転生者がTS魔法少女になって頑張る話。   作:メルヘン侍

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続きです。


第二話 君たちと同じ夜に帰ってくる

 家へ帰り着いた頃には、外はもうすっかり夜になっていた。

 

 玄関のドアを開ける。

 

 ぱちり、と灯りが点く。

 

 静かだった部屋へ、一気に生活の音が流れ込んだ。

 

「ただいまー!」

 

 真っ先に飛び込んでいったステラの声が、リビングへ明るく響く。

 

 あなたは靴を脱ぎながら、小さく息を吐いた。

 

「……疲れた」

 

「荷物持ちお疲れ様です」

 

 ルミナが静かに言う。

 

 その声を聞くだけで、妙に肩の力が抜ける。

 

 後ろでは、プリンが当然みたいな顔でトートバッグから降りている。

 

「まずは食材の整理を推奨します」

 

「お前ほんとに家計管理する気なんだな……」

 

「家族ポジションなので」

 

「便利ワードだなぁ」

 

 ステラがけらけら笑いながら、スーパーの袋をキッチンへ運んでいく。

 

「よーし! 今日は私も料理頑張るからね!」

 

「やめろ」

 

「即答!?」

 

「台所が死ぬ」

 

「そんなに!?」

 

「前回フライパン燃やしかけただろ」

 

「ちょっと火力が強かっただけですー!」

 

「コンロ赤くなってたんだよ」

 

「熱意!」

 

「物理的に危険なんだよ」

 

 騒ぎながらリビングへ入る。

 

 冷蔵庫の音。

 テレビから流れる小さなニュース。

 買い物袋の擦れる音。

 

 そういう生活の音が、部屋の中へ少しずつ広がっていく。

 

 あなたはなんとなく、その空気を見回した。

 

 テーブル。

 ソファ。

 積まれたクッション。

 いつの間にか増えていたマグカップ。

 ルミナの私物。

 ステラが置いていったヘアゴム。

 プリン専用になりつつある座布団。

 

 少し前までは、こんな部屋じゃなかった。

 

 一人で、静か。

 必要最低限しか存在しなかった空間。

 

 でも今は違う。

 

 生活の跡が増えている。

 

 誰かがいる痕跡が、当たり前みたいに部屋へ残っていた。

 

「ノクス?」

 

 ルミナがこちらを見る。

 

「どうしました?」

 

「……いや」

 

 あなたは小さく笑った。

 

「なんでもない」

 

 ルミナは少しだけ不思議そうな顔をしたあと、静かに頷いた。

 

「では、作りましょうか」

 

「あいあいさー!」

 

 ステラが元気よく手を上げる。

 

「今日はピーマン肉詰め!」

 

「……」

 

 現実逃避したくなった。

 

「ノクス」

 

「はい」

 

「逃げない」

 

「まだ何もしてないだろ」

 

「顔が逃げてます」

 

「観察力高すぎない?」

 

 プリンが冷静に言う。

 

「契約者のピーマン耐性は依然として低水準です」

 

「言い方」

 

「改善には継続摂取が必要です」

 

「医療機関みたいに言うな」

 

 ルミナがエプロンを取り出す。

 

 白を基調にしたシンプルなものだった。

 

 それを慣れた手つきで身につける。

 

 その動作が妙に自然で、あなたは少しだけ視線に困った。

 

 似合いすぎている。

 

 生活感が。

 

「ノクス」

 

「……ん?」

 

「これ」

 

 差し出されたのは、あなた用のエプロンだった。

 

「俺も?」

 

「当然です」

 

「いや別にそのままでも」

 

「油跳ねますよ」

 

「……はい」

 

 受け取る。

 

 後ろでステラが、なぜかそわそわしていた。

 

「……」

 

「どうした?」

 

「えっ!?」

 

 びくっと肩が跳ねる。

 

「な、なんでもないよ!?」

 

「いや絶対なんかあるだろ」

 

「ないない!」

 

 ステラは慌てたように視線を逸らし、そのまま小さく呟いた。

 

「……なんか夫婦みたいだっただけで……」

 

「ん?」

 

「なんでもない!!」

 

 顔が真っ赤だった。

 

 ルミナが静かに言う。

 

「ステラ」

 

「ひゃい」

 

「わかりやすいですね」

 

「うぅ……」

 

 耳まで赤くなっている。

 

 あなただけが、意味がわからず困惑していた。

 

「……?」

 

「鈍いですね」

 

「なんで!?」

 

 理不尽だった。

 

 その間にも、ルミナは淡々と調理を始めている。

 

 野菜を洗い。

 まな板を用意し。

 包丁を握る。

 

