転生者がTS魔法少女になって頑張る話。   作:メルヘン侍

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風邪回パート2です。


第四話 ただいまを覚えていく

「大丈夫じゃないです」

 

 ルミナの声は静かだった。

 

 けれど、その場にいた全員が動きを止めるくらいには、強かった。

 

「……ルミナ」

 

 ノクスはぼんやりした頭で苦笑しようとする。

 

 でも、うまく顔が動かない。

 

 熱い。

 呼吸が浅い。

 身体が妙に重かった。

 

 ルミナはそんなノクスを支えたまま、静かに言う。

 

「ステラ、冷たいタオルを」

 

「え、あ、うん!」

 

 ステラが慌てて立ち上がる。

 

「プリン、解熱剤をお願いします」

 

「了解しました」

 

 プリンがすぐに棚へ飛んでいく。

 

 その間にも、ルミナはノクスを支えていた。

 

「立てますか」

 

「……まぁ」

 

「嘘です」

 

「即答だなぁ……」

 

「歩けませんね?」

 

「…………ちょっと」

 

「運びます」

 

「いやそこまでは――」

 

 言い終わる前に、視界が揺れた。

 

「っ……」

 

 膝が崩れる。

 

 ルミナの腕が、すぐ背中を支えた。

 

 逃がさないみたいに。

 

「ノクス」

 

「……はい」

 

「限界です」

 

 静かな断定だった。

 

 ノクスは反論できなかった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 ベッドへ運ばれた頃には、熱はさらに上がっていた。

 

 額へ乗せられた冷たいタオルが気持ちいい。

 

 でも、すぐぬるくなる。

 

「うわぁ……ほんと熱い……」

 

 ステラが青い顔で呟いた。

 

 ベッド横へ座り込み、心配そうにノクスを覗き込む。

 

「ノクスちゃん、大丈夫……?」

 

「……大丈夫」

 

「全然説得力ないよぉ……!」

 

 半泣きみたいな声だった。

 

 一方、プリンは淡々と状態を確認している。

 

「高熱継続」

 

「疲労蓄積率上昇」

 

「魔力循環不安定」

 

「自己修復負荷、危険域付近です」

 

「危険域ってそんな軽く言う言葉!?」

 

「事実共有です」

 

「今それ聞きたくなかった!」

 

 ステラが頭を抱える。

 

 ルミナだけは静かだった。

 

 静かすぎた。

 

 氷枕を交換し、水を用意し、薬を飲ませる。

 

 全部、落ち着いた手つき。

 

 その静けさが逆に怖い。

 

「……ルミナ」

 

「なんですか」

 

「怒ってる?」

 

 ルミナの手が、一瞬だけ止まった。

 

「怒っています」

 

「だよなぁ……」

 

「かなり」

 

「すみません……」

 

 素直に謝るしかなかった。

 

 ルミナは冷たいタオルを絞り直しながら、小さく息を吐く。

 

「最近、明らかに無茶が増えていました」

 

「……まぁ」

 

「夜間巡回」

 

「単独討伐」

 

「長距離移動」

 

「睡眠不足」

 

 一つずつ並べられる。

 

 逃げ道がない。

 

「止めようと思えば、止められました」

 

 ぽつり、とルミナは静かに言った。

 

 ノクスが少し目を開く。

 

「……え」

 

「でも、止めませんでした」

 

 ステラも顔を上げる。

 

 ルミナは俯いたまま、濡れたタオルを折り直していた。

 

「最近、たくさん笑うようになっていたので」

 

 部屋が静かになる。

 

「だから、待ってたんです」

 

 ルミナの声は小さい。

 

 でも、はっきり聞こえた。

 

「ノクスが、自分から話してくれるのを」

 

「……」

 

 ノクスは何も言えなかった。

 

 ステラも黙っている。

 

 ルミナは続ける。

 

「無理に閉じ込めたくありませんでした」

 

「無理に止めたら、またどこかへ行ってしまいそうで」

 

 その言葉が、胸へ刺さった。

 

 ノクスは少しだけ目を伏せる。

 

「……ごめん」

 

 掠れた声。

 

 ルミナは小さく首を振った。

 

「謝ってほしいわけじゃありません」

 

「じゃあ、何」

 

 熱でぼんやりする頭のまま尋ねると。

 

 ルミナは静かに、ノクスを見た。

 

「頼ってください」

 

「……」

 

「怖いなら、怖いと言ってください」

 

「無理したいなら、止めます」

 

「苦しいなら、隠さないでください」

 

 青い瞳は、真っ直ぐだった。

 

 逃げ場なんてないくらいに。

 

「私たちは」

 

 ルミナの指先が、そっとノクスの髪へ触れる。

 

「そのために、ここにいるんですから」

 

 胸の奥が、また少し痛くなる。

 

 熱のせいじゃない。

 

 きっと。

 

 もっと別のものだった。

 

「……ノクスちゃん」

 

 隣で、ステラが小さく声を出す。

 

