 あなたは深呼吸する。

 

「大丈夫だよ」

 

 プリンを見る。

 

「死なねえから」

 

「根拠がありません」

 

「気合い」

 

「非合理的です」

 

「でも行く」

 

 即答。

 

 プリンはしばらく黙っていた。

 

 それから、小さく跳ねる。

 

「……同行します」

 

「ん」

 

「全力で補助します」

 

「頼りにしてる」

 

 プリンがまた少し固まる。

 

 そして、小さく言った。

 

「はい」

 

 あなたは走り出す。

 

 スカートが翻る。

 

「うわやっぱこれ恥ずかしいな!!」

 

「今さらです」

 

「うるさい!!」

 

 河川敷を蹴る。

 

 身体が軽い。

 

 風が頬を叩く。

 

 遠くで警報が鳴っている。

 

 誰かが助けを求めている。

 

 だからあなたは走る。

 

 隣では、小さなアークがぴょこんぴょこん跳ねながらついてきていた。

 

 理不尽で。

 

 狂っていて。

 

 どうしようもない世界。

 

 でもこれからは一人じゃない――

 

 そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 夜の街を駆ける。

 

 ビルの壁面モニターが一斉に緊急放送へ切り替わっていた。

 

『第三区画にアーク反応!』

 

『現在、第三世代魔法少女、ルミナが出動中!』

 

 派手なエフェクト。

 

 煽るようなBGM。

 

 カウントダウン演出。

 

 まるでスポーツ中継だった。

 

 あなたはビルの壁を蹴って跳躍する。

 

 身体が軽い。

 

 普通なら不可能な距離を、一歩で飛び越える。

 

 でも。

 

「……くそ」

 

 気分は最悪だった。

 

 交差点では人々が足を止め、空を見上げている。

 

「第三世代だって!」

「ルミナいるかな!?」

「配信始まったぞ!」

 

 スマホ画面を向ける人。

 

 笑っている人。

 

 期待した顔。

 

 その全部が、あなたの神経を逆撫でする。

 

「災害だぞこれ……」

 

 思わず漏れる。

 

 プリンが隣を跳ねながら答える。

 

「人類は危機を娯楽化する傾向があります」

 

「分析が冷静すぎる」

 

「歴史的にも一般的です」

 

「知りたくなかった事実ランキング上位だな」

 

 大型モニターには、魔法少女たちのプロフィールが映っていた。

 

『本日の注目♡』

 

『第三世代エース・ルミナ!』

 

 キラキラした演出。

 

 笑顔の静止画。

 

 好きな食べ物。

 最近ハマってるもの。

 ファンへのメッセージ。

 

 あなたの顔が引きつる。

 

「なんで戦場行くやつのプロフィールがアイドル形式なんだよ……」

 

「親近感の演出です」

 

「嫌すぎる」

 

 その瞬間、歓声が上がる。

 

「ルミナ来た!!」

 

 空の向こう。

 

 光が走る。

 

 あなたは反射的に視線を向ける。

 

 小さく見えた。

 

 夜空を飛ぶ魔法少女。

 

 ルミナ。

 

 また戦っている。

 

 あなたは奥歯を噛み締める。

 

 プリンが静かにこちらを見る。

 

「怒っていますか」

 

「そりゃな」

 

「どこに対してですか」

 

 あなたは数秒黙る。

 

 世界。

 

 システム。

 

 観客。

 

 全部だ。

 

 でも、一番腹立たしいのは。

 

「……慣れてることだよ」

 

 小さく吐き捨てる。

 

「誰も変だと思ってない」

 

 プリンは少しだけ静かになった。

 

 あなたは話題を切り替えるように言う。

 

「で」

 

「はい」

 

「武器の話だ」

 

 プリンが少し跳ねる。

 

「武装形成ですね」

 

「その言い方ちょっとかっこいいな」

 

「はい」

 

「認めるんだそこは」

 

 あなたはビルの屋上へ着地する。

 

