転生者がTS魔法少女になって頑張る話。   作:メルヘン侍

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日常回です。


第三章 壊れない日々のふりをして
第一話 君たちと普通の夜を買いに行く


 世界は、相変わらずだった。

 

 夕暮れの駅前に据えられた大型ビジョンでは、今日も魔法少女の戦闘映像が流れている。

 

『本日の討伐成功率は九七パーセント! 第三世代魔法少女たちの活躍により――』

 

 明るいナレーション。

 

 派手なテロップ。

 スポンサーのロゴ。

 

 そして、傷だらけの少女たちの笑顔。

 

 それを見上げる人々は、今日の天気でも確認するみたいな気軽さで足を止めていた。

 

「ルミナ様、今日も綺麗……!」

 

「ステラちゃんの新グッズ出るって!」

 

「ノクスちゃん、最近テレビ露出増えたよね」

 

 その名前が聞こえた瞬間、あなたは無意識に肩を跳ねさせた。

 

「……帰りたい」

 

「まだ買い物を始めてもいませんよ」

 

 隣から返ってきた声は、雨音みたいに静かだった。

 

 ルミナは、白を基調にした上品な私服を着ている。

 

 淡い青のカーディガン。

 膝丈のスカート。

 

 青い髪は横で軽くまとめられていて、結晶の小さな髪留めが、駅前の光を受けて静かに揺れていた。

 

 どう見ても休日のお嬢様だった。

 

 どう見ても、スーパーへ特売の卵を買いに行く服装ではなかった。

 

「ルミナ」

 

「はい」

 

「お前、スーパー行くだけなのに気合い入りすぎじゃない?」

 

「普通です」

 

「普通かなぁ……」

 

「ノクスと一緒に出かけるので」

 

「理由が重い」

 

 あなたが小さく呻くと、ルミナはほんの少しだけ目を細めた。

 

「嫌ですか?」

 

「……嫌ではないけど」

 

「では問題ありません」

 

「問題の処理が早い」

 

 すると反対側から、太陽みたいに明るい声が飛んでくる。

 

「ノクスちゃーん!早く早く!今日のスーパー、アイス安いって!」

 

 ステラだった。

 

 橙色の髪をポニーテールにして、薄手のパーカーにショートパンツ。

 

 こちらは完全に、休日を全力で楽しむ女子高生だった。

 

 しかももう、スーパーの入り口へ向かって小走りになっている。

 

「お前は遠足か」

 

「買い出しは実質遠足だよ!」

 

「違うだろ」

 

「お菓子買えるし!」

 

「目的が完全に小学生」

 

 あなたが呆れると、肩にかけたトートバッグの中から白い物体がもぞりと顔を出した。

 

 プリンだ。

 

「買い出しの主目的は夕食の材料確保です」

 

「ほら、プリンもこう言ってる」

 

「加えて、ノクスの栄養状態改善」

 

「え」

 

「野菜摂取量が不足しています」

 

「余計なこと言うな」

 

 プリンは金色の瞳で、じっとこちらを見上げる。

 

「本日の献立には緑黄色野菜を多めに含めるべきです」

 

「やめろ。俺は楽しい買い物がしたい」

 

「健康は楽しい生活の基盤です」

 

「正論で殴るな」

 

 その言葉を聞いたルミナが、静かに頷いた。

 

「そうですね。今日は野菜中心にしましょう」

 

「終わった」

 

「ノクスはすぐ逃げますから」

 

「逃げないし」

 

「では、ピーマンを買います」

 

「帰る」

 

「逃げましたね」

 

 即座に腕を掴まれた。

 

 細い手だった。

 

 指も白くて、少し力を入れれば簡単に振りほどけそうなのに。

 

 不思議なくらい、逃げられる気がしない。

 

「ノクス」

 

「はい」

 

「今日はちゃんと食べますよ」

 

「……少しなら」

 

「ちゃんと」

 

「……善処します」

 

「ちゃんと」

 

「はい……」

 

