中々悩みながらですがなんとかです。
誤字報告、本当にありがとうございます
黒炎が、静かに収束していく。
焼け落ちた山脈。
崩れた大地。
空にはまだ、黒い熱が残滓みたいに漂っていた。
けれどもう、世界を壊そうとする圧力はない。
黒い太陽の中心で、ソラリスは静かに立っていた。
黄金の瞳が、ノクスたちを見る。
「……終わりだ」
低い声だった。
それは宣言というより、長い孤独の果てにようやく吐き出された息みたいに聞こえた。
黒炎が、ゆっくり揺れる。
「私は戻る」
ソラリスの背後に、黒い裂け目が開き始めていた。
アークの世界へ続く門。
ステラが小さく息を呑む。
「帰るの……?」
「ああ」
ソラリスは頷く。
「もう、人間とは戦わない」
ルミナの青い瞳が細くなる。
「あなた個人の意思として、ですね」
「そうだ」
否定しない。
「他のアークまで止められるわけではない」
黒炎が静かに脈打つ。
「だが少なくとも、私はお前たちへ牙を向けない」
雨が、静かに降っていた。
ルミナは警戒を解いていない。
霧は依然として周囲へ展開され、いつでも戦闘へ移れる状態を保っている。
ソラリスはそれを見て、小さく目を細めた。
「合理的だな」
「あなたが危険存在である事実は変わりません」
ルミナは淡々と答える。
「今は対話が成立してます。それだけです」
「……そうか」
ソラリスは静かに頷いた。
怒りはない。
むしろ少しだけ、納得したようだった。
ノクスが、小さく息を吐く。
「でも」
桃色の魔力が、ふわりと揺れる。
「帰るなら、よかったです」
黄金の瞳が向く。
「……私が怖くないのか」
「怖いよ?」
ノクスは普通に言った。
「めちゃくちゃ痛かったし」
「…………」
「でも」
ノクスは少しだけ笑う。
「終わりたそうだったじゃないですか」
黒炎が、微かに揺れた。
ソラリスは少し沈黙して。
「……ノクス」
低い声で、名前を呼ぶ。
「お前には、感謝している」
その瞬間、ステラが小さく目を見開いた。
世界を滅ぼす怪物が、誰かへ感謝を告げている。
「お前は、私を終わらせなかった」
黒炎が静かに揺れる。
「怪物として閉じ込めず、理解しようとした」
「……まあ」
ノクスは少し困ったように頬を掻く。
「放っておけなかったからな」
「理解不能だ」
「また言った!?」
プリンが肩で頷く。
「事実です」
「お前まで乗るなよ……!」
少しだけ空気が柔らかくなる。
ソラリスは、その空気を眩しそうに見ていた。
そしてゆっくりと、ステラを見る。
橙色の瞳が揺れた。
ステラの身体が僵る。
イグニスを殺した存在。
憎み続けてきた怪物。
でも今、目の前にいるソラリスは。
「……ステラ」
「…………」
「私は、お前から太陽を奪った」
黒炎が、弱く揺れる。
「謝罪で消えないことは理解している」
静かな声。
言い訳もなく、逃げもしない。
「だが」
黄金の瞳が、真っ直ぐステラを見る。
「すまなかった」
沈黙が落ちる。
ステラの喉が、小さく震えた。
怒りは消えていない。
苦しみも。
イグニスを失った傷も。
でも、今のソラリスを見ているとただ憎むだけではいられなかった。
「……ずるい」
掠れた声だった。
ソラリスが目を細める。
「そんな顔で謝られたら」
ステラの瞳に涙が滲む。
「嫌いになりきれないじゃん……」
黒炎が、僅かに揺れた。
ソラリスは答えない。
言葉を持っていなかった。
その代わり、ほんの少しだけ目を伏せた。
「……あと、一つ」
空気が変わる。
黒炎が低く脈打った。
ルミナの視線が鋭くなる。
「情報ですか」
「ああ」
ソラリスは頷く。
「プリン」
白い生物が、ぴこんと揺れた。
「お前を回収しようとしていた者たちだが」
黒炎が静かに軋む。
「メンシス単独ではない」
ノクスが眉をひそめる。
「……仲間がいるってことか?」
「強大なアークの多くが、奴に協力している」
