あなたは、ルミナを抱えたままゆっくり降下する。
夜風がスカートを揺らす。
そのたびに羞恥心が削れていく。
しかも今のあなたは、戦闘用エネルギー制御が完全に安定していなかった。
身体強化だけに抑える。
余計な演出は切る。
ハートとかキラキラとかを減らす。
そのつもりだった。
だったのに。
「なんでハート出るんだよぉぉ……!!」
あなたは半泣きで呟く。
足元で光粒が弾ける。
ぴこんっ、って音まで鳴る。
最悪だ。
降下軌道に沿って、ピンク色のハートエフェクトが尾を引いていた。
しかも無駄に綺麗。
夜景と相性がいい。
やめろ。
目立つ。
恥ずかしい。
プリンが肩の上で淡々と言う。
「感情出力が高いためです」
「感情でハート出すな!!」
「現在、保護欲求と緊張と羞恥が複雑に混線しています」
「分析するな!!」
あなたは叫ぶ。
だがその間も、ルミナは腕の中にいた。
驚くほど軽い。
戦っている時はあんなに大きく見えたのに。
今はただ、疲れ切った女の子だった。
あなたは思わず抱える腕に少し力を込める。
「っ……」
その瞬間。
ルミナの肩がぴくっと揺れた。
あなたは慌てる。
「わ、悪い! 痛かったか!?」
「ち、違っ……」
ルミナは顔を赤くしたまま視線を逸らす。
その反応で、あなたは初めて気づく。
……あ。
これ、完全にお姫様抱っこだ。
「……………………」
「……………………」
一瞬、空気が止まる。
ルミナの耳まで赤い。
あなたの脳内で警報が鳴る。
「す、すまん!! 他に持ち方わからなくて!!」
「い、いえ……その……」
ルミナがしどろもどろになる。
珍しかった。
あの“完璧なルミナ”が、完全にペースを崩している。
でもあなたはそれどころじゃない。
羞恥が限界突破している。
ハートはまだ出る。
降下のたびにキラキラする。
なぜか花びらまで混じり始めた。
「増えてる!! 演出増えてる!!」
プリンが冷静に言う。
「保護対象への意識が高まっています」
「黙れ!!」
ルミナはそのやり取りをぽかんと見ていた。
なんだろう、この子。
さっきまで戦場だったのに。
死ぬかもしれなかったのに。
なのに。
このピンクの魔法少女は、ずっと恥ずかしがっている。
でも、抱えている腕だけは、ずっと優しかった。
落とさないように。
傷に触れないように。
本当に大事そうに。
まるで壊れ物みたいに扱ってくれる。
そのことに気づいた瞬間。
ルミナの胸が、また変なふうに熱くなる。
「……あの」
「え!? ご、ごめんなんか揺れたか!? ハートか!? ハートなら俺も止めたい!!」
「違いますっ!」
思わず強めに返してしまう。
ルミナは自分でびっくりしたように目を丸くした。
ノクスも止まる。
数秒、沈黙。
そしてルミナは小さな声で言った。
「……その、助けてくれて、ありがとうございます」
夜風が吹く。
その瞬間。
あなたの身体から。
――ドバァッ!!
