転生者がTS魔法少女になって頑張る話。   作:メルヘン侍

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TSが好きです。


第三話

 あなたは、ルミナを抱えたままゆっくり降下する。

 

 夜風がスカートを揺らす。

 

 そのたびに羞恥心が削れていく。

 

 しかも今のあなたは、戦闘用エネルギー制御が完全に安定していなかった。

 

 身体強化だけに抑える。

 

 余計な演出は切る。

 

 ハートとかキラキラとかを減らす。

 

 そのつもりだった。

 

 だったのに。

 

「なんでハート出るんだよぉぉ……!!」

 

 あなたは半泣きで呟く。

 

 足元で光粒が弾ける。

 

 ぴこんっ、って音まで鳴る。

 

 最悪だ。

 

 降下軌道に沿って、ピンク色のハートエフェクトが尾を引いていた。

 

 しかも無駄に綺麗。

 

 夜景と相性がいい。

 

 やめろ。

 

 目立つ。

 

 恥ずかしい。

 

 プリンが肩の上で淡々と言う。

 

「感情出力が高いためです」

 

「感情でハート出すな!!」

 

「現在、保護欲求と緊張と羞恥が複雑に混線しています」

 

「分析するな!!」

 

 あなたは叫ぶ。

 

 だがその間も、ルミナは腕の中にいた。

 

 驚くほど軽い。

 

 戦っている時はあんなに大きく見えたのに。

 

 今はただ、疲れ切った女の子だった。

 

 あなたは思わず抱える腕に少し力を込める。

 

「っ……」

 

 その瞬間。

 

 ルミナの肩がぴくっと揺れた。

 

 あなたは慌てる。

 

「わ、悪い! 痛かったか!?」

 

「ち、違っ……」

 

 ルミナは顔を赤くしたまま視線を逸らす。

 

 その反応で、あなたは初めて気づく。

 

 ……あ。

 

 これ、完全にお姫様抱っこだ。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 一瞬、空気が止まる。

 

 ルミナの耳まで赤い。

 

 あなたの脳内で警報が鳴る。

 

「す、すまん!! 他に持ち方わからなくて!!」

 

「い、いえ……その……」

 

 ルミナがしどろもどろになる。

 

 珍しかった。

 

 あの“完璧なルミナ”が、完全にペースを崩している。

 

 でもあなたはそれどころじゃない。

 

 羞恥が限界突破している。

 

 ハートはまだ出る。

 

 降下のたびにキラキラする。

 

 なぜか花びらまで混じり始めた。

 

「増えてる!! 演出増えてる!!」

 

 プリンが冷静に言う。

 

「保護対象への意識が高まっています」

 

「黙れ!!」

 

 ルミナはそのやり取りをぽかんと見ていた。

 

 なんだろう、この子。

 

 さっきまで戦場だったのに。

 

 死ぬかもしれなかったのに。

 

 なのに。

 

 このピンクの魔法少女は、ずっと恥ずかしがっている。

 

 でも、抱えている腕だけは、ずっと優しかった。

 

 落とさないように。

 

 傷に触れないように。

 

 本当に大事そうに。

 

 まるで壊れ物みたいに扱ってくれる。

 

 そのことに気づいた瞬間。

 

 ルミナの胸が、また変なふうに熱くなる。

 

「……あの」

 

「え!? ご、ごめんなんか揺れたか!? ハートか!? ハートなら俺も止めたい!!」

 

「違いますっ!」

 

 思わず強めに返してしまう。

 

 ルミナは自分でびっくりしたように目を丸くした。

 

 ノクスも止まる。

 

 数秒、沈黙。

 

 そしてルミナは小さな声で言った。

 

「……その、助けてくれて、ありがとうございます」

 

 夜風が吹く。

 

 その瞬間。

 

 あなたの身体から。

 

 ――ドバァッ!!