 その手つきは静かで、無駄がなかった。

 

 とん、とん、とん。

 

 一定のリズムで響く包丁の音。

 

 雨音みたいだと、あなたはなんとなく思った。

 

「ノクス」

 

「ん」

 

「玉ねぎお願いします」

 

「了解」

 

 自然に隣へ立つ。

 袖が少し触れる。

 距離が近い。

 

 でもルミナは、もうそれを特別扱いしない。

 

 最初から当たり前だったみたいに、そこへいる。

 

「……」

 

 あなたは少しだけ、視線を逸らした。

 

 すると。

 

「よーし! 私も切る!」

 

 ステラが勢いよく包丁を持ち上げた。

 

「待て」

 

「え?」

 

「待て」

 

 嫌な予感しかしない。

 

 ルミナも静かに包丁を止めた。

 

「ステラ」

 

「はい」

 

「猫の手は覚えてますか」

 

「えっと……こう!」

 

 ぐしゃっと握る。

 

「違います」

 

「えぇ!?」

 

 数秒後。

 

「わっ」

 

「危なっ!?」

 

 包丁が変な方向へ滑った。

 

 あなたが反射で手を伸ばす。

 

「だから危ないって!」

 

「ご、ごめん!」

 

 慌てた拍子に、ステラの身体がこちらへぶつかった。

 

「っと」

 

「あっ……」

 

 一瞬、かなり近い距離になる。

 

 腕の中。

 

 目の前に、夕焼けみたいな橙色の瞳。

 

「…………」

 

 ステラの思考が止まった。

 

 顔が一気に赤くなる。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「~~~~っ!!」

 

 声にならない悲鳴を上げながら、ステラが後ろへ下がった。

 

「む、無理……!」

 

「なんで!?」

 

「ノクスちゃん距離近いよぉ!!」

 

「お前がぶつかってきたんだろ!?」

 

 ステラは真っ赤な顔のまま、しゃがみ込んでしまった。

 

 耳まで赤い。

 

 ルミナが静かにため息を吐く。

 

「重症ですね」

 

「ルミナちゃんが冷静すぎるよぉ……!!」

 

 あなたはますます意味がわからなかった。

 

 プリンだけが冷静に言う。

 

「ステラの心拍数が急上昇しています」

 

「実況するな」

 

「事実共有です」

 

「便利ワードにするなって言ってるだろ」

 

 キッチンの空気が、しばらく妙な感じになった。

 

 ステラはしゃがみ込んだまま、顔を押さえて動かない。

 

「……おーい」

 

「む、無理……」

 

「何が」

 

「今のは反則……」

 

「だから何が!?」

 

 あなたには本気で意味がわからなかった。

 

 ルミナはそんな二人を横目で見ながら、淡々とピーマンの下処理を進めている。

 

 とん、とん、とん。

 

 一定のリズム。

 

 静かな包丁の音が、騒がしい空気を少しだけ落ち着かせていく。

 

「ステラ」

 

「ひゃい……」

 

「立てますか」

 

「ちょっと待ってぇ……」

 

「重症ですね」

 

「ルミナちゃん絶対楽しんでる……」

 

「少し」

 

「認めたぁ……」

 

 あなたはため息を吐きながら、再び玉ねぎへ包丁を入れた。

 

 薄く均等に、慣れた手つきで刻んでいく。

 

 とん、とん、とん。

 

 まな板を叩く音が、静かなリズムで部屋へ広がっていた。

 

「……」

 

 その様子を、ステラがぼんやり見ている。

 

「ステラ?」

 

「ふぇっ」

 

 びくっと肩が揺れた。

 

「手、止まってますよ」

 

 ルミナが静かに指摘する。

 

「あっ、ご、ごめん!」

 

 慌ててひき肉を混ぜ始める。

 

 でも。

 

 視線はまた、少しだけあなたへ向いてしまう。

 

 知っている。

 

 ノクスが料理できることなんて、とっくの昔から知っていた。

 

 朝ごはんも。

 夜食も。

 

 自分が焦がした料理を、横から呆れた顔で修正されたこともある。

 

 だから、今さら驚くことなんてないはずなのに。

 

 包丁を握る横顔とか。

 少しまくった袖とか。

 手際よく動く指先とか。

 

 そういうものを改めて見ていると、胸の奥が妙に落ち着かなくなる。

 

「……ノクスちゃんってさ」

 

「ん?」

 

「なんか、そういうとこずるいよね……」

 

「何が?」

 

「そういうとこ」

 

「わからん」

 

「もう!」

 

 ステラは顔を赤くしたまま、ひき肉をぐしゃぐしゃ混ぜ始めた。

 

 あなたは意味がわからず首を傾げる。

 