その瞬間、空気が冷えた。
ルミナの雨が、静かに強まる。
「理由は?」
「知らん」
ソラリスは即答した。
「だが、共通していることがある」
黄金の瞳が、プリンを見る。
「お前に価値を、見出している」
その瞬間。
プリンが、黙った。
ノクスが目を瞬かせる。
「……プリン?」
いつもなら絶対ふざける。
なのに今は違う。
白い身体が、小さく沈黙している。
ステラが不安そうに見る。
「……どういう意味?」
「不明です」
短い返答。
「プリンも、全てを知っているわけではありません」
ルミナの目が細くなる。
「本当ですか?」
「疑うのは合理的です」
プリンは静かに答える。
「ですが事実です」
ノクスはプリンを見る。
いつも軽いこいつが、今だけは妙に重かった。
「……気をつけろ」
ソラリスが言う。
「これから現れるアークは、私より目的を持っている」
「目的?」
「プリンの回収だ」
ぞわり、と。
空気が揺れた。
ノクスが無意識にプリンを抱える。
「……お前ほんと何者なんだよ」
「プリンはプリンです」
「そこじゃねえんだよなぁ……」
でもプリンはそれ以上、何も言わなかった。
ソラリスもまた、続きを語らない。
ただ、黄金の瞳が少し遠くを見る。
「そして」
黒炎が静かに揺れる。
「私が、四年後にこうして来た理由だ」
ルミナが目を細める。
「……どういう意味です?」
「眠っていた」
ソラリスは静かに言う。
「四年間」
ステラが息を呑む。
「なんで……?」
その問いに、ソラリスは少しだけ沈黙した。
そして。
「イグニスに言われた」
空気が止まり、橙色の瞳が見開かれた。
「……え?」
「死ぬ前、あの女は言った」
黒炎が、静かに揺れる。
『四年後まで、待ってて!』
ソラリスの声が低く響く。
『その時、あなたを止める光が現れるから!』
風が吹く。
誰も、言葉を返せなかった。
ノクスの胸がざわつく。
「……それって」
「分からん」
ソラリスは首を振る。
「だが、あの女は確信していた」
黄金の瞳が、ノクスを見る。
「おそらく、お前が現れることを」
「俺?」
間抜けみたいな声が出た。
だが誰も笑わない。
イグニス。
四年前に死んだ英雄。
その存在が今、突然“過去”ではなくなった。
まるで、未来まで見ていたみたいに。
「……理解不能だ」
ソラリスが小さく呟く。
「だが、あの女は最後まで、お前を信じていた」
ノクスは言葉を失う。
会ったこともない。
知らないはずの人。
なのに、どうして。
黒炎の門が、ゆっくり開いていく。
ソラリスの姿が、闇へ溶け始めた。
「……私は、まだ罪を背負っている」
静かな声だった。
「後悔も消えない」
黒炎が揺れる。
「だが」
黄金の瞳が、ノクスたちを見る。
「もう少し、生きてみる」
ノクスが、小さく笑った。
「はい」
桃色の魔力が、ふわりと揺れる。
「その方がいいと思います」
ソラリスは少しだけ沈黙して。
それから、本当に僅かに笑ったように見えた。
「……壊れるな」
黒炎が、静かに揺れる。
「光を失うな」
そして最後に、黄金の瞳が細められる。
「……またな」
黒い太陽が、門の向こうへ消えていく。
熱が遠ざかる。
空が静かになる。
残ったのは、雨の音だけだった。
*
戦いは終わった。
けれど、その実感はまだ薄い。
ノクスは崩れた岩へ腰を下ろして、大きく息を吐いた。
「つっかれた……」
全身が重い。
魔力もほとんど空っぽだ。
ステラも少し離れた場所へ座り込み、ぼーっと空を見ている。
「……なんか、すごい戦いだったね」
「最後、会話の割合の方が多かった気もします」
肩の上でプリンが頷く。
「高確率でノクスのせいです」
「なんで!?」
「怪物へ精神カウンセリングを開始したためです」
「してないが!?」
そこへざぁ、と。
静かな青い雨が近づいてきた。
霧を纏いながら歩いてくるルミナは、いつも通り美しかった。