 見ると、ぎゅっと膝の上で手を握っていた。

 

「私もね」

 

「……?」

 

「最近、またちょっと暗い顔してるなーって思ってた」

 

 橙色の瞳が、少しだけ揺れる。

 

「でも、聞けなかった」

 

「聞いたら、どっか遠く行っちゃいそうで」

 

 ノクスは息を止めた。

 

 そんな風に思われていたなんて、知らなかった。

 

 いや、本当は少し分かっていたのかもしれない。

 

 自分はずっと。

 

 怖くなると、一人で戦おうとするから。

 

 痛い方へ逃げるから。

 

「だから……」

 

 ステラは少し笑おうとして。

 

 でも失敗した。

 

「倒れるまで無茶するのは、だめだよぉ……」

 

 泣きそうな声だった。

 

 ノクスは何も言えなかった。

 

 ただ、熱で重い瞼を少し伏せる。

 

 その時、プリンが静かにベッド横へ戻ってきた。

 

「解熱剤追加投与完了」

 

「水分補給も必要です」

 

「ノクス、起きられますか」

 

「……んー」

 

「無理そうですね」

 

「即判断するなよ……」

 

「事実共有です」

 

 いつもの声。

 

 でも今日は、少しだけ柔らかかった。

 

 プリンは小さく跳ねると、ノクスの枕元へ座った。

 

「ノクス」

 

「ん?」

 

「今回は、待ちすぎました」

 

 静かな声。

 

「次は、もっと早く止めます」

 

 ノクスはぼんやりしたまま、小さく笑った。

 

「……それは、ちょっと困るかも」

 

「困らせます」

 

「即答だなぁ……」

 

 部屋の空気が、少しだけ緩む。

 

 でもその温かさが、今のノクスには眩しかった。

 

 こんな風に心配されることへ。

 

 まだ、自分は慣れていなかった。

 

 薬が効き始めたのか、少しずつ身体が重くなっていく。

 

 熱はまだ高い。

 

 でも、さっきまでみたいな寒気は少し薄れていた。

 

「……眠そうですね」

 

 ルミナが静かに言った。

 

「ん……」

 

 ノクスはぼんやり頷く。

 

 瞼が重い。

 頭が回らない。

 いつの間にか、身体から力も抜けていた。

 

「寝てください」

 

「でも……」

 

「却下です」

 

 即答だった。

 

「今のノクスに発言権はありません」

 

「横暴だ……」

 

「病人なので」

 

 ルミナは静かに毛布を整える。

 

 その手つきが、妙に優しかった。

 

 ノクスはぼんやりそれを見上げる。

 

「……ルミナ」

 

「なんですか」

 

「近い」

 

「看病中です」

 

「そうだけど……」

 

 熱のせいか、距離感がおかしくなる。

 

 ルミナの冷たい指が額へ触れるたび、少し安心してしまう自分がいた。

 

 それがまた、怖い。

 

「ノクスちゃん!」

 

 突然、ステラが勢いよく立ち上がった。

 

「私もなんかする!」

 

「静かにしてください」

 

「はい!」

 

 即座に座り直す。

 

 でも数秒後。

 

「……お粥、とか?」

 

 ルミナとプリンが同時に黙った。

 

 嫌な沈黙だった。

 

「な、なにその反応!?」

 

 プリンが静かに告げる。

 

「危険を検知しました」

 

「ひどい!?」

 

「前回、鍋が一つ犠牲になっています」

 

「事故だから!」

 

「爆発でした」

 

「言い方!」

 

 ノクスは熱でぼんやりした頭のまま、小さく笑った。

 

 うるさい。

 騒がしい。

 

 でも、その声を聞いていると不思議と安心してしまう。

 

「……ノクス?」

 

 ルミナの声。

 

「……いや」

 

 ノクスは重い瞼を閉じながら、小さく呟く。

 

「なんか、安心するなって……」

 

 一瞬、部屋が静かになった。

 

 ステラが固まる。

 ルミナの手も止まる。

 プリンだけが静かに瞬いた。

 

「……熱でも変わらないですね」

 

「うるさ……」

 

 もう反論する気力もない。

 

 眠気が深くなる。

 意識が沈む。

 

 最後に感じたのは、ルミナの指がそっと髪を撫でる感触だった。

 

 ノクスの呼吸がゆっくり落ち着いていく。

 

 眠ったらしい。

 

 ステラは小さく息を吐いた。

 

「……びっくりしたぁ」

 

 その声はまだ少し震えていた。

 

 ルミナはノクスの額のタオルを替えながら、小さく頷く。

 

「かなり無理をしていましたから」

 

「最近ずっと変だったもんね……」

 

「はい」

 

 ステラはベッドの端を見つめる。

 

 眠っているノクス。

 

 苦しそうな呼吸。

 赤い顔。

 普段なら絶対見せない弱った姿。

 

「……なんかさ」

 

 ステラがぽつりと言う。

 

