重苦しい沈黙。
窓の外では、夕方の光が少しずつ傾き始めている。
広いリビングは静かだった。
静かすぎるくらいに。
「…………」
あなたは無意識に、プリンを撫でていた。
小さな頭。
柔らかな毛並み。
指先へ伝わる感触だけが、妙に現実感を繋ぎ止めてくれる。
プリンは何も言わない。
ただ静かに、あなたの膝の上へ身体を預けている。
その沈黙を破ったのは、ソラリスだった。
「もう一つある」
低く静かな声。
あなたは顔を上げる。
ソラリスの金色の瞳は、まっすぐこちらを見ていた。
「ノクス」
「……なんですか」
「お前は、既に変質している」
「…………は?」
一瞬、意味が分からなかった。
秋葉が小さく眉を動かす。
プリンだけが静かだった。
まるで、その話が出ることを知っていたみたいに。
「どういう意味だよ」
あなたが聞く。
ソラリスは淡々と続けた。
「本来、魔法少女の変身は武装変更に近い」
「魔力そのものは、元から身体へ宿っている」
「戦闘時に出力形態を切り替えているだけだ」
あなたは小さく眉を寄せた。
それは知っている。
魔法少女は“別人になる”わけじゃない。
魔力を解放し、戦闘用の姿へ変わる。
それだけだ。
だから戦闘が終われば、元へ戻る。
それが普通だった。
「だが、お前は違う」
ソラリスの金色の瞳が、静かにこちらを見る。
「ノクスは、既にその姿を基底へ固定し始めている」
部屋の空気が止まる。
あなたは反射的に、自分の手を見る。
白い指先。
細い身体。
淡い髪。
少女の身体。
——戻れていない。
そういえば、ずっとこの姿だった。
戦闘のあとも。
日常でも。
眠る時も。
朝起きた時も。
まるで、最初からこちらが本来の姿だったみたいに。
「おそらく最初の変身以降、変質を続けていたはずだ」
ソラリスは静かに言った。
「魔力循環も、肉体維持も、既にノクス自身へ固定され始めている」
「固定……」
「現在のお前は、“変身している”のではない」
金色の瞳が、静かにこちらを見る。
「その姿として成立し始めている」
理解した瞬間、あなたは小さく息を吐いた。
「……まあ」
掠れた声が落ちる。
「今さらではあるよな」
秋葉がわずかに目を細める。
あなたは自分の腕を見る。
細い身体。
少女の姿。
違和感は、もう薄かった。
むしろ最近は、この姿の方が自然ですらある。
戦って。
眠って。
笑って。
日常を過ごして。
全部この身体でやってきた。
だから、変わってしまったこと自体は、もうどこか受け入れていた。
「……普通じゃないのは知ってます」
小さく笑う。
「最近ずっと言われてるし」
「自覚もありましたから」
「今さら急に怖くはないです」
それは本音だった。
怖いのは、自分が変わっていることじゃない。
もっと別のことだった。
あなたは膝の上を見る。
プリンは静かにこちらを見上げている。
「……プリン」
「はい」
「お前、知ってたのか」
「最近です」
静かな返事。
「メンシス戦以降、定着率が急激に上昇しています」
「ノクス単独での循環維持も確認済みです」
あなたは小さく黙る。
その説明を聞いても、自分のことには不思議と納得してしまう。
ああ、そうなんだな。
最近戻れなかったのも。
身体が妙に馴染んでいたのも。
全部、繋がっていたのか。
そんな感覚だった。
けれど。
「……私は、ノクスにとって必要不可欠な存在ではありません」
プリンが静かに言った瞬間。
胸の奥が、強く軋んだ。
「……は?」
あなたが顔を上げる。
プリンは目を逸らさない。
まっすぐこちらを見ている。
「ノクスは既に、一人で成立しています」
「私は補助なしでも存在維持が可能です」
「だから」
小さく息を吸う。
「私が離脱しても——」
「嫌です」
気づけば、声が出ていた。
自分でも驚くくらい早かった。
プリンが小さく止まる。
秋葉も。
ソラリスも。
静かにこちらを見ていた。
あなたは、プリンを抱える腕へ力を込める。
逃がさないみたいに。
離れないように。
「……ノクス」
「嫌だ」
今度は、はっきり言った。
胸の奥がざわついている。
苦しい。
落ち着かない。
でも、それは自分の身体のことじゃない。
プリンが、“自分はもう必要ない”みたいに話していることだった。
「俺、自分のことは別にいいんです」
掠れた声が落ちる。