でも、その笑顔がなかった。
「ノクス」
「は、はい」
即座に背筋が伸びた。
ルミナは静かに微笑む。
「聞きたいことが山ほどあります」
「えぇ……」
「なぜアークへ単独接近したんですか」
「いや、単独では」
「なぜ怪物の心へ踏み込んだんですか」
「いや、なんか寂しそうで……」
「なぜ“じゃあ一緒に生きましょう”みたいな流れになったんですか」
「え、あれそんな変だったか?」
ルミナの笑顔が深くなる。
「変です」
「はい……」
完全に圧負けしていた。
ステラが横で吹き出す。
「ふ、ふふっ……」
「笑い事じゃないですよ、ステラ」
「だって……っ」
肩を震わせながら笑っている。
さっきまで泣いていたのに。
ノクスはちょっと不満そうだった。
「なんで俺だけ怒られてるんだ……」
プリンが即答する。
「ノクスだからです」
「雑!?」
「あと」
ルミナが静かに言う。
「好きな人たちが見てますから、は何ですか」
「あ」
ステラが爆発したみたいに赤くなる。
「ルミナさんそれ今掘り返します!?」
「重要事項です」
「いやあれはなんか勢いというか!」
プリンが補足する。
「複数形です」
「プリンは黙ってろ!!」
山脈へ悲鳴が響いた。
ルミナは深いため息を吐く。
「……本当に」
青い瞳が、少しだけ柔らかくなる。
「あなたは、人の心を掻き回しますね」
「えぇ……」
ノクスは本気で困惑していた。
自覚がない。
だから厄介だった。
ルミナはそんなノクスを見て、また小さく息を吐く。
そして空を見る。
雨はまだ降っている。
自分を呼ぶ戦場みたいに。
「私は戻ります」
「え?」
ノクスが目を瞬かせた。
「もう?」
「担当区域がありますから」
ルミナは静かに言う。
「関東圏のアーク反応は、私が抑えています」
それは、当然みたいな声だった。
でも、どれだけ危険なことかノクスは知っている。
ルミナはずっと、一人で最前線を支えてきた。
「……休まなくて大丈夫か?」
「休みましたよ」
「え?」
「あなたたちを助けに来る前、三時間ほど」
「短くない!?」
「十分です」
平然としていた。
ステラが苦笑する。
「相変わらずだね、ルミナちゃん……」
「あなたも他人事ではありませんよ」
ルミナの視線がステラへ向く。
「今回はかなり無茶をしたでしょう」
「う……」
「後で医療班へ行ってください」
「はい……」
しゅん、と肩が落ちる。
でもルミナの声音には、ちゃんと心配が混ざっていた。
ノクスは、その横顔を見る。
綺麗だと思った。
静かな雨みたいな人だ。
「……ルミナ」
「なんですか」
「また今度な」
ルミナは少しだけ目を細めた。
雨が静かに降る。
「ええ」
短い返事。
「帰ったら、ちゃんと話聞きますからね。お仕置きです」
「……は、はい」
青の魔法少女は、また戦場へ帰る。
青い魔力が、霧となって広がる。
「ちゃんと療養して戻ってきてくださいね」
「努力はします」
「してください」
最後に、ほんの少しだけ振り返る。
雨の向こう。
ノクスと、ステラ。
二人並んだ姿を見て。
青い瞳が、僅かに揺れた。
「……ステラ」
「え?」
「ちゃんと、ノクスをお願いしますね」
「――――っ」
ステラの顔が、一気に赤くなる。
「な、ななな何を!?」
「放っておくと危ないので」
「あ、そういうこと……」
ノクスだけが本気で困惑していた。
「え、なんですかその流れ」
「あなたは黙っていてください」
「なんで!?」
即答だった。
ルミナは小さく息を吐く。
それから。
少しだけ寂しそうに笑った。
「……では、また今度」
青い雨が、夜空へ溶けていく。
霧が流れる。
気づけば、そこにルミナの姿はもうなかった。
残ったのは、静かな雨音とどこか胸がきゅっとなるような、淡い余韻だけだった。
*
療養施設の窓から、午後の光が差し込んでいた。
白いカーテンが揺れる。
静かな部屋だった。