 夜風。

 

 遠くの警報。

 

 そして変わらず翻るスカート。

 

「……でさ」

 

「はい」

 

「エネルギー放出がダサいのって、“飛ばす”からなんだよな?」

 

「概ね正解です」

 

「つまり」

 

 あなたは拳を握る。

 

「身体強化だけで殴れば、ハート減る?」

 

 プリンは数秒考える。

 

「はい」

 

 あなたの目が輝く。

 

「マジで?」

 

「近接体術主体であれば、演出はかなり抑制可能です」

 

「おお!!」

 

「内部循環型運用になります」

 

「急に専門用語」

 

「身体能力への直接還元です」

 

「つまり?」

 

「めちゃくちゃ強く殴れます」

 

「最高じゃん」

 

 あなたは思わず笑う。

 

 プリンは続ける。

 

「特にあなたは適合率が高いため、身体強化との相性が極めて良好です」

 

「よし」

 

 あなたは拳を打ち合わせる。

 

「決めた」

 

「はい」

 

「俺、殴るわ」

 

 プリンが止まる。

 

「……はい?」

 

「もういい」

 

 あなたは真顔だった。

 

「ビームとか撃つと恥ずかしい」

 

「合理的理由です」

 

「剣も今から用意する時間ない」

 

「はい」

 

「ならもう肉弾戦だ」

 

 プリンは少しだけ困惑したように揺れる。

 

「魔法少女としては珍しい戦闘スタイルになります」

 

「知るか」

 

 あなたは拳を握る。

 

 力が流れる感覚。

 

 熱が身体の中を循環していく。

 

 さっきの“外へ放つ”感覚とは違う。

 

 もっと鋭い。

 

 もっと直接的。

 

 足元のコンクリートが小さく軋む。

 

 プリンが分析するように言った。

 

「出力安定」

 

「ん」

 

「演出抑制確認」

 

「よし」

 

「ハート発生率、大幅低下」

 

「その報告いる?」

 

 プリンは少しだけ残念そうに揺れた。

 

「ゼロではありません」

 

「なんでだよ!!」

 

「適性です」

 

「クソ仕様!!」

 

 あなたは頭を抱える。

 

 でも。

 

 前よりマシだ。

 

 かなりマシだ。

 

 少なくともハート弾を撒き散らすよりは。

 

 あなたは再び空を見る。

 

 黒い裂け目。

 

 光。

 

 戦っている魔法少女たち。

 

 その中にルミナがいる。

 

 あなたは静かに息を吐く。

 

「……待ってろ」

 

 誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。

 

 でも足は止まらない。

 

 あなたは夜の街を蹴る。

 

 ピンク髪を風になびかせながら。

 

 ビルからビルへ飛び移る。

 

 風が耳を裂く。

 

 夜景が流れる。

 

 身体強化だけに集中すると、確かに余計なキラキラ演出はかなり減っていた。

 

 まだ時々、着地の瞬間に微妙なハート状の火花が散るが。

 

「なんで残留するんだよ……」

 

「根本適性です」

 

「呪いみたいに言うな」

 

 あなたは屋上を蹴る。

 

 その瞬間だった。

 

「待ってください」

 

 プリンが急に真面目な声を出した。

 

 あなたは足を止める。

 

「なんだよ」

 

 プリンは珍しく、ぴょこぴょこしていなかった。

 

「重大な問題があります」

 

 空気が少し変わる。

 

 あなたは眉をひそめる。

 

「……何だ」

 

「あなた、まだ魔法少女名を決めていません」

 

 沈黙。

 

 風。

 

 遠くの警報。

 

「…………は?」

 

「コードネームです」

 

「今それ!?」

 

 あなたは思わず叫ぶ。

 

「アーク出てんだぞ!?」

 

「だからです」

 

 プリンは真顔だった。

 

「あなたは現在、“未知の魔法少女”です」

 

「まあそうだな」

 

「つまり、極めて目立ちます」

 

「うん」

 

