転生者がTS魔法少女になって頑張る話。   作:メルヘン侍

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第八話 それでも隣にいてほしい

 重苦しい沈黙。

 

 窓の外では、夕方の光が少しずつ傾き始めている。

 

 広いリビングは静かだった。

 

 静かすぎるくらいに。

 

「…………」

 

 あなたは無意識に、プリンを撫でていた。

 

 小さな頭。

 柔らかな毛並み。

 

 指先へ伝わる感触だけが、妙に現実感を繋ぎ止めてくれる。

 

 プリンは何も言わない。

 

 ただ静かに、あなたの膝の上へ身体を預けている。

 

 その沈黙を破ったのは、ソラリスだった。

 

「もう一つある」

 

 低く静かな声。

 

 あなたは顔を上げる。

 

 ソラリスの金色の瞳は、まっすぐこちらを見ていた。

 

「ノクス」

 

「……なんですか」

 

「お前は、既に変質している」

 

「…………は?」

 

 一瞬、意味が分からなかった。

 

 秋葉が小さく眉を動かす。

 

 プリンだけが静かだった。

 

 まるで、その話が出ることを知っていたみたいに。

 

「どういう意味だよ」

 

 あなたが聞く。

 

 ソラリスは淡々と続けた。

 

「本来、魔法少女の変身は武装変更に近い」

 

「魔力そのものは、元から身体へ宿っている」

 

「戦闘時に出力形態を切り替えているだけだ」

 

 あなたは小さく眉を寄せた。

 

 それは知っている。

 

 魔法少女は“別人になる”わけじゃない。

 

 魔力を解放し、戦闘用の姿へ変わる。

 

 それだけだ。

 

 だから戦闘が終われば、元へ戻る。

 

 それが普通だった。

 

「だが、お前は違う」

 

 ソラリスの金色の瞳が、静かにこちらを見る。

 

「ノクスは、既にその姿を基底へ固定し始めている」

 

 部屋の空気が止まる。

 

 あなたは反射的に、自分の手を見る。

 

 白い指先。

 細い身体。

 淡い髪。

 少女の身体。

 

 ——戻れていない。

 

 そういえば、ずっとこの姿だった。

 

 戦闘のあとも。

 日常でも。

 眠る時も。

 朝起きた時も。

 

 まるで、最初からこちらが本来の姿だったみたいに。

 

「おそらく最初の変身以降、変質を続けていたはずだ」

 

 ソラリスは静かに言った。

 

「魔力循環も、肉体維持も、既にノクス自身へ固定され始めている」

 

「固定……」

 

「現在のお前は、“変身している”のではない」

 

 金色の瞳が、静かにこちらを見る。

 

「その姿として成立し始めている」

 

 理解した瞬間、あなたは小さく息を吐いた。

 

「……まあ」

 

 掠れた声が落ちる。

 

「今さらではあるよな」

 

 秋葉がわずかに目を細める。

 

 あなたは自分の腕を見る。

 

 細い身体。

 少女の姿。

 

 違和感は、もう薄かった。

 

 むしろ最近は、この姿の方が自然ですらある。

 

 戦って。

 眠って。

 笑って。

 日常を過ごして。

 

 全部この身体でやってきた。

 

 だから、変わってしまったこと自体は、もうどこか受け入れていた。

 

「……普通じゃないのは知ってます」

 

 小さく笑う。

 

「最近ずっと言われてるし」

 

「自覚もありましたから」

 

「今さら急に怖くはないです」

 

 それは本音だった。

 

 怖いのは、自分が変わっていることじゃない。

 

 もっと別のことだった。

 

 あなたは膝の上を見る。

 

 プリンは静かにこちらを見上げている。

 

「……プリン」

 

「はい」

 

「お前、知ってたのか」

 

「最近です」

 

 静かな返事。

 

「メンシス戦以降、定着率が急激に上昇しています」

 

「ノクス単独での循環維持も確認済みです」

 

 あなたは小さく黙る。

 

 その説明を聞いても、自分のことには不思議と納得してしまう。

 

 ああ、そうなんだな。

 

 最近戻れなかったのも。

 身体が妙に馴染んでいたのも。

 

 全部、繋がっていたのか。

 

 そんな感覚だった。

 

 けれど。

 

「……私は、ノクスにとって必要不可欠な存在ではありません」

 

 プリンが静かに言った瞬間。

 

 胸の奥が、強く軋んだ。

 

「……は?」

 

 あなたが顔を上げる。

 

 プリンは目を逸らさない。

 

