転生者がTS魔法少女になって頑張る話。   作:メルヘン侍

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久しぶりに名乗りました。
誤字報告、ありがとうございます。


第九話 愛は反逆の名前になる

 中部地方、山脈までの道中。

 

 ノクスは、怒り狂っていた。

 

 魔力が空を裂き、地面を蹴るたびに大地が砕け、風圧だけで木々が薙ぎ倒されていく。

 

 速いとか、そんな次元じゃない。

 

 半分墜落みたいな勢いで、ノクスは一直線に山脈へ向かっていた。

 

「――っ、ぁ……!」

 

 呼吸が荒い。

 

 胸の奥が焼けるように熱かった。

 

 もっと速く。

 

 頭の中で、それだけが反響している。

 

 ステラが、一人で行った。

 

 あの馬鹿。

 

 いや違う、馬鹿なのは自分だ。

 

 気づいていた。

 

 様子がおかしかった。

 

 笑い方が少しだけ無理していた。

 

 どこか覚悟を決めたみたいな顔をしていた。

 

 なのに。

 

「なんで……っ、一人で行くんだよ……!!」

 

 叫びが風へ消え、光がさらに加速した。

 

 空気が悲鳴を上げる。

 

 山脈まで、もう遠くない。

 

 けれど胸騒ぎが止まらない。

 

 嫌な予感が、どんどん強くなる。

 

 失いたくない。

 

 その感情だけが、ノクスを突き動かしていた。

 

「……待ってろ」

 

 喉が焼け、魔力が軋む。

 

 それでも止まれない。

 

「絶対、間に合わせるから……!」

 

 その瞬間だった。

 

 空の向こう、巨大な黒い結界が見えた。

 

「――――」

 

 息が止まる。

 

 世界を覆い隠すみたいな異質な膜。

 

 空間そのものが閉じている。

 

 見た瞬間、本能が理解した。

 

 あの中に、“いる”。

 

 ステラが戦っている。

 

「――ステラァァァァァ!!」

 

 魔力が爆発した。

 

 加速し、空気が砕ける。

 

 ノクスは何も考えず、結界へ真正面から突っ込んだ。

 

 止まる気なんて、最初からなかった。

 

 流星が、黒い結界へ激突する。

 

 瞬間。

 

 ――――バキィィィィン!!

 

 空間そのものが砕け、黒い膜へ無数の亀裂が走り世界を覆っていた結界が悲鳴みたいな音を立てる。

 

 山脈が揺れ、衝撃波だけで雲が吹き飛び、閉ざされていた空へ光が差し込む。

 

『――――』

 

 ソラリスの黄金の瞳が大きく見開かれる。

 

 理解できないものを見る顔だった。

 

 だが、ノクスはそんなこと気にも留めなかった。

 

「ステラ!!」

 

 結界を突き破った勢いのまま、空中へ視線を走らせる。

 

 砕けた山に融解した岩盤、空気を埋め尽くす黄金と橙色の残滓。

 

 戦闘の跡が、あまりにも酷い。

 

 胸が冷える。

 

「どこだ……っ!」

 

 魔力感知を無理やり広げる。

 

 お願いだから、間に合ってくれ。

 

「――ノ、クス……?」

 

 かすれた声。

 

 ノクスの視線が跳ね上がる。

 

 崩れた岩壁の向こう、血塗れのステラが、そこにいた。

 

「……っ!!」

 

 瞬間、ノクスの姿が掻き消える。

 

 次の瞬間にはもう、ステラの前へ降り立っていた。

 

「ステラ!」

 

「なん、で……」

 

 呆然とした顔だった。

 

 全身傷だらけで、呼吸も不安定で、それでも橙色の瞳だけが揺れている。

 

「なんで来たの……!」

 

「当たり前だろ!!」

 

 ノクスは叫んだ。

 

 怒鳴るみたいな声だった。

 

「お前が一人で勝手に死のうとしてんのに、来ないわけないだろ!!」

 

「っ……」

 

 ステラの目が見開かれる。

 

 ノクスはその肩を掴む。

 

 震えていた。

 

 怒りか、恐怖か、自分でも分からない。

 

「ふざけんなよ……!」

 

 声が掠れる。

 