 圧が静かだった。

 

 雨みたいに、じわじわ逃げ場を塞いでくる。

 

 ステラが横でけらけら笑う。

 

「ルミナちゃん、完全にお母さんだね!」

 

「ステラもです」

 

「えっ」

 

「あなたも野菜を食べてください」

 

「私も!?」

 

「はい」

 

「裏切られた……!」

 

「誰も味方してないぞ、ステラ」

 

「ノクスちゃんもさっきまで敵側だったじゃん!」

 

 騒ぎながら、あなたたちはスーパーへ入った。

 

 自動ドアが開く。

 

 涼しい空気。

 

 明るい照明。

 

 野菜売り場の青い匂い。

 

 店内には穏やかな音楽が流れていて、夕方前のスーパーらしく人も多かった。

 

 カートを押す家族。

 

 惣菜を選ぶ会社員。

 

 お菓子売り場へ走ろうとして、母親に止められる子ども。

 

 普通の光景だった。

 

 普通すぎるくらいに。

 

「……」

 

 あなたは少しだけ足を止める。

 

 ここには警報がない。

 

 空に裂け目もない。

 

 誰も血を流していない。

 

 ただ、今日の夕飯を買いに来ただけ。

 

 それが妙に、不思議だった。

 

「ノクス?」

 

 ルミナが隣で首を傾げる。

 

「どうしました?」

 

「……いや」

 

 あなたは小さく笑った。

 

「なんでもない」

 

 その瞬間。

 

「ノクスちゃん!!」

 

 ステラの声が響いた。

 

 振り向くと、ステラが満面の笑みでカートを押している。

 

 そしてその中には。

 

 ポテトチップス。

 チョコ。

 グミ。

 炭酸飲料。

 謎の期間限定スナック。

 

 完全にお菓子コーナーが形成されていた。

 

「早いな!?」

 

「厳選した!」

 

「厳選してそれかよ」

 

 プリンがトートバッグから身を乗り出す。

 

「不要物が多すぎます」

 

「プリンちゃん、これは心の栄養だよ!」

 

「糖分と脂質です」

 

「夢がない!」

 

「栄養表示はあります」

 

「そういうことじゃない!」

 

 ルミナは静かにカートの中を見下ろした。

 

「ステラ」

 

「はい!」

 

「戻してきましょう」

 

「全部!?」

 

「全部です」

 

「せめて一個!」

 

「一個だけです」

 

「やった!」

 

「ノクスの野菜完食が条件です」

 

「なんで俺に飛び火した!?」

 

 ステラがぱっとこちらを見る。

 

 きらきらした目。

 

「ノクスちゃん!」

 

「やめろ」

 

「私のグミのために!」

 

「やめろ」

 

「ピーマン、食べて?」

 

「そんな目で見るな!」

 

 ルミナが静かに追撃する。

 

「ノクス」

 

「お前までその目をするな」

 

「食べてください」

 

「……」

 

 左右から見られる。

 

 ついでに、

 トートバッグの中からプリンも見ている。

 

「ノクス」

 

「お前は黙れ」

 

「ピーマンは栄養価が高いです」

 

「黙れって言っただろ」

 

 あなたは頭を抱えた。

 

 戦場より逃げ場がない。

 

 アークの攻撃より、この三方向からの圧の方がよほど厄介だった。

 

「……一口だけな」

 

「二口」

 

「増やすな」

 

「では三口」

 

「交渉下手か!」

 

 ルミナが、少しだけ笑った。

 

 ステラも笑う。

 

 プリンは無表情で揺れている。

 

 あなたは深くため息を吐きながら、カートを押し始めた。

 

「……わかったよ。食べる。食べます」

 

「えらいです」

 

 ルミナが満足そうに頷く。

 

 ステラが両手を上げた。

 

「やったー! グミ確保!」

 

「なんで俺が負けた感じになってるんだ……」

 

「実際負けました」

 

「プリン?」

 

「事実共有です」

 

「便利ワードするな」

 