「ノクスちゃんって、壊れるまで止まんないよね」

 

 ルミナの手が少し止まった。

 

 プリンが静かに答える。

 

「自身の損傷へ慣れすぎています」

 

「そうだね……」

 

 ステラが小さく顔をしかめる。

 

 ルミナは静かにノクスの髪を整えた。

 

「だから、止める側が必要なんです」

 

 その声は、どこか自分へ言い聞かせるみたいだった。

 

 ステラは少しだけ黙る。

 

 それから。

 

「……じゃあ、私お粥作る」

 

 真剣な顔で言った。

 

 ルミナとプリンが同時に顔を上げる。

 

「ステラ」

 

「待ってください」

 

「なんで二人ともそんな顔するの!?」

 

 ステラが抗議する。

 

「今回は本気だから!」

 

「前回も同じことを言っていました」

 

「今回はもっと本気!」

 

「危険度上昇を確認」

 

「プリンちゃん失礼すぎる!」

 

 ルミナは小さくため息を吐いた。

 

 でも、その目は少しだけ柔らかい。

 

「……分かりました」

 

「えっ、いいの!?」

 

「ただし、私も一緒に行きます」

 

「監視!?」

 

「安全確保です」

 

 ステラがむっと頬を膨らませる。

 

 そのやり取りを背中で聞きながら、プリンは静かにノクスを見上げていた。

 

 眠っている。

 

 ようやく、少しだけ安心したみたいに。

 

 プリンは小さく瞬く。

 

 それから。

 

「……お粥の炭化だけは阻止します」

 

 静かにそう呟いて、二人の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 お粥は、最終的に“なんとか食べ物”くらいの状態で完成した。

 

「……本当に大丈夫ですかこれ」

 

 ルミナが鍋を見ながら静かに言う。

 

「だ、大丈夫だって!」

 

 ステラが胸を張る。

 

「今回はちゃんと白いし!」

 

「“今回は”という時点で不安です」

 

「プリンちゃん今日ずっと辛辣!」

 

 ステラが抗議する。

 

 でも、その声は少しだけ明るかった。

 

 さっきまでみたいな、不安を押し殺した感じではない。

 

 ルミナは小さく息を吐く。

 

「持っていきましょう」

 

 三人で部屋へ戻る。

 

 部屋の中は静かだった。

 

 ノクスはまだ眠っている。

 

 熱のせいか、呼吸は少し浅い。

 赤くなった頬。

 額へ乗せられたタオル。

 乱れた呼吸。

 

 普段なら絶対見せない弱った姿だった。

 

「……まだ熱いですね」

 

 ルミナが額へ触れる。

 

 ステラも不安そうに覗き込んだ。

 

「起こす?」

 

「少しだけ食べさせたいです」

 

 ルミナは静かに頷く。

 

「水分も必要なので」

 

 そして、そっと名前を呼ぶ。

 

「ノクス」

 

「……ん」

 

「少し起きられますか」

 

 反応は遅かった。

 

 でも、ゆっくり瞼が開く。

 

 ぼやけた赤い目が、数秒遅れて三人を映した。

 

「……ルミナ?」

 

「はい」

 

「ステラもいます」

 

「いるよー」

 

「プリンもいます」

 

「増えてる……」

 

 熱で頭が回っていないらしい。

 

 ノクスはぼんやり瞬きをしたあと、ふっと小さく息を吐く。

 

「……なんか、いい匂い」

 

 その瞬間。

 

 ステラが固まった。

 

「えっ」

 

「ほ、ほんと!?」

 

 プリンだけが静かに分析する。

 

「高熱による味覚変化の可能性があります」

 

「台無し!!」

 

 ステラが即座に叫ぶ。

 

 ノクスは小さく笑った。

 

 その笑い方がいつもよりずっと幼く見えて、ステラはまた言葉を失う。

 

「食べられますか?」

 

 ルミナが匙を持つ。

 

 ノクスはぼんやりそれを見る。

 

「……自分で食べる」

 

「却下です」

 

「即答……」

 

「病人なので」

 

 完全に看病モードだった。

 

 ルミナは少し冷ましたお粥を掬う。

 

「熱いので気をつけてください」

 

「ん……」

 

 ノクスは大人しく口を開けた。

 

 飲み込む。

 

 少しだけ沈黙。

 

 ステラが緊張した顔で見つめていた。

 

「……どうですか」

 

 恐る恐る聞く。

 

 ノクスはぼんやりしたまま、小さく呟いた。

 

「……うまい」

 

「っ……!」

 

 ステラが両手で顔を押さえた。

 

「ほ、ほんと!?」

 

「ん……」

 

 熱のせいか、警戒心が薄い。

 

 その無防備さが余計に破壊力高かった。

 

「なんか今日ずるくない!?」

 

「熱で弱っています。無防備です」

 

「プリンちゃん解説やめて!」

 

 ステラが真っ赤なまま叫ぶ。

 

 ノクスはその声を聞きながら、また少し笑った。

 