 

 大量のハートエフェクトが噴き出した。

 

「うわあああああああああ!!?」

 

 空がピンクに染まる。

 

 最悪だった。

 

「な、なんで今ので爆発するんだよ!!」

 

 あなたは半泣きで叫ぶ。

 

 空中にハートが舞う。

 

 キラキラが弾ける。

 

 しかも一つ一つが妙に高品質だ。

 

 無駄に輝度が高い。

 

 やめろ。

 

 本当にやめろ。

 

 プリンが淡々と解説する。

 

「感謝による情動反応です」

 

「感情をエフェクト化するな!!」

 

「現在の契約構造では難しいですね」

 

「クソ仕様!!」

 

 ルミナは思わず吹き出しそうになる。

 

 でも笑ったら悪い気がして、慌てて口元を押さえた。

 

 するとノクスがさらに焦る。

 

「笑うな!! 今のは不可抗力だ!!」

 

「わ、笑ってません……っ」

 

「絶対笑ってる!!」

 

 顔が熱い。

 

 恥ずかしい。

 

 死ぬほど恥ずかしい。

 

 しかも地上が近づいていた。

 

 避難しきれていない人々が、こちらを見上げている。

 

「え、新しい魔法少女!?」

「かわいい!!」

「ピンクだ!!」

「ハート出てる!!」

「ルミナ抱えてる!?!?」

 

「見るなぁぁぁぁ!!」

 

 あなたは反射的に叫ぶ。

 

 だがその瞬間、着地制御が乱れた。

 

「うおっ」

 

 バランスが崩れる。

 

 ルミナの身体がぐらりと傾く。

 

 あなたは咄嗟に抱き寄せた。

 

 ぎゅっ、と。

 

「……っ」

 

 ルミナの呼吸が止まる。

 

 近い。

 

 顔が近い。

 

 青い瞳が目の前にある。

 

 あなたは数秒固まって。

 

 そして。

 

「うわああああ近い近い近い!!」

 

 自分から抱き寄せたくせにパニックになる。

 

 プリンが冷静に言う。

 

「騒音レベルが高いです」

 

「お前は黙ってろ!!」

 

 そのまま、なんとか着地。

 

 ――ドンッ。

 

 地面へ降り立つ。

 

 衝撃が広がる。

 

 ピンクの光がふわりと舞う。

 

 ハートも舞う。

 

 まだ出る。

 

 止まらない。

 

「もう嫌だこの体質!!」

 

 あなたは頭を抱える。

 

 一方。

 

 ルミナは地面へ降ろされても、少しぼんやりしていた。

 

 ちゃんと降ろされた。

 

 傷に響かないように。

 

 ゆっくり、丁寧に。

 

 まるで本当に大切に扱われたみたいに。

 

 その感覚が、胸の奥に残っている。

 

 ルミナは小さく自分の胸元を押さえる。

 

 なんだろう、落ち着かない。

 

 戦闘中なのに。

 

 怖いはずなのに。

 

 さっきまで死にかけていたのに。

 

 なのに今、少しだけ安心している自分がいた。

 

 ノクスはそんなこと知る由もなく、まだハートと戦っている。

 

「止まれ!! 頼むから止まれ!!」

 

 ぴこーん。

 

 また飛ぶ。

 

「増えたぁ!!」

 

 半泣き。

 

 ルミナはとうとう耐えきれず、小さく笑った。

 

「……ふふっ」

 

 その声に、あなたが止まる。

 

 ルミナは慌てて口元を押さえる。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「…………」

 

 あなたは数秒黙った。

 

 それから、少しだけ目を逸らして言う。

 

「……なら、まあ、よかった」

 

「え?」

 

「その顔のほうがいい」

 

 言った瞬間。

 

 あなたの背後で。

 

 ――ドゴォォォン!!!

 

 過去最大級のハートエフェクトが炸裂した。

 

「うわあああああああああああ!!!」

 

 夜空がピンクに染まった。

 

 

 

 夜空が、完全にピンクだった。

 

 ハート。

 

 星。

 

 謎のリボン光。

 

 ついでにキラキラした粒子まで降っている。

 

 もはや災害だ。

 

「なんなんですかあれ!?」

「新フォーム!?」

「追加戦士!?」

「かわいいー!!」

 

 避難途中だった人々がざわつく。

 

 スマホが一斉に向く。

 

 撮影。

 

 配信。

 

 拡散。

 

 最悪だった。

 

「やめろ見るな撮るなぁぁぁ!!」

 

 あなたは頭を抱える。

 

 でも。

 

 その姿すら、なぜか“かわいい系魔法少女の照れ演出”みたいに見えてしまう。

 

 終わっている。

 

 プリンが静かに言った。

 

「世間評価は好意的です」

 

「知るか!!」

 

 ルミナは肩を震わせていた。

 

 笑いを堪えている。

 

 でも完全には堪えきれていない。

 

「っ……ふ、ふふ……」

 

「笑うなって!!」

 

「だ、だって……っ」

 

 ルミナは口元を押さえながら、それでも笑ってしまう。

 

 こんなふうに笑ったの、いつぶりだろう。

 

 戦闘中なのに。

 

 アークはまだいるのに。

 

 普通ならそんな余裕ないはずなのに。

 

 目の前のピンクの魔法少女が、あまりにも必死で。

 

 あまりにも変で。

 

 そして、あまりにも“普通の子”みたいだった。

 

 その時。

 

 ――ギィイイイイイイ!!