「置いてくなよ……!」

 

 その言葉で、ステラの瞳がぐしゃりと歪んだ。

 

「……だ、って」

 

 弱々しい声。

 

「ノクス、死んじゃうかも、しれなくて……」

 

「死なねぇよ!!」

 

 即答だった。

 

「勝手に殺すな!!」

 

 魔力が荒れる。

 

 感情のまま噴き出すみたいに。

 

「一人で全部背負おうとすんな!」

 

「でも……っ」

 

「でもじゃない!」

 

 ノクスは、泣きそうな顔で叫ぶ。

 

「お前がいなくなる方が嫌なんだよ!!」

 

 その瞬間、ステラの呼吸が止まった。

 

 橙色の瞳が、大きく揺れる。

 

 世界が静まり返る。

 

 その二人を、ソラリスは静かに見ていた。

 

『…………なるほど』

 

 ぽつり、と。

 

 初めて聞く声音だった。

 

 観察でも、分析でもない。

 

 ほんの僅かな理解不能。

 

 黄金の瞳が、二人を映している。

 

『それが、“繋がり”か』

 

「うるさい!!」

 

 ノクスが怒鳴り、と空気が震える。

 

 ソラリスの黄金の瞳が、ゆっくり瞬く。

 

 ノクスはステラを庇うように前へ立ちながら、指を突きつけた。

 

「お前、ちょっと待ってろよ!!」

 

『…………』

 

「今からぶっ飛ばすからな!!」

 

 山脈に沈黙が落ちる。

 

 ステラが「えぇ……?」みたいな顔でノクスを見る。

 

 ソラリスも、初めて本気で理解できないものを見る顔をしていた。

 

『……待て、と?』

 

「そうだよ!!」

 

 ノクスはキレていた。

 

「こっちは今めちゃくちゃ大事な時間なんだよ! 空気読め!!」

 

『…………』

 

 ソラリスは、静かにノクスを見つめる。

 

 普通なら、その瞬間に殺されていてもおかしくない。

 

 だが。

 

『……なるほど』

 

 ソラリスは、小さく呟いた。

 

『分かった』

 

「分かるんだ……」

 

 ステラが思わず呟く。

 

 ソラリスは本当に、その場で動かなくなった。

 

 黄金の魔力だけが静かに空を揺らしている。

 

 まるで、本当に待つつもりらしい。

 

「よし」

 

 ノクスは頷くと、すぐステラの方を向いた。

 

「立てる?」

 

「……え、あ、うん」

 

 ステラはまだ状況を理解しきれていない顔だった。

 

 ノクスはその腕を掴む。

 

「ちょ、ノク――」

 

「いいから!」

 

 次の瞬間、魔力が弾け二人の姿が空へ消えた。

 

 一瞬で数キロ先の岩場まで移動する。

 

 ソラリスから距離を取った場所へ着地すると、ノクスはようやく息を吐いた。

 

「はぁ……っ」

 

「ノクス……」

 

 ステラが小さく名前を呼ぶ。

 

 その声を聞いた瞬間、ノクスの顔がぐしゃっと歪んだ。

 

「……ほんと、何してんだよ」

 

「…………」

 

「死ぬかと思った……」

 

 怒っているのに、声が震えていた。

 

 ステラは何も言えない。

 

 胸が痛かった。

 

 その時だった。

 

 もぞ、と。

 

「……?」

 

 ステラのスカートの裾が小さく動く。

 

 次の瞬間、ぬるりと白い生物が這い出てきた。

 

「――戦術判断へ重大な異議を提出します」

 

 プリンだった。

 

 いつもの丸っこい姿。

 

 だが声だけは妙に冷静で、機械的だった。

 

 赤い瞳がじっとステラを見上げている。

 

「単独突入、生存率低下率九十二パーセント」

 

「うっ」

 

「ノクス様への精神的負荷、極大」

 

「うっ」

 

「プリンへの精神的負荷、極大」

 

「え、プリンもなの?」

 

「当然です」

 

 即答だった。

 

 感情の抑揚が薄いのに、めちゃくちゃ怒っているのが分かる。

 

 プリンはステラの額へぺちっと張り付いた。

 