「……いやだから、なんでそんなに巻くんだよ」
ベッドの上で、ノクスがげんなりした顔をする。
包帯だらけだった。
右肩から脇腹まで白い布でぐるぐるにされ、桃色の髪まで少し乱れている。
魔法少女姿のままなのに、雰囲気だけ妙に弱っていた。
ステラが思わず吹き出す。
「だって君、無茶しすぎなんだもん!!」
「ソラリスが思ったより重かったんだよ……」
「重かったで済む話じゃないからね!?」
プリンがベッド脇でぴこんと揺れる。
「ノクスは耐久性能が高くないくせに接近戦を好みます。知能指数に問題があります」
「急に辛辣だな!?」
「事実です」
「プリン、お前ちょっと最近俺への当たり強くない?」
「愛です」
「絶対違うだろ……」
ステラがまた笑う。
その笑い声を聞きながら、ノクスはちょっとだけ安心した顔をした。
戦いは終わった。
ソラリスは帰った。
「……ルミナ、戻ったかな」
ノクスがぼそっと呟く。
ステラは肩をすくめた。
「関東方面でアーク反応出たって言ってたし、まだ戦ってるんじゃない?」
「絶対あとで問い詰められるよなぁ……」
「うん!!」
即答だった。
ノクスが露骨に嫌そうな顔をする。
「そんなにか?」
「だって君、ソラリス相手にまた変な距離感発揮してたじゃん!!」
「変なってなんだよ」
「怪物相手に“寂しかったんだな”って踏み込む人普通いないから!!」
「えぇ……」
本気で分かっていない顔だった。
プリンが補足する。
「ノクスは高確率で相手の情緒中枢へ直接攻撃を行います」
「なんだよそのスキル説明みたいなの」
「無自覚なのが質悪いです」
「なんで俺だけこんな言われるんだ……」
ステラは笑っていた。
でも、笑いながら少しだけ考えてしまう。
ソラリスの最後の顔を。
苦しそうで。
泣きそうで。
でも、どこか救われたみたいだった黒い太陽を。
「……ステラ?」
「え?」
気づけば、ノクスがこっちを見ていた。
「なんかぼーっとしてるけど、大丈夫か?」
「だ、大丈夫!!」
慌てて笑う。
でも胸の奥は、少しだけ重かった。
イグニス。
ソラリス。
憧れていた太陽。
憎み続けた怪物。
全部が、前とは違って見えてしまう。
「……難しいなぁ」
小さく漏れる。
「ん?」
「なんでもない!!」
ステラは誤魔化すみたいに笑った。
ノクスは首を傾げたけど、それ以上は聞いてこなかった。
そういうところ、本当にずるい。
優しいくせに、踏み込みすぎない。
だから余計に、安心してしまう。
「……」
ステラはちらっとノクスを見る。
包帯だらけの魔法少女。
戦ってる時はあんなに格好いいのに、今はだいぶ情けない。
「な、なんだよ」
「いや、別に?」
「絶対なんか思っただろ!」
「思ってないって!」
プリンがぴこんと揺れる。
「現在ステラはノクスを見て情緒が不安定化しています」
「だからプリンちゃん!!」
「事実です」
「お前ほんと余計なことしか言わないな……」
ノクスが呆れた声を出す。
でも、ステラはそれ以上強く言い返せなかった。
図星だったから。
ノクスを見ると胸が変になる。
戦っている時。
笑っている時。
誰かのために怒る時。
ソラリスへ手を伸ばした時。
全部、焼き付いて離れない。
「……」
イグニスは、一人で燃え尽きた。
誰にも頼らず。
誰にも弱さを見せず。
ずっと太陽だった。
だから、憧れた。
ステラもそうなりたかった。
でも、ノクスは違う。
怖いって言う。
痛いって騒ぐ。
助けを求める。
ルミナにも、プリンにも、自分にも。
ちゃんと寄りかかる。
それなのに、誰かを守る時だけ絶対に折れない。
「……ずるいよなぁ」
ぽつり、と零れる。
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもないって!!」
ノクスは不思議そうにしていた。
本当に気づいてない。
その鈍感さに安心して。
