転生者がTS魔法少女になって頑張る話。   作:メルヘン侍

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第十三話 休息

 休日の朝だった。

 

 本来なら、ゆっくり寝ている予定だった。

 

 少なくともあなたはそう思っていた。

 

「ノクス」

 

 左から声。

 

「何」

 

 顔を向ける。

 

 すぐ近くにルミナがいた。

 

 近い。

 

 最近ずっと近い。

 

 肩が触れそうな距離。

 

 というか、ほぼ触れている。

 

 本人は平然としている。

 

 平然としているから困る。

 

「髪」

 

「髪?」

 

「跳ねてる」

 

 そう言いながら前髪へ手を伸ばしてくる。

 

「いや自分でやるから」

 

「動かない」

 

 整えられる。

 

 当然のように。

 

「……ありがとう」

 

「うん」

 

 満足そうに頷くルミナ。

 

 その時だった。

 

 後ろから体重がかかった。

 

「ノークースー!」

 

「うわっ!?」

 

 勢いよく背中へ抱きついてきたのはステラだった。

 

「補給!」

 

「人を何だと思ってるんだ」

 

「ノクスの!」

 

「答えになってねぇ」

 

 ぎゅう。

 

 抱きつかれる。

 

 逃げようとするとさらに強くなる。

 

 酷い。

 

「離れろ」

 

「嫌!」

 

「即答するな」

 

「嫌だから!」

 

 本当に酷い。

 

 すると、目の前に影が落ちた。

 

 見上げる。

 

 プリンだった。

 

「何だよ」

 

「ノクス」

 

「何」

 

「空いています」

 

「何が」

 

 プリンはあなたの膝を見る。

 

 嫌な予感がした。

 

「待て」

 

「座ります」

 

「待てって」

 

 待たなかった。

 

 当然のように膝へ座る。

 

「プリン!?」

 

「安定しています」

 

「俺が安定してないんだよ!」

 

 ルミナ。

 ステラ。

 プリン。

 

 三方向、逃げ場なし。

 

 何なんだ本当に。

 

 ルミナが首を傾げる。

 

「顔赤い」

 

「誰のせいだと思ってるんだ」

 

「熱ある?」

 

「ない!」

 

 ステラが覗き込んでくる。

 

「でも真っ赤」

 

「近い近い近い!」

 

 プリンも不思議そうな顔。

 

「照れています」

 

「分析するな!」

 

 あなたは頭を抱えた。

 

 最近ずっとこうだ。

 

 ルミナは距離が近い。

 

 ステラは隙あらばくっついてくる。

 

 プリンは何故かさらに近い。

 

 悪意はない。

 

 むしろ好意だ。

 

 だから困る。

 

 最近本当に心臓が休まらない。

 

「ノクス」

 

 プリンが見上げる。

 

「何」

 

「嫌ですか?」

 

 その言葉に、少しだけ詰まる。

 

 嫌じゃないから困るのだ。

 

「そういう話じゃない」

 

「?」

 

 分かってない顔。

 

 ステラも。

 ルミナも。

 

 三人とも分かっていない。

 

 あなただけが勝手に死にかけている。

 

 限界だった。

 

「ちょっと出てくる」

 

 あなたは立ち上がった。

 

「どこに?」

 

 ルミナが聞く。

 

「散歩」

 

「一人で?」

 

「一人で」

 

 即答だった。

 

 これ以上ここにいたら心臓が持たない。

 

 あなたは逃げるように家を出た。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 十分後。

 

 街を適当に歩いているとスマホが震えた。

 

 画面を見る。

 

 秋葉だった。

 

『今暇か』

 

『暇だけど』

 

『なら付き合え』

 

『命令?』

 

『半分くらいは』

 

 相変わらずだった。

 

 あなたは少しだけ笑う。

 

『どこ行けばいい』

 

 すぐに位置情報が送られてくる。

 

 近くだった。

 

『了解』

 

 返信して向かう。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 待ち合わせ場所には既に秋葉がいた。

 

 管理庁の制服ではない。

 

 珍しく私服だった。

 

 それでも背筋は真っ直ぐで。

 

 どこか上官らしい空気は消えていない。

 

「待たせたか」

 

「いや」

 

 秋葉があなたを見る。

 

 数秒。

 

「……何だその顔」

 

「何でもない」

 

「絶対何かあるだろ」

 