 一方ルミナは、静かに状況を理解していた。

 

「重症ですね」

 

「ルミナちゃんは冷静すぎるんだってぇ……!」

 

 騒がしい。

 

 でも。

 

 その騒がしさが、妙に心地よかった。

 

 冷蔵庫の低い駆動音。

 鍋へ落ちる水の音。

 テレビから流れる夜のニュース。

 包丁の音。

 笑い声。

 

 生活の音が、少しずつ部屋へ満ちていく。

 

 少し前まで、この部屋はもっと静かだった。

 

 一人で。

 必要最低限しかなくて。

 誰の声もしなくて。

 

 でも今は違う。

 

 騒がしくて。

 落ち着かなくて。

 

 なのに不思議と、その全部が当たり前みたいに感じ始めている。

 

「ノクス」

 

「ん?」

 

 ルミナが、静かに皿を差し出してきた。

 

「味見してください」

 

 見ると、小さく切ったピーマンの肉詰めが一つだけ乗っていた。

 

「……」

 

 嫌な予感しかしない。

 

 ステラが期待した目でこちらを見る。

 

 プリンも見ている。

 

 逃げ場がなかった。

 

「……食べればいいんだろ」

 

「はい」

 

 あなたは観念して、小さく一口かじった。

 

 肉汁。

 甘い玉ねぎ。

 香ばしい焼き目。

 そして、思ったより苦くないピーマン。

 

「……あれ」

 

「どうですか?」

 

 ルミナが静かに尋ねる。

 

 あなたは数回咀嚼して、少しだけ目を瞬かせた。

 

「……普通に食える」

 

「ほんと!?」

 

 ステラがぱっと顔を輝かせる。

 

「やったぁ!」

 

 まるで自分のことみたいに、嬉しそうだった。

 

 ルミナも、ほんの少しだけ目を細める。

 

「よかったです」

 

「……お前らなぁ」

 

 あなたは小さく笑ってしまう。

 

 ピーマンなんて、昔から嫌いだった。

 

 でも。

 

 一人で食べる夕飯と。

 こうして誰かと騒ぎながら食べる夕飯では。

 

 同じ味でも、少し違うのかもしれなかった。

 

 じゅう、とフライパンの上で、最後の肉詰めが焼ける音がした。

 

 香ばしい匂いが、キッチンいっぱいに広がっていく。

 

「……お腹空いた」

 

 ステラが、テーブルへ突っ伏しながら呟く。

 

「さっきまでつまみ食いしてただろ」

 

「料理中のつまみ食いはノーカウントです」

 

「どこのルールだよ」

 

「心!」

 

「便利ワードにするな」

 

 あなたは皿へ料理を盛り付けていく。

 

 ピーマンの肉詰め。

 サラダ。

 スープ。

 炊きたての白米。

 

 湯気が、食卓の上でゆっくり揺れていた。

 

 ルミナが、静かに箸を並べていく。

 

 自然な手つきだった。

 

 まるで、ずっと前からここに住んでいたみたいに。

 

「ノクス」

 

「ん?」

 

「ご飯、よそいます」

 

「おー」

 

「私もやる!」

 

 ステラが勢いよく立ち上がる。

 

「やめとけ」

 

「なんで!?」

 

「前に茶碗から雪崩起きただろ」

 

「ちょっと多かっただけですー!」

 

「茶碗の限界超えてたんだよ」

 

 ステラがむぅっと頬を膨らませる。

 

 その横で、ルミナが静かに炊飯器を開けた。

 

 ふわり、と白い湯気が立ち上る。

 炊きたての匂い。

 温かい空気。

 

 それだけで、妙に腹が減る。

 

「……」

 

 あなたは、並び始めた皿をぼんやり見た。

 

 三人分。

 それと一匹。

 

 当たり前みたいに並んでいる。

 

 少し前まで、この部屋の食卓に並ぶ皿は一つだった。

 

 適当にコンビニ飯を置いて。

 動画でも流して。

 黙ったまま食べるだけの夜。

 

 それが普通だった。

 

 でも今は違う。

 

「ノクスちゃん?」

 

 ステラが不思議そうに顔を覗き込んでくる。

 

「またぼーっとしてる」

 

「……してない」

 

「してるよー」

 

 笑いながら、ステラがあなたの袖を軽く引っ張った。

 

「ほら、座ろ?」

 

「……ん」

 

 椅子へ座る。

 向かいにはステラ。

 隣にはルミナ。

 

 当然みたいな顔で、プリンが自分用の座布団へ座っている。

 

「なんでお前そんな自然に席あるんだよ」

 

「家族ポジションなので」

 

「万能ワードか?」

 