大量のハートエフェクトが噴き出した。
「うわあああああああああ!!?」
空がピンクに染まる。
最悪だった。
「な、なんで今ので爆発するんだよ!!」
あなたは半泣きで叫ぶ。
空中にハートが舞う。
キラキラが弾ける。
しかも一つ一つが妙に高品質だ。
無駄に輝度が高い。
やめろ。
本当にやめろ。
プリンが淡々と解説する。
「感謝による情動反応です」
「感情をエフェクト化するな!!」
「現在の契約構造では難しいですね」
「クソ仕様!!」
ルミナは思わず吹き出しそうになる。
でも笑ったら悪い気がして、慌てて口元を押さえた。
するとノクスがさらに焦る。
「笑うな!! 今のは不可抗力だ!!」
「わ、笑ってません……っ」
「絶対笑ってる!!」
顔が熱い。
恥ずかしい。
死ぬほど恥ずかしい。
しかも地上が近づいていた。
避難しきれていない人々が、こちらを見上げている。
「え、新しい魔法少女!?」
「かわいい!!」
「ピンクだ!!」
「ハート出てる!!」
「ルミナ抱えてる!?!?」
「見るなぁぁぁぁ!!」
あなたは反射的に叫ぶ。
だがその瞬間、着地制御が乱れた。
「うおっ」
バランスが崩れる。
ルミナの身体がぐらりと傾く。
あなたは咄嗟に抱き寄せた。
ぎゅっ、と。
「……っ」
ルミナの呼吸が止まる。
近い。
顔が近い。
青い瞳が目の前にある。
あなたは数秒固まって。
そして。
「うわああああ近い近い近い!!」
自分から抱き寄せたくせにパニックになる。
プリンが冷静に言う。
「騒音レベルが高いです」
「お前は黙ってろ!!」
そのまま、なんとか着地。
――ドンッ。
地面へ降り立つ。
衝撃が広がる。
ピンクの光がふわりと舞う。
ハートも舞う。
まだ出る。
止まらない。
「もう嫌だこの体質!!」
あなたは頭を抱える。
一方。
ルミナは地面へ降ろされても、少しぼんやりしていた。
ちゃんと降ろされた。
傷に響かないように。
ゆっくり、丁寧に。
まるで本当に大切に扱われたみたいに。
その感覚が、胸の奥に残っている。
ルミナは小さく自分の胸元を押さえる。
なんだろう、落ち着かない。
戦闘中なのに。
怖いはずなのに。
さっきまで死にかけていたのに。
なのに今、少しだけ安心している自分がいた。
ノクスはそんなこと知る由もなく、まだハートと戦っている。
「止まれ!! 頼むから止まれ!!」
ぴこーん。
また飛ぶ。
「増えたぁ!!」
半泣き。
ルミナはとうとう耐えきれず、小さく笑った。
「……ふふっ」
その声に、あなたが止まる。
ルミナは慌てて口元を押さえる。
「ご、ごめんなさい……」
「…………」
あなたは数秒黙った。
それから、少しだけ目を逸らして言う。
「……なら、まあ、よかった」
「え?」
「その顔のほうがいい」
言った瞬間。
あなたの背後で。
――ドゴォォォン!!!
過去最大級のハートエフェクトが炸裂した。
「うわあああああああああああ!!!」
夜空がピンクに染まった。
夜空が、完全にピンクだった。
ハート。
星。
謎のリボン光。
ついでにキラキラした粒子まで降っている。
もはや災害だ。
「なんなんですかあれ!?」
「新フォーム!?」
「追加戦士!?」
「かわいいー!!」
避難途中だった人々がざわつく。
スマホが一斉に向く。
撮影。
配信。
拡散。
最悪だった。
「やめろ見るな撮るなぁぁぁ!!」
あなたは頭を抱える。
でも。
その姿すら、なぜか“かわいい系魔法少女の照れ演出”みたいに見えてしまう。
終わっている。
プリンが静かに言った。
「世間評価は好意的です」
「知るか!!」
ルミナは肩を震わせていた。
笑いを堪えている。
でも完全には堪えきれていない。
「っ……ふ、ふふ……」
「笑うなって!!」
「だ、だって……っ」
ルミナは口元を押さえながら、それでも笑ってしまう。
こんなふうに笑ったの、いつぶりだろう。
戦闘中なのに。
アークはまだいるのに。
普通ならそんな余裕ないはずなのに。
目の前のピンクの魔法少女が、あまりにも必死で。
あまりにも変で。
そして、あまりにも“普通の子”みたいだった。
その時。
――ギィイイイイイイ!!