でも少しだけ、寂しくなる。
「……ステラ?」
「え?」
「顔赤くないか?」
「赤くない!!!」
「いや絶対赤いだろ」
「うるさいなぁ!!」
思わずクッションを投げる。
ノクスが「痛っ」って情けない声を出した。
「傷病人に容赦なさすぎない!?」
「知らない!!」
笑い声が、部屋へ広がる。
その時間が、妙に心地よかった。
戦わなくていい時間。
誰も失わない時間。
ただ、笑っていられる時間。
ステラは思う。
こういうのを、守りたかったんだなって。
イグニスも。
そして、自分も。
窓の外では、夕日が少しずつ沈み始めていた。
橙色の光が、部屋へ差し込む。
ステラはその色を見て、静かに目を細める。
太陽は、沈む。
でも、また昇る。
「……私」
小さく呟く。
ノクスは気づかない。
プリンも、今は何も言わない。
ステラは夕日を見る。
憧れ続けた、あの光を。
「イグニスみたいになりたいって、ずっと思ってた」
一人で燃えて。
誰かを守って。
最強で。
格好いい太陽。
「でも、違ったんだ」
一人じゃない。
繋がっている。
支えられている。
怖がりながら、それでも前へ進く。
「……だったら」
ステラはゆっくり拳を握る。
「私も、一人で太陽にならなくていいのかも」
その言葉は、少しだけ胸を軽くした。
イグニスにはなれない。
でも、ステラにはなれる。
自分のまま、誰かと並んで笑える太陽に。
「……よし!!」
急に立ち上がる。
「うおっ、びっくりした!?」
ノクスが肩を跳ねさせた。
ステラは振り向いて、いつものみたいに笑う。
「私、決めた!!」
「な、なにを?」
「これからも太陽になる!!」
「お、おう?」
「でも、一人で無茶するのはやめる!!」
ノクスがぱちぱち瞬きをした。
たぶん意味は半分くらいしか分かってない。
それでも。
「……そっか」
ノクスは、優しく笑った。
「なら、よかった」
その笑顔だけで、胸が苦しくなる。
ステラは慌てて顔を逸らした。
「な、なにさその顔!!」
「え!?」
「なんかこう……反則!!」
「意味分かんねぇ!?」
プリンがぴこんと揺れる。
「ステラ、恋愛感情由来の情緒暴走を確認」
「プリンちゃん!!!!」
ステラの絶叫が部屋に響いた。
次の瞬間、クッションが飛ぶ。
プリンはぴこんっと跳ねて回避した。
「回避成功」
「成功じゃないよぉ!!!」
「ステラは最近、感情変化の八割がノクス起因です」
「わあああああ!!!」
顔を真っ赤にして暴れるステラを見て、ノクスは完全に混乱していた。
「え、え!? なんで!?」
「君は黙ってて!!」
「理不尽!!」
ノクスが包帯だらけのまま抗議する。
でもステラはそれどころじゃなかった。
心臓がうるさい。
さっきからずっと。
ノクスが優しい顔で笑うたびに。
名前を呼ばれるたびに。
胸の奥が変になる。
「……っ」
こんなの、知らない。
戦うことなら分かる。
魔力の扱いも。
怖くても前へ出ることも。
でも、こういうのは。
どうしたらいいのか分からない。
「ステラ?」
ノクスが不安そうにこっちを見る。
「ほんとに大丈夫か?」
「だ、大丈夫だってば!!」
「いやでも顔すごいぞ?」
「見ないで!!」
反射で毛布を掴んで顔を隠す。
ノクスがさらに困惑した。
「なんかした!?」
「しました」
プリンが即答する。
「ノクスは通常呼吸レベルで相手を落としにいきます」
「言い方!!」
「無自覚天然攻略型です」
「なんだそのラスボスみたいな分類!?」
ステラは毛布の中でじたばたした。
もう無理だった。
恥ずかしい。
でも嫌じゃない。
むしろ、ノクスとこうして笑ってる時間が嬉しい。
それがもっと恥ずかしい。
「……ステラ」
少しだけ近づく気配。
「ほんとに熱とかじゃないよな?」
心配そうな声だった。
その優しさが、ずるい。
毛布の隙間からちらっと見ると、ノクスは真面目な顔でこっちを見ていた。