「便利ですね」

 

「自覚あるんだ……」

 

 ステラが笑う。

 

 ルミナも、小さく笑っていた。

 

 その空気が、妙に柔らかかった。

 

「では」

 

 ルミナが静かに手を合わせる。

 

「いただきます」

 

「いただきまーす!」

 

 ステラも続く。

 

 あなたは少し遅れて、小さく息を吐いた。

 

「……いただきます」

 

 その言葉が、不思議なくらい胸へ残った。

 

 一人で食べていた頃は、こんな挨拶ほとんどしなかった。

 

 言う相手がいなかったから。

 

 でも今は、その一言を返してくれる誰かがいる。

 

「……」

 

 あなたは箸を取り、ピーマンの肉詰めを見下ろす。

 

 やっぱりまだちょっと嫌だ。

 

 すると。

 

「……ノクスちゃん」

 

 ステラが期待した目でこちらを見る。

 

「食べれる?」

 

「圧かけるな」

 

「がんばって!」

 

「軽いんだよな圧が」

 

 ルミナが静かに言う。

 

「ノクス」

 

「はい」

 

「逃げない」

 

「食卓で逃げるわけないだろ」

 

「顔が逃げてます」

 

「なんでわかるんだよ」

 

 プリンが淡々と告げる。

 

「ノクスは現在、ピーマンへの恐怖心と戦っています」

 

「実況するな」

 

「事実共有です」

 

「だから便利ワードするなって」

 

 ステラが、堪えきれず吹き出した。

 

「ふふっ」

 

「笑うなよ」

 

「だってノクスちゃんほんとに嫌そうで……」

 

「嫌だからな」

 

「でもちゃんと食べるんだ?」

 

「……約束したし」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 ステラが、ほんの少しだけ目を丸くした。

 

「……」

 

「?」

 

「……えへへ」

 

「なんだよ」

 

「なんでもない」

 

 嬉しそうだった。

 

 どうしてそんな顔をするのか、あなたにはよくわからない。

 

 でも。

 

 その笑顔を見ると、悪い気はしなかった。

 

 あなたは観念して、ピーマンの肉詰めを口へ運ぶ。

 

 肉汁。

 甘い玉ねぎ。

 香ばしい焼き目。

 そして、やっぱり少しだけ残るピーマンの風味。

 

「……」

 

「ど、どう?」

 

 ステラが身を乗り出す。

 

 ルミナも静かにこちらを見る。

 

 あなたは数回咀嚼して、それから小さく肩をすくめた。

 

「……まあ、食える」

 

「やったぁ!」

 

 ステラがぱっと笑う。

 

 本当に嬉しそうだった。

 

 ルミナも、静かに目を細める。

 

「成功ですね」

 

「お前ら、そんな達成感ある?」

 

「あります!」

 

 ステラが即答した。

 

「ノクスちゃんの野菜克服は世界を救うレベルの偉業なので!」

 

「大袈裟すぎる」

 

「でも」

 

 ステラが、少しだけ柔らかい声で続ける。

 

「一緒に食べれるの、嬉しいから」

 

「……」

 

 一瞬。

 

 あなたの言葉が止まった。

 

 ステラは、言ったあとで自分でも恥ずかしくなったらしい。

 

「あっ、いやその、変な意味じゃなくて!」

 

「どんな意味だよ」

 

「うぅ……!」

 

 また顔が赤くなる。

 

 ルミナが静かにお茶を飲みながら言った。

 

「ステラ」

 

「ひゃい」

 

「わかりやすいですね」

 

「ルミナちゃんはほんとそういうとこ容赦ないよねぇ!?」

 

 食卓へ笑い声が広がる。

 

 温かかった。

 

 料理の湯気も。

 灯りも。

 誰かの声も。

 全部。

 

 こんな時間が、ずっと続けばいいと思ってしまうくらいには。

 

 あなたはもう、一人だった頃の静けさを思い出せなくなり始めていた。

 

 食卓の空気は、そのあともしばらく賑やかだった。

 

 ステラは「ノクスちゃんがピーマン食べた記念日!」とかいう謎の祝い方を始めるし。

 

 プリンは「継続摂取が重要です」と追加のピーマンを勧めてくるし。

 

 ルミナは静かな顔のまま、当然みたいにあなたの皿へサラダを追加してくる。

 

「待て」

 

「はい」

 

「なんで増えた」

 

「野菜不足なので」

 

「今ピーマン食べただろ」

 

「まだ不足しています」

 

「終わりが見えない」

 

 ステラがけらけら笑う。

 

「がんばれノクスちゃん!」

 

「お前も食え」

 

「食べてるもん!」

 

