最初に違和感を覚えたのはいつだっただろう。
多分、本当に些細なことだった。
だから最初は気付かなかった。
*
「ノクス」
ソファへ寝転がっていたあなたは顔を上げた。
「何だ」
プリンが立っている。
いつも通りだ。
白い髪。
整った顔。
人形みたいな美少女。
最近はもう見慣れてしまった。
「お茶です」
「ああ、ありがと」
差し出されたカップを受け取る。
プリンは小さく頷く。
そして、そのまま離れていった。
「……?」
あなたは瞬きをする。
何だ今。
以前なら隣へ座っていた。
というか、勝手に膝へ乗っていた。
今は違う。
テーブルの向こう側へ座っている。
別におかしなことじゃない。
普通だ。
普通なのだが。
何となく引っ掛かった。
だが、気のせいかもしれない。
そう思って流した。
*
次の日。
ソファでテレビを見ていると、プリンが隣へ来た。
来たのだが、少し距離がある。
一人分くらい。
妙な隙間。
以前ならありえない距離だった。
あなたは横目で見る。
プリンは真剣にテレビを見ている。
特に変わった様子はない。
「……プリン」
「はい」
「何かあったか?」
「ありません」
即答。
「本当に?」
「本当です」
それで会話終了。
おかしい。
何かがおかしい。
だが、何がおかしいのか分からない。
*
さらに数日後。
朝。
あなたが朝食を作っていると。
プリンがやって来た。
「手伝います」
「助かる」
いつものやり取り。
何も変わらない。
何も。
本当に何も。
変わっていないはずなのに、どこか違う。
そんな感覚だけが残る。
「ノクス」
「ん?」
「卵です」
「ああ」
受け取る。
作業を続ける。
会話終了。
以前なら。
もっと何か言っていた気がする。
他愛もない話を。
意味のない質問を。
くだらないやり取りを。
今は無い。
静かだ。
*
その日の夜。
あなたはベッドへ寝転がりながら考える。
「……絶対何かあるよな」
天井を見上げる。
怒らせた覚えはない。
喧嘩もしていない。
何か言っただろうか。
思い返す。
分からない。
全然分からない。
だが、一つだけ確かなことがあった。
最近のプリンは。
少しだけ遠い。
その距離が。
何故だか妙に気になった。
違和感は、気付いてしまうと目につく。
*
数日後。
休日だった。
珍しく予定も無い。
ルミナは任務。
ステラは外出。
家にはあなたとプリンだけだった。
昼過ぎ。
あなたはソファへ寝転がりながらゲームをしていた。
静かだ。
普段ならもっと騒がしい。
そう思った時だった。
視界の端に白い髪が映る。
プリンだった。
キッチンから戻ってくる。
手にはジュース。
そして、当然みたいにあなたの隣へ――
来なかった。
少し離れた一人用ソファへ座る。
「……」
あなたは画面から目を離した。
プリンは気付いていない。
いや、気付いていて無視しているのか。
どちらか分からない。
ただ、やっぱり遠い。
以前なら隣だった。
それどころか肩が当たっていた。
今は違う。
不自然なくらい距離がある。
「プリン」
「はい」
「そこ座るのか」
「はい」
即答。
「何で」
「ソファだからです」
「そうだけど」
正論だった。
正論だったが違う。
絶対違う。
あなたはゲーム機を置いた。
「怒ってる?」
「怒っていません」
「じゃあ何だ」
「何でもありません」
会話終了。
怪しい。
怪しすぎる。
*
夕方。
今度は確信した。
夕食の準備中だった。
あなたが野菜を切っている。
その横でプリンが皿を並べる。
以前なら、もっと近かった。
肩が触れるくらい。
何なら邪魔なくらい近かった。
今は違う。
微妙に距離がある。
半歩。
本当に半歩。
けれど。
その半歩が妙に遠い。
「プリン」
「はい」
「俺なんかした?」
包丁を動かしながら聞く。
「していません」
「いやしただろ」
「していません」
即答だった。
だが、絶対何かある。
確信した。
あなたは思わずため息を吐いた。
「分かんねぇ……」
小さく呟く。
すると。
その声が聞こえたのか。
プリンが一瞬だけこちらを見た。
何か言いたそうな顔。
でも、結局何も言わない。