ピンクの髪が揺れる。
包帯だらけなのに、なんか綺麗で。
戦ってた時を思い出してしまう。
ソラリスへ手を伸ばした背中。
怖いはずなのに、止まらなかった光。
「……っ」
また顔が熱くなる。
ステラは勢いよく毛布へ戻った。
「だから見ないでってばぁ!!」
「えぇ……」
本気で困ってる声だった。
プリンがぴこんと揺れる。
「ノクス」
「ん?」
「現在のステラへ追加刺激を与えると、情緒が限界を迎える可能性があります」
「限界!?」
「はい。恋愛初心者特有の過負荷状態です」
「プリンお前ほんと黙れ!?」
ステラが毛布の中から叫ぶ。
ノクスは数秒沈黙して。
「……恋愛?」
ぽつり、と呟いた。
その瞬間。
ステラの思考が止まった。
やばい。
やばいやばいやばい。
毛布の中で硬直する。
ノクスは、少しだけ首を傾げて。
「……誰の?」
「君だよ!!!!!」
反射だった。
叫んでから、ステラは固まる。
部屋も固まった。
プリンがぴこんと揺れる。
「自白確認、ルミナに報告します」
「わあああああああああ!!!!」
ステラはそのままベッドへ突っ伏した。
終わった。
人生が終わった。
恥ずかしすぎて消えたい。
ノクスは数秒完全停止していた。
「……え」
桃色の瞳がぱちぱち瞬く。
「え?」
二回言った。
ステラは顔を埋めたまま動けない。
もう無理。
死ぬ。
「……俺?」
ノクスの声が、妙に静かだった。
ステラは返事できない。
代わりにプリンが頷く。
「はい」
「なんでお前が答えるんだよ!?」
「事実確認です」
「最悪だぁ……!!」
ステラは枕へ顔を押し付けた。
でも、少しだけ。
ほんの少しだけ。
逃げずに言えたことへ、安心してる自分もいた。
部屋が、妙に静かだった。
さっきまで騒がしかったのに。
今は、時計の音だけが聞こえる。
ステラは枕へ顔を埋めたまま動けなかった。
終わった。
完全に勢いだった。
なんで叫んだの自分!?
いやだってプリンが余計なこと言うから!!
「……」
ノクスは何も言わない。
それが逆に怖かった。
恐る恐る、少しだけ顔を上げる。
するとノクスは、まだ固まっていた。
「……えっと」
桃色の瞳が、完全に混乱している。
「マジで?」
「うわぁぁぁぁ!!」
ステラはまた顔を埋めた。
確認された!!!
「いや、ごめん違う、違うっていうか……」
ノクスも慌て始める。
「なんて言えばいいんだこれ!?」
「知らないよぉ!!」
「俺だって知らない!!」
プリンがぴこんと揺れる。
「両者、恋愛経験値不足を確認」
「うるさい!!」
「黙れ!!」
初めて声が揃った。
プリンが満足そうに震える。
「仲良しです」
「違う!!」
また揃った。
数秒沈黙。
そしてノクスが吹き出した。
「……ははっ」
小さな笑い声。
それにつられて、ステラも少しだけ笑ってしまう。
「……なんなのこれぇ……」
「聞くなよ……」
困ったみたいに頭を掻くノクス。
その仕草だけで、また心臓が跳ねる。
もう駄目だった。
ステラは毛布をぎゅっと掴む。
「……引かないの?」
ぽつり、と。
小さな声だった。
ノクスが瞬きをする。
「え?」
「その……」
顔を見れない。
「君、こういうの鈍そうだし……」
「ひどくない?」
「ひどくない!!」
本当は怖かった。
今までの関係が変わるのが。
困らせるのが。
ノクスは優しいから。
だから、無理して笑わせてしまうかもしれない。
「……」
しばらく沈黙して。
ノクスは、ゆっくり口を開いた。
「引かないよ」
その声は、すごく真面目だった。
ステラが少しだけ顔を上げる。
ノクスは困ったように笑っていた。
「びっくりはしたけど」
「……うん」
「でも、ステラのこと嫌になるとかはない」
胸の奥が、じんわり熱くなる。
ノクスは続ける。
「むしろ……なんていうか」
珍しく言葉に迷っていた。