 まっすぐこちらを見ている。

 

「ノクスは既に、一人で成立しています」

 

「私は補助なしでも存在維持が可能です」

 

「だから」

 

 小さく息を吸う。

 

「私が離脱しても——」

 

「嫌です」

 

 気づけば、声が出ていた。

 

 自分でも驚くくらい早かった。

 

 プリンが小さく止まる。

 

 秋葉も。

 ソラリスも。

 

 静かにこちらを見ていた。

 

 あなたは、プリンを抱える腕へ力を込める。

 

 逃がさないみたいに。

 離れないように。

 

「……ノクス」

 

「嫌だ」

 

 今度は、はっきり言った。

 

 胸の奥がざわついている。

 苦しい。

 落ち着かない。

 

 でも、それは自分の身体のことじゃない。

 

 プリンが、“自分はもう必要ない”みたいに話していることだった。

 

「俺、自分のことは別にいいんです」

 

 掠れた声が落ちる。

 

「変わってるなら変わってるで、まあそうなんだろうなって思うし」

 

「戻れなくても、それでも生きるって決めました」

 

「でも」

 

 抱き寄せる腕に、少しだけ力が入る。

 

「だからって、お前がいらなくなるのは違うだろ……」

 

 静かな部屋へ、その声だけが落ちた。

 

 プリンの金色の瞳が、わずかに揺れる。

 

「お前、最近ずっと隣いたじゃないですか」

 

「肩乗って」

 

「くっついて」

 

「離れないとか言って」

 

「落ち着くとか言ってたくせに」

 

 言葉が止まらない。

 

 止められなかった。

 

「なのに急に、“もう必要ないから離れます”って何だよ……」

 

 子供みたいな声だった。

 

 でも、抑えられない。

 

 プリンは静かにあなたを見ている。

 

 その小さな身体を抱えているだけで、胸の奥が少しだけ落ち着く。

 

 だから余計に、離れるなんて言葉を聞きたくなかった。

 

「必要とかじゃない」

 

 あなたは小さく息を吐く。

 

「……いてほしいんです」

 

 その言葉に、プリンが小さく息を呑んだ。

 

 あなたは気づかない。

 

 ただ、離れないように抱きしめていた。

 

「…………」

 

 静かな時間だった。

 

 窓の外では、夕方の光が少しずつ赤く沈み始めている。

 

 部屋の空気は重かった。

 

 でも、あなたはプリンを離せなかった。

 

 離した瞬間、本当にどこかへ行ってしまいそうで。

 

「ノクス」

 

 プリンが静かに名前を呼ぶ。

 

 その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。

 

「私は、ノクスを拒絶したいわけではありません」

 

「…………」

 

「離れたいわけでもありません」

 

 あなたの腕の中で、プリンが小さく目を伏せる。

 

「ですが」

 

 そこで、言葉が止まる。

 

 ほんの数秒の沈黙。

 

 それからプリンは、静かに続けた。

 

「最近、観測反応が増加しています」

 

「メンシスだけではありません」

 

「複数のアークが、既に私を認識し始めています」

 

 あなたは小さく眉を寄せた。

 

 さっき聞いた話。

 

 でも、プリン自身の口から聞くと、重みが違った。

 

「私は、本来ここにいてはいけない存在です」

 

「外側にとって、異物です」

 

「だから、いずれ直接接触が始まります」

 

 静かな声。

 

 感情を押し込めた声だった。

 

「ノクスの近くにいる限り、ノクスも観測対象になります」

 

「…………」

 

「既に、一部はノクスを認識しています」

 

 その言葉に、ソラリスが静かに目を閉じる。

 

 否定しない。

 

 つまり事実だった。

 

 あなたは小さく息を吐く。

 

 怖くないわけじゃない。

 

 でも。

 

 それでも。

 

「だから離れるって?」

 

 掠れた声で聞く。

 

 プリンは静かに頷いた。

 

「はい」

 

「私は、本来ノクスと相互契約状態でした」

 

「私は生存を維持し、ノクスは魔法少女たちを守る力を得る」

 

「それが、最初の形です」

 

 プリンの声は静かだった。

 

「ですが現在、ノクスは既に単独で成立しています」

 

「私を介さずとも、魔力循環と存在維持が可能です」

 

「ならば、私が隣にいる理由は薄くなります」

 

「むしろ危険性の方が大きい」

 

 その声は、あまりにも合理的だった。

 

 まるで、自分自身へ言い聞かせているみたいに。

 