 

 鳥型アークが咆哮する。

 

 空気が震える。

 

 黒い粒子が散る。

 

 あなたの表情が変わった。

 

 さっきまで羞恥で真っ赤だった顔から、一瞬で熱が引く。

 

 ルミナはその変化に気づく。

 

 ノクスが空を見上げる。

 

「……まだやる気かよ」

 

 低い声。

 

 先ほどまでとは違う。

 

 怒っている。

 

 明確に。

 

 鳥型アークが翼を広げる。

 

 空間が歪む。

 

 ルミナは息を飲む。

 

「待って……あれ、さっきより出力が――」

 

 強い。

 

 さっきまでより明らかに。

 

 まるで何かに反応しているみたいに。

 

 プリンが小さく呟く。

 

「……観測されています」

 

「は?」

 

「こちらへの反応です」

 

 あなたの眉が寄る。

 

「俺?」

 

「正確には“異常同期反応”」

 

「わかる言葉で言え」

 

「敵が興奮しています」

 

「最悪だな!?」

 

 アークが急降下する。

 

 速い。

 

 ルミナが反射的に立ち上がろうとして、ふらついた。

 

「っ……!」

 

 限界だ。

 

 もうかなり消耗している。

 

 それを見た瞬間。

 

 あなたは前に出ていた。

 

 自然に。

 

 庇うみたいに。

 

「下がってろ」

 

 ルミナが目を見開く。

 

「で、でも……!」

 

「今のお前、まともに飛べないだろ」

 

 図星だった。

 

 ルミナは言葉を詰まらせる。

 

 悔しい。

 

 でも、身体が言うことを聞かない。

 

 あなたは空を見上げる。

 

 怖い。

 

 正直めちゃくちゃ怖い。

 

 心臓がうるさい。

 

 脚だって少し震えている。

 

 でも、それ以上に。

 

 目の前でボロボロになっていたルミナを、もう見たくなかった。

 

「プリン」

 

「はい」

 

「身体強化、最大」

 

「推奨しません。制御経験不足です」

 

「いいからやれ」

 

 一拍。

 

 それから。

 

「……了解です」

 

 熱が走る。

 

 身体の奥で、エネルギーが唸る。

 

 ピンクの光が溢れ出す。

 

 ハートが舞う。

 

「戦闘なのに演出がかわいいの腹立つな……!!」

 

「仕様です」

 

「クソ仕様!!」

 

 あなたは地面を蹴る。

 

 爆音。

 

 アスファルトが砕ける。

 

 その瞬間、ルミナの目が見開かれた。

 

「……え」

 

 思わず声が漏れる。

 

 速い。

 

 第三世代である自分が見ても、明らかに異常な加速。

 

 ピンクの軌跡が夜空を裂く。

 

 そして、ノクスは真正面からアークへ突っ込んでいった。

 

 魔法少女なら分かる。

 

 これは異常だ。

 

 魔力は本来、もっと繊細だ。

 

 制御され、圧縮され、必要量だけ使う。

 

 そうしないと身体が持たない。

 

 だけど、あの子は違う。

 

 漏れている。

 

 制御しきれていない。

 

 感情と一緒に、魔力がそのまま噴き出している。

 

 なのに。

 

 なのに――

 

「……なんで、まだ立ってるの」

 

 ありえない。

 

 今の出力量。

 

 普通の魔法少女なら数秒で倒れる。

 

 最悪、変身崩壊を起こす。

 

 でもあなたは飛んでいる。

 

 羞恥で叫びながら。

 

 ハートを撒き散らしながら。

 

 めちゃくちゃなのに。

 

 出力だけが、異常だった。

 

 空を染めるほどの魔力。

 

 ルミナの肌が粟立つ。

 

 魔法少女は、他者の“圧”を感覚で理解できる。

 

 だから分かる。

 

 このピンクの光。

 