「変わってるなら変わってるで、まあそうなんだろうなって思うし」
「戻れなくても、それでも生きるって決めました」
「でも」
抱き寄せる腕に、少しだけ力が入る。
「だからって、お前がいらなくなるのは違うだろ……」
静かな部屋へ、その声だけが落ちた。
プリンの金色の瞳が、わずかに揺れる。
「お前、最近ずっと隣いたじゃないですか」
「肩乗って」
「くっついて」
「離れないとか言って」
「落ち着くとか言ってたくせに」
言葉が止まらない。
止められなかった。
「なのに急に、“もう必要ないから離れます”って何だよ……」
子供みたいな声だった。
でも、抑えられない。
プリンは静かにあなたを見ている。
その小さな身体を抱えているだけで、胸の奥が少しだけ落ち着く。
だから余計に、離れるなんて言葉を聞きたくなかった。
「必要とかじゃない」
あなたは小さく息を吐く。
「……いてほしいんです」
その言葉に、プリンが小さく息を呑んだ。
あなたは気づかない。
ただ、離れないように抱きしめていた。
「…………」
静かな時間だった。
窓の外では、夕方の光が少しずつ赤く沈み始めている。
部屋の空気は重かった。
でも、あなたはプリンを離せなかった。
離した瞬間、本当にどこかへ行ってしまいそうで。
「ノクス」
プリンが静かに名前を呼ぶ。
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
「私は、ノクスを拒絶したいわけではありません」
「…………」
「離れたいわけでもありません」
あなたの腕の中で、プリンが小さく目を伏せる。
「ですが」
そこで、言葉が止まる。
ほんの数秒の沈黙。
それからプリンは、静かに続けた。
「最近、観測反応が増加しています」
「メンシスだけではありません」
「複数のアークが、既に私を認識し始めています」
あなたは小さく眉を寄せた。
さっき聞いた話。
でも、プリン自身の口から聞くと、重みが違った。
「私は、本来ここにいてはいけない存在です」
「外側にとって、異物です」
「だから、いずれ直接接触が始まります」
静かな声。
感情を押し込めた声だった。
「ノクスの近くにいる限り、ノクスも観測対象になります」
「…………」
「既に、一部はノクスを認識しています」
その言葉に、ソラリスが静かに目を閉じる。
否定しない。
つまり事実だった。
あなたは小さく息を吐く。
怖くないわけじゃない。
でも。
それでも。
「だから離れるって?」
掠れた声で聞く。
プリンは静かに頷いた。
「はい」
「私は、本来ノクスと相互契約状態でした」
「私は生存を維持し、ノクスは魔法少女たちを守る力を得る」
「それが、最初の形です」
プリンの声は静かだった。
「ですが現在、ノクスは既に単独で成立しています」
「私を介さずとも、魔力循環と存在維持が可能です」
「ならば、私が隣にいる理由は薄くなります」
「むしろ危険性の方が大きい」
その声は、あまりにも合理的だった。
まるで、自分自身へ言い聞かせているみたいに。
あなたはその小さな身体を、さらに強く抱き寄せる。
「……薄くなんかない」
「そばに、いてよ」
ぽつりと落ちた声。
プリンが小さく目を開く。
「ノクス」
静かな沈黙。
プリンは、しばらく何も言わなかった。
小さな身体が、あなたの腕の中で僅かに震えている。
やがて。
「……ずるいです」
プリンが、ぽつりと呟いた。
「え?」
「その言い方は、ずるいです」
淡々とした声。
でも、その奥が揺れていた。
あなたは思わずプリンを見る。
金色の瞳が、少しだけ潤んで見えた。
「私は、ノクスを守るために離れようとしているのに」
「ノクスは、そうやって止める」
小さな声だった。
それは、責める声じゃない。
むしろ、揺らいでしまっている声だった。
夕方の光だけが、ゆっくり部屋を赤く染めていく。
あなたはまだ、プリンを抱きしめたままだった。
離したくなかった。
「…………」
プリンは小さく俯いている。
いつもみたいな淡々とした顔なのに。
今は、その静けさが少しだけ脆く見えた。
「ノクス」
小さな声。
「私は、危険です」
「知ってます」
即答だった。
プリンが少しだけ目を瞬く。
あなたは俯いたまま続ける。
「最初から危険だっただろ」
「アークで」
「意味分かんない力持ってて」
「世界の外側知ってて」