「少し疲れているように見えた」

 

 図星だった。

 

 あなたは視線を逸らす。

 

 秋葉は小さく笑った。

 

「なるほど」

 

「何が」

 

「最近大変そうだからな」

 

「知ってるのか」

 

「見ていれば分かる」

 

 酷い。

 

 だが否定できない。

 

 秋葉は肩をすくめる。

 

「まあいい」

 

「それで用事って何だ」

 

「付き合えと言っただろう」

 

「だから何に」

 

「買い物だ」

 

「荷物持ちか」

 

「そうとも言う」

 

 即答だった。

 

 あなたはため息を吐く。

 

「断る権利は」

 

「ある」

 

「珍しいな」

 

「だが断るな」

 

「結局命令じゃねぇか」

 

 秋葉が少しだけ楽しそうに笑った。

 

 そして歩き出す。

 

 あなたもその隣へ並ぶ。

 

 気付けば、さっきまでの騒がしさが少し遠くなっていた。

 

 それだけで、少しだけ肩の力が抜けた気がした。

 

 少しだけ肩の力が抜けた気がした。

 

 休日の街は賑やかだった。

 

 人通りも多い。

 

 買い物客。

 家族連れ。

 学生。

 

 平和な光景だ。

 

 秋葉はそんな人混みを慣れた様子で歩いていく。

 

 あなたもその隣を歩いた。

 

「最近、落ち着かない顔をしているな」

 

 秋葉がふと口を開いた。

 

「そう見えるか?」

 

「見える」

 

 即答だった。

 

 あなたは小さくため息をつく。

 

「実はさ……」

 

 少し迷ってから言葉を続ける。

 

「ルミナも、ステラも、プリンも……みんな妙に距離が近いというか」

 

 秋葉は黙って聞いている。

 

「好いてくれてるのは嬉しいんだ」

 

「だろうな」

 

「でも、その……三人ともそれぞれ違う形で好意を向けてくるから」

 

 あなたは頭をかく。

 

「毎日ドキドキして落ち着かない」

 

 正直な本音だった。

 

 誰か一人でも十分に振り回されそうなのに。

 

 三人同時となればなおさらだ。

 

 秋葉は少しだけ目を細めた。

 

「贅沢な悩みだな」

 

「自分でもそう思う」

 

「だが、悩む気持ちも分かる」

 

 意外な返答だった。

 

「分かるのか?」

 

「好意を向けられるのは嬉しい。だが、それにどう向き合うかは別問題だ」

 

 秋葉は淡々と言う。

 

「無理に答えを出そうとするな」

 

「でもさ」

 

「焦るな」

 

 静かな声だった。

 

「今のお前は、三人のことを大切に思っている。それで十分だ」

 

 あなたは少し黙る。

 

「そういうものか?」

 

「そういうものだ」

 

 秋葉は小さく肩をすくめた。

 

「毎日ドキドキするなら、それも今しか味わえない時間だと思っておけ」

 

「他人事だと思って」

 

「他人事だから言える」

 

 少しだけ笑う。

 

 その表情に、あなたもつられて笑ってしまった。

 

「どこまで進んだ」

 

 秋葉が不意に聞いた。

 

「何が」

 

「恋愛方面だ」

 

「帰るぞ」

 

 あなたは真顔で答えた。

 

 秋葉は少しだけ目を細める。

 

「その反応を見る限り、何かあったな」

 

「何もない」

 

「嘘が下手だ」

 

「尋問か?」

 

「職業病だ」

 

 即答だった。

 

 秋葉は楽しそうでもなく、本気でもなく、ただ自然に歩く。

 

「それで」

 

 秋葉が続ける。

 

「ルミナ」

 

「何で確定なんだよ」

 

「違うのか?」

 

「違わないけど」

 

「なるほど」

 

 何もなるほどじゃない。

 

「ステラ」

 

「違う」

 

「違わないのか」

 

「違わないけど違う」

 

「面白いな」

 

 秋葉が小さく笑う。

 

 そして。

 

「プリン」

 

「…………」

 

 あなたが黙る。

 

 秋葉も黙る。

 

 数秒。

 

「なるほど」

 

「何がだよ」

 

「一番面倒そうだ」

 

「否定できねぇ……」

 

 秋葉が珍しく声を立てて笑った。

 

 本当に珍しい。

 

 あなたは少し驚く。

 

「……楽しそうだな」

 