「ステラに結構助けられてるし」
「……」
「一緒にいると安心する」
ステラの顔が、また熱くなる。
ノクスは気づかず続けた。
「だから、その……嬉しかった」
「…………っ」
無理。
ステラは再び顔を隠した。
「なんで君そういうのサラッと言うのぉ……!!」
「え!?なんか変なこと言った!?」
「言った!!」
ノクスが本気で分かってない顔をする。
プリンがぴこんと揺れた。
「ノクスは無自覚で相手のHPを削ります」
「ゲームみたいに言うな」
「現在ステラの残HPは瀕死です」
「プリンッ!!」
わあわあ騒ぐ声。
笑い声。
静かな病室に、それが響く。
でもその時間は、不思議なくらい心地よかった。
戦ってない。
傷ついてない。
ただ、誰かと一緒にいるだけ。
ステラは毛布の中で、小さく息を吐く。
イグニスみたいにはなれない。
でも、一人じゃなくてもいいのなら。
こうやって笑いながら進めるなら。
それもきっと、悪くない。
窓の外では、夕焼けがゆっくり夜へ変わり始めていた。
*
静かな夜
療養施設の廊下には、ほとんど人の気配がなかった。
窓の外では街の灯りが遠く揺れている。
昼間みたいな騒がしさはない。
プリンも、珍しくどこかへ行っていた。
たぶん気を遣ったんだろう。
……いや、あとで絶対面白がって聞きに来る。
ノクスはベッドの上で小さく息を吐いた。
「……痛ぇ」
右肩がじくじくする。
ソラリスの黒炎を正面から受けた代償は重かった。
魔力で無理やり誤魔化してるけど、普通に痛い。
そこへこんこん、と小さくノックの音がした。
「ん?」
「……起きてる?」
ステラの声だった。
「起きてるけど」
「入るよ……?」
なんで疑問形なんだ。
そう思ってる間に、ドアが少しだけ開く。
ステラがそっと顔を覗かせた。
パジャマだった。
どこか落ち着かない様子で、視線がふらふらしている。
「どうした?」
「えっと……」
ステラは少し迷って。
それから、小さく言った。
「……ちょっとだけ、一緒にいてもいい?」
「?」
ノクスは普通に頷く。
「別にいいけど」
「……そっか」
ステラは、少し安心したみたいに笑った。
静かに部屋へ入ってくる。
そしてベッドの横の椅子へ座って。
……そのまま黙った。
「……」
「……」
ノクスは首を傾げる。
「なんか話あったんじゃないのか?」
「うぅ……」
ステラが露骨に困る。
どうやら本当に勢いで来たらしい。
ノクスは苦笑した。
「なんだよそれ」
「だ、だって……」
ステラが視線を逸らす。
「昼の、あれのあとだし……」
「あー……」
昼の。
つまり。
『君だよ!!!!』
あれだ。
思い出した瞬間、ノクスもちょっと気まずくなった。
「……」
「……」
また沈黙。
気まずい。
でも、嫌な感じじゃなかった。
ステラはしばらく膝の上で指をいじっていたけど。
やがて、ぽつりと呟く。
「……君ってさ」
「ん?」
「ずるいよね」
「なんで?」
「そういうとこ!!」
ノクスが困惑する。
ステラは顔を赤くしたまま、小さく息を吐いた。
「普通あんなこと言われたら、もっと慌てるじゃん……」
「いや、めちゃくちゃ慌てたけど?」
「顔に出てない!!」
「そうか?」
「そうだよ!!」
ノクスは自覚なさそうだった。
ステラは、そんな彼を見て少しだけ笑う。
それからゆっくり、ベッドへ視線を落とした。
包帯、傷、ソラリスと戦った痕。
「……痛い?」
「まぁ、それなりには」
「……そっか」
ステラの指先が、少しだけ震える。
「ごめんね」
「なんでステラが謝るんだよ」
「だって……」
橙色の瞳が揺れる。
「君、私のためにも無茶したじゃん」
「それはお互い様だろ」
ノクスはあっさり言う。
「ステラだって、ずっと戦ってたし」
「……」
「イグニスのことも、ソラリスのことも」
その言葉に、ステラは静かに目を伏せた。
少しだけ沈黙して。
「……私さ」