そのまま視線を逸らした。
*
その夜。
あなたはベッドへ寝転がっていた。
眠れない。
原因は分かっている。
プリンだ。
「……何なんだよ」
天井へ向かって呟く。
怒らせた覚えはない。
喧嘩もしていない。
なのに、避けられている。
いや、避けられているというより。
距離を取られている。
そんな感じだった。
そして、考えていて気付く。
最近、自分もプリンへ触っていない。
頭を撫でていない。
抱き上げていない。
膝へ乗せてもいない。
前は普通だった。
当たり前みたいにやっていた。
でも、いつからだろう。
やらなくなった。
理由は分かる。
分かるからこそ。
余計に頭が痛かった。
「……まさか」
嫌な予感がした。
だが、まだ確信はない。
明日聞こうと思った。
ちゃんと逃げずに聞こうと。
そう決めて目を閉じた。
*
次の日。
夜だった。
ソファへ座る。
テレビは消えている。
時計の音だけが聞こえる。
向かい側にはプリン。
白い髪が揺れる。
相変わらず少し遠い。
だから、今日は逃げないと決めていた。
「プリン」
「はい」
顔が上がる。
赤い瞳。
いつも通り。
けれど、どこか元気がない。
「話がある」
「はい」
「最近変だろ」
沈黙。
プリンは瞬きをした。
一回。
二回。
「変ではありません」
「変だ」
即答する。
「変じゃないなら」
あなたは少し肩をすくめる。
「何で最近そんな遠いんだ」
言葉にすると、思った以上に寂しかった。
自分でも驚く。
プリンが少し目を伏せる。
そして。
「分かりません」
小さな声だった。
「分からない?」
「はい」
プリンが膝の上で手を握る。
珍しい仕草だった。
「最初は」
言葉を探すように。
「気のせいだと思いました」
あなたは黙って聞く。
「でも」
「最近ずっとです」
少しだけ俯く。
「ノクスが」
そこで声が止まる。
そして。
「触ってくれません」
静かな声。
責めるような響きはない。
ただ、事実を並べるみたいに。
「頭も撫でてくれません」
「抱き上げてくれません」
「膝にも乗せてくれません」
一つずつ。
一つずつ。
数えるみたいに。
「前はありました」
「今はありません」
あなたは何も言えない。
全部、事実だったから。
「だから」
プリンが顔を上げる。
その顔は少し不安そうだった。
初めて見る顔だった。
「私が何か失敗したのだと思いました」
胸が痛くなる。
そうか。
違ったのか。
拗ねていたわけじゃない。
怒っていたわけでもない。
ただ、不安だったのだ。
「嫌われたのだと思いました」
小さな声だった。
本当に。
小さな声だった。
その言葉を聞いて。
あなたは思わず頭を抱えた。
「それはない」
即答だった。
考えるより先に口から出た。
「絶対にない」
プリンが目を丸くする。
「じゃあ何故ですか」
真っ直ぐな質問だった。
逃げ道がない。
あなたは深く息を吐いた。
そして、観念した。
「……それは」
言いづらい。
死ぬほど言いづらい。
だが、ちゃんと言わなければいけない。
そう思った。
「お前」
「はい」
「人型になっただろ」
「なりました」
「だからだ」
プリンが首を傾げる。
全く分かっていない顔だった。
だろうなと思う。
だから余計に言いづらい。
「その」
あなたは視線を逸らした。
「女の子だろ」
プリンが瞬きをする。
「はい」
「だからだよ」
「?」
駄目だ。
伝わっていない。
あなたは深く息を吐く。
そして、半ばやけくそで言った。
「前みたいに気軽に触れないんだよ」
プリンが固まる。
「……触れない?」
「ああ」
「何故ですか」
真顔だった。
本気で分かっていない。
あなたは頭を抱えたくなる。
「何故って……」
言わせるな。
「お前が女の子だからだ」
沈黙。
プリンが停止する。
一秒。
二秒。
三秒。
少しずつ、顔が赤くなっていく。
耳まで。
分かりやすいくらいに。
「女の子」
「うん」
「私を」
「うん」
「女の子として見ている」
確認するみたいな声だった。
あなたは視線を逸らす。
「そういうことになる」
居たたまれない。
死ぬほど恥ずかしい。
だが、嘘は言っていない。
実際そうだった。