「そうか?」

 

「そうだよ」

 

 秋葉は少し考える。

 

 それから。

 

「まあ」

 

 小さく肩をすくめた。

 

「お前が元気そうだからな」

 

 その言葉に。

 

 あなたは少しだけ黙った。

 

 ただ元気そうだと言われるのが妙にくすぐったかった。

 

「……別に普通だろ」

 

 あなたは視線を逸らした。

 

「普通なら休日に家から逃げ出したりしない」

 

「逃げてねぇよ」

 

「そうか」

 

「そうだ」

 

「なら散歩だな」

 

「散歩だ」

 

 秋葉は少しだけ笑った。

 

 完全に信じていない顔だった。

 

 酷い。

 

 だが反論もできない。

 

 実際、半分くらいは逃げてきたようなものだ。

 

「しかし」

 

 秋葉がふと呟く。

 

「なるほどな」

 

「何が」

 

「お前が落ち着かない理由だ」

 

「だから言っただろ」

 

「想像以上だった」

 

「俺もそう思う」

 

 即答だった。

 

 秋葉が小さく吹き出す。

 

 あなたは少し目を丸くした。

 

「そんなに面白いか?」

 

「少しな」

 

「性格悪いぞ」

 

「知っている」

 

 即答だった。

 

 そのまま二人で歩く。

 

 人混みの中。

 

 特に目的もなく。

 

 ただ話しながら。

 

 不思議と居心地は悪くなかった。

 

 むしろ楽だった。

 

 家では常に誰かがいる。

 

 誰かの視線がある。

 誰かの好意がある。

 

 それは嬉しい。

 

 嬉しいのだが。

 

 今みたいな静かな時間も嫌いじゃない。

 

「そういえば」

 

 秋葉が言う。

 

「今日はデートだったな」

 

「違う」

 

「そうだったか?」

 

「そうだよ」

 

「私はそういうつもりだったんだが」

 

「やめろ」

 

 あなたは即座に返した。

 

 秋葉がまた笑う。

 

 完全に面白がっている。

 

「なら、お姉さんとのデートは楽で安心するな」

 

「……は?」

 

「恋愛的な圧も無い」

 

「無いな」

 

「距離も近くない」

 

「近くない」

 

「毎日顔を赤くする必要もない」

 

「最高だな」

 

 即答だった。

 

 秋葉の足が少しだけ止まった。

 

「…………」

 

「何だよ」

 

「いや」

 

 秋葉は前を向く。

 

「随分と即答するなと思ってな」

 

「だって事実だろ」

 

「そうか」

 

 何故か少しだけ不満そうだった。

 

 意味が分からない。

 

 そして数秒後。

 

 不意に、手首を掴まれた。

 

「え」

 

 そのまま指が絡む。

 

 恋人繋ぎだった。

 

「秋葉さん!?」

 

「何だ」

 

「何だじゃねぇ!」

 

 秋葉は平然としている。

 

「人が多い」

 

「理由になってない!」

 

「はぐれたら面倒だ」

 

「普通に手を繋げ!」

 

「これも手を繋いでいる」

 

 正論だった。

 

 だが違う。

 

 全然違う。

 

 あなたの顔が熱くなる。

 

 秋葉はそんな様子を見て。

 

 少しだけ満足そうに目を細めた。

 

「おかしいな」

 

「何が」

 

「お姉さん相手なら安心するのではなかったか?」

 

「うるさい」

 

「顔も赤くならないはずだったな」

 

「うるさい!」

 

 秋葉が小さく笑う。

 

 本当に楽しそうだった。

 

 あなたは頭を抱える。

 

「……これじゃ家と一緒だろ」

 

 ぼやくように言う。

 

 繋がれた手を見る。

 

 恋人繋ぎ。

 

 どう考えても落ち着かない。

 

 すると秋葉は即答した。

 

「そうか?」

 

「そうだよ」

 

「家では三人だろう」

 

「そうだけど」

 

「今は一人だ」

 

 平然と言う。

 

「まだマシだろう」

 

「基準がおかしいんだよ……」

 

 秋葉は少しだけ笑った。

 

 それ以上は何も言わない。

 

 繋いだ手も離さない。

 

 あなただけが一人で振り回されながら。

 

 二人は休日の街を歩いていった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 結局。

 

 その後も秋葉は手を離さなかった。

 