 ステラはぱくぱくとサラダを口へ運ぶ。

 

 ピーマンも普通に食べている。

 

 むしろ野菜自体は、そこまで嫌いではない。

 

「でもステラも子ども舌だろ」

 

「えっ」

 

「この前、抹茶アイス一口で死にそうな顔してたじゃん」

 

「うっ」

 

 動きが止まった。

 

「……だって美味しくなかった!」

 

「子どもか」

 

「ノクスちゃんにだけは言われたくない!」

 

「餡子もダメなんだっけ」

 

「うぅ……あれはなんか、口の中が重くなる感じするし……」

 

「語彙が子ども」

 

「むぅ……」

 

 ステラが頬を膨らませる。

 

 その顔が面白くて、あなたは少し笑ってしまった。

 

 すると。

 

「……」

 

 隣で、ルミナが静かに視線を逸らした。

 

「ん?」

 

「どうしたルミナ」

 

「いえ」

 

「なんか反応しただろ」

 

「……してません」

 

 明らかに怪しかった。

 

 ステラも気づいたらしく、じーっとルミナを見る。

 

「……ルミナちゃん」

 

「なんですか」

 

「もしかして苦手なものある?」

 

「ありません」

 

「今の間なんなの」

 

 数秒の沈黙。

 

 それからルミナが、静かに箸を置いた。

 

「……納豆は、少し」

 

「へぇ!?」

 

 あなたとステラの声が揃う。

 

 ルミナは少しだけ眉を寄せた。

 

「匂いが強いので……」

 

「意外すぎる」

 

「ルミナちゃんにも苦手なものあったんだ……!」

 

「あります」

 

 ルミナは静かな顔のまま続ける。

 

「なので、ノクスだけ責めるのは不公平でした」

 

「今さら!?」

 

「ですがピーマンは食べてください」

 

「結局そこは譲らないんだな……」

 

 ステラが吹き出す。

 

「ふふっ、なんか安心したぁ」

 

「何が」

 

「だってみんな苦手なのあるんだなーって」

 

 その言葉に、食卓の空気が少し柔らかくなる。

 

 完璧な魔法少女。

 太陽みたいな人気者。

 世界を嫌っていたあなた。

 

 でも、こうして食卓を囲んでいると、みんなただの普通の子どもみたいだった。

 

「ノクス」

 

「ん?」

 

 ルミナが静かにこちらを見る。

 

「最近、よく笑いますね」

 

「……そうか?」

 

「はい」

 

 ルミナは小さく頷いた。

 

「前は、もっと気を張ってそうでした」

 

「……」

 

 その言葉に、少しだけ空気が静かになる。

 

 ステラも、箸を止めてこちらを見た。

 

 あなたは数秒だけ黙って、それから小さく肩をすくめる。

 

「……まあ」

 

「慣れたんだろ」

 

「何にですか?」

 

 ルミナが静かに尋ねる。

 

 あなたは少しだけ考える。

 

 この部屋に。

 誰かの声があることに。

 帰ってきた時、灯りがついていることに。

 当たり前みたいに、隣へ誰かが座っていることに。

 

「……全部」

 

 小さく答える。

 

「……そっか」

 

 ステラが、少しだけ嬉しそうに笑った。

 

 その笑顔は、どこか安心したみたいでもあった。

 

 あなたがここへ慣れていくことを。

 この場所へ残ってくれることを。

 

 きっと、ずっと願っていたみたいに。

 

「ノクス」

 

 ルミナが、静かな声で名前を呼ぶ。

 

「ん?」

 

「おかわり、あります」

 

「急に現実的だな」

 

「成長期なので」

 

「誰が」

 

「全員です」

 

「プリンも?」

 

「可能性があります」

 

「便利だなお前」

 

 ステラが吹き出す。

 

「ふふっ、プリンちゃん最強だ……」

 

 笑い声が広がる。

 

 温かい。

 

 食卓も。

 部屋も。

 この空気そのものが。

 

 外の世界はきっと、今も相変わらずだった。

 

 どこかで警報が鳴っていて。

 どこかで誰かが戦っていて。

 誰かが傷ついている。

 

 それは変わらない。

 

 でも、少なくとも今だけは。

 この部屋の中だけは。

 

 そんなものから切り離されたみたいに、穏やかだった。

 

 ふと、あなたは向かい側を見る。

 

 ステラが笑っている。

 隣では、ルミナが静かにお茶を飲んでいる。

 プリンは当然みたいな顔で、小さくスープを飲んでいた。

 

「……」

 

 不思議だった。

 

 少し前まで、こんな未来は想像できなかった。

 

 誰かと食卓を囲んで。

 くだらない話をして。

 野菜で揉めて。

 笑って。

 