「そしてあなたの力は、本来の魔法少女システムと異質です」

 

 あなたの顔から少しだけ色が消える。

 

 プリンは静かに続けた。

 

「アーク由来だと判明した場合」

 

 一拍。

 

「排除対象になります」

 

 夜風が吹く。

 

 あなたは無意識に口を閉じる。

 

 確かに。

 

 そうだ。

 

 もしバレたら終わる。

 

 人類側から見れば、あなたは敵そのものだ。

 

「……つまり」

 

「はい」

 

 プリンは頷く。

 

「“魔法少女らしく振る舞う”必要があります」

 

「嫌な日本語だなぁ……」

 

「重要です」

 

「でも今そんなこと考えてる場合か?」

 

「あります」

 

 プリンは即答した。

 

「現場では高確率で目撃されます」

 

「……あ」

 

「名乗りを要求される可能性があります」

 

「そんな戦隊ヒーローみたいな文化ある!?」

 

「あります」

 

「最悪だ!!」

 

 プリンは淡々と説明する。

 

「魔法少女管理庁は戦闘データと活動個体を識別しています」

 

「うん」

 

「つまり名無しは逆に危険です」

 

「なんでだよ」

 

「不審者だからです」

 

「魔法少女にも職質概念あるの!?」

 

 あなたは頭を抱える。

 

 プリンは続ける。

 

「最低限、“既存システムに属する存在”として偽装してください」

 

「くそぉ……」

 

 言ってることは正しい。

 

 正しすぎて腹が立つ。

 

 あなたは深くため息を吐いた。

 

「……で?」

 

「はい」

 

「どんな名前ならいいんだ」

 

 プリンが少し揺れる。

 

「現在の外見と出力傾向から判断すると」

 

「嫌な予感」

 

「“キュア”系統との親和性が――」

 

「却下!!」

 

 即答。

 

 プリンが少しびくっとした。

 

「では“ハート”」

 

「却下」

 

「“ラブ”」

 

「却下」

 

「“ピーチ”」

 

「絶対嫌だ!!」

 

 あなたは全力で拒否する。

 

 プリンは不思議そうだった。

 

「なぜですか」

 

「恥ずかしいだろ!!」

 

「ですが視覚適合率は」

 

「うるさい!!」

 

 あなたはその場で頭を抱えてしゃがみ込む。

 

 スカートが広がる。

 

「もう最悪だこの格好……」

 

 プリンがじっと見ている。

 

「……また観測してる?」

 

「はい」

 

「正直だなお前!!」

 

 あなたは立ち上がる。

 

 考えろ。

 

 もっとこう。

 

 かっこいいやつ。

 

 ハートとかラブとかじゃないやつ。

 

 強そうなやつ。

 

 そして、アークっぽくないやつ。

 

「……ルミナみたいな感じか」

 

 あなたはぽつりと呟く。

 

 短くて。

 

 象徴っぽくて。

 

 少しだけ、希望を感じる名前。

 

 プリンが頷く。

 

「コードネーム文化として一般的です」

 

「じゃあ……」

 

 あなたは空を見る。

 

 黒い裂け目。

 

 光。

 

 夜。

 

 心臓が少し速い。

 

 怖い。

 

 でも。

 

 止まる気は、もうなかった。

 

「……ノクス」

 

 プリンが少し止まる。

 

「どういった意味でしょうか」

 

「夜って意味」

 

「現在状況と一致してますね」

 

「うるさい」

 

 でも、なんとなくしっくり来た。

 

 光じゃない。

 

 希望の象徴でもない。

 

 綺麗な存在でもない。

 

 でも、夜の中で戦う名前としては悪くない気がした。

 

 プリンは小さく跳ねる。

 

「登録名、“ノクス”を確認しました」

 

「登録って言うな」

 

「では次に名乗りポーズを――」

 

「いらねえよ!!」

 

 あなたは即座に走り出す。

 

 プリンが慌てて追いかける。

 

「ですが魔法少女文化では重要要素です!」

 

「知らん!!」

 

「第一印象は戦闘継続率に影響します!」

 

「営業職かよ!!」

 

 ――ドゴォン!!