 そんなやり取りをしながら、あなたたちは野菜売り場へ向かった。

 

 トマト。

 レタス。

 にんじん。

 玉ねぎ。

 そして、ピーマン。

 

 その緑色を見た瞬間、あなたは本能的に一歩下がった。

 

 ルミナの手が、即座にあなたの袖を掴む。

 

「逃げない」

 

「まだ逃げてない」

 

「逃げる前の動きでした」

 

「観察力が高すぎる」

 

 ステラが、楽しそうにピーマンを一袋持ち上げた。

 

「ノクスちゃん、これとかどう?」

 

「敵に見える」

 

「ピーマンが!?」

 

「色がもう無理」

 

「子どもじゃん!」

 

「うるさい太陽」

 

 プリンが静かに言う。

 

「ピーマンを細かく刻み、肉詰めにすれば摂取可能性が上昇します」

 

「プリン、料理わかるのか?」

 

「データ上は」

 

「実践経験は?」

 

「ありません」

 

「不安しかない」

 

 ルミナが、何気ない動作でピーマンをカゴへ入れる。

 

「では、今日は肉詰めにしましょう」

 

「決定早い」

 

「ノクスが食べやすいようにします」

 

「……」

 

 その言い方をされると、妙に文句が言いづらかった。

 

 あなたが黙ると、ルミナは少しだけ柔らかく笑う。

 

「大丈夫です」

 

「苦くないようにしますから」

 

「……子ども扱いされてる」

 

「実際、野菜に関しては子どもです」

 

「言い返せないの腹立つな……」

 

 ステラが横で、にやにやとこちらを見上げていた。

 

「ノクスちゃん、あーんしてもらえば食べられるんじゃない?」

 

「しない」

 

「ルミナちゃんに」

 

「しない」

 

「ほんとに?」

 

「しな――」

 

 そこで、あなたの言葉が止まった。

 

 想像してしまったからだ。

 

 食卓、湯気の立つ夕飯。

 

 向かい側に座るルミナ。

 

 静かな顔。

 

 でも、ほんの少しだけ嬉しそうな目。

 

『ノクス、口を開けてください』

 

「…………」

 

「ノクス?」

 

 ルミナが不思議そうに首を傾げる。

 

 あなたは慌てて顔を逸らした。

 

「……なんでもない」

 

「顔が赤いです」

 

「なんでもない」

 

 プリンが即座に言う。

 

「想像しましたね」

 

「プリン!!」

 

「心拍数上昇」

 

「言うな!!」

 

 ステラが、腹を抱えて笑い始めた。

 

「分かりやすっ!ノクスちゃん分かりやすっ!」

 

「笑うな!」

 

 ルミナは数秒だけ瞬きをして、それから意味を理解したらしい。

 

 白い頬が、ほんのり赤く染まる。

 

「……必要なら、しますけど」

 

「しなくていい!!」

 

「遠慮しなくても」

 

「してない!!」

 

「では、夕食時に」

 

「決定するな!」

 

 あなたの叫びが、野菜売り場へ響いた。

 

 近くにいた親子が、びくっとこちらを見る。

 

 終わった。

 

 そう思った瞬間だった。

 

「あ」

 

 小さな声。

 

 視線を向けると、幼い女の子がこちらを見上げていた。

 

 大きな目。

 

 小さな買い物カゴ。

 

 その手には、ピーマンが一つ握られている。

 

「あ、ノクスちゃんだ」

 

「違います」

 

 反射で否定した。

 

 しかし遅かった。

 

「ほんもの!?」

 

「違います」

 

「髪ピンクじゃないけど声がノクスちゃん!」

 

「違います」

 

「ルミナちゃんもいる!」

 

「違わないですね」

 

「認めるなルミナ!」

 

 女の子の目が、きらきらと輝いていく。

 

「ステラちゃんも!」

 

「やっほー!」

 

「お前は手を振るな!」

 

 完全に包囲されていた。

 