鳥型アークが咆哮する。
空気が震える。
黒い粒子が散る。
あなたの表情が変わった。
さっきまで羞恥で真っ赤だった顔から、一瞬で熱が引く。
ルミナはその変化に気づく。
ノクスが空を見上げる。
「……まだやる気かよ」
低い声。
先ほどまでとは違う。
怒っている。
明確に。
鳥型アークが翼を広げる。
空間が歪む。
ルミナは息を飲む。
「待って……あれ、さっきより出力が――」
強い。
さっきまでより明らかに。
まるで何かに反応しているみたいに。
プリンが小さく呟く。
「……観測されています」
「は?」
「こちらへの反応です」
あなたの眉が寄る。
「俺?」
「正確には“異常同期反応”」
「わかる言葉で言え」
「敵が興奮しています」
「最悪だな!?」
アークが急降下する。
速い。
ルミナが反射的に立ち上がろうとして、ふらついた。
「っ……!」
限界だ。
もうかなり消耗している。
それを見た瞬間。
あなたは前に出ていた。
自然に。
庇うみたいに。
「下がってろ」
ルミナが目を見開く。
「で、でも……!」
「今のお前、まともに飛べないだろ」
図星だった。
ルミナは言葉を詰まらせる。
悔しい。
でも、身体が言うことを聞かない。
あなたは空を見上げる。
怖い。
正直めちゃくちゃ怖い。
心臓がうるさい。
脚だって少し震えている。
でも、それ以上に。
目の前でボロボロになっていたルミナを、もう見たくなかった。
「プリン」
「はい」
「身体強化、最大」
「推奨しません。制御経験不足です」
「いいからやれ」
一拍。
それから。
「……了解です」
熱が走る。
身体の奥で、エネルギーが唸る。
ピンクの光が溢れ出す。
ハートが舞う。
「戦闘なのに演出がかわいいの腹立つな……!!」
「仕様です」
「クソ仕様!!」
あなたは地面を蹴る。
爆音。
アスファルトが砕ける。
その瞬間、ルミナの目が見開かれた。
「……え」
思わず声が漏れる。
速い。
第三世代である自分が見ても、明らかに異常な加速。
ピンクの軌跡が夜空を裂く。
そして、ノクスは真正面からアークへ突っ込んでいった。
魔法少女なら分かる。
これは異常だ。
魔力は本来、もっと繊細だ。
制御され、圧縮され、必要量だけ使う。
そうしないと身体が持たない。
だけど、あの子は違う。
漏れている。
制御しきれていない。
感情と一緒に、魔力がそのまま噴き出している。
なのに。
なのに――
「……なんで、まだ立ってるの」
ありえない。
今の出力量。
普通の魔法少女なら数秒で倒れる。
最悪、変身崩壊を起こす。
でもあなたは飛んでいる。
羞恥で叫びながら。
ハートを撒き散らしながら。
めちゃくちゃなのに。
出力だけが、異常だった。
空を染めるほどの魔力。
ルミナの肌が粟立つ。
魔法少女は、他者の“圧”を感覚で理解できる。
だから分かる。
このピンクの光。
可愛い。
ふわふわしてる。
ハートが飛んでる。
見た目は完全に可愛い系の魔法少女だ。
なのに、中身がおかしい。
重い。
深い。
底が見えない。
まるで。
巨大な何かを、無理やり人の形に押し込めているみたいな。
「……何者なの」
ルミナは呆然と呟く。
ノクスが空を裂く。
そのたび、ピンクの魔力が尾を引く。
街のガラスが淡く染まる。
雲までピンク色に照らされていた。
地上の人々は歓声を上げている。
「すげぇ……!」
「新型!?」
「ルミナの増援!?」
「かわいっ!!」
誰も気づいていない。
あの出力がどれだけ異常か。
気づけるのは魔法少女だけだ。
だからルミナは理解してしまう。
怖い。
少しだけ。
この子、本当に魔法少女なの?
その疑問が浮かぶ。
でも同時に。
ノクスの背中を見ていると、もっと強い感情が湧いてくる。
――助けに来てくれた。
自分のために。
あんな顔で。
あんな恥ずかしそうに。
あんな必死に。
それだけは、本物だった。
だからルミナは視線を離せない。
ピンクの光の中を飛ぶその姿を、ただ見つめていた。
*
夜空を、あなたは飛ぶ。
ピンクの光を撒き散らしながら。
「うわあああ恥っず……!!」
戦闘前なのに精神が削れる。
視界の端でハートが弾けるたびに死にたくなる。
でも、鳥型アークはそんなあなたを見て明らかに反応していた。
――ギィイイイイイ!!