「今さらだよ」
掠れた声。
でも、そこに迷いはなかった。
「でも、お前いたじゃん」
小さく抱き寄せる。
「ずっと」
プリンの身体が、ほんの少しだけ震える。
「隣いたじゃん……」
その声は、少しだけ幼かった。
病み上がりから残っている、不安定な部分。
最近ずっと隠しきれていない、“一人になりたくない”感情。
それが今、全部出ていた。
「だから急に、“もう必要ないので離れます”は嫌です」
「…………」
「そういうの、一番嫌だ」
静かな部屋へ、掠れた声だけが落ちる。
プリンは答えなかった。
でも、小さな手が、そっとあなたの服を掴む。
弱い力だった。
けれど、離れようとしている手ではなかった。
秋葉は静かにその様子を見ていた。
ソラリスも何も言わない。
ただ、金色の瞳だけが静かに細められている。
「…………」
あなたはプリンを抱えたまま、小さく息を吐く。
危険なのは分かっている。
観測されているのも。
外側が動き始めているのも。
全部、分かっている。
でも、だから離れる、で納得できるほど、もう軽い存在じゃなかった。
最近の自分は、気づけばプリンを探している。
肩。
隣。
膝の上。
その小さな気配がないだけで、胸の奥が妙に落ち着かなかった。
プリンは静かに俯いたままだった。
その小さな身体が、あなたの腕の中でわずかに揺れる。
やがて。
「少しだけ」
プリンが、小さく呟く。
「考えさせてください」
あなたが顔を上げる。
プリンはまだ俯いたままだった。
「私は、合理性で離れるべきだと思っています」
「ですが」
小さく息をする。
「ノクスが、そこまで嫌がるとは思っていませんでした」
「…………」
「なので、少し整理が必要です」
その言葉は、完全な拒絶じゃなかった。
離れる、と言い切る声でもなかった。
あなたは小さく息を吐く。
胸の奥の張っていたものが、ほんの少しだけ緩む。
すると。
「ですが、危険性自体は消えていません」
ソラリスが静かに口を開いた。
空気が、少しだけ引き締まる。
「観測は続いている」
「外側は、既にプリンを認識している」
金色の瞳が、静かにこちらを見る。
「このまま停滞すれば、いずれ接触が始まる」
秋葉が小さく息を吐いた。
「つまり、時間はあまりないってことか」
「ああ」
短い返答。
静かな沈黙が落ちる。
あなたはプリンを抱えたまま、ゆっくり目を伏せた。
離したくない。
でも、危険なのも事実。
胸の奥が、ぐちゃぐちゃだった。
その時、プリンがそっとあなたを見上げる。
「……ノクス」
「ん」
「少なくとも、今すぐはいなくなりません」
その言葉に、あなたの呼吸が少し止まる。
プリンは小さく続けた。
「勝手には消えません」
「ちゃんと、話します」
静かな声だった。
でも、それは。
プリンなりの譲歩だった。
*
ソラリスが静かに立ち上がったのは、それから少し後だった。
「外を見る」
短い言葉。
秋葉が小さく頷き、ソラリスはそのまま窓際へ向かう。
黒い髪が、夕方の光を受けて淡く揺れた。
人間みたいな動作なのに、やはりどこか現実感が薄い。
すると、プリンも小さくあなたの腕から降りようとした。
「……プリン?」
「少しだけ、ソラリスと確認を行います」
静かな声。
「すぐ戻ります」
あなたの腕が、無意識に少しだけ強くなる。
プリンが小さくこちらを見上げた。
「ノクス?」
「…………」
嫌だった。
ほんの少し離れるだけ。
それくらい分かっている。
でも、胸の奥が妙にざわつく。
プリンは少しだけ目を細めた。
「勝手には消えません」
さっきと同じ言葉。
落ち着かせるみたいに、静かに繰り返す。
「ちゃんと戻ります」
「……ほんとに?」
掠れた声だった。
プリンは小さく頷く。
「はい」
あなたは少しだけ迷ってから、ようやく腕の力を抜いた。
プリンが静かに膝から降りる。
その小さな体温が離れた瞬間。
胸の奥が、すうっと冷える。
「…………」
自分でも驚くくらい、落ち着かなかった。
プリンはソラリスの方へ歩いていく。
途中で、一度だけ振り返った。
金色の瞳が、静かにこちらを見る。
それから、二人はリビングを出ていった。
扉が閉まる。
さっきまで確かにあった小さな気配が消えただけで、部屋が妙に広く感じる。
「…………」
あなたはソファへ座ったまま、小さく息を吐いた。
落ち着かない。