 あなたはその小さな身体を、さらに強く抱き寄せる。

 

「……薄くなんかない」

 

「そばに、いてよ」

 

 ぽつりと落ちた声。

 

 プリンが小さく目を開く。

 

「ノクス」

 

 静かな沈黙。

 

 プリンは、しばらく何も言わなかった。

 

 小さな身体が、あなたの腕の中で僅かに震えている。

 

 やがて。

 

「……ずるいです」

 

 プリンが、ぽつりと呟いた。

 

「え?」

 

「その言い方は、ずるいです」

 

 淡々とした声。

 

 でも、その奥が揺れていた。

 

 あなたは思わずプリンを見る。

 

 金色の瞳が、少しだけ潤んで見えた。

 

「私は、ノクスを守るために離れようとしているのに」

 

「ノクスは、そうやって止める」

 

 小さな声だった。

 

 それは、責める声じゃない。

 

 むしろ、揺らいでしまっている声だった。

 

 夕方の光だけが、ゆっくり部屋を赤く染めていく。

 

 あなたはまだ、プリンを抱きしめたままだった。

 

 離したくなかった。

 

「…………」

 

 プリンは小さく俯いている。

 

 いつもみたいな淡々とした顔なのに。

 

 今は、その静けさが少しだけ脆く見えた。

 

「ノクス」

 

 小さな声。

 

「私は、危険です」

 

「知ってます」

 

 即答だった。

 

 プリンが少しだけ目を瞬く。

 

 あなたは俯いたまま続ける。

 

「最初から危険だっただろ」

 

「アークで」

 

「意味分かんない力持ってて」

 

「世界の外側知ってて」

 

「今さらだよ」

 

 掠れた声。

 

 でも、そこに迷いはなかった。

 

「でも、お前いたじゃん」

 

 小さく抱き寄せる。

 

「ずっと」

 

 プリンの身体が、ほんの少しだけ震える。

 

「隣いたじゃん……」

 

 その声は、少しだけ幼かった。

 

 病み上がりから残っている、不安定な部分。

 

 最近ずっと隠しきれていない、“一人になりたくない”感情。

 

 それが今、全部出ていた。

 

「だから急に、“もう必要ないので離れます”は嫌です」

 

「…………」

 

「そういうの、一番嫌だ」

 

 静かな部屋へ、掠れた声だけが落ちる。

 

 プリンは答えなかった。

 

 でも、小さな手が、そっとあなたの服を掴む。

 

 弱い力だった。

 

 けれど、離れようとしている手ではなかった。

 

 秋葉は静かにその様子を見ていた。

 

 ソラリスも何も言わない。

 

 ただ、金色の瞳だけが静かに細められている。

 

「…………」

 

 あなたはプリンを抱えたまま、小さく息を吐く。

 

 危険なのは分かっている。

 

 観測されているのも。

 

 外側が動き始めているのも。

 

 全部、分かっている。

 

 でも、だから離れる、で納得できるほど、もう軽い存在じゃなかった。

 

 最近の自分は、気づけばプリンを探している。

 

 肩。

 隣。

 膝の上。

 

 その小さな気配がないだけで、胸の奥が妙に落ち着かなかった。

 

 プリンは静かに俯いたままだった。

 

 その小さな身体が、あなたの腕の中でわずかに揺れる。

 

 やがて。

 

「少しだけ」

 

 プリンが、小さく呟く。

 

「考えさせてください」

 

 あなたが顔を上げる。

 

 プリンはまだ俯いたままだった。

 

「私は、合理性で離れるべきだと思っています」

 

「ですが」

 

 小さく息をする。

 

「ノクスが、そこまで嫌がるとは思っていませんでした」

 

「…………」

 

「なので、少し整理が必要です」

 

 その言葉は、完全な拒絶じゃなかった。

 

 離れる、と言い切る声でもなかった。

 

 あなたは小さく息を吐く。

 

 胸の奥の張っていたものが、ほんの少しだけ緩む。

 

 すると。

 

「ですが、危険性自体は消えていません」

 

 ソラリスが静かに口を開いた。

 

 空気が、少しだけ引き締まる。

 

「観測は続いている」

 

「外側は、既にプリンを認識している」

 

 金色の瞳が、静かにこちらを見る。

 

「このまま停滞すれば、いずれ接触が始まる」

 

 秋葉が小さく息を吐いた。

 

「つまり、時間はあまりないってことか」

 

「ああ」

 

 短い返答。

 

 静かな沈黙が落ちる。

 