 騒がしい。

 

 でも、不思議と落ち着く。

 

 熱で重い意識の中で、ノクスはぼんやり思う。

 

 ああ、ちゃんと帰ってきてしまったんだな。

 

 こんな風に、待たれている場所へ。

 

 ノクスはもう一口、お粥を飲み込む。

 

 それだけで少し疲れたみたいに、重く息を吐いた。

 

「……もういいです」

 

 ルミナが静かに匙を置く。

 

「これ以上は、また後で」

 

「ん……」

 

 ノクスは素直に頷いた。

 

 熱のせいか、反抗する元気もないらしい。

 

 そのまま、ぼんやりとルミナを見る。

 

「……ルミナ」

 

「なんですか」

 

「まだ怒ってる?」

 

 一瞬、ステラが固まる。

 

 ルミナは少しだけ目を細めた。

 

「怒っています」

 

「だよなぁ……」

 

「かなり」

 

「……ごめん」

 

 素直な謝罪。

 

 それがいつもより弱々しくて、ルミナは少しだけ視線を逸らした。

 

「でも」

 

 静かな声。

 

「今は、ちゃんと寝てください」

 

 ノクスはぼんやり頷く。

 

 瞼がもう限界みたいに重そうだった。

 

「……みんな、いる?」

 

 その言葉に、部屋が一瞬静かになる。

 

 熱で弱っているだけ。

 

 分かっている。

 

 でもその確認が、どうしようもなく不安そうだった。

 

 ルミナはそっと、ノクスの髪を撫でる。

 

「います」

 

 ステラも慌てて頷いた。

 

「いるよ!」

 

 プリンも小さく跳ねる。

 

「常駐しています」

 

 ノクスは小さく笑った。

 

 安心したみたいに。

 

「……そっか」

 

「行かないでね」

 

 それだけ言って、ゆっくり目を閉じる。

 

 今度はすぐに眠りへ落ちていった。

 

 静かな寝息、さっきより少しだけ穏やかな表情。

 

 ステラが小さく息を吐く。

 

「……なんか今日、ずるいね」

 

「はい」

 

 ルミナは静かに頷いた。

 

「かなり」

 

 その声は、少しだけ困っているみたいだった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 夜は静かだった。

 

 時計の針が、ゆっくり音を立てている。

 

 窓の外では街の灯りが揺れていた。

 

 遠くで警報が鳴った気がしたけれど、この部屋の中までは届かない。

 

 ノクスは浅い眠りの中で、小さく息を吐いた。

 

「……っ」

 

 熱い。

 でも寒い。

 身体が重い。

 

 夢と現実の境界が曖昧だった。

 

 誰かの声が聞こえる。

 

 近くで。

 

 静かに。

 

「……ノクス」

 

 冷たい指先が額へ触れた。

 

 気持ちいい。

 

 ぼんやり目を開ける。

 

 薄暗い視界の向こうに、青い髪が見えた。

 

「……ルミナ」

 

「はい」

 

 ルミナが小さく頷く。

 

 氷枕を交換していたらしい。

 

 冷たい感触が後頭部へ広がる。

 

「熱、まだ高いですね」

 

「ん……」

 

 うまく返事ができない。

 

 頭が回らない。

 

 でも、ルミナがいることだけは分かった。

 

 その安心感に、少しだけ息を吐く。

 

「……いた」

 

 一瞬、ルミナの手が止まる。

 

「いますよ」

 

 静かな声。

 

 ノクスはぼんやりその声を聞きながら、無意識に手を伸ばした。

 

 細い指を掴む。

 

 冷たい。

 

 でも、ちゃんとそこにいる。

 

「ノクス?」

 

「……行かないで」

 

 掠れた声だった。

 

 ルミナが少し目を見開く。

 

 熱のせいなのは、分かっている。

 

 でも、その声があまりにも不安そうでルミナはすぐに手を握り返した。

 

「行きません」

 

「……ほんと?」

 

「はい」

 

 ノクスは少しだけ力を抜く。

 

 そのまま、子供みたいに離さない。

 

 ルミナは困ったように目を伏せた。

 

「……熱で甘えていますね」

 

「うるさ……」

 

 反論が弱い。

 

 いつものノクスなら絶対言わないことを、今日はぽろぽろ零していく。

 

 それがルミナには危なかった。

 

「寒い……」

 

 小さな声に、ルミナは一瞬だけ動きを止める。

 

 毛布はちゃんとかかっている。

 暖房もついている。

 

 でも、熱が高い時特有の寒気なのだろう。

 

 ノクスは薄く震えていた。

 

「……」

 

 ルミナは少しだけ迷って。

 

 それから静かにベッドへ腰を下ろした。

 

「少しだけですよ」

 

「ん……」

 

 毛布を持ち上げ、隣へ入る。

 

 ノクスの身体がすぐ近くなる。

 

 熱い。

 本当に熱い。

 

 でも、その熱が少しだけ震えていた。

 