胸の奥が、ずっとざわざわしている。
指先が無意識に、さっきまでプリンがいた場所を探していた。
膝の上。
空っぽだった。
「……お前」
不意に、秋葉が低く口を開く。
あなたは顔を上げた。
秋葉はコーヒーカップを片手に、静かにこちらを見ている。
「随分、不安定だな」
「……そんなこと」
「ある」
即答だった。
あなたは少し黙る。
否定しきれない。
病み上がりからずっとそうだ。
夜になると少し怖い。
目を離すと、誰かがいなくなりそうで落ち着かない。
最近は特に、プリンを探してしまう。
隣。
肩。
膝の上。
小さな気配がないだけで、胸の奥が妙に寒かった。
「…………」
あなたが黙っていると、秋葉が小さく息を吐く。
「こっち来い」
「え?」
「いいから」
落ち着いた声だった。
逆らいにくい声。
あなたは少し迷ってから、ソファを移動した。
秋葉の隣へ座る。
するとぽん、と頭へ手が乗った。
「……へ?」
大きな手だった。
優しく髪を撫でられる。
ゆっくり、落ち着かせるみたいに。
「秋葉さん?」
「顔色が悪い」
「いや……」
「無理するな」
低い声。
叱るでもなく、ただ静かだった。
その声音が妙に優しくて、あなたは少し言葉に詰まる。
秋葉は、そのままゆっくり頭を撫で続けた。
「お前、病み上がりだろ」
「……まあ」
「なのに今日は情報量が多すぎた」
「…………」
「そりゃ不安定にもなる」
その言葉が、妙に胸へ落ちる。
理解されてしまった感覚だった。
あなたは小さく俯く。
すると今度は、背中を軽く叩かれた。
「大丈夫だ」
秋葉が静かに言う。
「少なくとも、今すぐ全部消えるわけじゃない」
「でも……」
「プリンも、ちゃんと悩んでる」
低い声。
「お前を切り捨てるなら、あんな顔はしない」
あなたは小さく黙る。
確かに、プリンは揺れていた。
合理性だけなら、もっと淡々と離れていけたはずだ。
でも実際は違った。
ちゃんと迷っていた。
それが少しだけ、救いだった。
「…………」
秋葉の手が、またゆっくり頭を撫でる。
大人みたいな手だった。
安心させるのが上手い。
あなたは少しだけ肩の力を抜く。
その瞬間。
「……ほんとに、甘え癖残ってるな」
秋葉が小さく笑った。
「っ……」
顔が熱くなる。
「そ、それは……」
「否定しないんだな」
「いや、だって……」
言い返せない。
最近の自分は、確かにおかしい。
誰かにくっついていないと落ち着かない。
離れると不安になる。
自覚は、ある。
秋葉はそんなあなたを見て、少しだけ目を細めた。
「まあ、今はそれでいい」
静かな声。
「無理に強がる方が危ない」
そう言って。
秋葉は、もう一度あなたの頭をゆっくり撫でた。
その手は、思っていたよりずっと落ち着いた。
大きくて。
ゆっくりで。
熱を逃がすみたいに、静かに髪を撫でていく。
「…………」
あなたは少し俯いたまま、抵抗できずにいた。
恥ずかしい。
でも、離れたくない。
その矛盾が、余計に顔を熱くする。
「顔真っ赤だぞ」
「……うるさいです」
「図星か」
「秋葉さんが変な甘やかし方するからだろ……」
掠れた声で返すと、秋葉が小さく笑った。
「病み上がり相手にはこんなもんだ」
「限度がある……」
「ない」
即答だった。
あなたは思わず顔を上げる。
秋葉は、いつもの落ち着いた顔でコーヒーを飲んでいた。
そのくせ、もう片方の手は普通にあなたの頭を撫で続けている。
器用すぎる。
「……子供扱いしてません?」
「してる」
「認めた……」
「お前は放っておくと一人で抱え込む人間だからな」
低い声だった。
でも、責める響きじゃない。
ただ静かに見抜かれている。
あなたは言葉に詰まった。
実際、さっきから胸の中はぐちゃぐちゃだった。
プリンが離れるかもしれない。
観測されている。
自分はもう戻れない。
情報が多すぎる。
頭では整理しようとしているのに、感情が全然追いつかない。
「…………」
秋葉の手が、今度はゆっくり後頭部を撫でる。
落ち着かせるみたいに。
その感触に、あなたの肩から少し力が抜けた。
「ほら」
秋葉が静かに言う。
「ちゃんと息しろ」
「……してます」
「浅い」
「…………」
「図星だな」
また小さく笑われる。
あなたはますます顔を赤くした。
でも、嫌じゃなかった。
むしろ、その落ち着いた声を聞いていると少し安心してしまう。