 母親らしき女性が、慌てたように頭を下げる。

 

「す、すみません……! うちの子が……」

 

「あ、いえ……」

 

 あなたは曖昧に返事をする。

 

 すると女の子が、おずおずとこちらへ近づいてきた。

 

 小さな靴音。

 

 そのたび、ピーマンがころころ揺れる。

 

「ノクスちゃん」

 

「……ん?」

 

「ピーマン、きらいなの?」

 

「…………」

 

 沈黙。

 

 ルミナが見る。

 

 ステラも見る。

 

 プリンも見ている。

 

 逃げ場がない。

 

「……嫌いでは、ない」

 

「ほんと?」

 

「……少し苦手なだけ」

 

「じゃあ一緒!」

 

 ぱっと。

 

 花が咲くみたいに、女の子が笑った。

 

「わたしも苦手だけど、今日食べる!」

 

「……」

 

「ノクスちゃんも食べる?」

 

 純粋な目だった。

 

 あまりにも真っ直ぐで、あまりにも疑いがない。

 

 あなたは思わず額を押さえる。

 

 卑怯だ。

 

 世界は時々、アークより厄介な敵を用意してくる。

 

「……食べるよ」

 

「ほんと!?」

 

「うん」

 

 その瞬間、女の子の顔がぱっと明るくなった。

 

「じゃあ、がんばろうね!」

 

「……おう」

 

 母親に手を引かれながら、女の子は何度もこちらへ手を振る。

 

 その小さな背中を、あなたはしばらく見送っていた。

 

 魔法少女へ憧れる子ども。

 

 この世界では、それは珍しくもなんともない。

 

 誰かが戦って、誰かが傷ついて。

 

 そうして守られた平和の上で、子どもたちは魔法少女へ憧れる。

 

 それが、この世界の普通だった。

 

 でも。

 

 今のあの子は、ただピーマンを頑張って食べようとしている普通の子どもだった。

 

「……」

 

 胸の奥が、少しだけ柔らかくなる。

 

 すると隣で、ルミナがそっとピーマンの袋をカゴへ入れた。

 

「頑張りましょうね」

 

「……お前、ちょっと楽しんでるだろ」

 

「はい」

 

「認めた」

 

 ステラが、こっそりグミを一つカゴへ入れる。

 

「ノクスちゃんのピーマン記念日だね!」

 

「嫌な記念日作るな」

 

 プリンが静かに告げた。

 

「本日の夕食、ピーマン肉詰めで確定しました」

 

「確定するな」

 

「確定です」

 

 あなたは深くため息を吐く。

 

 でも、不思議と嫌ではなかった。

 

 野菜売り場で騒いで。

 夕飯の献立で揉めて。

 子どもに励まされて。

 ルミナが隣にいて。

 ステラが笑っていて。

 プリンが当然みたいにカートの中を監視している。

 

 なんでもない。

 

 本当に、なんでもない時間。

 

 でも。

 

 こういう時間を守りたいと思ってしまうくらいには、あなたはこの騒がしさへ慣れてしまっていた。

 

「……よし」

 

 あなたはカートを押し直す。

 

「次、肉売り場行くぞ」

 

「はい」

 

「お肉!」

 

「予算管理を開始します」

 

「プリン、お前ほんとに家計管理する気か……」

 

「家族ポジションなので」

 

「言い方!」

 

 ステラが笑う。

 

 ルミナも、静かに笑っている。

 

 あなたはその二人の間で、少しだけ肩の力を抜いた。

 

 今日の夜は、たぶん騒がしい。

 

 ピーマンは嫌だ。

 

 絶対嫌だ。

 

 でも。

 

 この三人で作って、この三人で食べる夕飯なら。

 

 世界がどれだけ相変わらずでも。

 

 街頭ビジョンが、どれだけ狂った拍手を流していても。

 

 その食卓の上だけは、きっと誰かを傷つけるための場所ではないから。

 

 まあ、少しくらいは。

 