 そんな普通の夜を、自分が欲しいと思うなんて。

 

「ノクスちゃん?」

 

 ステラが首を傾げる。

 

「またぼーっとしてる」

 

「……してない」

 

「してるよー」

 

 笑いながら、ステラがこちらを見る。

 

 その笑顔を見ていると。

 

 この時間を壊したくないと、自然に思ってしまった。

 

 守りたい、と思った。

 

 世界のためとか。

 正義のためとか。

 

 そんな大きな理由じゃなくて。

 

 ただ、この食卓を。

 この笑い声を。

 

 失いたくなかった。

 

「……」

 

 あなたは小さく息を吐き、それから箸を持ち直す。

 

「……冷めるぞ」

 

「はーい!」

 

「はい」

 

「私は既に飲み終えました」

 

 三人の声が返ってくる。

 

 その当たり前みたいな返事が、どうしようもなく温かかった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 夕飯を食べ終わる頃には、時計の針はもう二十二時を回っていた。

 

 食器を洗い終えたキッチンには、まだ少しだけ温かい匂いが残っている。

 

 ソファでは、ステラが完全にだらけていた。

 

「もーうごけなーい……」

 

「さっきまで元気だっただろ」

 

「満腹になると人はダメになるんだよ……」

 

「初めて聞いた理論だな」

 

 あなたは呆れながら、冷蔵庫からアイスを取り出す。

 

 すると。

 

「!!」

 

 ソファの上で、ステラが勢いよく起き上がった。

 

「アイス!?」

 

「動いてるぞ」

 

「それは抹茶!?」

 

「違う」

 

「やったぁ!」

 

 満面の笑みだった。

 

 あなたは小さく笑いながら、バニラアイスを一つ放り投げる。

 

 ステラが慌てて受け取った。

 

「危なっ!?」

 

「反応いいな」

 

「アイスへの反射神経は最強なので!」

 

「誇るな」

 

 ルミナは、ソファの端で静かにお茶を飲んでいる。

 

 湯気が、淡く夜へ溶けていた。

 

「ルミナは食わないのか」

 

「今は大丈夫です」

 

「珍しいな」

 

「少し温かいものを飲みたい気分なので」

 

 あなたはちらりとマグカップを見る。

 

「……抹茶ラテ?」

 

「はい」

 

 ルミナが静かに頷く。

 

 その横で、ステラが露骨に顔をしかめた。

 

「うぇ……苦そう」

 

「お前ほんと抹茶ダメだな」

 

「だって苦いもん!」

 

「子どもか」

 

「ノクスちゃんにだけは言われたくない!」

 

「ピーマン」

 

「うっ」

 

 急所だった。

 

 ステラが悔しそうに唸る。

 

 ルミナはそんなやり取りを見ながら、小さく口元を緩めている。

 

「でもルミナちゃんは大人だよねぇ……」

 

「そうか?」

 

「抹茶飲めるし」

 

「納豆以外は」

 

「蒸し返すな」

 

 ルミナが静かに眉を寄せた。

 

 その反応が珍しくて、ステラが吹き出す。

 

「ふふっ、ルミナちゃんその顔かわいい」

 

「かわいくありません」

 

「してるしてる」

 

 完璧そうに見えて、ちゃんと苦手なものがある。

 

 その当たり前が、なんだか少しだけ嬉しかった。

 

「……」

 

 あなたがぼんやり見ていると、ルミナがこちらを見返した。

 

「どうしました?」

 

「いや別に」

 

「見ていました」

 

「見てない」

 

「見てました」

 

「観察力高すぎるだろお前」

 

 ルミナが少しだけ笑う。

 

 その瞬間。

 

「……」

 

 ステラがじっとこちらを見ていた。

 

「ん?」

 

「……」

 

「どうした」

 

「……なんでもない」

 

 そう言いながら、ステラは慌てたようにアイスを口へ運ぶ。

 

 でも数秒後には、またちらっとこちらを見る。

 

 視線が落ち着かない。

 

 本人も隠せていない。

 

「ステラ」

 

「ひゃい!?」

 

 ルミナが静かに名前を呼ぶ。

 

「わかりやすいですね」

 

「うぅ……!」

 

 ステラがソファへ顔を埋めた。

 

「やめてぇ……」

 

「何が?」

 

「ノクスちゃん鈍い……」

 

「悪口?」

 

「違うもん……」

 

 声が小さい。

 耳だけ赤い。

 

 あなたは意味がわからず、困惑した顔でステラを見る。

 

 すると。

 

 ぽすっ。

 

「……?」

 

 突然、肩へ軽い重みが乗った。

 