 ルミナはそっとノクスを抱き寄せる。

 

 背中へ腕を回す。

 

「……あったかい」

 

 安心したみたいに、ノクスが小さく息を吐いた。

 

 その声が近すぎて、ルミナの心臓が少し跳ねる。

 

「……寝てください」

 

「ん……」

 

 返事は素直だった。

 

 でも、ノクスはまだルミナの服を少し掴んだままだった。

 

 離れるなと言うみたいに。

 

「……なくなるの、やだ」

 

 ぽつり、と。

 

 熱に溶けた声が落ちる。

 

 ルミナの呼吸が止まる。

 

「みんな、いなくなる……」

 

「帰れなくなる……」

 

 ノクスは目を閉じたまま、小さく呟いていた。

 

 夢の中の声。

 

 でもきっと、本音。

 

 ルミナは静かに目を伏せる。

 

「……この人」

 

 小さく呟く。

 

「幸せだから、怖くなってたんですね」

 

 抱き寄せた身体はまだ熱い。

 

 でも、こうしていると少しだけ安心したみたいに力が抜けていた。

 

 ルミナはそっと、ノクスの髪を撫でる。

 

「大丈夫です」

 

 静かな声。

 

「ちゃんと、帰ってきてください」

 

「私たちは、ここにいますから」

 

 ノクスは返事をしなかった。

 

 でも、掴んでいた服の力が少しだけ緩む。

 

 安心したみたいに。

 

 その時、廊下の向こうで小さく物音がした。

 

 ルミナが顔を上げる。

 

 少しだけ開いた扉の隙間。

 

 そこに、ステラが立っていた。

 

「……っ」

 

 完全に固まっている。

 

 顔が真っ赤だった。

 

 ルミナも数秒遅れて現状を理解する。

 

 同じベッド。

 抱き寄せている。

 距離、ゼロ。

 

「…………」

 

 沈黙。

 

 ステラの肩がぷるぷる震える。

 

「ご、ごめん!」

 

 小声で叫ぶ。

 

「なんか水替えようと思って!」

 

「違うからね!?」

 

 最後だけ少し大きかった。

 

 ルミナが慌てて口を押さえる。

 

「静かにしてください!」

 

「だ、だって今のは無理でしょ!?」

 

「違います!」

 

「何が!?」

 

「看病です!」

 

「看病でその距離になる!?」

 

 小声なのに騒がしい。

 

「……ステラ?」

 

 三人とも固まった。

 

 ノクスが薄く目を開けていた。

 

 熱でぼんやりしたまま、扉の方を見る。

 

「……いる」

 

「い、いるよ!?」

 

 ステラが慌ててベッド横へ来る。

 

 するとノクスは少し安心したみたいに笑った。

 

「……よかった」

 

 その顔が、あまりにも無防備だった。

 

 ステラは一瞬で黙る。

 

 胸の奥がきゅっとなる。

 

 ノクスはそのまま、ぼんやり呟いた。

 

「みんないる……」

 

 嬉しそうだった。

 

 安心したみたいに。

 

 それが逆に、二人には少し苦しかった。

 

 この人は今まで。

 

 どれだけ一人で怖がっていたんだろう、と。

 

 どれだけ一人で怖がっていたんだろう、と。

 

 ステラはそっとベッド横へ座った。

 

 ノクスはぼんやりその姿を見る。

 

 熱で焦点が合っていない。

 

 でも、ちゃんと“そこにいる”ことだけ確認するみたいに。

 

「……ステラ」

 

「な、なに?」

 

「どっか行く?」

 

「行かないよ!?」

 

 即答だった。

 

 ノクスは少しだけ安心したみたいに目を細める。

 

「……ほんと?」

 

 その声が、あまりにも弱い。

 

 ルミナもステラも、何も言えなくなる。

 

 ノクスは熱で朦朧としたまま、小さく呟いた。

 

「気づいたら、いなくなるから」

 

 その瞬間だけ。

 

 ノクスの目が、どこか別の場所を見ていた。

 

 今じゃない。

 

 この部屋じゃない。

 

 もっと遠く。

 

 何かを失くした夜を見るみたいに。

 

 その言葉は、重かった。

 

 ステラがぎゅっと唇を噛む。

 

 ルミナは静かにノクスの髪を撫でた。

 

「私たちは、勝手にいなくなったりしません」

 

「……ん」

 

「だから、ちゃんと帰ってきてください」

 

 ノクスは返事をしなかった。

 

 代わりに、無意識みたいに二人の服を少し掴む。

 

 離れないように。

 置いていかれないように。

 

 その弱々しい仕草に、ステラが完全に耐えられなくなる。

 

「……ずるい」

 

「こんなの反則じゃん……」

 

 顔を隠しながら呟く。

 

 ルミナも何も言えない。

 

 言葉にしたら、多分、自分も壊れる。

 

 だから代わりに、そっとノクスを抱き寄せた。

 