 食べてやってもいいかもしれなかった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 買い物を終える頃には、外はすっかり夕暮れになっていた。

 

 自動ドアが開いた瞬間、昼間より少し冷たくなった風が頬を撫でる。

 

 オレンジ色の空。

 

 長く伸びた影。

 

 駅前へ続く通りには、仕事帰りらしい人々が増え始めていた。

 

「うわぁ、暗くなってきたねー」

 

 ステラが、買い物袋を抱えながら空を見上げる。

 

 夕焼けの光が、橙色の髪を柔らかく染めていた。

 

「ノクスちゃん、荷物持ちありがと!」

 

「お前が余計なもん買ったせいで増えてるんだけど」

 

「グミは必要経費です」

 

「どこの経費だよ」

 

「心!」

 

「雑すぎる」

 

 あなたはため息を吐きながら、両手の袋を持ち直した。

 

 肉。

 野菜。

 調味料。

 大量のお菓子。

 

 かなり重い。

 

 でも不思議と、嫌な重さではなかった。

 

「ノクス」

 

 隣から、ルミナが静かに声をかけてくる。

 

「重くないですか?」

 

「別に」

 

「持ちますか」

 

「いいよ。これくらい」

 

「……そうですか」

 

 ルミナは小さく頷いたあと、それでも少し気になるらしく、あなたの持っている袋へ視線を落としていた。

 

 その仕草が、妙に自然で。

 

 まるで、こうして隣を歩くことに慣れているみたいで。

 

「……」

 

 あなたはなんとなく視線を逸らした。

 

 すると。

 

「……ん?」

 

 横から、じーっと視線を感じた。

 

 ステラがこちらを見ている。

 

「どうした」

 

「えっ」

 

 びくっと肩が揺れる。

 

「な、なんでもないよ!?」

 

「いや絶対なんか見てただろ」

 

「み、見てない見てない!」

 

 ステラは慌てたように顔を逸らし、そのまま少しだけ歩幅を速めた。

 

 耳が赤い。

 

「……?」

 

 あなたが首を傾げると、少し前を歩いていたルミナが静かに言う。

 

「ステラ」

 

「ひゃい!?」

 

「挙動が不審です」

 

「ルミナちゃんまで!?」

 

「わかりやすいですね」

 

「うぅ……」

 

 ステラは顔を真っ赤にしたまま、買い物袋を抱え直した。

 

 さっきまで元気だったのに、今は妙に落ち着きがない。

 

 視線が合うたび、すぐ逸らされる。

 

 でも数秒後には、またこちらを見ている。

 

「……なんなんだあいつ」

 

「恋する乙女ですね」

 

「ルミナ!?」

 

「違うんですか?」

 

「ち、違わなくは……いや違っ――」

 

 途中で言葉が詰まる。

 

 さらに顔が赤くなる。

 

 あなたはますます意味がわからず、困惑した顔でステラを見るしかなかった。

 

 ステラはそんなあなたと目が合った瞬間、また慌てて前を向く。

 

「……もう、ノクスちゃん鈍い……」

 

「なんか言ったか?」

 

「言ってませんー!」

 

 声だけ大きかった。

 

 交差点を渡る。

 

 信号待ちの人混み。

 

 コンビニから漏れる音楽。

 

 遠くを走る電車の音。

 

 世界は今日も、当たり前みたいに動いていた。

 

 その中で。

 

「――わ、ルミナ様だ」

 

 小さな声が聞こえる。

 

 見ると、

 学生服姿の女の子たちがこちらを見ていた。

 

「ほんとだ……!」

 

「ステラちゃんもいる!」

 

「え、待って、ノクスちゃん!?」

 

 空気が一気に騒がしくなる。

 

 ステラが反射みたいに笑顔で手を振った。

 

「こんばんはー!」

 

「きゃー!!」

 

 歓声が上がる。

 

 ルミナも小さく会釈した。

 

 それだけで、女の子たちの顔が真っ赤になる。

 

「うわ、すご……」

 