 可愛い。

 

 ふわふわしてる。

 

 ハートが飛んでる。

 

 見た目は完全に可愛い系の魔法少女だ。

 

 なのに、中身がおかしい。

 

 重い。

 

 深い。

 

 底が見えない。

 

 まるで。

 

 巨大な何かを、無理やり人の形に押し込めているみたいな。

 

「……何者なの」

 

 ルミナは呆然と呟く。

 

 ノクスが空を裂く。

 

 そのたび、ピンクの魔力が尾を引く。

 

 街のガラスが淡く染まる。

 

 雲までピンク色に照らされていた。

 

 地上の人々は歓声を上げている。

 

「すげぇ……!」

「新型!?」

「ルミナの増援!?」

「かわいっ!!」

 

 誰も気づいていない。

 

 あの出力がどれだけ異常か。

 

 気づけるのは魔法少女だけだ。

 

 だからルミナは理解してしまう。

 

 怖い。

 

 少しだけ。

 

 この子、本当に魔法少女なの?

 

 その疑問が浮かぶ。

 

 でも同時に。

 

 ノクスの背中を見ていると、もっと強い感情が湧いてくる。

 

 ――助けに来てくれた。

 

 自分のために。

 

 あんな顔で。

 

 あんな恥ずかしそうに。

 

 あんな必死に。

 

 それだけは、本物だった。

 

 だからルミナは視線を離せない。

 

 ピンクの光の中を飛ぶその姿を、ただ見つめていた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 夜空を、あなたは飛ぶ。

 

 ピンクの光を撒き散らしながら。

 

「うわあああ恥っず……!!」

 

 戦闘前なのに精神が削れる。

 

 視界の端でハートが弾けるたびに死にたくなる。

 

 でも、鳥型アークはそんなあなたを見て明らかに反応していた。

 

 ――ギィイイイイイ!!

 

 黒い翼が震える。

 

 空間が軋む。

 

 まるで興奮しているみたいだった。

 

「なんでテンション上がってんだあいつ!?」

 

 プリンがスカートの中から顔だけ出す。

 

「高密度エネルギー反応への捕食本能です」

 

「場所!! 出てくる場所考えろ!!」

 

「合理的収納位置です」

 

「やめろその言い方!!」

 

 アークが突っ込んでくる。

 

「うおっ!?」

 

 あなたは慌てて回避。

 

 風圧が頬を裂く。

 

 速い。

 

 めちゃくちゃ速い。

 

「ちょ、待て待て待て!! 近い近い!!」

 

「右へ」

 

「え?」

 

「右です」

 

 反射的に身体をひねる。

 

 次の瞬間。

 

 黒い爪が、さっきまで首のあった場所を通過した。

 

「っ!?」

 

 冷や汗が噴き出す。

 

 プリンが冷静に続ける。

 

「今のは予備動作が大きかったです」

 

「見えてねえよ!!」

 

「素人ですね」

 

「素人だろ!!」

 

 あなたは叫びながら空を蹴る。

 

 その瞬間、足元でハートが爆発した。

 

「戦闘中にキラキラするなぁ!!」

 

「演出出力が高揚状態に引っ張られています」

 

「全部感情連動なの終わってる!!」

 

 アークが再び旋回する。

 

 速い。

 

 しかも空中戦だ。

 

 あなたは完全に初心者だった。

 

 勢いだけで飛んでいる。

 

 身体強化だけで無理やり反応している。

 

 避けるだけで精いっぱい。

 

 なのに、アークはどんどん興奮していく。

 

 黒い粒子が散る。

 

 鳴き声が高くなる。

 

「なんで喜んでんだよ気持ち悪ぃ!!」

 

「おそらく美味しそうに見えています」

 

「最悪だ!!」

 

 プリンがスカートの下から前足を出す。

 

「次、上から来ます」

 

「だからなんでそこにいるんだよ!!」

 

「機動追従性の問題です」

 

「もっとマスコットっぽく肩に乗れ!!」

 

「現在そこは羞恥による発熱が高いので」

 

「分析するな!!」

 

 その瞬間。

 

 プリンの声色が変わる。

 

「来ます」

 

「え――」

 

 直後。

 

 空が裂けた。

 

 ――ギィイイイイイイイ!!!