「無断離脱、非推奨行動」

 

「いたっ」

 

「訂正要求。“いたっ”ではありません。“ごめんなさい”です」

 

「圧が強い……!」

 

 ノクスも腕を組みながら頷く。

 

「そうだぞ」

 

「ノクスまで!?」

 

「当たり前だろ!!」

 

 さっきまでソラリスと殺し合っていた空気とは思えない。

 

 ステラは完全に押されていた。

 

 プリンはなおも淡々と続ける。

 

「なお、ノクス様は移動中ずっと怒っていました」

 

「怒ってたよ!!」

 

「心拍数上昇、魔力出力異常増加、進行ルート上の地形損壊多数確認」

 

「待ってそれ言わなくてよくない!?」

 

「共有すべき情報です」

 

 真顔だった。

 

 いや、プリンに表情があるのか分からないが、とにかく声は真剣だった。

 

 そして小さく、続ける。

 

「……無事でよかったです、ステラ」

 

「――――」

 

 その一言だけ、ほんの少し機械音声みたいな響きが揺れた。

 

 ステラの目が、少し見開かれる。

 

 ノクスも、怒っていた顔のまま小さく息を吐いた。

 

 遠くで、ソラリスはその光景を静かに見つめていた。

 

『……理解不能だ』

 

 ぽつり、と。

 

 黄金の瞳が細められる。

 

 怒り、恐怖、愛情、安心。

 

 壊れそうなくらい弱い感情を抱えながら、それでも互いを求め合う光。

 

 それはきっと、ソラリスが最も理解できない“太陽”の形だった。

 

 

 

*

 

 

 

 「――それで」

 

 ノクスの声が、急に真面目になる。

 

 ステラはびくりと肩を揺らした。

 

「怪我、見せろ」

 

「え、あ……」

 

 改めて視線を向けられて、ステラは少し気まずそうに目を逸らす。

 

 だが隠せる状態じゃなかった。

 

 服は裂け、肌には裂傷と火傷。

 

 腕も脇腹も血塗れで、魔力の流れもかなり乱れている。

 

 立っているだけでも無理をしているのが分かった。

 

 ノクスの表情が曇る。

 

「……ひどいな」

 

「へ、平気だよこれくら――」

 

「平気じゃない」

 

 即答だった。

 

 ステラが黙り、ノクスは唇を噛みそれからプリンを見る。

 

「プリン、治せるか?」

 

 プリンはステラを見上げる。

 

「以前も言いましたが、不可能です」

 

 ノクスの顔が強張る。

 

 だがプリンは、すぐ続けた。

 

「本来、修復対象は契約者であるノクスのみです」

 

「ですが」

 

 ぷる、と小さな身体が揺れる。

 

「ノクスの魔力を利用した場合、他者修復成立の可能性はあります」

 

「ほんとか!?」

 

「保証はありません」

 

 機械的な声。

 

 でも、どこか得意げだった。

 

「理論未完成。前例なし」

 

「ただし、傷口閉鎖程度なら試行価値ありと判断します」

 

 ノクスは即答した。

 

「やってくれ」

 

「条件があります」

 

「なんでもいい」

 

「ノクスの魔力供給が必要です」

 

「俺の?」

 

「はい」

 

 プリンが頷く。

 

「ノクスの魔力は通常個体と構造差異あり」

 

「接続性、高出力、侵食適性を確認済み」

 

「プリンが変換処理を行えば、ステラへの修復転用が可能かもしれません」

 

「……難しいことは分かんねぇけど」

 

 ノクスはステラを見る。

 

 傷だらけだった。

 

 血が流れていて、それでも平気な顔をしようとしている。

 

 それが、たまらなく嫌だった。

 

「治せるかもなんだよな?」

 

「生存率上昇は見込めます」

 

「ならやるか」

 

 迷いはなかった。

 

「使え、俺の魔力」

 

「了解しました」

 

 プリンの身体が淡く赤く光る。

 

 ぺたり、とノクスの腕へ張り付いた。

 

 その瞬間、ステラが慌てる。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「ん?」

 

「ノクスの身体、大丈夫なの!?」

 

 本気で焦った声だった。

 

「無理したら駄目なんだからね!? ただでさえ変な魔力なのに!」

 