 

 空気が震える。

 

 今までより近い。

 

 何かがおかしい。

 

 あなたは反射的に顔を上げる。

 

 光と煙。

 

 それに混ざる、複数の悲鳴。

 

 街の空気が変わっていた。

 

 ざわついている。

 

 プリンも静かになった。

 

「……出力反応、増大」

 

「強いのか?」

 

「はい」

 

 その声は低かった。

 

 あなたは奥歯を噛む。

 

 また爆発音。

 

 ビルの窓ガラスが震える。

 

 嫌な予感がした。

 

 ルミナ。

 

 脳裏に浮かぶ。

 

 疲れ切った顔。

 

 笑っていた少女。

 

 あなたは舌打ちする。

 

「くそ、急ぐぞ」

 

「待ってください」

 

 プリンが呼び止める。

 

「まだあります」

 

「今度はなんだ!」

 

 プリンは数秒黙った。

 

 それから。

 

「名乗りです」

 

「後だ後!!」

 

「戦闘中の初接触で必要になる可能性があります」

 

「だから後!!」

 

「提案があります」

 

 あなたは走り出しかけた足を止める。

 

 嫌な予感しかしない。

 

 プリンは静かに言った。

 

「現在のあなたの外見・適性・人格傾向を統合分析した結果」

 

「人格傾向って言うな」

 

「最適な初動名乗りを構築しました」

 

「絶対嫌だ」

 

「聞くだけでも」

 

「聞くだけな」

 

 プリンは小さく跳ねる。

 

 そして。

 

 あなたの耳元で、その“名乗り”を囁いた。

 

 沈黙。

 

 数秒。

 

「……………………」

 

 あなたの顔が真っ赤になる。

 

「……………………プリン」

 

「はい」

 

「お前、俺に死ねって言ってる?」

 

「いいえ」

 

「こんなの口にした瞬間社会的に終わるだろ!!」

 

「ですが魔法少女文化との親和性は極めて高いです」

 

「最悪だ!!」

 

 あなたは頭を抱えてしゃがみ込む。

 

 しかも。

 

 悔しいことに。

 

 語感が良かった。

 

 テンポも良かった。

 

 妙に完成度が高かった。

 

「なんでこんな無駄な才能あるんだよお前……」

 

「観測の成果です」

 

「クソが……」

 

 その瞬間、空が揺れた。

 

 轟音。

 

 今度は、明確に違った。

 

 ――悲鳴。

 

 そして。

 

 光が落ちる。

 

 あなたの瞳が見開く。

 

「あれ……」

 

 遠く。

 

 ビル街の向こう。

 

 魔法少女の光が、一瞬だけ大きく乱れた。

 

 落ちたように見えた。

 

 空気が凍る。

 

 プリンが静かに言う。

 

「……状況悪化」

 

 あなたは数秒黙る。

 

 それから、深く息を吐いた。

 

「……わかった」

 

 プリンがこちらを見る。

 

 あなたは顔をしかめたまま言う。

 

「それ使う」

 

 プリンが止まる。

 

「確認します」

 

「確認するな」

 

「本当に?」

 

「うるさい」

 

 恥ずかしい。

 

 死ぬほど恥ずかしい。

 

 絶対言いたくない。

 

 でも今は、そんなこと言ってる場合じゃない。

 

 あなたは拳を握る。

 

 身体強化。

 

 熱が巡る。

 

 視界が鋭くなる。

 

「行くぞ、プリン」

 

 プリンは数秒黙っていた。

 

 それから、小さく跳ねる。

 

「はい、ノクス」

 

 あなたはビルを蹴った。

 

 夜空へ跳ぶ。

 

 スカートが翻る。

 

 ピンク髪が風を裂く。

 

 遠くでは戦闘音が鳴り続けている。

 