 

「っ!!」

 

 真上。

 

 アークがいた。

 

 速い。

 

 さっきまでと比べものにならない。

 

 黒い嘴が一直線に迫る。

 

 あなたの反応が遅れる。

 

 避けきれない。

 

「やば――」

 

 その瞬間。

 

 身体が勝手に動いた。

 

 反射。

 

 身体強化。

 

 ピンクの魔力が爆発する。

 

 あなたは咄嗟に腕を交差させた。

 

 ――ドォォォン!!

 

 衝撃。

 

 空気が弾け飛ぶ。

 

 夜空に巨大なハート型の衝撃波が広がった。

 

「なんで形がハートなんだよぉぉぉ!!!」

 

 ――ドゴォォォォン!!!

 

 あなたの身体が地面へ叩きつけられる。

 

 アスファルトが爆ぜた。

 

 道路が陥没する。

 

 信号機が揺れる。

 

 衝撃波で周囲の窓ガラスが震えた。

 

「っ、ぁ……!」

 

 肺から空気が抜ける。

 

 でも、痛みはあるけど身体は動いた。

 

 身体強化。

 

 魔力が無理やり耐久を底上げしている。

 

 無事じゃないのは、むしろ地面の方だった。

 

 クレーターの中心で、あなたはゆっくり立ち上がる。

 

 スカートの裾が揺れる。

 

 ピンクの髪がふわりと舞う。

 

 その瞬間。

 

 周囲のざわめきが耳へ流れ込んだ。

 

「やば……」

「近くで見ると超かわいい……」

「新しい子!?」

「誰!?」

「今の着地演出!?」

「写真!!」

 

 スマホ。

 

 カメラ。

 

 視線。

 

 興奮。

 

 あなたは、そこで初めて気づく。

 

 避難区域なのに人が残っている。

 

 誰も逃げていない。

 

 誰も“戦場”として見ていない。

 

 ただのショーみたいに。

 

 イベントみたいに。

 

 あなたを見ている。

 

 胸の奥が、じわりと熱くなる。

 

 イライラする。

 

 嫌な感じに。

 

 プリンが小さく呟く。

 

「観測密度が高いですね」

 

「……うるさい」

 

 あなたは低く返す。

 

 その時、空が鳴いた。

 

 ――ギィイイイイイイ!!!

 

 鳥型アーク。

 

 急降下。

 

 真っ直ぐこちらへ。

 

 人々が歓声を上げる。

 

「来た!!」

「すげぇ!!」

「生で見ると迫力――」

 

「逃げろよ!!!」

 

 あなたの怒声が響いた。

 

 一瞬、空気が止まる。

 

 でも、誰もすぐには動かない。

 

 だって、勝つのが当たり前だから。

 

 魔法少女が守るのが当然だから。

 

 そういう世界だから。

 

 その瞬間、あなたの中で何かが切れた。

 

「っ――!!」

 

 地面を蹴る。

 

 爆音。

 

 ピンクの光が走る。

 

 アークが迫る。

 

 あなたは真正面から突っ込んだ。

 

 拳を握る。

 

 身体強化。

 

 魔力圧縮。

 

 感情が燃える。

 

 そして。

 

「見世物じゃねえぞ!!!」

 

 ――ドォォォォォン!!!

 

 鳥型アークの巨体が遥か彼方へ吹き飛ぶ。

 

 ビルを貫き、爆炎が夜空へ上がる。

 

 衝撃波が街を震わせた。

 

 なのに。

 

 一拍置いて。

 

「うおおおおお!!」

「すげぇぇぇ!!」

「やばっ!!」

「強っ!!」

「かっこいいー!!」

 

 歓声。

 

 拍手。

 

 スマホの光。

 

 カメラ。

 

 笑顔。

 

 誰も逃げない。

 

 誰も恐れていない。

 

 まるでライブ会場みたいな熱気が、避難区域を満たしていた。

 

 あなたは、呆然と立ち尽くす。

 

 耳に入る。

 

「新キャラ熱すぎ!」

「今の啖呵やばくない!?」

「見世物じゃねえぞ、だって!」

「演出凝ってるー!」

 

 演出。

 

 その単語で。

 

 頭の中が、真っ白になった。

 

 違う。

 

 違う。

 

 違うだろ。

 

 あなたは拳を握る。

 

 爪が掌へ食い込む。

 

 怒りで震える。

 

 なのに、誰も気づかない。

 

 目の前にあるのが“命懸け”だって。

 

 傷つくことが。

 

 怖いことが。

 

 死ぬかもしれないことが。

 

 全部“番組の盛り上がり”に飲み込まれている。

 

「……っ」

 

 呼吸が熱い。

 

 プリンが小さく声をかける。

 

「ノクス」

 

「黙れ」

 

 低い声だった。

 

 そして、あなたは。

 

 ――ガァァァァン!!!