黒い翼が震える。
空間が軋む。
まるで興奮しているみたいだった。
「なんでテンション上がってんだあいつ!?」
プリンがスカートの中から顔だけ出す。
「高密度エネルギー反応への捕食本能です」
「場所!! 出てくる場所考えろ!!」
「合理的収納位置です」
「やめろその言い方!!」
アークが突っ込んでくる。
「うおっ!?」
あなたは慌てて回避。
風圧が頬を裂く。
速い。
めちゃくちゃ速い。
「ちょ、待て待て待て!! 近い近い!!」
「右へ」
「え?」
「右です」
反射的に身体をひねる。
次の瞬間。
黒い爪が、さっきまで首のあった場所を通過した。
「っ!?」
冷や汗が噴き出す。
プリンが冷静に続ける。
「今のは予備動作が大きかったです」
「見えてねえよ!!」
「素人ですね」
「素人だろ!!」
あなたは叫びながら空を蹴る。
その瞬間、足元でハートが爆発した。
「戦闘中にキラキラするなぁ!!」
「演出出力が高揚状態に引っ張られています」
「全部感情連動なの終わってる!!」
アークが再び旋回する。
速い。
しかも空中戦だ。
あなたは完全に初心者だった。
勢いだけで飛んでいる。
身体強化だけで無理やり反応している。
避けるだけで精いっぱい。
なのに、アークはどんどん興奮していく。
黒い粒子が散る。
鳴き声が高くなる。
「なんで喜んでんだよ気持ち悪ぃ!!」
「おそらく美味しそうに見えています」
「最悪だ!!」
プリンがスカートの下から前足を出す。
「次、上から来ます」
「だからなんでそこにいるんだよ!!」
「機動追従性の問題です」
「もっとマスコットっぽく肩に乗れ!!」
「現在そこは羞恥による発熱が高いので」
「分析するな!!」
その瞬間。
プリンの声色が変わる。
「来ます」
「え――」
直後。
空が裂けた。
――ギィイイイイイイイ!!!
「っ!!」
真上。
アークがいた。
速い。
さっきまでと比べものにならない。
黒い嘴が一直線に迫る。
あなたの反応が遅れる。
避けきれない。
「やば――」
その瞬間。
身体が勝手に動いた。
反射。
身体強化。
ピンクの魔力が爆発する。
あなたは咄嗟に腕を交差させた。
――ドォォォン!!
衝撃。
空気が弾け飛ぶ。
夜空に巨大なハート型の衝撃波が広がった。
「なんで形がハートなんだよぉぉぉ!!!」
――ドゴォォォォン!!!
あなたの身体が地面へ叩きつけられる。
アスファルトが爆ぜた。
道路が陥没する。
信号機が揺れる。
衝撃波で周囲の窓ガラスが震えた。
「っ、ぁ……!」
肺から空気が抜ける。
でも、痛みはあるけど身体は動いた。
身体強化。
魔力が無理やり耐久を底上げしている。
無事じゃないのは、むしろ地面の方だった。
クレーターの中心で、あなたはゆっくり立ち上がる。
スカートの裾が揺れる。
ピンクの髪がふわりと舞う。
その瞬間。
周囲のざわめきが耳へ流れ込んだ。
「やば……」
「近くで見ると超かわいい……」
「新しい子!?」
「誰!?」
「今の着地演出!?」
「写真!!」
スマホ。
カメラ。
視線。
興奮。
あなたは、そこで初めて気づく。
避難区域なのに人が残っている。
誰も逃げていない。
誰も“戦場”として見ていない。
ただのショーみたいに。
イベントみたいに。
あなたを見ている。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
イライラする。
嫌な感じに。
プリンが小さく呟く。
「観測密度が高いですね」
「……うるさい」
あなたは低く返す。
その時、空が鳴いた。
――ギィイイイイイイ!!!