 あなたはプリンを抱えたまま、ゆっくり目を伏せた。

 

 離したくない。

 

 でも、危険なのも事実。

 

 胸の奥が、ぐちゃぐちゃだった。

 

 その時、プリンがそっとあなたを見上げる。

 

「……ノクス」

 

「ん」

 

「少なくとも、今すぐはいなくなりません」

 

 その言葉に、あなたの呼吸が少し止まる。

 

 プリンは小さく続けた。

 

「勝手には消えません」

 

「ちゃんと、話します」

 

 静かな声だった。

 

 でも、それは。

 

 プリンなりの譲歩だった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 ソラリスが静かに立ち上がったのは、それから少し後だった。

 

「外を見る」

 

 短い言葉。

 

 秋葉が小さく頷き、ソラリスはそのまま窓際へ向かう。

 

 黒い髪が、夕方の光を受けて淡く揺れた。

 

 人間みたいな動作なのに、やはりどこか現実感が薄い。

 

 すると、プリンも小さくあなたの腕から降りようとした。

 

「……プリン?」

 

「少しだけ、ソラリスと確認を行います」

 

 静かな声。

 

「すぐ戻ります」

 

 あなたの腕が、無意識に少しだけ強くなる。

 

 プリンが小さくこちらを見上げた。

 

「ノクス?」

 

「…………」

 

 嫌だった。

 

 ほんの少し離れるだけ。

 

 それくらい分かっている。

 

 でも、胸の奥が妙にざわつく。

 

 プリンは少しだけ目を細めた。

 

「勝手には消えません」

 

 さっきと同じ言葉。

 

 落ち着かせるみたいに、静かに繰り返す。

 

「ちゃんと戻ります」

 

「……ほんとに?」

 

 掠れた声だった。

 

 プリンは小さく頷く。

 

「はい」

 

 あなたは少しだけ迷ってから、ようやく腕の力を抜いた。

 

 プリンが静かに膝から降りる。

 

 その小さな体温が離れた瞬間。

 

 胸の奥が、すうっと冷える。

 

「…………」

 

 自分でも驚くくらい、落ち着かなかった。

 

 プリンはソラリスの方へ歩いていく。

 

 途中で、一度だけ振り返った。

 

 金色の瞳が、静かにこちらを見る。

 

 それから、二人はリビングを出ていった。

 

 扉が閉まる。

 

 さっきまで確かにあった小さな気配が消えただけで、部屋が妙に広く感じる。

 

「…………」

 

 あなたはソファへ座ったまま、小さく息を吐いた。

 

 落ち着かない。

 

 胸の奥が、ずっとざわざわしている。

 

 指先が無意識に、さっきまでプリンがいた場所を探していた。

 

 膝の上。

 

 空っぽだった。

 

「……お前」

 

 不意に、秋葉が低く口を開く。

 

 あなたは顔を上げた。

 

 秋葉はコーヒーカップを片手に、静かにこちらを見ている。

 

「随分、不安定だな」

 

「……そんなこと」

 

「ある」

 

 即答だった。

 

 あなたは少し黙る。

 

 否定しきれない。

 

 病み上がりからずっとそうだ。

 

 夜になると少し怖い。

 

 目を離すと、誰かがいなくなりそうで落ち着かない。

 

 最近は特に、プリンを探してしまう。

 

 隣。

 肩。

 膝の上。

 

 小さな気配がないだけで、胸の奥が妙に寒かった。

 

「…………」

 

 あなたが黙っていると、秋葉が小さく息を吐く。

 

「こっち来い」

 

「え?」

 

「いいから」

 

 落ち着いた声だった。

 

 逆らいにくい声。

 

 あなたは少し迷ってから、ソファを移動した。

 

 秋葉の隣へ座る。

 

 するとぽん、と頭へ手が乗った。

 

「……へ?」

 

 大きな手だった。

 

 優しく髪を撫でられる。

 

 ゆっくり、落ち着かせるみたいに。

 

「秋葉さん?」

 

「顔色が悪い」

 

「いや……」

 

「無理するな」

 

 低い声。

 

 叱るでもなく、ただ静かだった。

 

 その声音が妙に優しくて、あなたは少し言葉に詰まる。

 

 秋葉は、そのままゆっくり頭を撫で続けた。

 

「お前、病み上がりだろ」

 

「……まあ」

 

「なのに今日は情報量が多すぎた」

 

「…………」

 

「そりゃ不安定にもなる」

 

 その言葉が、妙に胸へ落ちる。

 