 見ると、ステラがあなたへもたれかかっていた。

 

「おい」

 

「……眠い」

 

「絶対誤魔化してるだろ」

 

「ねむいのー!」

 

 でも、離れない。

 

 肩へ預けられた体温が、じんわり近い。

 

 シャンプーの甘い匂い。

 柔らかい髪。

 

 あなたは妙に落ち着かなくなる。

 

「……」

 

 ルミナが、静かにその様子を見ていた。

 

 数秒。

 

 それから。

 

 すっ。

 

「うわっ」

 

 反対側へ、今度はルミナが静かにもたれかかってきた。

 

「お、おい」

 

「疲れました」

 

「絶対対抗しただろ今」

 

「気のせいです」

 

「気のせいじゃないだろ」

 

 両側が重い。

 

 しかも二人とも、離れる気配がない。

 

 ステラがむっとした声を出す。

 

「ルミナちゃんずるい……」

 

「ステラだけでは不公平です」

 

「そういう問題!?」

 

 プリンが、当然みたいな顔でソファの背もたれへ乗る。

 

「非常に安定した布陣です」

 

「布陣って言うな」

 

「家族感があります」

 

「そのワード便利すぎるだろ……」

 

 でも、否定できなかった。

 

 テレビでは、深夜のバラエティ番組が流れている。

 くだらない芸人のやり取り。

 笑い声。

 明るすぎるテロップ。

 

 そんな音を聞きながら、三人分の体温がすぐ近くにある。

 

「……」

 

 あなたは小さく息を吐いた。

 

 眠い。

 温かい。

 静かだ。

 

 ステラはもう、半分くらい寝かけている。

 

 肩へ頭を預けたまま、時々うとうとしていた。

 

「……ノクスちゃん」

 

「ん?」

 

「今日、楽しかったね」

 

 眠そうな声だった。

 

 でも、その言葉だけは妙にはっきり聞こえた。

 

「……まあな」

 

「えへへ……」

 

 嬉しそうに笑って、ステラの体重が少しだけこちらへ寄る。

 

 ルミナも静かに目を閉じていた。

 

 長い睫毛。

 穏やかな呼吸。

 戦場では絶対に見せない、無防備な顔。

 

「……」

 

 こんな時間が、ずっと続けばいいと思った。

 

 世界は相変わらずで。

 きっと明日も何かが壊れて。

 誰かが泣いて。

 

 でも、帰ってきた時この部屋に灯りがあって。

 「おかえり」と言ってくれる誰かがいて。

 こうして隣で眠そうに笑ってくれるなら。

 

 それだけで、また明日を戦える気がした。

 

「……ノクス」

 

 ルミナが、目を閉じたまま小さく呟く。

 

「ん」

 

「寝ないでください」

 

「お前も眠そうだろ」

 

「……まだ起きています」

 

 数秒後。

 

 こてん。

 

 ルミナの頭が、静かにあなたの肩へ落ちた。

 

「……寝てるじゃねぇか」

 

 小さく笑う。

 

 反対側では、ステラも完全に眠っていた。

 

 両側が温かい。

 重い。

 

 でも、嫌じゃなかった。

 

 プリンが、ソファの上で小さく揺れる。

 

「幸福指数が高水準です」

 

「まだその機能あったんだな……」

 

「あります」

 

「便利だなお前」

 

 あなたは小さく笑って、それから静かに目を閉じた。

 

 世界は、相変わらずだった。

 

 でも、この夜だけは。

 

 少しだけ優しかった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 ステラの寝息が聞こえる。

 

 反対側では、ルミナも静かに眠っていた。

 

 テレビはいつの間にか、深夜の通販番組へ変わっている。

 

 部屋の灯りも、少しだけ落としてあった。

 

「……」

 

 あなたはそっと身体を動かし、二人を起こさないように立ち上がる。

 

 毛布を持ってきて、先にステラへかけた。

 

「ん……」

 

 小さく身じろぎして、でも起きない。

 

 無防備な寝顔だった。

 

 戦っている時の、あの太陽みたいな笑顔じゃない。

 

 年相応の、ただの女の子の顔。

 

「……」

 

 ステラの手が、眠ったまま服の裾を掴んでいる。

 

 離したくないみたいに。

 

「……子どもかよ」

 

 小さく笑う。

 

 でも、振り払う気にはなれなかった。

 

 次に、ルミナへ毛布をかける。

 

 長い睫毛。

 静かな寝息。

 

 こちらは眠っている時ですら少し警戒しているみたいに、ほんの少しだけ眉が寄っていた。

 

「……お前、寝てても気を張ってんのかよ」

 

 返事はない。

 