 そしてあなたは――

 

 人生で一番恥ずかしい名乗りを胸に抱えたまま、戦場へ向かった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 夜空を、青い光が裂く。

 

 ルミナは高速でビル群の間を駆け抜けながら、鋭く息を吐いた。

 

 風圧で青い髪が流れる。

 

 街のネオンが、その姿を一瞬だけ幻想的に照らしていた。

 

 地上から歓声が聞こえる。

 

「ルミナだ!」

「第三世代きた!!」

「勝ったなこれ!」

 

 スマホのカメラが向く。

 

 配信。

 

 実況。

 

 期待。

 

 全部、視界の端に映る。

 

 ルミナはそれらを無意識に処理しながら、空を睨んだ。

 

 いた。

 

 アーク。

 

 鳥のようなシルエット。

 

 だが、“鳥”というには形状が不安定すぎる。

 

 羽だったものが途中で腕に変わり、嘴が裂け、そこから黒い粒子が零れている。

 

 空そのものが軋んでいた。

 

 ルミナは眉をひそめる。

 

 ――おかしい。

 

 それが最初の感想だった。

 

 アーク出現には、通常“前兆”がある。

 

 空間歪曲。

 魔力ノイズ。

 感知波形。

 

 魔法少女たちはそれを察知し、先回りする。

 

 だから避難も間に合う。

 

 だから迎撃できる。

 

 でも今回は違った。

 

 突然、現れた。

 

 感知が空白だった。

 

 まるで。

 

 “最初からそこにいた”みたいに。

 

「……何これ」

 

 小さく呟く。

 

 その瞬間。

 

 鳥型アークが羽を振るった。

 

 黒い羽根が散る。

 

 次の瞬間、それが全部“弾丸”になる。

 

 ルミナは反射的に回避した。

 

 ――ドドドドドッ!!

 

 後方のビル壁面が吹き飛ぶ。

 

 ガラスが砕ける。

 

 悲鳴。

 

 ルミナの目が鋭くなる。

 

「下がって!」

 

 地上へ叫ぶ。

 

 同時に光を放つ。

 

 青白い閃光が羽根を撃ち落とす。

 

 爆発。

 

 夜空に光が散る。

 

 地上から歓声。

 

「うおおお!!」

「ルミナ強ぇ!!」

 

 その声に、ルミナの胸が少しだけ冷える。

 

 違う。

 

 今のは危なかった。

 

 普通なら死んでいた。

 

 でも観客は“映像”として見ている。

 

 ルミナは唇を噛む。

 

 それでも表情は崩さない。

 

 崩せない。

 

 カメラが回っている。

 

 第三世代エース。

 

 みんなの希望。

 

 それが“ルミナ”だ。

 

 弱い顔は見せられない。

 

 鳥型アークが鳴いた。

 

 ――ギィイイイイイ。

 

 耳障りな音。

 

 空気が歪む。

 

 ルミナの肌が粟立つ。

 

 嫌な感覚だった。

 

 出力が読めない。

 

 動きも妙だ。

 

 通常のアークより、“ズレ”が大きい。

 

「……なんで」

 

 思考する。

 

 だが時間がない。

 

 アークが突っ込んでくる。

 

 速い。

 

「っ!」

 

 ルミナは空中で体をひねる。

 

 青い光刃が走る。

 

 片翼を切断。

 

 黒い液体が散る。

 

 普通ならこれで怯む。

 

 でも、アークは止まらなかった。

 

「……!」

 

 次の瞬間。

 

 衝撃。

 

 ルミナの身体が吹き飛ぶ。

 

 ビル壁面へ激突。

 

 ――ドォン!!