 理解されてしまった感覚だった。

 

 あなたは小さく俯く。

 

 すると今度は、背中を軽く叩かれた。

 

「大丈夫だ」

 

 秋葉が静かに言う。

 

「少なくとも、今すぐ全部消えるわけじゃない」

 

「でも……」

 

「プリンも、ちゃんと悩んでる」

 

 低い声。

 

「お前を切り捨てるなら、あんな顔はしない」

 

 あなたは小さく黙る。

 

 確かに、プリンは揺れていた。

 

 合理性だけなら、もっと淡々と離れていけたはずだ。

 

 でも実際は違った。

 

 ちゃんと迷っていた。

 

 それが少しだけ、救いだった。

 

「…………」

 

 秋葉の手が、またゆっくり頭を撫でる。

 

 大人みたいな手だった。

 

 安心させるのが上手い。

 

 あなたは少しだけ肩の力を抜く。

 

 その瞬間。

 

「……ほんとに、甘え癖残ってるな」

 

 秋葉が小さく笑った。

 

「っ……」

 

 顔が熱くなる。

 

「そ、それは……」

 

「否定しないんだな」

 

「いや、だって……」

 

 言い返せない。

 

 最近の自分は、確かにおかしい。

 

 誰かにくっついていないと落ち着かない。

 

 離れると不安になる。

 

 自覚は、ある。

 

 秋葉はそんなあなたを見て、少しだけ目を細めた。

 

「まあ、今はそれでいい」

 

 静かな声。

 

「無理に強がる方が危ない」

 

 そう言って。

 

 秋葉は、もう一度あなたの頭をゆっくり撫でた。

 

 その手は、思っていたよりずっと落ち着いた。

 

 大きくて。

 ゆっくりで。

 

 熱を逃がすみたいに、静かに髪を撫でていく。

 

「…………」

 

 あなたは少し俯いたまま、抵抗できずにいた。

 

 恥ずかしい。

 

 でも、離れたくない。

 

 その矛盾が、余計に顔を熱くする。

 

「顔真っ赤だぞ」

 

「……うるさいです」

 

「図星か」

 

「秋葉さんが変な甘やかし方するからだろ……」

 

 掠れた声で返すと、秋葉が小さく笑った。

 

「病み上がり相手にはこんなもんだ」

 

「限度がある……」

 

「ない」

 

 即答だった。

 

 あなたは思わず顔を上げる。

 

 秋葉は、いつもの落ち着いた顔でコーヒーを飲んでいた。

 

 そのくせ、もう片方の手は普通にあなたの頭を撫で続けている。

 

 器用すぎる。

 

「……子供扱いしてません?」

 

「してる」

 

「認めた……」

 

「お前は放っておくと一人で抱え込む人間だからな」

 

 低い声だった。

 

 でも、責める響きじゃない。

 

 ただ静かに見抜かれている。

 

 あなたは言葉に詰まった。

 

 実際、さっきから胸の中はぐちゃぐちゃだった。

 

 プリンが離れるかもしれない。

 

 観測されている。

 

 自分はもう戻れない。

 

 情報が多すぎる。

 

 頭では整理しようとしているのに、感情が全然追いつかない。

 

「…………」

 

 秋葉の手が、今度はゆっくり後頭部を撫でる。

 

 落ち着かせるみたいに。

 

 その感触に、あなたの肩から少し力が抜けた。

 

「ほら」

 

 秋葉が静かに言う。

 

「ちゃんと息しろ」

 

「……してます」

 

「浅い」

 

「…………」

 

「図星だな」

 

 また小さく笑われる。

 

 あなたはますます顔を赤くした。

 

 でも、嫌じゃなかった。

 

 むしろ、その落ち着いた声を聞いていると少し安心してしまう。

 

「今も怖いんだろ」

 

 その言葉に、あなたは小さく目を伏せた。

 

 否定できない。

 

 プリンが少し離れただけで、胸の奥がざわついた。

 

 今すぐ戻ると言われても、落ち着かなかった。

 

 秋葉はそんなあなたを見て、小さく息を吐く。

 

「別に悪いことじゃない」

 

「……でも」

 

「依存と信頼は、必ずしも同じじゃない」

 

 静かな声。

 

「お前は今、ちゃんと“不安だ”って言えてる」

 

「それは我慢して壊れるより、ずっとマシだ」

 

 あなたは少しだけ黙る。

 

 秋葉の言葉は、不思議と否定しづらかった。

 

 この人はたぶん、何人も壊れるところを見てきたのだろう。

 