 あなたが何度か抗議しても。

 

「人が多い」

 

 の一点張りである。

 

 絶対嘘だろ。

 

 そう思う。

 

「不服そうだな」

 

「不服だよ」

 

「そうか」

 

 秋葉は少しだけ笑う。

 

 本当に機嫌が良さそうだった。

 

 こんな風に笑うところをあまり見たことがない。

 

「何だ」

 

「いや」

 

 あなたは少し考える。

 

「意外だなって」

 

「何が」

 

「秋葉さんでもこういう顔するんだな」

 

 秋葉が少しだけ目を細める。

 

「どういう顔だ」

 

「楽しそうな顔」

 

 数秒。

 

 沈黙。

 

 それから。

 

「私を何だと思っている」

 

「怖そうな上官」

 

「酷いな」

 

 否定しなかった。

 

 図星らしい。

 

 あなたは少し笑う。

 

 秋葉も肩をすくめた。

 

「私も人間だ」

 

「知ってる」

 

「ならいい」

 

 それだけ言う。

 

 少し風が吹いた。

 

 秋葉の髪が揺れる。

 

 休日の街。

 平和な時間。

 

 不思議な感覚だった。

 

 こうして何も考えず歩いているだけで。

 

 妙に心が軽い。

 

「……助かった」

 

 ぽつりと漏れる。

 

 秋葉が視線を向けた。

 

「何がだ」

 

「今日」

 

 あなたは少し笑う。

 

「楽だ」

 

 本音だった。

 

「何も起きないし」

 

「最近ずっと騒がしかったからな」

 

「そうか」

 

 静かな返事。

 

 だが、その声は少しだけ柔らかかった。

 

「なら良かった」

 

 たったそれだけ。

 

 なのに、何故だろう。

 

 その言葉が妙に嬉しかった。

 

 あなたは少しだけ首を傾げる。

 

 前から思っていたことだ。

 

 秋葉は時々、妙に優しい。

 

 もちろん普段から面倒見は良い。

 

 だが、それとは少し違う。

 

 何かを見守るような。

 

 大切なものを見るような。

 

 そんな目をする時がある。

 

「秋葉さん」

 

「何だ」

 

「俺の顔に何かついてるか?」

 

 秋葉が瞬きをした。

 

「何故だ」

 

「いや」

 

 少し迷う。

 

「たまに変な顔するから」

 

「変な顔か」

 

「優しいっていうか」

 

「懐かしそうっていうか」

 

 言葉を探す。

 

「何か変だ」

 

 秋葉は数秒黙った。

 

 本当に一瞬だけ。

 

 何かを考えるように。

 

 それから。

 

「気のせいだ」

 

「そうか?」

 

「ああ」

 

 即答だった。

 

 だが、どこか誤魔化された気がした。

 

 あなたが首を傾げると。

 

 秋葉は話題を変えるように前を向く。

 

「さて」

 

「ん?」

 

「昼飯にするか」

 

「誤魔化したな」

 

「気のせいだ」

 

「絶対違う」

 

 秋葉は答えない。

 

 代わりに。

 

 少しだけ歩く速度を速めた。

 

 その横顔はいつも通りだった。

 

 けれど、何故だろう。

 

 少しだけ、寂しそうに見えた気がした。

 

 だが、次の瞬間にはいつもの秋葉へ戻っていた。

 

「ほら、置いていくぞ」

 

「待てよ」

 

 慌てて後を追う。

 

 秋葉は駅前の通りを抜け、大通り沿いの店へ入った。

 

 昼時には少し早い。

 

 それでも店内には客がそこそこいる。

 

 窓際の席へ案内される。

 

 向かい合って座る。

 

「好きな物を頼め」

 

「奢り?」

 

「奢りだ」

 

 秋葉はメニューを開く。

 

 あなたも続いた。

 

 注文を済ませる。

 

 少しして料理が運ばれてくる。

 

 他愛もない話をする。

 

 三人のこと。

 任務のこと。

 最近のニュース。

 

 本当に何でもない話だった。

 

 だからだろうか。

 

 気付けば時間が過ぎていた。

 

 食事を終えて店を出る。

 

 その後も買い物へ付き合った。

 

 荷物持ちをさせられ。

 

 文句を言い。

 

 秋葉に流される。

 

 そんな時間だった。

 

 特別なことは何もない。

 

 だが、不思議と悪くなかった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 気付けば夕方だった。

 