 

 コンクリートが砕ける。

 

 歓声が、一瞬だけ止まった。

 

 ルミナは咳き込む。

 

 痛い。

 

 肺が焼ける。

 

 でも、地上には人がいる。

 

 避難しきれていない。

 

 ルミナはすぐに立ち上がる。

 

 インカムが騒ぐ。

 

『ルミナ! 大丈夫!?』

 

「平気です」

 

 即答。

 

 反射みたいな返事。

 

 本当は平気じゃない。

 

 でも、言えない。

 

 言った瞬間、不安が広がる。

 

 それは“ダメ”だ。

 

 ルミナは再び飛び上がる。

 

 青い光が夜空を裂く。

 

 地上からまた歓声。

 

「立った!!」

「いける!!」

「ルミナー!!」

 

 その声が、今日は妙に遠かった。

 

 ルミナはアークを睨む。

 

 鳥型。

 

 異常個体。

 

 感知不可。

 

 そして強い。

 

 嫌な予感が消えない。

 

 胸の奥で警鐘が鳴っている。

 

 それでも戦うしかない。

 

 だってここは自分の担当地区だから。

 

 ルミナは深く息を吸う。

 

 そして、いつものように笑顔を作った。

 

 たとえ誰も、その笑顔の意味を知らなくても。

 

 ルミナは笑う。

 

 口角を上げる。

 

 呼吸を整える。

 

 空中で姿勢を制御する。

 

 それはもう反射だった。

 

 訓練より先に身体へ刻み込まれた、“魔法少女の振る舞い”。

 

『ルミナ立て直しました!』

 

 実況が叫ぶ。

 

 歓声が返ってくる。

 

 ルミナはその声を聞きながら、どこか遠い場所のことみたいに感じていた。

 

 笑顔。

 

 なぜ笑うのか。

 

 昔は考えたこともあった気がする。

 

 でも今は、もう分からない。

 

 ただ、“そうするもの”だから笑う。

 

 魔法少女は笑う。

 

 怖くても。

 

 痛くても。

 

 息が苦しくても。

 

 笑う。

 

 それが正しい姿だから。

 

 それが求められているから。

 

 鳥型アークが再び鳴く。

 

 耳障りな音。

 

 空間が震える。

 

 ルミナの背筋に冷たいものが走った。

 

 怖い。

 

 その感覚だけは、どれだけ慣れても消えなかった。

 

 戦闘のたびに思う。

 

 死ぬかもしれない、と。

 

 今日こそ終わるかもしれない、と。

 

 でも。

 

 その恐怖を口にする方法を、もう忘れてしまった。

 

 言っても意味がないから。

 

 みんな怖い。

 

 みんな戦う。

 

 だから、自分も戦う。

 

 それだけだった。

 

 地上から声が飛ぶ。

 

「ルミナー!!」

「頑張れー!!」

「負けるなー!!」

 

 熱。

 

 期待。

 

 信頼。

 

 その全部が、ルミナには時々“重い光”に見えた。

 

 応援されるたび、少しだけ息が詰まる。

 

 でも同時に。

 

 それを失うことも怖かった。

 

 期待されなくなるのが怖い。

 

 必要とされなくなるのが怖い。

 

 戦えなくなるのが怖い。

 

 だから。

 

 笑う。

 

 だから。

 

 戦う。

 

 理由なんて、もう曖昧だった。

 

 正義感なのか。

 

 使命感なのか。

 

 義務なのか。

 

 惰性なのか。

 

 分からない。

 

 でも一つだけ確かなことがある。

 

 自分は魔法少女だ。

 

 なら、戦わなければならない。

 

 ルミナは空を蹴る。

 

 青い光が尾を引く。

 

 アークの爪が迫る。

 

 回避。

 

 反撃。

 

 衝撃。

 

 腕が痺れる。

 

 強い。

 

 このアークは、明らかにおかしい。

 

 でも、逃げられない。

 

 だって地上には人がいる。

 

 街がある。

 

 カメラがある。

 

 観客がいる。

 

 そして。

 

 “ルミナ”がいる。

 

 だから彼女は笑う。

 

 意味が分からなくても。

 

 自分が壊れかけていても。

 

 怖くても。

 

 歓声に怯えていても。

 

 戦う。

 

 魔法少女だから。

 

 それだけを、彼女はずっと教えられてきた。

 

 肩が重い。

 

 腕が上がらない。

 

 魔力出力はとっくに危険域へ入っている。

 

 ルミナは苦く笑う。

 

「……ほんと、ブラックだなぁ」

 

 小さく呟く。

 

 返事はない。

 

 鳥型アークが空を裂く。

 

 速い。

 

 さっきよりさらに。

 

 ルミナは反応しきれず、防御を展開する。

 

 ――バキィン!!