 ノクスはきょとんとして。

 

 それから、少しだけ笑った。

 

「……心配してくれてんの?」

 

「そ、そりゃするよ!!」

 

 即答だった。

 

 涙目で怒鳴るステラを見て、ノクスは少し静かになる。

 

「……なぁ、ステラ」

 

「な、なに」

 

 ノクスは数秒迷って。

 

 でも結局、真っ直ぐ聞いた。

 

「俺のこと、好き?」

 

「――――は?」

 

 ステラの思考が止まる。

 

「え」

 

「え?」

 

「な、なんで今それ聞くの!?」

 

「いや、なんか急に気になって!」

 

「今ぁ!?」

 

 ステラの顔が一瞬で真っ赤になる。

 

 耳まで熱い。

 

 ノクスは妙に真剣だった。

 

「いやでも大事じゃん!」

 

「何が!?」

 

「気持ち!」

 

「ふわふわしすぎ!!」

 

 ステラが頭を抱える。

 

 遠くではソラリスが待機している。

 

 状況がおかしい。

 

 プリンはそんな二人を見上げながら。

 

「……恋愛進行確認」

 

「プリン、今喋らないで!?」

 

 ステラが悲鳴を上げた。

 

 ノクスは咳払いする。

 

「で、どうなんだよ」

 

「ぅ……っ」

 

 ステラの心臓がうるさい。

 

 死にかけなのに。

 

 敵もいるのに。

 

 それでも、ノクスに見つめられるだけで頭が真っ白になる。

 

「……す、き」

 

「聞こえない」

 

「ぅぅ……!」

 

 ノクスが少し顔を近づける。

 

「ちゃんと言って」

 

「……っ」

 

 逃げられなかった。

 

 いや、本当はずっと言いたかった。

 

 だから、震える声で。

 

「……好き」

 

 ノクスの目が少し見開かれる。

 

 ステラは真っ赤な顔のまま続けた。

 

「好き、だよ……ノクスのこと」

 

「…………」

 

 数秒、ノクスは固まって。

 

 それから。

 

「――よし、じゃあいけそうだな!」

 

「何が!?」

 

 次の瞬間。

 

 ノクスはステラの頬へ手を添え、そのまま唇を重ねた。

 

「――――っ!?」

 

 ステラの思考が蒸発する。

 

 同時に、桃色の魔力が一気に流れ込んだ。

 

 プリンの赤い光が強くなる。

 

「魔力接続、安定」

 

「修復処理、開始します」

 

 赤い粒子がステラの傷を包み込む。

 

 裂傷が閉じ、乱れていた魔力が少しずつ整っていく。

 

 だが。

 

「~~~~~~っ!!!??」

 

 ステラは完全に限界だった。

 

 顔を真っ赤にしたまま、頭から煙が出そうになっていた。

 

 

 

*

 

 

 

 それから、数分後。

 

 プリンの修復処理は終了していた。

 

 裂けていた傷は塞がり、乱れていた魔力も最低限安定している。

 

 もちろん完治じゃない。

 

 それでも、さっきまでの致命傷寸前みたいな状態からは脱していた。

 

 そして。

 

「…………」

 

 ステラは完全に静かになっていた。

 

 魂がふわふわしていた。

 

 顔は真っ赤、視線は泳ぎっぱなし。

 

 ノクスと目が合うたびに肩が跳ねる。

 

 さっきからずっとそんな感じだった。

 

 ノクスはその様子を見ながら、ぽりぽり頬を掻く。

 

「……なんか、ルミナの時思い出すな」

 

「……る、ルミナ?」

 

「前に魔力吸われたことあっただろ?」

 

 ノクスは思い出すように空を見る。

 

「やっぱこれ、直接流すのが一番早いんだよな」

 

「ちょ、直接って言わないで……っ」

 

 ステラが顔を覆う。

 

 耳まで真っ赤だった。

 

 プリンがその横でぴこんと揺れる。

 

「ステラ、感情負荷過多を確認」

 

「プリンも言わないでぇ……!」

 

 涙目だった。

 

 ノクスは苦笑して、それから立ち上がる。

 

 黒い結界の向こうでは、ソラリスの魔力がまだ静かに揺れている。

 