 空が少し赤い。

 

 人通りも昼より落ち着いている。

 

「結構歩いたな」

 

 あなたが呟く。

 

「そうだな」

 

 秋葉も頷いた。

 

「満足したか」

 

「まあ」

 

 買い物袋を見ながら答える。

 

「荷物持ちとしての仕事は果たした」

 

「ご苦労」

 

「労いが軽い」

 

「そうか?」

 

 秋葉は少し笑う。

 

 その笑顔を見て。

 

 あなたもつられて笑った。

 

 今日だけで何度見ただろう。

 

「何だ」

 

「いや」

 

 視線が合う。

 

「こういうのも悪くないなって」

 

「デートか?」

 

「違う」

 

 即答だった。

 

 秋葉が吹き出す。

 

「そこは即答するんだな」

 

「する」

 

「そうか」

 

 どこか楽しそうだった。

 

 しばらく歩く。

 

 夕陽が街を染めていく。

 

 その時だった。

 

 秋葉がふと口を開く。

 

「なあ」

 

「ん?」

 

「お前は」

 

 少しだけ間。

 

「どこまで思い出している?」

 

 あなたは首を傾げた。

 

「何を?」

 

 秋葉も少し首を傾げる。

 

 それから。

 

「……いや」

 

 小さく息を吐いた。

 

「忘れろ」

 

「は?」

 

「今のは無しだ」

 

「気になるだろ」

 

「気にするな」

 

「無茶言うな」

 

 秋葉は少しだけ困ったように笑った。

 

「そうだな」

 

「何の話だったんだよ」

 

「昔話だ」

 

「昔?」

 

「気にするな」

 

「だから気になるって」

 

 秋葉は答えない。

 

 代わりに。

 

 ぽん、と。

 

 あなたの頭へ軽く手を置いた。

 

「考えすぎだ」

 

「聞いたのお前だろ」

 

「そうだったか」

 

「そうだよ」

 

 秋葉が少し笑う。

 

 本当に少しだけ。

 

 それ以上は何も言わなかった。

 

 だからあなたも追及しない。

 

 ただ、その時だけ。

 

 秋葉の目が少し遠くを見ていた気がした。

 

 だが、それも一瞬だった。

 

「さて」

 

 秋葉が手を叩く。

 

「帰るか」

 

「急に切り替えたな」

 

「いつまでも引っ張る話でもない」

 

「引っ張ったのあんただろ」

 

「そうだったか」

 

「最近それ多くないか?」

 

 秋葉は答えない。

 

 代わりに少しだけ笑った。

 

 相変わらずだった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 駅へ向かう道を歩く。

 

 夕方の空気は少し涼しい。

 

 人通りも昼より減っていた。

 

 気付けば、いつの間にか手も離れている。

 

 少しだけほっとした。

 

「何だその顔は」

 

「何でもない」

 

「失礼なことを考えているな」

 

「考えてない」

 

「そうか」

 

 絶対信じていない顔だった。

 

「しかし」

 

 秋葉が前を向いたまま言う。

 

「今日は少し安心した」

 

「何が」

 

「お前だ」

 

 あなたは瞬きをした。

 

「俺?」

 

「ああ」

 

 秋葉はそれ以上説明しない。

 

 しないのだが。

 

「お前は何でも抱え込む」

 

「そんなこと」

 

「ある」

 

 即答だった。

 

「否定するな」

 

 反論できなかった。

 

 少なくとも。

 

 秋葉はそう見ているらしい。

 

「だから」

 

 秋葉が肩をすくめる。

 

「たまには今日みたいな日も必要だ」

 

「……そうかもな」

 

 秋葉は満足そうに頷いた。

 

「よし」

 

「何だよ」

 

「なら今後も定期的に呼び出す」

 

「は?」

 

「拒否権はある」

 

「おお」

 

「だが断るな」

 

「結局命令じゃねぇか!」

 

 秋葉が声を立てて笑った。

 

 本当に珍しく。

 

 楽しそうに。

 

 その笑顔を見て。

 

 あなたもつられて笑ってしまう。

 

 夕陽が沈んでいく。

 

 長い影が並ぶ。

 

 そんな帰り道だった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 そして、家の前まで戻ってきた時。

 

 あなたは小さく息を吐いた。

 

「帰りたくねぇ……」

 

 本音だった。

 