 

 青い障壁が砕けた。

 

「っ……!」

 

 衝撃。

 

 身体が吹き飛ぶ。

 

 ビルへ激突。

 

 コンクリートが砕ける。

 

 肺から空気が押し出される。

 

 痛い。

 

 視界が揺れる。

 

 その瞬間。

 

 ――ブツン。

 

 街頭ビジョンの映像が消えた。

 

 近くの電光掲示板も落ちる。

 

 光が途切れる。

 

 街が、一瞬だけ暗くなった。

 

 ルミナは瓦礫の中でぼんやり思う。

 

 中継、切れたんだ。

 

 でも、すぐに聞こえてきた。

 

「ルミナー!!」

「頑張れー!!」

「立ってー!!」

 

 応援の声。

 

 下からたくさん。

 

 途切れない。

 

 ルミナは目を閉じる。

 

 ……呪いみたいだ。

 

 そう思った。

 

 期待。

 

 信頼。

 

 希望。

 

 全部が重い。

 

 立たなきゃいけない。

 

 笑わなきゃいけない。

 

 負けちゃいけない。

 

 だって、魔法少女だから。

 

 ルミナはぼんやり思う。

 

 ……もう、このまま立ち上がれなくてもいいかな。

 

 一瞬だけ。

 

 本当に一瞬だけ。

 

 そんな考えが浮かんでしまった。

 

 その瞬間。

 

 鳥型アークが突っ込んできた。

 

 追撃。

 

 避けられない。

 

「――ぁ」

 

 衝撃。

 

 視界が白く弾ける。

 

 次の瞬間。

 

 身体がビルの外へ投げ出されていた。

 

 落ちる。

 

 夜景が遠ざかる。

 

 風が耳を裂く。

 

 ルミナはぼんやり空を見る。

 

 ああこれ、死ぬんだ。

 

 妙に冷静だった。

 

 ニュースになるのかな、と思う。

 

『第三世代魔法少女ルミナ、戦闘中に――』

 

 追悼番組。

 

 特集。

 

 SNSトレンド。

 

 それから、新しい子が入る。

 

 そういう仕組み。

 

 自分も何度も見てきた。

 

 だから、分かる。

 

 落ちながらなぜかあのコンビニの出来事を思い出した。

 

『……死ぬなよ』

 

 あのお兄さん。

 

 変な人。

 

 怒ってた人。

 

 魔法少女を見て“かわいそう”って顔をした人。

 

 ルミナは小さく目を見開く。

 

 あれ、嬉しかったな。

 

 初めてだった。

 

 戦力じゃなくて。

 

 英雄じゃなくて。

 

 “自分”を心配されたの。

 

 胸が、ぶわってなった。

 

 泣きそうになった。

 

 でも、魔法少女だから泣かなかった。

 

 笑わなきゃいけなかったから。

 

 ちゃんとしてなきゃいけなかったから。

 

 でも、本当はすごく、すごく嬉しかった。

 

 ルミナは落ちながら、小さく思う。

 

 ……もう一回、会いたかったな。

 

 ちゃんと話してみたかった。

 

 名前、聞かれた時。

 

 なんでちょっと嬉しかったんだろう。

 

 なんで、あんなに怒ってくれたんだろう。

 

 分からない。

 

 でも、知りたかった。

 

 風が強くなる。

 

 地面が近づく。

 

 ルミナは静かに目を閉じた。

 

 怖い。

 

 でも、少しだけ疲れた。

 