 あなたが少し引く。

 

「お前らアイドルかよ」

 

「人気商売だからね!」

 

「魔法少女です」

 

「否定しろよそこは」

 

 でも。

 

 周囲の反応は、本当にアイドルを見るみたいだった。

 

 憧れ。

 尊敬。

 熱狂。

 

 街の広告モニターにも、魔法少女グッズの宣伝が流れている。

 

 期間限定コラボ。

 

 新作フィギュア。

 

 戦闘映像配信。

 

 全部、当たり前みたいに街へ溶け込んでいた。

 

「……」

 

 あなたは少しだけ、その光景を見る。

 

 魔法少女。

 

 命を削って戦う子どもたち。

 

 その戦いを、世界は消費する。

 

 楽しそうに。

 嬉しそうに。

 当然みたいに。

 

 前のあなたなら、きっとここで苛立っていた。

 

 こんなのはおかしいって。

 

 誰かが壊れながら守ってる世界を、娯楽みたいに眺めるなって。

 

 でも。

 

「ノクスちゃん?」

 

 ステラが不思議そうに顔を覗き込んでくる。

 

 オレンジ色の瞳。

 

 夕焼けみたいな色だった。

 

「ぼーっとしてる」

 

「……してない」

 

「してるよー」

 

 笑いながら言うくせに、その声は少しだけ柔らかかった。

 

 あなたの顔色を、気にしているみたいに。

 

「疲れた?」

 

「別に」

 

「ほんと?」

 

「ほんと」

 

 ステラは数秒だけ、じっとこちらを見る。

 

 それから、少し安心したみたいに笑った。

 

「ならよかった!」

 

 その笑顔を見ながら、あなたは小さく息を吐く。

 

 世界は相変わらずだ。

 

 きっと、これからも簡単には変わらない。

 

 狂ってる。

 歪んでる。

 嫌になるくらいに。

 

 でも、その世界の中。

 

 こうして誰かと並んで歩く時間まで、嫌いになりたくはなかった。

 

 駅前のモニターが、再び派手な音を鳴らす。

 

『次世代人気魔法少女ランキング、第一位は――』

 

「あっ、これこの前のやつ!」

 

 ステラが反応する。

 

「わたし三位だったんだよー!」

 

「十分すごいだろ」

 

「ルミナちゃん一位だもん」

 

「いつものことです」

 

「うわ出た」

 

「否定しないんだ……」

 

 ルミナは静かな顔のまま、少しだけこちらを見る。

 

「ノクスも、そのうち上がりますよ」

 

「嫌だよそんなランキング」

 

「えー、絶対人気出るって!」

 

「今でもかなりあります」

 

「いらない……」

 

 本気でうんざりした声が出た。

 

 するとステラが、少しだけ笑う。

 

「でもさ」

 

「ん?」

 

「ノクスちゃん、最近ちょっと慣れてきたよね」

 

「何が」

 

「こういうの」

 

 ステラは、街を指差した。

 

 魔法少女の広告。

 笑う人たち。

 光るモニター。

 誰かの憧れ。

 誰かの日常。

 

「……」

 

 あなたは少しだけ黙る。

 

 慣れたくなんてなかった。

 

 本当は今でも、全部おかしいと思ってる。

 

 でも。

 

 隣で笑うステラを見て。

 静かに歩くルミナを見て。

 当たり前みたいに袋の中を監視しているプリンを見て。

 

 その全部を、失いたくないと思ってしまった。

 

 だから。

 

「……まあ」

 

 あなたは小さく笑う。

 

「少しだけな」

 

 その言葉を聞いて、ステラが嬉しそうに笑った。

 

 でも、その笑顔はどこか少しだけ安心したみたいでもあった。

 

 まるで、あなたがここへ残ってくれることを心のどこかで怖がっていたみたいに。

 

 夕暮れの街を、四人の影が並んで伸びていく。

 

 帰る場所がある。

 

 その事実だけで、今日の世界は少しだけ許せる気がした。




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