 

 地面を殴りつけた。

 

 アスファルトが砕ける。

 

 放射状にヒビが走る。

 

 衝撃で周囲の人々が悲鳴を上げた。

 

「きゃっ!?」

「うわっ!!」

「な、何!?」

 

 ようやく。

 

 ほんの少しだけ静かになる。

 

 あなたは、その観衆を睨みつけた。

 

 ピンクの髪が揺れる。

 

 怒りで呼吸が荒い。

 

 そこにはもう。

 

 ハートも。

 

 キラキラも。

 

 何一つなかった。

 

 ただどうしようもなく怒っていた。

 

 観衆は、初めて息を呑む。

 

 でも、理解はしていない。

 

 ただ空気に押されたように静かになっただけだ。

 

 あなたは、それを見てしまう。

 

 だから余計に腹が立った。

 

「……っ、クソが」

 

 吐き捨てる。

 

 そして、あなたは振り返る。

 

 遥か向こう。

 

 黒煙の中。

 

 吹き飛ばしたアークが、まだ生きている。

 

 あなたは地面を蹴った。

 

 爆音。

 

 ピンクの光が夜を裂く。

 

 誰も見ないまま。

 

 あなたはアークの元へ向かって飛び出した。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 ルミナは、呆然とその背中を見ていた。

 

 ピンクの光。

 

 夜空を裂く軌跡。

 

 怒りを隠そうともしない、小さな背中。

 

 魔法少女は、本来ああいう顔をしない。

 

 少なくとも、ルミナの知る魔法少女は。

 

 みんな笑う。

 

 笑うように教えられる。

 

 安心させるために。

 

 応援されるために。

 

 怖がらせないために。

 

 だから、怒りは隠すものだった。

 

 苦しみも。

 

 恐怖も。

 

 嫌悪も。

 

 全部飲み込んで“希望”になる。

 

 それが魔法少女。

 

 それがこの世界の正解。

 

 だから、戦っている少女たちは皆受け入れてきた。

 

 諦めてきた。

 

 これが普通なんだと。

 

 怖くても。

 

 痛くても。

 

 観衆に見られていても。

 

 笑われても。

 

 歓声を浴びても。

 

 それでも立つのが魔法少女なんだって。

 

 そうやって、自分を削ってきた。

 

 でも、あの子は違う。

 

 ノクスは。

 

 受け入れていない。

 

 怒っている。

 

 この世界に。

 

 この空気に。

 

 この“当たり前”に。

 

 真正面から。

 

 まるで、世界そのものへ噛みついているみたいに。

 

 その姿を見た瞬間。

 

 ルミナの脳裏に、一人の顔が浮かぶ。

 

『……慣れるなって言ってるんだよ』

 

 コンビニ。

 

 白い蛍光灯。

 

 疲れた自分を見て、本気で怒っていた人。

 

『見てられなかっただけだ』

 

 あの人。

 

 あの、不器用な人。

 

 胸の奥が、どくりと鳴る。

 

「……似てる」

 

 ぽつりと零れる。

 

 反抗期の子供みたいな目。

 

 世界に納得していない目。

 

 諦めが悪い目。

 

 それが、あまりにもあの人に似ていた。

 

 ルミナははっとする。

 

「まさか……」

 

 でも、そんなこと。

 

 ありえない。

 

 だって、あの人は普通の人間で。

 

 この子は魔法少女で。

 

 ピンクで。

 

 キラキラで。

 

 ハートが飛んで。

 

 全然違うのに。

 

 なのに、胸がざわつく。

 

 放っておけない。

 

 その時、遠くで爆発音が響いた。

 

 ノクスとアークが激突している。

 

 ルミナの身体が反応する。

 

 一歩、前へ。

 

「っ……」

 

 まだ痛い。

 

 身体は重い。

 

 魔力も万全じゃない。

 

 でも、立てる。

 

 戦える。

 

 そして何より。

 

 行かなきゃ、と思った。

 

 助けなきゃ。

 

 あの子を。

 

 死なせたくない。

 