鳥型アーク。
急降下。
真っ直ぐこちらへ。
人々が歓声を上げる。
「来た!!」
「すげぇ!!」
「生で見ると迫力――」
「逃げろよ!!!」
あなたの怒声が響いた。
一瞬、空気が止まる。
でも、誰もすぐには動かない。
だって、勝つのが当たり前だから。
魔法少女が守るのが当然だから。
そういう世界だから。
その瞬間、あなたの中で何かが切れた。
「っ――!!」
地面を蹴る。
爆音。
ピンクの光が走る。
アークが迫る。
あなたは真正面から突っ込んだ。
拳を握る。
身体強化。
魔力圧縮。
感情が燃える。
そして。
「見世物じゃねえぞ!!!」
――ドォォォォォン!!!
鳥型アークの巨体が遥か彼方へ吹き飛ぶ。
ビルを貫き、爆炎が夜空へ上がる。
衝撃波が街を震わせた。
なのに。
一拍置いて。
「うおおおおお!!」
「すげぇぇぇ!!」
「やばっ!!」
「強っ!!」
「かっこいいー!!」
歓声。
拍手。
スマホの光。
カメラ。
笑顔。
誰も逃げない。
誰も恐れていない。
まるでライブ会場みたいな熱気が、避難区域を満たしていた。
あなたは、呆然と立ち尽くす。
耳に入る。
「新キャラ熱すぎ!」
「今の啖呵やばくない!?」
「見世物じゃねえぞ、だって!」
「演出凝ってるー!」
演出。
その単語で。
頭の中が、真っ白になった。
違う。
違う。
違うだろ。
あなたは拳を握る。
爪が掌へ食い込む。
怒りで震える。
なのに、誰も気づかない。
目の前にあるのが“命懸け”だって。
傷つくことが。
怖いことが。
死ぬかもしれないことが。
全部“番組の盛り上がり”に飲み込まれている。
「……っ」
呼吸が熱い。
プリンが小さく声をかける。
「ノクス」
「黙れ」
低い声だった。
そして、あなたは。
――ガァァァァン!!!
地面を殴りつけた。
アスファルトが砕ける。
放射状にヒビが走る。
衝撃で周囲の人々が悲鳴を上げた。
「きゃっ!?」
「うわっ!!」
「な、何!?」
ようやく。
ほんの少しだけ静かになる。
あなたは、その観衆を睨みつけた。
ピンクの髪が揺れる。
怒りで呼吸が荒い。
そこにはもう。
ハートも。
キラキラも。
何一つなかった。
ただどうしようもなく怒っていた。
観衆は、初めて息を呑む。
でも、理解はしていない。
ただ空気に押されたように静かになっただけだ。
あなたは、それを見てしまう。
だから余計に腹が立った。
「……っ、クソが」
吐き捨てる。
そして、あなたは振り返る。
遥か向こう。
黒煙の中。
吹き飛ばしたアークが、まだ生きている。
あなたは地面を蹴った。
爆音。
ピンクの光が夜を裂く。
誰も見ないまま。
あなたはアークの元へ向かって飛び出した。
*
ルミナは、呆然とその背中を見ていた。
ピンクの光。
夜空を裂く軌跡。
怒りを隠そうともしない、小さな背中。
魔法少女は、本来ああいう顔をしない。
少なくとも、ルミナの知る魔法少女は。
みんな笑う。
笑うように教えられる。
安心させるために。
応援されるために。
怖がらせないために。
だから、怒りは隠すものだった。
苦しみも。
恐怖も。
嫌悪も。
全部飲み込んで“希望”になる。
それが魔法少女。
それがこの世界の正解。
だから、戦っている少女たちは皆受け入れてきた。
諦めてきた。
これが普通なんだと。
怖くても。
痛くても。
観衆に見られていても。
笑われても。
歓声を浴びても。
それでも立つのが魔法少女なんだって。
そうやって、自分を削ってきた。
でも、あの子は違う。
ノクスは。
受け入れていない。
怒っている。
この世界に。
この空気に。
この“当たり前”に。
真正面から。
まるで、世界そのものへ噛みついているみたいに。
その姿を見た瞬間。
ルミナの脳裏に、一人の顔が浮かぶ。
『……慣れるなって言ってるんだよ』