 秋葉が吹き出す。

 

「そこまでか」

 

「ルミナとステラとプリンが待ってる」

 

「そうだな」

 

「絶対何か言われる」

 

「言われるだろうな」

 

「他人事だな」

 

「他人事だからな」

 

 酷い。

 

 本当に酷い。

 

 だが、少しだけ笑ってしまった。

 

 今日一日で、随分気が楽になった気がする。

 

「じゃあな」

 

 秋葉が踵を返す。

 

「おう」

 

 数歩歩いて。

 

 ふと振り返った。

 

「ノクス」

 

「ん?」

 

 秋葉は少しだけ目を細める。

 

 いつもの上官の顔でも。

 

 今日のお姉さんみたいな顔でもない。

 

 どこか穏やかな表情だった。

 

「元気でいろ」

 

 たったそれだけ。

 

 それだけ言って。

 

 秋葉は去っていった。

 

 あなたはその背中を見送る。

 

 変な言葉だなと思った。

 

 だが、嫌な気分ではなかった。

 

 だから。

 

「……うん」

 

 小さく返事をして。

 

 あなたは家の扉を開けた。

 

 案の定、中では三人が待ち構えていた。

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 ルミナ。

 

「おかえりー」

 

 ステラ。

 

「おかえりなさい」

 

 プリン。

 

 返事は普通だった。

 

 普通だったのだが。

 

 何故か嫌な確信があった。

 

「……何だよ」

 

 三人が顔を見合わせる。

 

 そして。

 

「秋葉さんとデートしてた」

 

 ルミナが言った。

 

 あなたは固まった。

 

「は?」

 

「デート」

 

 ステラが頷く。

 

「デートです」

 

 プリンまで続く。

 

「何で知ってるんだよ!?」

 

 三人とも少し黙った。

 

 嫌な予感がする。

 

 すると。

 

 ルミナが視線を逸らした。

 

「……心配だったから」

 

「ん?」

 

「一人で出て行ったから」

 

 嫌な予感が大きくなる。

 

 ステラも気まずそうな顔。

 

「ちょっとだけ」

 

「ちょっとだけ?」

 

「後つけた」

 

「お前ら!?」

 

 思わず叫んだ。

 

 ルミナが肩をすくめる。

 

「だって急に出て行くから」

 

「心配だったし」

 

 ステラも続く。

 

「何かあったら嫌だなーって」

 

 プリンが当然のように言う。

 

「ストーカーです」

 

「言い方!」

 

 正直すぎる。

 

 ルミナが頭を抱えた。

 

「もっと他の言い方あるでしょ」

 

「尾行です」

 

「変わってねぇ!」

 

 思わず突っ込む。

 

 するとステラが小さく手を上げた。

 

「でも途中でやめた」

 

「……やめた?」

 

「うん」

 

「秋葉さんいたから」

 

 三人が揃って頷く。

 

 あなたは少し黙った。

 

 そして、ため息を吐く。

 

「それなら最初からやるな」

 

「ごめん」

 

「反省してる」

 

「最悪、見つからないようにします」

 

「反省してねぇ!」

 

 即座に突っ込む。

 

 プリンが不思議そうに首を傾げた。

 

 駄目だこいつ。

 

 だが、少しだけ考える。

 

 秋葉がいたからやめた。

 

 つまり、監視したかったわけじゃない。

 

 本当に心配だったのだ。

 

 何かあったんじゃないか。

 

 無理をしているんじゃないか。

 

 そう思ったから追いかけた。

 

 秋葉が一緒にいるのを見て。

 

 安心した。

 

 それだけ。

 

 そう考えると、怒る気も少し失せる。

 

「……次はちゃんと言え」

 

 三人が少し驚いた顔をする。

 

「心配なら」

 

「聞け」

 

「勝手についてくるな」

 

 しばらく沈黙。

 

 それから。

 

「うん」

 

 ルミナが頷く。

 

「分かった!」

 

 ステラも。

 

「善処します」

 

「プリン」

 

「はい」

 

「お前だけ返事がおかしい」

 

 思わず頭を抱えた。

 

 三人とも少し笑う。

 

 その顔を見て。

 

 結局あなたも笑ってしまった。

 

 どうしようもない。

 

 本当に、どうしようもない三人だった。

誰が好き?

  • ノクス
  • ルミナ
  • ステラ
  • プリン
  • 秋葉
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