 その感情に、ルミナ自身が一番驚いた。

 

「……あ」

 

 魔法少女になってから。

 

 何年も戦ってきて。

 

 人を守らなきゃ、とは思っていた。

 

 世界を守らなきゃ、とは教えられてきた。

 

 でも“この人を助けたい”なんて。

 

 そんなふうに思ったのは。

 

 初めてだった。

 

 ルミナは、ゆっくり拳を握る。

 

 青い光が灯る。

 

 疲労で震える足に、力を込める。

 

 そして、空を見上げる。

 

 ピンクの光が、まだ暴れている。

 

 あまりにも危なっかしくて。

 

 あまりにも無茶苦茶で。

 

 だからこそ。

 

 放っておけなかった。

 

「……待ってて」

 

 小さく呟く。

 

 それは誰に向けた言葉だったのか。

 

 ルミナ自身にも、もう分からなかった。

 

 次の瞬間。

 

 青い光が夜空へ跳ね上がった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 廃工場。

 

 錆びた鉄骨。

 

 砕けた窓。

 

 使われなくなって久しい巨大な建物の中で、黒い怪鳥が咆哮する。

 

 ――ギィイイイイイイ!!!

 

「っ、うお!!」

 

 あなたは咄嗟に身をひねる。

 

 爪が頬を掠めた。

 

 コンクリートの壁が紙みたいに裂ける。

 

「威力おかしいだろこいつ!!」

 

 着地。

 

 即座に後退。

 

 また追撃。

 

 速い。

 

 重い。

 

 怖い。

 

 戦闘経験がなさすぎる。

 

 避けるので精いっぱいだ。

 

 プリンがスカートの中から顔を出す。

 

「呼吸が乱れています」

 

「戦闘中だからな!!」

 

「心拍数も高いです」

 

「うるせえ!!」

 

 アークが突っ込んでくる。

 

 回避。

 

 鉄骨が吹き飛ぶ。

 

 爆音。

 

 火花。

 

 あなたは床を滑るように着地し、歯を食いしばる。

 

「っ……!」

 

 怖い。

 

 めちゃくちゃ怖い。

 

 死ぬかもしれない。

 

 でも、逃げるわけにはいかなかった。

 

 プリンが小さく言う。

 

「……無理は推奨しません」

 

「なんだよ」

 

「戦闘継続時間が危険域です」

 

「心配してんのか?」

 

 一瞬、プリンが止まる。

 

「契約対象の損耗は生存率へ影響します」

 

「トーク下手かよ」

 

 あなたは笑う。

 

 こんな状況なのに。

 

 でも、少しだけ肩の力が抜けた。

 

「……意外とかわいいやつだなお前」

 

 プリンが固まる。

 

「は?」

 

「いや、なんか必死じゃん」

 

「必死ではありません」

 

「図星だな」

 

「違います」

 

「動揺してる」

 

「してません」

 

 その瞬間、プリンの耳がぴくりと動いた。

 

「……接近反応」

 

「は?」

 

「魔法少女個体。高速接近中」

 

 一拍、そして。

 

「ルミナです」

 

 あなたの顔から笑みが消える。

 

「……来てるのか」

 

「はい」

 

 脳裏に浮かぶ。

 

 ボロボロだった少女。

 

 血まみれで。

 

 落ちて。

 

 それでも立とうとしていた。

 

 あの子はまた来る。

 

 また戦う。

 

 責務だから。

 

 魔法少女だから。

 

 そうやって自分を削って。

 

 当然みたいに。

 

 あなたは、ゆっくり息を吐く。

 

「……ふざけんな」

 

 低い声だった。

 

 アークが咆哮する。

 

 でも、もうそっちは見ていなかった。

 

 ルミナが来る前に。

 

 終わらせる。

 

 あなたの中で、それだけが決まる。

 

 プリンがあなたを見る。

 

「……何を考えていますか」

 

「別に」

 

「嘘です」

 

「お前生意気だな」

 

「危険です」

 

 プリンの声が少し強くなる。

 

「現在の制御精度で高出力運用は――」

 

「プリン」

 

 あなたは前を見る。

 

 アーク。

 

 巨大な黒い影。

 

 化け物。

 

 怖い。

 

 でも、もう決めた。

 

「一発で終わらせる」

 

 プリンが息を呑む。

 

「待っ――」

 

「悪い」

 

 あなたはプリンを掴む。

 

「え」

 