プリンが綺麗だと。
可愛いと。
女の子だと。
そう認識してしまった。
だから、前みたいにできなくなった。
自然に頭を撫でることも。
抱き上げることも。
膝へ乗せることも。
少しずつ、避けていた。
そして、そこでようやく気付く。
「……あ」
小さく声が漏れた。
プリンが顔を上げる。
「ノクス?」
あなたは黙った。
思い出していた。
プリンだけじゃない。
ルミナも。
ステラも。
最近ずっとそうだった。
ルミナが隣へ来る。
照れる。
逃げる。
ステラが抱きついてくる。
焦る。
振り払う。
プリンが近付いてくる。
意識する。
距離を取る。
そんなことばかり繰り返していた。
自分では、恥ずかしかっただけだ。
照れていただけだ。
そう思っていた。
でも、相手から見たらどうだ。
勇気を出して近付いたのに。
避けられる。
逃げられる。
距離を取られる。
それを繰り返されたら、不安になるに決まっている。
プリンみたいに、嫌われたと思ってもおかしくない。
胸の奥が少し痛んだ。
秋葉の言葉が頭を過る。
『今のお前は三人のことを大切に思っている。それで十分だ』
あの時はそう思った。
けれど、多分それだけじゃ駄目なんだ。
大切に思うなら、ちゃんと伝えなければいけない。
向き合わなければいけない。
逃げるだけじゃなくて。
「ノクス」
プリンの声で我に返る。
赤い顔のまま、不安そうにこちらを見ていた。
だから、今度は視線を逸らさなかった。
「嫌いになったわけじゃない」
真っ直ぐ言う。
「むしろ逆だ」
プリンが目を丸くする。
「大事だから困ってる」
言った瞬間。
死ぬほど恥ずかしかった。
だが、今だけは逃げなかった。
プリンはしばらく何も言わない。
そして、安心したように笑った。
「そうですか」
その笑顔を見て、あなたはようやく肩の力を抜いた。
安心したような。
少し照れたような。
そんな笑顔だった。
だから、胸の奥が少し痛んだ。
こんな顔をさせるつもりじゃなかった。
不安にさせるつもりもなかった。
ただ、自分が恥ずかしくて照れていただけだった。
その結果がこれだ。
プリンが自分を嫌われたと思うくらいには、距離を取ってしまっていた。
「……悪かった」
気付けば言葉が出ていた。
プリンが瞬きをする。
「何がですか」
「色々」
正直に言う。
「ちゃんと見てなかった」
プリンは何も言わない。
ただ聞いている。
「自分のことばっかりだった」
恥ずかしい。
照れる。
どうしよう。
そんなことばかり考えていた。
でも、相手のことを考えていなかった。
その結果、プリンを不安にさせた。
「だから」
あなたは少し迷う。
それでも、今度は逃げなかった。
「撫でてもいいか」
プリンが固まった。
「……はい?」
「いや」
言った後で恥ずかしくなる。
何だその聞き方。
だが、もう遅い。
「前みたいにとはいかないけど」
「その」
視線を逸らしながら続ける。
「少しずつ慣れる」
沈黙。
長い沈黙。
返事がない。
失敗したかと思った。
だが。
「……はい」
小さな声。
プリンも真っ赤だ。
だから。
あなたは苦笑する。
こっちだけじゃなかったらしい。
手を伸ばす。
一瞬だけ迷う。
けれど、今度は止まらなかった。
そっと、白い髪へ触れる。
柔らかい。
指が沈む。
ゆっくり撫でる。
一度。
二度。
三度。
プリンは何も言わない。
ただ、少しずつ目を細めていく。
気持ち良さそうに。
安心したみたいに。
昔と同じ顔だった。
その顔を見て、あなたは少し笑う。
こんなことで良かったのか。
「……ノクス」
「ん?」
「嬉しいです」
小さな声だった。
本当に小さな声。
でも、確かに聞こえた。
だから、あなたはもう一度だけ。
優しくその頭を撫でた。
今度は逃げないように。
ちゃんと向き合えるように。
そう思いながら。
誰が好き?
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ノクス
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ルミナ
-
ステラ
-
プリン
-
秋葉