 二人とも、本当に眠っている。

 

 静かな部屋だった。

 

 冷蔵庫の低い駆動音。

 時計の秒針。

 窓の外を走る車の音。

 

 生活の音だけが、夜の中で小さく続いている。

 

「……静かですね」

 

 ふいに、小さな声がした。

 

 見ると、プリンがソファの背もたれで揺れている。

 

「お前、起きてたのか」

 

「本来、睡眠は不要です」

 

「でも寝るよな」

 

「効率目的ではなく、趣味に近い行動です」

 

「お前ほんと変な生き物だな」

 

「ノクスほどではありません」

 

「言うようになったな」

 

 プリンが、少しだけ得意そうに揺れる。

 

 あなたは小さく笑った。

 

 それから、なんとなくプリンを見つめる。

 

 白い身体。

 小さな手。

 金色の瞳。

 

 最初に会った時は、もっと胡散臭い生き物だと思っていた。

 

 今でも割と胡散臭い。

 

 でも。

 

「……なあ」

 

「はい」

 

「お前、ほんと変なやつだよな」

 

「二回目です」

 

「大事なことだから」

 

「訂正を要求します」

 

「やだ」

 

 プリンが、少しだけ不満そうに揺れた。

 

 あなたはそのまま、ふいに手を伸ばす。

 

「……?」

 

 そのまま、プリンを持ち上げた。

 

「ノクス?」

 

「ん」

 

 胸元へ抱き寄せる。

 

 ふわふわしていて、温かい。

 

「……現在、状況を確認しています」

 

「どうだ」

 

「抱擁されています」

 

「正解」

 

「なぜですか」

 

「なんとなく」

 

「曖昧です」

 

 プリンの身体が、腕の中で小さく揺れる。

 

 金色の瞳が、ぱちぱち瞬いていた。

 

「……」

 

 あなたはそのまま、プリンの頭を撫でる。

 

 ゆっくり。

 何度も。

 

「……ノクス」

 

「ん?」

 

「普段より接触頻度が高いです」

 

「嫌か?」

 

「……」

 

 一瞬だけ、プリンが黙った。

 

 それから。

 

「嫌では、ありません」

 

「そっか」

 

 あなたは小さく笑う。

 

 そのまま、さらに撫でた。

 

 ぷるぷる揺れる。

 

「……」

 

「なんか照れてる?」

 

「否定します」

 

「でも揺れてるぞ」

 

「これは通常挙動です」

 

「へぇ」

 

「……」

 

 プリンが少しだけ、あなたから視線を逸らす。

 

 でも逃げない。

 

 抱き上げられたまま、大人しく撫でられている。

 

「なあプリン」

 

「はい」

 

「ありがとな」

 

「……?」

 

「お前がいなかったら、

 多分こうなってなかった」

 

 ステラとも。

 ルミナとも。

 

 こんなふうに笑って。

 こんなふうに帰ってきて。

 こんな夜を過ごすこともなかった。

 

「……」

 

 プリンは静かにこちらを見る。

 

 金色の瞳が、じっとあなたを映していた。

 

「私は、生きたかっただけです」

 

「それでもだよ」

 

 あなたはもう一度、プリンの頭を撫でる。

 

「大好きだぞ、プリン」

 

「…………」

 

 止まった。

 

 プリンの動きが、ぴたりと止まる。

 

「おーい」

 

「……現在、処理負荷が上昇しています」

 

「ははっ」

 

「急激な好意表現は推奨されません」

 

「なんで」

 

「……慣れていません」

 

 小さな声だった。

 

 プリンの身体が、腕の中でふるふる揺れている。

 

 照れていた。

 

 機械みたいな口調のくせに、わかりやすすぎるくらい照れていた。

 

「かわいいなぁ、お前」

 

「否定します」

 

「好きだぞ」

 

「再実行を確認」

 

「好き好き」

 

「連続入力は負荷が高いです」

 

「好き」

 

「……ノクス」

 

「ん?」

 

「ずるいです」

 

「何が」

 

「そのような言葉を、不意に使用するところです」

 

「褒めてる?」

 

「苦情です」

 

「どっちだよ」

 

 プリンは答えない。

 

 ただ、腕の中で小さく揺れながら。

 

 どこか困ったみたいに、でも少し嬉しそうにしていた。

 

 あなたはそんなプリンを見ながら、もう一度静かに撫でる。

 

 部屋は静かだった。

 

 ステラの寝息。

 ルミナの穏やかな呼吸。

 そして、腕の中で揺れる小さな温度。

 

 その全部を感じながら、あなたはゆっくり目を閉じる。

 

 帰ってきたいと思った。

 

 ただ、それだけだった。




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