 そして、全力で投げた。

 

「ぴゃああああ!?」

 

 ピンクの軌道を描きながら、プリンが吹っ飛ぶ。

 

 その先。

 

 ちょうど廃工場へ飛び込んできたルミナの胸元へ、すぽん、と収まった。

 

「えっ」

 

「避難してろ」

 

 その瞬間、アークが動く。

 

 巨大な爪。

 

 黒い殺意。

 

 一直線。

 

 ルミナが叫ぶ。

 

「避け――!!」

 

 さっきまでなら避けていた。

 

 セーフティに。

 

 生き残るために。

 

 でも今は違う。

 

 命を懸ける。

 

 あなたは踏み込む。

 

 ――ザシュッ。

 

「っ……!!」

 

 爪が脇腹を裂く。

 

 血が舞う。

 

 熱い。

 

 痛い。

 

 でも、そんなものどうでもよかった。

 

 今はこいつを倒す。

 

「……っ、ぁあああああ!!」

 

 魔力が爆発する。

 

 ピンクの光。

 

 空気が震える。

 

 あなたはアークの懐へ潜り込む。

 

 近い。

 

 黒い巨体。

 

 異形の眼。

 

 恐怖。

 

 全部を無視して。

 

 拳を握る。

 

 全力。

 

 身体強化。

 

 魔力圧縮。

 

 怒り。

 

 反抗。

 

 全部叩き込む。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 ――ゴォォォォォン!!!!

 

 アッパー。

 

 拳が突き上がる。

 

 直撃。

 

 瞬間。

 

 魔力が内側から炸裂した。

 

 鳥型アークの身体が膨れ上がる。

 

 軋む。

 

 砕ける。

 

 耐えきれない。

 

 そして。

 

 ――バァァァァァン!!!

 

 粉々に吹き飛んだ。

 

 黒い肉片が夜空へ散る。

 

 衝撃波が廃工場を揺らす。

 

 静寂。

 

 その中心で。

 

 あなたは、血を流したまま立っていた。

 

「……っ」

 

 息を吐く。

 

 遅れて痛みが来た。

 

「ぁ、やっべ」

 

 脇腹を見る。

 

 血。

 

 めちゃくちゃ出てる。

 

「思ったより深く食らったな……」

 

 他人事みたいに呟く。

 

 身体強化で無理やり動いていたせいで、感覚が遅れていた。

 

 今になって、一気に現実が来る。

 

 熱い。

 

 寒い。

 

 力が入らない。

 

 脚が揺れる。

 

 視界もぼやける。

 

「あー……これ、まずいかも」

 

 笑おうとして、咳になる。

 

 血の味。

 

 鉄臭い。

 

 でも、不思議と後悔はなかった。

 

 ルミナは無事だ。

 

 あの化け物も消えた。

 

 それだけで、まあいいかと思ってしまう。

 

「……あーあ」

 

 身体が傾く。

 

 もう立っていられない。

 

 崩れる。

 

 その瞬間。

 

 遠くから声が聞こえた。

 

「ノクス!!」

 

 ルミナ。

 

 必死な声。

 

 さっきまでのクールさなんて全部吹き飛んでる。

 

 あなたはぼんやり思う。

 

 そんな声も出せるんだな、この子。

 

 次に。

 

「損傷率が高すぎます!!」

 

 プリン。

 

 なんかすごい慌ててる。

 

「だから無理は非推奨だと――」

 

「うるせぇよ……」

 

 掠れた声が漏れる。

 

 でも、もう力が入らない。

 

 視界が暗くなる。

 

 地面が近い。

 

 その時。

 

 誰かが、自分を支えた気がした。

 

 柔らかい感触。

 

 震えている腕。

 

「しっかりしてください!」

 

 ルミナの声。

 

 近い。

 

 泣きそうな声だった。

 

 ああ、またそんな顔するのか。

 

 あなたはぼんやり思う。

 

 泣きそうなのに、泣かない。

 

 魔法少女だから。

 

 そういう顔。

 

「……だから、慣れるなって……」

 

 最後に、そんな言葉だけ漏れた。

 

 ルミナが息を呑む気配。

 

 プリンが何か言っている。

 

 二人とも、必死にあなたを呼んでいる。

 

 でも、意識はもう沈んでいく。

 

 暗い。

 

 静か。

 

 遠くで、誰かの声だけが聞こえていた。




続きます。



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