「今も怖いんだろ」
その言葉に、あなたは小さく目を伏せた。
否定できない。
プリンが少し離れただけで、胸の奥がざわついた。
今すぐ戻ると言われても、落ち着かなかった。
秋葉はそんなあなたを見て、小さく息を吐く。
「別に悪いことじゃない」
「……でも」
「依存と信頼は、必ずしも同じじゃない」
静かな声。
「お前は今、ちゃんと“不安だ”って言えてる」
「それは我慢して壊れるより、ずっとマシだ」
あなたは少しだけ黙る。
秋葉の言葉は、不思議と否定しづらかった。
この人はたぶん、何人も壊れるところを見てきたのだろう。
だから、“無理に平気な顔をする危うさ”を知っている。
「…………」
頭を撫でられながら、あなたは小さく息を吐いた。
静かだった。
プリンも。
ソラリスもいない。
でも今は、その静けさが少しだけ苦しくない。
「……秋葉さん」
「ん?」
「その、もうちょっとだけ……」
言いかけて、自分で止まる。
何を言おうとしたのか理解してしまって、急に恥ずかしくなった。
けれど秋葉は、全部察したみたいに小さく笑った。
「分かった」
そう言って。
今度は、そっと肩を引き寄せられる。
「っ……」
あなたの身体が少し強張る。
でも秋葉は、そのまま静かに背中を撫でただけだった。
「いつも頑張りすぎだ」
低い声が、すぐ近くで落ちる。
「少しくらい甘やかされとけ」
「…………」
あなたは小さく息を吐いた。
その言葉に逆らう気力が、もうあまり残っていなかった。
病み上がりの身体は、思っていた以上に正直だ。
不安も。
寂しさも。
誰かが離れていきそうな怖さも。
全部、うまく隠しきれない。
秋葉はそんなあなたを見透かしたみたいに、小さく目を細めた。
「安心しろ」
静かな声。
「少なくとも、お前の周りの連中は簡単には消えない」
「…………」
「ルミナも」
「ステラも」
「プリンもな」
その名前を聞くだけで、胸の奥が少しだけ落ち着く。
あなたは小さく俯いた。
秋葉の肩へ、少しだけ体重が預かる。
すると秋葉は何も言わず、そのまま受け止めた。
広いリビングは静かだった。
夕方の光が、ゆっくり床へ伸びていく。
さっきまで胸を締め付けていた不安が、少しだけ遠くなる。
けれど、あなたは小さく秋葉の服を掴いた。
「……秋葉さんも」
「ん?」
「消えない?」
掠れた声だった。
自分でも、少し子供みたいだと思う。
でも、聞かずにはいられなかった。
秋葉は数秒だけ黙って、それからふっと小さく笑う。
「消えないよ」
即答だった。
落ち着いた声。
迷いのない声。
「私は、消えないさ」
「…………」
その言葉だけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。
あなたは小さく息を吐いた。
すると秋葉が、不意にこちらの顎へ指を添える。
「っ、え」
くい、と軽く持ち上げられる。
自然な動作だった。
近い。
秋葉の整った顔が、すぐ目の前にある。
落ち着いた瞳。
余裕のある表情。
年上の女の人、という感じが強すぎて、頭が止まる。
秋葉は、そのまま少しだけ口元を緩めた。
「そんなに不安なら」
低い声が落ちる。
「私のことも堕とすか?」
「………………は?」
一瞬、本当に理解が止まった。
数秒遅れて、意味が脳へ入ってくる。
「っ、な、な……」
顔が一気に熱くなる。
耳まで熱い。
逃げようとしても、顎を持ち上げられているせいで視線を逸らせない。
近い。
近すぎる。
秋葉は完全に面白がっていた。
目が笑っている。
「秋葉さん!?」
「なんだ」
「な、何言って……っ」
「冗談だ」
絶対半分くらい本気だった。
あなたが真っ赤な顔で固まっていると、秋葉は小さく笑いながら顎から手を離す。
そのまま、ぽん、と頭を軽く撫でた。
「いい顔だな」
「う、うるさい……」
恥ずかしすぎて死にそうだった。
さっきまでの不安とか寂しさとか、全部一瞬吹き飛ぶくらいには破壊力があった。
秋葉はそんなあなたを見て、満足そうに小さく息を吐く。
「少しは顔色戻ったな」
「戻るかこんなの……」
あなたは顔を隠すみたいに俯いた。
でも、胸の奥の重たさは少しだけ軽くなっていた。
評価・感想よろしくお願いいたします。
誰が好き?
-
ノクス
-
ルミナ
-
ステラ
-
プリン
-
秋葉