 だから、そのまま落ちていった。

 

 

 

 ――ふわり。

 

 落下の衝撃が、来なかった。

 

 代わりに感じたのは、誰かの腕。

 

 温かい。

 

 しっかりと、自分を抱えている感触。

 

 ルミナの意識がゆっくり浮上する。

 

 ……おかしい。

 

 ぼんやりした頭で思う。

 

 応援要請は間に合わなかったはずだ。

 

 今日は別区画でも同時発生している。

 

 支援戦力は足りない。

 

 そう聞いていた。

 

 だから助けなんて、来るはずがない。

 

 ルミナはゆっくり目を開ける。

 

 夜風。

 

 流れる街明かり。

 

 目の前に、ピンク色の髪が揺れていた。

 

「……え」

 

 思わず声が漏れる。

 

 少女だった。

 

 自分と同じくらいの年齢に見える。

 

 いや、少し下にも見える。

 

 肩で揺れるピンクのボブ。

 

 やわらかそうな髪。

 

 光を反射する大きな瞳。

 

 びっくりするくらい、可愛い。

 

 ルミナは数秒、思考が止まる。

 

 その少女は空中を飛んでいた。

 

 片腕でルミナを抱えたまま。

 

 もう片方の手には、淡い光。

 

 身体強化型。

 

 でも、見たことがない。

 

 こんな魔法少女。

 

 そして何より。

 

 抱え方が妙だった。

 

 戦場で負傷者を運ぶというより。

 

 壊れ物を扱うみたいに、やたら丁寧だった。

 

 ルミナは瞬きを繰り返す。

 

「……だ、れ」

 

 掠れた声。

 

 すると、ピンク髪の少女がこちらを見た。

 

 そして、一瞬だけものすごく嫌そうな顔をした。

 

 何かを覚悟する顔。

 

 人生終わった、みたいな顔。

 

「……っ」

 

 少女の頬が赤い。

 

 なぜか知らないけど、すごく赤い。

 

 そして、震える声で、決死の勢いで。

 

 名乗った。

 

「――っ、え、えっと……!」

 

 夜風が吹く。

 

 街の炎が揺れる。

 

 遠くでアークが咆哮する。

 

 なのにその少女は、戦場とは別方向の極限緊張をしていた。

 

「わ、私は……!」

 

 ぎゅっと目をつぶる。

 

 半分やけくそみたいに叫ぶ。

 

「――ひ、人々の夜を照らす、愛と反逆のトワイライト・ブレイカー……!!」

 

「――魔法少女、ノクスです!!」

 

 数秒、沈黙。

 

 ルミナは瞬きをした。

 

「……ノクス?」

 

「うわあああああああ!!」

 

 少女――ノクスが突然叫ぶ。

 

「やっぱ恥ずかしい!! 無理!! なんだこれ!!」

 

 空中で暴れかける。

 

 危ない。

 

 ルミナは反射的にしがみついた。

 

「ちょ、落ちる!」

 

「すみません!!」

 

 即謝罪。

 

 でもそのあとも、ノクスは真っ赤だった。

 

「くっそプリン!! 後で覚えてろ!!」

 

 誰かへの私怨が漏れている。

 

 ルミナは呆然とする。

 

 なんだこの子。

 

 アークの目の前なのに、戦場なのに。

 

 目の前の少女は、恥ずかしさで限界になっていた。

 

 普通じゃない。

 

 でも、ルミナはふと気づく。

 

 この子。

 

 自分を助けるために飛び込んできたんだ。

 

 それを理解した瞬間。

 

 胸の奥が、じんわり熱くなった。

 

 ノクスはまだ赤面したまま叫んでいる。

 

「いやほんと無理だろこれ!! 初対面で名乗るタイプの名前じゃないだろ!!」

 

 ルミナはその顔を見て。

 

 気づけば、小さく笑っていた。

 

 本当に久しぶりに。

 

 自然に、笑えていた。




可愛いのが好きです。

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