 本当に待っている。

 

「……ったく」

 

 ノクスは頭を掻いた。

 

「律儀かよ、あいつ」

 

 そして改めて、ステラを見る。

 

「お前は休んでろ」

 

「え……」

 

「緊急でルミナも呼んでる。遅れてくるはずだ」

 

 ステラが目を見開く。

 

「だから安心して待ってろ」

 

「でも……!」

 

 すぐに立ち上がろうとして、ふらつく。

 

 魔力がまだ空っぽに近い。

 

 ノクスはしゃがみ込み、座ったままのステラへ視線を合わせた。

 

「心配すんな」

 

「でも、ソラリスだよ……!?」

 

 ステラの声が震える。

 

「強いんだよ、あれ……!」

 

「知ってる」

 

「死ぬかもしれないんだよ!?」

 

 ノクスは少しだけ笑った。

 

「だから帰ってくる」

 

「――っ」

 

「お前が待ってるし」

 

 ステラの顔がまた赤くなる。

 

 ノクスは、その反応を見て少しだけ目を細めた。

 

 それからそっと、顔を近づける。

 

「……え」

 

 ステラが呆ける。

 

 距離が近い。

 

 近すぎる。

 

「ノ、ノク――」

 

 言い終わる前に。

 

 もう一度、唇が重なった。

 

「――――っ!?」

 

 びく、とステラの肩が跳ねる。

 

 同時に、柔らかな魔力が流れ込んだ。

 

 空っぽだった身体へ、熱が満ちていく。

 

 優しく、温かい魔力。

 

 ステラの瞳が大きく揺れる。

 

 数秒後、ノクスがゆっくり離れた。

 

「……ほら」

 

 少し照れくさそうに笑う。

 

「魔力切れてただろ」

 

 ステラは完全に固まっていた。

 

「〜〜〜〜〜〜っ!!!!」

 

 真っ赤になったステラが顔を覆ってしゃがみ込む。

 

「む、無理ぃ……!!」

 

 ステラが顔を真っ赤にしたまま縮こまっている。

 

 ノクスはそんな彼女を見て、少しだけ笑った。

 

 でも、そのあとふっと、表情が静かになる。

 

「……ステラ」

 

「……っ、な、なに」

 

 まだ顔を隠したまま。

 

 耳だけ真っ赤だった。

 

 ノクスは少し迷って、それからゆっくり口を開く。

 

「一人で戦ったのは、許せない」

 

 その言葉に、ステラの肩がぴくりと揺れる。

 

「……ごめん」

 

「ほんとにな」

 

 ノクスは苦笑した。

 

「めちゃくちゃ怖かった」

 

「……っ」

 

「結界ぶっ壊しながら、ずっと最悪の想像してた」

 

 血まみれで倒れてるかもしれない。

 

 もう間に合ってないかもしれない。

 

 そんな考えばっかり浮かんでいた。

 

「だから、次は絶対一人で行くな」

 

「……うん」

 

 ステラは小さく頷く。

 

 しょんぼりしていた。

 

 でもノクスは、そのまま続ける。

 

「でもさ」

 

 ステラが顔を上げる。

 

 ノクスは少し照れくさそうに笑った。

 

「俺のために戦ってくれたの、嬉しかった」

 

「――――」

 

「俺を守りたかったんだろ」

 

 ステラの瞳が揺れる。

 

「……う、ん」

 

「ありがとな」

 

 その一言だけで、胸がいっぱいになる。

 

 泣きそうになって、ステラは慌てて顔を逸らした。

 

「……っ、ずるい」

 

「何が?」

 

「そういうこと真っ直ぐ言うの……」

 

 ノクスはよく分かってない顔をしていた。

 

 それから、少しだけ空を見る。

 

 ソラリスが待っている。

 

 空気が静かに張り詰めていた。

 

「……あと」

 

 ノクスが言う。

 

「ごめん」

 

「え?」

 

「復讐相手、奪う」

 

 ステラが目を見開く。

 

 ノクスは、静かに笑った。

 

「本当は、お前が決着つけたかったよな」

 

「…………」

 

「イグニスのこと、大好きだったもんな」

 