 今だけは、ちゃんとここにいると伝わるように。

 

 しばらくして、ノクスの呼吸が少しずつ落ち着いていく。

 

 掴んでいた服の力も弱くなる。

 

「……寝た?」

 

 ステラが小声で聞く。

 

 ルミナはノクスの額へ触れて、小さく頷いた。

 

「多分」

 

「よかったぁ……」

 

 ステラが力を抜く。

 

 でも、その視線はまだノクスから離れなかった。

 

「……ねぇ」

 

「なんですか」

 

「ノクスちゃんってさ」

 

 ステラは少しだけ迷って。

 

 それから、小さく言った。

 

「ずっと、一人で怖がってたのかな」

 

 ルミナは答えなかった。

 

 代わりに、眠っているノクスを静かに見つめる。

 

 熱で赤くなった顔。

 苦しそうな呼吸。

 

 それでも、今は少しだけ安心したみたいな寝顔。

 

「……多分」

 

 小さな声。

 

「一人でいる方が、慣れていたんだと思います」

 

 ステラは胸の奥が少し苦しくなる。

 

 ノクスは、強い。

 

 誰かを守る。

 無茶をする。

 平気そうに笑う。

 

 でも、本当は。

 

 一番、“失うこと”を怖がっていた。

 

「……ばかだなぁ」

 

 ステラは小さく呟く。

 

「一人で怖がってる方が、もっと怖いのに」

 

 その言葉に、ルミナは少しだけ目を伏せた。

 

「誰かといる方が痛くても、一人よりずっと温かい」

 

「教えてくれたのは、あなたなのに」

 

 部屋の中は静かだった。

 

 時計の音だけが、ゆっくり夜を刻んでいる。

 

 ノクスは眠っている。

 

 でもその手だけは、まだ少しだけルミナの服を掴んだままだった。

 

 ルミナはそっと、ノクスの手を外そうとする。

 

「……ん」

 

 弱く力が入る。

 

 離さないみたいに。

 

 ステラが思わず吹き出しそうになる。

 

「だ、だめだこれ……」

 

「完全に甘えモードだ……」

 

「静かにしてください」

 

 そう言いながら、ルミナの声も少しだけ弱かった。

 

 結局、ノクスが深く眠るまで二人ともベッドの横から動けなかった。

 

 しばらくして、ようやく呼吸が穏やかになる。

 

 熱も少しだけ下がり始めていた。

 

 プリンが静かに告げる。

 

「睡眠状態、安定しました」

 

 ルミナが小さく息を吐く。

 

「……リビングへ行きましょう」

 

 ステラは最後にもう一度だけ、眠るノクスを見る。

 

 そして、小さく呟く。

 

「ほんと、ずるいよね」

 

「弱ってる時だけ、こんなの」

 

 ルミナは何も答えなかった。

 

 ただ、静かにノクスの髪を撫でる。

 

 それから、二人は静かに部屋を後にした。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 リビングは薄暗かった。

 

 小さな間接照明だけが、静かに部屋を照らしている。

 

 さっきまで騒がしかった空気が嘘みたいだった。

 

 ステラはソファへ座るなり、大きく息を吐いた。

 

「はぁぁ……」

 

 そのままクッションへ顔を埋める。

 

「心臓に悪い……」

 

 ルミナは静かに水を飲む。

 

 プリンはテーブルの上へ乗った。

 

 しばらく、誰も喋らなかった。

 

 でも、沈黙の理由はみんな同じだった。

 

 ステラがぽつりと呟く。

 

「……ねぇ」

 

「なんですか」

 

「なんで止めなかったの?」

 

 その声は小さい。

 

 責めるというより。

 

 苦しそうだった。

 

「最近、絶対おかしかったじゃん」

 

「無茶してたし」

 

「顔もずっと疲れてたし」

 

 ステラはクッションを抱き締める。

 

「なのに私」

 

「またそのうち話してくれるかなって思っちゃって」

 

 ルミナは静かに目を伏せる。

 

 プリンだけが、小さく瞬いた。

 

「……止めました」

 

 静かな声だった。

 

 二人が顔を上げる。

 

 プリンは続けた。

 

「休息推奨」

 

「戦闘制限」

 

「睡眠要求」

 

「複数回実施済みです」

 

「でもノクスちゃん聞かないじゃん……」

 

「はい」

 

 即答だった。

 

 ステラが頭を抱える。

 

「だめじゃん……」

 

「頑固です」

 

「知ってる……」

 

 プリンは少しだけ沈黙した。

 

 それから。

 

「ですが」

 

「戦闘時の方が精神状態が安定していました」

 

 空気が止まる。

 

 ステラがゆっくり顔を上げる。

 

「……え?」

 

「最近、帰宅後に情緒不安定化を確認しています」

 

「滞在時間増加に比例して、単独戦闘回数も増加しました」

 

 ルミナが静かに目を閉じる。

 

 やっぱり、と言うみたいにプリンの金色の目が、静かに揺れる。

 