 だから、“無理に平気な顔をする危うさ”を知っている。

 

「…………」

 

 頭を撫でられながら、あなたは小さく息を吐いた。

 

 静かだった。

 

 プリンも。

 

 ソラリスもいない。

 

 でも今は、その静けさが少しだけ苦しくない。

 

「……秋葉さん」

 

「ん?」

 

「その、もうちょっとだけ……」

 

 言いかけて、自分で止まる。

 

 何を言おうとしたのか理解してしまって、急に恥ずかしくなった。

 

 けれど秋葉は、全部察したみたいに小さく笑った。

 

「分かった」

 

 そう言って。

 

 今度は、そっと肩を引き寄せられる。

 

「っ……」

 

 あなたの身体が少し強張る。

 

 でも秋葉は、そのまま静かに背中を撫でただけだった。

 

「いつも頑張りすぎだ」

 

 低い声が、すぐ近くで落ちる。

 

「少しくらい甘やかされとけ」

 

「…………」

 

 あなたは小さく息を吐いた。

 

 その言葉に逆らう気力が、もうあまり残っていなかった。

 

 病み上がりの身体は、思っていた以上に正直だ。

 

 不安も。

 寂しさも。

 誰かが離れていきそうな怖さも。

 

 全部、うまく隠しきれない。

 

 秋葉はそんなあなたを見透かしたみたいに、小さく目を細めた。

 

「安心しろ」

 

 静かな声。

 

「少なくとも、お前の周りの連中は簡単には消えない」

 

「…………」

 

「ルミナも」

 

「ステラも」

 

「プリンもな」

 

 その名前を聞くだけで、胸の奥が少しだけ落ち着く。

 

 あなたは小さく俯いた。

 

 秋葉の肩へ、少しだけ体重が預かる。

 

 すると秋葉は何も言わず、そのまま受け止めた。

 

 広いリビングは静かだった。

 

 夕方の光が、ゆっくり床へ伸びていく。

 

 さっきまで胸を締め付けていた不安が、少しだけ遠くなる。

 

 けれど、あなたは小さく秋葉の服を掴いた。

 

「……秋葉さんも」

 

「ん?」

 

「消えない?」

 

 掠れた声だった。

 

 自分でも、少し子供みたいだと思う。

 

 でも、聞かずにはいられなかった。

 

 秋葉は数秒だけ黙って、それからふっと小さく笑う。

 

「消えないよ」

 

 即答だった。

 

 落ち着いた声。

 

 迷いのない声。

 

「私は、消えないさ」

 

「…………」

 

 その言葉だけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。

 

 あなたは小さく息を吐いた。

 

 すると秋葉が、不意にこちらの顎へ指を添える。

 

「っ、え」

 

 くい、と軽く持ち上げられる。

 

 自然な動作だった。

 

 近い。

 

 秋葉の整った顔が、すぐ目の前にある。

 

 落ち着いた瞳。

 余裕のある表情。

 

 年上の女の人、という感じが強すぎて、頭が止まる。

 

 秋葉は、そのまま少しだけ口元を緩めた。

 

「そんなに不安なら」

 

 低い声が落ちる。

 

「私のことも堕とすか?」

 

「………………は?」

 

 一瞬、本当に理解が止まった。

 

 数秒遅れて、意味が脳へ入ってくる。

 

「っ、な、な……」

 

 顔が一気に熱くなる。

 

 耳まで熱い。

 

 逃げようとしても、顎を持ち上げられているせいで視線を逸らせない。

 

 近い。

 

 近すぎる。

 

 秋葉は完全に面白がっていた。

 

 目が笑っている。

 

「秋葉さん!?」

 

「なんだ」

 

「な、何言って……っ」

 

「冗談だ」

 

 絶対半分くらい本気だった。

 

 あなたが真っ赤な顔で固まっていると、秋葉は小さく笑いながら顎から手を離す。

 

 そのまま、ぽん、と頭を軽く撫でた。

 

「いい顔だな」

 

「う、うるさい……」

 

 恥ずかしすぎて死にそうだった。

 

 さっきまでの不安とか寂しさとか、全部一瞬吹き飛ぶくらいには破壊力があった。

 

 秋葉はそんなあなたを見て、満足そうに小さく息を吐く。

 

「少しは顔色戻ったな」

 

「戻るかこんなの……」

 

 あなたは顔を隠すみたいに俯いた。

 

 でも、胸の奥の重たさは少しだけ軽くなっていた。




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