コンビニ。
白い蛍光灯。
疲れた自分を見て、本気で怒っていた人。
『見てられなかっただけだ』
あの人。
あの、不器用な人。
胸の奥が、どくりと鳴る。
「……似てる」
ぽつりと零れる。
反抗期の子供みたいな目。
世界に納得していない目。
諦めが悪い目。
それが、あまりにもあの人に似ていた。
ルミナははっとする。
「まさか……」
でも、そんなこと。
ありえない。
だって、あの人は普通の人間で。
この子は魔法少女で。
ピンクで。
キラキラで。
ハートが飛んで。
全然違うのに。
なのに、胸がざわつく。
放っておけない。
その時、遠くで爆発音が響いた。
ノクスとアークが激突している。
ルミナの身体が反応する。
一歩、前へ。
「っ……」
まだ痛い。
身体は重い。
魔力も万全じゃない。
でも、立てる。
戦える。
そして何より。
行かなきゃ、と思った。
助けなきゃ。
あの子を。
死なせたくない。
その感情に、ルミナ自身が一番驚いた。
「……あ」
魔法少女になってから。
何年も戦ってきて。
人を守らなきゃ、とは思っていた。
世界を守らなきゃ、とは教えられてきた。
でも“この人を助けたい”なんて。
そんなふうに思ったのは。
初めてだった。
ルミナは、ゆっくり拳を握る。
青い光が灯る。
疲労で震える足に、力を込める。
そして、空を見上げる。
ピンクの光が、まだ暴れている。
あまりにも危なっかしくて。
あまりにも無茶苦茶で。
だからこそ。
放っておけなかった。
「……待ってて」
小さく呟く。
それは誰に向けた言葉だったのか。
ルミナ自身にも、もう分からなかった。
次の瞬間。
青い光が夜空へ跳ね上がった。
*
廃工場。
錆びた鉄骨。
砕けた窓。
使われなくなって久しい巨大な建物の中で、黒い怪鳥が咆哮する。
――ギィイイイイイイ!!!
「っ、うお!!」
あなたは咄嗟に身をひねる。
爪が頬を掠めた。
コンクリートの壁が紙みたいに裂ける。
「威力おかしいだろこいつ!!」
着地。
即座に後退。
また追撃。
速い。
重い。
怖い。
戦闘経験がなさすぎる。
避けるので精いっぱいだ。
プリンがスカートの中から顔を出す。
「呼吸が乱れています」
「戦闘中だからな!!」
「心拍数も高いです」
「うるせえ!!」
アークが突っ込んでくる。
回避。
鉄骨が吹き飛ぶ。
爆音。
火花。
あなたは床を滑るように着地し、歯を食いしばる。
「っ……!」
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
死ぬかもしれない。
でも、逃げるわけにはいかなかった。
プリンが小さく言う。
「……無理は推奨しません」
「なんだよ」
「戦闘継続時間が危険域です」
「心配してんのか?」
一瞬、プリンが止まる。
「契約対象の損耗は生存率へ影響します」
「トーク下手かよ」
あなたは笑う。
こんな状況なのに。
でも、少しだけ肩の力が抜けた。
「……意外とかわいいやつだなお前」
プリンが固まる。
「は?」
「いや、なんか必死じゃん」
「必死ではありません」
「図星だな」
「違います」
「動揺してる」
「してません」
その瞬間、プリンの耳がぴくりと動いた。
「……接近反応」
「は?」
「魔法少女個体。高速接近中」
一拍、そして。
「ルミナです」
あなたの顔から笑みが消える。
「……来てるのか」
「はい」
脳裏に浮かぶ。
ボロボロだった少女。
血まみれで。
落ちて。
それでも立とうとしていた。
あの子はまた来る。
また戦う。
責務だから。
魔法少女だから。
そうやって自分を削って。
当然みたいに。
あなたは、ゆっくり息を吐く。
「……ふざけんな」
低い声だった。
アークが咆哮する。
でも、もうそっちは見ていなかった。
ルミナが来る前に。
終わらせる。