 その言葉に、ステラの喉が詰まる。

 

 否定できなかった。

 

 ずっと追い続けてきた。

 

 ずっと、この怪物を殺したかった。

 

 イグニスを奪った存在を、自分の手で終わらせたかった。

 

 ノクスはそんなステラを真っ直ぐ見て言う。

 

「だからさ」

 

 桃色の瞳が、静かに細められる。

 

「俺、お前のためにソラリス倒してくるよ」

 

 ステラの呼吸が止まる。

 

「……っ」

 

「だから」

 

 ノクスは、いつもの調子で笑った。

 

「応援しててくれ」

 

 あまりにも自然に。

 

 まるで、“ちょっと行ってくる”くらいの軽さで。

 

 でも、その奥にある覚悟だけは分かってしまった。

 

 本気で、ソラリスを倒しに行くつもりだ。

 

 自分のために。

 

 ステラのために。

 

「……ばか」

 

 ぽろり、と涙が零れる。

 

「ほんとに……ばか……」

 

 ノクスは困ったように笑った。

 

「なんで泣くんだよ」

 

「だって……」

 

 嬉しくて、怖くて、好きで、胸がぐちゃぐちゃだった。

 

 そんなステラの頭へ、ノクスはぽん、と手を乗せる。

 

「待ってろ」

 

 その言葉は、不思議なくらい安心できた。

 

 まるで、本当に帰ってくるみたいに。

 

 ノクスはゆっくり立ち上がった。

 

 背後では、ステラがまだ涙を拭っている。

 

 その姿を一度だけ振り返って。

 

「……ちゃんと休めよ」

 

「……うん」

 

「無理して来たら怒るからな」

 

「……善処する」

 

「絶対来るやつじゃん」

 

 ノクスが呆れたように笑う。

 

 ステラは少しだけ唇を尖らせ、それから小さく笑った。

 

 その笑顔を確認して。

 

 ノクスは前を向く。

 

 空を覆う闇。

 

 その中心で待つ、黒い太陽。

 

 プリンがスカートの中からぴょこんと顔を出した。

 

「ノクス」

 

「ん?」

 

「対ソラリス戦闘を開始しますか」

 

「する」

 

 即答だった。

 

 プリンの赤い瞳が僅かに明滅する。

 

「確認。ノクスは現在、怒っています」

 

「そりゃ怒るだろ」

 

 ノクスは頭を掻いた。

 

「友達ボコボコにされてんだぞ」

 

 数秒、沈黙。

 

 プリンがじーっとノクスを見る。

 

「……ノクス」

 

「なんだよ」

 

「それは無理があります」

 

「何が?」

 

「客観的観測結果として、“友達”ではありません」

 

「いや友達だろ」

 

「キスしました」

 

「治療!」

 

「二回しました」

 

「必要だった!」

 

「ステラは現在、恋愛感情由来の情緒暴走状態です」

 

「うるさい!」

 

 プリンが小さくため息みたいにぷるんと揺れた。

 

「ノクスは鈍感です」

 

「なんで今そんな話してんだよ!」

 

「重要事項です」

 

 ソラリスが静かにこちらを見ていた。

 

 黄金の瞳が、ほんの僅かに細められている。

 

 たぶん、会話を聞いていた。

 

 でもノクスは気にしない。

 

「……はぁ」

 

 頭を掻きながら、前へ出る。

 

 桃色の魔力が静かに溢れ、周囲の圧力を押し返していく。

 

 プリンもぴょこんと肩へ飛び乗った。

 

「プリンも怒っています」

 

「おう」

 

「なので、共同でぶっ飛ばしましょう」

 

 機械的なのに、ちょっとぷんすこしている声音。

 

 ノクスは少しだけ笑う。

 

「頼もしいな」

 

「高次存在ですから」

 

 胸を張るみたいに揺れた。

 

 そして、二人は歩き出す。

 

 一歩進むたび、空気が重くなる。

 

 黄金の魔力が、世界を押し潰すみたいに広がっている。

 

 普通の人間なら立っているだけで気絶する。

 

 でもノクスは止まらない。

 

 やがて、崩壊した戦場の中心。

 

 ソラリスは静かに立っていた。

 

 黒い外套、歪む空間。

 