「“帰る場所”を怖がっていました」

 

 誰もすぐには言葉を返せなかった。

 

 時計の音だけが、小さく響く。

 

 ステラがゆっくり呟く。

 

「……なんで」

 

「そんなの、怖がるの」

 

 プリンは答えない。

 

 代わりに、ルミナが小さく息を吐いた。

 

「失うのが、怖くなったんです」

 

 静かな声。

 

「慣れてしまったら」

 

「壊れた時に、立てなくなるから」

 

 ステラは黙る。

 

 その感覚は、私が昔感じたものだ。

 

 大切なものが増えるほど、失う時は苦しくなる。

 

 だから先に距離を取る。

 

 先に壊れる。

 

 イグニスのように。

 

 ノクスは、多分ずっとそうしてきた。

 

「……ばかだなぁ」

 

 ステラが小さく呟く。

 

 泣きそうな声だった。

 

「一人で戦っても、怖いだけなのに」

 

 ルミナは静かに頷く。

 

「はい」

 

「だから、待っていたんです」

 

 ステラが顔を上げる。

 

 ルミナは少しだけ視線を落とした。

 

「無理に閉じ込めたくなかった」

 

「ちゃんと、自分から話してほしかったんです」

 

「……」

 

「最近、少し笑うようになっていたので」

 

 その声は、とても優しかった。

 

 でも同時に、少しだけ後悔しているみたいでもあった。

 

「待ちすぎました」

 

 プリンが静かに言う。

 

 二人がそちらを見る。

 

 プリンは小さく丸くなった。

 

「ノクスは、自身の損傷へ慣れすぎています」

 

「なので、“平気そう”に見える時間が長すぎました」

 

「……うん」

 

 ステラが小さく頷く。

 

 今日だってそうだった。

 

 笑って。

 誤魔化して。

 大丈夫って言って。

 

 そのまま倒れた。

 

「ですが私は」

 

 プリンが、少しだけ言葉を止める。

 

「この生活を、失いたくありませんでした」

 

 静かな沈黙が落ちた。

 

 ルミナが少し目を見開く。

 

 ステラも黙る。

 

 プリンは続けた。

 

「契約者が帰宅し」

 

「皆さんが騒がしくして」

 

「食事をして」

 

「休息する」

 

「その環境は、契約者の精神安定へ良好な影響を与えていました」

 

 いつもの分析みたいな口調。

 

 でも、最後だけ少し小さくなる。

 

「……それに私も、嫌ではありませんでした」

 

 ステラが少しだけ笑う。

 

「プリンちゃん、それ好きってことじゃん」

 

「近似値です」

 

「素直じゃないなぁ」

 

 その空気が少しだけ、重さを和らげた。

 

 でも、ルミナは静かに窓の外を見ていた。

 

「ノクスは」

 

 小さく呟く。

 

「まだ、自分が幸せになることへ慣れていないんです」

 

 その言葉が、静かな部屋へ落ちる。

 

 誰も否定しなかった。

 

 できなかった。

 

 だってさっき。

 

 熱に浮かされたノクスは、本気で怖がっていたから。

 

 “いなくならないで”と。

 

 “置いていかないで”と。

 

 小さな子供みたいに。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 目を開けた時。

 

 最初に見えたのは、白い天井だった。

 

「……ん」

 

 頭が重い。

 

 でも、昨日ほどじゃない。

 

 ぼんやり瞬きをすると、額の上で何かがずれた。

 

 冷たい。

 

 タオルだった。

 

「起きましたか」

 

 すぐ近くから声がする。

 

 視線を向けると、椅子へ座ったルミナが本を閉じていた。

 

 朝の光が青い髪へ落ちている。

 

「……ルミナ?」

 

「はい」

 

「今何時……」

 

「朝です」

 

「雑だな……」

 

 でも、そのやり取りをする元気は戻っていた。

 

 熱も少し下がっているらしい。

 

 身体はまだ重いけれど、昨日みたいな寒気はない。

 

「水、飲めますか」

 

「ん……」

 

 起き上がろうとして。

 

「っ……」

 

 少しふらつく。

 

 その瞬間、ルミナの手がすぐ背中を支えた。

 

「まだ安静です」

 

「……過保護」

 

「病人なので」

 

 即答だった。

 

 ノクスは苦笑する。

 

 そのままコップを受け取り、水を飲む。

 

 冷たくて気持ちいい。

 

「……生き返る」

 

「大袈裟です」

 

「いや割と本気」

 

 喉がかなり楽になった。

 

 そこでふと、ノクスは違和感に気づく。

 

「……なんか」

 

「みんな静かじゃない?」

 

 ルミナの動きが、一瞬だけ止まった。

 

「そうですか?」

 

「うん」

 

「なんか空気変」

 

 ルミナは視線を逸らした。

 

 怪しい。

 

 ノクスがじっと見ていると、扉の向こうからばたばた足音が聞こえる。

 

「ノクスちゃん起きた!?」

 