あなたの中で、それだけが決まる。
プリンがあなたを見る。
「……何を考えていますか」
「別に」
「嘘です」
「お前生意気だな」
「危険です」
プリンの声が少し強くなる。
「現在の制御精度で高出力運用は――」
「プリン」
あなたは前を見る。
アーク。
巨大な黒い影。
化け物。
怖い。
でも、もう決めた。
「一発で終わらせる」
プリンが息を呑む。
「待っ――」
「悪い」
あなたはプリンを掴む。
「え」
そして、全力で投げた。
「ぴゃああああ!?」
ピンクの軌道を描きながら、プリンが吹っ飛ぶ。
その先。
ちょうど廃工場へ飛び込んできたルミナの胸元へ、すぽん、と収まった。
「えっ」
「避難してろ」
その瞬間、アークが動く。
巨大な爪。
黒い殺意。
一直線。
ルミナが叫ぶ。
「避け――!!」
さっきまでなら避けていた。
セーフティに。
生き残るために。
でも今は違う。
命を懸ける。
あなたは踏み込む。
――ザシュッ。
「っ……!!」
爪が脇腹を裂く。
血が舞う。
熱い。
痛い。
でも、そんなものどうでもよかった。
今はこいつを倒す。
「……っ、ぁあああああ!!」
魔力が爆発する。
ピンクの光。
空気が震える。
あなたはアークの懐へ潜り込む。
近い。
黒い巨体。
異形の眼。
恐怖。
全部を無視して。
拳を握る。
全力。
身体強化。
魔力圧縮。
怒り。
反抗。
全部叩き込む。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」
――ゴォォォォォン!!!!
アッパー。
拳が突き上がる。
直撃。
瞬間。
魔力が内側から炸裂した。
鳥型アークの身体が膨れ上がる。
軋む。
砕ける。
耐えきれない。
そして。
――バァァァァァン!!!
粉々に吹き飛んだ。
黒い肉片が夜空へ散る。
衝撃波が廃工場を揺らす。
静寂。
その中心で。
あなたは、血を流したまま立っていた。
「……っ」
息を吐く。
遅れて痛みが来た。
「ぁ、やっべ」
脇腹を見る。
血。
めちゃくちゃ出てる。
「思ったより深く食らったな……」
他人事みたいに呟く。
身体強化で無理やり動いていたせいで、感覚が遅れていた。
今になって、一気に現実が来る。
熱い。
寒い。
力が入らない。
脚が揺れる。
視界もぼやける。
「あー……これ、まずいかも」
笑おうとして、咳になる。
血の味。
鉄臭い。
でも、不思議と後悔はなかった。
ルミナは無事だ。
あの化け物も消えた。
それだけで、まあいいかと思ってしまう。
「……あーあ」
身体が傾く。
もう立っていられない。
崩れる。
その瞬間。
遠くから声が聞こえた。
「ノクス!!」
ルミナ。
必死な声。
さっきまでのクールさなんて全部吹き飛んでる。
あなたはぼんやり思う。
そんな声も出せるんだな、この子。
次に。
「損傷率が高すぎます!!」
プリン。
なんかすごい慌ててる。
「だから無理は非推奨だと――」
「うるせぇよ……」
掠れた声が漏れる。
でも、もう力が入らない。
視界が暗くなる。
地面が近い。
その時。
誰かが、自分を支えた気がした。
柔らかい感触。
震えている腕。
「しっかりしてください!」
ルミナの声。
近い。
泣きそうな声だった。
ああ、またそんな顔するのか。
あなたはぼんやり思う。
泣きそうなのに、泣かない。
魔法少女だから。
そういう顔。
「……だから、慣れるなって……」
最後に、そんな言葉だけ漏れた。
ルミナが息を呑む気配。
プリンが何か言っている。
二人とも、必死にあなたを呼んでいる。
でも、意識はもう沈んでいく。
暗い。
静か。
遠くで、誰かの声だけが聞こえていた。
続きます。
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