 存在しているだけで、世界法則そのものが軋んでいる。

 

 黄金の瞳が、ゆっくりノクスを見る。

 

『……戻ってきたか』

 

「おう」

 

 ノクスは肩を鳴らした。

 

「待たせたな」

 

『構わない』

 

 ソラリスの視線が、プリンへ向く。

 

『……寄生虫も、来るのか』

 

「当然です」

 

 プリンがぴこっと揺れる。

 

「プリンはノクスのペットなので」

 

「そこ強調するんだ」

 

「重要事項です」

 

 ソラリスは数秒沈黙した。

 

 理解不能なものを見る目だった。

 

 でもノクスは気にしない。

 

 ただ、前へ出る。

 

 桃色の魔力が静かに溢れた。

 

 空気が変わる。

 

 さっきまでの軽さが、消える。

 

 ノクスの瞳が真っ直ぐソラリスを射抜いた。

 

「さて」

 

 その声だけで、空気が軋む。

 

「俺の友達泣かせた落とし前、つけてもらうぞ」

 

 桃色の魔力が、溢れた。

 

 どくん、と世界そのものが脈打つみたいに空気が震える。

 

 ノクスの足元から広がった光は、山肌を染め、黒い結界の内側を侵食していく。

 

 熱い。

 

 でも、ステラの炎みたいな灼熱じゃない。

 

 もっと柔らかくて、もっと危うい熱。

 

 触れたものの感情を揺らすような、異質な魔力。

 

 ハートの魔力。

 

 愛情と感情に反応して膨れ上がる、ノクスだけの光。

 

「…………」

 

 ノクスは静かに息を吐く。

 

 制御できるようになってからは、抑えていた。

 

 感情が揺れるたび暴走して、勝手に溢れて、止まらなかったから。

 

 でも今は違う。

 

 怒っている。

 

 心臓が焼けるくらい腹が立っている。

 

 ステラを傷つけられた。

 

 泣かされた。

 

 それが許せない。

 

 その感情に呼応して、桃色の魔力が際限なく膨れ上がり、ハートがあふれ出す。

 

 なのに、不思議と制御は失わない。

 

 プリンが肩の上で、小さく目を明滅させた。

 

「魔力出力、急上昇」

 

「分かってる」

 

「ノクス、現在かなり怒っています」

 

「そりゃな」

 

 地面が軋み、空が揺れる。

 

 黒と桃色が、空中でぶつかり合っていた。

 

 そしてソラリスが、目を見開く。

 

『……なんだ、それは』

 

 低い声。

 

 初めて、そこへ驚愕が混じっていた。

 

 黄金の瞳が、ノクスを見つめる。

 

『その魔力……まさか、ここまで』

 

 桃色の光が脈打つたび、空間そのものが歪む。

 

 感情へ干渉する魔力。

 

 存在の在り方を揺さぶる光。

 

 ソラリスは静かにノクスを見る。

 

『名は』

 

「ん?」

 

『お前の名前を聞いている』

 

 ノクスは、一瞬だけ目を瞬かせた。

 

 それから。

 

「……あー」

 

 少しだけ、懐かしくなる。

 

 そういえば最近、まともに名乗ってなかったなと思った。

 

 変身したばかりの頃は、やっていた気がするけれど。

 

 プリンが期待するようにこちらを見ている。

 

「ノクス」

 

「なんだよ」

 

「名乗りシークエンスです」

 

「シークエンスって言うな」

 

「重要イベントです」

 

 ノクスは小さく笑った。

 

 そして、魔力が爆発的に空へ広がる。

 

 黒い太陽を押し返すように、世界を染めるように。

 

 ノクスは一歩前へ出て、真っ直ぐソラリスを見上げた。

 

「――愛と反逆のトワイライト・ブレイカー」

 

 桃色の瞳が輝く。

 

 ハート型の魔力が、夜みたいな空へ無数に弾けた。

 

「魔法少女ノクス」

 

 口元が、獰猛に笑う。

 

「お前をぶっ飛ばしに来ました」

 




定期的にいちゃつきを挟まないとモヤモヤする病にかけられました。

評価・感想よろしくお願いいたします。
なにとぞ~!!

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