夜風が、壊れた廃工場を抜けていく。
アークは消えた。
残っているのは、砕けたコンクリートと、戦闘の熱だけ。
そして、その中心でノクスが崩れ落ちる。
「ノクス!!」
ルミナは反射的に飛び出していた。
倒れる身体を抱き止める。
軽い。
あれだけ無茶苦茶な力を振るっていたとは思えないくらい、細くて、華奢で――
「っ……!」
そして、脇腹。
深い。
血が止まっていない。
ルミナの顔色が変わる。
「ちょっと、これ……!」
プリンが即座に跳ねた。
「離れてください。応急処置を実行します」
「え?」
次の瞬間。
プリンの小さな身体から、淡い桃色の光が広がった。
それはノクスの傷口へ静かに染み込んでいく。
じゅわ、と。
裂けた皮膚がゆっくり閉じ始める。
血が止まる。
ルミナの目が見開かれた。
「回復魔法……?」
「類似技術です」
プリンは淡々と答える。
「生命維持は安定化しました」
ルミナは安堵しかけ――
そこで気づく。
「……起きない」
ノクスは眠ったままだった。
呼吸はある。
脈も正常。
でも、目を覚まさない。
ルミナの喉がきゅっと詰まる。
「ねえ、本当に大丈夫なんですよね」
少しだけ強い声。
プリンは一瞬止まり、それから頷いた。
「問題ありません。高出力戦闘と急激な魔力循環による強制休眠状態です」
「……つまり?」
「寝ています」
「最初からそう言ってください。わかりにくいです」
ルミナが思わず言う。
プリンは少し考えた。
「めちゃくちゃ無理したので強制シャットダウンしました」
「……」
変なマスコットだ。
でも、生きている。
それだけで、胸の奥の冷たさが少し溶ける。
ルミナは静かに、眠るノクスを見る。
ピンクの髪。
長い睫毛。
戦闘中はめちゃくちゃだったのに、こうしていると本当に普通の女の子みたいで。
――いや。
「普通じゃない……」
あの魔力量。
あの戦い方。
そして、この謎のマスコット。
知らない。
こんな魔法少女。
ルミナは第三世代トップ。
有名な魔法少女の情報は頭に入っている。
でも、この子はいない。
存在していないみたいに。
ルミナの視線に気づいたのか、プリンが言う。
「質問したいことは理解しています」
「……なら答えてください」
真剣な声。
「あなたたち、何者なんですか」
プリンは少しだけ沈黙した。
ぴょこん、と揺れる。
「現段階での情報開示は推奨できません」
ルミナの眉が寄る。
「それは――」
「ノクスの存在は、現在の社会構造上“危険対象”として扱われる可能性があります」
否定できない。
未知。
規格外。
制御不能。
それらを、この世界は嫌う。
ルミナは唇を噛む。
そのとき、無線が鳴った。
『ルミナ!? 無事!?』
『今の衝撃何!?』
『映像飛んだんだけど!?』
『医療班呼ぶ!?』
『対象アークは!?』
『そっち今どうなって――』
矢継ぎ早。
心配と興奮が入り混じった通信。
ルミナは一瞬だけ目を閉じる。
そして。
『討伐完了です』
静かな声。
『後処理お願いします』
『いや待って待って!? ルミナどこ!?』
『負傷してる!?』
『今のピンクの子誰!?』
『新規!?』
『協会所属!?』
『映像解析班が――』
『あとで』
ぶつっ。
通信を切った。
沈黙。
プリンが、ちょっと引いた顔で揺れる。
「……あちらは忙しそうですが」
「今それどころじゃないので」
即答だった。
ルミナはノクスから目を離さない。
「……非常に気にしていますね」
「気にします」
「即答ですね」
「命懸けで助けられたので」
ルミナはぴしゃりと言う。
その返答に迷いがなかった。
プリンは数秒黙る。
それから。
「では、彼女を自宅へ搬送してもらえませんか?」
「……家?」
「はい。座標案内可能です」
ルミナは少しだけ考える。
本来ならありえない。
正体不明の魔法少女。
謎のマスコット。
報告義務だってある。
でも、腕の中の少女を見る。
この子は、自分を助けた。
あんな無茶までして。
だったら。
「……わかりました」
小さく頷く。
「今回だけです」
プリンがぴょこんと跳ねた。
「感謝します」
ルミナは静かにノクスを抱え直す。
その頭が肩へこつんと寄る。
なぜか胸が跳ねた。
「……」
落ち着け。
これは搬送。
ただ、それだけなのに。
目が離せない。
眠る横顔を見ていると、胸の奥が変にざわつく。
プリンはその様子を見ながら、少しだけ思った。
――懐かれる速度が想定より早い。
そして。
――ノクスが起きたら面白そう。
そんなことを考えつつ、プリンはぴょこんと前へ跳ねた。
「こちらです」
ルミナは夜空へ飛び立つ。
腕の中には、私の英雄が居る。
眠ったままの、小さな身体。
戦闘中はあんなに無茶苦茶だったのに、今は驚くほどおとなしい。
ルミナはそっと抱え直す。
すると、ノクスの身体が無意識に寄ってきた。
「……」
胸が変に跳ねる。
肩へこつん、と頭が触れる。
柔らかい髪が頬をくすぐった。
ルミナは少しだけ目を丸くする。
「寝相……?」
いや違う。
たぶん、無意識だ。
でも、なんだろう。
その仕草が妙に安心しているみたいで。
ルミナの口元が、少しだけ緩む。
プリンが横を飛びながら言う。
「ノクスは現在、深度休眠状態です」
「……うん」
「外部刺激への反応は低下しています」
「うん」
「つまり、完全に無防備です」
「うん……?」
ルミナは数秒後、じわじわ意味を理解した。
「な、なんでそんな説明するんですか!?」
プリンはぴょこんと揺れる。
「観測情報の共有です」
「いらないです!!」
思わず声が大きくなる。
すると、腕の中のノクスが小さくむにゃ、と動いた。
「……ぅ」
そして、ルミナの胸元へさらに擦り寄る。
ぎゅう。
「――っ!?」
ルミナの顔が一瞬で赤くなる。
「え、ちょ、まっ……」
抱きついてきてる。
完全に。
無意識で。
しかも安心したみたいに。
プリンが静かに分析する。
「快適な抱擁環境を認識しています」
「分析しないでください!!」
ルミナは慌てる。
でも、振りほどけない。
起こしたくないし。
怪我人だし。
何より――
「……」
少しだけ嬉しかった。
こんなふうに誰かを抱えるのも。
誰かに頼られるのも。
初めてだったから。
ルミナはそっとノクスを見る。
眠っている。
無防備に。
安心した顔で。
その顔を見ていると、胸の奥が妙に温かくなる。
今日、この子は自分を助けた。
魔法少女だからじゃなく。
義務だからでもなく。
ただ“放っておけなかった”から。
そんな人、初めてだった。
ルミナは小さく息を吐く。
そして、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟く。
「……また起きたら、ちゃんと聞きますからね」
あなたは誰なんですか、と。
どうしてそんなふうに怒れるんですか、と。
どうして、魔法少女のために命を張れるんですか、と。
夜風が吹く。
街の光が遠く下に流れていく。
その中を。
ルミナは、大事そうにあなたを抱え、帰路を歩いた。
魔法少女初日。
長かったですね。
18は欲しいか?
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よこせ
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いらぬ
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どちらでも