 勢いよくステラが飛び込んできた。

 

 そして。

 

「…………」

 

 目が合った瞬間、なぜか固まる。

 

「……?」

 

 ノクスが首を傾げる。

 

 ステラの顔が、じわじわ赤くなっていく。

 

「お、おはよ!」

 

「おはよ……?」

 

「熱下がった!?」

 

「まぁちょっと」

 

「そ、そっかぁ〜〜〜!」

 

 テンションがおかしい。

 

 ノクスはさらに怪訝な顔になる。

 

「……なんか変じゃない?」

 

「変じゃないよ!?」

 

「声裏返ってるけど」

 

「気のせい!!」

 

 全然気のせいじゃなかった。

 

 しかもルミナまで視線を逸らしている。

 

 なんだこれ。

 

「……プリン」

 

 ノクスは最後の良心へ助けを求める。

 

「何かあった?」

 

 プリンは静かに瞬いた。

 

「昨夜の記録を参照しますか?」

 

「えっ」

 

 嫌な予感がした。

 

 ステラがぶんぶん首を振る。

 

「だめだめだめ!」

 

「プリンちゃんそれはだめ!」

 

「何が!?」

 

 ノクスだけ状況が見えていない。

 

 プリンは静かに告げた。

 

「契約者は昨夜、複数回に渡り」

 

「“行かないで”」

 

「“みんないる?”」

 

「“いなくならないで”」

 

「等の発言を――」

 

「待って消して!!!!!」

 

 ノクスの顔が一瞬で赤くなる。

 

 熱じゃない。

 

 完全に羞恥だった。

 

 ステラが耐えきれず吹き出した。

 

「だ、だってノクスちゃんが!」

 

「めちゃくちゃしおらしくて!」

 

「うるさい!!」

 

「しかもルミナちゃんの服ずっと掴んで――」

 

「ステラ」

 

 ルミナが静かに止める。

 

 でも、そのルミナ自身も少しだけ耳が赤かった。

 

 ノクスは完全に固まる。

 

「…………え?」

 

 ゆっくりルミナを見る。

 

 ルミナは静かに視線を逸らした。

 

 否定しない。

 

「…………」

 

 数秒沈黙。

 

 そして。

 

「死にたい……」

 

 ノクスは布団を頭まで被った。

 

 ステラが爆笑する。

 

「だ、大丈夫だよ!」

 

「かわいかったから!」

 

「フォローになってない!!」

 

「事実共有です」

 

「プリンもやめろ!!」

 

 部屋が一気に騒がしくなる。

 

 でも、その騒がしさが不思議と嫌じゃない。

 

 布団の中で顔を隠しながら、ノクスは小さく息を吐く。

 

 恥ずかしい。

 

 穴があったら入りたい。

 

 でも昨日、自分が怖がっていたことだけは少し覚えていた。

 

 いなくなること。

 帰れなくなること。

 一人になること。

 

 その不安を。

 

 ちゃんと、受け止めてもらったことも。

 

「……ノクス」

 

 ルミナの静かな声。

 

 布団の端が少しだけ下ろされる。

 

 青い瞳が、真っ直ぐこちらを見ていた。

 

「次からは」

 

「倒れる前に、ちゃんと言ってください」

 

「……」

 

「心配、するので」

 

 その声は静かだった。

 

 でも、昨日よりずっと柔らかい。

 

 ノクスは少しだけ黙る。

 

 それから、小さく呟いた。

 

「……帰ってきても、いいのかな」

 

 一瞬、部屋が静かになった。

 

 ステラもプリンも、何も言わない。

 

 ルミナだけが、少し目を見開いていた。

 

 ノクスは布団を握ったまま、続ける。

 

「こういう場所」

 

「慣れてきて、急に怖くなった」

 

「なくなった時、立てなくなると思った」

 

 掠れた本音だった。

 

 でももう、誤魔化さなかった。

 

 ルミナは静かに息を吐く。

 

 それからそっと、ノクスの髪を撫でた。

 

「当たり前です」

 

 静かな声。

 

「ちゃんと帰ってきてください」

 

「何回でも」

 

 ノクスは何も言えなかった。

 

 胸の奥が、少し熱かった。

 

 熱のせいじゃない。

 

 多分、もっと別のものだ。

 

 ステラがにこっと笑う。

 

「あと今後は無茶禁止ね!」

 

「……善処します」

 

「絶対しないやつ!」

 

「事実確認」

 

「プリンちゃんまで!?」

 

 また部屋が騒がしくなる。

 

 ノクスはその声を聞きながら、小さく目を閉じた。

 

 帰る場所ができてしまった。

 

 それはやっぱり、少し怖い。

 

 でも、悪くないかもしれない。

 

 そう思えた。




評価・感想よろしくお願いいたします。

次回から四話ほどいちゃつく回を作ろうかなと思います。

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  • ノクス
  • ルミナ
  • ステラ
  • プリン
  • 秋葉
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