ぽつり、と呟く。
「ずっと、イグニスみたいになりたかったんだ」
ノクスは黙って聞く。
「強くて、眩しくて、誰かを守れる太陽」
「うん」
「私も、ああならなきゃって思ってた」
「……」
「弱いと駄目だって」
「一人で立てなきゃって」
でも、違った。
怖いと言う。
痛いと騒ぐ。
助けを求める。
誰かを頼る。
それでも、誰かのために前へ行ける。
「……君見てるとさ」
ステラが少し笑う。
「頑張りすぎなくてもいいのかなって、思える」
ノクスは、少しだけ目を丸くした。
そんな風に言われるとは思ってなかったみたいに。
「……そんな立派なことしてるか?」
「してるよ!!」
即答だった。
「めちゃくちゃしてる!!」
ステラは勢いよく言って。
それから急に恥ずかしくなったのか、少し俯く。
「……だから、その」
指先が、ぎゅっと服を掴む。
「私も……ちょっとくらい、甘えてみたいなって」
ノクスが瞬きをする。
「甘える?」
「うぅ……そこ聞き返さないでよぉ……」
顔が赤い。
でも、逃げなかった。
ステラは勇気を出すみたいに、ゆっくり立ち上がる。
そして、ベッドの端へそっと腰掛けた。
距離が近い。
ノクスが少しだけ固まる。
「ステラ?」
「……いっぱい頑張ったから」
小さい声。
「少しくらい、いいかなって」
そう言って。
ステラは、そっとノクスの袖を掴んだ。
きゅ、と。
離さないみたいに。
「……」
ノクスは、その手を見る。
でも、振り払わなかった。
それどころか。
「いいんじゃないか?」
あまりにも自然に言った。
「頑張ってたの、知ってるし」
その言葉だけで、胸がいっぱいになる。
ステラは俯いたまま、小さく笑った。
「……君って、ほんとずるい」
「またそれ?」
「だってそうなんだもん……」
ノクスは困ったみたいに笑う。
その空気が、あまりにも安心できた。
だから。
ステラは、もう少しだけ勇気を出す。
「……ねぇ」
「ん?」
「私、君のこと好きだよ」
今度は、ちゃんと言えた。
逃げずに。
誤魔化さずに。
ノクスが静かに目を見開く。
ステラは顔を真っ赤にしながら、それでも続けた。
「でも……」
橙色の瞳が揺れる。
「ルミナのこと、まだ返事してないんでしょ?」
「……あー」
ノクスが気まずそうな顔をする。
ステラは昼間、プリン経由でその話を聞いていた。
ルミナも、ノクスへ想いを向けている。
「だから、その……」
ステラは袖を握る手に力を込める。
「今すぐ答えとかじゃなくていい」
「……」
「私も、保留でいい」
少しだけ寂しそうに笑う。
「ちゃんと待つから」
ノクスは、しばらく何も言わなかった。
ただ静かに、ステラを見る。
それから。
ぽん、と。
包帯だらけの手で、ステラの頭を軽く撫でた。
「……ありがとな」
優しい声だった。
それだけで、もう十分だった。
ステラは目を細めて、少しだけ、ノクスの肩へ寄りかかった。
「……もう少しだけ」
「ん」
「このままいていい?」
ノクスは、当たり前みたいに頷いた。
「好きにしろよ」
窓の外、夜の街が静かに光っている。
戦いは終わった。
傷はまだ痛む。
でも、一人じゃない。
その温度だけで、今は十分だった。
評価・感想よろしくお願いいたします。
ここから三章を書くか、しばらくイチャイチャさせるかで迷っております。
誰が好き?
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ノクス
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ルミナ
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ステラ
-
プリン
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秋葉